eat LOVE
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2019/06/19
朝、Sさんに連絡した。
私「昨日のこと今ブログの下書きしてるんですが、Sさん的に書いて欲しくないことあったら言ってください」
S「特にはないですよ!
あ、誕生日バラしたことだけですかね(笑)
自由に書いてください」
私「誕生日は超書きてーです!
誕生日の話も、あのKさんがケーキ買ってくれた話とか、書きたい!!!
Sさんがバラしたというより私が聞き出したから、書くとするならそういう書き方します!
仮にSさんがバラしたと知っても、本人絶対に何も言えないから(言ってきたら奇跡です奇跡(!!!))。
だってまさか『俺、前派遣でいた武士俣さんのブログ見つけて読んでさ、Sさん誕生日バラしたでしょ(怒)』なんて言えるわけないので(笑)」
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Sさんの気遣いは相変わらずすごいし、優しさを感じる。
書いて欲しくないこととして、自分じゃなくて自分の大切な人のことを守ろうと相手を大切にする視点が常にある。
この後「そうですね!誕生日のこと、特に秘密って事でもないので大丈夫です(笑顔)」と返ってきた。
誕生日を知った時の会話の裏側を今日は書く。
なるべくその時に思ったままを文章にしようと思う(基本的に暗い)。
Sさんがその人と今も繋がっていることは、何ら不思議ではない、逆に切れてる方がどうしたのかと思うから、そこは何の違和感もなかった。
すごく羨ましいとは思ったけれども、違和感はなかったことだけは強調して言いたい。
だからこの先出てくる「私の違和感」は「【私の】違和感」であって、SさんでもなければSさんとその人の関係でもない。
読み直していて出てきたからこれもここに書いておこう。
私は今回Sさんに、その人がSさんといる時の顔というのは本当に良い顔をしていたことを言った。
相手がどんな人なのかをその人はすごく見るタイプだと思うけれど、そしてどちらかと言うまでもなく自分をさらけ出すタイプでは絶対にないはずだけど、そんな風なその人がSさんと話してる時は本当に楽しそうだったし、穏やかな表情をしていたし、会話は当然聞こえないけれど心を許してる感じが伝わったとSさんに言った。
Sさんの自己認識がだいぶズレてたのもあって、私から見えていた2人のやりとりを伝えた。
いくら趣味が同じでも、それだけじゃその人はSさんと付き合わないと私は思っている。
Sさんだからこそその人はSさんと会うんであって、Sさんがちょっと違う性格の人ならその人はプライベートで会うなんて絶対にしない人だと思う。
Sさんも言われてみればそうかもね〜、と何が私が嬉しいのかわからなかったけれども、私の言ったことが伝わったみたいでほんのりと嬉しかった。
「8月に行かない?みたいな誘いをもらって、今どうしようか迷い中でね〜、(会話は続く)」
このSさんの話に私はどれだけ気持ちが落ちたか、言葉では言い表せない。
私には、8月だけじゃなく、それが数ヶ月先だろうが、1年先、数年先だろうが、永遠に来ない時だと改めて知った。
普段自分から声を掛けないその人が、8月のイベントには誘ってきたとのこと。
長い付き合いの人にでもそんななら、私なんかとてもじゃないけれど、その時はやってこないと確信した。
その話の後に、その人の誕生日を教えてもらった。
当時の思い出話に花が咲いて、その時に私が積極的にSさんがすごい嫌がってた仕事を引き受けた本当の理由を言った。
Sさんいわく、1年に一度個人情報満載の書類の整理をしないといけないらしく、それが普段全く使わないのに監査とかでは必須資料になるらしく、絶対にきちんとしないといけないものだった。
私もやったからわかるけれど、本当にごちゃごちゃしているし、似たような書類を種別に分けるだけじゃなくきちんと規定通りの順にファイリングするところまでをやらないとで、本当に気が遠くなりそうな作業だった。
10センチ幅のファイルを使ってもまだ足りないぐらいの書類をひたすら確認して挟むという、作業自体は本当に全く楽しくないものだった。
個人情報には誕生日も含まれると知って、私はただその人の誕生日を知りたいという、本当にしょうもない不純な理由1つで引き受けて、それをずっとやった。
ところが、やってもやってもその人の誕生日なんてどこにも出てこなくて、その超面倒な手順だけをこなすだけで収穫ゼロとなった。
それをSさんに言ったら、「待って!私〇〇さんの誕生日知ってるかも…」と言って、調べてそして教えてくれた。
「Kさんがケーキ買ってきて渡していてね、それで私もLINEで誕生日おめでとうって送ったから、それ残ってると思うんだよね…」
そう言いながらSさんはLINEで検索をして、見事にそれを探し出して、それで私も知れることとなった。
私がいつか職場で盗み聞きというか勝手に耳に入ってきた情報と同じ日だった。
何で誕生日の話になったのかなんて覚えてないけれど、まさかのその人の誕生日が話題にのぼって、それで私もたまたまそこに居合わせて耳にすることになった。
でも、言い方がうろ覚えな感じで、仕事のことなら事務さんには私の教育係だったから何でも聞けたけれども、まさか仕事には全く関係のないその人の誕生日を確認するなんてそんな荒技はできるわけもなかったから、私はそれを確認する術もなく、今現在に至った。
Sさんいわく、私の隣りの席の人はみんなの誕生日を基本覚えていて、だから私がある時聞いたのも当てずっぽうではなく、本当に知っていて言っていたことが今回初めてわかった。
ぶつくさと当時の悔しかった想いをぶちまけてみるもんだなぁと思った。
ちなみにその面倒な資料整理は誕生日こそ知れなかったけれども、その人の名前を署名するチャンスに恵まれた。
署名の有無もチェックしないとで、いくつか抜けていたところがあった。
書類が届く順でするから、Sさんは書類が来る度にその人に署名をもらいに行っていたとのこと。
何その超おいしいお仕事!!、私もその係になりたかった!!、とすごく羨ましいと思ったことも覚えている。
私が整理した時はすでにその人が異動でいなくなった後だったゆえ、署名をもらうこともできず、でもそのファイルが監査とかでチェックされてそこまで指摘される確率は1%未満みたいなもので、そのためにわざわざ郵便代使って書類をやりとりするのもナンセンスで、それで苦肉の策として、Sさんと相談してその部分を代筆することにしようとなった。
その代筆係を私がすることになった。
すでに同じ書類バージョンでその人の直筆の署名は至るところにあったから、私は書類ごとまずは出して、その上に無地の紙を当てて上からなぞり書きをした。
普段ならそんな面倒くさいこと絶対にしないけれども、その時はそうまでしてでもなぞりたくて、超やる気満々でその作業についた。
ドキドキしながらなぞった。
なぞった後、今度は何枚か本人の署名を並べて見て、文字の癖をよく観察して、その後適当な紙に練習を何回かした。
そして本番でその人の名前を書いた。
Sさんに「似てますね〜」と言ってもらったぐらい、よく観察してなるべく本人の筆跡に近い感じの名前を書いた。
練習した紙はそっと家に持ち帰って、今も手元にある。
それはたった一度だけの超ミラクルチャンスだったけれども、私にとって当時の事務仕事の中で、一番楽しく一番テンションの上がった仕事だった。
今でもその時のことはよく覚えている。
署名は単なる署名でしかない。
でも、そこに確実にその人の足あとがあって、生きたある1日のある瞬間の形跡が残されていて、私がものすごい時間差でそれを目にする。
もういなくなってだいぶ経ってからのことで、何の繋がりもない、もう会うこともその人の姿を見ることもなかった私にとって、ただそれだけのことがとっても嬉しくてとっても特別なことだった。
先に言うと、私はそのSさんから教えてもらった誕生日でホロスコープを改めて設定して見たは見たけれど、見たようで見ていないし、色んな気持ちが湧いてきちんとは全く見ていない。
ちょっと変わった見方はしているけれど、それは個人を特定できるような内容には一切触れていない。
個人の生まれ持った性格や人生の流れは全く読み取っていない。
がっつりやろうと思えばある程度できるけれども、それは私も色んな理由からやりたくないからやっていない。
さらにそれはしちゃいけないような気がして、そして幸いにもパッと見てわかることが少ないホロスコープだったおかげで、私は普段を10割とするなら1割も紐解いていないし、今後も紐解かないと思う。
(パッと見てわかるホロスコープというのは、特徴的なものが見ただけでわかっちゃうものを指す。どのぐらいの頻出度で出るかわからないけれど、そんな人は今のところ、出生時間不明の自分の母親含めて3人しかいなかったから、私の場合見てわかるレベルはそんなにいない。)
ホロスコープでその人を知るのは嫌だった。
すごい知りたいし読み解く方法はある程度わかるけれど、そうやって知るのが先なのは嫌だった。
自分のこの発想もどうかと思うけれど、もし、もし、もし、その人と再会できたのなら、私はホロスコープ情報抜きで目の前のその人を見たい。
だから私はあえて「よく見ない」選択をした。
そして、そうではない、差し障りのないことと私が勝手に思っているところだけちょこちょこと確認してる。
例えば、出逢った瞬間のホロスコープとその人のホロスコープの重なりとか。
例えば、ペンジュラムがやってきた時のホロスコープとその人のホロスコープとか(←これはかなり面白いことがわかったから後述する…予定でいたけれど、別記事に書いて近日中にアップ予定。)
いずれにしても、知れて嬉しい反面、絶望的な現実を前にどこまでも悲しい気持ちが続いた。
私の欲しい繋がりは手に入らない。
そのことへの自分の気持ちの折り合いの付け方がわからない。
気持ちの折り合いはすぐになんて付かないのは、さすがに40年も生きていればわかる。
だけど、なんとなく付け方がわかるものはまだ希望が持てるけれど、自分が全く望んでもいないことへの気持ちの落としどころなんてわからない。
望んでいる気持ちはそのままにして、でもそうではない、むしろ一番望んでいない現実を「これがあなたの現実なんだよ」とひたすら自分に教え込むなんて、私はこれだけは何回やっても慣れない。
上手くやれた試しなんて一度もなくて、ものすごく時間をかけてある時に違う心境になれたら御の字だね、というすごい底辺の変化、自分にしかわからない変化を目指すしかない。
私はSさんに会って色んなことを知る前までは、もしかしてまた会える日が来るんじゃないかと本気の本気で思っていた。
私1人だけは本当にそう思っていた。
別にそう思っていても相手に迷惑をかけるわけじゃないし、思うことは自由だよねと開き直って、その辺り自由にそんなことを思っていた。
でもSさんが普通に繋がって今も自由にやりとりできてるのを見て、私がそんな風に繋がれることはないんだな…、何か違うんだな…、と思った。
後からもっと書くけれども、冒頭のeat LOVEを知らせるメールをSさんと会っている最中に作者のNさんからもらって、Sさんと別れて家に戻った後、サイトを開いて見てみた。
14話全部読んだ。
時々泣きながら読んだ。
その文章にある風景を私は自分が求めていたと知った。
そして、それが叶わないことも知った。
未来は来ないんだ…。
絶望感ばかりで、ほんのりと自分の中に持っていた希望は一気に掻き消された。
きちんと会えてるSさんと、全く会えない私。
趣味繋がりの人でさえやっとやっと誘えるみたいな話だったから、そこに色んなものがくっついている私はもう誘うとかそういう次元にはそもそもいないんだと思った。
私はその人の人生にとって、多分別の場所を担当する人なんだと思っている。
何の担当なのかはわからないけれど、少なくとも「会う」担当ではないんだと思う。
後からホロスコープで知ったことをいくつか書こうと思っているけれど、明らかに「何か影響する」部分を私なり私も含まれる環境内の何かがもたらしたことはわかる。
深い内容や相手の心の中まではわからない。
だけど何も感じずに過ごせたというより、何かしらは気持ちが揺れる状況があったのかもしれないなぁ…と当時の空模様とその人のホロスコープを重ねて見て思った。
気持ちの揺れ方は、気持ち良いものも逃げたくなるものも両方可能性としてはある。
前者なら今頃私の扱いは違っていたと思う。
私はいてくれるだけでありがとうの人になれたと思う。
残念すぎるけれど、残念すぎるぐらいに私は後者の逃げたくなるものを与える人物みたいだった。
ありがたいと思われてるとは微塵も感じず、一歩間違えるととても嫌なんだろうなぁ私のこと…と思う場面がどうしても思い浮かんでくる。
被害妄想ではなく、あからさまに嫌なんだとわかるぐらいだった。
嫌だと思われていた可能性が高いんだろうなぁと認めざるを得ない。
どこまでも悲しい結末にしか繋がらないんだろうか…。
自分の中がぐちゃぐちゃだった。
妄想みたいな話だと思われたくないから、少しだけ踏み込んだ話をする。
どんな意図を持ってそうするのかは知らないけれど、少なくとも何かしらの意志が働いてその人は私のこのブログを読んでくれてるのは知っている。
それもちょっとじゃない、相当な時間をかけて読んでくれている。
だから、そういう部分に関して言えば、私には何かの役割的なものがあるみたいで、そこだけを切り取って考えたら「何でもない存在」より「何かの存在」になれてるみたいなのは嬉しい。
ここまではいい。
だけど、その「何かの存在」の部分は、私が望むような形ではなく、全然別の形なんだろうと思った。
そしてその別の形の計画があるとしたら、その計画の中に「再会」という文字は無いような気がした。
相手が望んでいる気がしない。
書いていて変な気持ちがする。
もしかしたらもう同じ気持ちで書けないのかもしれない。
Sさんと話した時、私の目の前には歴然とした差を感じた。
これから長い時間、時々でもその人とやりとりすることが可能なSさん。
終わりなんて考えなくて良くて、これから何十年と続く可能性だってある。
「可能性」なんて考えずにSさんとその人はやりとりするだろう、何度でも「再会だね」なんて思わずに普通に会えるんだろう。
一方で私は、どれだけ長い時間をかけようが、何度こうして訴えようが、大真面目に真剣に色んなことを願おうが、叶わないことはどうやったって叶わないし、再会なんてありえないと思った。
生きている限り可能性があるなんてのは嘘だと思う。
生きていても可能性のないことは存在するし、願っても望んでも叶えてもらえないことは叶えてもらえない。
生きながら絶望するみたいな、私が最も苦手とする心情だ。
事務所自体が近い将来になくなると聞いて、全部消えて無くなっちゃうんだなぁと思った。
形あるものはいつかは無くなるにしても、まさか事務所が事業計画の変更に伴って無くなるなんて考えたこともなかった。
ますます幻の夏の日みたいに今後なっていく。
手が届きそうな距離にいられたことは、今もどこか夢物語だったんじゃないかと思うことがたくさんあるけれど、箱物がなくなったらいよいよそれが本当にそうなる気がしてしまう。
建物はどうなるのかはわからなくても、あそこにあった色んなものは、いつかそこから撤退する。
私はひっそりと想像をしてみたことがあった。
もし叶うなら、その人ともう一度その場所に一緒に行ってみたかった。
今の長なら、その人の後輩だから、上手く言えば日曜日とかに潜り込めたらいいのにな…なんて思った。
想像は自由だから、私はそんなことをちょっぴり考えては、なんとなく楽しい気持ちになっていた。
バカみたいな想像でも、私には本気で叶えたいぐらいに、もう一度あの場所に一緒に立ってみたかった。
最後の瞬間は今でもものすごく息苦しい感じのものだから、もし可能なら新しい記憶をそこに足したかった。
自分でも何を書いているのかよくわからないけれど、もう書けないのが自分で体感的にわかり出してるから、書けるうちに書きたい。
多分、私は封印していくんだと思う。
Sさんとその人が会えている事実を知った後eat LOVEを読んで、叶わない色んなことが明るみになってしまって、あまりにもしんどいし向き合うのも辛いから、これ自分から遠ざかろうとするような予感がした。
そうなってくると、もう言葉を書けなくなる。
ブログは書き続けるけれど、当初のことも自分が何を思っているかも書かなくなるというか、書けなくなる。
書かないのと書けないのは違う。
書かないというのは、書けるけれど書かないということ。
書けないというのは、書きたくても書けないということ。
ブログを読んでくれてると知れた時、本当に本当に嬉しかった。
夢にまで見た光景だった。
私は勝手に「いつか再会できるのかも」と期待した。
本気で期待をした。
でも、Sさんとその人が顔を合わせるように、私とその人が顔を合わせることはない。
今日だけじゃない。
明日も明後日も、うんと先の未来も合わせることがない。
Sさんとその人の関係が何十年と続くかもしれないと想像できるのに、私とその人の関係になると何も起こらない「無」しか想像できない。
Sさんと約1年ぶりに会って、それはそれは楽しい時間だった。
その人が元気なのも知れて良かった。
仕事は忙しいみたいだけど、元気そうなのは何よりだった。
1年以上前、まだ肌寒いある春の日の夜に、Sさんに初めてその人のことを告白した日、Sさんは自分のことを仲介役だったのかな…と言った。
仲を取り持つということではなく、その人と私の間の見えない部分を繋ぐ、そういう意味で言っていた。
なぜならSさんにとってその人と仲良くなるきっかけとなった共通の趣味は、30年ぶりに再燃したもので、何で趣味が復活したのかな…とずっと不思議に思っていたとのこと。
だけど今私の話を聞いていたら、仲介役だったのかな…と。
「私、熱が再発したのとか、なんでこんなに好きなのかって思うことが時々あるんですよね。
今日の話でもしかして、なんて思いました。
私、仲介役の役目があったんですかね?そう考える方が自然な気がします」
当時Sさんは、とてもゆっくりとぽつりぽつりと言葉を手繰り寄せるようにして話していた。
そのシーンを私は今も覚えている。
Sさんと職場の中の色んな思い出話をして、私が言ったことのいくつかは忘れてたりもしたけれど、この仲介役の話は今でもはっきりと自分がそう言ったことを覚えてると言われていた。
それぐらい、Sさんにも何か強い印象を残すものだったらしい。
Sさんは相変わらず、時間がかなり経ってもその人の話をする私をそのままにしてくれて、一緒に話してくれるのはとてもとてもありがたかった。
私は色々変だと自分のことを思っているけれど、Sさんはそんな風に捉えていないみたいだった。
ブログを読んでると知ったことも言った。
おかしな話だけど、さすがにそれにはビックリしていたけれど、それも絶対に否定しなかった。
その時にSさんがふと言った。
「そういえば、小説読むんだよね。そうだった、そうだった!」
この情報は知れて嬉しかった。
私は正直な話、私のブログの何が面白いのかといつも思っている。
1回は読んだことない内容だから読むのはわかる。
でも2回以上となると、そんなに2回も3回も読みたくなるほどの面白いことも感動することも書いてない。
ましてや1つ1つが長い。
どういう読み方をするのか知らないけれど、本を読むなら私のブログも読めなくはないか…ととても都合のいいように解釈した。
その人と繋がれない現実の悲しさは果てしないけれど、こうやってその人を知ってるSさんと話せるのはとても特別で、人生のご褒美みたいだった。
当初この文章は3部構成にするつもりでいた。
ここまで書いたことの他に、ホロスコープで読み解いたこと、eat LOVEを読んで感じたこと、その2つも書く予定だった。
だけど、残りの2つを書くと、終わりがいつになるかわからなくなるから、これだけ先にアップすることにした。
eat LOVEを読むと、その世界にすごく惹かれながらも、その世界に似たものがその人を含めて私に起こってくれるかと想像したら、未来永劫訪れないと、読めば読むほど感じてしまって、すごく素敵な世界観とすごく絶望してる自分の心の中と色んな気持ちがごちゃ混ぜになった。
eat LOVEは改めて紹介したい。
でも今回は紹介抜きで、アドレスだけ冒頭に貼り付けた。
私はサイトを見る前に本人から多少説明はもらっていたけれど、中身を見るまでどんなかは知らないも同然だった。
開いて見たら、想像もしていなかったものが広がっていた。
しいて言うなら、涙が出るかもだからティッシュの用意がいるのと、公の場で読むよりも家とかで1人でコーヒーとかビール用意してしっとりとした空気の中で読むのがオススメ。
ホロスコープに関して、1つだけすぐにわかってしまったことがあった。
先生が講座の時に説明はしてくれたけれど、そのタイプのホロスコープを一度も見たことがなかった。
クラスメイトの1人がそれに準じたものを持っているけれど、本人はそれに当てはまらないと言っていたし、私もこれまでに8回顔を合わせているけれど、たしかにそういう特徴を持っているホロスコープではあるけれど、その特徴のない人で、全然参考にならなくて、どんな風なんだろうと思った。
そうしたら、その人が持っていた!
本人は言われたら怒ってしまうかもしれないけれど、本気でわかりやすいぐらい、ほとんど知らない私でさえもそうだと思うぐらいに、そしてSさんにそれを言ったらSさんも肯定した。
ちなみに、生涯を通じて、その人の持ってるその特徴の部分と同じものを持つホロスコープには今後行き当たらないと思う。
そもそもある条件が重ならないといけなくて、今年に限って言えば365日ある中でその特徴を持つ日は1日もない。
1年の中で1日もない年もおそらくけっこうあると思うけれど、だからそもそもその条件を持ってくること自体が難しい。
(クラスメイトの人は、その特徴はあるけれど、その人ほどの強度じゃない。クラスメイトの人ぐらいの確率なら年に1回は普通にある感じはするけれど、その人ほどの強度になる天体配置の確率は超ーー低いはず。)
そのやりとりはこんな風だった。
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私:ちなみに1つすぐわかったのは。
先生があるパターンが揃った場合の性格として教えてくれたことの、もうこれ以上ないピッタリな性格を〇〇さんは持っていて、超納得。
例えば、「これおいしいよね」って普通は言うのに、「この味嫌いじゃない」と逆説的というか、ストレートに表現しないみたいなもので、これは別に会話に限らず自己表現全般に言えることで。
そのパターン持ってる人に会ったことなくてわからなかったけれど、〇〇さんがそれ持っていて、「こういう感じなんだ…」と妙に納得(!!!)」
S:逆説的かー、たしかにそういう言い方するかもですね(笑)
ブシ俣さんの観察眼は本当にすごいね!
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会話はどんな風かは知らない。←したくてもできなかったから。
だけど、今ある状況はまさに上に書いたことの1つのバージョンじゃないかと思う。
ストレートに表現できない感じは、ホロスコープにそうだとわかるものが出ていた。
知れて嬉しい反面、複雑な気持ちにもなった。
私は、ホロスコープやこんな今みたいな私からして理解不能な状況からではなく、本人を目の前にしてその特徴がどんな風なのかを知りたかった。
ホロスコープの特徴も要らなくて、ただただ目の前のその人を見て、その人にしかないオリジナルの感性とか、癖とか、考え方とか、こだわりとか、抜けてるところとか、変わってるところとか、ユニークなところとか、本人は嫌がっても周りからは愛されるポイントとか、とにかくそういうもの1つ1つを見てみたかった。
特徴ありきで見るのではなく、その人を知りつつ、そしてある時ホロスコープを見たら「これ、まんまじゃん!」みたいなのが良かった。
その部分は、何も調べなくても見て即わかってしまうポイントだからわかってしまったけれども、本当はそれさえも知らずに済むのなら知らない方が良かった。
ホロスコープも見ているけれど見ていないというのは、英文の長文読解で文字は見るけれども読んで中身までは理解しない、ああいう感じで見ている。
わかってしまったのは、例えばその長文読解の中に「Japan is…」という文章があれば、何か日本について書かれているんだなぁとわかる。
そうやってわかってしまったのは仕方ない。
そもそも見るな…という話だけど。
(※先生からは、本人の許可なしにホロスコープを見るのはダメだと教えられたし、私もそう思う。だけど、今回だけは本当にごめんなさいと思いながらも、どうしても当時のことで知りたいことがあったから、それで見た。)
嫌なら嫌で、「勝手に人の個人情報を詮索しないでください。ましてやSさんにベラベラと話すのはやめてください。」でもなんでもいいから、連絡が欲しい私はおかしいんだろうか…。
ホロスコープ調べは半分以上文章に起こしたからそれと、あとeat LOVEを読んだ時に超憧れてそしてその反面超絶望した話と、おいおいアップしようとは思ってる。
ちなみにホロスコープはすぐ上に書いたみたいな性格的なものは何も見ていなくて、ただただ本人の星の配置と特定の日や瞬間の空の星の配置の重なりを見て、その影響がどうなのかだけを見ている。
Sさんと会った日が火曜日で、今この部分を書いているのは金曜日。
上手く言葉に紡げなくなり始めてる。
あの時の衝撃の感覚ではもう書けないと知る。
だから、残りの2つもなるべく間を空けないようにして書きたいと思う。
2019年6月21日金曜日
2019年6月19日水曜日
紫陽花日和からのお月見デート
梅雨の時期の久しぶりの晴れ。
「これは紫陽花日和!」と思って、早速出かけることを即決した。
新潟に初めて戻った年、どこか気が休まるところに行きたくてペンジュラムに案内をお願いしたら、ペンジュラムがiPhoneのマップの上で「ここだよ」と教えてくれた場所だった。
その近くなら何百回と通ったけれど、ペンジュラムが指す場所は小道に入って少し行くようだった。
何があるのか知らなくて、とりあえずあてが外れてもいいから行こうと思って行った。
着いてみると、そこには満開の紫陽花が咲き誇っていた。
「あじさい公園」っていう名前じゃないんだけれど、私の中ではその日以降「あじさい公園」になった。
あれから毎年この時期になると、あじさい公園に繰り出す。
10日ほど前の時はまだ早くて三分咲きみたいな感じだったから、今日はいける気がした。
その市に住んでいるSさんに連絡を入れた。
一緒に行きませんか?って。
そうしたら、「てへっ」という雰囲気は微塵も感じられないプロレススタンプ付でOKの返事をもらった。
行く前に「そうだ!」と思いついた。
Sさんとは職場が一緒だった。
私たちは当時から、有益な情報の交換に目がなかった。
美味しい店とか、美味しい食べ物とか、基礎化粧品の良かったものとか。
男の人の萌えポイントとか、イケメン行動とか、仕事中なのにそんな話でよく盛り上がった。
Sさんに何度か紹介して、さらには本当は仕事最終日に差し入れしたかった美味しいもなかの存在を思い出して、今日なら行ける!と思って、行く前にそのお店に立ち寄った。
ドキドキした。
店主のおじさんが亡くなったのがこの1、2年。
色んな家族の物語があって、最終的に3人の子どもの中の1人、娘さんが継ぐことになった。
本当は息子さんが継ぐ予定だったけれど、愛の事情から予定が大幅に変更されて、おじさんが亡くなる何年か前から娘さんがお店に入ったと、何かと情報通の母親が言っていた。
このお菓子屋さんには子どもの頃からたくさんお世話になった。
もなかにあんこを詰める時の動きは今でも思い出せるぐらいに何回も見せてもらった。
おじさんおばさんの2人で切り盛りしていて、そこに遊びに来ている私たちに合わせて少しすると休憩を取ってくれて、その時は缶切りで刺しただけの小さな穴を開けたコンデンスミルクの缶からかわいいコップにコンデンスミルクをコップ底に注いで、上からお湯を注いでどうぞと手渡してもらっていた。
子どもの目線では、給食室にありそうな大きな釜にいつも「大きいなぁ」と感じながら、調理場の適当な通路の隙間に椅子を置いて、そこに腰をかけて甘くておいしいコンデンスミルクを喉に流し込んだ。
家は建て替えられたようだけど、お店は昔のままで、お店から見える調理場もそのままで、懐かしい気持ちでお店の中に入った。
娘さんには小さな頃少しだけ会ったことがあるけれど、すでに成人したてみたいな娘さんはすごい大人のお姉さんに見えて、私の中での「24歳」のイメージは、その娘さんたちの姿だったりする。
還暦手前ぐらいなのか、何歳なのかはわからなかったけれど、年齢の上がった、でもおじさんと同じ顔をした娘さんがいた。
気を抜くと泣いてしまいそうだった。
私は自分が何者かは名乗らず、もなか2つだけをお願いした。
遠いのか近いのかよくわからない距離感の記憶と共にもなかを手にして店をあとにした。
余裕を持って出かけたはずだけど、到着はギリギリになった。
Sさんは先に着いていて、約束通りトイレ前にあるいくつかのベンチの1つが空いてるはずだからそこに待ち合わせしようと私から提案して、そしてその通りの場所にSさんは座っていた。
さりげにこういう待ち合わせが私は好きだったりする。
2人とも場所を知っていて、でもその場所は広いから何か目印になるものを約束の場所にする。
その時に、2人ともがその目印となる場所を脳裏に思い浮かべて「わかったわかった」なんて言うシーンは嬉しくなる。
会う前から共有する何かがある、ただそのことだけが本当に特別に思えて嬉しくなる。
久しぶりに会ったとは思えないくらいに、私の知ってるSさんがベンチに座っていた。
私に気付くと知ってる笑顔を思い浮かべて、「わぁ〜久しぶりだね〜」と2人で言い合いながら、とりあえず庭園の中を歩き始めた。
天気が良かったおかげか人がいつもに比べてたくさんいた。
Sさんとは多分1年ぶりぐらいに会っている。
時々自分のおしゃべり度合いが嫌になる時があるけれど、Sさんがうん、うんと真剣に聞いてくれて、とても気持ち良く色んな話ができる。
オカルト満載な話さえも「ブシ俣さんの話はいつも不思議な気持ちになる」と言いながら興味を持って聞いてもらえる。
最近発見したペンジュラムと占星術の組み合わせの方法を、東京にいる妹の知り合いが新潟でミュージカルの公演をするからと誘ってくれて行ったら車をどこに止めていいかわからなくて、近くにTSUTAYAがあると知って止めて、ついでに店内を覗いたらダウジング辞典を見つけて、パッと開いたページにその方法が書いてあった、と説明した。
本当に話を盛ってるわけではなくリアルにあったことだと言ったら、「本当に毎回ビックリするけれど、本当にそうなんだもんね〜、本当にそういうことってあるんだね」ってとにかく真っ直ぐに私が話したまま、ちゃちゃも入れずに聞いてくれる。
聞き上手な人代表だといつも思う。
私たちは奥まったところにある小さな吹き抜けの休憩所のベンチに座って話した。
飲み物は各自持参で行こう!と言っていたから、私は冷たい麦茶とアイスコーヒーをそれぞれ水筒に入れて持って行った。
Sさんもお茶の水筒を持参してきた。
そして各々が一緒に食べようと思って準備したおやつの物々交換をした。
「“〇〇の家”(店名)で、あそこおいしいお菓子が置いてあるから買おうと思ったら今日お休みで、だから☆☆屋に行ったら、このシュークリーム見つけたんですよ〜」
そう言って、白い紙袋からシュークリームを出して私に1つ手渡してくれた。
「本当はレギュラーのシュークリームにしようと思ったんだけど、なぜかこのシュークリーム11日間の期間限定で出ていて。シュークリームで11日間だけの期間限定って珍しくないですか?しかも、限定なのにレギュラーのシュークリームより安くて、どうなってるのかと思いながら、こっち買ってきました!」
コーヒー味のシュークリームで、早速その場でいただいた。
私も買ってきたもなかを出して1つ手渡した。
2人で食べながらも喋る口はそのままで(←主に私)、ちょっとだけ真面目な話もした。
Sさんが最近温泉や大型入浴施設に行くと、肌の調子が悪くなったり具合が悪くなったりすると言った。
温泉の1つはうちから一番近いところで私も何回か行ったことがあって、あそこで調子悪くなるなんてよほど合わなかったのかな…と思ったけれど、そのすぐあとに「なんか違う気がする」と思った。
ペンジュラムを出して、Sさんの手の上にペンジュラムをかざして聞いてみた。
やっぱり温泉とかではなく、原因はまさかの月で、Sさんの場合は新月よりも満月の方が影響が出やすいとわかった。
肌につけるものに注意が必要というところまでわかると、Sさんに聞かれた。
「もしかして、肌に合うタイプとかまでわかる?」
「多分わかるよー!」
「じゃあオイルとクリームならどっちがいい?」
「オイルじゃなくてクリーム」
「私もそう思ってたんだ〜。やっぱり合う合わないってあるんだね〜」
「家にあるクリームでピンとくるのあったら言ってください」
1つ目のものはNOが出た。
Sさんが「これかな…」という皮膚科で処方されるものを言った。
聞いたらそれにYESで、それがSさんの場合は一番合ってるとのことだった、ペンジュラムいわく。
ふと気になって、Sさんに生年月日を聞いてさっとSさんのホロスコープをサイトで作って見て、その場でわかることを少し話した。
だいたい数ヶ月とかのスパンで不調や何かを感じる場合、公転周期の遅い天体の影響が考えられる。
Sさんは思った通りだった。
こういう時いつも考えてしまうけれど、嘘を言うとか隠すとかは嫌だから、あくまでも「傾向」として話す。
知らないよりもそうだと知っていた方が良いかな…なんて思ってしまう。
さらに、これから数年の中で明治維新とか天動説から地動説に移行した時並みの世の中の変化を迎えると読み解けるのに、それを知ってて黙ったままなのも考えものだった。
というようなことも、自分の中にある思いと共に話した。
Sさんは聞いてくれた。
「これ、みんなに話すわけじゃないよね?話せると思って話してくれてるんだよね…」
本当にそうだからそうだと答えた。
Sさんは自分のことを気付かない鈍い人と思っているけれど、私から見て絶対に違う。
その話を聞いて、話よりもその「私が誰になら話すか」みたいなところに注目できることがもう私からして「気付く人」だと感じる。
Sさんはわかってないみたいかだから今言うと、「誰なら私が安心して話せるか」の部分を本当に何の気負いや構えもなく自然に満たしてくれる人で、それが私だけじゃなく他の人たちも言葉にわざわざしなくても感じてることだと思う。
ちなみにSさんは本当にすごくて、職場の人たちの個人の連絡先をほぼ全員分知っている。
私が辞めた翌年にSさんも16年勤めて退職されたけれど、すごいのは歴代の一緒に仕事した人たちの1人に「みんなが私の交通費と宿泊代を出してくれるなら東京に行ってみんなに会えるのに」と言って、それを本当に実現してもらったとのこと。
それが何よりもの退職祝いになると話してリクエストしたらしい。
ちなみにSさんは派遣で16年もいた人!
正社員とか契約社員ならまだわかるけれど、派遣でそういうことをしてもらうなんてのは、私からすると例外中の例外だと思う。
(派遣差別ではなくて、珍しいという意味)
Sさんの一声で、Sさんとゆかりのある一緒に仕事をした人たち関係者10数人で本当に集まって会を開いてくれたとのこと。
まさにSさんの人徳だなぁと思った。
「言ったもん勝ち」とSさんは言っていたけれど、それは言えるだけの関係をSさんが長いこと1人1人の人と築いたからの一言に尽きる。
話を聞けば、今は部長級の人もお二方おられたようで、そんな人たちをも動かす。
ちょうど後から、『未来事典』の本をSさんと一緒に見て、そのSさんの性格まんまのことが中に書かれていて、Sさんと2人で目を丸くして驚いた。
途中で今日のメインイベント「あじさい公園」に移動した。
Sさんもバーベキューをしたことがあって知ってる場所だった。
だけど紫陽花の咲く時に行ったことなかったから知らなかったと言われた。
私は、初めて見つけた年以降毎年見に来ていて、Sさんと一緒に働いていた時は、やさぐれると仕事帰りによく寄ったと話をした。
Sさんにその気持ちわかると言われて、Sさんも時々気持ちを晴らしたい時、自然のある場所や公園に行くと言っていた。
Sさんと並んで歩いた時に、Sさんが言ってくれた。
「ブシ俣さんと私って、たとえ共通の趣味はなくても、お互いにこういう感性、大切にしてることや大切にしたいこと、安心するポイントが似てるんだと思う。
こういうのを思うと、人と仲良くなれるかどうかって、付き合いの長さとかじゃなくてそれ以外の部分で大切なことが同じかどうかかな…なんて思う」
すごく嬉しい言葉だった。
本当に趣味はほぼ何もかすらないぐらいに違うものがお互いに好きだけど、言われてみれば自然の中に身を置くことや、くだらないことから深いことまで色んなことを話すことはお互いとても好きだったりする。
人が少なくなった公園の中で2人で似たような写真を撮って、次のあじさい公園へと行った。
私が先に運転をして後ろからSさんが付いてきた。
運転しながらSさんのサイドミラーが超素敵で、バックミラーから何度も何度もチェックした。
後から聞いたら、美術系の大学に通う娘さんが描いてくれたとのこと。
初めて誰かとあじさい公園に来た。
少しだけあじさいを見たら、公園の中の高台のデッキウッド調の椅子とテーブルが置かれているところに移動した。
「今日スペシャルなお茶を用意してきたんです」と言いながら、Sさんがリュックから仕事の時によく見かけた蓋のデザインが可愛い水筒と黒い陶器のカップとプリンなんかをコンビニで買うと付いてくる透明のスプーンを出した。
「これ、食べる紅茶なの!すごい匂いがいいでしょ♪」
匂いを嗅いだだけで、果物のフルーティーな匂いがして、それだけで「美味しい」ってわかった。
それをカップに適量入れて、お湯を注いで、1つ私に渡してくれた。
「お湯冷めちゃったかもだけど…、大丈夫かな…なんか大丈夫そう…」とか言いながら渡してくれた。
食べる紅茶も実際にすごく感動したけれど(仕事中に教えてくれた美味しいお茶の正体だった)、それよりもこのSさんの心遣い、家で今日のおしゃべりデートを想像しながらあれこれ用意してくれたその心持ち、それにめちゃくちゃ感動した。
そこで『未来事典』を見ながら、Sさんのテーマを少しだけ見た。
Sさんは「当たりすぎて怖すぎる」と言って、多くは見ず、最小限だけチェックした。
子どもたち3人と旦那さんの分をその場で調べて見てみた。
1年以上前、Sさんと仕事帰りにうちの近所のおいしいイタリアンで飲んだことがあった。
その時に長男くんと娘さんとが車で迎えに来てくれて、私は2人ともと会った。
本当に素敵な子たちで、短い時間しか一緒にいられなかったけれど、すごく気持ちの良い空気が車内に広がっていた。
長男くんは私と誕生日が1日違いで、私と全く同じテーマを1つ持っていることがわかった。
娘さんは、ついその前の日に、ペンジュラムが来た時のホロスコープで見つけたペンジュラムの「まさに!」という性格のところと同じものを持っていた。
あの時にすでに色々繋がっていたんだなと知って嬉しくなった。
私たちは空の色が変わるのを時々確認しながら、色んな話をした。
職場の人たちの話もたくさんした。
ヒューマンドラマじゃないけれど、誰がどうしてるとかいう話ではなくて、今となればすべて「思い出」の部分だった。
例えばSさんが最後に一緒だった新入社員の男の子とは、なんと家族ぐるみで付き合ってるとのこと。
その時にトップの悪口じゃないけれど、「あの人は頭がいいかもしれないけれど、それと同じことを俺に求められても困る」と愚痴ってたという話が出てきた。
私はそれを聞いて、突然記憶が繋がった。
今のトップの人は、私が辞めた時のトップと同じ人で、たった一度だけ参加した飲み会の時に話してくれた話を思い出した。
彼は元々勉強とかできなかったタチで、中学の途中ぐらいまでは下から数えた方が早いぐらいに悪かったとか言ってたと思う。
途中、やればやった分わかるようになるし点数も取れるとわかって、猛勉強してトップに上がるまでやり抜いた話を教えてくれた。
たしかに今の彼だけ見たら頭の回転が速い部分だけ目立つかもしれないけれど、そこに至るまでめちゃくちゃ努力して上がった人だから、多分やればできるという自負があってのことと、さらには自分のところについた子ができるようになるのは本当に嬉しいからだからきつくなっても教えるべきものは教えると言っていたことも思い出して、それ今の新しい子に教えてあげたらちょっとトップの人の見え方が変わるかもね…と伝えた。
Sさんも「それいいね!」と言ってくれ、今度会ったら話す!と言っていた。
そうだ、思い出した。
Sさんから衝撃の事実を聞いた。
私たちが通っていた職場は、これから何年もしないうちになくなってしまう計画らしい。
事業展開が変更して、ほぼほぼ内部では確定しているとのことだった。
トップシークレットらしく、言う人も私は誰もいないけれど、まだほとんどの人が知りませんと言っていた。
Sさんも「さすが!」と思う状況でたまたま知ることになった。
それを聞いて、ますます色んなことを思った。
あの時にしか存在し得ない時間と空間だったと知った。
色んな思いが交錯しすぎて、それはまた違う記事で書こうかな…と考えている。
その時に当時のトップの人の話が出た。
Sさんだけがこの世で唯一、当時のことを登場人物含めて知っている人だった。
Sさんは本当に素晴らしくて、知った後も、私は私、元トップの人は元トップの人と分けて、それぞれと付き合ってくれてる。
当時肩を並べて仕事をしていた時に、Sさんはその人の情報を私に教えてくれた。
私の知らないそして知りたかったその人のことを、私は黙っていつも聞いてた。
最後辞める前に、ずっと何も言わずに色々聞いていたことが心苦しくなって、Sさんに話した。
当時や最近のことを聞きながら、その人がとりあえず元気だと知れて良かった。
珍しくその人から誘いがあったとSさんが言って、とても喜んでいた。
その人は自分のそういう行為が誰かを喜ばせるって知ってるんだろうか…と思った。
そういうことを滅多にしない人らしいから、とても特別なようだった。
Sさんが「Oさんって知ってます?」と聞いてきた。
名前聞いただけじゃわからなくて、「その人知りません」と答えた。
「あー、たしかブシ俣さんいた時に1回来たはずなんだけどなぁ…」
Sさんが「マサルですよ!」と付け足した。
その名前を聞いた瞬間、私はマサルと呼ばれる人物の人の良さそうな、静かだけどみんなから気にかけてもらえてた人のことを思い出した。
一度、それも数分しか見てないのに、顔まで覚えてた。←超稀な出来事。
不思議な気持ちになった。
1人1人を単体で見ると繋がりなんて何もなさそうなのに、そうやって見えないところで今も繋がり続けてるのが羨ましかった。
あと、本当はこんな方法一番良くないんだとわかってはいるけれど、誕生日を知れることになった。
私は自分の身に起きた色んなことが結局自分だけの話だったのか、相手側にも何か影響があったのか知りたかった。
ホロスコープを読むようになってますます知りたくなって、なのにそれだけ知れなくて勤めてた当時から悔しかったと話した。
(勤めていた時はホロスコープは知らなくて、単に何となく知りたかっただけ)
Sさんがすごい嫌がってた個人情報を扱うファイルの整理の仕事も私が率先してやったのはそういう意図があったからだけど、そうまでしたのに知れなくて残念過ぎた!と私がわぁわぁと今さらのように告白した。
そうしたらSさんが「私誕生日、そういえば知ってるかも」と言い出した。
提携会社の人がその人の誕生日にケーキを買って持ってきてくれたらしい。
それでSさんも誕生日と知って、LINEで「誕生日おめでとう」と送ったら「バカヤロー」のスタンプが返ってきたんですよ、笑えるでしょ!と教えてくれた。
Sさんは、当時のやりとりをLINEで検索して、そしてそれを見事に見つけた。
「何日か当ててくださいよ!」
Sさんはもったいぶって言った。
私は一度だけ仕事中に隣りの人が「たしかこの日だったと思う」というのを聞き逃さなかったことがあって、そのことを説明しながらその日付を言ってみた。
「あたり!」と言われて、バカヤロースタンプも見せてもらった。
私は日付は見ずに、その個性的なバカヤロースタンプを見た。
その人らしい反応だなぁと思った。
多分素直に「ありがとう」とか言えなさそうと思った(笑)。
Sさんは日付を確認しながら、「ブシ俣さん、その時いなかったでした?」と聞かれた。
それは私がその職場に行く前で、そして行って実質3ヶ月ぐらいしか重なる時間がなかったことも話した。
「本当にすごい僅(わず)かな時間だったんだね…」とSさんも驚いていた。
その近未来になくなるかもしれないその場所で、本当にタッチ差みたいな形で少しの間だけ一緒の空間にいることが許された人だった。
その話を聞いて後から思い出した。
買ってきてくれた人がいつだったか私の隣りの席の人と、トップの人の呼び方だったかそんなような話をしていたことがあった。
新潟に着任する前?役職に就任する前?に仕事で呼ばれたのか、その人はケーキをプレゼントしてくれたKさんと一緒に現場に出た日があったようだった。
言い方から、1回ではなかったのかな…という感じがした。
Kさんは、その時はまだ役職名がなかったから、下の名前にちゃんを付けて「〇〇ちゃん」と呼んでたと言っていた。
隣りの人に「うっそー!?そんなことあった?」とか言われながらも、「嘘じゃねぇよ、ほんとだよ!」と返してた。
「だけど、まさか役就いて、下の名前で馴れ馴れしく〇〇ちゃんなんて呼べねぇから、今度は〇〇長(役職名)で呼んださ」
ケーキの話とその話がリンクした。
Kさんがその話をしていた時(もちろん本人は不在)、Kさんはその人のことを自分の方が年上ではあるけれど、慕っていることが雰囲気で伝わってきた。
なかなかキツイ感じの人ではあったけれど、きちんとしてるのが好きできちんとしてないのは多分ダメなタイプで、Kさんはその人の仕事のやり方とか向き合い方が好きだったんだろうなぁと思った。
実際に私が知れる範囲で、2人それぞれ仕事のスタイルは似ていた(資料に残っていてそれはわかった)。
だから、Kさんがケーキを買った話を聞いて、すごい意外な感じなのに突然あの時すごい納得した理由を、私は後から色々繋がって「だから納得したんだ」と思った。
Kさんが誰か個人の話をそんな風にしたのは、私がいた中でそれ一度きりだったと思う。
仕事上のやりとりで誰か個人の名前は出ても、仕事ではなく本当に個人としての、はっきり言って仕事には関係のないことを、とても嬉しそうに話してたのはそれ一度きりだったと記憶している。
ましてや誰かに誕生日ケーキを渡していたのなんて、私は一度も見たことがない。
何人か誕生日を迎えた人たちはいたけれど、そんなことしてもらってた人はいなかった。
静かな人ではあったけれど、愛されキャラだったんだなぁと思った。
私は帰る時間を気にしなくて良かったけれど、Sさんは大丈夫なんだろうかと思った。
Sさんも今日はごはん作らなくていいし、時間大丈夫と言った。
日も沈み始めた頃、私たちの後ろ側は太陽のオレンジの光が強く当たっていた。
見て!きれいだよ!と言いながら2人で見た時に、「こういうのを共有できるっていいね」みたいなことをSさんが言ってくれた。
しばらくすると、今度は私たちの眼前の方に、さっきのオレンジ色の夕日光線が真っ直ぐ遠くにまで伸びてた。
今度はSさんが「見て!」と言った。
外はどんどん冷えてきたけれど、私たちはずっとその場で話し込んだ。
街灯がなくて、遠くの家々の光や車のライトぐらいしか光はなかった。
お互いの顔を見ても目は見えなかった。
でも互いに顔を見合っているのが、黒い輪郭の感じでわかって、見えなくても見ようとするその感じがいいなぁと思った。
途中、ギターを持ってきて弾いたおじさんがやってきて、やさしい音色のバックミュージック付きだった。
平原綾香のジュピターが、この空気感としっとりとマッチしていた。
一度「移動します?」って聞いたけれど、Sさんはこの感じが特別だからこの方が良いと言った。
私も同じ気持ちだったから、それもまたとても嬉しかった。
Sさんは言った。
「寒くても暗くてよく見えなくても、こういう中で話ができる、一緒に時間を過ごせる、そのことの方が私にとって特別でとても嬉しいことだから、このままがいい」
Sさんも私もこういう時間は、少なくとも今日のような時間は下手したら一生で一度きりかもしれないとわかっていたから、この特別過ぎる時間を心から満喫した。
途中、雲の間に光が見えて、もしかして月が隠れているのかもしれないなぁ…なんて思っていたら大当たりで、Sさんに「見て!月だよ!」と言って、お月見タイムと相成った。
私の方からはよく見えるけれど、Sさんからは見えない方だったから、途中私たち2人でベンチの向きを変えて、2人共が見えるように座り直した。
2人で数十分おきに携帯で時間を確認して、まだいいかな…なんて言いながら、いつまでもいつまでもこの今ある時間を楽しんだ。
そんな時に、山形県沖を震源地とする大きい地震が来た。
最初携帯の「地震速報」を知らせる緊急メールみたいなのが入って、その地域の設定なのか大きな警告アラームみたいなのや、無線の緊急放送みたいなのが一斉に大音量で入って、それにビックリしたら、本当にユラユラとものすごい長さで、そして途中からはどんどん強く揺れて、ものすごい怖かった。
Sさんは本当に地震が苦手で、私以上に怖がって私の手をぎゅっと握っていた。
本気でダメなんだとわかって、私はSさんの背中をさすった。
冷静になれたのは、Sさんのおかげだった。
あんなの一生で何回もないと思うけれども、突然冷静にならなきゃいけないとスイッチが入った。
Sさんは取り乱してごめんねと何度も謝っていたけれど、私は気にならなかった。
むしろ、こういう時にSさんが隣りにいてくれて心強かったし、そしてこんな貴重な、大切な思い出になることがその時から決定していた時間の最後に地震が起きたら、一生忘れない思い出になると確信した。
私なんかは、この後から次の日にかけて何人かから地震大丈夫だった?と聞かれて、大丈夫という返事と共に、この素敵な時間の最中だったことをみんなに触れ回った。
1人は、
「そりゃあ言いたくなるよ‼️
特別感たっぷりだもん!!」
と返してくれて、わかってくれてめちゃくちゃ嬉しかった。
もう1人、私はSさんにホロスコープのクラスメイトのNさんからプレゼントしてもらった絵をわざわざ持って行って見せたんだけど、そのNさんからお月見タイム&地震についてとても素敵な解釈が送られてきて、それを後からSさんにも転送した。
絵を描いた人だよって説明しながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんとドラマティックなシチュエーション! なんか、始まりって感じがした、そのシチュエーションを思い浮かべたら。新しいフェーズの始まり。不謹慎というものかもだけど、すてきなシーンだなあ。
(転送しなかったけれど、もう1つ後から来たもの)
地震のこと、
マラソンのスタート地点って、
みんな一斉に走るから大地が揺れる感じがあるじゃない、
で、すごい歓声、みたいな。
ぶっしーメール読んで、感じたのは、そういうイメージ。
高層ビルのオフィスで地震にあうのとは、意味が違うって思った!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
余震を心配してしばらく待機したけれど、何も来なかったから私たちは落ち着いているうちに帰ることにした。
体はすっかり冷え込んでいたし、地震の揺れでかなり気持ち悪くなっていたけれど、心は言葉にできない充足感でいっぱいだった。
ここには書ききれないもっともっと多くの色んなことがあった。
だいぶ濃縮して書いてこれだから、実際はもっともっと濃密だった。
Sさんも私も会ってすぐぐらいに「本当は何回か連絡しようとしたんだけど…」と、お互い連絡しようとしてやめたことが会ってない1年ぐらいの中で何回かあったことを知った。
こういうのって口にしなきゃなかったことになってしまうもので、でもわざわざ口にするとお互いに知ることでプラスアルファの気持ちをお互いにプレゼントできる。
こういうことがSさんと私の共通点なのかもしれない。
目には見えないけれど、確実にあったら嬉しいもの、それが同じ。
冒頭の写真がどんな順番でアップされるかわからないけれど(システムの具合次第で勝手に入れ替わる)、ルイボスティーとヘアゴムと栗模様の袋はSさんからいただいたもの。
ヘアゴムは来週の東京行きの時に付けていこう!って即決した。
「普段ブシ俣さん、ピンクってイメージがないんだけど、これはブシ俣さんはピンクって感じがしたの」
と言って渡してくれた。
いつかどこかのお店の中で、私を思い浮かべてくれたんだなぁとわかったらすごく嬉しかった。
そして、同じおそろいのヘアゴムをSさんがしていた。
おそろいなのも嬉しかった。
ルイボスティーに至っては、朝よくパッケージを見たらすごいことに気付いて、「狙いました?」って聞いたら、「買う時に知ってたので 笑。狙ってはいないですけどね 笑」と返信がきた。
花見やお月見しながら話に登場した内容とシンクロしていて、それ見てテンションが上がった。
朝ドラ『なつぞら』を見ていたら出てきたセリフ。
【奇跡は、当たり前のことをする勇気なんじゃないか…。】
〜6/19放送分より〜
Sさんも私も特別なことをしたんじゃなかった。
当たり前というか、お互いにお互いの好きを交換する、それをとてもスムーズに行えた一期一会の瞬間瞬間だった。
そして、そのかたまりが「奇跡」となって、2人の元へ舞い降りてきた気がする。
2019年6月18日火曜日
人生の分岐点を思い出した満月の夜
射手座満月の夜(6/17)。
朝から何だかんだと10時間近くホロスコープ関連の調べ物をしていた。
ペンジュラムがやってきた日のホロスコープで新たな発見があって、それを最初備忘録として書こうと思った。
その次に、今はホロスコープの基礎にハマっていて、そのことも書きたくなった。
その後の部分はどうしても思い出せなくて、その次に出てきたのが1年前のことだった。
「あっ!!」と声が出そうになったぐらいにビックリした。
記憶を確定するために、得意の記録ノートを探し出してきて、本当にそうだったかを確認した。
やっぱりそうだった。
不思議話がしたいわけではないけれど、本当に見事に仕組まれていたから、「こういうことなんだろうなぁ…」と思った。
真相は知らない。
だけど、こういうことこそ、宿命って呼んでもいいと思う、あらかじめ全ては決まっていたんじゃないかと思った。
なんとなく思い出してきたけれど。
4月に年度が明けてからの私は、ホロスコープに関して基礎を中心に学ぶようになった。
その話を書こうと思った時に、過去に受けたいと思って結局受けなかった占星術講座のことを思い出した。
そして、それを思い出したら「あっ!!」となった。
受けたいと思った占星術講座は去年の9月の下旬に予定されていた。
1ヶ月前の8月から受けたいなぁと思っていた。
募集が始まってすぐの日からずっと毎日申し込むか申し込まないかを決めかねていた。
9月はまだ、5月開始からの占星術初級講座の途中だった。
初級講座は、先生の方針で、出席するにしても欠席するにしても受講費が発生するようになっていて、欠席の場合、後日資料と音声データが送られてくる方式になっていた。
もう1つの講座は、受けるなら今がタイミングなのかな…と当時は思っていた。
ホロスコープから自分の人生の駒の進め方を読み解くみたいな講座で、主に仕事でどう発揮するかということを知っていくワークショップ型のものだった。
当時、他の占星術家よりも熱心に毎日チェックしていた占星術のブログだった。
本当に行きたかった。
だけど、ここで1つ問題があった。
もしその講座に出る場合、開催地は京都で、それに参加したら9月の東京である初級講座は欠席しないといけなかった。
2つとも出席できるほど資金は潤沢とはいかなくて、出席するならどちらか1つだった。
迷った私は、とりあえず京都側の申込状況をしばらく観察した。
そんなこんなのうちに、8月の東京での初級講座の日を迎えて、いつもの通り高速バスで東京に向かった。
私は京都に行った方がいいなら、そうだとわかるサインをくださいとお願いした。←決められない時の私の秘策。
そうしたら、途中のパーキングエリアで、わりかし大きな文字で「京都」と書かれたトラックを見かけた。
申し込もうと思った。
東京での講座を終えて家に戻ってから、申し込む前に1つ事務的なことで確認したいことがあって、その問合せメールをまずは送った。
それさえクリアになればあとは申し込むだけだった。
問合せメールの控えが自分のメールアドレスにも送られてきた。
24時間以内に返信とあった。
あとは待てばいいだけだった。
ドキドキしながら待った。
24時間経過したけれど、何もこなかった。
48時間を超えた頃、さすがにおかしいと思って、返信がない場合の対応を調べた。
どっちが先か忘れたけれど、定員に達して募集終了になったか、それとも私の方でそもそもが何かおかしいと思って一旦立ち止まったか、どちらにしても私は結局申込をしなかった。
「何かおかしい」の当時の記憶はおぼろげだけど、何となく「スムーズにいかない=行ってはいけない、ストップがかけられている」と思った。
どうして問合せメールの返信が来ないのかはわからない。
ただ、毎日ブログもアップすれば、申込ベースで募集人数も訂正してお知らせするぐらいのきちんとした管理の人だから、そもそも返信が来ないことの方が考えにくい。
現に自分の手元には、問合せメールの控えが届いているわけだから、送信エラーというのも考えにくい。
微妙なラインで、行けそうなのに行けない。
そのうちに募集定員に達して、行けないことが確定した。
そして、9月は当初の予定通り、連続して通った東京での初級講座に参加した。
最初それを思い出した時、「あぁやっぱり基礎の方が大事だったからそうなったんだ」と思った。
いくら後から音声データや資料をもらえても、私の場合は一度目の前で受けなきゃ全く理解できなかったと思う。
だから、発展よりも基礎ってことかな…なんてのんきに回想していた。
だけど、突然スイッチが入って、「待って…。えっ…?いや、でも間違えてなければ…」と思い始めた。
私が思い出したのは、時期だった。
私の記憶違いでなければ、京都の講座は秋分の辺りで開催だった。
逆算すると8月に申込開始になった気がした。
トラックの「京都」の文字は8月の終わりの東京行きで見た気がする…。
そこまで記憶の中の手がかりを繋げて、当時の記録ノートを出した。
「京都」の文字を見たことは書いてなかった。
代わりに、行く行かないで迷っていることをノートに書いていた。
やっぱり時期は当たっていた。
そして、あまりに感極まって泣いた。
「多分もうこの時に全部決まってた。
おじいちゃんに出会うことも。
今(2019年6月)ある現実も」
「行ってはいけない、ストップがかけられている」
その時に薄っすらそんな風に思ったことは、大当たりだった。
ストップがかかるというのは、見えない世界レベルでのストップだった。
私には時々こういうことがある。
時々なのか実はもっと回数が多いのかは知らない。
自分で認識できる範囲では「時々」感になる。
見えない世界レベルというのは、もう個人の意思でどうこうできるレベルじゃない、言うなれば天気を自分で変えられない、そのレベルでの「ストップがかけられている」感。
例えば、急募でも内々定が出ていても仕事の不採用が止まらなかった時、後から振り返って、そうまでしてでも私が就職してはいけない理由がわかった。
就職してはいけないと言うより、名古屋にとどまってはいけなかった。
経済的に行き詰まって親を頼って新潟に戻るという、非常に選びたくない選択になったけれど、そうまでして帰らなければいけない事情がその後にあった。
ちなみに帰らなければ、今ある全てがなくなる。
1年前の京都行きも、行ってはいけないものだったんだと今だからわかる。
もし行けたとしたら、私は間違いなく9月の東京行きは取り止めた。
これは想像でしかないけれど、東京に行かずその日は家にいたとするなら、私のiPhoneは割れることがなかったと思う。
家にいる時、私はよほどのことがない限り、自分の部屋以外に携帯を持ち歩かない。
部屋に置いている限り、床は畳だし、座って使う文机調のような高さの木のテーブルしかないから、高いところから落ちて画面が割れることはまずない。
あの日iPhoneの画面が割れたのは、東京駅から銀座まで歩くのにマップを開きたくて、それで携帯を手にした瞬間、滑り落ちるかのような感じで、とてもゆっくりだったのに50センチほどの高さから落ちて激しく割れた。
京都の講座と東京の講座とは日が違っていたけれども、近くは近くだった。
若干不謹慎だけど。
人の寿命は決まってる、という説を信じるとするなら…。
山で行方不明になったおじいちゃんの最期の日は、もしかしたら初めから決まっていたのかもしれない。
そして、その時に私に接触することも決まっていたのかもしれない。
もしかしたら、家にいたって、珍現象を発生させてでもiPhoneは壊れたかもしれない。
だけど、そんな不自然な形ではなく、もう少し自然に思える形の方がいいわけで(なぜなら珍現象過ぎたらホラー感が出て、さすがにそれは怖い)、そのためなら私が東京に行くという非日常が必要になる。
京都ではなく東京に行く必要があった、あの日に。
もし京都の講座に行けたら、私は9月の東京の講座は休んだ。
だから、行けないように問合せメールの返事が来ない状況も必要だった。
それがきちんと返信が来たのなら、間違いなく私は京都の方を申し込んだだろう。
おじいちゃんが山に入ったあの日、私はおじいちゃんからのサインをキャッチできるように、東京に行かなければいけなかったんじゃないか…。
そうまで思っている。
もちろんiPhone画面が割れた瞬間は何も知らなくて、おじいちゃんの存在を知るのはそれから数週間後だったし、それがおじいちゃんの仕業だったと知るのはさらに3ヶ月以上先の話だった。
そして、まさにおじいちゃんが行方不明になったタイミングで、というよりも多分命が終わった瞬間だったんじゃないかと予想しているけれど、それを伝えるために私のiPhoneがその日のその時間帯にピッタリと息を合わせて落とされたんだと思う。
そうした一連の流れに乗るには、京都は行けないようになっていたと思うし、そう思えばきちんとしてる方なのに問合せメールに返信がないことにも今なら頷ける。
今ある現実(2019年6月)について少し触れたい。
私が京都に行かなかったことで、私は1つは自分が守ってもらえたことと、もう1つは今いる地点に立てたこと、その2つがわかった。
自分が守ってもらえたというのは、自分の中の感性とか、資質とか、魂の計画部分とか、絶対に外してはならない部分のこと。
私が行きたいと思ったその講座はすごく良い講座だと思う。
きちんとしてるのがなんとなくわかる。
だけど、行くと私の生まれ持ったものに別のものが混じる。
これは予想でしかないけれど、私の場合はどこまでも純度100%自分の資質だけで自分を確立することが人生の設定になっている気がする。
何かを学びに行こうと検討する時、受けれるものと受けれないものに明確な差がある。
私が行きたがった京都の講座は受けてはいけないものだったんじゃないかな…と予想している。
例えば、英語を学ぶとする。
英文法を学ぶスクールがあるとして、それは行ける。
だけど英会話を学ぶスクールには行けない。
挨拶1つでも
・How are you?
・How are you doing?
・What’s up?
・How’s it going?
・What’s going on?
をはじめとして、色々聞き方がある。
答え方も
・I’m good.
・I’m fine.
・Good.
・So so.
・Nothing.
・Nothing new.
とこれまたバリエーションはいくらでもある。
東京の占星術講座は、そうしたバリエーションの種類だけをひたすら教える講座になっている。
言うなれば、英語でいうところの英文法と英文の仕組み。
反対に京都の講座は、英語でいうところの英会話で、それは相手やシチュエーションによっていくらでも中身は使う人のセンスで変わる。
例えば、〇〇な状況ならどういうものが素敵なのか、センス的なものを教えてもらったとする。
それはたしかに素敵でも、それはもう私のセンスではなく講師の方のセンスで、それを良いと思った私が今度はそのセンスを取り入れる、そんな風になりかねない。
それは悪いことではないし、場合によっては自分の引き出しが増えることにもなる。
だけど、占星術の基礎すら完成してなかった当時の私、そして自分独自のホロスコープの読み解きなんか絶対にできるわけないと本気で思っていた私にとって、それは絶対にやってはいけないことだった。
話が少し脱線するけれど、東京の方の先生は、私にとってこの上なくパーフェクトな先生だった。
はなから敵わないとわかるぐらいにすごい博識で基礎が超しっかりしている先生で、でも先生はひたすら学術的な基礎のみを教えるだけで、そこに個人のセンスとか色つけが本当になくて、私は最初の頃はまじめに「これ学校の(大の苦手な)理科の勉強みたい」と思った。
初期の頃は本当に辞めたいぐらいに楽しくなかったし、苦行のような学びだった。
だけど、今となっては、超基礎の基礎を徹底してもらえたおかげで、正しい知識を身につけられた。
そして、最後に先生が言ってくれた言葉が忘れられない。
「史子さんは史子さんの星読みをして下さい。史子さんにしかできない星読みをして下さい」
そんなようなことを言ってもらった。
先生はスタイルとかも何にも言わなくて、もちろんやり方に押し付けもなくて、唯一色々テコ入れしてもらったのは、読み方の誤りとか偏った読み方をしている時にもっと俯瞰的視点を取り入れることとか、そういうこれから長く星読みをするなら絶対に外してはいけないことばかりだった。
自分ならではのスタイルが見え始めたのはつい最近の話(今年の5月)で、去年の秋口ではまだ全然早かった。
もし京都の講座を受けていたら、私の星読みは頭で考えられたすごく限定的なスタイルになったと思う。
私が最近できるようになった新しい読み解き方は、ホロスコープのどの本やサイトを探したって絶対に載っていない。
載っていたのは、ダウジング辞典で、さらにはそこからやり方を発展させたのは完全に自分の感覚だけで、自分にも最初やって効果を感じたし、その後2人の人にモニターしてもらってそちらも良い結果に繋がってくれたから、あぁこのスタイルなんだとわかった。
1年前の夏にホロスコープ鑑定を受けた時に言われた言葉を思い出す。
【誰かの真似はできなくて、自分の中にある何かと何かを組み合わせていくタイプで、その組み合わせたものを提供していく。
複数ヨッドの人は、例えば写真家をしながら人道活動もするみたいな感じで、全く関係のないものを組み合わせる。
だから、自ずと自分のモデルとなる人が圧倒的に少なくなってくる。
別々のことをするのではなく、組み合わせる形で自分だけの在り方を確立していく。】
(※文中の「ヨッド」はホロスコープ用語)
だから、あの時、京都ではなく恒例の東京での講座に行くのが正解で、間違えて京都に行ってしまったのなら、私は今ある自分にあるもの(才能)には気付かずにいたのかもしれない。
去年の9月、私が繋がる必要があったのは、京都の先生でもそこで一緒に受講するだろう人たちでもなく、魂だけになってしまったおじいちゃんの方だった。
おじいちゃんこそが私が絶対的に繋がる必要のある人で、そしてそこに至るまでのプロセス然り、その後に展開したプロセス然り、どちらもおじいちゃんなくしては絶対に体験しえないことだった。
今となっては、3年前私が名古屋から新潟に戻ることになったのは、ある1人の人に出逢うためだったと思っている。
あの時はわからなかったけれども、結果としてそれが大本命の絶対に外せない人生のポイントだったと思う。
その人に出逢ったことで、私の生まれる前に設定してきたもののスイッチが入ったと私は思っている。
これだけは自信を持って言い切れるけれど、その人なくしては私のこのオカルト体質は発芽しなかった。
ペンジュラムを使うとかホロスコープを学ぶとかは、その人なくしてもある程度1人でやれた。
だけどそういうことじゃなくて、そうしたものに触れる時の心構えとか、自分の心の開き具合とか、揺るがない心を持ってそれらと対峙するとか、いわゆる「愛を持っておこないなさい」なんて言われる時のその愛の部分の感覚を、きちんと開いてくれた人だった。
私はゲームをしないからその辺りは詳しくないけれど、ロールプレイング系のもので、アイテムを次々に手にして強くなって最後はラスボスと戦うみたいなの、あれに似ている。
ペンジュラムとか占星術なんてのはアイテムの方。
そして、そもそもゲームを続行するためには、ライフとか愛とか勇気というような、そのメインキャラクターが持っていないと死んじゃうもの、そうした部分の命の根幹のところを確実なものにする、その部分担当の人だった、私からしてみたら。
相手からは迷惑万来だったかも知らないけれど、私から見てはそうだった。
そこから始まった様々なことが中間地点におじいちゃんがいて、さらにオカルト色を強めて、そして今、新しい人間関係がポツポツと始まり出した。
こういう人たちと知り合いたい…。
そうやって願って、でも元々人見知りで家にこもっても平気なタイプだから、外にも出ずに全くもって無謀な願い事だった。
でも新しい人間関係は意外な形でもたらされて、そして私が何1つ無理しなくていい、ちょっとだけ勇気は必要だったけれども、自分が出せるレベルの勇気で無理がなくて、ある程度自然にやれた中で小さく繋がり出したものだった。
それは京都に行っていたのなら叶わないことだったんじゃないかな…と思う。
そして新しい人間関係、正しくは知ってはいたけれども仲を深められるようになったのは、紛れもなくおじいちゃんが関係している。
おじいちゃんが私の人生に登場してくれなかったら、今ある新しい人間関係も多分今のようには発展しなかったと思う。
発展するためのキッカケが必要だったわけだけど、そのキッカケをなんと亡くなったおじいちゃんが作ってくれてる。
本当にまだまだ小さなステップで本当にこれで大丈夫なのかはわからない。
だけど、私の中で明確に「きちんと繋がっていきたい」という意志がある。
やっと自分のままでいられる場所、それもオカルト体質も隠すことなく、色々世の中の価値観とズレてることもそのままで良くて、弱い自分も情けない自分も普通に出せる場所、やっとやっとそういう場所が見え始めてきた。
京都に行っていたのなら、なんとなく想像がつく。
多分私は、弱い自分や情けない自分を隠して何かをしたと思う。
でもそれじゃ今までと一緒になっちゃうから、それでは意味がなかった。
また誰からも受け入れられそうな自分を演じて、その自分でいってはまたいつか限界が来たと思う。
知らぬうちに去年の夏から秋にかけて、大きな分岐点に立っていた。
地味な占星術講座よりも、発展的内容の講座に憧れた。
1回ぐらい休んでもいいかな…なんて安易に考えていた。
でも、あの時からもう魂の進もうとしている道ははっきりと限定されていたんだと思う。
2016年にペンジュラムを携えて新潟に戻ってきたことに始まり、2017年は1人で愛のレッスンを受けて、2018年は2017年に開いた自分の中の感覚を使って新しいことを学び始めた。
(注釈:2017年は決して1人で愛のレッスンを受けたかったわけじゃなくて、結果1人だったというだけ。私の希望は2人だった。何が悲しくて1人でそんなの受けたいんだろう…。そんな変な趣味はさすがにない!)
そして今年2019年、今度は新しい人間関係が始まりつつある。
新しい人間関係は、人間愛の愛たっぷり。
決してロマンチックな愛の方ではないのがいちいち私らしいけれど、本当に素敵な人たちが自分の人生に登場してくれたのはとっても嬉しい。
今立っているところを見ると、あの分岐点の時、多分見えないところからの介入が入ったんだと思う。
私がフラフラとそちらに行かないように、ありえないことが起こったとわかる。
無理した自分じゃなくて、そのままの自分でいい方に向かって行けるよう、道が敷かれていた。
そんなことずっと気付かずにいたけれど、今になって気付いた。
人生って本当に凄いな!!!と思った。
人間の頭じゃ計算できないことが起こって、こうして奇跡をたくさん見せてくれる。
願わくば、素敵なパートナーを人生に登場させてください…、いい加減苦行ではないほっこりするような時間を人生にもたらしてください…、と祈ろう。
[写真たち]
ほっこりからは程遠い、今朝のLINEスタンプ。
プロレス好きな方と今日(6/18)の午後一緒に紫陽花を見に行く約束をして、その時にもらったスタンプ。
「てへっ」って…Σ(꒪◊꒪ )))) 。
「てへっ」って普通笑うんじゃないの!?超真顔ですけど!これ「てへっ」じゃないでしょう…、とツッコミどころ満載なスタンプを朝から頂戴した。
スタンプを押したらスタンプショップのサイトに移って色々見てみた。
基本的に言葉と絵柄とがマッチしてない感じが…。
いつか送られてきたフィギュアの写真も超シュール( ̄∀ ̄;)。
ご本人はとっても気に入ってる(♡´艸`)♡とのこと。私も左下のフィギュアをプレゼントして、それはして良かったなぁと思った 笑。
ちなみに、スタンプやフィギュアからは想像できない綺麗な女性。
2019年6月17日月曜日
「好き」の確認作業
自分の「好き」の確認作業を最近思いついた時にやっている。
年齢と共にかなり自覚するようになってきたけれども、私の好きなものは人には大きな声で言えないものが多かったりする。
今は全く読まなくなったけれども、婚活ブログに一時期どハマりして読んでいた時、「趣味」についてのハウツー本的な説明や解説を何人かの人が書いていたのを読んだ。
私が覚えている限り、婚活のプロフィールで多い女の人たちの趣味は、
・ヨガ
・旅行(海外旅行)
・ゴルフ
・ワイン
・食べ歩き
とかが多くて、お金がかかりそうなイメージでイメージダウンになったり、意識高い系が感じられて逆に気が休まらなかったりして、あまり良い風には言われていなかった。
私からしたら、意識高いかどうかは別にして、聞いてパッと何を指すのかがわかるし、あまりつっこまれないタイプの種類なのが羨ましいなぁと思った。
ちなみにこの24時間以内で私が一番萌えたのは、「呼び方の確認作業」だった。
相手の人が初めて私のことを「ぶっしーさん」と呼んだ。
それまではぶしまたさんだった。
私は用事そっちのけで、「ぶっしーさん」に目が釘付けになった。
実は私もひっそりと「別の呼び方をしたい」と考えていた。
苗字にさん付けの味気なさといったらなく、でも積極的にフランクな呼び方をいきなりするのもどうかと思った。
しかもあだ名を知らないから、普段他の人たちの前で何と呼ばれているのかを知らない。
ムクムクとその考えが出てきても、かなりしょうもない話すぎて、話をするのもためらわれることこの上なかった。
そんな時に、まさかの「ぶっしーさん」が登場してくれて、私はすぐに食いついた。
相手もまた素晴らしい人で、私のその話にのってくれた。
今は相手をどう呼ぶか考え中で、何て楽しい考え事だろう♪と1人で悦に浸ってる。
こういうのって、どの人相手でも一生に1回しか体験し得ないものだけど、私にはそれが相手との距離が縮まる感じですごく好きな瞬間だったりする。
しかもそういう些細な話で盛り上がれると、さらに私の中のボルテージは上がって、ますます「楽しい瞬間」が増え続ける。
とかいうことを仮に趣味として紹介するなら、
「お互いの呼び名を考える時間やそれについて話す時間が好きです」
とか言うんだろうか。
別に婚活の場でなくても、一般社会の中でもかなり言いにくい類いの「好きなもの」だったりする。
何でこんな話をしたかと言うと、私の「好きなもの」は往々にしてこの手のタイプのものが多い。
私は好きでも、その好きを理解できたりなんなら「同じ趣味持ってます」なんて人に遭遇できる確率がかなり低い。
「ヨガ」とか「旅行」なんてのは、話のネタとして先が広がりやすいけれど、私の好きは非常にマニアックで先が広がりにくい。
だからこれまでは、公の場では好きなもの談義に仮になるなら、当たり障りなさそうな「読書」とかにしておいた。
でも、もうそういうのもそろそろ終わりにしていいんじゃないかと思った。
一応、外用の言葉とかコミュニケーションはこれからも常備しておいて、そうではない個人の時間の時は、そうした好きなものたちを自分には正々堂々と示して、そしてそんな変わってる好きでもそれをいいとしてくれる人たちとおしゃべりしたら楽しいだろうなぁと思った。
どうしてこんなことを突然思ったかと言うと、呼び方トークももちろんのこと、2015年9月から2017年12月までの振り返りをしていたから。
(↑今日6/17射手座満月は、それを振り返ると良いとあって、早速やってる。)
その時に何があったかを振り返っていくうちに、今の私は「自分の好き」を確認しているんだなぁと思った。
ちなみにこうした振り返りも好きなことの1つ。
どハマりすると、私は何冊ものノートを広げて、ピンポイントで知りたい時期に何があったかをノートの記録から探し出す。
そしてシンクロを発見するとそれをまたノートに書いて、「ここでこれとあれが繋がって、次にあれとこれがまた繋がって…」なんて分析するのが大好きだったりする。
「好き」を難しく捉えたり、周りの目を気にしていたり、そういう自分とそういう自分でいる時の窮屈さに気付いた。
そうした自分に気付いたら、もっと心の中は自由でいいんじゃないかと思った。
呼び方トークで盛り上がった人から先週ものすごく素敵なメールが届いた。
先日誕生日を迎えたとのこと。
誕生日プレゼントの話に触れていて、なんと「星が見たい」という願いを急遽叶えてもらったそう。
その話がものすごく素敵で、そして私よりいくつか年上の大人がそういう願い事をさらりと口にできる、そのカッコよさに超憧れた。
それで、本当は別の場所に行く予定が、天気の関係で新潟になって新潟で星を見てきたのだそう。
その時に私のことを思い出してくれて、私とこんな素敵なところでお茶をしたらおもしろいだろうなぁと思った話まで聞かせてくれて、鼻血ブーなぐらいにのぼせる話だった。
その時に、シンプルな好きや、願いはもっと単純明快でいいと教えてもらってるみたいで、その辺りから自分の好きを確認することも始めた。
ということで、今絶賛振り返りの途中(2015年秋〜2017年冬の入口まで)。
写真のノート数冊の一番下が、今振り返り用に使ってるもの。
2019年6月16日日曜日
封筒の結末
初めてのホロスコープ鑑定書を無事発送し終えてホッとしたら、力が抜けたように眠りに落ちた。
本当にまさかの展開だったけれど、白黒印刷&手引き蛍光マーカー&手書きの書き足しを郵便局で指摘されてくるなんて、想像していなかった。
そして、「A4サイズの封筒がない!」と最後の最後に気付いて、わざわざ日傘差して買いに行った封筒も、「何このオチ…( ̄∀ ̄;)」という結末に。
書類系を送るのに何か安く送れるサービスがあった気がする!と、珍しく何かの記憶がささっとヒットして、色々調べた。
まーさーかー、これがとんでもない悲劇というか珍劇を生むなんて、思ってもいなかった。
郵便局のホームページもわかりにくくて、「印刷物」みたいな書かれ方をしていて、私の手元の鑑定書は印刷物だけどそれに該当するのかしないのかはっきりしなかった。
だから、私はどうとでもできるように、封筒は封筒のまま、鑑定書は鑑定書のまま、宛名シールは宛名シールのまま、という具合に何もセットせずに布袋に入れて持って行った。
袋は春に新装オープンした肉屋さんからいただいたもの。
A4サイズがきれいに入って重宝している。
宛名シールはオシャレなシールで、前によくリピート買いしていたレターセットに入っていたもので、いつも封筒とシールが余るから、オシャレにしたい時に使う専用にしている。
郵便局に到着して、見慣れたおじさんに◯◯というサービスをネットで見たけれど、それでいけるのかどうかわからなくて、もしそれでいけるのならそれでいきたいと伝えた。
おじさんも私の手元の書類たちを見て、「うーん、これはどうなんだろう…」と言いながら迷い始めた。
私も同じように迷ったからわかる。
文章の言い回しだと、該当する。
だけど、それも該当するの?という疑問も残る。
それでおじさんは同僚の女性に聞こうとしたけれど、他のお客さん対応中で、「今郵便部に確認するんで、この資料1つ持って行ってもいいですか?」と聞かれたから、よろしくお願いしますと言って持って行ってもらった。
まさかそれがその後の珍劇に繋がるなんて、その時は思ってもいなかった。
おじさんを待っていた間、もう1人の女性担当者は、何とも形容しがたい格好の還暦近くのおばさんの対応をしていた。
おばさんは黄色っぽい小さな紙を手に持っていて、これがポストに入っていたんですけれど、どういう意味かわからなくて…と言いながら紙を差し出していた。
担当者が「あ〜これですね。住所と名前から以前そちらのご住所にお住いの方だと思われるんですが、その方宛に郵便物が届いていて、それを配達しても良いものかどうかを確認するために入れさせてもらったものです」と言っていた。
紙を預かって「確認してきます」と言って奥に引っ込んで、担当者は戻ってくると「確認したら、『ユキコ』さんという方宛のものでしたが…」と言うと、おばさんの口からまさかの言葉が出てきた。
「うちの主人の前の奥さんです」
私は名前を聞いて、てっきり進学か就職か結婚で家を出た娘なのかと思っていたから、想定外の答えで1人で驚いてた。
わざわざ足を運んで確認して、その先に前の奥さんの名前を聞くなんて嫌だな…とその様子を見ていて思った。
もっともそのおばさんは気にしてない風ではあったけれど。
慣れてるやりとりなのかは知らないけれど、普通に受け答えをしていたのが印象的だった。
再婚するまでどういうプロセスがあったのかは知らないけれど、そういうことも覚悟して再婚したのかもしれないなぁ…なんて思いながら見ていた。
要らないから郵便局側に引き取りをお願いして話は片が付いた。
おばさんのことを見て、再婚というより「恋愛進行形」という感じがした。
髪の毛は金髪みたいな色で、でもボサボサで、格好はきれいな洋服なんだろうけれど、全体の雰囲気からきれいではなくなってしまうみたいな、とにかく不思議な空気感の人だった。
そして足元は、田舎なのにヒール靴で、そのヒールが全て物語っている風だった。
ヒールが悪いわけじゃないし変ではないけれども、この辺りで日常的にヒールをましてや還暦世代の人が20〜30代前半位の女の人が履くようなヒールを履いてたら、単純に目立つ。
多分私が感じた不思議な空気感は、苦手な「女が女を出す空気感」なんだと気付いた。
そのおばさんに悪い印象は全く覚えなかったけれど、女の人が男の人を意識して出す独特の雰囲気はすごい苦手なものがある。
年こそ自分の親とさほど変わらない風ではあったけれど、そのおばさんは現役の女だった。
納得したのは、「男の人を意識してる女の人」の部分だった。
おばさんの場違いな感じのヒールを見ていたら、おじさんが鑑定書と共に戻ってきた。
この後、おじさんからことごとく私の鑑定書にダメ出しを受ける。
「まずですね〜、この表紙に付けた手書きの紙がすでに【信書】扱いになるんですね」
これは私も迷ったことだったから、仕方ないなぁと思った。
「例えば、『よろしくおねがいします』と一言一筆箋を付けても、もうこのサービスの場合はご利用いただけないんですね」
郵便局超厳しいなぁと思いつつ、おじさんの話は続いた。
「これだけじゃなくて、他にも今回のものがダメな理由がありまして…」
なんだ?なんだ?と思ったら、
「まず、中に手書きで蛍光マーカーしてありますよね、これもダメなんですね」
Σ(꒪◊꒪; ))))
私の口は勝手に説明していた。
「これ、プリンターの調子が悪くて、プリンターさえ問題なければこんなことしなかったんですけどね〜」
まさかの白黒印刷&蛍光マーカーをこんな場で説明する羽目になるなんて、想像さえしていなかった。
そこはまだ序の口だった。
次にダメ出しをくらったのは、なんと親切心でやった手書きでの書き足し部分だった。
それはホロスコープ専用の特殊記号に名前を付けたもので、私も最初は全然それがなんなのかわからなくて無視したら、独学の時にはそれがわからないと話にならないと知って、それで相手の子はホロスコープに関して全く馴染みがないことと、自分をもっとよく知るためにいつかは自分で多分調べるんじゃないかな…と思って、それで書き足したものだった。
なんだか怒りさえ湧いてきてしまった。
おじさんにではなくて、郵便局のサービスに。
今運送系は本当に低価格で提供されるゆえ、それに見合わないドライバーの方たちの負担が大きくて色々社会問題になっているから、私は安くしてとかそんなことを言うつもりはない。
だけど、同じ紙類を送るのに、郵便局の基準から少しでもずれると、この後書くけれど、倍額以上の送料になるその意味がわからなかった。
しかも、基準からずれた部分っていうのは、全部個人の気遣い的な部分で、人間らしいものを差し出すとお金が余計にかかるという何とも世知辛い感じのサービスになっていた。
客単価を上げたいのはわかる。
だけど、同質のものでも、人工的な郵便物はコストが下がって、人間的な郵便物はコストが上がる、その差が私には釈然としなかった。
危険物とか形が変わってるとかで普通に対応できないものを持ち込んでるわけではないのに、何だろうこの差?と思った。
きまりはきまりだから、普通郵便でセットしてまた持ってきますと言って話は一旦終わった。
私はデスクコーナーに行って、A4の封筒と宛名シールとを使って、鑑定書2冊をセットした。
もう一度窓口で重さを測ってもらうと、なんと普通郵便だと400円ほどかかるとわかって、それでビックリした。
調べてもらったサービスなら100円台から出せるものが、普通郵便だと倍額以上の金額になる。
しかも、これならレターパックライトで出す方が安全だし安いとわかって、それで出せるかを聞いたらいけるということで、それでレターパックライトの封筒を買って再度書き直しをした。
せっかくの封筒も宛名シールも無駄みたくなって、がーん(T ^ T)となったけれど、もうこのまま入れようとそのまま封筒ごとレターパックの封筒に入れた。
色々すったもんだしたけれども、とにかく無事に発送できてホッとした。
レターパックをセットしてまた窓口で女性の方の担当者に手渡した時に「これっていつぐらいに届きますか?」と聞いた。
単にいつ着くのかを知りたくて聞いたに過ぎなかったけれど、わざわざ調べてくれてこんな風に返ってきた。
「通常名古屋までなら翌日午後到着なんですが、今名古屋方面の高速道路の◯◯工事をしていて、それで遅延する可能性もあるので、明日午後ないし日曜日に到着予定です」
何の工事なのか聞いててもわからなかったけれど、工事具合で遅くなるかもしれない…ということだけはわかった。
最後まで色々おまけ付きだったけれど、とにかくきちんと発送できて良かった。
そして、この最後の工事情報を聞いた時に「これ、本当に大丈夫だ」と私にはわかって、最後にわかりやすいサインをありがとうと思いながら、郵便局をあとにした。
帰り道色んなことを思いながら帰ってきたけれども、私はやっぱり自分のスタイルは貫きたいとわかった。
私自身が2回ホロスコープ鑑定を受けている。
2回とも見事に違うホロスコープ鑑定ではあったけれども、私は人生で初めての鑑定が初回の方で本当に良かったと思っている。
2回目の先生は内容が超マニアックで良かったけれども、これが初回と2回目が逆だったとするなら、それぞれの良さは今手にできてる量の半分以下になったと思う。
2回目の先生は口頭のみの鑑定だった。
そして、それはある程度占星術の知識を持ってから受けたものだったから、自分で読み解けないものをひたすら読み解くことに重きを置いた。
後から音声を聞いて情報を書き出したし、それを聞きながら勉強にもなったから良かった。
鑑定半分勉強半分みたいなものだった。
でも初回は、そもそもホロスコープたるものが何かも知らなくて受けに行ったから、だから本当に丸っと知識ゼロで何が伝えられるのかも知らずに行った。
鑑定書のデータを先にメールでもらっていたから内容は知っていたけれども、当日鑑定の場に行って驚いた。
私の鑑定書はプレゼントのように包装されていて、本当に自分自身というものがとても大切に扱われているみたいでめちゃくちゃ感動した。
その時の感動が忘れられなくて、私もなるべくそれに近いものを今回の鑑定書では再現したかった。
プリンターはじめ色んなことがすったもんだして、私のイメージしている形からは程遠い完成度は早い段階で確定した。
代わりに私は、中身で勝負することにした。
中身だけは、めちゃくちゃこだわった。
装飾的な部分どころかカラー印刷さえアウトな状態ゆえ、せめて中身は出せる限りのものを出そうと決めた。
そして、後から調べるにしても何も知らないとそこからのスタートで大変になるから、それだけはわかるように手書きのちょっとした説明も加えた。
相手の子が調べずに終わって無駄骨になってもそこは構わなかった。
少なくとも、私側が「あれ書かなくて後悔した」というのだけは避けたかった。
だから出せるものを出しきる、そして私だからこそ読み解けたものも書いて出した。
それは本人にはモニターを兼ねてして欲しいとお願いしたオプション的な感じではあったけれど、やってみてわかった。
それこそが私だからできることなんだと。
(私がやったことはまた未来のいつかに書く予定)
鑑定書だから本来は個人の意志を入れてる場合じゃないんだけれど、私的には「贈り物をする」ような気持ちがたしかにあった。
別記事で途中まで書いたけれども、今回ホロスコープ鑑定を正式にやってみて、やることは鑑定でも私的には「贈り物」というイメージの方が強かった。
しかもそれは私が贈るんじゃなくて、本人が本人に宛てて贈るもの、という感じがした。
私はあくまでもその贈り物の代行役・補佐役みたいな感じだった。
鑑定書は形として残る。
私が初めて自分の鑑定書を手にした時の感動は忘れられない。
これはデータだけの時には絶対に味わえなかったもので、その後全く同じものだけれど、それをプレゼントのように手渡してもらえて、私はすごくテンションが上がった。
中身は今はもうそこまで見ないけれど、何かと調べる時に私はその鑑定書を出してきて、そこにあるホロスコープの図や細かな情報を確認している。
活用はどっちでもいいけれど、最初に手にする時に何かしらの感動があるといいなぁとそれだけは思いながら作った。
形としてのクオリティーは今後要改善にしても、基本的なスタイルは今回のような気持ちでやりたい!!!、それだけは強く思った。
土曜の夜に無事届いたと連絡をもらって、相手のおかげで、本当にこの形で良かったんだと知ることができた。
今回のホロスコープ鑑定デビューの話は、2つないし3つぐらいのシリーズにして書く予定。
【追記】
10日ぶりぐらいに10日以上前の記憶がよみがえってきた。
6月のメッセージを発信する時に、本当はそっちをメインで書こうかと思って、でも書くと長くなるし今それ書く気力がないから後からにしよう…ってなって後からにしたことさえ忘れてて( ̄∀ ̄;)。
さっき当時のメモを見て、「あれ?なんかこれ書いた記憶がない…」となって、ようやく思い出した次第。
今月中に書けるといいなぁと思って、とりあえずまた延期。
他の記事も途中までのものがいくつも溜まってるけれど、それも順にアップ予定。
本当にまさかの展開だったけれど、白黒印刷&手引き蛍光マーカー&手書きの書き足しを郵便局で指摘されてくるなんて、想像していなかった。
そして、「A4サイズの封筒がない!」と最後の最後に気付いて、わざわざ日傘差して買いに行った封筒も、「何このオチ…( ̄∀ ̄;)」という結末に。
書類系を送るのに何か安く送れるサービスがあった気がする!と、珍しく何かの記憶がささっとヒットして、色々調べた。
まーさーかー、これがとんでもない悲劇というか珍劇を生むなんて、思ってもいなかった。
郵便局のホームページもわかりにくくて、「印刷物」みたいな書かれ方をしていて、私の手元の鑑定書は印刷物だけどそれに該当するのかしないのかはっきりしなかった。
だから、私はどうとでもできるように、封筒は封筒のまま、鑑定書は鑑定書のまま、宛名シールは宛名シールのまま、という具合に何もセットせずに布袋に入れて持って行った。
袋は春に新装オープンした肉屋さんからいただいたもの。
A4サイズがきれいに入って重宝している。
宛名シールはオシャレなシールで、前によくリピート買いしていたレターセットに入っていたもので、いつも封筒とシールが余るから、オシャレにしたい時に使う専用にしている。
郵便局に到着して、見慣れたおじさんに◯◯というサービスをネットで見たけれど、それでいけるのかどうかわからなくて、もしそれでいけるのならそれでいきたいと伝えた。
おじさんも私の手元の書類たちを見て、「うーん、これはどうなんだろう…」と言いながら迷い始めた。
私も同じように迷ったからわかる。
文章の言い回しだと、該当する。
だけど、それも該当するの?という疑問も残る。
それでおじさんは同僚の女性に聞こうとしたけれど、他のお客さん対応中で、「今郵便部に確認するんで、この資料1つ持って行ってもいいですか?」と聞かれたから、よろしくお願いしますと言って持って行ってもらった。
まさかそれがその後の珍劇に繋がるなんて、その時は思ってもいなかった。
おじさんを待っていた間、もう1人の女性担当者は、何とも形容しがたい格好の還暦近くのおばさんの対応をしていた。
おばさんは黄色っぽい小さな紙を手に持っていて、これがポストに入っていたんですけれど、どういう意味かわからなくて…と言いながら紙を差し出していた。
担当者が「あ〜これですね。住所と名前から以前そちらのご住所にお住いの方だと思われるんですが、その方宛に郵便物が届いていて、それを配達しても良いものかどうかを確認するために入れさせてもらったものです」と言っていた。
紙を預かって「確認してきます」と言って奥に引っ込んで、担当者は戻ってくると「確認したら、『ユキコ』さんという方宛のものでしたが…」と言うと、おばさんの口からまさかの言葉が出てきた。
「うちの主人の前の奥さんです」
私は名前を聞いて、てっきり進学か就職か結婚で家を出た娘なのかと思っていたから、想定外の答えで1人で驚いてた。
わざわざ足を運んで確認して、その先に前の奥さんの名前を聞くなんて嫌だな…とその様子を見ていて思った。
もっともそのおばさんは気にしてない風ではあったけれど。
慣れてるやりとりなのかは知らないけれど、普通に受け答えをしていたのが印象的だった。
再婚するまでどういうプロセスがあったのかは知らないけれど、そういうことも覚悟して再婚したのかもしれないなぁ…なんて思いながら見ていた。
要らないから郵便局側に引き取りをお願いして話は片が付いた。
おばさんのことを見て、再婚というより「恋愛進行形」という感じがした。
髪の毛は金髪みたいな色で、でもボサボサで、格好はきれいな洋服なんだろうけれど、全体の雰囲気からきれいではなくなってしまうみたいな、とにかく不思議な空気感の人だった。
そして足元は、田舎なのにヒール靴で、そのヒールが全て物語っている風だった。
ヒールが悪いわけじゃないし変ではないけれども、この辺りで日常的にヒールをましてや還暦世代の人が20〜30代前半位の女の人が履くようなヒールを履いてたら、単純に目立つ。
多分私が感じた不思議な空気感は、苦手な「女が女を出す空気感」なんだと気付いた。
そのおばさんに悪い印象は全く覚えなかったけれど、女の人が男の人を意識して出す独特の雰囲気はすごい苦手なものがある。
年こそ自分の親とさほど変わらない風ではあったけれど、そのおばさんは現役の女だった。
納得したのは、「男の人を意識してる女の人」の部分だった。
おばさんの場違いな感じのヒールを見ていたら、おじさんが鑑定書と共に戻ってきた。
この後、おじさんからことごとく私の鑑定書にダメ出しを受ける。
「まずですね〜、この表紙に付けた手書きの紙がすでに【信書】扱いになるんですね」
これは私も迷ったことだったから、仕方ないなぁと思った。
「例えば、『よろしくおねがいします』と一言一筆箋を付けても、もうこのサービスの場合はご利用いただけないんですね」
郵便局超厳しいなぁと思いつつ、おじさんの話は続いた。
「これだけじゃなくて、他にも今回のものがダメな理由がありまして…」
なんだ?なんだ?と思ったら、
「まず、中に手書きで蛍光マーカーしてありますよね、これもダメなんですね」
Σ(꒪◊꒪; ))))
私の口は勝手に説明していた。
「これ、プリンターの調子が悪くて、プリンターさえ問題なければこんなことしなかったんですけどね〜」
まさかの白黒印刷&蛍光マーカーをこんな場で説明する羽目になるなんて、想像さえしていなかった。
そこはまだ序の口だった。
次にダメ出しをくらったのは、なんと親切心でやった手書きでの書き足し部分だった。
それはホロスコープ専用の特殊記号に名前を付けたもので、私も最初は全然それがなんなのかわからなくて無視したら、独学の時にはそれがわからないと話にならないと知って、それで相手の子はホロスコープに関して全く馴染みがないことと、自分をもっとよく知るためにいつかは自分で多分調べるんじゃないかな…と思って、それで書き足したものだった。
なんだか怒りさえ湧いてきてしまった。
おじさんにではなくて、郵便局のサービスに。
今運送系は本当に低価格で提供されるゆえ、それに見合わないドライバーの方たちの負担が大きくて色々社会問題になっているから、私は安くしてとかそんなことを言うつもりはない。
だけど、同じ紙類を送るのに、郵便局の基準から少しでもずれると、この後書くけれど、倍額以上の送料になるその意味がわからなかった。
しかも、基準からずれた部分っていうのは、全部個人の気遣い的な部分で、人間らしいものを差し出すとお金が余計にかかるという何とも世知辛い感じのサービスになっていた。
客単価を上げたいのはわかる。
だけど、同質のものでも、人工的な郵便物はコストが下がって、人間的な郵便物はコストが上がる、その差が私には釈然としなかった。
危険物とか形が変わってるとかで普通に対応できないものを持ち込んでるわけではないのに、何だろうこの差?と思った。
きまりはきまりだから、普通郵便でセットしてまた持ってきますと言って話は一旦終わった。
私はデスクコーナーに行って、A4の封筒と宛名シールとを使って、鑑定書2冊をセットした。
もう一度窓口で重さを測ってもらうと、なんと普通郵便だと400円ほどかかるとわかって、それでビックリした。
調べてもらったサービスなら100円台から出せるものが、普通郵便だと倍額以上の金額になる。
しかも、これならレターパックライトで出す方が安全だし安いとわかって、それで出せるかを聞いたらいけるということで、それでレターパックライトの封筒を買って再度書き直しをした。
せっかくの封筒も宛名シールも無駄みたくなって、がーん(T ^ T)となったけれど、もうこのまま入れようとそのまま封筒ごとレターパックの封筒に入れた。
色々すったもんだしたけれども、とにかく無事に発送できてホッとした。
レターパックをセットしてまた窓口で女性の方の担当者に手渡した時に「これっていつぐらいに届きますか?」と聞いた。
単にいつ着くのかを知りたくて聞いたに過ぎなかったけれど、わざわざ調べてくれてこんな風に返ってきた。
「通常名古屋までなら翌日午後到着なんですが、今名古屋方面の高速道路の◯◯工事をしていて、それで遅延する可能性もあるので、明日午後ないし日曜日に到着予定です」
何の工事なのか聞いててもわからなかったけれど、工事具合で遅くなるかもしれない…ということだけはわかった。
最後まで色々おまけ付きだったけれど、とにかくきちんと発送できて良かった。
そして、この最後の工事情報を聞いた時に「これ、本当に大丈夫だ」と私にはわかって、最後にわかりやすいサインをありがとうと思いながら、郵便局をあとにした。
帰り道色んなことを思いながら帰ってきたけれども、私はやっぱり自分のスタイルは貫きたいとわかった。
私自身が2回ホロスコープ鑑定を受けている。
2回とも見事に違うホロスコープ鑑定ではあったけれども、私は人生で初めての鑑定が初回の方で本当に良かったと思っている。
2回目の先生は内容が超マニアックで良かったけれども、これが初回と2回目が逆だったとするなら、それぞれの良さは今手にできてる量の半分以下になったと思う。
2回目の先生は口頭のみの鑑定だった。
そして、それはある程度占星術の知識を持ってから受けたものだったから、自分で読み解けないものをひたすら読み解くことに重きを置いた。
後から音声を聞いて情報を書き出したし、それを聞きながら勉強にもなったから良かった。
鑑定半分勉強半分みたいなものだった。
でも初回は、そもそもホロスコープたるものが何かも知らなくて受けに行ったから、だから本当に丸っと知識ゼロで何が伝えられるのかも知らずに行った。
鑑定書のデータを先にメールでもらっていたから内容は知っていたけれども、当日鑑定の場に行って驚いた。
私の鑑定書はプレゼントのように包装されていて、本当に自分自身というものがとても大切に扱われているみたいでめちゃくちゃ感動した。
その時の感動が忘れられなくて、私もなるべくそれに近いものを今回の鑑定書では再現したかった。
プリンターはじめ色んなことがすったもんだして、私のイメージしている形からは程遠い完成度は早い段階で確定した。
代わりに私は、中身で勝負することにした。
中身だけは、めちゃくちゃこだわった。
装飾的な部分どころかカラー印刷さえアウトな状態ゆえ、せめて中身は出せる限りのものを出そうと決めた。
そして、後から調べるにしても何も知らないとそこからのスタートで大変になるから、それだけはわかるように手書きのちょっとした説明も加えた。
相手の子が調べずに終わって無駄骨になってもそこは構わなかった。
少なくとも、私側が「あれ書かなくて後悔した」というのだけは避けたかった。
だから出せるものを出しきる、そして私だからこそ読み解けたものも書いて出した。
それは本人にはモニターを兼ねてして欲しいとお願いしたオプション的な感じではあったけれど、やってみてわかった。
それこそが私だからできることなんだと。
(私がやったことはまた未来のいつかに書く予定)
鑑定書だから本来は個人の意志を入れてる場合じゃないんだけれど、私的には「贈り物をする」ような気持ちがたしかにあった。
別記事で途中まで書いたけれども、今回ホロスコープ鑑定を正式にやってみて、やることは鑑定でも私的には「贈り物」というイメージの方が強かった。
しかもそれは私が贈るんじゃなくて、本人が本人に宛てて贈るもの、という感じがした。
私はあくまでもその贈り物の代行役・補佐役みたいな感じだった。
鑑定書は形として残る。
私が初めて自分の鑑定書を手にした時の感動は忘れられない。
これはデータだけの時には絶対に味わえなかったもので、その後全く同じものだけれど、それをプレゼントのように手渡してもらえて、私はすごくテンションが上がった。
中身は今はもうそこまで見ないけれど、何かと調べる時に私はその鑑定書を出してきて、そこにあるホロスコープの図や細かな情報を確認している。
活用はどっちでもいいけれど、最初に手にする時に何かしらの感動があるといいなぁとそれだけは思いながら作った。
形としてのクオリティーは今後要改善にしても、基本的なスタイルは今回のような気持ちでやりたい!!!、それだけは強く思った。
土曜の夜に無事届いたと連絡をもらって、相手のおかげで、本当にこの形で良かったんだと知ることができた。
今回のホロスコープ鑑定デビューの話は、2つないし3つぐらいのシリーズにして書く予定。
【追記】
10日ぶりぐらいに10日以上前の記憶がよみがえってきた。
6月のメッセージを発信する時に、本当はそっちをメインで書こうかと思って、でも書くと長くなるし今それ書く気力がないから後からにしよう…ってなって後からにしたことさえ忘れてて( ̄∀ ̄;)。
さっき当時のメモを見て、「あれ?なんかこれ書いた記憶がない…」となって、ようやく思い出した次第。
今月中に書けるといいなぁと思って、とりあえずまた延期。
他の記事も途中までのものがいくつも溜まってるけれど、それも順にアップ予定。
2019年6月13日木曜日
封筒の買物
何をどうしたら「封筒」を忘れるのか、私は今日になってA4サイズの封筒がないことに気付いて、徒歩圏内の百均に行った。
紫陽花を見つける度にパシャパシャと写真を撮った。
日陰になっていたところにあった紫陽花にいたっては、「木陰で休む紫陽花」などと言葉が出てきて、1人で言葉にうっとりしてニンマリしそうだった。
紫陽花の写真たちは、買物途中で見かけた紫陽花たち。
昨日は昨日で、プリンターのインクが切れて、そのせいで印刷できなくて、やむなしに隣りの町まで出かけてインクを買いに行った。
ちなみに正しくは、「使わないカラーインク」を買いに行った。
26枚印刷予定で、印刷の設定をした。
前回、妹のホロスコープ鑑定書を印刷した時の悪夢を思い出しながら、どうか無事に印刷できますように…と祈った。
1枚目なんとか印刷できて、「これならいける!」と期待したのもつかの間、いきなり止まった。
Σ(꒪◊꒪; )))) Σ(꒪◊꒪; )))) Σ(꒪◊꒪; )))) Σ(꒪◊꒪; ))))
今度は何?と思ったら、インク切れと出る。
無視して「印刷続行」を押したら、インク交換しない限り続行不可と出た。
色々不具合起こりすぎてパニックになった。
まず、私がするのは白黒印刷。
カラーは要らないのに、なぜカラーインクが切れてるという理由で印刷ができない!?と思った。
本当に嫌になるけれど、滅多に始動しないプリンター(普段はクローゼットの一番奥に仕舞われてる)は、なんと去年妹のホロスコープ鑑定書を印刷したら、カラー印刷すると、変な線が入るか、色々濁った色で汚れが紙のどこかに付くか、はたまたカラーなのに超絶汚い色になって見にくくなるか、そのいずれかもしくは複合エラーを起こすことがわかった。
妹に汚いカラー印刷と白黒印刷の2択のどちらがいいかを聞いて、妹はカラーをとりあえず希望したから、カラー印刷になった。
色々汚かったけれど、相手は妹ゆえ、そして妹もそんなのは読めればどちらでもいいと言って、事無きを得た。
そして、白黒ならきれいに印刷できるとわかって、もう私の中ではこれからは「白黒印刷」1本でいくことにした。
あれから何ヶ月と使わずに、今回久しぶりに印刷をした。
今回は注文の品ゆえ、相手に白黒印刷でもいいかを聞いた。
必要なら、大事なところだけ蛍光マーカーを引くということでOKをもらって、令和になったのに昭和の人みたいな、何その今どきではないサービス!?というすごい状態で注文OKをもらった。
なのに、使わないカラーインクを取り替えないと印刷できないと機械たちは言う。
プリンターもパソコンもそれぞれエラーでお知らせしてきて、何をどう設定しても交換以外ないとわかって、あきらめた。
で、続いては、「コンビニでいけないか」を調べた。
私の怪しげなプリンターよりもセブンイレブンのコピー機の方が何千倍と優秀だから、本当に必要な時は私はそっちでコピーしている。
調べに調べた。
Wordで打ち込んだ文章は、PDFにしないと印刷できないとのこと。
私のパソコンでPDFなんか作ったことないし、そもそも作れるのかもわからなくて調べた。
残念。
作れないことが判明。
次に私はネットカフェのコピー料金を調べた。
仮に30枚印刷したらそれだけで600円越え、さらに利用料をプラスしたら千円札出しておつりくるぐらい。
全く経済的ではないから却下した。
そのうちに「そういえば!」と思い出した。
秋に、山で行方不明になったおじいちゃんが私に合図を送るために私のiPhoneを落として割ってくれた後の記憶が出てきた。
iPhoneを交換した時に2000円分くらいのポイントが付いたことを思い出した。
ブックライト(←今名前がわからなくて名前を一生懸命調べた)の蛍光灯の替えを買ってあと千円ぐらい余ったなぁなんて思ったことを思い出して、まだポイントがあるはず!と思った。
ちなみに昭和な家では「電気スタンド」と名前を教えられたことを今思い出した。
この使わないとわかってはいても、それなしでは印刷できないとわかって買う買い物も嫌だな…と思ったけれど、背に腹はかえられぬ状態で買う他なかった。
なんとこのために、私はジョーシンのアプリをダウンロードして、ポイント残高を確認した。
ちょうどインク代が出る。
おじいちゃん、ここまで繋いでくれたかと思って感動しつつ、こんなにもお金のことでああでもないこうでもないと計算しなきゃいけない自分の状況も嫌になりながらジョーシンに行った。
3割安いリサイクルインクにしたかったけれど、それでエラーが起こっては元も子もないから、使わないインクを正規品で購入して帰ってきた。
そもそも今回の買物が色々おかしな順番なのはよくわかってる。
初めに買ったのは「シール」。
それも寄せ書き用のシールv( ̄∀ ̄)v。
これは私の中ではっきりとした用途があって、それで買ってきた。
次に買ったのは、印刷物を挟む透明ファイル。
そうだ、印刷したらファイルいるじゃん!と思い付いて買った。
その時も「封筒」は「ふ」の字さえ頭になかった。
そして、昨日は使わないカラーインクでテンパって、それだけを買った。
まだ「ふ」の字さえない。
そうそう、ジョーシンでプリンターもついでに見てきた。
そもそもプリンターをほとんど使わない私には高機能なのは要らなくて、でもプリンター本体の価格が下がると今度はインク代がバカにならない。(←結局もっと性能が良いものを買う時の価格と同じになる)
あれこれ計算すると、どう考えても今すぐ要らない出費がかさむ。
そして、プリンターとパソコンに関してことごとく相性が悪い私には、今ここでプリンターを買うことはある種の博打みたいなもので、やめた。
相性が悪いというのは、何かしら不良品にあたる。
機械弱い人にこういう当たりは本当に困る。
100%って言っても過言じゃない。
こんなところで博打を打って、本当に不良品当たって交換とかなっても手間で仕方ない。
だから、とりあえず使わないカラーインクだけを買ってまっすぐ帰宅した。
で、今日になって終わりが見えてきて、「発送」という文字が頭をかすめて初めて、「封筒がないΣ(꒪◊꒪; )))) 」って気付いた。
何でもかんでも取っておく母親が持ってないか家の中をガサゴソしてみたけれど、A4サイズの封筒は残念ながらなかった。
それで買い物に出かけた。
寄せ書きシールとかいいからさ、どうして封筒って思いつかなかった!?と自分の脳みその中を疑いながらも、日傘差しながら百均まで歩いた。
途中で手押し車みたいなのを押してるおばあちゃんとすれ違って、明らかに歩道で2人すれ違うのは無理で私が車道に出たら「ありがとうございます」と超ニコニコしながら言われて、めちゃくちゃ嬉しくなった。
そのおばあちゃん、足は悪かったけれど、キレイな服着てきちんと化粧もして、本当に綺麗だった。
私は「誰にも会わない」ことをいいことに、すっぴんで出かけたのに…Σ(꒪◊꒪ ))))
田舎と言えども、車の通りも多いし、人がそこそこ集まるところへ行ったわけだけど、さっさと封筒を買って残りの作業をしたかったから、それでそそくさと行ってきた。
外見<時間短縮。
ちなみに、同じ格好(=すっぴん)で夕方車検の車も取りに行った。
若い整備士のイケメンお兄さんがいるのに、色々終わってるなぁと思いながら、まぁしたってきれいになるわけじゃないからいいかと開き直って行った。
話がそれたけれど、封筒を買いに行って、超素敵なレターセットまで見つけた!
惑星模様のレターセット。
寄せ書きシールを使うのが色んな理由から厳しくなって、寄せ書きシールは最初に買ったけれども却下になった。
ちなみに一番の理由は、印刷物が想定以上に増えたから。
私の買った透明ファイルは、一応標準20枚のもので、そこに28枚も、しかもうち2枚はセブンのそこそこ分厚い用紙で、そこにもう1枚かさばりそうな寄せ書き付の紙を足したら、絶対に挟めないと思った。
28枚挟む時も、超神経ピリピリ尖らせて集中しながら挟んだ。
仕方ない、寄せ書きはやめようと決めた。
どっちにしても手紙を添えるつもりではいたけれど、それは無印の無地のものの予定だった。
ところが今日その惑星模様のレターセットを見つけて、一目惚れ。
これ以上ないピッタリのもので、このために封筒が最後になったんじゃないかと思った。
印刷は合計38枚して、2つのファイルにセットして、あとは明日お手紙書いて出すだけになった。(もう1つのファイルに寄せ書き付けるのはおかしいから、それでどちらにも使えず却下になった。)
明日中に発送できる。
長いようで短かった時間が終わりに近付いてる。
ここまで引っ張って何だったかと言うと。
これが私の初めての有料ホロスコープ鑑定の現場。
本当にまさか!とは思うけれども、去年の11月に占星術講座の先生に言われたことが現実になった。
先生にはその時、山で行方不明になったおじいちゃんをペンジュラムで探して欲しいという依頼を受けたと報告した。
それは、その何ヶ月か前に先生が「武士俣さんは生死や命に関わるお仕事を今後もやっていくことになると思います。もしかしてちょっと怖い思いもするかもしれないけれど、人の命に何かしら関わったお仕事になると思います」と教えてくれて、その時はふ〜んと思って適当に聞き流したけれど、本当にそうなった。
その言葉を聞いてなければ、私はもしかしたらおじいちゃんの捜索依頼は断ったかもしれない。
いきなりそんなにもヘビーな仕事は、ペンジュラムを使ってする最初の仕事としては荷が重すぎた。
だけど、先生はそう教えてくれてたから、だから引き受けられたのもあった。
で、11月の時に先生は、その時の星回りと私のホロスコープを重ね合わせて言った。
「ここでの関係者が武士俣さんの元へお客さんを連れてくると思います。多分ここでの繋がりが、ホロスコープを読むことに繋がっていくんじゃないですかね〜」
その時の私はまだ、ホロスコープ鑑定を自分がするなんて全く思っていなかった。
こんなにも読めないのに無理でしょ?と真面目に思っていたし、しかもペンジュラムや心理系のワークと違って、テキストがないと自力でやれなかった。
で、その後もなんとなくホロスコープ鑑定の話が出ては流れ、出ては流れ…と繰り返されて、そのうちもうやる気さえなくなって「これから一生、ホロスコープ鑑定に関してはやらない気がする」とまで本気で思っていたら(←これ先月5月の話)、そして先生が言ってくれた言葉なんか記憶の遥か遠く彼方へ飛んで行った矢先。
まさかのホロスコープ鑑定の話に繋がった。
想像もしていない形でやることになって(しかも自分から宣伝?した)、先生が言った通り山で行方不明になったおじいちゃんがここまでの縁を繋げてくれた。
私はてっきりおじいちゃんのご家族のAさん経由で誰か紹介されるのとばかり思っていたら、そうではなかった。
全く想像もしていなかった形でのホロスコープ鑑定に繋がった。
でも、先生が言った通り、当時の関係繋がりから生まれた今回の鑑定だった。
そして、プリンターのインクをおじいちゃん繋がりのiPhone買い替え時のポイントでゲットするんだから、本当にどこまでも繋げてくるなぁと感心した。
冒頭の写真のおしゃれカフェ風のおやつセットは、今日の昼間、わざわざお盆出してきてセットしたv( ̄∀ ̄)v。
パソコン付きの写真は、もちろん演出した!
演出前はスーパーカオスだった机周り( ̄∀ ̄;)。
なんならプリンターを出した時なんか、クローゼットの一番奥=プリンターより前の荷物を全出ししないとだから、強盗に入られたみたいな部屋の様子だった∑(゚Д゚;))!
もちろんそんなの写真に収めないから、そこそこ見栄え良くしてから写真は撮った。
この話はまた詳しく書くけれど(他の話も色々書きためてそのままになってるから、ホロスコープの話がいつアップになるかはわからない)、初めてのホロスコープ鑑定はとても素敵なストーリー付だった。
カオスな現場はさておいても、アイスコーヒーを飲んで小休憩しながらも1つの作品(=ホロスコープ鑑定書)を仕上げるなんて、なんて素敵だろうと思った。
外は晴れで空が青くて、窓からは心地良い風が吹いて、カーテンが揺れて、図書館で借りてきたクラシック音楽流して…。
最高のシチュエーションでの仕事で私はそれだけで大満足していた。
プリンター事情でカオスになったものは目を塞ぎたくなったけれど、その前にカオスになった理由は、色んな占星術の本や資料や私の占星術独学超高級ノートたちをあちこちに置いていたから。
そのカオスな感じは私は好きだった。
本気でこんなことを体験させてもらえる幸運に感謝した。
そして、やりながらこれは本気の本気で思ったこと。
ホロスコープ鑑定もペンジュラムも人の話を聞くのも、とにかく魂が設定してるだろうことを本気でやるから、そのための食べていくための手段をください!!!とそれはそれは切実に思った。
38枚のA4用紙は、多分3万文字ぐらい書いたはず。
その他に下調べでノート12枚書いてる、ビッチリ。
時間もかかるけれど、ホロスコープはやっぱり内容云々というよりも、そもそもそこに触れること自体がものすごくエネルギーが要るとわかった。
これは仮に慣れても変わらないと思う。
その人の生まれてから死ぬまでだけじゃなく、過去世も含めた転生している魂の情報を含めて翻訳するわけだから、普通のエネルギーでやれることじゃないと思う。
これもいつか書きたいことだけれど、「占星術」っていう言葉もだし漢字も悪いと思う。
占いじゃないから。
超ガチで色んなその人の人生の設定や個人のキャラクターの傾向が出てくるから、あんなの占いじゃないよ!と思う。
だから私自身は占いだと全く思っていないし思えない。
とにかく色んな意味でエネルギーが要るとわかって、そうなってくると生活どうするの?と思う。
先週、家電量販店のテレビの入れ替え作業とイベントのフードコートの手伝いを連チャンで5日したけれど、普通に週5とかで働くとやっぱり余力がない。
その働き方はイレギュラーでも、例えばどこかで派遣して週5みたいな、それもこれまで二足のわらじで成功してない。
1本でいけるほどの状態にはまだ全くない。
だって今のホロスコープ鑑定書を明日無事送ったら、またスケジュールはガラ空きで先のことは何も決まってない。
今日車検の車を取りに行った帰りの運転の道すがら、「真面目に電撃結婚v( ̄∀ ̄)v専業主婦v( ̄∀ ̄)vとかいう道はないかな…」と考えた( ̄∀ ̄)。
ありえもしない夢物語はいいから、本気でどうやったらやれるか、そして日々のごはんはじめ諸々はどう賄うのか、全く楽しくない考え事に決め事だけど、逃げ続けるわけにもいかないから明日郵便局に行き終わったら考える予定…( ̄∀ ̄;)。
まず明日は、初めてのホロスコープ鑑定に相応しい惑星模様のレターセットでお手紙書くことからスタート♪٩((*⁰▿⁰*))۶♪
ちなみに。
封筒はずっと思い付きもしなかったけれど、レターセットだけは毎回チェックしていて、今回の惑星柄は初めて見たから、これに引き合うためにここまで封筒が思いつかなかったことにしよう!そうしよう!と心の中でVサインしていたv( ̄∀ ̄)v。
写真の中で、封筒とファイル2冊写ってるうちの1冊がカラーなのは、コンビニでコピーした分。
そして、そのカラー印刷側のファイルは、もれなく私の手書きによる蛍光マーカー付( ̄∀ ̄)。
なんなら、他にも数ヶ所手書きでの書き足しあり。
ワープロどころかタイプライターよりもクオリティが低いんじゃないかと思う。
それを了承してくれたお客さんが素晴らしすぎる!!!
そうした部分のクオリティの低さが最初からわかっていたから、中身だけは絶対にそれをカバーできるものにしようと決めていて、自分では本当にできる限りの力を出して作った。
お金もらうんだから当たり前だけど、本当に後悔ないところまで仕上げられたのは良かった。
鑑定書を送る前から決めてるのもどうかと思うけれど、今回の初鑑定料はお金の使途が決まっている。
1つは、今月末の今年最後の占星術講座の受講費。
それ以外で余剰の分は、占星術の本を買う。
ものすごく正しいお金の使い方だと自負している。
今月の最後の水曜日が、今年最後というよりもしばらく最後の東京行きだろうなぁと思っている。
2019年6月11日火曜日
2019年梅雨入りの頃
[写真]
ツイッターを見ていて見つけた言葉。
(「ヒャダインこと前山田健一」さんのツイッターをスクリーンショットさせてもらった。)
山ちゃんと蒼井優が結婚発表した後にたまたま見つけたツイッター。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このツイート(↓)の「友人」は蒼井優でした。いい話だなー。
====================
「『誰を好きか』より『誰といるときの自分が好きか』が重要らしいよ」
と友達が教えてくれて、その通りだなあと思ったので書いておきます。
====================
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先日、占星術講座の後、クラスメイトのNさんから「龍頭図」と呼ばれるホロスコープの出し方を教えてもらった。
普段使うのは、「出生図」とか「ネイタルホロスコープ」と呼ばれるもの。
そこに今現在の天体の配置をかぶせて、どんな影響がありそうかを見たりする。
ホロスコープには色んな読み解き方があるけれど、Nさんが教えてくれた「龍頭図」は初めて耳にしたものだった。
言うならば、普段のホロスコープが頭でわかるもの・意識の上に上るものだとするなら、龍頭図は同じ人やある特定の出来事に対して、奥側に秘められた魂の願いや本当の深い意図なんかを指す。
前者が意識できる自分の人生の取扱説明書なら、後者(龍頭図)は魂としての人生の取扱説明書で、もっと深い部分を伝えてくる。
龍頭図になると、色んなものがガラッと変わる。
本当にずいぶんと変わるから(ごく一部例外の人もいる)、私はまず自分の出生図で試して、その後他の意味ある日もそうなのか検証してみたくなって、同じように龍頭図を出してみた。
だから私は2年前のある人と出逢ったその日のホロスコープを龍頭図で出してみた。
その日のホロスコープは、過去のどこかの記事で書いたように、元々のホロスコープ自体にもとても深い意味があったし、私にしても私側の生まれた瞬間の天体たちと色々重なっていて、とても深い意味を感じた。
出逢うべくして出逢ったと知った。
龍頭図は特殊な決まりに沿って出されるから、私が頭で計算はできず全てシステム任せだから、出てくるまでどんなものが出てくるかわからない。
出てきた瞬間、息が止まった。
真っ先に目に飛び込んだのは、私のホロスコープで人生の中で目指すもの・目指すテーマと全く同じ度数が、その出逢いの日のそもそもの生まれ持った性質部分と全く一緒の度数だったこと。
少なくとも、この1年で100近いホロスコープは見たと思う。
もしかしたらもっともっと見たかもしれない。
そんな中で、私のその度数(正しくは【太陽星座】と呼ばれる、星占いで馴染みの星座占いなんかでよく使われる太陽の度数)と全く一緒の度数を持つホロスコープを見たことがない。
マニアックな話だけど、例えば私なら太陽星座と呼ばれるものが19.80という数字になる。
単純に言うと、円が360度で構成されているように、ホロスコープを出すのに使われる天体たちもその360度ある中のどこかに該当する。
だから、同じ度数になるには360分の1となるわけだけど、もっと綿密に言うと、例えば上の19.80は小数点の前の整数部分が一緒であることが条件になる。
だから、まずは360度あるうちの1度・整数部分が一緒じゃないといけない。
19.80という数字だけ見ると、20.00の方が19.00よりも数字的には近いわけだけど、19で始まる度数でないと同じテーマにはならない。
20で始まるものは、いくら数字的に近くてももはや別のテーマに変わってしまう。
だからもっと言えば、19.00の数字を持つ人や出来事があれば、私と一緒のテーマになっても、20.00の数字を持つ人はもう私とは違うテーマになる。
とにかくそれだけピンポイントで一緒になる人や出来事の数字を持つホロスコープと私はこれまで一度も当たったことがなくて、あまり人と重ならないんだなぁなんて思ってた。
それがまさかの2年前の出逢いの日のホロスコープの「龍頭図」を出したら、私の人生のテーマを示す度数と全く同じ度数を叩き出すという、私には驚きの他の何ものでもなかった。
(小数点以下は違うけれど、近似値)
私からすると、山で行方不明になったおじいちゃんの霊魂が年明け早々私の元にご登場されたこと並みに有り得ないことだった。
宝くじ1等に当選するぐらいのこと。
そういう確率でしかお目にかかれない、ホロスコープ(龍頭図)だった。
しかも龍頭図は、もっと奥深い深遠なもの、人間的なテーマより魂としてのテーマがあらわになる。
出逢ったその日その瞬間のホロスコープさえもビックリするぐらいに実際に起きたことをそのまま表したテーマだったけれど、龍頭図はさらにビックリした。
私個人の生まれた瞬間のホロスコープと、その出逢いの日の瞬間の龍頭図のホロスコープには、ものすごくたくさんの共通点がある。
わざと小惑星も入れて見てみた。
もっと共通点が増える気がしたから。
入れて正解で、小惑星も足したらさらに共通点が増えた。
今挙げられるだけでも
・私の人生のテーマと、その日のあるがままの性質が一緒
・私の生まれつきの性質と、発展・繁栄を表す木星が一緒
この木星に至っては、なんと小数点以下も全く一緒の数字が出ている。(2つとも、16.32)
・私の心の拠り所を表すポイントと、土台を固めるとか基礎を作るとかシンプルになることを(強制的に)促すという意味の土星が重なる
・無意識や過去世を表す私の月と、開拓を意味する小惑星ジュノーが同じ
・破壊と再生を意味する私の冥王星と、宿命への道を誘導するとされる海王星がピタリ賞
・魂のテーマとされる私のドラゴンヘッド・ドラゴンテイル上に、エネルギーを霊的なレベルに昇華する役目を持つとされる小惑星ベスタがピタリと重なっている
さらに細かく見たらもっと色々あると思うけれど、最低限でもこれだけの重なりを私自身のホロスコープとその出逢いが起こった瞬間のホロスコープの龍頭図にはある。
せっかくだから、私がその人がいる場所に初めて行く時の他の候補日でも龍頭図を出してみた。
2日あったけれど、どちらの日も実際に出逢った日のような龍頭図とは全く違っていた。
日にちをいつにするのかを話した時のことをよく覚えている。
その人はその場にいなくて、他の2人と話し合った。
今でも何でその日にしてくれたのか本当の理由はわからないけれど、私の教育係の人はわざわざ休みを取って通院する日を変更してまで私が実際に行った日に設定した。
私はあまりにも申し訳なくて、私はいつスタートでも大丈夫ですと伝えたけれど、結局はその予約まで入れていた通院日をずらしてそれでその日になった。
今振り返ってもすごくおかしな話で、私の教育係の人は通院で休むことはほぼほぼなかったのに、その時はなぜかずらした。
だから年に数えるぐらいしかない通院日をずらすことの方が普通に考えて変なわけで、何でそんな風になったのか、「なんだかとても変」と思ったことだけはよく覚えている。
本当にあの時何がその教育係の人の頭の計算にあったのかはわからないけれど、もはや人知を超えたレベルで私が行く日を設定されたとしか、今となっては思えない。
龍頭図を見てわかった。
その日じゃなきゃダメだったこと。
他の日では、上に書いたような天体の特徴は消失した。
だから単なる出逢いではなくて、その後に起こった色んなことを思うと、まさしく私にとっては自分の芯の部分、魂の部分にものすごく影響を持つ配置がそもそもあったことがわかる。
これはその時から見て2年後の未来(=今現在)に知れた事実で、2年前の私はまさかその時のことがこんなにも自分の人生にすごい影響を与えるだなんて予想だにしていなかった。
2年前の夏の日、私の目の前に現れた笑顔が爽やかな人は、こんな人がいてくれるなら絶対に安心!という安心感も絶大ながら、その一方で私の頭の中では速攻「近付いてはならない人」という線引きがなされた。
当時の私は今以上にひねくれていたから、「笑顔爽やか好青年イコール危険人物」という非常に偏った思い込みがあった。
しかも何となく立場が上そうなのもわかったし、そもそも接点なんてなさそうで仲良くなることもなさそうだから、このまま何もないだろう…と勝手に思った。
話があちこちに飛ぶけれど、2年前と今とが交差しながらこれを書こうとしているから、この文章の時系列ははちゃめちゃになるだろうと思っている。
今だからわかるけれど、そもそも最初に会った時にそれほどの印象を残すということ自体が超イレギュラーにも関わらず、私はそんなことはスルーして、自分の中の変な反応だけが表の印象として残った。
ちなみにこれもうんと後から気付いたことだけれど、そんな風に印象に残った人は人生でその人が初めてだった。
その人1人だけ最初の瞬間から全然印象の残り方が違っていたけれども、私はそんなこと全く気にも留めなかった。
「この人とは全く仲良くなれる気がしない」という第一印象を抱く人が時々いるけれど、私の中でその人もそうした1人だと思っていた。
過去にそう思った人たちとは今めちゃくちゃ仲良しだったりするけれど、過去のそういう人たちに総じて言えるのは「話して」の印象とか、「一緒に時間を過ごして」の印象だった。
それは男女年齢問わずで、どの人も第一印象は目に入る情報からの判断じゃなくて、相手の発言とか行動とかを見て「仲良くなれる気がしない」というものだった。
その笑顔爽やか好青年はそういう意味では全然違っていて、私はその人から放たれている何かを見て「近付いちゃいけない」と感じた。
相手の言動でも行動でもなく、私の偏った思考体系も影響してのこともあっても、そうした諸々とは全然別のレベルでそんなことを感じていた。
頭では「近付いちゃいけない」でも、本当のところは「!!!」言葉にできない衝撃を受けていたんだと思う。
人間は本能的に危険を察知する力があるけれど、「危険」と感じるものには2種類あると私は思っている。
1つは、単純に生命が脅かされると感知するタイプの危険。
例えば暴風雨の中、海に飛び込もうなんて考えないようなタイプの危険。
もう1つの「危険」は、それ自体が本当に危険かどうかは体験するまでわからないけれど、ただこれまで生きてきた人生の中では完全に未体験ゾーンだから、未知のものに対して危険と勝手に脳が判断する、そういうタイプの危険。
例えば初めて飛行機に乗るとしたら、飛行機に一度も乗ったことがない時は、当然未知の世界・体験に対して恐怖を抱く。
実際に乗ってみて大丈夫だったとなれば、脳内で自動的に入っていた危険感知アラームが解除される。
でもそれまでは危険感知アラームが鳴り続ける。
私がその人に感じた危険は後者のタイプの危険だった。
そして、今ならわかる、何に危険を感じたのか。
相手の名誉のために言うと、その人は全く危険な人ではないし、表現方法はかなりわかりにくくて表面は素っ気なかったりするけれど、奥の奥は本当にやさしくて澄んだ心を持っている人だと感じる。
その辺りの私の判断力は相当鍛えられているから、多分間違えてはないと思う。
で、危険を感じたのは、魂が新しい領域に入ることに対して感じたと思う。
人生未体験ゾーンだと、多分あの時の私の深い意識のところでは認識したんだと思う。
当然人間には安全を確保したがる性質があるから、異質なものに対しては本能的に危険と察知する。
私が思うに、私が危険を感じたのは、その人を通じて起こる色んな魂的な新しいフェーズがスタートすることに対してだったんじゃないかと思う。
だから、本当の本当に私が感じていたのは、その人は私にとって絶対に出逢う必要のあった人、ということなんじゃないかと思う。
実際に色んなことがその後からたくさんあったし、そのたくさんのことは最終的にどれもこれもみんな私が私自身に向き合うためのきっかけでしかなかったし、そしてその向き合いは強烈極まりなかったけれど、とりあえずクリアできたことたちは向き合って良かったと思っている。
その人に出逢うことがなければ、どれもこれも起こらなかったと思う。
そうした諸々を含めて、当然未知の領域のことだったから、最初に出逢った瞬間、「近づいちゃいけない人」と感じたんだと思う。
それとは別に、本当はその人に出逢った時から私の深い部分は癒され始めてた。
今の私でその当時のことをもう一度体験したいと思うけれど、その人に出逢った時からその人の声に耳を全力で澄ませて聴いて、体はその人が放っている空気感に思いっきり安堵してた。
当時は表面上の仕事に翻弄されててそんなどころじゃなかったけれど、魂側はわかっていたと思う。
やっと出逢えたね、って。
これは後から調べて知ったことだけれど、「声」というのも1つの音が振動して起こるもので、「この声が好き」というのはその発してる振動が好きということらしい。
又はその振動がしっくりとくるとか、自分の中にすっと馴染むとか、聴いていて心地好いとか、そういうことらしい。
私が全身全霊で聴こうとしていたのは、声もだったし、その声が私にとっては心地よい音色で気持ちが落ち着くというのもあったからだと今は思っている。
話があちこちに飛ぶけれど、最後に聞いた声は「本気で自分が嫌われてる」としか思えなかった声で、私はそのことでも酷く落ち込んだ。
そんなに私のこと嫌だったのかと思ったら、本当に全てが嫌になってしまうぐらいに大大大打撃を受けた。
嫌いとか通り越して、もう絶対に俺の人生に関わってくれるな!!!ぐらいの冷たい空気が流れまくっていて、会えなくなることと同じぐらい、私にはとてもショックなことだった。
冗談抜きで「本当にごめんなさい」と思った。
何から何まで、悪いことをしたつもりではなかったけれど、なんかすべてに対してとにかく申し訳なかったと思った。
その場で突然謝るのはおかしいからごめんなさいとかは言わなかったけれど、心の中では「本気でごめんなさい」という気持ちも確実にあった。
そうしたことの意味がくつがえるにはものすごくたくさんの時間が必要だった。
今は当時からしたら想定外の事態になって、その想定外の事態が現実に起こっていると知ってから、あの最後の声も目も絶対に私を見ようとしなかった格好も、私の目に映っていたこととは多分違う意味がその人の中にあったんだろう…と思った。
もちろん真相は知らない。
けれど、私が今見ている現実は、当時は知ることさえなかった真実を伝えてくれてる。
書きながら色んなことを思い出すから、それを1つ1つ綴っていこうと思う。
私はその人が気に入っているだろう女の子の話をなんと4回も他者経由で聞いた。
心臓を包丁で一突きされたぐらいの衝撃が毎回走った。
今でも一言一句何をこの耳で聞いたのか、正確に復唱できるぐらいに覚えている。
4回とも多分おんなじ女の子で、それだけでその人が自分のイケメンぶりを乱用して手当たり次第に色んな女の人にいくのではなく、きちんと自分が良いと思った人にしかいかないんだろう…ということを思った。
2人の人から別々の時に聞いたけれど、話に共通点があったから、同じ子なんだろうなぁ…と思ったし、そんな子がいれば私のことは断って当たり前か…とも思った。
ちなみに私の最初の感想は、「あぁ他の人とならデートするんだから、それが誘ったのか誘われたのかは知らないけれど、どちらにしても他の人とはできて私とはできないわけだから、本当に私と2人きりで会いたくなかったんだろうなぁ」というものだった。
さらに2回目か3回目の時に、相手の女の子のちょっとした特徴も聞いた。(←私からは聞いてない。)
勝ち負けの問題ではないけれども、もう最初から負け試合を自ら申し込んだようなもので、見知らぬ誰かと自分を比べるのもどうかと思ったけれども、私側に軍配が上がるようなものは何一つ私は持っていないことがわかった。
自分一人でかなり場違いなことをしてたんだな…と思った。
最初から格差がありすぎて、そもそも手の届かない人だった。
どう考えても相手から誘ってもらえるみたいなことは、仮にこの世でその人と私しか存在していなくても起こるとは思えなかったぐらいだから、なんとか自分でチャンスを作る他なかった。
相手の女の子の特徴を2つ聞いただけで「うん、もう最初から勝てない」とわかって、好意を抱いてもらえてる子+スペック良し、悪意すら覚えられてるかもしれない人+スペック悪しでは、そもそも土俵にさえ上がれない感じだった。
もしごはんに誘う前に知っていたら、私は絶対に誘わなかった。
100%どころか1000%誘わなかった。
良くも悪くも何も知らなかったからそんなすごい行動に出れたわけで、知っていたのなら私は最初から何もしなかった。
今も書いていて気分は撃沈しているけれど、今回書きたいのはそこじゃなくて別のことだからそちらを頑張って書いたらまた違う話題に移ろうと思う。
出てきたものは、今回はなるべくそのまま書いてしまいたい。
そもそもそういうのを頑張って書くのもおかしな話だけど、これは私が今回書きたいことに繋がる話だから、だいぶ苦しいけれど書いてしまおうと思う。
その人は基本的にシャイな感じがするし、とても一途な人というイメージがある。
ブレがないし、もしかしたら本人は自分のことそんな風に思っていなくても、私から見てブレのない人として映る。
そのブレのなさは人間関係や恋愛にも通じている感じがするし、私のように思わぬところからその人に横やりみたいなことをする人はさておいても、基本的に他者に対して誠実に振る舞う。
私もごはんにさえ誘わなければ、とても穏やかな職場の人間関係を持つことができていた。
ごはんに誘った後の私に対しての在り方も、私はものすごく哀しくて嫌だったけれども、一貫性のある最後までブレのない姿だった。
いい加減なことができない人なんだろうと思う。
女の子の話を聞いて、いくらでも自分の部屋に連れ込むこともできたと思うけれど、そういうことはしないんだろうなぁと話を聞いて思った。
私が4回聞いたうちの1回は「好きな人がいる」と聞かされた。←撃沈
気になる人ではなく、好きな人という単語で私には説明がなされた。←撃沈
それも本人いなくなって半年近くも経ってから聞いた。
だから、その話をしてくれた人もいつの話をしているのかわからなかったし、いずれにしても、他の人が本人の口から聞き出し、それを聞いた人が私に教えてくれた人に話し、だから本人から私までの間に3人も人が入っているから、本当のところはわからない。
だけど、根も葉もないうわさ話ではなく、本当に本人の口から出た情報だということはわかった。(どういう経緯でその話が出たかまで説明を受けたから、情報源は紛れもなく本人だった。)
付き合ってはいなくて好きな人らしいよ、とも解説が付いていた。
他にも諸々解説は付いていたけれど、もう私は呆然として何をどう自分の中で処理していいのかわからなかった。
ただ、私の感情とか暴風雨で荒れまくりな心の中とかは別として、情報だけを純粋に見ると、イケメンのその人は相手の人をきちんと大切にしてそうな印象は受けた。
何でこんな話をしたかと言うと、私からして「危険」と感じたのは私側の全く別の理由でそう感じただけの話で、本人は至って危険人物でも女の人たちをたぶらかして好き放題に奔放に恋愛するタイプでもない、むしろとても誠実な人だろうということを言いたかったから。
私とはまた違った意味でその人も防衛心がものすごく働く人だとそれは普段の様子から感じていたから、基本誰でも彼でもウェルカムじゃなくて、心許す人はかなり限定的で、その辺りの慎重さは私以上な気がする。
しかも人に危害を加えたりとか傷付けたりとかはしない、誰よりもそういうことをしない人という感じがする。
これはその人の後輩くんが私に言っていたことだけれど、何かあっても本当にその人は落ち着いているし、ブレがない、とにかく目の前のことを1つ1つこなしていく人だと、そして自分が知ってる中で一番ブレがない人だと。
ちなみに何かあってもの「何か」というのは、仕事上のトラブルを指してた。
だから、その人を見て危険だと感じたのは私だということ、本人の本当の性格を見て危険だと判断してるわけではないことを言いたかった。
話は戻って、初めて会った日からそれからその人が同じ空間にいると意識の上でもきちんと把握できるまでの間のこと。
当時は色々テンパっていて、その人どころか誰が同じ空間にいるのかも認識できないぐらいに、新しい環境に慣れるのに必死だった。
ちょっとしたきっかけ(私には一生に一度のきっかけ)のおかげで、突然その人が私の人生に今度は本当に登場してきた。
私は今でもその時のことを本人に聞けるものなら聞いてみたいと思っているけれど、その人がなぜ私に気付いたのかはわからない。
どんどん自分の居場所のなさを感じて、元々の人見知りも発動、はっきり言って誰とも関わらずにこのままいけないだろうか…と本気で思っていた頃だった。
その日は、色々勝手がわからないところに超イレギュラーな仕事がぶち込まれ、いつも以上にテンパっていた。
私は極力人から離れるようにして、人の目の付かないところに自分を避難させてた。
仕事しつつも、一刻も早くこの落ち着かない気持ちにしかならないイレギュラーな仕事が終わって欲しかった。
そんな私の元に突然その人はやってきて、さっと必要なものを渡してくれた。
それは作業序盤の話ではなく、少なくとも3分の1ぐらいは終わった頃のことだった。
すぐ近くに気が利く事務さんがいたけれど、その時に限って事務さんは私のその準備不足な状態に気付かなかった。
私はもっと別のことに頭がいっぱいで、自分が準備不足だとはその時まで全く気付かずにいた。
そして近くで作業してるわけでもないその人がなぜか気付いて、不足品を持って来てくれた。
私は今でもわからない。
本当に、その人はいつその私の準備不足の様子に気付いたんだろう…?と思う。
その人はそういう気の利いたことを積極的にするタイプではないとのこと(←仲の良かった人情報)。
私の準備不足の具合があまりにもひどかったのもあるけれど、その人はどういうわけか他の誰も気付かなかったことに気付いて、そして私の元にやってきた。
これが私の中でその人が自分の生きている世界に存在している、と初めてきちんと認識できた瞬間だった。
その瞬間なくしては、その人を私がきちんと認識するには至らなかったと思うし、ただでさえ苦手な仕事に追われて、その人はいてもいなくても私とは接点がないから意識の上で認識に至ることもなく、あれよあれよという間にいなくなって終わったと思う。
これは後から私が勝手に思ったことだけれど、この瞬間のことはもう神とか見えない存在とか、そうしたものたちが介入して起こったことだとしか思えない。
そう思う方がとても自然なくらい、色んな有り得ないことが重なってのその瞬間だった。
今回龍頭図のホロスコープを見て、より一層確信に近い気持ちを抱いた。
その人と出逢うことは、私にとって魂的な意図がものすごく大きい。
その人は、私が今回この生を受けて生きていることの本当の目的に、相当関係している人だと感じている。
今ここまで来て思うことは、私がその人と出逢った最大の目的は、「愛を知ること」だったと思う。
最初、「愛」というのは他者に向けて発信するもの、抱くものとして私は見ていた。
だけど、その人が私の人生に少しの間だけ登場してくれて、そしてきれいに私の前から姿を消した後から今に至るまで、私が徹底的に学ばされたのは、対他者ではなく対自分に向けての愛の部分だった。
どれだけ自分を大切にできるか、どれだけ自分を信じて生きていく覚悟があるか、そういうことだった。
それは私がずっとできていなかったことだった。
そしてそれこそが私の生きづらさの理由の大きな部分を占めているものだった。
「自分を大切にする」という、そもそもの意味がわからなかった。
他人を優先する生き方を習って大人になった。
自分よりもまずは人、それを正しくて良いものとして私は教えられた。
何か上手くいかない時、意地悪されたりいじめられたり仲間外れにされたり男性と別れを迎えたり…、そういう時に私は私の至らない部分を反省する、または改善することばかりを試みようとしていた。
何かあると「私の何かが悪かったんだな」と思うことがとても当たり前になっていた。
どこかで私は「自分はそういう嫌なことをされても仕方ない人」だと自分のことを思っていた。
私の筋金入りの自己肯定感の低さは、ここ数年で自分自ら癒すようになるまで、それが当たり前すぎて疑問にさえ思わなかった。
本気で重症だった。
そうなるまでに色んなプロセスがあったし、そしてそういう部分は人との出会いで癒されるのとも違うと知ったのは本当に最近だと思う。
私は特に社会に出てからは人にはとても恵まれているけれども、それと自分を肯定することって別物なんだとわかった。
これは本当にこの1年くらい前まで普通にそうだったし、私は自分を責める癖については気付いていたけれど、それでも自分は悪くないとか自分も頑張ってると思えるほどの心的能力が私は完全に欠落していた。
自分にダメ出しをすることには慣れていても、自分を労うとか自分を大切にするとか自分のがんばりを認めるとか、そういうことが私は一切できていなかった。
話がだいぶまた飛んでいくけれど、その人と最後に挨拶した時だって、私は全て自分が何かやらかしてとてつもなく迷惑をかけて悪いことしてしまったなぁ…、申し訳ないなぁ…と思っていた。
だけど、本当のところ、その人の真意は今もわからないし、仮に本当に迷惑行為だったとしても、私は私でがんばったことがあって、自分の願いを叶えるために奮闘したことはそのまま認めて受け止めたら良かったんだ、と今頃になってやっと気付けるようになった。
たしかにあの時の状況で、「私は全然悪くないから!」なんて思える人がいたら、それは鋼の心臓を持っているか、すごく自己肯定感の高い人か、どこまでも自分LOVEな人かのいずれかだと思う。
その状況だけ見て「相手も私に何かしらプラスの気持ちを感じている」なんて、とてもじゃないけれど思えない。
「本気で嫌がられてる」と思った私のその感覚は、決して私の自己否定がそう思わせてるというより、本当に相手の在り方を見て「私好かれてる♡」なんて思う方に無理がありすぎる。
だけど、それはそれだし、それとは別に自分が自分のためにしたことはそれで良かったんだよって思う。
今なら思える。
自分責めなくていいし、相手の意志は知らないけれど、本当の本当に悪いことはしていないし、そんなに自分に冷たくしなくて大丈夫だよ、と。
相手の反応と私自身の価値をイコールで結ばなくていいことも、やっとやっと受け取れるようになってきた。
その人にとって、私がその人の一緒にいたい人ではなかったということ。
ただそれだけのこと。
本心は知らないけれど、そうやって割り切る方が楽になれる時もある。
色々訳が分からなさすぎだけれど、色んなことを別個にして捉えられるようになったから、私は私の立て直しに専念できるようになった。
で、超贅沢な願いをもう1つ口にすると、その人もどうか自分のことを責めずに少しでも自分自身のことを許してくれてるといいなぁと思う。
もし、その人がその時の自分に後悔や自分を責めたくなる気持ちに駆られるとするなら…だけど。
これだけ時間がたくさん経ってそして色んなことがわかってきて、その人自身も何かしらの消化不良を起こしていることはわかった。
その人の消化不良は、私の想像や妄想ではなく、現実にそうだとわかる。(私はエスパーじゃなくて、それを教えてくれるツールがある。)
それは無理もないと思う。
魂の関係について、私はその人がいなくなる少し前からその後数ヶ月に渡って超勉強した。
仕事以外の時間はほぼその勉強に費やしたと言ってもいいぐらいに。
尋常ではない勉強量だったわけだけど、ごくたまに男性側が発信している情報に行き着くことがあった。
1人1人状況や感じ方も違うけれど、基本スピリチュアルな知識も何もない男の人たちが魂的なテーマ絡みの異性に出会うと、はっきり言って「とんでも物件」的な、良い方にも悪い方にもものすごく影響が出るらしい。
特に、一般的に男性は元々感情を感じるのが苦手なところに、これでもか!というぐらいの爆弾を相手が無意識に放つわけで(その状況を解説してくれてた一般男性たちは決して「爆弾」などという言い方はしていなかった)、何とか理性を保ちたいところにワサワサと感情が揺さぶられる…。
それこそ「危険人物」なわけで、これまで感じずに済んでいたものは出てくるし、色々訳がわからないし、はっきり言って「恐怖」だと思う。
自分の身に置き換えて考えたらわかる。
私がそうしたことを調べたのも、そもそも自分の感覚があまりに意味がわからなさすぎて、そしてそれだけの何かを引き出すトリガーとなる相手の存在も何なのかと思って、それで私は調べることを始めた、その人がいなくなる1週間から10日前ぐらいに。
相手がどう思っているかなんてことまで考える余裕は当時なかったから、ひたすら自分を見まくるしかなかったけれど、とにかく色々とこれまでに体験したことのない心の動き方があることはわかった。
私からしてみても「げっ( ̄ཀ ̄;;)」って感じのことはたくさんあって、世間一般のものさしや自分のこれまでの人生経験で形作ってきたものさしは、本当に一瞬で大破する。
そうした価値観じゃ絶対に説明できないし、ただ説明できないにも関わらず自分の中にあるものは、はっきり言ってこの世の非常識みたく感じる感覚だから、超否定したくなる。
まだ中学生ぐらいの子が、話したこともない異性を意識して「いいなぁ」なんて思うのは可愛らしいけれど、40も前にした昔で言う結婚適齢期的なものはとうに過ぎた大人が、相手を見ているだけで「いい」なんて思うのは、私からすると痛々しいことの何物でもなかった。
しかも、それが寝ても覚めてもそうなるから、私は本気で自分の精神が何か異常をきたしてるのかとも思った。
人を好きになったらそうなるでしょ!っていう感覚と似てる部分もあるけれど、そんな単純なものじゃなくて、何が起こっているのか自分でも意味がわからない激情だった。
好きとか愛してるとかそんな枠組みなんかぶっ飛ばして、あまりにも未知の領域の感覚に勝手にたどり着いてしまった…、そんな感覚だった。
時々友達から「それって好きなの?」と聞かれたけれど、私は「そういう気持ちも含まれるとしてもそれはごく一部で、もっと言葉では説明できない色んな感情が、これまでに感じたこともない感覚がある」という感じで説明していた。
本気でそういう域だから、もし相手も同じような現象を体験していたとするなら、そりゃ逃げたくなるし無視もしたくなるし、来んなよ!!ってなると思う。
ましてや相手は超きちんと社会人をしていて、仕事ぶりも誠実で真面目だし、人が見てないところも手を抜かずにやるし、本当にきちんと大人社会で貢献していて、しかも男性多めの職場で「ザ・男社会」だろう社風の中で本当に長い年数色々と積み重ねてきていることもわかる。
だから、こんなぶっ飛んだ訳の分からないこととは極力距離を置きたくなって当たり前の反応だと思う。
ここからは私の勝手な予想だけど。
私は当初、地理的距離や身体的状況に距離が生まれたら、これはいつか消えてくれるんだろう…とかなり簡単にそんなことを予測していた。
しかも私は「無視する」「避ける」「個人の連絡先は明かさない」と、これ以上ない避ける「好意」ではなく「行為」をありがたく頂戴し、そしてその後女の子の話を他の人たちから4回も聞くというさらなる気持ちの上での試練的な機会も天から与えられ、もうこれは色々ありえない、何かが誤作動したかあまりにもそういうトキメキから離れすぎた私が1回のやりとりだけでスイッチが間違って入り過ぎたか、まぁそんなところだろうと思った。
だから、物理的な距離は全てをリセットするにはこれ以上ないアイテムで、私はいつかは限りなくゼロに近い、忘れるとはいかなくても気にならなくなる日が来るんじゃないかと期待していた。
期待は時間の経過と共にますます裏切られ、もはや色んなことがおかしすぎて、私はそうした期待を手放すことから始めないといけなかった。
付き合えてないならまだしも連絡さえ取れないのに、距離と反比例して相手の占める割合がますます増えるとは、一体何事かと私はこれまでも何百回と思ってきた。
しかも会えてた時間よりも会えなくなった時間の方が年単位で増えていっているにも関わらず、相手の占める割合は増すという、ある意味末恐ろしい現象だった。
しかも相手は私のことを(表面上)相手にしてなければ、風の噂では好きな人がいる。
そんな望みのかけらもない人をいつまでも忘れないなんて、自分でも相当参った。
私の中の消化不良感は半端ないし、今度はオカルトワールドが人生に入り込んでくるし、表面的なことだけ見て色々言われたり、生き方やそうした世界と関わることを非難されたり否定されたり…。
何度も何度も、世間一般的にありきたりとされる幸せにどれだけ憧れたか計り知れない。
30代の10年間を通して、私はますます自分が仕事とかキャリアに全く興味が無くて、できることなら家でのんびり家仕事をして主婦とか(家事を丁寧にするのは好きなことの1つ)、専業主婦が許されない経済状況なら自分もフルタイムで働くけれど、大黒柱を支える意味での兼業主婦に憧れたし、私は本当にそういう生活に憧れていた。
今だってそんな素敵な選択肢があるなら、私はそちらに飛びつきたいとさえ思っている。
でも人生の設定がどうもそちらではないし、そちらは叶わなくてもおそらく魂的なテーマとしては必要な占星術の勉強の機会はたっぷり与えられて、自分が望んでいることは叶わない、自分が望んでいないことは叶う、この人生の不思議さ加減に長いこと翻弄されてた。
(魂の願いはガッツリと叶えられてると思う)
まぁそれは良かったけれど、とにかく色々が私の中で納得できなかったりする。
私もまだよくわかってなかった頃に「ソウルメイトと出逢いたい♡」などと夢を見ていたけれど、今の私は自分がいざそういう人に出逢ったら、そんな甘い密を吸うような体験とは程遠くて、自分が望んだものとはずいぶんと違うと思った。
こういう体験をしたいかと問われると、ソウルメイト的な人に出会わなくてもいいから自分が望むような幸せを手にできることの方が幸せかもしれない…と思うことも相当な回数である。
ガチなソウルメイトとの出会いは、そんなロマンティックな要素は皆無で、ひたすら己との向き合いみたいな修行要素高すぎな経験がもれなく次から次へとプレゼントされる。
私普通のお付き合いがしたいだけなんだけど!とこれも何百回と思った。
話がだいぶ逸れた。
出逢わせてもらえたことには本気で感謝しているし、良かったと思っているし、後悔は何もしていない。
でも、自分が望んでいたことが叶わない諸々は、全然良くないし、とても悲しい。
色んな消化不良があるけれど、相手も同じように消化不良を起こしているとするなら、せめてそのことで自分を責めたりとか悪く思ったりとかはしないで欲しい、本気でそう思ってる。
普段、自分以外の誰かに「◯◯して欲しい」と言うことは好きじゃないし、自分の価値観を押し付けるみたいなのも好きじゃないけれど、このことに関してはそう思う。
私も本当に苦しかったから、私はその人が取った又は取らなかった行動の何かを責めるつもりはない。
その人にはその人にしかわからない苦しさや混乱があっただろうことは想像できるから、せめてその人がこれ以上自分を責めたりしなくていいように…と真面目に願っている。
勝手に決めつけんなよって話だけど、この近年のスーパーハイテク機器のおかげで、私は相手の消化不良みたいなものも垣間知ることになった。
だから、その人が苦しいのは私も嫌だし、その大元の原因の1つに自分が加担してると思うともっと嫌だから、だから自分のこと責めないでね、と偽善者みたいなことを本気で私は思ってしまう。
私が好きな人がいるらしい話をしたのは、その人が危険人物ではないと言いたかっただけじゃなく、私自身のことを書きたかったから。
それを聞いて私の心は暴風雪が降り色々荒れまくり今も書いてて決して淡々となんて書いてはいないけれども、私はこの自分さえも好きなんじゃないかと思った。
見知らぬ女の子にヤキモチを焼いて(わざと「焼く」と書いてる)、自分の中で色々整理がつかなくなって、私がしたことは本当の迷惑行為だなと思ったことも色々やめとけば良かったと思ったことも、そもそも手の届かない人を良いと思った自分がバカなんじゃないかと思ったことも、本当に色んな自分が噴出していたけれど、そのどの自分も一生懸命で自分の中で受け入れられないものを何とか折を自分の中につけようと自分のために奮闘していて、そうした自分はいいなぁと今になってようやく思えるようになった。
嫌は嫌だったし、自分の色んなことが恥ずかしくなったし、ごはんなんか誘わなきゃ良かったとも思ったし、私は1人で色々勘違いして痛い人だったんじゃないかとも思ったけれど、私は私のために一生懸命に色々やったんだと思えたら、これはこれでありだし、いつかは自分の中で上手く昇華できそうな気がした。
そしてその女の子情報を何回かに分けて知った後も、私は自分の気持ちを殺したり否定することはしなかった。
自分の気持ちをそのままにした。
肯定もしなかったけれど、否定もしなかった。
そうと知っても気持ちは消えてくれるわけじゃなかったし、そのうち本人が近くにいないことをいいことに、私がその人を想うのは別に直接迷惑がかかるわけじゃないからいっか〜、と開き直ったのもあった。
そんな風にできた自分と私は最終的にご対面することになった。
外からもたらされる情報は凶器でしかなかったけれども、その凶器にしかならない情報から私は自分の身を守って、どこか自分の心が安らげるようにあれこれと試し、とにかく変な風に自分がもっと傷付かなくて済むように、私は全力で手を尽くした。
人の気持ちは変えられなくても、自分のことなら何とかしてあげられる。
聞きたくないことではあったけれども、聞いてしまったことで(当たり前だけど、私からは一度として質問したりして聞いたのではなく、勝手に相手側が話し出して聞く羽目になった)、私は私を守る方法を学んだと思っている。
そしてそういう一生懸命な私は、自分でも好きだなぁなんて感じる。
私はおめでた過ぎるのか楽観的なのかわからないけれど、色々不具合ありまくりな人生の中で私はいかに自分が少しでも心安らかになれるかということに対して、ものすごくたくさん努力を重ねた人だった。
今も心の安らぎに半端なく憧れて、そうした努力は誰に言われなくても超積極的にやっている。
こういうことにも気付かせてもらえたことで、内容は今も超絶嫌なものだと思ってはいるけれど、心の中に自分で用意できるものは自ら用意して自分を守る・大切にするその姿勢は、自分の中でもとても好感が持てる。
そういう自分はいいなぁなんて思えるようにもなってきた。
そしてそういう自分を見て、「自信」、すなわち自分を信じる力が付いてくる。
私はこの1年2年で「自信」の意味が変わった。
「自信がある」というのは、自分を信じる力があることだと思うようになった。
何があっても自分を信じ続けること、それが自信だと思う。
人と比べてどうだということじゃなくて、自分が自分に対してどういう態度でいるのか、それだと思う。
そして、他人と比べ出したら自分が見劣りする部分が色々目立って仕方ないけれど(←元々自己肯定感低め)、自分が自分のためにどれだけ頑張れるのかという部分にだけ目を向けたら、私けっこう良いところまで来れた気がしている。
さっき書きながらもう1つ思い出した。
もし私が1回でも先にその人のお気に入りの女の子の情報を耳に入れてたとするなら、本人をごはんに誘わないだけじゃなく、その後に起こった全てが起こらなかったということ。
誘わなければ断られることもなかったわけで、断られなければ手紙は書かなかったし、手紙を書かなければこのブログは再開しなかった。
ペンジュラムの能力アップもしなければ、オルゴナイトの購入もせず、オルゴナイトがなければ山で行方不明になったおじいちゃんを探して欲しいなんて頼まれず、それがなければおじいちゃんの霊魂からその人のことを口にされることもなかった。
さらにオルゴナイトがなければ、先日の木のテーブルをひっくり返してしまった時にペンジュラムは割れて粉々になっただろうし、そんなことが起きた時の私はもう立ち直れないぐらいのショックを受けたと思う。
そして、このブログ、今書いてるこの文章さえ世に送り出されることは絶対になかった。
他の文章たち含めて、その人と私がまさかブログをバトンのようにして繋がる(?)、どう表現していいかわからないけれど、少なくとも相手もこのブログに目を通すことなんか絶対になかった。
たった1つの情報さえも、出るタイミングが決まっていた。
それがもっと前倒しで私の元に入ったら、私が動いた全ては何1つ動かなかった。
そして今ある現実は永遠に訪れることがなかった。
魂と魂を繋ぐ時、信じられないことが普通に起こる。
死者の霊から特定の人物について語られるなんて、どう考えてもおかしな話。
だけど、現実にそれは起きた。
まさかブログを読んでもらえるとは、ミクロどころか私からして0%の確率で当初は書き始めて、確率が0ではなくなった唯一の理由は「アップしたから」だった。
何もアップしなければ、0%。
何かアップしたら、0%から0がいくつもいくつも並んだ後に小さく1が%の前に付く。
確率とも呼べない確率に私は賭けた。
少なくとも、女の子の話を初めて聞いた時は、ブログ読んでくれてるとは思っていなかった気がする。
そもそも読んでるかもしれない、と思ったのだって、私の場合、便利ツールで最初わかったのではなく、自分の体に何かしら感知するものがあってそれでもしかして…という、はっきり言ってすごく変な方法で最初は予感したんだった。
確証なんて全くなくて、「予測」みたいなものだった。
それがいつか私が管理画面を誤作動で触ったことで、あれ?なんだこの画面?みたいなのに気付いて、それで色々知れるようになった。
最初は半信半疑だったけれど、この春先あたりにようやく確信が持てるぐらいにまでなった。
ぶっちゃけ、魂と魂の繋がりって変なの…と思う。
普通に連絡したらいいじゃん!と思う。
だけど連絡できない理由があるんだろうし、そんなことは私がどうにかできることじゃないから、いつもこれってどうなるんだろう…?と不安と不思議とほんのちょびっとの期待とで動向を見ている。
それよりもまず、こんな形で繋がるなんて、最後の時間の近付くなオーラから考えたらありえない話で、繋がらないものはどうやったって繋がらないし、繋がるものはどんな風にでも繋がる、と言われる格言みたいな言葉を思い出す。
龍頭図を見て、出逢い自体が「魂のテーマガッツリ行きますよ!!!」宣言をしていて(少なくとも私側は)、だから今みたいになることもそういう意味では超ホロスコープ通りだから予定通りなのかもしれないけれど。
ただ、魂のテーマって「パートナーシップの愛」とは必ずしも限らず、もしかしたら「ペンジュラムの能力アップのための人間関係」かもしれない。
又は私がスピリチュアル・オカルト道から外れないように、そこに至るまでの助走部分のお助けマン担当なのかもしれない。
何でもいいから(←こういうことは個人の願望で決められるものじゃないと悟った)、生きているうちに一度は顔を合わせてお茶の1杯、ビールの1杯でも交わしたいと、大真面目に思ってる。
もう私からは連絡の取りようがないから、本気で連絡来たらいいなぁと思っているし、そしてもうそれしか方法としてはないことも覚悟を持って心得ている。
もっと言うと、こうした繋がり方が魂的に正しい繋がり方なら、これ以上何も起こりようがないことも覚悟している。
人間社会のものさしでは魂社会の常識や計画は測れない。
私はひたすら願うしかない。
再会させて下さい、と願うしかない。
願うのはいつでも自由だから。
この話、終着地点が見えない、ひたすら心のつぶやきみたくなっているけれど。
やっと本題というか、本当に最初書こうと思ったことを。
冒頭の写真は、蒼井優と友達だという男性(←すみません、私は存じ上げない方です)が呟いていたツイッター。
時々他の人たちのツイッターが紹介されてるのを見て気になると見に行くけれど、その中の1つだった。
男性いわく蒼井優が言っていた
「『誰を好きか』より『誰といるときの自分が好きか』が重要らしいよ」
この部分に、私はものすごく共感した。
そして自分に当てはめて考えてみた。
スルスルっと謎が解けていくような快感があった。
私がその笑顔爽やかイケメンに出逢って経験したことは、まさしくその蒼井優が言っていたことだった。
過去に出会った人たちと何が違うのか、そこも検証した。
笑顔爽やかイケメンとは付き合ってないから、自分だけの感覚が全てで、そういう意味でもしかしたら自分の中で美化してるところもあるかもしれないけれど、それでも過去の自分とは圧倒的に違うことを感じた。
例えば過去に、「何でこの人と付き合ってしまったんだろう…」と思っていた頃、そんな風に思っている自分と日々対峙するわけで、そんな自分といるのは自分がしんどかった。
私のすべてを受け止めてくれる人に出会ったら、今度はその人なくしては自分でいられなくなった。
自分の穴を常に相手から補ってもらうみたいな、それはそれでしあわせな気持ちにはなれたけれど、その後別れが訪れたらどう生きていいのかわからない、人生迷子みたいな時間が始まって、自分にきちんと向き合わなかった分長期に苦しい時間が続いた。
その笑顔爽やかイケメンは全然違っていた。
その人がいてくれるだけで、私は毎日毎日生きているのが楽しくて、その人に会えるのが本当に嬉しくて、相手の命があること、そして自分の命があることに心から感謝した。
生きていることが当たり前じゃなくて、きちんと心臓が動いて息をしていることが本当に特別なんだと感じていた。
毎日朝を迎えること、そして元気なその人に会えることはとても特別なことだった。
私は来る日も来る日も「あなたの命に今日も会えて嬉しいです!」という気持ちでいた。
私にとってそれは普通のことではなく、特別なことだった。
毎日が喜びとしあわせに溢れていて、全然興味もない仕事をしに行くのに、私は1人で毎日テンションが上がっていた。
ごはんに誘ったことが何か変なスイッチになってしまって、そこから無視というか避けられるというかそんなことが始まるわけだけど、そしてそれから1ヶ月も経たないうちにその人は転勤でいなくなってしまったけれど、そのおかしな時でさえも私にとって目の前にその人がいること、その人がいる空間に自分もいられることがとても特別だった。
自分が生きていることに特別な気持ちを抱くなんて、未だかつてなかった。
それら全てを通して、命を感じてそして出逢えることの奇跡を思った。
当たり前のことなんて何一つない。
全てが一期一会なんだと、私は毎日毎瞬そう思って当時は生きていた。
そういう自分を思い出した時に、私はその自分がとても好きなことに気付いた。
生きていることを心から喜んでいる自分自身に感動を覚えてた。
元々「生きる」ことそのものに対して、私は感心が低いというか、あまりに色々辛くなってくると「生きたい」という気持ちも消えていくところがある。
病気とかで余命いくばくもない人からしたら本当に怒られそうな話だけど、そうなる自分のことは止められないものがあった。
だけど、毎日生きていたい、そういう気持ちを日々持てたことは私にとってすごい快挙だった。
それはその人から冷たくされても、状況は全く笑えないものでも、生きることそのものには気持ちを見失わずにいられた。
いなくなった後も、私はそれでも生きようとしている自分を見て感動さえ覚えた。
泣きたい瞬間たちでさえも、私は生きることに真っ直ぐだった。
その人に近付きたくてごはん誘ったり、どうしても色んなことを伝えたくて手紙を書いたりするわけだけど(←ラブレターじゃない)、そういうことを自分のためにしている自分のことは、今となれば本当に頑張っていた自分のことが愛おしいみたいな気持ちになる。
自分の気持ちを本当に大切にして、それを最優先にしていた。
それを自然にしていた自分は、私の中で誇らしささえ感じる。
その人がいなくなっていつからだろう、私はものすごいセラピーを編み出した。
自分の色んなことが許せなくなった時に、私は「もしその人がそれをしているとするなら」という仮想現実の世界を作って、どういうわけかその人がそうだとするなら私はあっさりと許せた。
そこで許す感覚を覚えて、今度はもう一度自分に置き換えてどういう気持ちになるのか、なるべくならその人の時みたいに許したいという気持ちで自分と向き合っていた。
この技はかなり使えて、今でも時々使う。
その人に関しては、私はあれこれ望んでいなくて、ただ生きてくれてるだけで良かった。
自分でもどんだけ寛大な心でいるのかと思うけれど、本当にそれくらいシンプルで真っ直ぐな気持ちでいる。
自分自身に対して「生きてくれてるだけで良い」なんて寛大になれない分、その人を通じてその気持ちが持てる自分自身を確認している。
そうした気持ちを教えてもらって、それを自分にもできるようになりたい、そう思えることも私はいいなぁと思っている。
その人の存在に気付いて毎日ルンルンで仕事に行っていた時も、ごはん誘って無視されて日々撃沈していた時も、本当にいなくなってそれが受け入れられずにいた時も、忘れるどころかどんどん存在感を増してどうしようとなった時も、どんな時の自分も常に一生懸命で自分に正直で気持ちをごまかすとかできなくて不器用でも、どの自分も私はいいなぁと思う。
その人の存在によって、私はその人を感じている自分のことは好きなんだと知る。
生きる喜びも命がある奇跡も、本当に私は毎日何かに感謝するようにありがとうの気持ちに包まれて、そしてその喜びが明日も無事訪れますようにと真剣にそっと祈ってから眠りに就いた。
その人を通じて、私は生きる気持ちと生きる力をもらって、そして人生を楽しむことを自然にやってのけてた。
「誰といるときの自分が好きか」
その答えを私は毎日毎日目の前でもらってた。
そして、そんな風に誰かを大切に想える自分、もうそんな風になることは生涯を通じてないと完全に諦めていた自分に、その可能性を見せてもらえた。
中学生よりも不器用なその片想いみたいな日々は、私にすごいパワーを授けてくれた。
それを知っていたら、残りの人生大丈夫だよ、というようなタイプの贈り物だった。
その人という1つの命は私にとってかけがえのない贈り物で、色々上手くなかったけれどもそれでも私が手にできたものは他の何かで代用のきかない、素晴らしい命の体験だった。
それがどれだけ凄いことなのかわかっていたから、私はいなくなってからもやさぐれず、心を腐らせたりせず、ただただ日々生きることを全うするようにできたんだと思う。
そして「愛」と呼べるものを知ったからこそ、私は死者の霊魂と出会ったり、ペンジュラムを使っての人探しを頼まれたり、人のホロスコープを読んだり…ということが始まり出したんだと思う。
そのどれも「愛」を持って向き合うことが必須条件だから。
有り得ないことでもそれをそのまま受け止める、ありのままを見る、そういうことはその人がいた時間の中で学んだ。
受け入れ難いことはたくさんあったけれども、何だかんだと私は消化したり居場所を作ったり、何かしら自分のためになることをした。
魂としての命を発動させるためには、その人は必要不可欠な存在だった。
だから、その人と出逢った日の龍頭図のホロスコープにそうだとわかるものが幾つも姿を現すことにもものすごく納得した。
ここまで時間をかけて、私は確信を持てるようになった。
絶対にその人と私とで約束してそれぞれ生まれてきたと思う。
私の人生が設定した通りに進むように助けるからね、と。
私は、嫌な感情を表に出すための手助けをするからね、とでも約束したんだろうか…苦笑。
悪役を引き受けることを私はよしとしたのかもしれない。
それはもう何でもいいやと思う。
少しでも、それが手荒なやり方でも何かの役に立ったのであれば、御の字だと思う。
その人から見た私の役割はわからないけれど、少なくとも私から見たその人の役割は「愛を教えてくれる人」だった。
自分を大切にすることや、受け入れられない自分の受け止め方や、自分の命の時間を楽しむこと、そういうことをたくさん教えてもらえた。
その人は直接指導官のようになって教えたわけじゃない。
その人はただいるだけですごい影響を私に及ぼして、その姿こそ、ただいるだけで、ただ生きているだけで価値があることを体現していた人だった。
本人は全力で否定しそうだけれど(ましてや成果主義なザ・男性社会に常駐)、本当に私から見たらそうだった。
本人評価がどうあれ、私の中では唯一無二の存在で、本当にいてくれるだけで良かった。
ただただ同じ時代の同じ空間にいて、それだけで私は幸せ満タンになる、そういうかけがえのない時間だった。
今考えたらすごく良かったと思うことがある。
その人は肩書きも肩書きに至るまでの経験も持っている人ではあったけれど、私はその中のどれにも興味がなくて、私が見ていたのはその人自身だった。
むしろ、肩書きも立場もあるのに、そんなこと全く気にしないのか、全然偉ぶったところがないことも良かった。
私は初日、その人がまさかその事務所内で一番偉い人だとは思わず、勝手にその中の中間管理職なんだろうと勘違いした。
それくらいわからなくて、そしてその人が上の人だと知ってからも私はそういう目でその人のことは見なかった。
その人のことは、あくまでも一個人として見続けた。
それは私なりにこだわったことだった。
私が知りたいのは、役職付のその人ではなく、その人個人を知りたかったから、はっきり言えばその中で一番の下っ端でも気にならなかった。
唯一お得だなぁと思ったのは、多分そういうトップに立つことに苦手意識がありそうで、でもそういう人がトップに立ってどんな風に仕事をするのかを見るのはその人の一側面を知れることに繋がっていて、とても楽しい時間だった。
その人は静かな統制力を図る人で、それは他の誰も真似できそうになかった。
そうしたその人だけが持っている中身を見ているのはとても楽しくて充実した瞬間のかたまりだった。
もう少し言葉を足して欲しいと思った場面もあったけれど、そのものすごく短い言葉しか発さないこともその人なんだと今は思う。
会えなくなって、私の願望は超縮小した。
その人が元気に生きていてくれたらいい、究極そこまでのところに行っているから、細かなことはもう何でもいい。
もしかしたら、ひと夏限定の時間が人生における2人で会える時間の全てだったのかもしれない。
もしそうなら、私ができる最大のことは、相手の無事を祈ることと、これだけ自分への向き合いをさせてもらえたわけだから、ひたすら自分を生きることなんだと思う。
その人に出逢えたことで、私の人生は大きく変わった。
自分を大切にすることを覚えられたのは、その人の存在がめちゃくちゃ大きかった。
そして、その人を自分の日々の中に迎えることができていた時、その人が私の生きている世界から消えた後も、その人と関わる時の自分はとても好きだと気付かされた。
これって凄いことだった。
私が今回ここまで意を決して書こうと決めたのは、来年はもう書く自信がないからだった。
今が名古屋から新潟に戻ってちょうど3年になる。
3年はでかい。
3年もあったら色んなことが変わる。
もしかしたら来年の今頃も、その人のことを私はいつもどこかで考えているかもしれない。
だけど、もうこんな風に書く勇気は湧かないかもしれないなぁと思った。
今が書くタイミングとしては、ラストチャンスに近いのかもしれない。
それはここ最近ずっと感じてた。
だから書けるうちに、書きたい気持ちがあるうちに書こうと思った。
1年後もブログを書いてる自分の姿は想像できても、1年後もその人のことを文章に残す姿は想像できない。
今書けるんだったら、今書こうと思った。
私は正直なことを言えば、魂の計画がどうだなんていうことははっきり言ってどうでもいい。
私にとって大事なのは、その人が生きている毎日の中に自分も生きることだから、それが叶うのであれば他のことは何だっていいと思っている。
こういう風に書けるのはもうそろそろ最後、もしかしたらこれが最後かもわからないから、だから書けるうちに書こうと思った。
制服の話とか仕事の話とか思い出したエピソードをちょいちょい書くことはあるかもしれないけれど、気持ちの部分をこうして書くことは、どうだろう、今後もあるのかはわからない。
せめて【伝える部分】は、今はできるからやろうと思った。
伝えるのってただ書いたり話したりしてればいいわけじゃない。
タイミングというのがある。
だって、今から10年後の私は、生きていても、何かしら書き続けていても、ここに書いたようなことは絶対に書いてない。
そうやって未来の自分の姿を想像した時に、来年はもう微妙過ぎる。
心のタイミングがもう合わなくなってる可能性がある。
書きたい気持ちと伝えたい気持ちと外に発信したい気持ちとが揃わないと、こういう文章は外に出せない。
書きたいと伝えたいが揃っても、外に発信する勇気がなければ出さない。
来年はその3つ目がかなり危ういから、だから今なんだとわかる。
今しかないよって。
もし来年も書いてたら私は自分を笑い飛ばす自信があるけれど、来年書きたいのに書けなかったら私はもう笑えない。
それは嫌だから、やっぱり書ける時、こうして外に出せる時に出そうって決めた。
届きますように。
届いて欲しい人にきちんと届きますように。
2019年初夏〜梅雨入りの頃
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