今日洗い物をしていた時に思ったこと。
前々から、前々というのは何年も前から、私は同じ行為をする時でも、それに対して気持ち良くやれる時と反対に怒りが沸いて仕方ない時とがある。
家族の人数が増えた時の洗い物がまさにそうで、これこそ過去に何度も何度も怒りが沸いた。
洗い物そのものに怒りを覚えてるのとも違うし、量が増えたことに怒っているのとも違う。
量が増えて面倒に感じても、それがすなわち怒りにはならない。
そんなこと考えながら洗い物をしたら、はたと気付いた。
私の怒りの沸点は、内容云々ではほとんどなく、相手側から自分がどう扱われるかでガラリと変わる。
無意識に相手側が私を使おうとする時、それが洗い物でも仕事の場面やプライベートの場面でも、それは確実に私の中の怒りが一気に湧く。
(「湧く」はないところに突然何かが現れることを指して、「沸く」は元々あったものの状態が変化する、例えばお湯が沸くようになることを指すとのこと。この場合は、「湧く」の方。)
よーくよーく思い返してみると、私の怒りのポイントはまさにそこだということがわかる。
例えば「人の話を聞く」ことを挙げるなら、私は聞いてて怒りが湧く時と、素直に親身に聞いている時とがある。
相手が私を利用している、私を意識的にも無意識的にも使っていると知ると、私は後からフツフツと怒りを覚える。
他にも何か頼まれる時、さらりとやれる時と何か言い訳をつけてまで避けようとする時とがある。
その時も相手のあり方だというのがわかる。
何か私がすることに対して、それが当たり前のように扱われたり、私が相手のためにそれをすることが当然のことのように思われると、怒りは一気に沸点に達する。
過去のイライラはそれですべて説明がつくと言っても過言ではない。
反対に、同じ行為でも、相手から頼られているとわかると私は気持ち良くやれる。
そして、そういう時、相手の人というのは私のやること、それが1枚の皿洗いでも、話を聞くことでも、そこに対して当たり前という風には捉えていない。
ありがとうの言葉やねぎらいが欲しいというのじゃない。
そういうのは肌でわかる。
相手が本当に必要としていて、たとえ小さなことでも当たり前と捉えていないか、反対にそんなのは取るに足らないことで私がすることが当たり前でどうでもいいように考えているのか。
必要とされても、利用されてるとわかるケースもある。
その差を言葉で示すのは難しいことだけれど、自分の反応を見ていたら少なくともわかる。
私がムッとしたり感情的にわだかまりを覚える時は、必要とされる以上に使われている。
そしてありがとうと言われても、ねぎらわれても、私には違う感覚が伝わってくる。
だから、ありがとうの言葉やねぎらいじゃないことは、そういうことに繋がる。
表面だけいくらきれいに取り繕っても、必ずほころびが出てくる。
むしろ、「ありがとう」がなくても、この人は私を必要としてくれていて、私のすることが当たり前ではないこともわかっている、というのは何となくわかる。
頼られてることと使われてることの差、そしてその差が私の怒りの原点であるってわかってかなりスッキリとした。
2019年11月12日火曜日
2019年11月11日月曜日
オンタイム徒然(11/9〜11/10)
11/9〜11/10にかけての徒然。
先週から続いている友達とのやりとりがこの週末にかけてあった。
姪っ子や妹がいる中で、限られた時間での話だった。
このまま事が丸く収まるのなら、私は何も言わない気でいた。
今、形そのものは丸く収まりそうな感じになってきて、事の次第も友達が当初望んだようなものになりつつある。
それで良いわけだし、そこに首をつっこむのもどうかと思ったけれど、やっぱり釈然としない。
自分でも何にそんなにこだわり出してるのかわからなかったし、でも確実にそれを友達に言えるのは私だけだと思った。
友達の周りには専門家たちがたくさんいる。
今回のことも専門家たちの何人かが手を差し伸べていて、または友達が頼って、専門的な解決法や対策を具体的に伝えられている。
そしてその準備は整って、あとはもう実行するだけ、という超ギリギリの段階で友達は私に連絡してきた。
私は当初から、具体的手法に対して異論を唱えて、それ以外の方策を探そうと提案した。
それは最終手段で、それ以外の方法で本当に解決できないのかを問いて、それでようやく同じゴールを目指すものの、別の方に舵が切られることとなった。
話を聞けば聞くほど、何か大事なところが置き去りにされている感じがした。
私がどうしても気になったところはそこで、そして解決の見通しが立ったことでそこがさらに際立ってきた。
だから私は限られた電話の時間の中で、その気になったことを正直に話した。
批判とかではないことも伝えた上で、私は自分が一番初めに連絡をもらった時に思ったことを正直に率直に話した。
そして、今回のことというのは、表面の対外的にきっちりとしたことをやるのももちろん大切だけど、それ以上に心を伝えること、たとえ相手に伝わらなくても相手が受け入れなくても、どうであったとしてもとにかく誠心誠意を尽くして心を伝えることがテーマじゃないかと言った。
友達の周りにいる人たちは専門分野の知識を持って対処法を伝えてくれるかもしれないけれど、その中の誰一人も心を伝えることを教えていないことが気になったことも言った。
そして、友達の立場では、今後ますます役職だの肩書だのが増えて、それを友達に指摘してくる人などまずはいないだろうことも私は感じてることを言った。
友達1人の働きかけや発信が、何百人、何千人、何十万人という人たちを助けることになる。
友達がしていることというのは、それくらいすごい影響力があって、それをするには専門知識や技術ももちろんだけど、信念なくしては絶対にやり遂げられない。
そして、友達に協力を買って出る周りの人たちというのは、最後はその友達の人間性や信念に対して色んな形での支援を申し出ているわけで、その立場が強まれば強まるほど、そしてその友達のプロジェクトが価値を提供すればするほど、「成功事案」となり、ますます周りは友達に何も言わなくなるというか言えなくなるのは明白だった。
だからこんなことを「心を伝える」みたいな、専門家の人たちからしたらちゃんちゃらおかしいみたいなことを、友達にズバッと言うのは私だけだろうし、そして、論点が超ずれたことをいつまでも言い続けるのも私だけだと思った。
そうではあるけれど、私の中で「言わなきゃいけないこと」っていう感じがした。
伝わる伝わらないはさておいても、大切なことだと感じてる限り、黙るのは違うように思った。
私は仲を修復するとか、誤解を解くとか、そういうことを目的にもしてなくて、だけど今ここでこのことを形だけ解決して本当の人と人との部分を大事にできなかったら、そういう事がいつか足元をすくうようなことに発展しかねない、それを懸念していると言った。
友達のしていることがどれだけ素晴らしくて、それは日本中探してもそう何人もやれるわけではなくて、本当に友達にとってはそのことが生きる道だと思う。
道の方から友達が選ばれていると言っても過言ではないくらい。
だからこそ、対外的なことも大切なんだけど、それ以上に目には見えないけれどもおろそかにしては絶対にまずいことをとにかく誠心誠意尽くしてやるのが大事だと感じた。
友達は最後ようやくわかってくれて、こんな風に言った。
「利益のある人たちにばかりきちんとするんじゃなくて、そうではない人たちにもきちんと礼を尽くすこと、そうだね、そこだね、そこが抜けていたんだね」
その話まで終わって少しすると、姪っ子が寝るために部屋に来てそこで電話は終わった。
友達にかけ直すと言ったら「大丈夫!もう大事なところがわかったから大丈夫!」と言って、それで終わりになった。
今日(11/10)の昼間、米の仕事の時にお世話になったヨシダさんから電話がきた。
ヨシダさんが自分の人生をかけて見つけた、米でも野菜でも農作物がよく育つ方法について今資料をまとめ始めたから、それを本当にワープロで打ってくれるか?という電話だった。
打ったものは、コピーしてヨシダさんが関わり続けている全ての農家、何百軒とあるだろう人たちに配り歩く予定でいる。
私は二つ返事でやると言って、準備が整ったらまたいつでも連絡をちょうだいねと言って電話は終わった。
私は自分の今後の働き方がどうなるのかはわからない。
何かしら派遣をしつつ…というのがしばらくのスタイルになるとは思う。
だけど、こうして昨日今日と2人の人とのやりとりを経て、やっぱりそうだと確信した。
とにかく人の人生において、その人にとっては一生に一度みたいな何か大事なことに私はなぜか立ち会う。
それはもう自分から何1つ宣伝などしなくてもそのように人生は勝手に運ばれていて、そうしたものは自動的にもたらされる。
私の生き方は本当に不器用極まりないし、上手く立ち回れないことも多いし、はたから見て「あの人は何してるんだろう?」ということになっていると思う。
今回妹の友達が結婚式で妹は帰ってきたわけだけど、妹の話を聞いていて、私は妹の話に出てくる少し年下の同世代女性たちとはおおよそ違う人生に自分がいることを今回ももれなく目の当たりにした。
でも、私はそういう人生にならないことへの嘆き(苦笑)とは別に、自分の今ある地点が自分の今の人生なんだと少しずつ思うようになった。
私も子育てや夫のサポートなどに精を出したいと相変わらず思うけれども、そして友達の一件なんかは積極的に首を突っ込みたいことではないけれど、もうそういうことではないんだと思った。
そして、よくよく考えてみて、こんな状況下にあって、私はそれが人生で何度もあることじゃないことに気付いた。
友達からしても、今回のことは人生で最初で最後のことだと思う。
友達とは10年以上の付き合いになるから、そういう意味で新鮮さがないから、今回も数ある電話の1本くらいに思ったけれど、冷静になってみると数ある1本ではなく生涯で一度きりの相談だろうと思った。
少しずつそういう自分の人生の流れを受け入れ始めてる。
それをどう仕事にしていいのかは全く私はわからないけれど、そもそもそれを仕事としてやるのが妥当なのかどうかも私なんかはそこからつまずいてたりするけれど、そんな形云々はさておいても、私は「こうしてきたものに関してはそこに向き合う」、それだけは自分の中で決めていることに気付いた。
友達のこともヨシダさんのこともお金を取ることは絶対にないけれども、例えばこうしたことにお金を絡ませて考えようとすることに私はそもそも抵抗を覚えていて、その辺りを普通にやってる人たちというのはすごいなと思っている。
そこは今すぐ結論を急いで出さなくてもいい気がしていて、そこだけは本当に私が一番抵抗ない方法でやれる案やヒントが来るといいなぁと思う。
なぜなら、そこを難しくしたり抵抗したりするやり方で進めた場合、私は多分逃げるから、「やらない」という選択側に逃げると思うから。
だからもう少しグルグルしても彷徨ってもお金稼がなきゃいけないなぁの強迫観念に迫られても、自分の中で曲げたくないものはやっぱり貫き通そうと思う。
とそんなことを考えて風呂から上がったら、友達が今回色々ドンパチしているもう1人の相手から連絡が来ていた。
私はあえてそちら側は触れないようにしていた。
なぜなら2人の板挟みなど面倒くさいから( ̄∀ ̄;)。
2人とも私並みにもしくは私以上に頑固なのも知っているから、そんなところの板挟みなど絶対に嫌だと思った←自分ファースト。
とりあえず危機的状況は脱して、表面上の解決は図れそうというところのタイミングでもう1人から連絡がきた。
それを読んで、私は私の見ている風景をメッセンジャーのように伝えようと思った。
もう1人の方に確認してからにはするけれど、頑固2人組(←私に言われたくないだろう…)は、お互いの主張が相手には全く違うように伝わっている模様で、そのそれぞれの主張や実際にあったことはきちんと純度100%の素晴らしいことをそれぞれがしているにも関わらず、誤解だらけの曲げられた事実が伝わっているみたいなことになっている。
だからその事実が歪むことほど悲しいものはなく、そして歪みはそれぞれの心に深い傷を残している。
だから私は自分の知っている事実(=解釈が歪む前のもの)を伝えようと思った。
それが伝わることで、多分今日連絡してきたもう1人が自分の人生に悩まずに済む。
悩みは継続しても、悩みを1ミリ軽減するぐらいの情報を私は持っているし、さらにそこに個人的感情抜きで説明ができる。
だから、そのまま真っ直ぐに伝えたい、そう思った。
その友達もその友達にしかできない凄いことをしている。
その凄いことに対して、そしてそれをお役目のようにやっている友達に対して、誤解から始まったもので自分を変な風に思って欲しくないと思った。
友達のしていることも、その電話で相談してきた子同様、本当に凄いことで、そちらも信念なくしてはやれない。
だから、私の知っていることを伝書鳩のように伝えるのは何てことないわけで、それで変な誤解が解けてくれるのであれば、私は喋ろうと思った。
そして私事だけど、明日ないし明後日の最大ミッションは、妹たちに父の様子を伝えること。
どのタイミングで話すがいいのかよくわからない…( ̄∀ ̄;)。
今日の日中、私は原因不明のすごく痛い頭痛に見舞われて、数時間横になったけれど、夜になって父から「頭痛いの大丈夫か?」と聞かれた時に、大丈夫と答えながらも変な気分だった。
本来大丈夫かを聞かなきゃいけないのは私の方なのに、私はその質問をとにかく避けている。
避けている代わりに、父の様子や食べる量なんかを注意深く見るようになった。
関係ないけれど、薬を飲んだ程の頭痛はやっぱり異常で、その頭痛の元になっている原因の分析も同時進行でやっている。
これまでの経験から言うと、間違いなく何か大事なことに気付いたか、そうでなければ何か変化を迎えての頭痛だと思うから、それが何なのかを突き止めようと思う。
(気付けばきれいに痛みが消えるから)
この文章自体変な終わり方だけど、本当は終わりなんてなくて、すべては流れているだけのこと…、そう思えたらどんなに楽だろうと思う。
仏壇を見て、おこしやヤマザキのスイーツが置かれていて、今日(11/10)がばばちゃん(母方祖母)の命日であることを思い出した。
そんなことすっかり忘れていた。
ばばちゃんがこの一家の行く先を見守ってくれないかと、また調子の良いお願い事を思い浮かべた。
ばばちゃんが見守ってくれるといい。
ばばちゃんの命日にまさか家族全員が揃うなんて初めてのことだった。
ばばちゃん守ってね、と仏壇のお菓子を見て祈った。
先週から続いている友達とのやりとりがこの週末にかけてあった。
姪っ子や妹がいる中で、限られた時間での話だった。
このまま事が丸く収まるのなら、私は何も言わない気でいた。
今、形そのものは丸く収まりそうな感じになってきて、事の次第も友達が当初望んだようなものになりつつある。
それで良いわけだし、そこに首をつっこむのもどうかと思ったけれど、やっぱり釈然としない。
自分でも何にそんなにこだわり出してるのかわからなかったし、でも確実にそれを友達に言えるのは私だけだと思った。
友達の周りには専門家たちがたくさんいる。
今回のことも専門家たちの何人かが手を差し伸べていて、または友達が頼って、専門的な解決法や対策を具体的に伝えられている。
そしてその準備は整って、あとはもう実行するだけ、という超ギリギリの段階で友達は私に連絡してきた。
私は当初から、具体的手法に対して異論を唱えて、それ以外の方策を探そうと提案した。
それは最終手段で、それ以外の方法で本当に解決できないのかを問いて、それでようやく同じゴールを目指すものの、別の方に舵が切られることとなった。
話を聞けば聞くほど、何か大事なところが置き去りにされている感じがした。
私がどうしても気になったところはそこで、そして解決の見通しが立ったことでそこがさらに際立ってきた。
だから私は限られた電話の時間の中で、その気になったことを正直に話した。
批判とかではないことも伝えた上で、私は自分が一番初めに連絡をもらった時に思ったことを正直に率直に話した。
そして、今回のことというのは、表面の対外的にきっちりとしたことをやるのももちろん大切だけど、それ以上に心を伝えること、たとえ相手に伝わらなくても相手が受け入れなくても、どうであったとしてもとにかく誠心誠意を尽くして心を伝えることがテーマじゃないかと言った。
友達の周りにいる人たちは専門分野の知識を持って対処法を伝えてくれるかもしれないけれど、その中の誰一人も心を伝えることを教えていないことが気になったことも言った。
そして、友達の立場では、今後ますます役職だの肩書だのが増えて、それを友達に指摘してくる人などまずはいないだろうことも私は感じてることを言った。
友達1人の働きかけや発信が、何百人、何千人、何十万人という人たちを助けることになる。
友達がしていることというのは、それくらいすごい影響力があって、それをするには専門知識や技術ももちろんだけど、信念なくしては絶対にやり遂げられない。
そして、友達に協力を買って出る周りの人たちというのは、最後はその友達の人間性や信念に対して色んな形での支援を申し出ているわけで、その立場が強まれば強まるほど、そしてその友達のプロジェクトが価値を提供すればするほど、「成功事案」となり、ますます周りは友達に何も言わなくなるというか言えなくなるのは明白だった。
だからこんなことを「心を伝える」みたいな、専門家の人たちからしたらちゃんちゃらおかしいみたいなことを、友達にズバッと言うのは私だけだろうし、そして、論点が超ずれたことをいつまでも言い続けるのも私だけだと思った。
そうではあるけれど、私の中で「言わなきゃいけないこと」っていう感じがした。
伝わる伝わらないはさておいても、大切なことだと感じてる限り、黙るのは違うように思った。
私は仲を修復するとか、誤解を解くとか、そういうことを目的にもしてなくて、だけど今ここでこのことを形だけ解決して本当の人と人との部分を大事にできなかったら、そういう事がいつか足元をすくうようなことに発展しかねない、それを懸念していると言った。
友達のしていることがどれだけ素晴らしくて、それは日本中探してもそう何人もやれるわけではなくて、本当に友達にとってはそのことが生きる道だと思う。
道の方から友達が選ばれていると言っても過言ではないくらい。
だからこそ、対外的なことも大切なんだけど、それ以上に目には見えないけれどもおろそかにしては絶対にまずいことをとにかく誠心誠意尽くしてやるのが大事だと感じた。
友達は最後ようやくわかってくれて、こんな風に言った。
「利益のある人たちにばかりきちんとするんじゃなくて、そうではない人たちにもきちんと礼を尽くすこと、そうだね、そこだね、そこが抜けていたんだね」
その話まで終わって少しすると、姪っ子が寝るために部屋に来てそこで電話は終わった。
友達にかけ直すと言ったら「大丈夫!もう大事なところがわかったから大丈夫!」と言って、それで終わりになった。
今日(11/10)の昼間、米の仕事の時にお世話になったヨシダさんから電話がきた。
ヨシダさんが自分の人生をかけて見つけた、米でも野菜でも農作物がよく育つ方法について今資料をまとめ始めたから、それを本当にワープロで打ってくれるか?という電話だった。
打ったものは、コピーしてヨシダさんが関わり続けている全ての農家、何百軒とあるだろう人たちに配り歩く予定でいる。
私は二つ返事でやると言って、準備が整ったらまたいつでも連絡をちょうだいねと言って電話は終わった。
私は自分の今後の働き方がどうなるのかはわからない。
何かしら派遣をしつつ…というのがしばらくのスタイルになるとは思う。
だけど、こうして昨日今日と2人の人とのやりとりを経て、やっぱりそうだと確信した。
とにかく人の人生において、その人にとっては一生に一度みたいな何か大事なことに私はなぜか立ち会う。
それはもう自分から何1つ宣伝などしなくてもそのように人生は勝手に運ばれていて、そうしたものは自動的にもたらされる。
私の生き方は本当に不器用極まりないし、上手く立ち回れないことも多いし、はたから見て「あの人は何してるんだろう?」ということになっていると思う。
今回妹の友達が結婚式で妹は帰ってきたわけだけど、妹の話を聞いていて、私は妹の話に出てくる少し年下の同世代女性たちとはおおよそ違う人生に自分がいることを今回ももれなく目の当たりにした。
でも、私はそういう人生にならないことへの嘆き(苦笑)とは別に、自分の今ある地点が自分の今の人生なんだと少しずつ思うようになった。
私も子育てや夫のサポートなどに精を出したいと相変わらず思うけれども、そして友達の一件なんかは積極的に首を突っ込みたいことではないけれど、もうそういうことではないんだと思った。
そして、よくよく考えてみて、こんな状況下にあって、私はそれが人生で何度もあることじゃないことに気付いた。
友達からしても、今回のことは人生で最初で最後のことだと思う。
友達とは10年以上の付き合いになるから、そういう意味で新鮮さがないから、今回も数ある電話の1本くらいに思ったけれど、冷静になってみると数ある1本ではなく生涯で一度きりの相談だろうと思った。
少しずつそういう自分の人生の流れを受け入れ始めてる。
それをどう仕事にしていいのかは全く私はわからないけれど、そもそもそれを仕事としてやるのが妥当なのかどうかも私なんかはそこからつまずいてたりするけれど、そんな形云々はさておいても、私は「こうしてきたものに関してはそこに向き合う」、それだけは自分の中で決めていることに気付いた。
友達のこともヨシダさんのこともお金を取ることは絶対にないけれども、例えばこうしたことにお金を絡ませて考えようとすることに私はそもそも抵抗を覚えていて、その辺りを普通にやってる人たちというのはすごいなと思っている。
そこは今すぐ結論を急いで出さなくてもいい気がしていて、そこだけは本当に私が一番抵抗ない方法でやれる案やヒントが来るといいなぁと思う。
なぜなら、そこを難しくしたり抵抗したりするやり方で進めた場合、私は多分逃げるから、「やらない」という選択側に逃げると思うから。
だからもう少しグルグルしても彷徨ってもお金稼がなきゃいけないなぁの強迫観念に迫られても、自分の中で曲げたくないものはやっぱり貫き通そうと思う。
とそんなことを考えて風呂から上がったら、友達が今回色々ドンパチしているもう1人の相手から連絡が来ていた。
私はあえてそちら側は触れないようにしていた。
なぜなら2人の板挟みなど面倒くさいから( ̄∀ ̄;)。
2人とも私並みにもしくは私以上に頑固なのも知っているから、そんなところの板挟みなど絶対に嫌だと思った←自分ファースト。
とりあえず危機的状況は脱して、表面上の解決は図れそうというところのタイミングでもう1人から連絡がきた。
それを読んで、私は私の見ている風景をメッセンジャーのように伝えようと思った。
もう1人の方に確認してからにはするけれど、頑固2人組(←私に言われたくないだろう…)は、お互いの主張が相手には全く違うように伝わっている模様で、そのそれぞれの主張や実際にあったことはきちんと純度100%の素晴らしいことをそれぞれがしているにも関わらず、誤解だらけの曲げられた事実が伝わっているみたいなことになっている。
だからその事実が歪むことほど悲しいものはなく、そして歪みはそれぞれの心に深い傷を残している。
だから私は自分の知っている事実(=解釈が歪む前のもの)を伝えようと思った。
それが伝わることで、多分今日連絡してきたもう1人が自分の人生に悩まずに済む。
悩みは継続しても、悩みを1ミリ軽減するぐらいの情報を私は持っているし、さらにそこに個人的感情抜きで説明ができる。
だから、そのまま真っ直ぐに伝えたい、そう思った。
その友達もその友達にしかできない凄いことをしている。
その凄いことに対して、そしてそれをお役目のようにやっている友達に対して、誤解から始まったもので自分を変な風に思って欲しくないと思った。
友達のしていることも、その電話で相談してきた子同様、本当に凄いことで、そちらも信念なくしてはやれない。
だから、私の知っていることを伝書鳩のように伝えるのは何てことないわけで、それで変な誤解が解けてくれるのであれば、私は喋ろうと思った。
そして私事だけど、明日ないし明後日の最大ミッションは、妹たちに父の様子を伝えること。
どのタイミングで話すがいいのかよくわからない…( ̄∀ ̄;)。
今日の日中、私は原因不明のすごく痛い頭痛に見舞われて、数時間横になったけれど、夜になって父から「頭痛いの大丈夫か?」と聞かれた時に、大丈夫と答えながらも変な気分だった。
本来大丈夫かを聞かなきゃいけないのは私の方なのに、私はその質問をとにかく避けている。
避けている代わりに、父の様子や食べる量なんかを注意深く見るようになった。
関係ないけれど、薬を飲んだ程の頭痛はやっぱり異常で、その頭痛の元になっている原因の分析も同時進行でやっている。
これまでの経験から言うと、間違いなく何か大事なことに気付いたか、そうでなければ何か変化を迎えての頭痛だと思うから、それが何なのかを突き止めようと思う。
(気付けばきれいに痛みが消えるから)
この文章自体変な終わり方だけど、本当は終わりなんてなくて、すべては流れているだけのこと…、そう思えたらどんなに楽だろうと思う。
仏壇を見て、おこしやヤマザキのスイーツが置かれていて、今日(11/10)がばばちゃん(母方祖母)の命日であることを思い出した。
そんなことすっかり忘れていた。
ばばちゃんがこの一家の行く先を見守ってくれないかと、また調子の良いお願い事を思い浮かべた。
ばばちゃんが見守ってくれるといい。
ばばちゃんの命日にまさか家族全員が揃うなんて初めてのことだった。
ばばちゃん守ってね、と仏壇のお菓子を見て祈った。
2019年11月9日土曜日
仕事の行方と夏の思い出
Before
After
【仕事速報】
仕事1つ目落ちた。
2時間もかけて自分の履歴を入力したのに、落ちた( ̄∀ ̄;)。
行ってはいけない職場だったかと思う。
喋る仕事だったから、私はそこはいいなぁと思ったけれど、色々引っかかってもいたから(たとえば電話越しの機械みたいなオペレーターの人とか社長メッセージとか)、まぁそれは縁がなくて良かったんだと思う。
そして次は、今さっき英訳の仕事を申し込んだ。
ネットで見た内容を聞こうと元々世話になってた派遣会社に電話したら、地元では最大手みたいな会社での英訳業務だった。
ここも今から落ちそうな予感が…汗。
とりあえずエントリーして、あとは企業側がどう判断するか次第。
落ちるのは痛くもかゆくもないけれど、この宙ぶらりんな状況を両親が良しとはしないから、そこだけ何とか平穏な空気となるようにしたいだけ。
米の仕事と2年前の最後にした派遣の仕事とが、なんならその1つ前も、ものすごい速さで決まったから、今回は何かハマるまでひたすら不採用食らいそう…汗。
【不採用の意味】
さんざん話を聞いてもらって相談に乗ってもらったノムに、今回の仕事は不採用だったことを伝えた。
そしてそこに付け足して、
「次、英訳の仕事を今申し込んだけれど、それも落ちちゃう気が…
思い出したんだけど、私行ってはいけないところだと落ちまくる人だったんだ(ΦдΦ)
急募だろうが内々定出てようが落ちる(ΦдΦ)
ひぃーーーΣ(꒪◊꒪; )))) 」
と書いた。
そうしたらノムからこんな風に返ってきた。
「ご縁の職場じゃなかったんだねえ。けど、逆に考えれば、行くべき場所にしか行けないってことだもんね。それって、究極に安全っていうか、魂の道そのものって感じがする!
だから、深く考えず応募したらいいのかもな、って(履歴書出すのも労力いるけどもさ) 究極に安全って、すごくいいよねー。でも、来年のグレコンの影響すごそうな人生の人だから、どうあっても生きていくのだろうしね。究極に安全な道(顕在意識的には波乱と感じることもあるかもだけど)を進むのだ、と、リラックスして、それこそ直感を信じて動けばいいんじゃないかなあ。」
文中の「来年のグレコン」というのは、占星術の世界で来年2020年の終わりに20年に一度しか起こらない木星と土星がピッタリと同じ位置に重なり合って、さらには少し離れているけれども破壊再生担当の冥王星も近くにいて、そのような配置となるのは数百年に1回と言われている。
そして、そのグレコンが起こる位置と自分個人のホロスコープが重なっていれば、当然その影響も大きく受けることとなる。
私はまさにそれで、そうしたことも踏まえてノムは影響はすごそうでも生きていくのだろう、と言ってくれてる。
ちなみに土星冥王星が現在山羊座に位置しているけれど、とにかく本質的に世のため人のためとなる秩序をもたらそうとする。
そのための破壊と再生、基盤作りが半端ないスケールで行われている。
例えば、吉本興業の運営上の問題、関西電力の賄賂、2万円の香典で大臣更迭とか、ああいうのが山羊座にある土星や冥王星が象徴しているものだなぁなんて思って見ている。
スポーツ業界のパワハラ問題が延々と摘発されて改善の道を辿っているのも、まさに土星冥王星の影響だなぁと感じる、
あれはスケールが企業や国だからでかいけれど、そうしたテコ入れは個人レベルでも起こる。
だからよく見てみると、渦中は凄いけれど、終わった後はもっとその関係者にとってプラスとなる方向に変化していく。
私の場合も、それじゃないところの天体の影響でそういうテコ入れがこの2年くらいかけて起こっているから、来年なんか果たしてどうなるんだろう…って感じ( ̄∀ ̄;)。
だけど、ノムが言ってくれたみたいに、本当に行く必要のあるところにしか行かないようになっていると思う。
そしてそれを信じて、とりあえず「今」の何かを決められたらいいんだな…と思う(ように努めている( ̄∀ ̄;))。
【夏の思い出】
「ふみこは男の子?女の子?」
「おんなのこ!」
「お父さんは男の子?女の子?」
「おとこのこ!」
「しずかちゃんは男の子?女の子?」
「おんなのこ!」
「オラフは男の子?女の子?」
「オラフはゆきだるまだから、おまたついてないからわからない」
オラフは『アナと雪の女王』に出てくる雪だるま。
3歳児の発想ってすごいなぁと思った。
夜部屋を暗くして布団の中でなぞなぞ的なおしゃべりをしていたけれど、妹も私も大爆笑した。
さやはさやでどこかにお出かけ、私もどこかに出かけた日があった。
さやに「さや、気をつけて行ってきてね!」と行く前に抱っこしながら言うと、腕の中で私の顔を見ながら、
「ふみこもきをつけていってきてね」
とさやは返してくれた。
いつの間にそういうやさしい言葉を覚えたんだろうと思う。
冒頭の写真がどのようにアップされるか知らないけれど、順不同で紹介を。
・まさかの「にこにこぷん」をさやと一緒に見ることになるとは!
ちょうど「おかあさんといっしょ」が何十周年記念で、それをさやと一緒に見た。
まさか子どもの頃に毎日のように見ていた番組を30数年の時を経て、今度は自分の姪っ子と見るなんて思わなかった。
・ぬいぐるみたちをたくさん並べているのは、恐怖の保育園ごっこ。
あれは本人いわく、手を洗う順番待ちで、さやは前から順に手を洗う真似をして、終わると空いた場所(教室として見立てている模様)にぬいぐるみたちを移動。
これを何十回と繰り返す。
1人でするならいいけれど、いつも私のことも巻き込む←だから恐怖。
ちなみに手洗いの前は朝のあいさつシーン、怒涛の数十回バージョンをやったW(`0`)W
他にも、爪の検査バージョンとか、お弁当持ってきた持ってきてない確認バージョンとか、様々なバージョンの数十回パターンがある。←もちろんグッタリ(( /´Д`;\)))~~~
・さやの着ている浴衣と帯は、私のおさがり。「ぶしまたふみこ」と書かれている。何せプリンセスごっこにどハマりしているから、この格好も喜んで着ていた。
ちなみにごく最近、プリンセスに扮した本人の写真が妹からグループLINE(3姉妹+義弟)に送られてきて、義弟いわく「プリンセスレベル1」で、
「ねぇ、ねぇ、プリンセスごっこじよー」
と誘われて、踊ったらしい。
義弟はプリンス役で、しかも、シンデレラの舞踏会シーンの曲を流されたらしい(笑)。
36歳男性の休みの日の過ごし方…。←妻は用事で不在。
・炎天下の中、外に出るのに、帽子をかぶりたくないと駄々をこねて、最終的にタオルをかぶることになった3歳。その姿を鏡で見て「かわいくない」と怒った。大人たちから見たら十分かわいいから「かわいいよ」と言っても「かわいくない!」とプンスカプンスカ怒ってた。「かわいくないから撮らないで!」と言ってた割に、撮ったら撮ったで「みせて〜!」と早変わり。
・この夏の一大ブームだったパーティーごっこ。さやは招待役で、私やぬいぐるみたちが招待された側の役。
ぬいぐるみとなにかひとつ手土産的な物を持ってさやを訪ねる。
以下の「私」は正しくは「ぬいぐるみ」( ̄∀ ̄;)。
私「ピンポーン」
さや「は〜い」
私「さやちゃん、パーティーにきたよ!」
さや「いらっしゃい!」
私「これおみやげね。みんなで食べよう!」
さや「うわぁおいしそう!カイジュウケーキおいしそう。みんなでたべようね♪」
(テーブル手前の透明ケースに入った赤いのがカイジュウケーキ)
さや「ここにすわって!」
(↑席指定される)
私「……」ぬいぐるみを指定された位置に置く。
というようなことをエンドレス繰り返す。
パーティーごっこという名の地獄のエンドレス苦行パーティー( ̄∀ ̄;)。
わかるだろうか、さや1人だけ超笑顔、ご満悦な様子。近くで私はぐったり。ピンポーンをあのぬいぐるみの数ぶんだけやりこなす。だから似ているような写真だけど、使用前・使用後みたいな感じ。
・おつまみのイカをひげに見立てた1枚。今回一番かわいい顔してた←おばバカ。
つい何日か前、妹からプリンセス系番組の番組表のスクリーンショットが送られてきた。
録画してとのことだったけれど、その依頼主はまさかの3歳児(=小人)。
明日から5日間の滞在。
↑朝の6時台に妹から家族LINEがきて、始発に乗れたから8時半には着くとのこと。
前回の3歳児の名言。
みんながゴロゴロして(←大人たちは体力が持たない)、さやにもゴロゴロしようと誘うと「ゴロゴロしない」と言う。
「なんでさやはゴロゴロしないの?」
「だってさや、おとなじゃないもーん!」
ゴロゴロするのは大人だけらしい( ̄∀ ̄;)。
3歳児は昼寝なしで1日テンション高く朝早くから夜遅く(本当に日付変更線ぐらい)までいられても、大人が同じペースとテンションでそれすると真面目に倒れる。
録画した番組は、基本的に本人のためと言うよりも、大人が落ち着いて少しでも休むための録画になっている(苦笑)。
2019年11月8日金曜日
気持ちの声 > 魂の声
ノムと電話した時に見えていた景色
2019/11/06
11月1日
ノムよりメール
(ノム…占星術講座のクラスメイト)
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あ、そうだ!
Aさんから今日連絡があって、
手帳をふたりに送りたい、とのことだった(それをメールしようと書き始めたんだった...... )
で、ぶっしーの住所が、すぐにわからなかったから(前にもらった封筒がみつからず)
Aさんに、ぶっしーから直接メールにて住所を伝える、と返事をしてね。
なので、お時間あるときに、Aさんに住所を伝えていただけましたら!!
きっと、ぶっしーから、直接Aさんに伝えたい気持ちもあるだろうしね、と、
そのようにさせてもらったよ。勝手にごめんねー。
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次の日の朝早く恋人ミッチーと北京に旅立つ前に、ノムがこのようなメールをくれた。
このメールが今日11月6日の私の決断にまで話が繋がった。
なんだかあっという間の時間だった。
ノムからこのようなメールをもらったのに、そしてAさんにすぐに書きたいことがパパッと出てきて、それもメールしようと思ったのに、すぐのすぐには書かなかった。
ノムが日本帰国する5日までには何かしらAさんに書いて、住所と一緒にメールしようと思った。
それとは別に、北京にいるノムにメールすることも、海外文通みたいで、それも超楽しみにしていた。
行く前はそこまで大盛り上がりだったのに、その間に父の激痩せ姿とかなり健康状態が深刻なことに気付いて、父の死が近付いてると思ったらすべてはそれどころじゃなくなった。
ちなみにノムには途中まで普段のように書いたメールがあったけれど、父のことが出てきたらもうそれまでのようには書けなくなった。
一度書こうとしたら、書いている間じゅうぼろぼろ泣いてばかりいて、内容がものすごい暗くて重たくて、とてもじゃないけれど北京での旅を楽しんでるだろうノムに送れないと思った。
そこで、そもそも元気に途中まで書いたところと、内容は伏せてノムが行く前と行く後とでは状況がガラリと変わって、行く前のようなテンションでは書けなくなったことなんかを書いて出した。
北京にいるノムに宛てたメールの一部↓
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先生のブログを久しぶりに読んだら、なんと先生骨折して絶対安静の状態で、来春まで鑑定もお休みするくらいの状況だった。
先生に10月の終わりにやっと講座と最後の宿題の添削と質問への回答のお礼メールを出して、その時は知らずにいたから、そして先生も何事もなく返信をくれたから、まさかの骨折での絶対安静の話に驚いた。
そして、それを読んで、あの講座が初級も中級も滞りなくきちんと無事に開催されたことは、ものすごく当たり前みたいだけど、当たり前ではなかったんだと気付いた。
そして、それをきっかけにノムと出会わせてもらえたことの奇跡を思って、それに心から感謝を改めてした。
何一つ当たり前ではないことを改めて思い知った。
ノム、帰ってきて落ち着いたタイミングでまたきちんとメールしたいと思うけれど、ノムが北京に行っている間、生きていることが何一つ当たり前ではないことにものすごく気付かされるようなことが現在進行形で起こっていて。
本当はそれを知る前なら、ノムにもっと冒頭のような北京にいるノムに送るメール、まるで海外文通、やったー!!!のテンションで送れたけれど、そういうテンションにあらず。
命って有限なんだと、当たり前のことだけど、日常に慣れるとそんなこと忘れて生きてしまっていて、それを超真剣に考えさせられるようなことになりつつある今(私は元気)、何もかも全ては本当に奇跡の上に今日という日が来ているんだと、その事実を前に体が震えるぐらいに反応している。
ノムにメールも送りたくて、途中まで書いたんだけど、上手く書けなくてね。
だから、とにかく「北京にいるノム」に宛てられるのは今だけだから、その私の欲を満たすために(笑)、このまま送らせてもらうね。
明日5日だよね?帰国するの。
ミッチーと2人で気をつけて帰ってきてね!
日本の新潟より。
ぶっしー
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ノムにはもっと別の濃い話をしたかったのに(とにかく互いに思いのままを色々吐き出し合ってセラピーのようなことをしている)、上のようなことを書くのが目一杯だった。
父の死期が近いかもしれないと思ったら、Aさんから一刻も早く自分の名前が載った成果物(手帳)を送ってもらわなきゃ!と思って、そしてノムが日本に帰ってくる当日(5日)のその日の直前に、突然スイッチが入ってAさんへのメールを書けるようになった。
何でこのタイミングなんだろう…なんて重たいことも考えつつ、一生に一度しか伝えることはなさそうな内容を全力で書いた。
これが最初で最後の機会かもしれない、そう思ったらありったけのことを伝えたくなった。
ようやく午後に書き終えて、無事発送した後、そうだ、ノムにもAさんにメールしたことを伝えようと思って、そしてもう今日帰ってくるから一言気をつけてねというのも添えてLINEを送った。
それから2時間以上経った頃、ノムからLINEが入った。
今北京近くの空港で、あと少しで帰るとのこと。
私が書くとすぐに既読がついて返ってくるから、私はそうだ、ノムがもしペンジュラムを持っていたらノムに今聞いてもらおうと思って、唐突に切り出した。
その時の私というのは、普段の判断能力などぶっ飛んでいて、まともに思考できなかったし、自分の身の振り方も決められなかった。
ペンジュラムを使っても、私がブレブレだからペンジュラムも本気でブレブレで、もうペンジュラムも普通には扱えないぐらいまでになっていた。
だから何も知らないノムに、そしてノムのペンジュラムに聞いてもらおうと思った。
私:
ノムってペンジュラムも北京に持って行った?
ノム:
ありがとう〜、うん、無事に旅を終えれそう🤗 もちろん、もってたよー、ダイスといっしょに。ペンジュラムは2回やった!
私:
ノム今すぐペンジュラムって出せる⁇
もし出せるなら、2つほどYES NOを見てほしいものがある。
質問は私の方で用意してあるから、
Aに対してYES NO
Bに対してYES NO
それだけを見て欲しい
もしお願いできるならお願いします。
ノム:
いいよ!
(しばらく待機)
ノム:
Aに対しては、イエスにイエス ノーにノー。Bは、どちらも振れが微妙というか、曖昧なんだよね。無理に出すものでもないかな、と、ひとまずのご報告!
私:
ノムありがとう、本当にありがとう!
何聞いていたのか後からメールするね。
ちょっとヘビーな内容の話が帰国後一発目のメールでも大丈夫?
ノム:
こちらこそ〜〜! 空港でペンジュラムとか、おもしろかった。笑!! ヘビーなメールも、もちろんオッケーだよー! それも楽しみにしてる❣️
私:
ノムに対してとかではもちろんなくて、今本当に生き方の方向をある程度出さなきゃいけなくなった。
で、ノムが北京行く前と今とでは全く状況が変わってしまって、私自身も普通の判断能力にない。
そんな中で今ペンジュラムを聞いてもらってたの。
ノムいつも本当にありがとう!!!
ノム:
実はというか、ぶっしーBlogは北京でも読んでたよ!笑 だから、いろいろ変容が押し寄せている感じは伝わっていたよ。こちらこそ、いつもありがとう! でも、すべては最高最善のことが起こっているはず。目の前の今にぜんぶある。よね!
ありがとう、ぼちぼち搭乗いってくるねー。またね!!
こんな風にやりとりを飛行機に乗る直前にさせてもらえた。
ノムが私のブログ(父のことも書いた)を北京で読んでたのは初めて知った。
色々察してくれてるだけではなく、ヘビーなメールもウェルカムであれば、私のこの状況を変容、最高最善と言ってくれてるのも本当に嬉しかった。
すごい難しい状況に私が今現在立っていて、それに対して掛ける言葉というのは、私が逆の立場ならものすごく難しい。
ちなみに、「変容」だの「最高最善」だの、一歩間違えたら変な部分を刺激しかねない言葉となるけれど(だって、対峙してるものは近しい人の忍び寄る死)、ノムはそこを本当に自然に言っていて、さらにはこれは相手への信頼がないとこの状況下では絶対に言えない言葉だから、それを本当に心を込めて言ってくれることが私には本当に嬉しかった。
そして、それを前に頭をもう一度シャキッとさせて考え直した。
ノムに聞いていたAとBの詳細とそれにまつわる諸々をメールにした。
A:
住み込みのスキー場関連のお仕事に
YES→行く
NO→行かない
B:
地元での〇〇の宣伝の仕事(時給や条件申し分なし)
※親に言う必要はあるけれど、この場合なら家を出なくてOK。
YES→行く
NO→行かない
こんなことになる前、スキー場の住み込みバイトには私のペンジュラムはずっとYESだった。
必要なことしか起こらないだろうと思っていたから、それが何か流れを変えるんだろう…と思った。
私を何とか家から出したい両親は、この話をした時、先々の不透明さは指摘はしてきたものの、このまま家にいられるよりも余程良いわけで、そこは喜んでいる風だった。
父のことがわかってからも、スキー場の住み込みバイトはしばらくペンジュラムで聞いてもYESだった。
Bの仕事も見つけたけれど、それには最初NOだった。
だけど、私の方で父の体がどうなるのかわからないとなってからはペンジュラムの答えはどんどん変わったし、私は私でまともに判断できなかった。
だけど、AとBと何も知らないノムがペンジュラムで見たらAのスキー場バイトにYESが出たわけで、そしてそれは当初の私のペンジュラムでもずっとそうだったわけで、そちらなんだなぁと思った。
思ったけれど、本当にそんな訳の分からない選択でいいのかわからなかった。
もし本当にスキー場の住み込み仕事に行ったら、いざという時にきちんと帰ってこれるんだろうかとか、そもそも雪道で通行止めとか大渋滞とかにならないだろうかとか、不安なことは山ほどあった。
そして、もしその間に父が死ぬようなことがあった時、私は今の私の決定を後悔しないだろうか?と思った。
スキー場行きはすごい不確定要素が多すぎて、私にはどうしていいのかわからなかった。
さらに、ノムが飛行機に乗る前後、こんなやりとりがあった。
(帰国後のノムへ宛てたヘビーメールより)
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昨日5日の夕方に母に聞いた。
実は仕事の申込をストップしていること(申し込んでないとは言ってない)、父の状況を4日の日家族3人で紅葉を見に行って1日すぐ隣りで見て本当にスキー場の仕事を申し込むのがいいのかどうかわからないこと、今ならまだ変更が効くから残って仕事もできること、母はどう思うかを聞いた。
私は残って欲しいとかそのような言葉が一言でもあれば、一にも二にも迷わずに地元の仕事(B)を申し込む気でいた。
母は私の話を聞いた後、
「自分たちのことは何とかなる。だからおまさん(おまえさん)には、自分の人生があるから、それを優先して欲しい」
みたいなことを言われた。
母の話を聞いて、本当に私が自分で決めていいこと、自分で決めなければならないことを感じた。canでありmustなんだと思った。
私は正直もっとわからなくなった。
その後、ノムの空港でのペンジュラムの一件があった。
その間にも自分のペンジュラムに聞いた。
最初はスキー場(A)だけYESで(B)はNOだったのに、私がブレ出してからはスキー場がNOになってBがYESになった。
また逆転したり、今度は「行きません」と聞くとこれまた逆転したり。
もう自分の今の精神状態ではペンジュラムを扱えないと知って、それでノムに聞いてもらった。
そうしたらスキー場に行くにYES、スキー場に行かないにNO、Bの動きは微妙だと教えてもらって、母の言う通り、私は自分の人生の方に舵を切らないとなんだな…と思った。
(他のことも諸々説明)
ノム、もし何か感じたことがあればそのまま私に教えてね。ぶっしーを惑わすだけとかそんなこと一切考えなくていいから、そのままを教えてもらえる方が私は嬉しい。
そして見ての通り私はブレブレだから、逆にノムはこの私の件に関しては落ち着いているから、何も感情がはさまらない第三者というよりノムだからこその視点を知れるとありがたい。
これを読んだ後に(ノムの)ペンジュラムが読む前と違う動きをするのも私はそれはその時にまた考えようと思っているし(少なくとも今日中に何かしらノムからペンジュラムに関しての返信もらった時点で決断はしようと思っている)、もしくは全てにNOとか全てにYESが出て私が決めなきゃいけないような事態をノムのペンジュラムから伝えられるかもしれないしね。
本当に何がどう出てきても、それを見据える覚悟でいるから、ノムは気にせずにノムの見たペンジュラムの答えやノムが感じたことがあればそれをそのまま教えて欲しい。
ノムよろしくお願いします。
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[今現在もわかっていないけれど、とりあえずノムが日本行きの飛行機に乗っている頃、我が家では父が10月に受けた会社の健康診断の結果が返ってきて、それをみんなで見た。異常な数値が1つあって、それは実は2ヶ月くらい前にも父が普段行っている内科のクリニックの検査で引っかかって再採血したもので、その再採血の時に数値が下がったから、と言っても元々基準値越えの高めの普段の数値ぐらいになったということでそのまま放置されてたものだった。
その時は母も私も皆が下がったなら良かったと放置し(武士俣家の適当さが滲み出ている( ̄∀ ̄;))、今回さすがに異変に気付いて私がネットで検索して、とりあえず該当する病気の症状にヒットして、それは体重激減も含めて、それなら今すぐどうこうではないのと、ただし癌とか他の病気の可能性ももちろんあるわけで、とりあえず紹介状もらって大きい病院での精密検査をしてもらおうという話まで来た。
そして諸々のことが滞りなく進んでも結果は早くて今月中だから、どちらにしてもそれを待っての私の身の振り方を決めるのでは両親が納得するわけもないから、私のことは決めないといけない状況には変わりなかった。]
11月6日
今後の唯一の用事だった友達とのランチに出かけている時にノムからLINEがきた。
ノム:
ぶっしー、おはよう〜。メール読んだよ。今日電話できたりする?
ノムに3時半頃には解散になるから、その時でも大丈夫かを聞いたら「うん、大丈夫〜(⌒▽⌒)❣️」と返ってきた。
そうだ、もう一つノムにはあらかじめお願いをしたことがあった。
上の空港でペンジュラムで聞いてもらった[AとBの中身が何だったかと父や両親との一連のこととを書いたヘビーメール]を読む前に、もう一度AとBにペンジュラムがどう反応するかを聞いて欲しい、そして読んだ後もどう反応するかを聞いて欲しいとお願いした。
友達と解散した後、冒頭のきれいな紅葉の木の下の駐車場の車内からノムに電話をした。
これは後から思ったことだけど、北京での素敵な旅の話よりも私の超個人的な相談を優先させてくれたのが本当の本当にありがたい。
そしてそのためだけにノムは時間を作ろうとしてくれてるのがひしひしと伝わってきて、それだけで泣きそうだった。
ノムにまずペンジュラムのことを教えてもらった。
(実際は教えてもらったことが完全に記憶から抜け落ちて、後からまた教えてもらった(苦笑))。
たった1日日付が変わっただけで、ノムのペンジュラムの状況も変化していた。
まずは私のメールを読む前にペンジュラムに聞いたら、今度はAもBもどちらも微妙な動きではっきりしなかったとのこと。
読み終えたら、今度はもう完全にペンジュラムは止まってしまって、何も反応を示さなくなったと教えてもらった。
ノムに言われた。
「ねぇぶっしー、僕も逆に聞いてもいい?ぶっしー、今近くにペンジュラムある?」
あるよ、と答えた。
「じゃあAに対してYESになる?NOになる?」
「AはNO、NOで合ってるかを聞いたらYESになったから、やっぱりAはNO」
「今度はBに対してYESになる?NOになる?」
「BはYES。YESじゃありませんって言うとNOが出るから、やっぱりBはYES」
ノムがAとBとを教えてくれた。
Aは「魂の声」…NO
Bは「気持ちの声」…YES
ノムは、今回は魂の道ではなく、気持ちの方を優先してもいいのかもしれない、そういうのもありなのかもしれない、というようなことを本当に言葉を選びながら伝えてくれた。
ノムは「AじゃなくてBがいいんじゃないかな」みたいなことは一切言わない。
自分の感じたことを言いながらも、最後は私が選ぶようにどちらがどうだという話はしない。
しかもこんな風にさらに伝えてくれた。
「あのさぁ、ぶっしーのメールを読んでペンジュラムにも聞いて、そしてぶっしーのメールの内容をかいつまんでミッチーにもどう思う?って聞いてみたの。
そしたらミッチーがね、地元に残れる仕事で気乗りしない仕事以外の他の仕事に就くのもありだよね、だって今ぶっしーにとってお父さんの近くにいることが一番いいなら、どうでも気乗りしないものではない別のものでもいいんじゃない?って、すごく冷静な意見を教えてくれてね。
だから、ミッチーが言うような、スキー場の遠方の仕事でも、地元の気乗りしないBの仕事でもなく、家から通える別の仕事っていうCという新たな選択肢もありかもね」
ノムはお願いもしてないのに、ミッチーに電話の前にさっと相談してくれていた。
そうやって他の人も巻き込んで、さらに良い案はないかと真剣に考えてくれる、その粋な計らいと心くばりに胸がいっぱいになった。
ノムは、自分がゲイであることを母、父、兄弟に伝えた経緯やその当時のやりとり、ミッチーも交えての家族で迎える正月になるまでの色んなプロセスを教えてくれた。
いつだったか(この夏の話だったと思う)、ノムとミッチーとでノムの実家に行って、たらふくごはんを両親とそしてお兄さん夫婦と食べてきたという話があった。
ミッチーはノムの恋人として紹介されていて、すごいなぁなんて思っていたら、そこに至るまでの裏舞台をノムは話してくれた。
時系列的に実際の時間はわからないけれど、ノムが最初お母さんに話したのはかれこれ10年近く経つのではないかと思うし、次にお父さんに伝えたのは6〜7年前、ミッチーを最初に連れて行って、いつかの正月には「友達」として母親が他の兄弟のお嫁さんたちに伝えたこと、それからも色々あって、ミッチーが恋人だとして連れ帰るようになったのはこの2年ぐらいであることをノムはかいつまんで話して聞かせてくれた。
自分を示す要素を周りに知らせないで死ぬのは嫌だとノムは考えていて、そのように家族にカミングアウトし、そして友達や会う人、たとえそれが一度きりの会合の人にでもゲイであることをノムはカミングアウトするようになったと話していた。
ノムにとってそれが第一のカミングアウトで、その後ライターという仕事を辞めて絵を描く方に移行した時、「絵を描いている」こととそれで生計を本気で立てようとしていることを周りに言っていくのが第二のカミングアウトだとノムは言った。
そして今は、霊的な能力部分の言うなればメッセンジャー的な役割をカミングアウトするのが第三のカミングアウトだと言った。
(ずっと記事が滞っているけれど、9月の終わりにノムとミッチーの2人展を見に行って、その時2人の大家さんれいちゃんとれいちゃんの息子次男くんとで集って、その時にノムが何をする人で何ができる人なのかを私は目の当たりにして、それはノムにも伝えた。ノムはいわゆる本当の「メッセージを下ろす人」だった。少し前に私たちの占星術の先生からもノムは個人鑑定を受けて、実はノムというのはそうした霊的な能力を持っていてそれを周りの人たちのために使っていくという相がホロスコープ上に出ている人だと初めて知らされた←ノムは(私も)そんなこと知らなくて、ビックリした。)
全然上手く書けないし、この話と私の自分の身の振り方や父の体のことと何の関係もないように見えるけれど、ノムがしてくれた色んな話は確実に私のゴチャゴチャに絡まった頭の中を紐解いてくれた。
今手元に、ノムと話した時のメモ紙があって、そこに「心残りない選択」と書かれてある。
ノムが私に向けて言った言葉なのか、ノムの自分の話の中で言ったことなのか、もうメモ書きを見ても思い出せない。
だけど、「心残りない選択」でわかった。
今遠くに行くことではなく、父の近くにいて日々父が生きていることを見届けること、それが私が最大に自分のためにしたいことだった。
(帰国後のノムへ宛てたヘビーメールより)
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私今日これから昼間に友達とランチに行くんだけど(これは2週間前に誘われていた)、それが終わると本当にこの先何一つ用事が入っていない。
妹や姪っ子が来るけれども、それは家族だから用事というのとは違う。
本当にそれ以外のことが何にも決まっていなくて、そして先の予定が何一つない。本気で真っ白になっている。
それに対しても私は、自由なんだなと言うよりも、何でこんなに真っ白なんだろう?と思っている。2018年の4月から1年8ヶ月、途中郵便局の年賀状や米の仕事はあったけれど、それ以外は何もないのは今とさほど変わらなかったけれど、ただこれまでは占星術の講座があったり、小さな約束があったりして、何かしら体を拘束するものがあった。今回は本当にない。
「何でも選べる!」なんて気持ちは私にはなくて、この真っ白になったところに何かしらの決断をしていかないといけないことに恐れおののいている。
ちなみに、これまでのように何もせずにずっと家にいたいけれども、それは選択肢にない。
ここまでの状況になって、自分が何ができると知っていても、私はまだ何もしようとしない自分を見て、改めて「やりたいことではない」と静かに思った。
もちろん怖くて避けているだけかもしれない。
なんだけど、これだけ自由な状況で何をしてもいいってなった時に、そのことは私の中の選択肢にならないんだって。
今後徐々に形にするのかもしれないけれど、今度こそやらなきゃ!なんていう腹は据わらなかった。それならとりあえずお金を稼ぐのに働くじゃないけれど、それもまたお金を稼ぐためにするというのも、私の中でそれが理由というのはなんか違うという気持ちもかなりあるけれど、とにかく今確実に気持ち共々動けるのはそれなんだということ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ノムは電話の中で、【ここまでの状況になって、自分が何ができると知っていても、私はまだ何もしようとしない自分を見て、改めて「やりたいことではない」と静かに思った。】という部分にも少し触れてくれた。
ノムに言った。
この状況下で、私はそれが言い訳なのか逃げなのかはわからないけれど、とりあえず人の話を聞いて何かメッセージ的なものをキャッチしたら伝えるというのは、とてもじゃないけれど、この精神状況では無理だと言った。
そしてそれを先延ばしにすることが果たしていいのかどうかはわからないけれど、それで食べていくためにがんばるというのも今は絶対に違うし、そのこと自体をそんな風にしたくないということも言った。
自分でもよくわからないけれど、私は自分のその能力的なものを適当には扱えない。
ものすごいこだわりがあって、それを単なるお金を稼ぐ手段みたいなものに私はできないままでいる。
そんな諸々を話したら、ノムは今の私の考え方でいいと思う、というようなことを言ってくれた。
そこを無理に押し進めることはしなくていいようなことも伝えてくれた。
ぶっしーはやらないわけにはいかないとは思うけれども、というのも伝えた上で、ただ今は状況が状況であることと、生きる上でのバランスは大事だからと言ってくれた。
その能力的なものを使っていくのは大事なことだと、ノムは実は電話の冒頭に私にはっきりと伝えてくれている。
やりたいことではないかもしれない、だけどぶっしーのその受信機能はどこまでもぶっしー本人にしかわからないもので、それを使わなくていいからもたらされてるものではなく、使うためにもたらされてるものだと思うということも、ノムはキッチリと伝えてくれた。
他にもたくさん色んな話をノムは聞かせてくれ、私の話も聞いてくれて、それで電話が終わる頃には私の中で1つ結論が出た。
しばらく家に残る方向で調整しようと、両親と話をしようと思った。
そうだ!と思って、ノムにもう1つだけペンジュラムに聞いて欲しいとお願いした。
もうそれがどう出ようと私は自分の中で変わらないものが出ていた。
できるならYESが良いけれど、仮にNOでもそれはそれで、私は私の選びたいように選ぼうと思った。
またノムには何も言わず、ペンジュラムがYESになるかNOになるかを見て欲しいとお願いした。
ノムはしばらく沈黙した後、「YESが出たよ」と教えてくれた。
私が聞いたのは、何を選ぶにしても自分の気持ちで選んでOKかどうかを聞いた。
こうして書いてみると当たり前のことだけど、それさえも私はわからなくなっていた。
そして自分の道から逃げるみたいなことになっているのも気になったし、果たしてそれが本当にいいのかは知らないけれど、優先順位として今は一番上にあるのが「父との時間」だった。
その気持ち一本で私は先々のことを決めたい、そう思った。
11月7日
朝からきれいに晴れた。
6日の晩に父と時間差で母と話をした。
検査を受けてその結果がはっきりするまで家にいたいこと、万が一のことがあればそのまま残りたいこと、何もなければないでその時は春先に家を出るようにしたいこと、今いきなり仕事を始めてすぐのすぐに辞めるというわけにはいかないだろうから、とりあえずここから通える仕事に申し込む予定でいることなんかを伝えた。
父も母も自分たちで何とかするからいい(=私は残らずに家を出ること)と言ったけれど、私もそのことに口を挟む予定はないことも伝えて、ただ何かあった時にすぐに駆け付けられないようなところに今行くのは自分がそうしたくないことも伝えた。
この辺りはまた別の機会に書きたいと思う。
朝になって朝焼けがきれいで、そのきれいな空に向かって、最善のこととなるように祈った。
その後も申し込む前に「不安なこと」を箇条書きでノート1ページ分書き出して、それを見てもしばらく父のことがはっきりするまでは残ろうと決めた。
気乗りしない仕事ではあるけれど、背に腹は変えられぬと思って申し込んだ。
ものすごい面倒な入力作業を終えて(←なんと2時間コース)、最後申し込み終わった後、思った。
「命の時間をもらう」
私にとってのその申し込みは、働くことでもお金を稼ぐことでもなく、命の時間を、父が今日も生きていると確認するための時間をもらうための手段だと思った。
その1時間後ぐらいに今度は電話が来て、諸々確認や説明の後、書類選考に進みますがよろしいですか?と聞かれて、よろしくお願いしますと伝えて、次の日金曜か週明けの月曜にはっきりすることとなった。
6日のノムとの電話の後から申し込むまでの間、そして申し込み終わった後もいくつか大きなことがあったから、それはまた改めてブログに書けるといいなぁと思う。
ただ、明日の朝早くから、大人5人の体力を足してもそれを上回るスーパーキッズ(もうすぐ4歳の姪っ子)がやってくるから、そんなこんなのうちに書けなくなりそうな予感も…( ̄∀ ̄;)。
最後に。
もしかしたらその6日のノムとの電話の後から7日にかけてブログに書かないかもしれないから(because of 姪っ子( ̄∀ ̄;))、これだけ残そうと思う。
7日に申し込んだ後ミッチーに、ノムから話を聞いて、ミッチーも一緒に考えてくれたことへのお礼を言うためにLINEをした。
そのミッチーの返事が本当にとっても素敵で、それを紹介。
ミッチーの言葉の中にすべてが詰まっていた。
読んで私は号泣した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ぶっしー、落ち着かない時みたいだね。
ぼくは大したことは言ってないけどね。笑
ぼくは家族が亡くなったり(祖父祖母は亡くなったけど)近い存在の人を亡くすとか、ぶっしーみたいな心配をしたことがなくて気持ちはわかりかねるけれど、やはり後悔が残らない道を選んだ方がいいと思う。何事もそうだと思うけど。
ぶっしーが父さんのことをとても心配してるからなおさら。
残ることは今できる最善のチョイスをしたと思う。病状が判明した時にまた道を選んだらいいと思う。先のことはわからなくて不安だと思うけど、今だけを見て、家族で力を合わせて乗りきって!
たくさんぶっしーの愛を注いで、たくさん笑ったら奇跡が起こることだってなくないよ!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2019/11/07の朝焼け
朝の光に向かって、今後の自分祈願をした。
そして、Bの仕事をその後申し込んだ。
2019年11月5日火曜日
2019/11/04 志賀高原の紅葉
今日という日の記録。
頭の中が飛んだ。
もしかすると、もっと厳しい状況を専門家の口から伝えられる時よりも昨日の夜のたった一瞬の風景や、今日1日の紅葉を見に行く小旅行の方が私にはインパクトがあるかもしれない。
すべては私の過度な妄想と思い込みでこんな風になっていると思いたい。
本当にそう思いたいけれど、父の体はけっこうな勢いで弱っている。
一過性のものと信じたいし、治療するなり薬を飲んだら良くなるものだと思いたい。
だけど、今日、父と母と私とで長野に紅葉を見に行った時、「来年はあるのかな…」と何度も思ったし、なんなら桜はどうなのか、もっと言うと正月はどうなのかまで、何とも言えない感じがひしひしと伝わってきた。
こんなのたまたまだと思いたいけれど、来週家族全員が揃う。
36歳になろうとしている妹が地元の友達の結婚式に呼ばれていて、姪っ子、父にしたら孫を連れて帰ってくる。
それに合わせて、真ん中の妹も仕事の休みを取って帰ってくる。
妹たちにはまだ何も言っていない。
妹たちも多分見たらわかると思う。
何で来週にそんな家族みんなの予定が合わさってしまうんだろう…。
夏の終わりには私を家から出す計画が両親から伝えられて、その時には妹たちが帰ってくるのは決まっていたから、ずっとどこかで「その時私はどこにいるんだろう」と思っていた。
何だかんだズルズルと家にいたわけだけど、毎日顔を合わせていると気付かない。
なんとなくは気付いていたけれど、まさかそんなにも異常な状態になっているなんて、わかっていなかった。
今日ほぼ1日、すぐ隣りで父と過ごしてみて、同じ空間ではなく、本当にすぐ隣りで10数時間過ごしてみて、これかなりヤバいんじゃないかと思った。
同じ屋根の下、家に互いにいても、それぞれが別々の行動をしていたり、別々の部屋にいるから、きっちりと24時間体制での健康チェックなんかしたことなかった。
だから、いつぶりなのかもわからない、少なくとも春先に桜…と思ったけれど、今記憶が蘇った、父と2人で見に行ったけれど見頃が終わっていて、ダメだったねとか何とか話した。
その時はまだそんな風じゃなかった。
その後は、毎回3歳の姪っ子付きだから、姪っ子の様子は気に留めていたけれど、父の様子など気にもならず、そして姪っ子いる時は父は普段より気持ちが上向いて元気だから、それもまたよくわからなかった。
そして10月の私は、とにかく父と母とこの何も私の中で決まらない私の今後の話などしたくなく、ごはんを一緒に食べる時間帯をずらしたのも週に2回はあったし、食べた後は私は速攻部屋に逃げ込んでいたから、父の様子を観察することもなかった。
本当におかしいと感じ始めたのは、多分この1週間から2週間だと思う。
元々偏食の父が気に入らないものを食べないのは、今に始まったことじゃなく、何十年とそうだった。
だけど、全体的に食べなくなり、好きなものも残したり最初から少なめにしてくれと言ったりと、毎度毎度面倒くさいことを言うなぁと私なんかは片付けていた。
でも今日1日一緒にいて、いよいよ変だということを目の当たりにした。
相変わらず好きなものは食べるし、タバコも吸うし、酒も飲む。
だけど、トイレの回数が異常だとわかって、そして他にもそういえば…と普段の咳とか体の痛みとか、色々サインは出ていたことに気付いた。
だから、これが私の勘違いであって欲しいし、大袈裟に捉えすぎなんだと思いたいけれど、もう私の中で一番大きなところが崩れた。
これであと10年20年と生きてくれたら本当に奇跡で、下手をすると思っているよりうんと早く終わりの時はくるかもしれない…、そんなことが何度も頭をよぎった。
人が死ぬ、それも自分の人生にずっといる人の死が近いかもしれない、という感覚はこの世の中で一番怖いことかもしれない。
本当におかしな言い方だけど、私は自分が明日死ぬことになっても、もしくは余命1ヶ月ですと宣告されても、怖くないと言い切れるんじゃないかと思うくらいに怖くないことに気付いた。
普段はそんなことが良いなんて考えたこともないけれど、本当に今の私には何も守るものがないし、やり遂げる必要のあることもない。
なんなら約束はただ1つ、6日に友達とランチに出かけることのみ。
それ以外、この現代の超多忙社会の日本ではありえないぐらいに、私は用事がない。
守る我が子とか、愛する夫とか、はたまた命を懸けてやる仕事とか、そういう「生きる」こと前提のものが何一つなく、だから明日死ぬとなっても後悔がない。
思い残すこともない。
死んだ後の諸々の手続きを思うと、周りに最後まで迷惑かけるなぁぐらいなもので、そして余命1ヶ月と言われても私はそうしたら今の生活を1ヶ月続けて終わりを迎えるような気がする。
コツコツと手紙は書くかもしれない。
あと、死後に残ると困るものは処分するかもしれない。
だけど、それだけのような気がする。
そんなアホなことも考えながら、私は自分が死ぬことに対してはそもそもの生きることに対しての執着がないから、世の中の1日も長く生きたい人たちやその家族全員を敵に回すようだけど、本当にそんな風になっている。
だけど、これが自分以外の誰かが死ぬとなると話は全く別で、私は昨日の夜にトレーナー越しに見えた父の痩せ細った肩周りを見て以降、まともな思考回路にない。
さっきまでそんなことをネットサーフィンするフリして考えていたら、それだけで2時間以上が過ぎて驚いた。
思考はひたすら変なところにどんどんいく。
家を出てスキー場の住み込みの仕事の申し込みも保留にした。
明日の朝、母に聞こうと思っている。
今どこか遠くに行くことが果たして本当にいいのか、わからないと思った。
近くで自宅から通えるところに派遣でもバイトでも行くわと思った。
これで本当に何もなくはなくても少しの治療で何とかなるのなら、その時に動けばいい。
これまで疎ましいと思っていた父の考えや行動やはたまた仕草が疎ましいものではなくなった。
それは見事な変貌ぶりだった。
目の前で人が生きているって、こんなにすごいことなんだと骨の髄まで染みてわかるようになって、細かいことが考えられなくなった。
息の音がする、生きている気配があることの壮大さと同時に、これがいつか消えて無くなると思ったら本当に気が変になりそうだった。
海老蔵が麻央ちゃんが亡くなった直後に会見を開いたけれど、あんなのどうやってできたんだろう…と思った。
2日前の夜に父から、私が名古屋から新潟に帰りたいと電話してきた時「お金だな、とピンときた」と言ってきた。
私はその通りだから反論はしなかったけれど、心の中ではどうしてそうまでなった私のことをそんな風に悪い方からしか捉えないんだろう?と思った。
私からすれば、そうまでなったというのは、いきなりお金が底つくわけではないし、そうなるまでの色んなプロセスや心の葛藤、どうにもできない無力の自分、最低最悪なところまで落ちるから(お金だけじゃなく心もボキボキボキっと何重にも折れる)、それを全く加味されずにそう言われてしまうのが本当にやるせなかった。
だけど、父の死が突然近いのかもしれないと思ってから、それはガラリと変わった。
父はお金云々の話をしているのじゃない。
父はただただ私を心配しているだけだった。
そして、そんな風に私を心配するのは、この世で父と母だけだとわかった。
死んだら、見えないところでは見守ってもらえるかもしれないけれど、もうこんな風にヤキモキしながら心配してもらえなくなるんだな…と思ったら、心の一番根っこのところがいきなり空っぽになりそうなくらい衝撃があった。
何度も何度もこれは私の過大な妄想でありますように、と祈っている。
私が帰りたいと言ったそのすぐ後、実は父からまた再度電話がかかってきた。
私はワンワン泣いてて電話に出なかった。
「🍻お父さん🍻」という画面の表示がずっとずっと途切れずに出ていた。
出なきゃと思っても出れなかった。
切れた後、90秒以上鳴らし続けてくれていたことがわかった。
そういうものがいつかは無くなるんだ…とこれまでの私はただの一度も想像したことがなかった。
たった一瞬目にした父の小さくなった肩が、私に一気に色んなことを見せ始めている。
初めてそこは冷静に思えたことだけれど、私は結婚相手も子どももいなければ、きちんとキャリアも積んでいない、莫大な教育ローンを組んでアメリカまで出したのに、何も実らない、挙げ句の果て実家に戻り引きこもりのようになる、そんな娘を父が本当のところどう思っているのかはわからない。
だけど、本当に何一つ父に安心材料みたいなのを見せてこなかった自分というのがわかった。
だからと言って私が改心するようなことには全くなっていないけれど、父も私を見て何も安心できないのは無理もないなと思った。
きちんと世の中的に身を立てることだけが親孝行ではないけれど、親からすると自分の手塩にかけて育てたものが少しでも良いものである方が、自分の安心感や自分を肯定したり努力が報われたと思うことなのかもしれない。
そうしたものを何一つ示してこなかった私は、後悔とは違う、自分を責めるのとも違う、だけどどこか親に対しての申し訳なさはある。
申し訳ないと感じるのなら、それを行動に示せばいいのに、私はまだあいも変わらずウダウダ、グルグルと自分の中で堂々巡りが繰り広げられている。
特に強烈だったこの10年、終わってみて何も後悔やそれに似た気持ちはないけれど、むしろ最近じゃその渦中本当に頑張ったなぁなんて思ったりすることも出てきたぐらいだけど、唯一両親が好むようなものを何一つ見せられなかったのは心残りなところがある。
両親が好みそうなことを選ぶのも、それもありかもしれない、父がこんな風に見えてからそのように思う部分が出てきた。
自分でも出てくるままに書いているから、話は飛んでいるだろうし、何を思って何を書いているのかもさっぱりわからないけれど、どうしても残したい、そう思って書いた。
明日には明日の風が吹きそうだから、そして小さな何かは時間の経過と共に忘れる。
もう後戻りはできないから、せめて残せるものは残したいと思った。
今日長野の志賀高原で、晴天なのに午後2時台の気温は2度というおかしな場所で、私は景色の写真も少し撮ったけれど、少し離れたところから父の後ろ姿を撮った。
その場で泣きそうになりながら撮った。
お願いだから、来年も紅葉を見させてください、とお願いすることすら怖くてお願いできなかった。
願掛けLOVEな私がお願いすることが怖いなんて、本当に終わってた。
怖いのとも違うかもしれない。
とにかく受け止めきれない。
父が何を望むかは知らないけれど、もし余命宣告を受けるような事態であるなら、私は父がしたいようにして欲しいと思った。
タバコが吸えないとかお酒が飲めないとか偏食父が好むものが食べれないとか、そんなのは制限したくない。
色んなものを犠牲にして生きてきた人だから、専門家が考える体に良いものではなく、本人が欲するものを最後まで選べる人生だといいなぁとそんなことまで私は考えた。
遺影は姪っ子と撮った写真の父の顔の部分だけがいいなとか、そんなことまで私は思った。
だから、ここに書いたこと全部全部笑い話になったらいい。
私の思い込みが行き過ぎた話で、全て妄想で、検査受けたら大したことなくて…。
しばらく気持ちの整理をするために、このブログはその整理のために使おうと思っている。
途中のものもあるから、そういうのは気が向いたらアップ。
またこうしたことを突然話し出すかもしれない。
関係ないけれど、2つ3つ前に書いた「蠍座新月のつれづれ記」が、同じ人から読まれているのかそれとも何人かの人なのかどうかは知らないけれど、空前の大ヒットのようでやたらと読まれている。
過去の自分が書いた文章が誰かの目に止まる、という話をつい最近、ゲイの友達のノムから聞いた。
ノムは自分のインスタのストーリー(←24時間限定で表示される機能の模様)に7、8年前の自分が書いたものをアップしているらしい。
自分問答とノムが言うそれは100人近くから読まれていて、その反応具合に驚いたと言っていた。
私はそんな100人とかいう数字では全くないけれど、私の過去の日記の一部も同じような感じなのかもしれない。
であれば、ここに書いたこともいつかは過去になるわけで、これは人に読んでほしくて書いてるのとは違うけれど、自分が自分のことを整理するのに、もしくは吐き出すのに、この場所ほど今回適した場所はない。
読んだところで何にもならないだろうと思うけれど、私は吐き出さずにはいられない。
いよいよ何を言いたいのかわからなくなってきたから、ここでおしまいにしよう。
明日の朝、またいつもと変わらない朝を迎えると思う。
その朝は、もう永遠ではなく、カウントダウン付きの朝だということ、それを数時間後の私は確実に胸に刻む。
父に何もできなかった私は、そしてこの後劇的にV字回復するとも思えない私は、せめて自分を隠さずに葛藤しまくろうと思う。
誰かとのサヨナラが近づくことの恐ろしさと、それはいくら自分の感情だと言われてもそれこそが今の私だから、今ある気持ちにとことん付き合おうと思う。
それをすることで、父との時間が少し景色が変わる。
父の前で泣けないから、せめてここではボロボロ泣きながら書いたってそれは許される。
本当の一期一会がスタートした。
いつかはわからないけれど、いつかの終わりに確実に向かい始めている。
だから、上手く向き合えない自分であってもそこを向くことでしか、もしくは向き合えない現実から逃げ惑うしかないという気持ちを自分の中でOKにするしかないように見えて仕方ない。
やり直しが効かないのが人生だから、もうこのまま読み返さずにアップする。
2019年11月4日月曜日
体のあるうちに
また勝手な話を始めたいと思う。
このブログはまるで私の「王さまはロバの耳」の話の主人公状態だと思う。
王さまの耳がロバの耳と知った床屋さんがそれを誰にも言えなくて、言えないことが苦しくなって、地面に穴を掘って、そこに「王さまの耳はロバの耳」と気が済むまで吐き出す。
その行為と私のこの書く行為は何ら変わらない気がする。
さてこの2時間ほどで長い付き合いになる友達2人と話した。
最初に話した人が佐藤さん、次に話したのが鈴木さんとしよう。
私が佐藤さんと話をして、佐藤さんの話の件が、たしかに私も過去に関与したけれど、それはあくまでも個人の関わりで、私は部外者すぎて内情を何も知らなかった。
佐藤さんが本当に連絡したいのはAさんで、でもAさんとはバチバチしていて連絡を取れないようだった。
そのAさんから話を聞き最後は解決する事柄もそこにあるけれど、何せ話ができない。
それで2人共を知っていて当時のことにも関わった私に佐藤さんから連絡がきた。
たださっきも言った通り、私は表の部分しか知らないから、裏側は全く知らない。
内情であれば、鈴木さんが詳しいと思うよと佐藤さんには言って、鈴木さんに連絡してみたら、と振った。
電話切った後、鈴木さんにLINEを入れた。
かくかくしかじかでAさんの件で佐藤さんから電話がいくと思う、電話を振ったのは私だからとそれだけ言っておいた。
何かあれば文句言ってくるだろうと踏んで、それで鈴木さんに連絡をあらかじめ入れておいた。
それから5分もすると、鈴木さんから電話が来た。
やっぱりその件だった。
と思いきや、鈴木さんの話の矛先は全然違った。
佐藤さんと鈴木さんの話の中で、鈴木さんからAさんに電話をすることになったのだそう。
そこまではいいとして、実はAさんとは最後ぶっしーとも会った2年以上前から丸っと連絡してないと告白を受けた。
私は全く記憶にないのだけど、私も確実にその場に超至近距離でいたところに、鈴木さんはAさんに暴言を吐いたとのこと。
わかりやすく「暴言」と書いたけれど、実際にAさんがそれをどう思ったかはわからないし、それを今もどう思っているのか、それが原因となって連絡しないとかももちろんわからない。
私はてっきり鈴木さんとAさんは今も仲良く会っているのかと思っていたから、今日この話を聞くまでそのやりとりも会ってないことも知らなかった。
そして、その暴言の瞬間、私もたしかに確実にいたけれど、そのことは何にも覚えていなかった。
だから鈴木さんの懸念事項は、そのAさんへの暴言を今さらのように話を出して謝った方がいいかどうかを聞くために、それで私に電話してきた。
Aさんは間違いなく大人な対応をするだろうし、それについて何か言うとかもないと思うけれども、本人も意外と気にしいだから言ってもいいかもね、ごめんねって謝られたら逆にこれまでずっと気にしていたことの方に驚くだろうし、そこに誠実さを感じる話でもあるから、反応は読めないにしても悪い感じにはならないと思うとは言った。
鈴木さんはその一言を本当に後悔していたことと、それをずっと2年以上抱えてここまで来たことがわかった。
ちなみにその後鈴木さんからもう一度電話がきて、Aさんは全く気にもしていなければ、何の話だった?とまで言ってきたらしい。
そして大元の佐藤さんとAさんの間のこともすんなりと話がついて、早速Aさんが佐藤さんの希望に対して対応することがわかった。
前置きが長くなったけれど、鈴木さんの話を聞いた時に思い浮かんだこと。
鈴木さんはちなみに男友達で私より何歳か年上。
Aさんは女性。
鈴木さんは、自分の一言をずっとずっと気にしていた。
そこが鈴木さんらしいなぁなんて思ったけれど、私も確実にその場にいたのに(意識がどこか遠くに飛んでいたとしか思えない( ̄∀ ̄;))、同じ瞬間を私は何も感じず、鈴木さんはそれをずっと気にし続けた。
Aさんとも私はたくさん話すし深い話もするけれど、そのことはAさんも何も言わず、私は今日のこの瞬間までそんなことは知らずにいた。
でも多分気にしているだろうなぁと思った。
それはそうと、今回鈴木さんが何せベラベラと当時の状況を教えてくれたから、私はそれを今度は自分に置き換えて途中からは聞いた。
ちなみに鈴木さんは、言った瞬間「超ヤベェ」と思ったらしい。
やらかした感満載で、怒らせたかもだし、でもそれよりも傷付けたかもしれないと、そっちの方が気になったと言っていた。
鈴木さんの話を聞けば聞くほど、私は自分の場合は相手の目にどんな風に映っていたんだろう…と思った。
状況は全く違うし、関係性も違うし、やりとりの内容も違う。
でもそういうことじゃなくて、鈴木さんが当時の心情を言葉にしたものと、それを聞いて知るその人その人にしか見えない景色のことを思った。
鈴木さんは、「やばい」と思った時、とっさにフォローができなかった。
すごいやばい気がする!となっても言葉を口から出せず、その時はそのままになったと言う。
そして、それが2年前の春、今からすると2年半前ぐらいの話になる。
その日を最後に鈴木さんとAさんは全く連絡を取ることもなく、そのまま取りにくくなってしまったようだった。
しかも鈴木さんは、大元の佐藤さんの厄介な頼み事よりもAさんと2年半ぶりに、しかも最後はひどい感じの終わり方をした時以来の連絡で、そちらばかりをひたすら気にしていた。
当たり前だけど、何かが2人の人間の間に起こった時、自分が何を感じて何を思っているかはわかるけれど、相手が何を感じて何を思っているかはわからない。
ましてや無言とかになると、もっとわからない。
鈴木さんもAさんと連絡が途絶えた間、Aさんのことは何も知らなくて、だからこそ今回佐藤さんからの頼みと言えども連絡を取ることになって、Aさんはどう思っているのかをひたすら気にしていた。
無言というのはそれだけの脅かす力がある。
ただただわからない。
だけど、鈴木さんの話を聞くと、Aさんからしてみても鈴木さんは無言に見えただろうから、気まずさを感じたのかもしれない。
もしくは鈴木さんが本当に怒った、自分が怒らせてしまったと思ったかもしれない。
いずれにしても相手の思っていることや感じていることはわからない。
今書いてて思ったけれど、鈴木さんはまず電話などしてこない。
普段ならLINEして、しかも今回は単なる報告だけだったから、せいぜい既読スルーだろうと思った。
それかいいとこ、了解の一言で終わりか。
なのに、送って数分もしないうちに電話がかかってきた。
鈴木さんが電話してくるぐらいに超超超気になっていて、そして吐き出さずにはいられなかったぐらいの重大さを物語っている。
時間の重さと想いの大きさを感じた。
そして、自分が言ってしまって取り返しがつかないぐらいの気持ちになったことも、それはAさんを深く傷つけただろうこともとても気にしていた。
鈴木さんの話を聞けば聞くほど、私の場合、正しくは私が対峙した相手の場合はどうだったのかと何度も何度も頭の中を駆け巡った。
何を感じて何を思ったのかは知らない。
今も何にも知らない。
それは知らないけれど、どうしても自分の中で解せないことがある。
絶対にその人の中で消化しきれない何かはある。
鈴木さんが「超ヤベェ!やらかした!」と思ったように、その人も何かしら感じたのは間違いない。
この間から書こうかどうしようかとずっと迷っていたから、ちょうどいいタイミングだから書こうと思う。
鈴木さんの話に私が食いついたのは、男性目線での何かやらかした時の話だったから。
「言葉にもしていないしぐさやエネルギーみたいなもの」
占星術講座クラスメイトのノムがいつか私に伝えてくれた言葉のひとつだった。
鈴木さんが感じていたことは、そういうことだったと思う。
最初に暴言があったにしても、その後鈴木さんが感じたものは、言葉ではない仕草やエネルギー、空気だったと思うし、そこに異変を感じたからこそ私にどうしようと連絡してきたかと思う。
そこが2年半近くも無言の状態が保たれるなんてことがなければ、鈴木さんは私に連絡なんかしなかったと思うし、普通にAさんに電話したかと思う。
相手の目には私の姿や私のブログ、沈黙が続いていることはどんな風に映っているんだろう…。
理由なんて知らないけれど、とにかく超がつくぐらい消化不良を相手の人は起こしているように私には見える。
鈴木さんの悶々とした2年半の話は、まるでその人の悶々とした話なのかと思った。
ずっと声にならない、表立って表現されないその人の姿を私はひたすら見続けている。
私のブログファンだと思えばいいのか、それも絶対に違うと思う。
とにかく何かを気にしている。
正直な気持ち、こんなわけのわからない状況をずっと続けるのはしんどいなぁと感じている。
ネットサーフィンをしていたら、ふと気になる記事を見つけて読んだ。
この話に登場している人物が当時乗っていた車に関しての記事だった。
私は基本的に車に全く興味がないから、自ら探して読むなんてことはしない。
私は最初、人工授精で生まれてきた人の葛藤や50代を迎えた時のやる気度だとか、そんな記事をパラパラと読んでいた(ドキュメンタリー的な記事やインタビュー記事を読むのはけっこう好き)。
車の記事はたまたまその広告欄的なところに出てきて、それで気になって見てみた。
欲しい情報が出てきた。
前々から、一体世の中にどれくらいその車が出荷されたのか、それを知りたかった。
それのヒントとなる数字が出ていて、その後私はなんとメーカーホームページと思われるページに検索してたどり着いた。←相変わらず、気になることの調べ物は速い( ̄∀ ̄;)
当時の時点で約8万台越え。
(ちなみに同じ頃、トヨタのプリウスは日本国内の累計販売台数が約180万台。私の調べ方が間違っていなければ)
世の中にその程度しか出回っていない車。
だからそもそもレア車種で、そのレア車種の車に出くわす確率は低く、その低い確率の中で私は大事なタイミングの時にはものすごい高確率でその車を目にする。
大事なタイミングの時に出くわすのは、台数の母数からして結構な確率の低さなわけで、そんな中出会えていたかと思うと、私は私できちんと当たりというか、「これで大丈夫だよ」サインをもらえていたんだなぁと思った。
こんなことを書きたいのじゃなかった。
言葉にしなくても、ずっと気になることがあればそれは現在進行形で続いてしまうことがある。
鈴木さんが2年半近く音信不通になっていた間も、Aさんとの最後のやりとりは忘れられなかったように。
私が体験した現場も、私には修羅場のようだった。
嫌いなのか、近寄るなオーラというのか、とにかく歓迎なんか全くされていなかった。
自分が想像していた以上に私は嫌われているようだった。
あれで私が好きなら、私はもう一度、人間について1から勉強し直した方がいい、それくらいの威力に満ち溢れていた。
(2019/11/03 22:21)
2019/11/04 夜中の3時過ぎ
目が覚めてしまって、続きを書こうとしている。
こんな書き方は好きじゃないし、こんなことを書きたいのかも定かではないけれど、こういう気持ちで書けるかどうかはわからないから、そしてわざわざ上のものとこことで時間が空いていることを強調しているのも理由がある。
夜のことだった。
本当にいつもの食卓のはずだった。
食卓はいつもと同じではあったけれど、ふと父を見て、本当に想像していた以上に痩せたことに気付いた。
本人も痩せたと言っているし、食が細くなったことはこの1年くらいずっと知ってはいた。
そしてこの1ヶ月か2週間くらいなのか、その辺りは定かではないけれど、さらに食が細くなった。
普段から見ているはずなのに、冬が近づいて衣替えして父がトレーナーを着たことで、その痩せ方が普通ではないことに気付いた。
人生で初めて父の死、近親者の死を間近に感じた。
ちょっとした病気ぐらいで済むかもしれない。
でもそれはわからない。
自分のことはさておき、自分以外の誰かの死は怖い。
病気とかそういうことの心配ではなく、今ある体がいつか消えて無くなって、もう体と体を持って互いに会えなくなるのが怖い。
私はこの年になるまで、本当に近しい人の死というものを体験したことがなく、なんならすごい恵まれているぐらいに周りも元気でいる。
葬式自体も3回のみで、すべて母方で、そちらの曽祖母(小学校2年生)、祖母(28歳)、伯父(38歳)と、そんな風にしか体験がない。
半分まどろんでいるし、いつも以上におかしいことを書くけれど、でも率直な気持ちだからそのまま書きたい。
体と体を持ってお互いにコミュニケーションが取れる、それは会うことも電話することもメールや手紙をやりとりすることも、その形はどれであっても、永遠にできることではないんだと初めて思った。
上の3日に書いた時やそれ以前だってそのことは頭の片隅にあったけれど、どこか絵空事みたいで、全然それに対して本当にいつかは不可能な日がやってくるなんて感覚を伴って思ってはいなかった。
多分これを書いている私の感じ方と、これを読む側の人の感じ方とは、全然温度差があるだろうし、どんな風に感じるかはわからない。
私は「死」という言葉が頭をかすめてしまって、それはもうどうしようもなく自分の中に今後覚悟みたいなものが生まれてくるのではないかと思うけれども、それと同じ感覚で物事を見て欲しいなんて思ってはいない。
ただ、いつかは必ず来てしまう終わりを前に言いたいことがある。
私の読みが間違えていなければ、多分後悔とか後悔に似た気持ち、又はここに出てくる鈴木さんみたいに2年半も前のある瞬間のことが頭から離れずにどうしたものかと思う気持ち、それらのどれかに近い気持ちがあるのだろうと思っている。
私は自分の数々の至らなさや社会不適応具合やその他にも言い出したらキリがないものを前に、とてもじゃないけれど、どうか私をパートナーとして選んでくださいなんて言えない。
これだけは本当に冗談抜きで、この世で人類がその人と私しかいなくなるという究極の状況にでもならなければ、私が選ばれることはないと本気で思っている。
そうなっても選びたくないかもしれない。
それはずっと2年前も今も変わらずに、ブレずに思っている。
私が言うことではないけれど、その人には本当にもっともっと相応しい人がこの世のどこかにいるだろうと思う。
何もこんな不具合だらけの人を選ぶことをしなくても、私といることの最大のメリットは人間としての器を広げなければ私をそもそも受け入れるなんてのは難しいだろうから、人間的な修行ができること、それだけだと思う。
自虐みたいだけど、本当のことだから、人間的な修行にはもってこいの対象だと思う。
っていうか、そういうことではないんだと思う。
最近思うのは、その人と私とが出会ったのは間違いなく何か意味があったと思うし、魂レベルで見た時には相当強固な繋がりだろうことは感じている。
だけど、それはイコール男女のパートナーシップや結婚とかいうことではなく、もっと別の理由で出会ったのかもしれない。
性差があるからややこしいし、私が当時ごはんに誘ってみたり手紙を渡したりということをしたから身構えて当然かもしれないけれど、実はそういうことの仲ではないのかもしれないと思うようになった。
そのことはともかく、その人にはその人にしかわからない何かがあるのだろうし、本当は伝えたい何かがあったのかもしれない。
話を聞くことは私の得意分野で、そういう理由から私が現れているのかもしれない。
性愛ではなく、友愛、魂愛みたいな、そういう関係で、私は話を聞いて終わり、そしてその後その人は本当に縁ある人と出会っていくのかもしれないし、はたまたもっと自分の本当の生き方に向かっていくのかもしれない。
今が違う生き方をしていると言っているのではなく、どうも私は人の人生の分岐点に居合わせる率が高いから、そういう意味で登場しているのかもしれないなぁと思う。
私がこんなことをブログに書くたびに具合が悪くなってんじゃないかと毎度思うけれど、私は本当に必要な何かがあるのなら、それは喜んでやりたいと思っている。
星読みして欲しいと言われたら星読みをするし、自分の強みをもっと教えて欲しいと言われたらそれを伝えるし、とにもかくにも何かしら私にできることがあるのなら私はやる。
ただただ「あの時は無視してごめんなさい」の一言を言いたいだけだとなれば、そもそも私は怒ってもなければ私の方に非があると思っているから、それを黙って聞くとかね。
何にしても、連絡をもらわないことには何もできない。
それは体があるうちにだけ与えられた機会だから、それだけは体があるうちに…ね?と思っている。
おまえ何様だよ?という発言だけど、今回だけは死を間近に感じて、本当の本当に私はビビってしまった。
いつか必ず来る終わりが、せめて終わりが来る前に、本当に望んでいることがあるなら、それをして欲しい。
それをして欲しいなんて言うことさえもスーパーおこがましいと思っているけれど、突然のこんなことで、私も頭殴られたぐらいの衝撃で、そうした今だからこそまどろっこしいことを言わずに、ストレートに「後悔してるかそれに似た何かあるよね?」と問いかけている。
今はメールというこの世には素晴らしい文明システムが存在しているから、私に直接会ったり電話しなくても、メールで一言何か伝えるとかもできる。
この場ではベラベラと書いているけれど、守秘義務は超徹底しているから、何かあってもそんなことは絶対に書かない。
墓場まで私の中にだけとどめるつもりでいる。
2年以上、もう十分苦しんだでしょ!?と思っている。
吐き出しちゃいなよ!みたいなことまで思っている。
個人的にはすごい変な感覚だったかどうかを聞きたいところだけど(←魂の関係の研究)、そんなこと突っ込まないから、どうか生きているうちに、互いにきちんと肉体を持って生きているうちに、何かしらのアクションが為されるといいなと思っている。
取り返しのつかないことになって欲しくないから。
私にとって大事な人には変わりないから、傷付けたり不快な何かを与えたりするつもりはない。
こんなこと書いても何もないならないで、それは仕方ないと思っている。
ブログはこの通りオープンにしてあるから、また好きなように見てもらえたらいい。
ただ、もし、何か言いたいとか聞きたいとかがあれば、超勇気を振り絞って連絡してきて欲しいと思う。
このままアップしよう。
読み返さずにアップしよう。
(後から恥ずかしくなったらこれは引っ込めるかもしれない…)
このブログはまるで私の「王さまはロバの耳」の話の主人公状態だと思う。
王さまの耳がロバの耳と知った床屋さんがそれを誰にも言えなくて、言えないことが苦しくなって、地面に穴を掘って、そこに「王さまの耳はロバの耳」と気が済むまで吐き出す。
その行為と私のこの書く行為は何ら変わらない気がする。
さてこの2時間ほどで長い付き合いになる友達2人と話した。
最初に話した人が佐藤さん、次に話したのが鈴木さんとしよう。
私が佐藤さんと話をして、佐藤さんの話の件が、たしかに私も過去に関与したけれど、それはあくまでも個人の関わりで、私は部外者すぎて内情を何も知らなかった。
佐藤さんが本当に連絡したいのはAさんで、でもAさんとはバチバチしていて連絡を取れないようだった。
そのAさんから話を聞き最後は解決する事柄もそこにあるけれど、何せ話ができない。
それで2人共を知っていて当時のことにも関わった私に佐藤さんから連絡がきた。
たださっきも言った通り、私は表の部分しか知らないから、裏側は全く知らない。
内情であれば、鈴木さんが詳しいと思うよと佐藤さんには言って、鈴木さんに連絡してみたら、と振った。
電話切った後、鈴木さんにLINEを入れた。
かくかくしかじかでAさんの件で佐藤さんから電話がいくと思う、電話を振ったのは私だからとそれだけ言っておいた。
何かあれば文句言ってくるだろうと踏んで、それで鈴木さんに連絡をあらかじめ入れておいた。
それから5分もすると、鈴木さんから電話が来た。
やっぱりその件だった。
と思いきや、鈴木さんの話の矛先は全然違った。
佐藤さんと鈴木さんの話の中で、鈴木さんからAさんに電話をすることになったのだそう。
そこまではいいとして、実はAさんとは最後ぶっしーとも会った2年以上前から丸っと連絡してないと告白を受けた。
私は全く記憶にないのだけど、私も確実にその場に超至近距離でいたところに、鈴木さんはAさんに暴言を吐いたとのこと。
わかりやすく「暴言」と書いたけれど、実際にAさんがそれをどう思ったかはわからないし、それを今もどう思っているのか、それが原因となって連絡しないとかももちろんわからない。
私はてっきり鈴木さんとAさんは今も仲良く会っているのかと思っていたから、今日この話を聞くまでそのやりとりも会ってないことも知らなかった。
そして、その暴言の瞬間、私もたしかに確実にいたけれど、そのことは何にも覚えていなかった。
だから鈴木さんの懸念事項は、そのAさんへの暴言を今さらのように話を出して謝った方がいいかどうかを聞くために、それで私に電話してきた。
Aさんは間違いなく大人な対応をするだろうし、それについて何か言うとかもないと思うけれども、本人も意外と気にしいだから言ってもいいかもね、ごめんねって謝られたら逆にこれまでずっと気にしていたことの方に驚くだろうし、そこに誠実さを感じる話でもあるから、反応は読めないにしても悪い感じにはならないと思うとは言った。
鈴木さんはその一言を本当に後悔していたことと、それをずっと2年以上抱えてここまで来たことがわかった。
ちなみにその後鈴木さんからもう一度電話がきて、Aさんは全く気にもしていなければ、何の話だった?とまで言ってきたらしい。
そして大元の佐藤さんとAさんの間のこともすんなりと話がついて、早速Aさんが佐藤さんの希望に対して対応することがわかった。
前置きが長くなったけれど、鈴木さんの話を聞いた時に思い浮かんだこと。
鈴木さんはちなみに男友達で私より何歳か年上。
Aさんは女性。
鈴木さんは、自分の一言をずっとずっと気にしていた。
そこが鈴木さんらしいなぁなんて思ったけれど、私も確実にその場にいたのに(意識がどこか遠くに飛んでいたとしか思えない( ̄∀ ̄;))、同じ瞬間を私は何も感じず、鈴木さんはそれをずっと気にし続けた。
Aさんとも私はたくさん話すし深い話もするけれど、そのことはAさんも何も言わず、私は今日のこの瞬間までそんなことは知らずにいた。
でも多分気にしているだろうなぁと思った。
それはそうと、今回鈴木さんが何せベラベラと当時の状況を教えてくれたから、私はそれを今度は自分に置き換えて途中からは聞いた。
ちなみに鈴木さんは、言った瞬間「超ヤベェ」と思ったらしい。
やらかした感満載で、怒らせたかもだし、でもそれよりも傷付けたかもしれないと、そっちの方が気になったと言っていた。
鈴木さんの話を聞けば聞くほど、私は自分の場合は相手の目にどんな風に映っていたんだろう…と思った。
状況は全く違うし、関係性も違うし、やりとりの内容も違う。
でもそういうことじゃなくて、鈴木さんが当時の心情を言葉にしたものと、それを聞いて知るその人その人にしか見えない景色のことを思った。
鈴木さんは、「やばい」と思った時、とっさにフォローができなかった。
すごいやばい気がする!となっても言葉を口から出せず、その時はそのままになったと言う。
そして、それが2年前の春、今からすると2年半前ぐらいの話になる。
その日を最後に鈴木さんとAさんは全く連絡を取ることもなく、そのまま取りにくくなってしまったようだった。
しかも鈴木さんは、大元の佐藤さんの厄介な頼み事よりもAさんと2年半ぶりに、しかも最後はひどい感じの終わり方をした時以来の連絡で、そちらばかりをひたすら気にしていた。
当たり前だけど、何かが2人の人間の間に起こった時、自分が何を感じて何を思っているかはわかるけれど、相手が何を感じて何を思っているかはわからない。
ましてや無言とかになると、もっとわからない。
鈴木さんもAさんと連絡が途絶えた間、Aさんのことは何も知らなくて、だからこそ今回佐藤さんからの頼みと言えども連絡を取ることになって、Aさんはどう思っているのかをひたすら気にしていた。
無言というのはそれだけの脅かす力がある。
ただただわからない。
だけど、鈴木さんの話を聞くと、Aさんからしてみても鈴木さんは無言に見えただろうから、気まずさを感じたのかもしれない。
もしくは鈴木さんが本当に怒った、自分が怒らせてしまったと思ったかもしれない。
いずれにしても相手の思っていることや感じていることはわからない。
今書いてて思ったけれど、鈴木さんはまず電話などしてこない。
普段ならLINEして、しかも今回は単なる報告だけだったから、せいぜい既読スルーだろうと思った。
それかいいとこ、了解の一言で終わりか。
なのに、送って数分もしないうちに電話がかかってきた。
鈴木さんが電話してくるぐらいに超超超気になっていて、そして吐き出さずにはいられなかったぐらいの重大さを物語っている。
時間の重さと想いの大きさを感じた。
そして、自分が言ってしまって取り返しがつかないぐらいの気持ちになったことも、それはAさんを深く傷つけただろうこともとても気にしていた。
鈴木さんの話を聞けば聞くほど、私の場合、正しくは私が対峙した相手の場合はどうだったのかと何度も何度も頭の中を駆け巡った。
何を感じて何を思ったのかは知らない。
今も何にも知らない。
それは知らないけれど、どうしても自分の中で解せないことがある。
絶対にその人の中で消化しきれない何かはある。
鈴木さんが「超ヤベェ!やらかした!」と思ったように、その人も何かしら感じたのは間違いない。
この間から書こうかどうしようかとずっと迷っていたから、ちょうどいいタイミングだから書こうと思う。
鈴木さんの話に私が食いついたのは、男性目線での何かやらかした時の話だったから。
「言葉にもしていないしぐさやエネルギーみたいなもの」
占星術講座クラスメイトのノムがいつか私に伝えてくれた言葉のひとつだった。
鈴木さんが感じていたことは、そういうことだったと思う。
最初に暴言があったにしても、その後鈴木さんが感じたものは、言葉ではない仕草やエネルギー、空気だったと思うし、そこに異変を感じたからこそ私にどうしようと連絡してきたかと思う。
そこが2年半近くも無言の状態が保たれるなんてことがなければ、鈴木さんは私に連絡なんかしなかったと思うし、普通にAさんに電話したかと思う。
相手の目には私の姿や私のブログ、沈黙が続いていることはどんな風に映っているんだろう…。
理由なんて知らないけれど、とにかく超がつくぐらい消化不良を相手の人は起こしているように私には見える。
鈴木さんの悶々とした2年半の話は、まるでその人の悶々とした話なのかと思った。
ずっと声にならない、表立って表現されないその人の姿を私はひたすら見続けている。
私のブログファンだと思えばいいのか、それも絶対に違うと思う。
とにかく何かを気にしている。
正直な気持ち、こんなわけのわからない状況をずっと続けるのはしんどいなぁと感じている。
ネットサーフィンをしていたら、ふと気になる記事を見つけて読んだ。
この話に登場している人物が当時乗っていた車に関しての記事だった。
私は基本的に車に全く興味がないから、自ら探して読むなんてことはしない。
私は最初、人工授精で生まれてきた人の葛藤や50代を迎えた時のやる気度だとか、そんな記事をパラパラと読んでいた(ドキュメンタリー的な記事やインタビュー記事を読むのはけっこう好き)。
車の記事はたまたまその広告欄的なところに出てきて、それで気になって見てみた。
欲しい情報が出てきた。
前々から、一体世の中にどれくらいその車が出荷されたのか、それを知りたかった。
それのヒントとなる数字が出ていて、その後私はなんとメーカーホームページと思われるページに検索してたどり着いた。←相変わらず、気になることの調べ物は速い( ̄∀ ̄;)
当時の時点で約8万台越え。
(ちなみに同じ頃、トヨタのプリウスは日本国内の累計販売台数が約180万台。私の調べ方が間違っていなければ)
世の中にその程度しか出回っていない車。
だからそもそもレア車種で、そのレア車種の車に出くわす確率は低く、その低い確率の中で私は大事なタイミングの時にはものすごい高確率でその車を目にする。
大事なタイミングの時に出くわすのは、台数の母数からして結構な確率の低さなわけで、そんな中出会えていたかと思うと、私は私できちんと当たりというか、「これで大丈夫だよ」サインをもらえていたんだなぁと思った。
こんなことを書きたいのじゃなかった。
言葉にしなくても、ずっと気になることがあればそれは現在進行形で続いてしまうことがある。
鈴木さんが2年半近く音信不通になっていた間も、Aさんとの最後のやりとりは忘れられなかったように。
私が体験した現場も、私には修羅場のようだった。
嫌いなのか、近寄るなオーラというのか、とにかく歓迎なんか全くされていなかった。
自分が想像していた以上に私は嫌われているようだった。
あれで私が好きなら、私はもう一度、人間について1から勉強し直した方がいい、それくらいの威力に満ち溢れていた。
(2019/11/03 22:21)
2019/11/04 夜中の3時過ぎ
目が覚めてしまって、続きを書こうとしている。
こんな書き方は好きじゃないし、こんなことを書きたいのかも定かではないけれど、こういう気持ちで書けるかどうかはわからないから、そしてわざわざ上のものとこことで時間が空いていることを強調しているのも理由がある。
夜のことだった。
本当にいつもの食卓のはずだった。
食卓はいつもと同じではあったけれど、ふと父を見て、本当に想像していた以上に痩せたことに気付いた。
本人も痩せたと言っているし、食が細くなったことはこの1年くらいずっと知ってはいた。
そしてこの1ヶ月か2週間くらいなのか、その辺りは定かではないけれど、さらに食が細くなった。
普段から見ているはずなのに、冬が近づいて衣替えして父がトレーナーを着たことで、その痩せ方が普通ではないことに気付いた。
人生で初めて父の死、近親者の死を間近に感じた。
ちょっとした病気ぐらいで済むかもしれない。
でもそれはわからない。
自分のことはさておき、自分以外の誰かの死は怖い。
病気とかそういうことの心配ではなく、今ある体がいつか消えて無くなって、もう体と体を持って互いに会えなくなるのが怖い。
私はこの年になるまで、本当に近しい人の死というものを体験したことがなく、なんならすごい恵まれているぐらいに周りも元気でいる。
葬式自体も3回のみで、すべて母方で、そちらの曽祖母(小学校2年生)、祖母(28歳)、伯父(38歳)と、そんな風にしか体験がない。
半分まどろんでいるし、いつも以上におかしいことを書くけれど、でも率直な気持ちだからそのまま書きたい。
体と体を持ってお互いにコミュニケーションが取れる、それは会うことも電話することもメールや手紙をやりとりすることも、その形はどれであっても、永遠にできることではないんだと初めて思った。
上の3日に書いた時やそれ以前だってそのことは頭の片隅にあったけれど、どこか絵空事みたいで、全然それに対して本当にいつかは不可能な日がやってくるなんて感覚を伴って思ってはいなかった。
多分これを書いている私の感じ方と、これを読む側の人の感じ方とは、全然温度差があるだろうし、どんな風に感じるかはわからない。
私は「死」という言葉が頭をかすめてしまって、それはもうどうしようもなく自分の中に今後覚悟みたいなものが生まれてくるのではないかと思うけれども、それと同じ感覚で物事を見て欲しいなんて思ってはいない。
ただ、いつかは必ず来てしまう終わりを前に言いたいことがある。
私の読みが間違えていなければ、多分後悔とか後悔に似た気持ち、又はここに出てくる鈴木さんみたいに2年半も前のある瞬間のことが頭から離れずにどうしたものかと思う気持ち、それらのどれかに近い気持ちがあるのだろうと思っている。
私は自分の数々の至らなさや社会不適応具合やその他にも言い出したらキリがないものを前に、とてもじゃないけれど、どうか私をパートナーとして選んでくださいなんて言えない。
これだけは本当に冗談抜きで、この世で人類がその人と私しかいなくなるという究極の状況にでもならなければ、私が選ばれることはないと本気で思っている。
そうなっても選びたくないかもしれない。
それはずっと2年前も今も変わらずに、ブレずに思っている。
私が言うことではないけれど、その人には本当にもっともっと相応しい人がこの世のどこかにいるだろうと思う。
何もこんな不具合だらけの人を選ぶことをしなくても、私といることの最大のメリットは人間としての器を広げなければ私をそもそも受け入れるなんてのは難しいだろうから、人間的な修行ができること、それだけだと思う。
自虐みたいだけど、本当のことだから、人間的な修行にはもってこいの対象だと思う。
っていうか、そういうことではないんだと思う。
最近思うのは、その人と私とが出会ったのは間違いなく何か意味があったと思うし、魂レベルで見た時には相当強固な繋がりだろうことは感じている。
だけど、それはイコール男女のパートナーシップや結婚とかいうことではなく、もっと別の理由で出会ったのかもしれない。
性差があるからややこしいし、私が当時ごはんに誘ってみたり手紙を渡したりということをしたから身構えて当然かもしれないけれど、実はそういうことの仲ではないのかもしれないと思うようになった。
そのことはともかく、その人にはその人にしかわからない何かがあるのだろうし、本当は伝えたい何かがあったのかもしれない。
話を聞くことは私の得意分野で、そういう理由から私が現れているのかもしれない。
性愛ではなく、友愛、魂愛みたいな、そういう関係で、私は話を聞いて終わり、そしてその後その人は本当に縁ある人と出会っていくのかもしれないし、はたまたもっと自分の本当の生き方に向かっていくのかもしれない。
今が違う生き方をしていると言っているのではなく、どうも私は人の人生の分岐点に居合わせる率が高いから、そういう意味で登場しているのかもしれないなぁと思う。
私がこんなことをブログに書くたびに具合が悪くなってんじゃないかと毎度思うけれど、私は本当に必要な何かがあるのなら、それは喜んでやりたいと思っている。
星読みして欲しいと言われたら星読みをするし、自分の強みをもっと教えて欲しいと言われたらそれを伝えるし、とにもかくにも何かしら私にできることがあるのなら私はやる。
ただただ「あの時は無視してごめんなさい」の一言を言いたいだけだとなれば、そもそも私は怒ってもなければ私の方に非があると思っているから、それを黙って聞くとかね。
何にしても、連絡をもらわないことには何もできない。
それは体があるうちにだけ与えられた機会だから、それだけは体があるうちに…ね?と思っている。
おまえ何様だよ?という発言だけど、今回だけは死を間近に感じて、本当の本当に私はビビってしまった。
いつか必ず来る終わりが、せめて終わりが来る前に、本当に望んでいることがあるなら、それをして欲しい。
それをして欲しいなんて言うことさえもスーパーおこがましいと思っているけれど、突然のこんなことで、私も頭殴られたぐらいの衝撃で、そうした今だからこそまどろっこしいことを言わずに、ストレートに「後悔してるかそれに似た何かあるよね?」と問いかけている。
今はメールというこの世には素晴らしい文明システムが存在しているから、私に直接会ったり電話しなくても、メールで一言何か伝えるとかもできる。
この場ではベラベラと書いているけれど、守秘義務は超徹底しているから、何かあってもそんなことは絶対に書かない。
墓場まで私の中にだけとどめるつもりでいる。
2年以上、もう十分苦しんだでしょ!?と思っている。
吐き出しちゃいなよ!みたいなことまで思っている。
個人的にはすごい変な感覚だったかどうかを聞きたいところだけど(←魂の関係の研究)、そんなこと突っ込まないから、どうか生きているうちに、互いにきちんと肉体を持って生きているうちに、何かしらのアクションが為されるといいなと思っている。
取り返しのつかないことになって欲しくないから。
私にとって大事な人には変わりないから、傷付けたり不快な何かを与えたりするつもりはない。
こんなこと書いても何もないならないで、それは仕方ないと思っている。
ブログはこの通りオープンにしてあるから、また好きなように見てもらえたらいい。
ただ、もし、何か言いたいとか聞きたいとかがあれば、超勇気を振り絞って連絡してきて欲しいと思う。
このままアップしよう。
読み返さずにアップしよう。
(後から恥ずかしくなったらこれは引っ込めるかもしれない…)
2019年11月3日日曜日
小さなささやかな暮らし
私が欲しいものは、小さなささやかな暮らし、それなんだとわかった。
ちょっとだけ自慢したいと思う。
私の友達の何人かは非常に華々しいキャリアの持ち主だったりする。
昨日電話したAちゃんもその1人で、現在の肩書は知らないけれど、Aちゃん個人の働きかけで首相官邸に招かれるなんて、庶民には考えられない世界なわけで、そんなことをやりのけてしまうAちゃんは一体何者なのかと思う。
かれこれ10年以上の付き合いで、出会った時はAちゃんがそんな出世株だなんて知らずに知り合った。
だから、まさかその後そんな風に大化けするなんて、まぁAちゃんならそうなっても全くおかしくないけれど、そんなAちゃんと私とがこんなに長く続くとは想定外すぎた。
昔で言う貴族と平民、平民の中でも召使いでもおかしくない、それ並みの身分差を感じる(笑)。
Aちゃんからして、今の自分の周りを見て、私は超異色の、Aちゃんの取り巻きの世界には全くいない異人種な感じで、元々変わり者大好きAちゃんだからこそ、私とも仲良くしてくれてるとしか思えない。
ここからさらに自慢する。
Aちゃんが私に連絡してきた時点では、弁護士を入れて、共通の長い付き合いのBちゃんにある文書を送ろうとしていた。
もうポストに投函するだけで良い状態にあって、私はそれを聞いて驚いた。
経団連(?)とかともAちゃんは付き合いがあって、その関係でとある文書を取り寄せなければいけなくなって、それで法的に必要なものということでそういう措置が取られる算段になったようだった。
聞けば聞くほどおかしな話で、私は1日、2日待てないのかを聞いて、仮にそれを送るにしても、まずはきちんと下調べをすること、もう1人共通の長い付き合いのCさんが細かい事情を知っているかと思うから、そこにまずは連絡して状況を確認したらいいと伝えて、そのポスト投函を踏みとどまるように言った。
いきなりそんなの送ったら超泥沼化して、本当に必要なものが手に入らない、最悪全て失うぐらいのものだから、ちょっと一旦寝かせて他に本当に何もできないのか考えた方がいい、それにはCさんに連絡がいいと言って、Cさんを振った。
最終的にAちゃんは、Cさんと私と話したことで、書類ではなく直接的にやりとり出来そうな流れに入って、その危険なニオイしかしないその封筒を一旦保留することに決めた。
直接やりとりが上手くいけば、封筒は最終的に破棄になるから、それは今のところ最後の保険的扱いにまでなって、とりあえずは鎮火した。
その後夜も電話がかかってきて、そして3時間半の色んな話の中でAちゃんは落ち着いた。
そしてAちゃんの本来ある落ち着いた状態に戻っていった。
Aちゃんは元々コーチングを自分で調べて受けに行くぐらいで、だから私がこの電話の中でしたことの凄さを伝えてくれたし、自分で言うのもなんだけど、私から見てもはっきりと変化を感じるぐらいにAちゃんは本来の状態に戻っていったから、最初に電話が来た時と最後終わる時とでは、憑物が取れたぐらいの大変幻を遂げていた。
Aちゃんが元々凄いのもあるけれど、私も私で力付けたんだなと感じた。
Aちゃんはコーチングしてくれる人を探していた。
自分で言うのもなんだけど、私は多分この上なくAちゃんが探しているタイプのコーチの条件を満たしていると思う。
だけど、私は私がやろうか?とは言わなかった。
友達からお金をもらうことにものすごい抵抗があるのと、今対等である関係のところにお金を挟ませておかしなバランスになることが嫌だった。
お金が手に入って自分も助かるのは火を見るより早かったけれど、それは私がしたくないんだと気付いた。
見ず知らずの人ならまだしも、Aちゃんとは何もお互いになかった頃からの付き合いで、そして今も私はAちゃんの肩書を知らないし(多分本当にすごいポストに就いてる気がする)、Aちゃんも私の能力的なことを目当てに私と付き合ってるわけじゃない。
お互いに外側のものではなく人間と人間として付き合えていてそれで今ここまでの関係になっているから、それをお金や契約というものを間にしてそれでやりとりをするのは、わたし的にどうしても違うように感じている。
Aちゃんとのこの絶妙な関係は、お金を積んで手に入るものじゃないから。
そこにお金や契約を取り決めして、多分Aちゃんもそれを普通に受けてくれるかもしれないけれど、それは越えてはいけない一線を越えてしまう気がする。
そしてそれと引き換えに、二度とは戻れないものが出てくる可能性もあるわけで、私はその戻れない可能性が1ミリでもある以上、そんな危険を冒したくない。
何かあればまた連絡してね、なんてまず私は言わないけれど、Aちゃんには電話の終わりにそう言った。
私がしているのは友達ではない、技術者としてやっているのはわかっている。
だけど、自分の中には友達であることの方が大事なわけで、その越えてはならない一線を私はこれからも守り通すと思う。
これは私にしかわからないけれど、Aちゃんは本当に私のことを利用していない。
Aちゃんはこれまでの人たちと違う。
Aちゃんからすると、ぶっしーという友達がいて、そのぶっしーがコーチングができる人だという感じ。
私がこれまで断ち切った関係の人たちは、コーチングができるぶっしーという友達、という感じだった。
私じゃなくて、私に付いているものに惹かれている、又はそれの恩恵に預かりたいというのがひしひしと伝わってくる。
これはいくら表側は相手が精を尽くしていて誠意ある対応をしてくれていても、裏側にある、もしかしたら本人さえも気付いていない、私の何かを欲する気持ちはわかってしまう。
私の偏屈さもすごいけれど、それって伝わってしまう。
私は自分が求められないことほど悲しいことはないと思っていて、もし自分の力を表にすることでそれ目当ての人なら私は容赦なく切る。
すごい自分が傷付くとわかったから。
話を聞いてくれるぶっしーでも、客観的に見て何か言ってくれるぶっしーでも、そんなのは私が相手から求められたいものじゃない。
そんな私を求められても、私はちっとも満たされない。
私はあくまでも武士俣史子で、その武士俣史子の自分を大事にしてくれる人じゃないと嫌なんだとわかる。
Aちゃんは、肩書もすごそうだし、動きの1つがある国の事業の1つを変えるぐらいの力を持っているけれど(←つい最近あった実話を聞いた。超驚いた((◎_◎))!)、だからこそなのかもしれない、私からしたらAちゃんはAちゃんだから、Aちゃんが今現在何のポストに就いているのかは知らないけれど、そんなのお構いなしに私は話をするし、おかしいと思えば「いいから、ちょっと話を聞いて!」とズバッと言うし、あくまでもAちゃん個人として付き合っている。
ちなみにAちゃんがしたのは、トイレ外交だった。
長蛇の列のトイレ待ちの時に、政治家でも外交官でもないAちゃんが、目の前の女性と話をして、その最後に名刺交換したら相手は超大物で、さらにそこから違う人たちを繋いでいって、その大物女性の出身国で一大プロジェクトが組まれることになったらしい。
AちゃんもAちゃんで、逆に公式の場だったらそんな風に上手くいかなかったかもしれないと言っていた。
だってAちゃんたちが話したのは、トイレ間に合わなかったらどうしよう…が最初の会話なわけだから、まさかそれが外交的な一大事業に繋がるなんて、Aちゃんも相手の女性も思わなかったと思う。
Aちゃんはそんな立場ある人ゆえに、私のことは何も肩書を持たないAちゃんのことも知る数少ない人ということで貴重がってくれていて、だからこそAちゃんも私を私のままで見てくれるのかもしれない。
これを書いていて、コーチングの有料セッションの話なんかしなくて良かったと心底思った。
目先のお金欲しさにそれしたら、その代償は計り知れない。
一生取り返しのつかないことをしなくて、本当に良かった。
自分でも、Aちゃんと話していて、もうかなり力が付いたのはわかった。
あとはもう本当に自分が始めると決めて始めたらいいところまで来ているのもわかっている。
なんだけど、あと一歩のところで勇気なのかなんなのかが出ない。
今日3日と明日4日までのどこかで冬のスキー場なのかその周辺での住み込みの仕事に申し込もうとしている。
やりたいのとは全く違う。
大元をただすと、夏の終わりぐらいだったと思う。
あまりにも何も動かない引きこもりのような私を見て、両親が私を家から出すことを提案してきた。
アパート代や当面の生活費を肩代わりするから、このままでは私がダメになるから家から出すと言われた。
晴天の霹靂で、私からするとちょっと待った!の話だった。
その時というのは、占星術クラスメイトのノムから声をかけてもらって書く仕事を一緒にすることになって、それだけだと格好がつかないから他の短期の仕事を探して、9月末までの米の仕事が決まったばかりの頃だった。
書く方を確実に主軸にして、その他のことは極力ストレスのかからない仕事が良くて、それで安易に米の仕事を申し込んだという感じだった。
米の仕事は行ってみたら、史上最高に癒しをもたらす場所で、それは思いがけない産物で、本当に贈り物のようだった。
それはそうと、何もかもが流動的で色々落ち着かない状況のところに、引越し云々よりも親からまとまったお金を借りるそして返すことの方が半端なく負担だった。
ある程度収入に見通しが立つのであればそれもありかもしれないけれど、私がそのような状況になったからと言って働くのかどうかは微妙だった。
ここでは詳しい説明は割愛するけれど、私の場合「お金」が働くための原動力には全くなってくれない。
挙げ句の果て、お金がないならないなりの生活も何回となく経験して、本当に恐ろしい話だけど、底辺の暮らし方ができるとわかると、「なんとか生きられる」という感覚が身について、働くこともお金も魅力がさらに薄まるということに何度もなった。
そんな風だから、仮に親が先に肩代わりして私を出してくれたとしても、私には自分が生活維持のためにきちんと働く姿がどうしても想像できなかった。
だから、とりあえずノムとの書く仕事をするために、米の仕事に行くようになった。
形だけでも、今すぐにはここを離れられない状況を生み出さないことにはどうにもならないと思って、苦肉の策での米の仕事だった。
私の場合、例えばその時なら「ノムとの書く仕事」、というこの上なく私のモチベーションを上げることが何かしらあれば、その他のことは何でもOKになる。
だから、そちらをするために別の仕事を短期でするのは構わない。
10月に入ってまた無職となり、親のヤキモキ感はずっと隣りで見ていたからわかり、かと言って私はまたぐずぐずしていた。
どちらにしても家を出るとなった時、最初から借金付きは負担の他の何ものでもなかった。
そこで、消去法でスキー場の住み込みの仕事を探して、これ自体はずっと存在を長らく数年に渡って知っていたけれど、今は背に腹を変えられないと思って、それの申し込みサイトを前に止まっている。
Aちゃんと話した時に、私は色んなことを思った。
自分の力の程度はわかった。
Aちゃんが楽になっていく様子も電話越しに伝わってきた。
ここに来て何を言う?と思うけれど、私は本当にこんなことを職業としてやりたいんだろうか?と思った。
「話を聞く」「相手からきたメッセージを伝える」ということを神格化しているわけではないけれど、どこかでそれを上手いこと扱えない自分がいる。
スキー場のものは、リフト係員なのか、土産ショップの店員なのか、ホテルのフロントなのか、キッチン裏方の洗い物なのか、仕事は何なのかはわからなかった。
それには自分の労働力を抵抗なく出せても、こと話を聞くとかメッセージを伝えるとかになると、私の中で突然ハードルがぐっと上がって、そんなに簡単に触れられなくなる。
もちろん怖いのもある。
疲れないし、頭も使わないし、なのに普通以上の何かを発揮できるわけだから、それは本当に才能に近いものがあると思っている。
だけど、私は何かに対してものすごく葛藤している。
自分でももはや何に葛藤しているのかわからない。
「小さなささやかな暮らし」
朝、目が覚めてボーッとしていた時に出てきた。
お金をはじめ色んなものが限られた生活を送ってみて、改めて私は何がどれほど欲しいというものがゼロとは言わないけれど、かなり少ないことに気付いた。
旅行や買い物もそんなに興味がなく、家にずっといても苦にならない。
社会的なステータスや社会活躍度にも興味がないし(むしろAちゃんの話を聞いて、ますます興味が失せた)、何かを所有することにも興味がない。
自分の好きな人と一緒にいられたらいいだろうなぁとは思うものの、それこそそんなの神の采配レベルのことはどうにもならない。
(私個人の考え方だけど、ピッタリのタイミングにピッタリの人々に出会うと思っているから、そしてそれは人間の私がコントロールできるなんて微塵も思っていないから、それは本当にご縁、神でも天でも神々の審議会でも、そういうものの力が及ぶ、ある種不可抗力的なものだと思っている。)
そうしたことを色々差し引いて考えた時、小さなささやかな暮らしが私は欲しいんだなと思った。
今の私ではお金もだけど社会的信用もないわけで普通に家でもアパートでもマンションでも借りられないから、そこでふと、1年とか時間を決めて働いてお金貯めて、その私が望む小さなささやかな暮らしを自分のために用意する、というのもありかもしれないと思った。
これとは別に2つ書きたいことがあって(1つは書き途中)、とりあえずこのままアップしようと思う。
今3日の20時半ぐらいになろうとしているけれど、とりあえずスキー場の仕事の申込はまだしていない。
ギリギリ延ばせるところまで延ばすことにした。
(昨夜、家族会議が行われ、両親には「申し込んだ」と嘘の申告が為されている(滝汗))
ちなみに、家族会議よりもうんと前から、ペンジュラムは行くにYESを出している。
私の乗り気具合が1%だとするなら、ペンジュラムだけがずっとYES、100%YES。
行かないよね?と聞くと、今度はNOしか出ない。
何か色々おかしいし、明日になったらまたペンジュラムも変わるかもだから…と思って、決断延期を決定( ̄ー ̄ )/
ちょっとだけ自慢したいと思う。
私の友達の何人かは非常に華々しいキャリアの持ち主だったりする。
昨日電話したAちゃんもその1人で、現在の肩書は知らないけれど、Aちゃん個人の働きかけで首相官邸に招かれるなんて、庶民には考えられない世界なわけで、そんなことをやりのけてしまうAちゃんは一体何者なのかと思う。
かれこれ10年以上の付き合いで、出会った時はAちゃんがそんな出世株だなんて知らずに知り合った。
だから、まさかその後そんな風に大化けするなんて、まぁAちゃんならそうなっても全くおかしくないけれど、そんなAちゃんと私とがこんなに長く続くとは想定外すぎた。
昔で言う貴族と平民、平民の中でも召使いでもおかしくない、それ並みの身分差を感じる(笑)。
Aちゃんからして、今の自分の周りを見て、私は超異色の、Aちゃんの取り巻きの世界には全くいない異人種な感じで、元々変わり者大好きAちゃんだからこそ、私とも仲良くしてくれてるとしか思えない。
ここからさらに自慢する。
Aちゃんが私に連絡してきた時点では、弁護士を入れて、共通の長い付き合いのBちゃんにある文書を送ろうとしていた。
もうポストに投函するだけで良い状態にあって、私はそれを聞いて驚いた。
経団連(?)とかともAちゃんは付き合いがあって、その関係でとある文書を取り寄せなければいけなくなって、それで法的に必要なものということでそういう措置が取られる算段になったようだった。
聞けば聞くほどおかしな話で、私は1日、2日待てないのかを聞いて、仮にそれを送るにしても、まずはきちんと下調べをすること、もう1人共通の長い付き合いのCさんが細かい事情を知っているかと思うから、そこにまずは連絡して状況を確認したらいいと伝えて、そのポスト投函を踏みとどまるように言った。
いきなりそんなの送ったら超泥沼化して、本当に必要なものが手に入らない、最悪全て失うぐらいのものだから、ちょっと一旦寝かせて他に本当に何もできないのか考えた方がいい、それにはCさんに連絡がいいと言って、Cさんを振った。
最終的にAちゃんは、Cさんと私と話したことで、書類ではなく直接的にやりとり出来そうな流れに入って、その危険なニオイしかしないその封筒を一旦保留することに決めた。
直接やりとりが上手くいけば、封筒は最終的に破棄になるから、それは今のところ最後の保険的扱いにまでなって、とりあえずは鎮火した。
その後夜も電話がかかってきて、そして3時間半の色んな話の中でAちゃんは落ち着いた。
そしてAちゃんの本来ある落ち着いた状態に戻っていった。
Aちゃんは元々コーチングを自分で調べて受けに行くぐらいで、だから私がこの電話の中でしたことの凄さを伝えてくれたし、自分で言うのもなんだけど、私から見てもはっきりと変化を感じるぐらいにAちゃんは本来の状態に戻っていったから、最初に電話が来た時と最後終わる時とでは、憑物が取れたぐらいの大変幻を遂げていた。
Aちゃんが元々凄いのもあるけれど、私も私で力付けたんだなと感じた。
Aちゃんはコーチングしてくれる人を探していた。
自分で言うのもなんだけど、私は多分この上なくAちゃんが探しているタイプのコーチの条件を満たしていると思う。
だけど、私は私がやろうか?とは言わなかった。
友達からお金をもらうことにものすごい抵抗があるのと、今対等である関係のところにお金を挟ませておかしなバランスになることが嫌だった。
お金が手に入って自分も助かるのは火を見るより早かったけれど、それは私がしたくないんだと気付いた。
見ず知らずの人ならまだしも、Aちゃんとは何もお互いになかった頃からの付き合いで、そして今も私はAちゃんの肩書を知らないし(多分本当にすごいポストに就いてる気がする)、Aちゃんも私の能力的なことを目当てに私と付き合ってるわけじゃない。
お互いに外側のものではなく人間と人間として付き合えていてそれで今ここまでの関係になっているから、それをお金や契約というものを間にしてそれでやりとりをするのは、わたし的にどうしても違うように感じている。
Aちゃんとのこの絶妙な関係は、お金を積んで手に入るものじゃないから。
そこにお金や契約を取り決めして、多分Aちゃんもそれを普通に受けてくれるかもしれないけれど、それは越えてはいけない一線を越えてしまう気がする。
そしてそれと引き換えに、二度とは戻れないものが出てくる可能性もあるわけで、私はその戻れない可能性が1ミリでもある以上、そんな危険を冒したくない。
何かあればまた連絡してね、なんてまず私は言わないけれど、Aちゃんには電話の終わりにそう言った。
私がしているのは友達ではない、技術者としてやっているのはわかっている。
だけど、自分の中には友達であることの方が大事なわけで、その越えてはならない一線を私はこれからも守り通すと思う。
これは私にしかわからないけれど、Aちゃんは本当に私のことを利用していない。
Aちゃんはこれまでの人たちと違う。
Aちゃんからすると、ぶっしーという友達がいて、そのぶっしーがコーチングができる人だという感じ。
私がこれまで断ち切った関係の人たちは、コーチングができるぶっしーという友達、という感じだった。
私じゃなくて、私に付いているものに惹かれている、又はそれの恩恵に預かりたいというのがひしひしと伝わってくる。
これはいくら表側は相手が精を尽くしていて誠意ある対応をしてくれていても、裏側にある、もしかしたら本人さえも気付いていない、私の何かを欲する気持ちはわかってしまう。
私の偏屈さもすごいけれど、それって伝わってしまう。
私は自分が求められないことほど悲しいことはないと思っていて、もし自分の力を表にすることでそれ目当ての人なら私は容赦なく切る。
すごい自分が傷付くとわかったから。
話を聞いてくれるぶっしーでも、客観的に見て何か言ってくれるぶっしーでも、そんなのは私が相手から求められたいものじゃない。
そんな私を求められても、私はちっとも満たされない。
私はあくまでも武士俣史子で、その武士俣史子の自分を大事にしてくれる人じゃないと嫌なんだとわかる。
Aちゃんは、肩書もすごそうだし、動きの1つがある国の事業の1つを変えるぐらいの力を持っているけれど(←つい最近あった実話を聞いた。超驚いた((◎_◎))!)、だからこそなのかもしれない、私からしたらAちゃんはAちゃんだから、Aちゃんが今現在何のポストに就いているのかは知らないけれど、そんなのお構いなしに私は話をするし、おかしいと思えば「いいから、ちょっと話を聞いて!」とズバッと言うし、あくまでもAちゃん個人として付き合っている。
ちなみにAちゃんがしたのは、トイレ外交だった。
長蛇の列のトイレ待ちの時に、政治家でも外交官でもないAちゃんが、目の前の女性と話をして、その最後に名刺交換したら相手は超大物で、さらにそこから違う人たちを繋いでいって、その大物女性の出身国で一大プロジェクトが組まれることになったらしい。
AちゃんもAちゃんで、逆に公式の場だったらそんな風に上手くいかなかったかもしれないと言っていた。
だってAちゃんたちが話したのは、トイレ間に合わなかったらどうしよう…が最初の会話なわけだから、まさかそれが外交的な一大事業に繋がるなんて、Aちゃんも相手の女性も思わなかったと思う。
Aちゃんはそんな立場ある人ゆえに、私のことは何も肩書を持たないAちゃんのことも知る数少ない人ということで貴重がってくれていて、だからこそAちゃんも私を私のままで見てくれるのかもしれない。
これを書いていて、コーチングの有料セッションの話なんかしなくて良かったと心底思った。
目先のお金欲しさにそれしたら、その代償は計り知れない。
一生取り返しのつかないことをしなくて、本当に良かった。
自分でも、Aちゃんと話していて、もうかなり力が付いたのはわかった。
あとはもう本当に自分が始めると決めて始めたらいいところまで来ているのもわかっている。
なんだけど、あと一歩のところで勇気なのかなんなのかが出ない。
今日3日と明日4日までのどこかで冬のスキー場なのかその周辺での住み込みの仕事に申し込もうとしている。
やりたいのとは全く違う。
大元をただすと、夏の終わりぐらいだったと思う。
あまりにも何も動かない引きこもりのような私を見て、両親が私を家から出すことを提案してきた。
アパート代や当面の生活費を肩代わりするから、このままでは私がダメになるから家から出すと言われた。
晴天の霹靂で、私からするとちょっと待った!の話だった。
その時というのは、占星術クラスメイトのノムから声をかけてもらって書く仕事を一緒にすることになって、それだけだと格好がつかないから他の短期の仕事を探して、9月末までの米の仕事が決まったばかりの頃だった。
書く方を確実に主軸にして、その他のことは極力ストレスのかからない仕事が良くて、それで安易に米の仕事を申し込んだという感じだった。
米の仕事は行ってみたら、史上最高に癒しをもたらす場所で、それは思いがけない産物で、本当に贈り物のようだった。
それはそうと、何もかもが流動的で色々落ち着かない状況のところに、引越し云々よりも親からまとまったお金を借りるそして返すことの方が半端なく負担だった。
ある程度収入に見通しが立つのであればそれもありかもしれないけれど、私がそのような状況になったからと言って働くのかどうかは微妙だった。
ここでは詳しい説明は割愛するけれど、私の場合「お金」が働くための原動力には全くなってくれない。
挙げ句の果て、お金がないならないなりの生活も何回となく経験して、本当に恐ろしい話だけど、底辺の暮らし方ができるとわかると、「なんとか生きられる」という感覚が身について、働くこともお金も魅力がさらに薄まるということに何度もなった。
そんな風だから、仮に親が先に肩代わりして私を出してくれたとしても、私には自分が生活維持のためにきちんと働く姿がどうしても想像できなかった。
だから、とりあえずノムとの書く仕事をするために、米の仕事に行くようになった。
形だけでも、今すぐにはここを離れられない状況を生み出さないことにはどうにもならないと思って、苦肉の策での米の仕事だった。
私の場合、例えばその時なら「ノムとの書く仕事」、というこの上なく私のモチベーションを上げることが何かしらあれば、その他のことは何でもOKになる。
だから、そちらをするために別の仕事を短期でするのは構わない。
10月に入ってまた無職となり、親のヤキモキ感はずっと隣りで見ていたからわかり、かと言って私はまたぐずぐずしていた。
どちらにしても家を出るとなった時、最初から借金付きは負担の他の何ものでもなかった。
そこで、消去法でスキー場の住み込みの仕事を探して、これ自体はずっと存在を長らく数年に渡って知っていたけれど、今は背に腹を変えられないと思って、それの申し込みサイトを前に止まっている。
Aちゃんと話した時に、私は色んなことを思った。
自分の力の程度はわかった。
Aちゃんが楽になっていく様子も電話越しに伝わってきた。
ここに来て何を言う?と思うけれど、私は本当にこんなことを職業としてやりたいんだろうか?と思った。
「話を聞く」「相手からきたメッセージを伝える」ということを神格化しているわけではないけれど、どこかでそれを上手いこと扱えない自分がいる。
スキー場のものは、リフト係員なのか、土産ショップの店員なのか、ホテルのフロントなのか、キッチン裏方の洗い物なのか、仕事は何なのかはわからなかった。
それには自分の労働力を抵抗なく出せても、こと話を聞くとかメッセージを伝えるとかになると、私の中で突然ハードルがぐっと上がって、そんなに簡単に触れられなくなる。
もちろん怖いのもある。
疲れないし、頭も使わないし、なのに普通以上の何かを発揮できるわけだから、それは本当に才能に近いものがあると思っている。
だけど、私は何かに対してものすごく葛藤している。
自分でももはや何に葛藤しているのかわからない。
「小さなささやかな暮らし」
朝、目が覚めてボーッとしていた時に出てきた。
お金をはじめ色んなものが限られた生活を送ってみて、改めて私は何がどれほど欲しいというものがゼロとは言わないけれど、かなり少ないことに気付いた。
旅行や買い物もそんなに興味がなく、家にずっといても苦にならない。
社会的なステータスや社会活躍度にも興味がないし(むしろAちゃんの話を聞いて、ますます興味が失せた)、何かを所有することにも興味がない。
自分の好きな人と一緒にいられたらいいだろうなぁとは思うものの、それこそそんなの神の采配レベルのことはどうにもならない。
(私個人の考え方だけど、ピッタリのタイミングにピッタリの人々に出会うと思っているから、そしてそれは人間の私がコントロールできるなんて微塵も思っていないから、それは本当にご縁、神でも天でも神々の審議会でも、そういうものの力が及ぶ、ある種不可抗力的なものだと思っている。)
そうしたことを色々差し引いて考えた時、小さなささやかな暮らしが私は欲しいんだなと思った。
今の私ではお金もだけど社会的信用もないわけで普通に家でもアパートでもマンションでも借りられないから、そこでふと、1年とか時間を決めて働いてお金貯めて、その私が望む小さなささやかな暮らしを自分のために用意する、というのもありかもしれないと思った。
これとは別に2つ書きたいことがあって(1つは書き途中)、とりあえずこのままアップしようと思う。
今3日の20時半ぐらいになろうとしているけれど、とりあえずスキー場の仕事の申込はまだしていない。
ギリギリ延ばせるところまで延ばすことにした。
(昨夜、家族会議が行われ、両親には「申し込んだ」と嘘の申告が為されている(滝汗))
ちなみに、家族会議よりもうんと前から、ペンジュラムは行くにYESを出している。
私の乗り気具合が1%だとするなら、ペンジュラムだけがずっとYES、100%YES。
行かないよね?と聞くと、今度はNOしか出ない。
何か色々おかしいし、明日になったらまたペンジュラムも変わるかもだから…と思って、決断延期を決定( ̄ー ̄ )/
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