2022年9月24日土曜日

5年前の携帯メモー9月

ちょうど5:55を狙って撮ったスクショ
555というゾロ目数字は、
私がこのブログを再開する時に後押ししてくれた
数字でもあるから、感慨深いものがある。
背景が紫陽花なのは、
ずっと背景の写真を変えてないから…




>2022年9月23日 秋分の日


いつか買おうと思っていた本のタイトルを調べるためにiPhoneのメモをさかのぼっていったら、5年前の2017年の9月のメモが目に入って、何を当時はメモしたんだろう…と思って見てみたらこんな風だった。


内容的に恥ずかしいものもあるけれど、ちなみに相当恥ずかしいものは除外したけれど、それでも書いた当時のメモたちをまとめてみた。


ちなみに10月のメモも色々あったけれど、そちらは10月になって気が向いたらまとめようかな…なんて思っている。




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>2017年9月2日


ー以下引用ー


会いたいな!と思って会う、ということもありますが

その人に会うまで、

会いたかったのだということに気づかない

ということもあるわけです。

顔を見て声を聴いてそこではじめて

ああ、私はずっと、この人に会いたかったんだなあ

と感じることも、あるんだと思うのです。11


会いたい人の方から

声をかけてくれる可能性もありますし、

待っていてもしかたないから

自分から会いに行こう!

という人もいると思います。

どちらからいこうが、大した違いはないのです。

会ってしまえばそこには

お互いの共有できる時空があるだけです。54


たしかに自分自身の心なのに、

自分の意識や意志とは関係なく、

勝手に動いてしまいます。

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「きれいに説明ができなくても、

どうもそうしたほうがいいと思える」というときのほうが、

むしろ、信用できるのかもしれません。

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『薔薇色の鳥』

石井ゆかり




>2017年9月3日


無意識に心が動く方が先で、

その後にはっとなって、考えないにしようとかそういうこと考え出す自分がいる。


史子




*




8-31 木

夕焼けを窓から眺める


帰り際、はっきりと「おつかれさまです」の挨拶が聞こえる


9-1 金

朝段ボール置場にいたところを捕まえて、メモについて聞く




>2017年9月5日


夜シャワーを浴びながら


「心の中に涙がいっぱい溜まってる」




>2017年9月6日


・ベイシア店員〇〇さん

・福岡着いてすぐの携帯に出た福岡県〇〇のニュース 

・情熱大陸 佐々木圭一さんが紹介したあるコピーライターの名前が〇〇さん ノートに書いてあった

・たまたま目にした一瞬のCMが〇〇さんと同じ車のCMだった




>2017年9月8日


(お世話になったSさん宛のメッセージの下書き)


ペンジュラムの答えとこれまでのやり取りと、色々総合的に振り返って思うことです。


〇〇さんはできない、ごめんなさい、とは言いましたが、あれが本心ではなかったように思います。

多分異動が決まる直前までは、鈍い私が「もしかして…」と勘違いするようなことがいくつかありました。〇〇さんは無意識過ぎなのか、私の目に映る表の部分をどこまで自分の心の中でキャッチできてたかはわかりません。

だけど、少なくとも好意に似たようなものは持っていたんじゃないかと度々感じました。

だから、断られた時もどこか違和感のような、頭で出した答えという感じでした。


流れを見ても、この3週間ほどの怒涛のような日々を振り返っても、そしてSさんはじめ周りの人たちの温かい感じを改めて思い出しても、そして相変わらずペンジュラムは現実とは違う答えを私に伝えてきますが 苦笑、タイミングなのか思考には勝てないのか、もうするだけのことはしたのでそこは自分でももう十分とは思えても、今の結果には非常に不満なのが本音です。


今朝2年前引きこもりのような生活してた当時の日記を読んでました。迷ったり焦ったり、今が一体何に繋がってるんだろう?って不安になったり。そしてその時々の選択にすごく迷って、決めてからもこれで良かったのかとか毎回何かしらのマイナスな発言もあり 苦笑。

でも今に繋がるには、過去のどのピースも1つとして欠けてはいけなかったこと、それが本当にひしひしと伝わって、朝から涙しました 笑。


未消化な気持ちはしばらく続きそうです。全く何が言いたいのかよくわからない文章になりました。




>2017年9月13日


青空

やたらとゆっくりと時間が流れた。

このまま時が止まればいいのに、と思うほど。




>2017年9月24日


時間を味わう

時間が伸びる感覚

一緒にいる空間




*




街のフリーペーパー情報 最新版

編集の1人が〇〇〇治さんだった

(〇〇〇はイケメン上司の名前と全く一緒の漢字)




>2017年9月26日


夜ご飯の時少しだけテレビ見てたら。福岡のグルメタレントが出てきて、その方が〇〇さんだった。

もう1つの番組と迷って選んだ方にしたら、そんなことになった。


(〇〇はイケメン上司の下の名前と全く同じ名前&同じ漢字だった)




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>2022年9月24日


真夜中に目が覚めて、外ははっきりと雨音が聞こえるくらいに雨の音が聞こえて、そして今こうして書いている。


少しだけ当時のメモの補足をしたい。


「心の中に涙がいっぱい溜まってる」と書いたのは、他の人からイケメン上司に仕事の伝言を頼まれて、それを伝えに言ったら明らかに無視された、その日の夜のメモ。


9月6日の箇条書きは、〇〇の中にはすべてイケメン上司の名前が入る。


8月の終わりくらいからイケメン上司の名前をあちらこちらで見かけることがどんどん増えて、それでメモしたのがそれが最初だった。


福岡県の話は今でもはっきりと覚えている。


空港で見たニュースだったと思う。


そこにはイケメン上司と同じ苗字の地元の名士の方の速報が出ていた。


見知らぬ土地の見知らぬ名士なのに、突然イケメン上司の名前が出ていてビックリしてハッとした。


9月8日のSさんへのメッセージの下書きなど本当に顔から火が出そうなことを書いているけれど、それが本当に当時の自分の書いたことなんだから否定もできない。


ペンジュラムが当時伝えてくれていたことの内容は具体的に覚えていないけれど、質問した中にイケメン上司がソウルメイトなのかとかは聞いたし、イケメン上司と私とが何らかの形で繋がるかどうかみたいなことを聞いていたと思うし、あの頃はまだ半信半疑ではあったけれど、とにかく書いた通りペンジュラムはイケメン上司に関することだけは絶対に現実的なものとは相反することを一度も変わることなく同じ答えを伝え続けていた。


現実は強烈極まりないのに、なんならあれから5年経つけれども、私がブレブレでもペンジュラムはブレずにずっと同じことを伝え続けている。


これは私のとても希望や願望が強い分析というか捉え方だけれど、この5年という時間、私にとっても片時もイケメン上司のことを忘れなかったのと同じように、イケメン上司にとっても好む好まないは別にしても私が居続けたのかもしれない。


生身の人間同士は何にも繋がってなくても、魂同士はお互いに歓喜しながら「繋がれたね!再会できたね!」と言い合ってるかもしれない。


「( ̄∀ ̄;)」って末尾に付けようかとしたけれど、やめた。←書いてて、なんだか可笑しなことを言ってると思ったから。


イケメン上司じゃなくてイケメン上司の魂が反応していただけかもしれない。


生身の人間のイケメン上司自身は本当はどうだったんだろう。


新潟の後、少なくとも2つの土地に行って日常の色んなことも周りの顔ぶれも変わったわけだから、新潟時代などもう遠い過去になって記憶の片隅にさえ残っていないかもしれない。


けれども、なんだかんだ色々変わっていっても、私という人はこの通り5年前も今も基本は変わらなくて、そしてイケメン上司の意図はわからないけれども私のブログを見続けることは変わらない習慣的なものになっていて、だから風景や細かい出来事は記憶から抜け落ちてもなぜか私は画面の言葉の向こうにいるみたいな、記憶の有無に関係なくそこだけが引き続き続いていきましたみたいな。


当時のメモは、当時の日付のままiPhoneの中に残っている。


それらは一生大切に残しておく予定。


一生ものの記憶の記録。


例えば、あれから10年後の2027年になったとして、さらに一層当時の記録はかけがえのないものになっている気がする。

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