2020年4月12日日曜日

心の窓ー2020春

もし……。

少しだけ楽しい、そして寂しい妄想をしてみた。

口が裂けても言えないことだけれど、最近特に思うこと。

1月から3月まで約3ヶ月ほど席が隣りの隣りだった正統派イケメンの硬派さんから、今現在ほぼ毎日仕事で助けてもらっている。

硬派さんは完全なるボランティアで、私に技術的な内容をものすごくわかりやすく説明してくれてる。

さらには、今新人研修をなんとなんとの私がやっていて、それにまつわるというかかなり困った事態についても硬派さんに相談している。

とにかくすごい勢いで硬派さんから助けてもらって、なんとか仕事をこなしている。

今後は硬派さんの星読みなんかもするから、ますます親密度がアップするかと思う。

その硬派さんとのやりとりを通じて、決して起こらない「もし……」を想像している。





指折り数えたら、ちょうど同じくらいの時間なんだと気付いた。

4ヶ月弱。

それが私に与えられた時間だった。





硬派さんは自分自らベラベラと喋る人じゃない。

口数はいつも最小限に抑えられているし、余計なことも基本言わない。

なんだけど、その少ない言葉の中にはいつも本当のことばかりで嘘がない。

真っ直ぐで真面目で、でも私の毒吐きも一緒に笑ってくれるようなところがある。

なんなら硬派さんが毒を吐くこともある。

硬派さんとの時間はどこまでも安心安全で、いつもやさしい空気が流れている。

硬派さんのホロスコープを知り得たことで、硬派さんは私の心の安心安全にものすごく寄与してくれる人だということがわかった。

もし、今の硬派さんとしているようなやりとりが当時もあったのなら、今は全く違う景色の中に私はいたんだろうなぁと思う。





何でも良かった。

何でもいいから、何かきっかけとなるようなものが欲しかった。

硬派さんに質問しながらよく思う。

もし当時同じように質問することができていたのなら、大小様々なことを頼ることができたのなら、当時のイケメン上司とは全く違う時間を過ごせたと思う。

仕事を口実に色んなやりとりができて、メールだってし放題、なんなら個人の連絡先だって何かしらを理由に交換できたと思う。

昨日だって超個人的なメールを硬派さんにした。

新しい子の教育係になって、その子の状況に関してかなり厳しいものがある。

そして唯一私だけが彼女の細かなことを見ている人だから、私の発言1つで彼女の今後が変わる。

最悪私の発言を元に、希望して入ってきた部署なのに、部署異動にまたなる可能性まである。

取扱説明書やら英訳やらのおかしなことはいくらでもお伺いという名の上に物申すことはできても、人一人の人生を左右するような発言はしたくない。

現状を伝えることはしないとだけど、でもダメになる方向に持っていくのではなくて、彼女が残れるような方になんとかしたいと思う。

ただ社内の現状を知らないから、とにかく情報と手段を抑えておかないことにはかなり窮状となる。

それでその困った色々を硬派さんに相談した。

それについても他に相談できる人がいないのと、その相手も絶対の口の固さがないとダメだから、硬派さんはこの上なく適任だった。

そして、硬派さんに相談した時のこと。

それを社内の事情も鑑みながら、人としてできること、気をつけることを考えて私に教えてくれた。

正社員とか仕事人としての話にとどまらず、ものすごく人間的な部分を大事にしたアドバイスで、それだけでも硬派さんに相談した価値は激増した。

だから私は硬派さんにそのお礼と他の人に相談できないからよろしくというのと、さらにそこにかぶせて「硬派さん、自分のすごさに気づいてないでしょ(ニコちゃんマーク)」とも書いて送った。

色々やりたい放題に社内メール使いまくりだけど、そんなことさえも許される。

硬派さんも硬派さんで、私が何を言ってきてもいつも広い心で受け止めてくれるし、本当の本当に一度たりとも嫌な顔をされたことがない。

いつでも親身になってくれるし、全力で助けてくれる。

わからない時は「すみません、わかりません」とはっきりと言って誤った情報を渡さないようにしてくれるし、だからますます信頼が高まって、硬派さんに聞いておけば間違いないと思う。

わからないものは、図面をわざわざ立ち上げて見て確認してくれたり、ネット検索して内容確認してマニアックな技術において知り得たことを私にわかるように伝えてくれる。

毎日メロメロになっているけれど(笑)、もしこれがイケメン上司とならどんな風になっていたんだろう…って思う。





もし今の仕事の内容が当時の仕事みたいな感じだったら、もっと密にイケメン上司に関われた。

社内の人間の中で私がイケメン上司とは一番絡みがなく、そしてどこをどう切り取っても私だけが一切持つことができなかった。

さらに私だけ社内メールを持っていなくて(実際に不要だったから気になりもしなかったし、むしろ手間がなくて良かった)、硬派さんとやりとりするみたいなこともなかった。

軽口を叩くなんて夢のまた夢で、挨拶さえもおぼつかなかった。

最後の1ヶ月近くは挨拶どころかガン無視だった。

本気で思う。

もし当時、仕事でイケメン上司を頼れて色んなやりとりができていたのなら、もっと互いに知り合うことができたのに。

当時絡みゼロだったのは、絡む必要がなかったからだと思う。

硬派さんのように絡む必要のある人なら、何か親しくなるためのきっかけが与えられる。

イケメン上司との間は、すべて排除されていた。

絡みたくても絡めなくて、ただただ何かが降ってくるのを待つしかない、そういう状況だった。

硬派さんとやりとりすると特に感じる。

何百人と従業員がいて、私のいるオフィスは普通に体育館並みの広さを誇って、人数も100人以上いるけれど、そんな中で席が隣りの隣りになって、そして今みたいなやりとりするってどれだけの確率なんだろうって。

だから縁のある人たちとは関わるようにできているし、交わるようになっている。

イケメン上司とは、たしかに出逢うようにできてはいたと思うけれども、交わる計画になかった、ということだと思う。

交わる必要もなければ、繋がる必要もなかった。

急速に仲良くなる硬派さんとの関係を見て、必要な関係っていうのはこういうのを指すんだろうと思う。

私だけが一方的に求めてもダメで、双方にメリットというか意味がなければ繋がらない。

イケメン上司と繋がらなかったのは、繋がらないのが正解だった…、ということなんだろう。

なぜなら、硬派さんと私との現在の形は、社内でもイレギュラー過ぎる繋がり方をしているから。

本当に硬派さんと私は、イケメン上司と私並みに仕事の絡みは何一つない。

硬派さんから何かを頼まれてもなければ、私も硬派さんに何かを頼むのでもない。

完全に硬派さんの好意によって、私が英訳するのにないと困る、理解できない技術の解説を買って出てくれてるだけで、本来それは硬派さんの業務内容にない。

だけど、480ページもあるスーパーカオスな取説の直しをすることになって(これも上から頼まれたのではなく、別の人が最初図や表なんかを入れ替え作業していた際におかしな点をいくつか見つけて、それでこの英訳はやばいとなって、それで私が見ることになったもの)、そういうイレギュラーな流れの中でやってきたもので、量が量だから技術の人ばかりにも頼れなくて、それでそのことを快く引き受けて手伝ってくれてるのが硬派さんだった。

絡みがないのも、硬派さんは部署内では私の上司とは違うけれど立場的に上司なのも、イケメン上司との状況にクリソツ過ぎる。

ただ違うのはその後。

私と繋がる必要のあるなし。

必要だった硬派さんとは、硬派さんのホロスコープまで読むことになって、片やイケメン上司とは最初から何もなく、最後まで何もなく、なんなら最後の方は本当に嫌がられていたとしか言いようのない状態になっていた。

比べても仕方ない。

比べたって現実は変わらない。

硬派さんや硬派さんとのやり取りを通じて、私はたくさん癒されている。

圧倒的にそこが違っていたんだろうなぁと思ってる。

少なくとも、硬派さんは硬派さんで私とやりとりすることでの魂的なメリットみたいなのがあると思う。

イケメン上司とは、私の方は良くてもイケメン上司には百害あって一利なし状態なのがアンバランスすぎて、だから繋がりもしなければ交わりもしない、そういう機会も今みたいに与えられず…。

そういうことなんだろうと思う。

つい最近、東京在住のノムと話した時にノムが言っていた言葉が印象的だった。

「今この状況下で出会える人というのは、すごく縁のある人だって何かで読んだんだよね」

コロナ騒ぎで不要不急の外出は国全体で控えていて、さらにはいくつかの都府県では緊急事態宣言も発令されて、人と会うことや人と出会うことが個人の力ではどうにもならない外からの力で強制的に制限をされている。

ノムが教えてくれた言葉は、本当にその通りだと思う。

こんなにも社会的制限がかかりまくりな時に、それでも出会えるって本当にそれはその必要がある人に他ならない。

この言葉の先に色んな風景が浮かんだ。

そういう意味で硬派さんなんかはその最たる例だし、反対にイケメン上司はそのところからは一番遠いところにいる人なんだ…と心がキュッとするくらい痛くて哀しい現実を再認識した。

今だけじゃない。

もう未来永劫会えない人なんだと思う。

今の職場で同じフロアにいても知らない人たちが多数いる。

顔どころか存在さえ知らない人たちの方が相変わらず多い。

イケメン上司は顔と名前くらいは知ったけれども、存在は知らないに等しい。

私側というより、イケメン上司からすると私は単なる「いた人」、そして交わらないから、交わらないというより交じり合いたくない、関わり合いたくない、それが答えでそれ以上でもそれ以下でもない。

硬派さんは口数が少ない。

少ないけれども、少しずつ打ち解けてる感があるし、ポツリポツリと話してくれることもある。

イケメン上司はどんな風だったんだろうと思う。

そういうことを知ることはないし、知ることもできない。

どんな話し方でどんな言葉のセレクションで、口癖は何で、声のトーンやボリュームはどうなのか。

硬派さんが自分の話し方をとても気にしていることを、いつか話してくれたことがあった。

気にしていることの一番か二番に挙げたもので、それはすなわち日常的に日々気にしていることなんだと感じながら話を聞いたけれども、イケメン上司も同じようなこと言いそうだなと思った。

自分のやり方のまずさを感じずにはいられない。

何も接点がないのに、もちろんそうでもしなければ絶対に個人的に仲良くなれるきっかけが一切ないのも知ってごはんに誘ったけれども、完全に順番がダメだった。

どこの誰とも知らない人からいきなり誘われても困るし、いきなりごはんなんて人見知り傾向の強いイケメン上司からしたら「はぁー!?」って感じだっただろうし、そもそも興味もない人、しかも話したこともない女と時間を過ごすなんて拷問に近い。

無視されて当たり前のことを私がしたわけで、全ては今さらだし過去に戻ってやり直すこともできないけれども、今でもずっとずっと引っかかっている。

そろそろ3年の月日が経つけれども、その間ずっと気になって何度も思い出してどうにもならないのに何も断ち切れずズルズルとここまで来てしまった。

本当に何でもいいから仲良くなるきっかけが欲しかった。

だけど現実には、きっかけは何も与えられなかったし、繋がってはいけないかのようになっていた。

硬派さんとのやりとりは本当に素敵で安心に包まれている。

そうしたプラスの側面が増えれば増えるほど、そうではなかったイケメン上司との時間を思い出し、「繋がらないのが正解」と言わんばかりだなと、なるべく考えないように心に伏線を張っている。

あとどのくらい生きるのかは知らないけれども、残りの生きる時間の中にイケメン上司の存在はないんだという現実に慣れていくしかない。

それでものすごい葛藤する自分の心になんとか自分をすり合わせるしかない。

本当に縁があれば繋がる。

ずっとずっとそれを本気で信じてここまできたけれども、硬派さんの登場によってそしてあっという間に人間関係が形成されていく様子を体験した時に、「何かが根本から違う」って認めざるを得なくなった。

繋がる縁があれば繋がらない縁もあるということ。

私側はイケメン上司に出逢う必要はものすごくあったけれども、そこで目的はすべて果たされたんだと思う。

繋がらないことが正解。

飽きるまで、または嫌になるまで葛藤しようと思っている。

繋がりたいのに繋がれない、生きているのに会えない。

そんなことたちが気にならなくなるその時まで私は葛藤し続けるだろうと思う。

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