2019年9月13日金曜日

赤ちゃんに会う前の心の整理

ちょっとばかり複雑な気持ちを吐き出してみよう。

今なら書ける気がしたから。

明日の休み、友達の家に行って生後1ヶ月ぐらいの赤ちゃんを見に行ってくる。

他の友達たちは先にみんなで行っていて(私はその日米仕事で行けなかった)、私はプレゼントだけ参加してそのままにする予定でいた。

ところが本人からプレゼントのお礼の連絡が来て、その小さな言葉の中に友達が私に会うことを本当に楽しみにしてくれてるのがわかって、それで休みが確定した明日行くことにした。

もしかしたら、これから先20数年は新生児を抱っこさせてもらえるなんて機会は巡ってこないかもしれない、そして友達とはまたいつの日も会えるけれど生まれたばかりの我が子といる友達と会えるのは生涯において今回だけと思って、それでようやく気持ちに踏ん切りがついて、休みの日に会いに行こうと決めた。

自分の決断プロセスを見て、色んなことを一気に思い出した。

ようやく今の気持ちにたどり着いたんだなぁと思った。




30代の頃、葛藤したことの1つに、周りの人たちの結婚・妊娠・出産だった。

本来ならとてもおめでたいことなのに、私はひとまずは自分の気持ちの整理をすることが毎回のごとく必要なことだった。

相手に対してどうこう思うより、自分の中の渦巻く気持ちが一気に噴出する、そういう感じだった。

毎回感情はぐちゃぐちゃで、自分が心から望んでいることたちが何一つ叶わないところ、他の誰かのしあわせな姿を見るのは、すぐには真っ直ぐと見られなかった。

これが親しければ親しいほど気持ちは複雑で、だから私は本人と会う場合にはものすごいたくさんの時間をかけて自分の心の中を見て気持ちを整理してから会っていた。

さすがにおめでたいことに対して自分が変な態度を取るなんてしたくなくて、だけど自分の心はぐちゃぐちゃだから、まずはそこをなだめるなり鎮めるなりすることが大事だった。

なんなら私は、妹の妊娠出産にだってドギマギした。

妹たちはようやく待ち望んだ赤ちゃんだった。

原因不明なものに対して治療して、でも治療は上手くいかず、それで治療をやめたら授かった子どもで、本当におめでたいことだった。

当初妹はそのことを私以外の家族には誰にも言わなかった。

なんなら妹へのフォローとまさか不妊治療しているとは知らずに好き放題発言するうちの両親、特に母親へのフォローの両方をしていた。

結婚妊娠子育てこそが女の幸せと信じて疑わない、うちの母世代の代表のような信念体系の母には、不妊治療とか婚活とかいうことが多々ある今の若年世代への理解は最初皆無だった。

だから妹はもかなり好き放題に言っていたから、私がある時に事情を説明して、それがどれだけ妹を傷付けたり負担になったりするのかも言って、妹には妹で言ったらきちんと気使える人たちだから親には言った方がいいと伝えた。

案の定母など知ってからは今度妹が妊娠できるように、少しでも良いと何か聞けばこれまた母らしいお節介という名の気使いをして、少なくとも変な発言はピタリと止んだ。

それはそうと、臨月の妹と姪っ子を生んで2週間ほどの妹と姪っ子に会いに行った時(当時私は名古屋にいて妹たちは東京にいた)、私は自分が普通に時間を過ごせたことに心底ホッとしたし、姪っ子に至っては本当に心から可愛い、愛おしいと思えた自分に本気で良かったと思った。

何百人という子どもを見て、中には2歳にもならない子どものことも日常的に見ていたこともあったけれど、姪っ子は全く別次元のところにいる存在だというのも、姪っ子を見てわかった。

理由なんていらないほどに姪っ子は可愛い。

自分がそういう気持ちになれるか本気で不安だったから、そんな不安さえかき消してくれる姪っ子たるやものすごい存在感だった。

さっき書こうとしてたことを思い出した。

私は結婚妊娠子育てこそが女の幸せだとは基本的に思わない。

その大変さも色んな人たちが教えてくれたから、そしてそうしたことを経験している人たちで超絶幸せです!みたいな女の人たちを私はとっさには思い付けない。

こんなこと言ったら死ぬほど失礼なのは承知で言うと、典型的な女性としての生き方をしている人で「この人の生き方素敵」と思った人には私は残念ながら会っていない。

みんな一緒にいると色んなことが普通というか特別なことではなくなって、今ある状態が喜びではなくなるようだった。

私からしたら、お互いに想いが同じ者同士が一緒にいられるなんて奇跡の他ならないけれど、そういう感じではなくなっちゃうんだ…というのをひそかに感じてしまう。

時間の経過と共に気持ちの形は変わるかもしれないけれど、そもそも共にいられるって、一緒に人生を歩めるって超すごいことなのに…と私なんかは思ってしまう。

私がしたいしたいと言う「結婚妊娠子育て」は母の言うそれとはかなり違っている。

私が望む結婚あるいは誰かと共に過ごすのは、まず第一条件にその誰かのことがとても大切で愛おしいと思えること。

その延長上に結婚なり同居なりがある。

この年になってくるともはや婚姻関係はあってもなくても良くて、それよりも本当に一緒に生きていきたいという人と生きていけるのであればそれで十分だと思っている。

妊娠子育てに関しても、さらにその延長線上にあると考えるから、好きでもない人の子どもは産めないし、欲しいとさえ思わない。

さらに話がそれるけれど、2歳から18歳の子どもが生活する児童養護施設で働いていた頃、私にとって何が面白くて5年半も勤められたかと言えば、私は単純に子どもと過ごして何かを積み重ねる毎日が面白くてたまらなかった。

関係性は日々変わっていって、色々ある中で関係は育っていく。

昨日と変わらない今日みたいな感じでも、子どもと話すひとつひとつの会話、小さな時間たちは毎回少しずつ違っていて、それはとてつもなく面白いものだった。

しかも子どもとはガチンコでぶつかることもたくさんあったから、死ねもクソババアも山ほど言われたけれど、それさえも関係に何か色を添えてくれるもので、私はそうしたコミュニケーションさえもある種面白がってそこにいられた。

綺麗事だけでは済まされない人間模様を経験して、私はそこを経ていても尚誰かと本気で繋がりたいと思うから、だから世に溢れかえっている婚活や妊活のように、結婚したらしあわせとか妊娠して子育てできたらしあわせみたいには考えていない。

結婚も妊娠子育てもある意味手段でしかなくて、その手段によってもたらされる日常に私は憧れてならない。

ちなみに私が人生で一番憧れたカップルは、ノムとミッチーのゲイカップルだった。

あの2人が築いている関係に私は本気でいいなぁと感じたのと、そこにいると本気で愛を感じる。

本当に自分以外の誰か他の人を大切にする、それも条件なしで大切にする、そういう人たちはノムとミッチーが初めて見た人たちだった。

だから、私はとてつもなく限りなくゼロに近い確率の誰かといるあり方の理想や希望みたいなのがあって、そういうパートナーシップは欲しくても、自分の身を滅ぼしたり心が疲弊しまくるパートナーはいない方がいいと思っている。

だからこそ私の第一条件は、私にとって相手が本気で大切な人で気持ちも本当に愛を感じるような相手でないと私なんかは簡単に誰かとは付き合えないと思っている。

話がかなり脱線したから元に戻そう。

細かく言うとそうなんだけど、それと誰かの結婚妊娠出産はまた別物で、とりあえず形は私が欲しい手段だったりするわけで、それに対して私の個人的感情は色々と動く。

30代はそこをきっちりと分けて考えられなかったから、そして私は一度はそういう現実を本気で叶えられるかもというところにいったから、余計と叶わなかった自分の人生とそれが叶っている誰かの人生とを比較しても仕方ないけれど、気持ちはそれに対して平然とはいられなかった。

しかも20代の終わり頃から私が本当に叶えたいのは、好きな人と一緒になることだけで、他のことは特にこれをしたいとかいうこともなかった私には、いきなり自分の人生を自分のために立て直して生きていかなきゃいけないなんてのは、頭の予定には全くないことだった。

かなり話が飛ぶけれど、今回会いに行く友達のことをきっかけに1つ思い出したというか、今だからきちんとそうした気持ちを言葉にできるものに気付いた。

それは33歳の時に初めて有料での個人セッションをした頃のことだった。

実はその辺りからすでに相手の魂からのメッセージをキャッチしてたのではないかと私は今振り返ってみてうっすらとそのように思っているけれど、誰かの人生に関わると相手の人生が好転していくことはわかってきた。

最初にお客さんになってくれた女性のことは今でもはっきりと覚えている。

その方は結婚25周年を迎えようとしていたけれど、旦那さんとの関係にものすごく悩んでいて離婚の危機にあった。

本当に離婚寸前の時に私はその方と出会うことになって、なんとその方は私のセッションを受けた後、一気に夫婦関係が改善されて、結婚してからその時までの25年ほどの間で一番良い夫婦関係にまでなった。

私がしたのは話を聞いて、私が気付いたことを伝えただけだった。

ちなみに差し支えないだろう範囲で言うと、私が伝えたのは、旦那さんの個人の感情に対してその女性に責任はないというようなことだった。

負のエネルギーに満ちた感じの関係性になると、その女性は自分が何か悪いことをしたんだと考える傾向が強い人だった。

でも話をよくよく聞くと、旦那さんが抱える個人のテーマが色々大きすぎて、私はその女性ではなく旦那さん自身が自分の気持ちに整理がつかないだけだと思うと言った。

それがその方にとっては決定打となって、自分を責めることを一切やめて、旦那は旦那、自分は自分と分けて考えるようになった。

そうしたら一気に関係が良くなった。

とにかくそんな風にして、私が当時からしていたのは、相手の話を聞くこととそれに対して気付いたことを伝えること、ただそれだけだった。

今回会いに行く友達にも、モニターでやってもらったことがあって、その後その友達は旦那さんに出会って結婚して子どもに恵まれた。

話が一気に飛ぶけれど、そんなこんなのことを思い出していくうちに、私の中で何年にも渡ってわだかまっていたことがはっきりとした。

これは気のせいとかではないと思うけれど、私が誰かと関わると、その後その人の人生は変化の時を迎える。

良い方向、本人が望む方向に人生の流れが変わる。

本当にちょっとしたことで、話を聞いているとその人の思考パターンや苦しくなるパターンなんかがわかる。

そこにメスを入れるじゃないけれど、ちょっと視点をずらすお手伝い的なことをする。

これはいつの時も思っていることだけれど、何でも最後に選ぶのは絶対に本人だから、私はあくまでも「伝える」ところまでしかしない。

その後どうするかは本人次第で、それに対して私はこれこれこうした方がいいとか、絶対にこうしないといけないみたいなことは言わない。

ただ客観的な観点をパッと一言言うだけにとどめている。

もしくは、本当に話を聞くだけの人もいる。

吐き出すことが何より必要な人もいるから、そこは現場百千の経験からなんとなくの感覚で判断している。

で、私が色々抵抗を覚えたのは、人様の人生は良くなっていくというのに、私自身の人生
は良くなるどころか崩壊寸前みたいなことが続きまくって、そんな人が人の大切な瞬間に居合わせていいものか?とかなり疑問を持ったし、そして相手は好転するのに自分の人生はどんどん訳の分からない方に流れていって、そのギャップたるや凄すぎて、そうしたギャップに向き合うのもしんどかった。

それを言葉で指摘してきた人たちも中にはいた。

それというのは、私からすると言葉の暴力の他ならなかった。

私は何で人の人生は好転するのに、私は自分の人生を自分が望むように良くしてあげられないのか、自分の不甲斐なさみたいなことにも何度も打ちのめされた。

心の学びとかスピリチュアルな学びとかは、自分に対して一番使えてないように感じて、それにもコンプレックスが刺激されまくりだった。

しかも私は、本当に好きな人と一緒に生きること以外興味もなくて、心やスピチュアルな学びも興味があってではなく、あまりにも生きづらいからそれを少しでも緩和する目的で私は学んでいた。

皮肉な感じで、私は自分よりも他の人に対しての方がそうした知識や情報を活かせることが場面の数としては増えた。

ますますカオスな感じになった。

だから胸中複雑だった。

人は良くなっても自分だけはいつまで経っても良くなるどころか悪化していく。

さらにこんなこと言ったら本当にかなり嫌味みたいだけど、でもそれこそが私の本心だから言うと。

今自分でも認識できるオカルトな体質(相手の魂や潜在意識からのメッセージをキャッチする)に関して、多分その能力が欲しい人はいる。

それもちょっとではなく、そうした学びを少しでもしたことのある人たちなら欲しがる人はけっこう多いと思う。

だけど私が欲しいのはそれじゃなくて、好きな人と一緒に生きることだったり、専業主婦のようになって大切な人を内助の功じゃないけれど支えるようなポジションになって、空いた隙間時間で自分の興味のあるものに打ち込んだり、はたまたもっと言えば、先述のゲイカップルのノムとミッチーが囲むチーズトーストのように、明日のチーズトーストのために今食べた煮物の煮汁がおいしくてそれを残して明日に使おうよ、と相談するみたいな、相談するフリして明日も一緒にごはんを食べようと暗に約束するみたいなやりとりに心底憧れて仕方ない。

私が欲しいのはそちらで、決して目に見えない力の方じゃない。

なのに物事はあべこべで、欲しいと願った記憶もないものはどんどんやってきても、本気で欲しいと願ったものはやってこない。

あと、私側の気持ちや人生がどうであっても、人の話を聞く時は、それが有料無料関わらず、私はそれに対して全力で臨む。

自分の気持ちも極力排除する。

たまに羨ましいエピソードが出てきたりもするけれど、それも基本はスルーして、本当に大切なところにだけ目を向ける。

何でそうするかというと、私の主観は要らないから。

とにかく物事を極限までフラットに見て、だからどんなに親しい仲でも私は同情もしないけれど、憐れんだりもしない。

とにかく相手の口から出てきたものやそこにある空気感みたいなのだけを見る。

今はおおよその確率で「絶対にヒントがくる」と信じられるから、より一層自分の気持ちなど脇に置くけれど、ここまで来る過程の中では、自分もしんどいことはあったと思うし、特に同世代の結婚妊娠には激しく反応していたかなと思う。

話を聞かなくて良くて、単純に報告としてそういう話を受ける時、私は本当に自分の中の葛藤とひたすら向き合うみたいなことを続けた10年だった。

(補足:自分の気持ちや考えを極力排除するのは、例えば先に出た女性の場合、私の中にもし「夫婦で25年も一緒にいたのなら、別れない方がいい」というような考えがあると、「別れない方がいいよ」などと言ってしまうと思う←これ世の中の典型的なパターン。私はそういうことは基本的に言わなくて、それは仮に思っていることであっても相手を惑わすものなら言わなくて、ただ話を聞いて気付いたことだけにひたすら注目している。その時は旦那さんの感情の原因は奥さん側ではなく旦那さん個人の人生テーマにありそうなことが話を聞いててわかったから、それを伝えたに過ぎなかった。だから私は2人の関係を良くするための何かは何にもしてなくて、結果的に奥さん側の女性の心の中の見え方が変わったことで夫婦仲も良くなっていった。)




ここからはさらに話ががらりと変わる。

私の中で色々解せなかった自分の人生に対して、ものすごいヒントがノムから来た。

それを読んだ時に、自分の結婚妊娠側に全く流れなかった人生と、でも妊娠はさておき結婚というか誰かパートナーと出会えることに関してはノムがものすごい希望を与えてくれる視点を授けてくれたから、ようやく少しずつではあるけれど、自分の人生に対して本当の意味で心を開いて向き合えるようになったと感じている。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

余計なお世話だけど、
ぶっしーのお嫁さんという夢?も現実になるんじゃないか、
なんて、そんなことが瞬間的によぎった。

ぶっしーのそのお嫁さんだったり、魂からのメッセージを伝えるだったりという人生について、
いつだったかに思ったことがあって。

ぶっしーが、もし、もっと若い地点なり、近年でもいいんだけど、
誰かと結婚して家庭を築くって展開になっていたとしたら、
ぶっしー曰く”オカルト体質”、そうした能力に関して、
さらにさらに消極的になったのじゃないかなと思う。

それでも、来たものは必要な人に届けただろうけど、
来ないようにするではないけれど、そうしたある意味での「第三者」よりも、
目の前のパートナーや、それと向き合う自分自身へエネルギーを注ぎまくっただろうし、
さらに子どもなどを授かったら、そのエネルギーは、第三者へ向かう割合がそうとう低くなったんじゃないかなと想像。

なんかね、そんなぶっしーが想像されたときに、
「もったいない」というとちょっと違うんだけど、
パートナーや子どもにだけ使うような力ではない、というか、
「力」なんて、ことばを使わないのだとすると、
ぶっしーの、精神性というのだろうか、
それこそカードが伝えてくれたような、
揺るぎない強さのようなものや、
ひたすらとんでもない熱量でしつづけている内観とか、
それを言葉に、文章に変換しつづけたい性質、
その言語変換欲求により育まれ、研ぎ澄まされた、微細なものを識別でき言語化できる能力。

そういった、ぶっしーが培ってきた、培いつづけているものは、
いわゆる”身内”に使うためだけに、培われているとは思えない。考え難い。

ぶっしーの”オカルト”は特殊部分としても(個性というか)、
それは、ノート何十冊に及ぶ、日々の記録、日々の自分の記録みたいな年月がなければ、
その特殊部分は意味がないというか、発揮されることはなかったんじゃないかな、とか思ったりしてね。

いや、言いたいのはそうじゃなかった。オカルト的部分を抜きにしても、
コツコツ、執念レベルで自分と向き合いまくる、言葉にしまくる、
自分の違和感をつきとめる、
そうしたところは、誰にでもやろうと思えばできる部分ではあって(誰でもできないんだけど)、
そこは、そういう意味では”特殊能力”ではないとも言えるけど、
でも、そこも、やっぱり、ぶっしーの超特殊能力、超特殊性質とぼくは思えていて。

そんな、超特殊な性質を備えた人が(自分でそうしよう、ってしているわけではないでしょう。設定だものね)
ただ、旦那や子どものために、それを使うってのは、割に合わないというか、変。って感じる。

だけど、ぶっしーはそれを10ハウス的(社会的な活躍)なために続けてきたわけではなく、
あくまでも、自分を知りたい、楽になりたいという動機だったり、
動機さえ不明な衝動めいたものだったりしたと思うのね。
それゆえ、その、ぼくからしたら特殊な性質も、本人は特殊ともそう思わないのだろうし、
ゆえに、そのことへそれほど価値を見出していないのかもしれないと思う。

だからして、ぶっしーは、その特殊なものを捨てられるというか、活用しようとも思わない、みたいな感じがして、
そんな人だからこそ、パートナーと平凡平穏な生活は、「no!」となってきたんじゃないかな。

だって、そんな生活を手に入れたら、ぶっしーのその能力、性質を使おうとしないから。

でも、逆にいうと、
ぶっしーが、それを使おうというか、使うってことじゃないのかもだけど、
蓋をしないというか、あ、オープンにしていくことで(自分の中で)、
あ、拒まないというかね、
そういう自分の部分にネガティブなレッテルを貼らないというか(運命的に強いられた、みたいな)、

とにかく、受け入れていったら、
その性質、能力をもつ自分を生きるって覚悟をしたら、
べつに、旦那さんがいたり子どもがいたりする現実だって、OKってなるんじゃないかな、と思った。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ノムからこの文章を受け取ったのは9月4日になっていた。

超図星すぎて、ある意味ぐうの音も出なかった。

これ以外にも、ノムは本当に丁寧な言葉で私にわかるように私の能力的なものを言語化してくれて教えてくれた。

その話はまた別の機会にするとして、ノムが言うように、私の中でこのオカルト体質ははっきり言ってなくても良くて、そして家庭などを持った日にはもう完全に私のエネルギーの注ぎ先はパートナーや子どもなわけで、そんなオカルト体質は封印じゃないけれど、使うことすら考えなかったと思う。

私も煮物の煮汁やら余ったカレーの他の使い道やらを考えて楽しく過ごしたと思うし(←これは頼まれなくてもしたいぐらいに萌えポイント)、ましてやそもそもその日その瞬間にしかない会話に超ツボを持っている私にとって、パートナーや子どもとの日々の会話で超満たされまくって、それで私は365日を営む道に間違いなく自分の身を任せたと思う。

そんな人がオカルト体質を併せ持っているわけで、しかも訓練などせずに気付けばあったわけで、そちらを開花させるためにはやっぱりそれ相応の強制力がなければ私なんかは速攻でサボったと思う。

この夏、私は1つのことをメールで打ち明けられた。

文面からどうして自分の今がこんな風になっているのか、理解するに十分な内容になっていた。

読んでいて、今ある状態こそが私の場合は本当の意味で正解だったんだろうと思った。

それとはまた別に、私自身も最後の打診を試みた。

賭けに出た。

ダメでいいから、本当にダメだと私があきらめられるように、納得できるようにしたかった。

答えは何も返ってこなかった。

沈黙は相変わらず沈黙のままだった。

それが答えなんだと受け取る他、私には選択肢が今のところない。

ノムのメールや電話はそうしたものたちと並行していた。

その2つのことを経て、私は自分が一般的な結婚や妊娠子育て路線には本当にないんだと思った。

それが無いと言うよりも、それ以上にどうすることもできない魂的な何か大きな命の目的があって、そちらが最優先される人生であることはなんとなく悟った。

それはどうすることもできない。

だから出会いなんかも、私の場合は何か別の目的が自分では気付かぬうちにあるとするなら、私は自分が望むようなしあわせの形ではなく、まずはノムが言うようなこのオカルト体質を何とか使うようにすることが先決なんだろうと思う。

まぁそもそも相手の気持ちも同じでなければそんな心配する必要もないんだけれど、仮に同じな人に今後出会えたとしても、それには
「その性質、能力をもつ自分を生きるって覚悟をしたら」多分一緒に生きる人生の選択肢も初めて生まれてくるのかもしれないと思った。





ここまで読み返してわりかし綺麗に書いたなぁと思った。

もっと心の中はドロドロしてたのに、ドロドロ感をどうやら上手く隠したようになった。

でもおかげで、これから数時間後には、気持ちを新たにして友達と友達の生まれて1ヶ月の赤ちゃんに会ってくる。

しかも、それはもしかしたらこの先私の人生にとって、最後の赤ちゃんの抱っこかもしれない。

新生児の赤ちゃんを抱ける体験なんてそうそう出来るものじゃない。

私側の個人的なドロドロした気持ちを出したら、ようやく今回の流れの素敵な部分に目を向ける余裕が出てきた。

つかの間の対面ではあるけれど、その小さな瞬間を楽しんでこようと思う。

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