「エッセイスト」と名乗って、新しいエッセイブログ
『光の図書館~“世界”がわたしにくれた一期一会の優しい物語』
http://bibluz.blog.fc2.com/
を開設しました!!
そこでは、台本も脚本もない、わたしがどこかでたまたま居合わせた、
ある人のある人生のストーリーの1ページを綴っています。
未来永劫、ずっと人の心にのこるもの、
それを軸としています。
良かったらのぞいてみてください。
これから週1のペースでアップの予定です。
================================
ここに至るまで、実に長かった。
時系列に並べると。
>2013年1月
無職が決定的となり、仕事、人間関係で人生で5本の指に入るだろう
大変な時を迎える。
>2013年2月
手相家の方から「書くこと」「文章力を伸ばすこと」を示唆される。
同時に、文章でお金を生み出す具体的な手法も教えてもらったけど、
それというのがどうにもこうにも興味が湧かず、
参考書だけ買って放置。
>2013年3月
友達から誕生日プレゼントに「万年筆」をもらう。
「ぶっしーをイメージすると、『書く』なんだよ」と言われながら。
2013年のことか2012年のことか忘れたけど、
別の友達からもモレスキンの高級ノートを誕生日プレゼントで頂く。
その人も同じようなことを言っていた、
「ぶっしー、よく色々書いてるからさ」と。
>2013年4月
2年位前に知り合った方と久しぶりに連絡をとる。
その方から『公募ガイド』という文芸や美術系の全国的な公募の一覧雑誌を紹介される。
カード占いみたいなこともできる人で、
「『ライティング(書く)』ってカードが出てるよ~、
何か書くことが人生のヒントになるんじゃない?」
と言われる。
たしかその日かその前の日。
発泡酒の金麦1ダースが当たる。
それというのが、「桜にまつわるエピソード」を添えて応募したもので、
たまたま当たったのか、
文章を添えたから当たったのかは不明。
>2013年6月
4月に購入した『公募ガイド』に投稿した文章が採用されて、実際に掲載される。
4月5月と、何かしらの仕事探しをしていた合間。
探すのが嫌で、懸賞に色々応募していた。
かなりな数の応募をした結果、
なぜかキャラクターデザインの大学ノートだけが当たる。
(↑このノートは、このブログのアイディアや下書き専用ノートにあててる)
>2013年8月
ある仕事の日の昼休み。
外で食べ物にまつわる物語の読書をしていたら、
これまでの自分の軌跡、食卓を通して体に刻みこまれたものたちを思い出し、
号泣する。
そして、その時なぜかとても強く
「心を伝える」
という言葉が自分の中から出てきた。
その前後で、例の『公募ガイド』を紹介してくれた方から連絡がくる。
おおもとの用事は、「書くこと」からは全くかけ離れたことだったけど、
どうしても気になったからと言われて彼女からきた追記のメールの中に
「光の図書館という本がヒントになってる」
と言われる。
アマゾンやネットで「光の図書館」を探すけど、該当するものが何もなくて、
そう彼女に伝えたら、
「多分、史子さんが書いて行かれるというメッセージだよ。
キラキラした感じがしたから、何か前にすすめそうですね。」
と言われる。
このときは、まだ色んなことがぴんときていなかった。
>2013年9月
このブログ『vivir空間』を始める。
今となれば、このvivir空間を始めたことは、2013年の一番の功績と称しても過言ではない。
今書いていて突然思い出した場面がある。
友達の結婚式で新潟に戻った時のこと。
喫茶店で日記を書いて、友達を待っていた時のこと。
全く見知らぬ、となりの席に座られたご婦人から、
「貴女、とても楽しそうに書いているのね~」
と話しかけられたことがあった。
その後そのご婦人としばし歓談するのだけど、
わたしが楽しそうに何かを書いていることを伝えるために話しかけてくれたことを思うと
とてもうれしくなる。
>2013年12月
何の意図もなく、友達とお茶をする。
『光の図書館』の話は、正直、どうしていいのかよくわからず、
ずっと宙に浮いたままだったけど、
その話をちょっとだけ、ほんと、1~2分だけ話す。
そこで、
「ぶっしー、『エッセイスト』と名乗って、『光の図書館』を発表しよう」
と言ってもらい、
あの宙ぶらりんの光の図書館が一気に形となる段階に移行していく。
>2014年1月
正月早々、「『光の図書館』の原型ができたよ~」と友達から連絡をもらう。
それからもう一度友達に会って気になっていたことを詰めて、
加筆訂正し(してもらい)、
自分の心の準備が整うまで4週間かかって、
今日1月31日ようやく発表。
何かを始める日、わたしはよく今日がどんな日に当たるのかをチェックする。
今日は水瓶座の新月の日となっていて、
適当にネットサーフィンして見つけた情報に
「2013年8月に計画したことが形になる時期」
という言葉を見つける。
まさに今日のことだ!と思って、ひとりうれしくなる。
2014年1月31日金曜日
2014年1月22日水曜日
プロフィール作り
12月から取り組んでいる個人プロジェクトがある。
これから公表するにあたり、プロフィールを作った。
このプロフィールが、わたしにはとんでもなく厄介だ。
まず、自分のことをまるで第三者のようにして表現する、
それも読んだ人が「この人、こういう人なんだ」とわかるように書くというのは、
とても大変だと実感。
このブログのように、
自分が感じたことや頭に思い浮かんだことをそのまま言葉にして出すのは
わたしには何の負担もないけれど、
「プロフィール」という枠や型にはめようとすると途端に手が止まる。
何を発想していいのかわからなくなり、
何を軸にして考えたらいいのかもわからなくなり、
頭の中は「わからない。わからない。」でいっぱいになる。
とりあえず、第一稿をこさえて、
信頼してる人にお願いして読んで感想を聞くことにした。
最悪、プロフィールはこれから少しずつ形にしていけばいいなぁ、
と得意の開き直りでとりあえず乗り切る。
世の中のプロフィールを作った人たちは、
本当にすごいなぁと尊敬のまなざしでいっぱいだ。
実は、2年位前にも、自分のプロフィールを作ったことがある。
正しくは、作ってもらった、だ。
そのプロフィールは、あまり良い印象を自分で持てなかった。
作ってくれた人には心底感謝しているし、
自分では書けない細かいところも書いてもらって
それだけ見たらすごいものが出来上がった。
良い印象を持てなかったのは、
たしかに書かれたことはわたしのそれまでの軌跡そのものだったけど、
言葉だけが前に前に出て、
実際のわたしは、なんだか全く別のところにある、みたいな感じだった。
政治家の人たちが選挙に立候補する時の略歴や、
本の著者の人たちの略歴みたいな感じのものに近いプロフィールだった。
プロフィールは立派だけど、
なんだか誇大広告みたいで嫌だった。
賢い(?)部分だけの自分だけを、
良い部分だけの自分だけを露呈するのではなくて、
そうではない部分の自分も出したかったのかもしれない。
いずれにしても、プロフィールというのは本当に難しい、というのがわたしの感想。
これから公表するにあたり、プロフィールを作った。
このプロフィールが、わたしにはとんでもなく厄介だ。
まず、自分のことをまるで第三者のようにして表現する、
それも読んだ人が「この人、こういう人なんだ」とわかるように書くというのは、
とても大変だと実感。
このブログのように、
自分が感じたことや頭に思い浮かんだことをそのまま言葉にして出すのは
わたしには何の負担もないけれど、
「プロフィール」という枠や型にはめようとすると途端に手が止まる。
何を発想していいのかわからなくなり、
何を軸にして考えたらいいのかもわからなくなり、
頭の中は「わからない。わからない。」でいっぱいになる。
とりあえず、第一稿をこさえて、
信頼してる人にお願いして読んで感想を聞くことにした。
最悪、プロフィールはこれから少しずつ形にしていけばいいなぁ、
と得意の開き直りでとりあえず乗り切る。
世の中のプロフィールを作った人たちは、
本当にすごいなぁと尊敬のまなざしでいっぱいだ。
実は、2年位前にも、自分のプロフィールを作ったことがある。
正しくは、作ってもらった、だ。
そのプロフィールは、あまり良い印象を自分で持てなかった。
作ってくれた人には心底感謝しているし、
自分では書けない細かいところも書いてもらって
それだけ見たらすごいものが出来上がった。
良い印象を持てなかったのは、
たしかに書かれたことはわたしのそれまでの軌跡そのものだったけど、
言葉だけが前に前に出て、
実際のわたしは、なんだか全く別のところにある、みたいな感じだった。
政治家の人たちが選挙に立候補する時の略歴や、
本の著者の人たちの略歴みたいな感じのものに近いプロフィールだった。
プロフィールは立派だけど、
なんだか誇大広告みたいで嫌だった。
賢い(?)部分だけの自分だけを、
良い部分だけの自分だけを露呈するのではなくて、
そうではない部分の自分も出したかったのかもしれない。
いずれにしても、プロフィールというのは本当に難しい、というのがわたしの感想。
2014年1月16日木曜日
落ち込んだ日に思い出した女の子のこと
私は時々泣くなり落ち込むなりして、心の中にたまったものを吐き出さないと、
自分のバランスが取れないって、
ようやく35歳になる目前に気付いた。
今日(1月15日)はそんな日だった。
別に何があったわけでもない。
何もなくても、今日は朝から寝不足のせいか、
いまいちすっきりしない。
心がすっとしてないと、3回も洗濯機を回して、
3回も洗濯干ししても、それが面倒にすらならない。
何かしてる方が気が紛れて楽だから。
外に出たらスッキリするかと思ったけど、
これも大きな変化なく。
そんな中、次に始める新しいブログの1つに加える
女の子のことが何度も頭をよぎった。
もう10年も前のこと。
当時、私の半分も生きていない女の子が伝えてくれたメッセージが、
今になって強烈に響く。
話のネタ(メッセージ)は新ブログにいつか書くにしても、
今振り返って彼女の人生に起こったことは
たとえばこれまでの人生で1000人位の人の生き様に触れたとして、
そのトップ5にまちがいなくランクインする
壮絶なものだったと今さらに気付いた。
人と人の人生の大変さなんて比べる必要なんかないけど、
それ位の中をくぐり抜けても「生きる楽しさ」を知ってる、
楽しんで生きる術を知ってる、そんな子だった。
日々目の前のことに目一杯だった当時の私が気付かなかった
すんごいメッセージに今気付く。
彼女は両手で年を数えてもまだ指が余ってしまうような時。
一生分の大変なことを背負い込んだと言っても過言ではない。
細かいことはもう本当に大部分忘れてしまったけど、
彼女はその大変さの中にも
「こんな風に良かった時も(きちんと)あったんだよ」
って私に教えてくれたことが何回かあった。
今さらながら「なんだ!?その強さ!?」って超感心するくらいの
素晴らしい感性の持ち主だった。
正月に実家に帰省した時。
(嫁にもいってない成人女性の生家を「実家」と呼ぶんだろうか…)
2004年のスケジュール帳にその女の子からもらった小さなプレゼントが
きれいに残されてるのを見つけた。
彼女ももう成人したけど、
今もあの人生を楽しむ名人のままだと思う。
(ひょんなことから、彼女が今も元気もりもりだということがこの間わかった)
追記。
彼女からもらったプレゼント。
ふつうなら、「ゴミ」になるもの。
彼女は、彼女のマジックを使って、
「ゴミ」を「ラッキーなもの」に変えて私にプレゼントしてくれた。
自分のバランスが取れないって、
ようやく35歳になる目前に気付いた。
今日(1月15日)はそんな日だった。
別に何があったわけでもない。
何もなくても、今日は朝から寝不足のせいか、
いまいちすっきりしない。
心がすっとしてないと、3回も洗濯機を回して、
3回も洗濯干ししても、それが面倒にすらならない。
何かしてる方が気が紛れて楽だから。
外に出たらスッキリするかと思ったけど、
これも大きな変化なく。
そんな中、次に始める新しいブログの1つに加える
女の子のことが何度も頭をよぎった。
もう10年も前のこと。
当時、私の半分も生きていない女の子が伝えてくれたメッセージが、
今になって強烈に響く。
話のネタ(メッセージ)は新ブログにいつか書くにしても、
今振り返って彼女の人生に起こったことは
たとえばこれまでの人生で1000人位の人の生き様に触れたとして、
そのトップ5にまちがいなくランクインする
壮絶なものだったと今さらに気付いた。
人と人の人生の大変さなんて比べる必要なんかないけど、
それ位の中をくぐり抜けても「生きる楽しさ」を知ってる、
楽しんで生きる術を知ってる、そんな子だった。
日々目の前のことに目一杯だった当時の私が気付かなかった
すんごいメッセージに今気付く。
彼女は両手で年を数えてもまだ指が余ってしまうような時。
一生分の大変なことを背負い込んだと言っても過言ではない。
細かいことはもう本当に大部分忘れてしまったけど、
彼女はその大変さの中にも
「こんな風に良かった時も(きちんと)あったんだよ」
って私に教えてくれたことが何回かあった。
今さらながら「なんだ!?その強さ!?」って超感心するくらいの
素晴らしい感性の持ち主だった。
正月に実家に帰省した時。
(嫁にもいってない成人女性の生家を「実家」と呼ぶんだろうか…)
2004年のスケジュール帳にその女の子からもらった小さなプレゼントが
きれいに残されてるのを見つけた。
彼女ももう成人したけど、
今もあの人生を楽しむ名人のままだと思う。
(ひょんなことから、彼女が今も元気もりもりだということがこの間わかった)
追記。
彼女からもらったプレゼント。
ふつうなら、「ゴミ」になるもの。
彼女は、彼女のマジックを使って、
「ゴミ」を「ラッキーなもの」に変えて私にプレゼントしてくれた。
2014年1月11日土曜日
最近のあれこれ~正月明けの日常
今朝目覚める直前、もしくは直後に、子どもの頃毎年春に家族5人で山菜採りに出かけた場面を思い出した。
夢の中で歩いたことのない山道を練り歩くところから思い出したのかもしれない。
当時は華やかさに欠けるお昼ご飯だと思っていたおにぎり。
よく考えたら、家族5人分、ひとり2こずつ食べるとしたら最低10こは必要になる。
母親は毎回それを作り続けていたかと思うと、今になってそのすごさがわかる。
ちなみに、最初思い出した場面は、青っぽいチェック柄のシャツを着た若かりし頃の父親の立ち姿だった。
背景の山にぴったりとなじんでいた。
9連休も終わり、名古屋での生活に戻って1週間になる。
この1週間で、どういうわけかやたらと子どもの頃の記憶がよみがえる。
ずっと忘れていたことが突然何の前触れもなしに、ふわっと出てくる。
それはそれでおもしろいから、思い出したことをノートに書いて残そうと思ってる。
9日間、仕事から離れて、9日ぶりに仕事をするとどんな風に反応するのか、
自分の反応が楽しみだった。
まず初日。
とにかく、3ヶ月くらいで無理やり詰めこんだ仕事の段取りを覚えているのかが不安で、すごく緊張した。
色々ぼけていることもあったけど、なんとか思い出せたのはよかった。
何日か仕事に行って、これは思いの外大きな収穫だったのは…
どういうわけか、苦手だった人たちが、苦手というより嫌悪に近い感情を抱いていた人たちが平気になったこと。
相手が変わったのかわたしが変わったのかはわからないけど、
とにかくできるなら関わり合いになりたくない!という人たち数名が平気になるのだから、これは本当に良かった。
相変わらず、気になることもないわけではないけど、
正月前に比べて、気にならなくなったから、自分がその分楽になれた。
昨日仕事の月1のミーティングがあって、
そこでわたしは前から気になっていたことを直接聞いた。
その答えを直接上の立場の人から聞いて、わたしは合点がいった。
その答えは、わたしの中で完全に「それ、まずいでしょ!?」って感じるものではあったけど、
その「まずいでしょ」の答えがこの職場ではOKになるとわかって、
それで合点がいった。
職場ではOKとなるもの、わたしはおかしいと思うもの、双方平行線で、
そういうものなんだとわかったら、おかしいとは今も思いながらも自分の中で折り合いをつけれるようになった。
話は変わって2日前の休みの日。
たまりにたまった用事の時間も確保しつつ、
空いた時間、自分の気の赴くままに過ごした。
気付けば、その日5~6時間、「写経」とわたしが勝手に名付けた
気に入った本の文章写しに精を出していた。
自分の家でも、図書館の近くのカフェでも、ひたすら文を紙に書いた。
書きながら、これから自分が追究するだろうテーマも少しずつ輪郭が見えてきたように思う。
最後に。
正月、妹から教えてもらった肩こり解消の体操がある。
肩こりと言うほどではないけど、時々、肩付近が痛くなる。
その体操を、朝起きた時と、夜寝る前にそれぞれ3回ずつ行ってる。
簡単だし、3回なら苦痛にならない。
かれこれ1週間、毎日朝夜と欠かさずにやっている。
肩の調子がいいのももちろんうれしいけど、
それ以上にこの新しい習慣が自分の中に定着したことの方がもっとうれしい。
2013年12月27日金曜日
6人目のポジション
ガラケーと呼ばれる携帯。
スマホは知らないけど、ガラケーは同じメールを一度に5人までしか送れない。
今回わたし含めて7人でやりとりしていた時のこと。
自分が発信者になったとしても、
一度に5人しか送れないわけだから
1人必ずあふれてしまう。
発信者から見たときの6人目のポジションというのがある。
今回、発信側になって6人目の人物をわたしが選び出すことも
反対にわたしが6人目の人物として選ばれることも
両方体験した。
今回のメールのやりとりが面白かったのは、
「あ!ぶっしーにだけ伝わっていなかった!」
と普通にメールをくれる子もいれば、
なにもなくしれ~っとしてる子もいれば、
ちょっとした気遣いで個人的にメールをくれる子もいれば、
とにかくみんなわが道スタイルでメールをやりとりしてるのがとっても心地良かった。
仮にわたしに内容が伝わってなくてもぜ~んぜん気にならなかったし、
みんなちぐはぐにその時の状況に合わせてメールをやりとりしてるのが、
なんとなく伝わってきたから、
6人目になることでわたしは知らなくても、気にならずに済んだ。
高校入学してからの付き合いだから、もうかれこれ20年になろうとしている。
わたしは集団行動もグループを成すこともとても苦手だけれど、
いい意味での自分勝手や自分のペースを持ってる人たちと付き合うのは大好きだ。
本来連絡するべきことを後回しにして、
このブログを先に書きあげてると後でみんなが知っても誰も怒らないだろう。
もしくは、「なんで先に連絡よこさないの?」
とはっきりと言ってくれるだろう・・・と何の疑いもなく信じているから
ほんと、わたしも自由気ままに自分のペースで動いてる。
話は変わって数日前のこと。
ある朝。
わたしはふたりの友達と同じ空間で朝を迎えた。
ひとりは、普段の生活から解放されてのんびりと朝を迎えていた。
まだ寝足りない様子でふとんの中にくるまっていた。
その空間の家主は、朝早くから人生の修羅場を約1時間後に迎えることが決定し、
家事をこなしながらも、もう心はすでに1時間先の未来に飛んでいた。
いかにその修羅場を乗り切るかの作戦会議で頭の中はいっぱいだっただろう。
わたしは、めちゃくちゃ楽しい時間から一気に現実に引き戻され、
行きたくもない仕事へ行く準備を整えていた。
三人三様の朝だった。
ふたりにじゃあねと告げてただ去ると思っていた。
まじめにそのつもりだった。
そうしたら、なんとふとんにくるまっていた友達が
温かいふとんから抜け出し、わたしを玄関まで見送った。
頭は寝癖でぼさぼさ。
前日のお酒はまだ体内に残っているのか全体的にけだるさ発信。
目は半開きまでひどくなくても4分の3開きといった風。
たった一瞬のできごとではあったけど、
その友達の見送りがとにかくめちゃくちゃうれしくて感動した。
自分の家でもないのに、
まるで自分の家かのように、
とても自然にわたしを見送っていた。
じゃあね~くらいの簡単なあいさつ位しか交わさなかったと思う。
でも言葉がなくても、言葉以上のなにかをわたしはその場で確実に感じ取っていたし、
その日もその後もわたしはその時の風景を何度も何度も反芻している。
反芻しては、なんともいえないしあわせな気分に浸る。
最初に書いた6人目のポジションも、
今さっき書いた朝の見送りも、
どちらも真髄の部分は同じものが流れていると思う。
「おもいやり」なんていう言葉、なんともうそっぽいと思ってしまうけど、
わたしは自分の周りの人たちのそういう自然の行動を見て
「おもいやり」だなぁ・・・と思ってしまう。
スマホは知らないけど、ガラケーは同じメールを一度に5人までしか送れない。
今回わたし含めて7人でやりとりしていた時のこと。
自分が発信者になったとしても、
一度に5人しか送れないわけだから
1人必ずあふれてしまう。
発信者から見たときの6人目のポジションというのがある。
今回、発信側になって6人目の人物をわたしが選び出すことも
反対にわたしが6人目の人物として選ばれることも
両方体験した。
今回のメールのやりとりが面白かったのは、
「あ!ぶっしーにだけ伝わっていなかった!」
と普通にメールをくれる子もいれば、
なにもなくしれ~っとしてる子もいれば、
ちょっとした気遣いで個人的にメールをくれる子もいれば、
とにかくみんなわが道スタイルでメールをやりとりしてるのがとっても心地良かった。
仮にわたしに内容が伝わってなくてもぜ~んぜん気にならなかったし、
みんなちぐはぐにその時の状況に合わせてメールをやりとりしてるのが、
なんとなく伝わってきたから、
6人目になることでわたしは知らなくても、気にならずに済んだ。
高校入学してからの付き合いだから、もうかれこれ20年になろうとしている。
わたしは集団行動もグループを成すこともとても苦手だけれど、
いい意味での自分勝手や自分のペースを持ってる人たちと付き合うのは大好きだ。
本来連絡するべきことを後回しにして、
このブログを先に書きあげてると後でみんなが知っても誰も怒らないだろう。
もしくは、「なんで先に連絡よこさないの?」
とはっきりと言ってくれるだろう・・・と何の疑いもなく信じているから
ほんと、わたしも自由気ままに自分のペースで動いてる。
話は変わって数日前のこと。
ある朝。
わたしはふたりの友達と同じ空間で朝を迎えた。
ひとりは、普段の生活から解放されてのんびりと朝を迎えていた。
まだ寝足りない様子でふとんの中にくるまっていた。
その空間の家主は、朝早くから人生の修羅場を約1時間後に迎えることが決定し、
家事をこなしながらも、もう心はすでに1時間先の未来に飛んでいた。
いかにその修羅場を乗り切るかの作戦会議で頭の中はいっぱいだっただろう。
わたしは、めちゃくちゃ楽しい時間から一気に現実に引き戻され、
行きたくもない仕事へ行く準備を整えていた。
三人三様の朝だった。
ふたりにじゃあねと告げてただ去ると思っていた。
まじめにそのつもりだった。
そうしたら、なんとふとんにくるまっていた友達が
温かいふとんから抜け出し、わたしを玄関まで見送った。
頭は寝癖でぼさぼさ。
前日のお酒はまだ体内に残っているのか全体的にけだるさ発信。
目は半開きまでひどくなくても4分の3開きといった風。
たった一瞬のできごとではあったけど、
その友達の見送りがとにかくめちゃくちゃうれしくて感動した。
自分の家でもないのに、
まるで自分の家かのように、
とても自然にわたしを見送っていた。
じゃあね~くらいの簡単なあいさつ位しか交わさなかったと思う。
でも言葉がなくても、言葉以上のなにかをわたしはその場で確実に感じ取っていたし、
その日もその後もわたしはその時の風景を何度も何度も反芻している。
反芻しては、なんともいえないしあわせな気分に浸る。
最初に書いた6人目のポジションも、
今さっき書いた朝の見送りも、
どちらも真髄の部分は同じものが流れていると思う。
「おもいやり」なんていう言葉、なんともうそっぽいと思ってしまうけど、
わたしは自分の周りの人たちのそういう自然の行動を見て
「おもいやり」だなぁ・・・と思ってしまう。
2013年12月24日火曜日
ひとりクリスマスイブ
2013年12月24日。
名古屋は風が強いものの晴れ。
朝起きてから、18個のリストを作成。
今日することをすべて列挙。
上から順に
・レシート整理
・計算
・ゴミ出し
・シャワー
・トイレ掃除
・洗濯
・豪華朝食ブランチ
・掃除
・保険料支払い
・保険証手続き
・奨学金支払い
・家賃支払い
・くじ引き
・洗剤購入
・アソシア(でケーキセットを頼む)
・デパ地下(で夕食の食材ゲット)
・ノート書き
・バスTEL(正月の新潟帰省の電話)
上に書いたことはすべて完了。
それ以外にも、コーヒーブレークや、読書、日記書き、夕食の準備、そして今のブログアップが追加される。
冬の青空見上げて、この1年を思い返した時。
「ほんとうに良くやった!」
と自画自賛。
生活保護どころか、多分ホームレスの人並みにお金がなかった数ヶ月がある。
そこから生活再建できただけでも、
たとえ今好きでもない興味もない仕事をしていても、
普通に生活できているだけで「奇跡」だと感じる。
今日は、この1年をたたえて、思いっきり自分のためだけに過ごしてみよう!と決めた。
名古屋で多分ナンバー1と思われるホテルのラウンジでケーキセットを頼んだ時のこと。
(そこのケーキセット、味と雰囲気含めて、お得だと思います、ちなみに1300円)
ドミニカ共和国の数々の海、
カリブ海も大西洋も旅した、
祖母が亡くなって寒い日本の地も、
太平洋の空の上から自分と同じ高さにオリオン座を見た時も、
名古屋のモーニングも、
愛用そろそろ5年目の木のテーブルの上でも、
色んな時をわたしと共に旅した日記帳を携えて
ホテルのラウンジで苺たっぷりのショートケーキをほおばっていた時のこと。
2013年に書いた日記をすべて読み返していた。
「(お父さんから)電話がきた。
涙が出るばかりで電話に出なかった。
いつまでもいつまでもブーブーと鳴っていた。
切れてから見てみたら96秒と出ていた。
子どもの為だったら親はどんなこともするんだと思ったら余計と涙が出た。
もう胸がつまって何も言葉は出てこない。」
「」に書いたことは、ある春の日の場面だ。。。
ホテルのラウンジだということさえもどうでもよくなって、
というか、そんなこと気にする余裕がないくらいに、
わたしはそれを読んで泣いた。
もう何ヶ月も経っているのに、ぼろぼろと泣いた。
当時もかなりぼろぼろと泣いていたけれど、
今も泣けてしまうくらい、色んな想いがうんと詰まった場面を思い出した。
今日のクリスマスイブの日。
別に休みを申請したわけでもないのに、休みになった。
ひとりで過ごすとと~っても寂しくなるのか、確かめてみようと思った。
寂しくなる暇もなく、日常のやることをひとつひとつこなし、
そしてデートの人たちが溢れかえっていそうな場所に2つほど行ってみたけれど、
くじ引きの場所は中高年ばかりだし、
ホテルのラウンジさえ、おひとりさまの女性やらビジネスマンでごった返していた。
もちろん、道行く人たちの中にはデートを楽しんでるカップルもいれば、
多分クリスマスプレゼントを買うために彼女に同行して、
彼女は自分の好みの服を見て回っているけれど、
彼は彼女が気に入った服の値札ばかりを彼女が去った後でチェックしていて
クリスマスというより、日常のやりとりが目に見えるようだった。
「うん、それもいいね~」
と言いながら、彼女が次の服を物色する間に値札をチェックしている姿は
人間らしくて笑えた。
家に戻ってから、豪華なクリスマスディナーを演出した。
メインは、友達がくれたスペイン産の赤ワイン。
2割引で買った近所のスーパーのチキンは、
ケンタッキーよりおいしい♪と感じた位のうまさ&安さだった。
明日も売ってるなら、買って食べたいくらいのうまさ。
ワインを飲みながら、ワインの贈り主にお礼のメールを送った。
新年会の相談や今年一年のお礼をお互いにやりとりした。
だらだら書き綴ったけど、
とにかく、と~っても満たされたひとりクリスマスイブだった。
その満たされ方も、
365日の中でトップ5に入る位の満たされ方だった。
あまりにも満たされたわたしは、
今日2回目の日記を日記帳に記した。
名古屋は風が強いものの晴れ。
朝起きてから、18個のリストを作成。
今日することをすべて列挙。
上から順に
・レシート整理
・計算
・ゴミ出し
・シャワー
・トイレ掃除
・洗濯
・豪華朝食ブランチ
・掃除
・保険料支払い
・保険証手続き
・奨学金支払い
・家賃支払い
・くじ引き
・洗剤購入
・アソシア(でケーキセットを頼む)
・デパ地下(で夕食の食材ゲット)
・ノート書き
・バスTEL(正月の新潟帰省の電話)
上に書いたことはすべて完了。
それ以外にも、コーヒーブレークや、読書、日記書き、夕食の準備、そして今のブログアップが追加される。
冬の青空見上げて、この1年を思い返した時。
「ほんとうに良くやった!」
と自画自賛。
生活保護どころか、多分ホームレスの人並みにお金がなかった数ヶ月がある。
そこから生活再建できただけでも、
たとえ今好きでもない興味もない仕事をしていても、
普通に生活できているだけで「奇跡」だと感じる。
今日は、この1年をたたえて、思いっきり自分のためだけに過ごしてみよう!と決めた。
名古屋で多分ナンバー1と思われるホテルのラウンジでケーキセットを頼んだ時のこと。
(そこのケーキセット、味と雰囲気含めて、お得だと思います、ちなみに1300円)
ドミニカ共和国の数々の海、
カリブ海も大西洋も旅した、
祖母が亡くなって寒い日本の地も、
太平洋の空の上から自分と同じ高さにオリオン座を見た時も、
名古屋のモーニングも、
愛用そろそろ5年目の木のテーブルの上でも、
色んな時をわたしと共に旅した日記帳を携えて
ホテルのラウンジで苺たっぷりのショートケーキをほおばっていた時のこと。
2013年に書いた日記をすべて読み返していた。
「(お父さんから)電話がきた。
涙が出るばかりで電話に出なかった。
いつまでもいつまでもブーブーと鳴っていた。
切れてから見てみたら96秒と出ていた。
子どもの為だったら親はどんなこともするんだと思ったら余計と涙が出た。
もう胸がつまって何も言葉は出てこない。」
「」に書いたことは、ある春の日の場面だ。。。
ホテルのラウンジだということさえもどうでもよくなって、
というか、そんなこと気にする余裕がないくらいに、
わたしはそれを読んで泣いた。
もう何ヶ月も経っているのに、ぼろぼろと泣いた。
当時もかなりぼろぼろと泣いていたけれど、
今も泣けてしまうくらい、色んな想いがうんと詰まった場面を思い出した。
今日のクリスマスイブの日。
別に休みを申請したわけでもないのに、休みになった。
ひとりで過ごすとと~っても寂しくなるのか、確かめてみようと思った。
寂しくなる暇もなく、日常のやることをひとつひとつこなし、
そしてデートの人たちが溢れかえっていそうな場所に2つほど行ってみたけれど、
くじ引きの場所は中高年ばかりだし、
ホテルのラウンジさえ、おひとりさまの女性やらビジネスマンでごった返していた。
もちろん、道行く人たちの中にはデートを楽しんでるカップルもいれば、
多分クリスマスプレゼントを買うために彼女に同行して、
彼女は自分の好みの服を見て回っているけれど、
彼は彼女が気に入った服の値札ばかりを彼女が去った後でチェックしていて
クリスマスというより、日常のやりとりが目に見えるようだった。
「うん、それもいいね~」
と言いながら、彼女が次の服を物色する間に値札をチェックしている姿は
人間らしくて笑えた。
家に戻ってから、豪華なクリスマスディナーを演出した。
メインは、友達がくれたスペイン産の赤ワイン。
2割引で買った近所のスーパーのチキンは、
ケンタッキーよりおいしい♪と感じた位のうまさ&安さだった。
明日も売ってるなら、買って食べたいくらいのうまさ。
ワインを飲みながら、ワインの贈り主にお礼のメールを送った。
新年会の相談や今年一年のお礼をお互いにやりとりした。
だらだら書き綴ったけど、
とにかく、と~っても満たされたひとりクリスマスイブだった。
その満たされ方も、
365日の中でトップ5に入る位の満たされ方だった。
あまりにも満たされたわたしは、
今日2回目の日記を日記帳に記した。
2013年12月17日火曜日
夢ではない夢の時間
きのうのこと。
ある友達に会ってきた。
この人との出逢いは不思議だ。
わたしはその人を、自分がとっても信頼している人から
「こんな人がいるよ~」
と教えてもらったのが最初。
会ったこともない、当然名前も顔も知らない、
だけど人柄や生き様は知ってると言う
「森山直太朗知ってます」と同じレベル、
実際はそれ以下の情報しか握っていない人だった。
ある時。
わたしはその人とコーチング系の勉強会で席が隣りになった。
その時すらもその人がそのうわさの人物だとは知らなかった。
とにかく、頭のきれる人だと思った。
後日、別の人から、隣りに座っていた人が、そのうわさの人物と同一人物だと初めて知らされた。
その人にお願いして、なんとか時間を作って会って欲しいとお願いしたのが
多分去年の秋くらいだったと思う。
しばらく色んなことから距離を置いていたけれど、
また様々なことが重なって、この間数ヶ月ぶりにたくさんの人がいる会場で会った。
今度またお茶しよう!となって、会ってきたのが昨日。
昨日の3時間くらいの時間は、まさに夢のような、でも夢ではない時間だった。
わたしはそこでひとつ決心をする。
ずっとずっとやろうと思っていたことがあった。
実際は、もうすでにやり始めていることだった。
だけど、ああでもない、こうでもないと自分に言い訳して
やることから回避していた。
やることと言うより、それを誰かに伝えるのをずっとためらっていた。
正直、やってどうなるんだ?と思っていたし、
一体ぜんたい、わたしのやってることは何なんだろう…?
といつも答えの出ない質問を前に動き出すことから逃げまくっていたし、
言い訳だらけ、逃げ道だらけだった。
深層心理で「この人ならわかってくれるかもしれない」と思ってわたしは話をしたのかはわからない。
気付くと、とても自然に
「実はね…」
と前々から構想としてあったものの話をした。
それはこのブログとはまた別の「書くこと」。
その内容は、わたし自身が生み出した表現ではない。
だけど、すれ違いの見知らぬ人たちや、知ってる大切な人たちが
発した言葉とそれにまつわるエピソードを形にしたいという、
とりあえず聞いたもの見たもの、
わたしの五感すべてもしくは六感も使って感じているすべてを表現するものだった。
そのアイディアを得たきっかけや、
今年の夏、ほんとうに「これだ!これをかたちにしたい!」と思った、
ある見知らぬ親子の会話を話した。
時間にしたら1分にも満たなかったと思う。
「ぶっしー、それやろうよ!」
というようなことを言ってくれてたと思う。
細かな内容はほとんど聞かず、
わたしの簡単な説明だけ聞いて
「やろう!」
ほんとうに、その言葉だけだった。
具体的に動くステップも、とってもわかりやすく提示してくれた。
「えっ!?それだけでいいの?」
とわたしはすぐさまに聞いた。
まじめに、そんなにも簡単でかつ確実にわたしが無理なくやれる動きで、
そのシンプルさに心底驚いた。
「そんなもんだと思うよ」
と、驚いてばかりいるわたしに、相手はさらりと答えた。
「ねぇ、ぶっしー。
今だったら、やっても失うものないじゃん!
やることで新たな可能性が生まれることはあっても、
やることで何かを失うって絶対ないじゃん!」
と続けて言ってくれた。
ほんとうにその通りだった。
今のわたしは、特に今回のように自分の頭の中にあるものを「見えるかたち」にするのにお金はいらない(注)。
やったことで、それが何にもならなくても、
やるだけでわたしの中に後悔は100%ない。
そして、
「『わたしは○○です』と宣言した瞬間に、もうそうなるんだよ」
と、とても優しく諭された。
友達は、わたしにある称号を与えてくれた。
その称号は、友達いわくわたしのやってることそのものだと断言してくれた。
なんとも心強かった。
今年1年、とにかく悩んだ。
進む方向性も見えず。
どうしたいのかもわからず。
もう失敗も痛みもこりごりだと思った。
しばらくは派遣に逃げ込んで、なんとか生活を立て直すところから始めよう…
何かを始めるまで、まだまだうんと心の準備がいると思っていた。
先の見えないトンネルを前に、一生このままだったらどうしよう…と焦りも不安もいつも隣り合わせだった。
何かを始めるだなんて、まだまだうんと先だと勝手に決めていた。
昨日も、
そんな展開になるとはつゆ知らず、
のんきに地下鉄に乗って出かけ、
遅刻魔で有名の友達が本当に時間を守って集合場所に現れたことに驚き、
今の時間ならモーニングできる!ラッキー♪
位な感じでコメダに入った。
当たり前だけど、動くのは自分。
何かを変えられるのも自分。
だけど、わたしの場合は、大きなプッシュが必要だった。
軽く背中を押してもらう感じではなく、
具体的なステップはライトな感じでも、
動くには大きな後押しが必要だった。
まさか昨日のような形でそのプッシュがもたらされるとは、ゆめゆめ思わなかった。
そう、昨日はまさに、夢ではない夢のような時間だった。
一夜明けて、空が明るくなり出した頃。
わたしは早速、昨日話していたことを行動に移した。
それはとても自然に、まるで朝ごはんを作るかのように、その作業に没頭した。
友達にそのデータを送ってから、今日は仕事に行った。
わたし、できるんだ、
と自画自賛ではないけれど、
無理なく動けた自分に感動した。
近日中、これからしばらく取りかかるぶっしープロジェクト発表予定☆
(注)始めるのにお金が0円なのは、ほんとうにほんと。
それはまるっきしウソがない。
ただ、ひとつだけ、そこには上には書いてないことが含まれている。
わたしが今回形にするのに、友達がひとつ全面的な協力をしてくれる。
友達もプロだから、本来ならそのサービスに対してお金が発生するもの。
今回、「出世払い」という、大真面目に、そういう名のもとで絶大なる協力を得ています。
登録:
投稿 (Atom)