2022年9月21日水曜日

記憶の断片

2022/09/17の夕空
5年前の職場の近くの国道からの風景

スープカレーが食べたくて
本当にスープカレーを食べるために出かけた
連休初日

35度近くまで上がった日の空

こんな風にiPhoneのメモにいつも下書きをしている



2022/09/17  5:42am

夜明け前に目が覚めて、記憶がうっすらとあるものたちを言葉にしておきたいと思ってiPhoneのメモ画面に言葉をこうして打ち込み始めた。


9月11日にイケメン上司の机の上に事務所に誰もいなくなった一瞬の隙を狙ってさっと手紙を置いた後、イケメン上司宛ての電話を取るとか必要なファイルを用意するとか、そういうことが一切なくなった。


一番大きく変わったことは、イケメン上司をチラ見できなくなったことだった。


見られたら嫌かなという気持ちもあって止めたのもあるけれど、なんだか見てはいけない、そんな気持ちだったと思う。


すっごい見たい気持ちはあったけれども、見ることもなんだか許されない、とにかくイケメン上司になのか何なのか悪いとか申し訳ないみたいな気持ちでいっぱいだった。


同じ空間にいて手を伸ばせば届くみたいな距離にいながら、半永久的に近寄れない、大きな隔たりが常にあって、それはもちろん私の心の中の話でもこの近寄れないことこそが関係がないということなんだと思った。


これは私の超勝手な想像だけれど、少なくとも私が個人的なメモをイケメン上司に渡してからは、何もしゃべらない置き物のような派遣ではなく気まずくてもやりにくくても武士俣さんという人がいるという存在感は嫌でも出てきたんじゃないのかなと思う。


そうだ。


イケメン上司は私に「お疲れ様でした」も言わなくなったと思うけれど、それは気付かなかったんじゃなくて、反応しないことを無視することを意図的に選んだ、ある意味存在には気付きまくりな状態だったのかなと思う。


今の職場は広くて、同じ部署の人で席が近くの人でさえも、休みかどうか気付かないこともある。


存在にさえ気付いていない。


イケメン上司の場合は違っていたと思う。


私という存在は嫌でも認識できる位置にいたけれども、無視することを徹底するみたいな。


イケメン上司もイケメン上司で、けっこうしんどい状況だったんじゃないのかなと思う。


異動に伴って、業務の片付けや引継ぎもしないといけないし、家の引越しもしないといけない。


とにかくとっても忙しかったはずだけれど、それよりも心が乱れるのは私の訳の分からない、予測すらできない動き方の方だったんじゃないのかと思う。


この間受けた占星術の鑑定で、ドラゴンヘッドやテイルに関わる天体の動きの時は、色んな縁が持ち込まれやすく、中には自分が望まない関係も入ってくるというのを先生から改めて聞いた時に、当時のイケメン上司にとってはまさに生まれた時のドラゴンヘッドのところに今現在のドラゴンヘッドが18年数ヶ月ぶりに戻ってきた頃で、私が登場してきたのは想定外の中でも超想定外だったんじゃないのかなと思う。


望まない関係は切ったらいいです、みたいなアドバイスも今回先生から受けたけれど、まさにイケメン上司にとっての私がそんな感じだったのかもしれない。


書きながら少しずつ思い出してきたけれど、ずっと席のすぐ横に置いていた黒のダウンジャケットが消えた時は本当に衝撃が走った。


周りの人たちはそんなことは誰も気にしてもなかったかもしれないけれど、私には仕事で初めて足を踏み入れた当初から超異彩を放っているアイテムで、他にもっと変な置き物とか色々あったのにも関わらず、その黒のダウンジャケットがダントツで存在感のあるものだったから(途中からイケメン上司の持ち物だということがわかった)、それが無くなった時が「本当に異動してしまうんだ」と一番強く思った。


いつだったかは週1の掃除の日に、イケメン上司が階段を選んだ時。


そこはみんなやりたがらないかと思って私なんかはけっこう毎回自らそこを選んで掃除していたけれど、それをイケメン上司が知ってるのか知らないのかは今もわからないけれど、そこをイケメン上司が始めて、そういう姿もガン見したいのは山々だったけれどもそれこそ見るのをはばかられて止めた。


そっと心の中で、「私も毎週同じ景色見ているよ」と思ったけれど、そんなの伝わるわけもなく、同じ体験をしても共有できないのって寂しいなと今でもふと思ったりする。


それこそその階段のところで、Hさんにいつかの夕方呼び止められて、「武士俣さん、◯◯さんの送別会ってどうしますか?」と聞かれた日があった。


私は最初から行かないという返事はしなくて、何て最初に言ったのかは忘れたけれどもう少し時間をくださいみたいなことを言って返事を延ばした。


時間的な都合はいくらでもついたけれども、協力会社の人たちも呼ばれて知らない人たち話したことがない人たちてんこ盛りでそれも超気後れしたし、それ以上にイケメン上司のための会だけれどイケメン上司は私が同席などしたら本気で嫌でたまらないだろうと思って、私も耐えられないしイケメン上司も最後の飲み会でそんな状態なのは絶対に嫌だろうと思って、そんなことは言わずにとりあえずお断りをした。


駆け足で後ろから追いかけてもらって、これがイケメン上司だったらどんなに良いかななんて起こりもしないことも想像した。







2022/09/19 (月・祝)


おととい上の文章を書き終えた後、早々と起きて出かけた。


ずっと家にいるのも天気が良いのにもったいないと思って、それで「スープカレーを食べに行く」という、はっきり言ってどうでもいい、出かけなくても問題ない用事を無理くり作って新潟駅前まで出かけた。


帰り道、ふと変なことを思い出した。


イケメン上司の転勤が知らされた後だったと思う。


時々変な咳をイケメン上司はしていた。


見間違いでなければ、黄色のパブロンみたいな薬が机の上にあった時もあった。


今ネットで調べたら、本当に黄色のパブロンだったのならそれは「咳」に特化した風邪薬らしい。


季節の変わり目だったし、引越しやら引継ぎやらで多忙を極めていて疲労も溜まっていただろうから、それが喉に来たのかもしれない。


多分こんなことどこにもこれまで書いてこなかったと思うけれど(私の記憶だから怪しいけれど)、私はそのイケメン上司の咳や喉の具合の悪そうなところを見ていて、「言いたいことが言えずに、もしくは言う必要があることを言わずに溜め込んでいるから、それで喉が詰まっている」と思っていたことを思い出した。


本当に単純に季節の変わり目とか多忙による疲労からくる喉の不調や喉の風邪だったかもしれない。


なんだけれど、私には言いたいことなのか言う必要があることを言わないことで喉が詰まっているという風に映ってしまって、それが私の思い込みなのか本当の不調の原因をなぜか特定できていたのか、その辺りは全くわからないし何とぼけたことを言っているんだ!?状態でも、とにかくそんな風に思っていたことを思い出した。


私はその後1年くらいすると、人生でこれ以上ないくらいの喉の絶不調、冗談抜きで声が全く出なくなったくらいの、完治するのに1ヶ月近くかかったすごい不調に見舞われて、その時というのは当時交流のあった子が危険な目に遭っているのにそれを止めずに様子見をしていたらそれですごい具合が悪くなった。


ちなみにその後本人に会って、全力で説得して、本人は良いと思って慕っている相手というのは洗脳している人だということをとにかくありったけの脳みそをフル回転させて言葉に言葉を尽くして説明して、そしてそれで喉の不調は最後落ち着いた。


イケメン上司の当時の喉の不調は何だったのかなんて私は医者でもエスパーでもないからわからない。


けれど、自分も言う必要があるのに言わずにいたら喉が超絶調子が悪くなったことがあったから、もしかするとイケメン上司もそんな風だったのかもしれない。


少なくとも「喉の調子が悪いんだな」よりも「喉が詰まっているんだな」と感じたのは本当だし(たとえ私の勘違いでも)、当時は余裕があまりにも無さすぎてそんなこと思えなかったけれども、本当はイケメン上司も私に何かを言いたいんじゃないかと思った。


愛の告白とかそういうんじゃなくて、私が手紙を書かずにはいられなかったように、イケメン上司はイケメン上司で何かを感じてそれを言葉にして伝えたかったのかななんて想像したりもする。


伝えたいだとかなり語弊があり過ぎる感が否めないから、言いたいかどうかはさておき言葉にして外に出す必要があったんじゃないのかなと思う。


そしてそれは対私かもしれないけれど、私ではない対他の誰かかもしれない。


いずれにしても、喉が詰まっているって思っていたことを運転しながら突然思い出した。

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