2019年9月3日火曜日

お家デートメニュー

ドミニカ共和国の主食の1つ、食用バナナ
プラタノ[plátano]


プラタノを素揚げしたドミニカ料理
プラタノ・フリト(plátano frito ー「プラタノ揚げ」という意味)
名古屋にいた頃に近くのスーパーでプラタノ見つけて、買ってきて作った。



初めて男の人を家に呼んで手料理をふるまうなら何が良いか、という記事があったから読んだ。

読んで、どれもこれも頭を悩ますメニューばかりで、私なら絶対に作らないものだった。

・カレーライス
・オムライス
・おでん
・鳥の唐揚げ
・シチュー
・餃子
・肉じゃが
・ハンバーグ

このすべてのメニューにおいての共通項、それは男性陣、外で食べ慣れてる。

外で食べ慣れてる=「その料理のおいしいや正解を知っている」。

いきなりハードル高すぎでしょ?と思った。

これらすべての難易度の高さは色々理由があるけれど、いきなり初回から「副菜は何にするの?」問題満載のものばかり。

おでんとか、私が作るなら基本おでんだけだけど、何を副菜にしろと?

上の中でもおでんは群を抜いて難しい。

しかも、味染み込ませるのに半日がかりですけれど、これ前日から仕込みですか?みたいな。

カレーライスやオムライスも、何?サラダ付けるの?みたいな。

それだけ出して「それだけ」と思われても嫌だし、変に力入れて「何この気合の入り方…」と引かれても困る。

しかも、サラダって仮にドレッシングをかけるタイプが店なんかではよく出てくるけれど、ドレッシングはどうするのかと思う。

基本的に、ドレッシングを常備したことがないから、いまいち何をどうしていいのかわからない。

あと、オムライスとか成形する必要のあるものは、ことさら難易度が高い。

私はあの包むタイプのオムライスが自分が本当に下手くそすぎるのを知っているから、自分用にさえ作らない。

せいぜい作っても、フワフワ系のオムレツもどきを作って、ごはんの上にのせるだけ。

オムレツもどきと言ったのは、ここでも成形の下手さが出て、まぁ分類するならオムレツ、火が入りすぎたら卵焼きみたいなね。

とかいうレベルのものをいきなり出すとかありえない。

よって却下。

鳥の唐揚げ、餃子、ハンバーグはことさら難易度アップ。

男子定番ランチや飲みに必ずトップ3狙えるようなメニューと、なんでわざわざ勝負ではないけれど、勝負メシにしなきゃいけないのか。

しかも3つとも肉汁ジュワーみたいなの期待されても困る。

あれ超難易度高くてやり方知らないし、でも男性陣食べ慣れてる人たちは肉汁ジュワー系を頭に思い描くだろうし。

家庭料理的なクオリティーを求めてもらわないと困る。

唯一その中でもそこそこ上手に作れるというか包めるのが餃子。

餃子だけは、私はプロから習ったから本当にやり方がとっても上手い!

料理教室に通ったんじゃない。

子どもの施設で働いていた頃、毎年ラーメン組合の方たちが来られて、ラーメンと餃子を子どもたちに振る舞うという素敵な行事があった。

ある年(というか毎年結構な高確率で当たっていて、子どもたちから「ぶっちゃん毎年当たってるよね!っていうか(勤務)希望出してんの?」とまで聞かれていた←もちろん違う)、餃子作りの担当から入ることになって、あくまでも子どもたちの見守りの係のはずが、子どもそっちのけでラーメン組合のおじさんを独占して包み方を教わったという…。

元々の不器用さがそこでも存分に発揮されて、子どもたちが上手く包んでいるというのに、大人の私が1人手こずって、よっておじさんは私のマンツーマンレッスンの係になった…。

もはや誰のための何の慰問なのか全くわからない状態になってしまった。

そんな風な機会を勤務中に見事射止めて、私は餃子包みだけはやたらと上手くなった。

今も餃子はよく作るけれど、こういうところがザ・テキトー人は、毎回味付けがテキトーで、だから「超おいしい!」って時と「今日いまいち」というおいしいけどおいしさ足らずみたいな時と色々あって、出来上がりが安定しない。

そういうのも避けたい。

シチューもいいけど、おいしいけど、何が副菜?と思う。

家で作ると、その時の食糧事情で大きく変わるから、下手すると、シチュー(洋)、春雨サラダ(中華)、卵焼き(和)なんて組み合わせも平気で私はするから、そうではない王道の献立がいまいちわからない。←困ったらクックパッド頼るしかない。

どれもこれも難易度高い中、その中の最高峰は肉じゃがだと思う。

肉じゃがは、各家庭によって味付けが全く違う。

使う肉も違えば、野菜の切り方も違う。

一般的に、独身男性たるもの、一番食べ慣れてる肉じゃがはお母さんの肉じゃがだと思う。

何をいきなりど出発から、相手のお母さんの味と競うというか、最初からどうやっても勝てない料理をそもそも出さなきゃいけないのか。

しかも肉じゃが、手間暇かかるけれど、これこそ肉じゃが1本ってわけにはいかない。

絶対に副菜がいる。

ものすごい余談だけど、20代の頃、男友達と恋の話をしていた時に「ごはん今度誘われてるんだけどさぁ…」と始まって、当時友達はそこまで本気ではなく、私が「相手は本気なら、ましてや料理苦手なら、肉じゃがくると思うよ!来たら本気だと思った方がいい!」と笑いながら言ったことがあった。

後日連絡が来て、「本当に肉じゃがが出てきた」と言った。

友達は「もうゆっくり味わって食べるどころじゃなくて、その相手の本気度を目の前に自分はどうしようかとそればかりが気になった」というようなことを言っていた。

肉じゃがと読んで、真っ先にこのエピソードが頭に浮かんだ。

ますます肉じゃがはないわーと思った。

で、そこまで好き放題分析した後、自分がもし今後そのような機会に恵まれたらどうするんだろう…と思った。

まずは「名も無き料理」と考えた。

名も無き料理は、正解がない上に食べる側も食べ慣れてないから変に比べられることもない。

あとは「作り慣れている料理」。

作り慣れてないものをいきなり作る、それこそオムライスを作るなんてトホホなことになり兼ねない。

何を作るかはさておいても、もしそんな機会が巡ってくるなら、その2つが条件だなぁと考えた。

そしてそこまで思い巡らせて、はたと気付いた。

「これから生きていく残りの時間で、そんな超まれな機会なんてそもそもあるんだろうか?」と。

1番の難易度は、そもそも誰かと出逢って、知り合って、じゃあうちに来てごはん食べる?なんていうシチュエーションを迎えることじゃないかと思った(ΦдΦlll)( ̄∀ ̄;)。

さらに、そういう状況ってそもそもどういう流れでそうなるの?と思った。

過去にそうなった時はいつのまにかそうなっていたし、男友達も何人か来てくれたことがあったけれど、それは毎回「名古屋行くからぶっしーんとこで飲もう!」とかそういう流れだった。

コーチングスクールで知り合った男性たちは、練習兼ねたり深い話を兼ねたり、はたまたよくごはんやらをごちそうになっていたから、そのお礼で家ごはんだったから、デート仕様のわけもなく、そもそもそういうのじゃないから、女友達が来るのと全く同じ感じの対応だった。

40も過ぎてから「家デートをもし本当にするなら、どう誘って何作るんだろう?」なんて考えてる自分がなんだか可笑しくなってきた。

永遠にやってきそうもない機会に若干意気消沈しながらも、こういう文章を久しぶりに書いて満足!

ここから先はいくつか深い話が続く予定だから、こんなおちゃらけたことは書けない。

あぁ遠い目になりそう…。

これから書く予定のことたちは、ミラクル満載で、それらはマッハで叶っていったり、普通数年かけて起こりそうなものがたかが数日で起こったりして、そちらの速さは半端ない。

それはもう魂の設定なんだろうと認めざるを得ない。

なぜなら叶うしスムーズだし、そして私が抵抗しそうな中で一番抵抗少ない形でやってくるから。

一方で、好きな人でもパートナーでももはやそういう人たちに知り合える気が全くしない。

そして猛スピードの魂事案を見て、しょっちゅう思うのが、「私、今生独身を貫き通す設定なんじゃ!?」というもの。

魂側の都合からすると、独身でいる、それも究極に誰とも生きる時間を共にしないことが一番助かる設定みたいな……ガクブル((((;゚Д゚)))))))。

超がつく孤独が常に自分の日常にあることで、心理的な学びもじゃんじゃん深まるみたいな…((((;゚Д゚)))))))。

自分でも分析しまくりなこの回路を何とか止めたいところだけど、今現在起こっているあれこれを見た時に、すごく有り難いけれど同時に絶望も一緒に味わうみたいなことがあって、その辺りも書こうかと考え中ではあるけれど。

書かない可能性もあるからちょっとだけ言い添えると。

この後書くことの1つに、直近で書いたノムの魂からのメッセージがある。←これは確実に書いてアップする。

そのメッセージを受信した時(その時は受信してるとは知らなかったけれど)、感覚的なところが超重要で、その感覚部分の回路に大貢献してくれた人物がいる。←こちら側は書かないかもしれない。

感覚部分の回路には、ある人との出逢いが大きく関係していて、私はその人にもし出逢わなければ、今現在の自分は絶対にいなかったと断言できる。

仮にその回路を恋愛的な回路とするなら(恋愛の回路ではないけれど、世の中にある言葉で一番近い表現が恋愛だと思う)、私の場合、回路さえきちんと開けば今回のようにメッセージの受信ができるわけで、とにかく全身全霊で自分の細胞という細胞で何かしらキャッチしたものが誰かの魂からのメッセージなんだとわかりつつある。

で、何が言いたいかというと。

回路自体はおかげさまで既に開いたから、ここから先は開くことのために必要なのはあと自分の力だけなのと、それをどんどん開くのにノムのような存在は必要でもそれはもう本当に魂の関係って感じで、魂同盟のメンバーと共同作業みたいな。

で、もしかして私というのは、このオカルト体質に対してそれだけをひたすら引き伸ばすみたいな人生の設定ならば、回路を開くのに協力してくれた人物との出逢いはもう過去のものとなって現実的には終わったわけで、それで完了ならばその人以降パートナーとか好きな人とかに新たに出逢うこともないのかもしれない。

仮に出逢っても、今みたいに私からしてよくわからない魂事情が稼働すれば、そこで完了なわけで、私が望むようなパートナーと共に暮らすとか、共に生きるとか、そういうことからは程遠い体験だけがまた山のようにやってきて、結局のところ1人で生き続けるみたいになるんだろうか…とどこまでも暗い発想が続いていく。

だから、私としては「家に呼ぶなら何作ろうか?」みたいなことにエネルギーを使いたいし、自分の命の時間も使いたい、本気でそう思ってる。

なんだけど、現実に今私がエネルギーを使っているところは、魂からのメッセージの受信能力とそれの磨き方等、すっごい大事なのはわかっているけれど、なんかそれじゃないんだけど、私の欲しいもの…と相変わらず往生際の悪いことを思っている。

仮に今日でも明日でも一人暮らし再開となっていつでも誰かを家に呼べる条件が整っても、私のところに来るものは魂絡みの何かであって、「おうちデートのために買い出し行かなきゃ♡」とかではないんだろうなぁと思う。

暗い暗い暗い…、本当にどこまでも暗いから、この話はここでおしまい。

恥を忍んで、この夏に作った1人ごはんの公開なんぞ…。

・卵トースト(これが1人で食べる時に一番食べやすい方法)
・大好物の生春巻き
・簡単豆乳リゾット(所要時間5分)
・盛り付け雑だけど、おいしいナポリタン

ヤマザキのパン祭の皿が多め…←昭和の母の象徴なのか、田舎の流行なのか、みんなこぞってパン祭の点数集めて交換している。ちなみにパン祭の皿、耐久性は天下一品!






0 件のコメント:

コメントを投稿