新ブログ『光の図書館』を始めてわかったこと。
http://bibluz.blog.fc2.com/
光の図書館に載せる話は、100%実話。
そして、それらはいつ思い出しても、とても心をぽかぽかと温めてくれる、
「宝物」と呼んでもいい、そういう話ばかりだ。
もちろん、話そのものにも心動かされるものもあるし、
そのひとつひとつが起こった時のことを思い出す瞬間に感じるものもある。
感じることが二層になっている。
出来事そのものに対してと、
出来事を思い出す瞬間に湧き上がるものと。
当初、1週間に1話ずつ書いていこう!と2013年の終わりに決めたけど、
書き出して変更したことは、
「いい気分のときに書こう!」
だった。
今でも1週間に1話のペースはなんとか綴りたいという思いはある。
だけど、どうにもこうにも気分の上がらない時。
そんな時は、1週間に1話のペースを守りよりも、
気分よく書けるタイミングを待つことを優先させよう、って決めた。
ひとつひとつが大切な話だ。
大切だから、自分の気分のおもわしくない時に、わざわざ書いて、
ストーリーの中に流れてる空気を汚したくないと思った。
純粋に、それを伝えたい!という思いで書きたい、
多分それがベストだと今は感じてる。
書かない自分を責めるのではなく、
書きたい時に書いたらいいんだ!と思えるようになった、
そう決断できるきっかけを友達からもらった。
第1話を公開してしばらくした後のこと。
新年会はホルモン焼きにしよう!!とその友達と決めて、やっとやっと2月の中旬、
ついこの間その日を迎えた。
前日、「光の図書館面白い!」とひとことメールをもらっていた。
それを見た時は、単に感想を送ってくれたんだろう、くらいに思っていた。
遅い新年会当日。
会ってる時間の半分以上は、『光の図書館』の話だった。
どんなふうに感じたかということを、本当に色んな角度から話して聞かせてくれた。
そして、友達は今年、ひとつ大きなことを決めた。
絵を描く。
元々、そろそろ絵を描いてもいいかな~とはしばらく前から言っていた。
それが、あの光の図書館を読んだことで、「絶対に描く」に変わったらしい。
「描きたいなぁ」という願望から、「描く」という計画に変わった。
何年ぶりに描くのか聞いたら、12年ぶりだという。
今、やっと絵に向き合えそうだ、と話していた。
光の図書館の感想ももちろんうれしかったけど、
それ以上に、友達がそこから何かを感じ取って次のステージに移行することがうれしかった。
友達と会ってから、今日で数日さらに経過している。
なんで、それがこんなにもうれしいのか、しばらく考えていた。
その答えがようやく出てきて、今見えてる答えをここに残そうと思った、今朝ふとんの中で。
わたしは、ひとつずっとずっと憧れているものがある。
それは、わたしは一切意図せず、でも自分がやったことが結果的に
誰かの何かに影響を及ぼしたり、
何かをする原動力になったり、
小さな一歩に結びついたり、
そんな風になれたらどんなにいいだろう・・・
というものがある。
大学を卒業してから11年、12年くらいだろうか。
ずっと人に関わる仕事をしていた。
どんな仕事も人に関わるだろうけど、
その関わり方の濃度でいったら、相当濃い関わり方だった。
職業が変わっても、
関わる人が変わっても、
結局、どんな自分もさらけだして、全身全霊で相手にぶつかるような仕事をずっとしていた。
そういうところから離れて、1年半くらいになるんだろうか・・・
当時、その11年、12年した仕事のとき、わたしはいわゆる「指導者」的立場だった。
わかりやすくするために、「指導者」という言葉を使ったけど、
正直、わたしは何が良くて悪いのか、さっぱりわからずにいつも仕事をしていた。
「指導」なんていう行為すら、おかしいと思っている。
たとえば、虐待やら他の家庭的な事情で親と生活できない子どもと関わっていた時は、
社会でどうやって生きていったらいいか、
それを念頭に支援することが求められていた。
学習塾にいた時は、
子どもたちが望む、正しくは親が望む学業成績を上げることを求められていた。
字の読み書きができない人たちと関わっていた時は、
字が読み書きできるように関わり、
夫婦問題で悩んでいた人と関わっていた時は、
夫婦円満になるように関わり・・・
どれも悪いことではないし、
むしろ社会で生きていく上では大事な部分に関わらせてもらえる、
すごい機会に恵まれていたとすら思う。
たしかに。
学年順位100番台の子が、なんと学年順位9位という、一桁までになる偉業を一緒に見た。
まったく読み書きのできなかった子どもが、なんと全部読み書きができるようになる瞬間も見届けた。
結婚して25年、熟年離婚の危機だった夫婦が、
なんと一転して夫婦円満になったという知らせも受け取った。
どれも一緒に喜んだし、
うれしかったし、
そんな奇跡みたいなことがふつうに起こるんだ!という実体験もした。
だけど、わたしの中で何かが確実にずれていた。
どんなに素晴らしいことが起こっても、
それが社会で家庭で称賛されるようなことになっても、
意図して良い方向に導くみたいなのが、なにかぴんときていなかった。
「指導する」立場もいやだったし、
それは人と関わることはとっても好きだったけれど、
わたしの方が上も下もないといつも思っていた。
わたしの方がむしろ教えてもらったり気付かされたことは山ほどあったし、
色々失敗や過ちもおかしたし、
一緒にいることで共に成長する、もしくは共になにかを分かち合う、
それがわたしが感じていた感じに一番近い表現かもしれない。
いずれにしても、意図して何かを良くしよう!ではなく、
わたしはわたしで好きなことをしながらそれが何かの影響を生み出す、
でもそれは決してわたしの結果ではなく相手の結果、
そんなのがいいなぁといつもうすぼんやり思っていた。
あまりにうすぼんやりすぎて、
うまくそれを言葉に表現できずにいたけれど、
「絵を描く」と宣言した友達を見て、
「これだ!」
というわたしの中の確信に変わった。
当たり前だけど。
『光の図書館』は、わたしが好きで書いているだけで、
それで誰かを変えようとか、変えたいという気持ちは一切ない。
あれを読んで、読んだ人の中にある、何か大切なものを思い出してくれたら、
それはむちゃくちゃうれしい。
だけど、たとえ影響がなくとも、それでいいと思ってる。
「相手を変えよう」
「相手に変わって欲しい」
そう思ってるうちは、すべてわたしは駄目だと思ってる。
そう思わなくなった時、はじめて相手が変わったり、
あたりまえだけど、自分も変わるんだと思う。
そういう意味で、『光の図書館』は純粋に自分だけの世界をありありと表現し、
それを好きなように伝えられる手段として最高だと感じてる。
そして、その「最高だ」というところを、友達が「絵を描く」と宣言してくれたことで、
すべてがやっと繋がった。
『光の図書館』についてまつわる想いは、
このblogに時々綴っていこう。
ちなみに、題名の【uno】はあのカードゲームのウノとおなじ、
数字の「1」という意味。
unoがどこの国のゲームかわからないけど、
せっかく知り得たスペイン語を使ってみるのもいいなぁと。
だから、あえて、「1」でも「one」でもなく「uno」
2014年2月14日金曜日
2014年2月10日月曜日
沈みかげん から 上がりかげん へ
しばらく書くことからもネットからも遠ざかっていた。
『光の図書館』http://bibluz.blog.fc2.com/を公表したものの、
それからも書こうと思うことはすべてメモに残していても、
パソコンを開く気力がまったく湧かない。
まして、パソコンの画面に向かって何かをひたすら打ち込む・・・
その作業をする時間はあっても気持ちがついていかない。
日常を営むことに異様なほどエネルギーを注がないとなんだかやってけない・・・
そんな感じがしばらく続いた。
そういうトーンに入っていく自分をこれまで何度も体験しているし、
必ずそこから抜け出す日がやってくるのも体験でわかってはいても、
その渦中は毎回不安と焦り、余計な心配や気苦労でいっぱいになってる。
そういう時の自分は、何か新しいことを生活に加えることにひどくおびえるし、
たとえば、前から決まっていた楽しい予定すらも億劫に成りかねない。
昨日は多分それのピークに達していたんだと思う。
大好きな森山直太朗のコンサートが夕方からあった。
その前には、これから数日読むための本を借りるために図書館に行くことも予定した。
どちらも絶対に楽しいはずなのに、
気持ちは晴れない。
そんな折。
友達から小包が届いた。
わたしの好きなお菓子と手紙が添えられた、
ほんとうに素敵な小包だった。
直太朗のコンサート前なのに、曲の予習をほとんどしていなかったわたし。
これから返す本に書かれている心に残った文章をひたすら紙に写しながら、
(↑6時間くたびれもせず、ひたすら書いた)
友達が送ってくれたお菓子を口に含みながら、
耳では直太朗の最新アルバムを聴きながら、
という三重奏を一瞬一瞬体感した。
全部がひとつになってた。
書き写す文章から、
好きな味のお菓子から、
直太朗の音楽から、
それら3つが重なった時に初めて広がる世界があった。
なぜか、またわたしの記憶は過去にぽ~んと飛び出した。
当時、適当に聞き流してしまったある子との会話。
その会話を交わした風景とまんまの内容が突然よみがえった。
わたしが聞き流した会話というのは、
その子が「自分のルーツ」について興味を持っていた内容だった。
今考えると、すごい瞬間に立ち合っていたものだと思う。
わたしの頭の中に広がっていた世界は、
『光の図書館』なり他の手段を使って外に出る機会をずっと待ってる。
なにかスイッチがかちりと、はまった気がした。
とりあえず、家を出て図書館を目指す。
急ぎ足で、直太朗のコンサート会場に行く。
毎回思うけど、直太朗のコンサートは客層が本当にすごい。
小学生~お年寄りまで、老若男女揃っている。
車いすで駆けつける、オール白髪の優雅なおばあさんもいたし、
70代とおぼしき夫婦もいたし、
「今日は何のグッズ買おうか!?」と母親と相談している小学生の男の子もいた。
あと、みんな歌を聴きに行くことを目的としているから、
み~んなみんな普段着で来る。
目立った格好の人など、とりあえず1人もいない。
今、気になったから調べたけど。
直太朗は、最後アンコールの時。
マイクなし、ギターもコードを抜いて、
「自分がデビュー前、駅前で、公園で、桟橋で、高架下で・・・歌っていたように歌います」
と言って、本当にマイクなしでギター弾き語りをはじめた。
3000人収容のホールだった。
3百人じゃない、3千人だ。
どの歌の時か忘れたけど、
歌い終わってから、ずっと天井を見上げていたことがあった。
なにかに感謝という祈りをささげてる風に見えた。
直太朗の表現する姿を見て、
数時間前、家の木のテーブルの前で広がった風景を思い出してた。
コンサートも終わって、携帯の電源を入れた。
メールが1通届く。
今日会う友達からで、てっきり今日の時間か何かの連絡かと思って開いた。
ひとこと。
「光の図書館面白い!」
とだけあった。
このメールで何かがすっとふっきれた。
昼間に広がった世界。
外に出ることを待っているストーリー。
とにかく、「書こう!」と思った。
もう2度と書かないんじゃないかと思う位の逃避行ぶりだったけど、
やっぱり書きたい気持ちがあることを再確認し、
そして「面白い!」と言ってもらえたことが大きかった。
1日単位で見ても、
コロコロと自分の感じるものは変わる。
それが、しばらくうだうだ気味、低飛行中の時が続いた後、
ふっと浮き上がる瞬間。
あぁやっと浮き上がってきたなぁと感じる。
『光の図書館』http://bibluz.blog.fc2.com/を公表したものの、
それからも書こうと思うことはすべてメモに残していても、
パソコンを開く気力がまったく湧かない。
まして、パソコンの画面に向かって何かをひたすら打ち込む・・・
その作業をする時間はあっても気持ちがついていかない。
日常を営むことに異様なほどエネルギーを注がないとなんだかやってけない・・・
そんな感じがしばらく続いた。
そういうトーンに入っていく自分をこれまで何度も体験しているし、
必ずそこから抜け出す日がやってくるのも体験でわかってはいても、
その渦中は毎回不安と焦り、余計な心配や気苦労でいっぱいになってる。
そういう時の自分は、何か新しいことを生活に加えることにひどくおびえるし、
たとえば、前から決まっていた楽しい予定すらも億劫に成りかねない。
昨日は多分それのピークに達していたんだと思う。
大好きな森山直太朗のコンサートが夕方からあった。
その前には、これから数日読むための本を借りるために図書館に行くことも予定した。
どちらも絶対に楽しいはずなのに、
気持ちは晴れない。
そんな折。
友達から小包が届いた。
わたしの好きなお菓子と手紙が添えられた、
ほんとうに素敵な小包だった。
直太朗のコンサート前なのに、曲の予習をほとんどしていなかったわたし。
これから返す本に書かれている心に残った文章をひたすら紙に写しながら、
(↑6時間くたびれもせず、ひたすら書いた)
友達が送ってくれたお菓子を口に含みながら、
耳では直太朗の最新アルバムを聴きながら、
という三重奏を一瞬一瞬体感した。
全部がひとつになってた。
書き写す文章から、
好きな味のお菓子から、
直太朗の音楽から、
それら3つが重なった時に初めて広がる世界があった。
なぜか、またわたしの記憶は過去にぽ~んと飛び出した。
当時、適当に聞き流してしまったある子との会話。
その会話を交わした風景とまんまの内容が突然よみがえった。
わたしが聞き流した会話というのは、
その子が「自分のルーツ」について興味を持っていた内容だった。
今考えると、すごい瞬間に立ち合っていたものだと思う。
わたしの頭の中に広がっていた世界は、
『光の図書館』なり他の手段を使って外に出る機会をずっと待ってる。
なにかスイッチがかちりと、はまった気がした。
とりあえず、家を出て図書館を目指す。
急ぎ足で、直太朗のコンサート会場に行く。
毎回思うけど、直太朗のコンサートは客層が本当にすごい。
小学生~お年寄りまで、老若男女揃っている。
車いすで駆けつける、オール白髪の優雅なおばあさんもいたし、
70代とおぼしき夫婦もいたし、
「今日は何のグッズ買おうか!?」と母親と相談している小学生の男の子もいた。
あと、みんな歌を聴きに行くことを目的としているから、
み~んなみんな普段着で来る。
目立った格好の人など、とりあえず1人もいない。
今、気になったから調べたけど。
直太朗は、最後アンコールの時。
マイクなし、ギターもコードを抜いて、
「自分がデビュー前、駅前で、公園で、桟橋で、高架下で・・・歌っていたように歌います」
と言って、本当にマイクなしでギター弾き語りをはじめた。
3000人収容のホールだった。
3百人じゃない、3千人だ。
どの歌の時か忘れたけど、
歌い終わってから、ずっと天井を見上げていたことがあった。
なにかに感謝という祈りをささげてる風に見えた。
直太朗の表現する姿を見て、
数時間前、家の木のテーブルの前で広がった風景を思い出してた。
コンサートも終わって、携帯の電源を入れた。
メールが1通届く。
今日会う友達からで、てっきり今日の時間か何かの連絡かと思って開いた。
ひとこと。
「光の図書館面白い!」
とだけあった。
このメールで何かがすっとふっきれた。
昼間に広がった世界。
外に出ることを待っているストーリー。
とにかく、「書こう!」と思った。
もう2度と書かないんじゃないかと思う位の逃避行ぶりだったけど、
やっぱり書きたい気持ちがあることを再確認し、
そして「面白い!」と言ってもらえたことが大きかった。
1日単位で見ても、
コロコロと自分の感じるものは変わる。
それが、しばらくうだうだ気味、低飛行中の時が続いた後、
ふっと浮き上がる瞬間。
あぁやっと浮き上がってきたなぁと感じる。
2014年1月31日金曜日
『光の図書館』開設&エッセイストとして始動
「エッセイスト」と名乗って、新しいエッセイブログ
『光の図書館~“世界”がわたしにくれた一期一会の優しい物語』
http://bibluz.blog.fc2.com/
を開設しました!!
そこでは、台本も脚本もない、わたしがどこかでたまたま居合わせた、
ある人のある人生のストーリーの1ページを綴っています。
未来永劫、ずっと人の心にのこるもの、
それを軸としています。
良かったらのぞいてみてください。
これから週1のペースでアップの予定です。
================================
ここに至るまで、実に長かった。
時系列に並べると。
>2013年1月
無職が決定的となり、仕事、人間関係で人生で5本の指に入るだろう
大変な時を迎える。
>2013年2月
手相家の方から「書くこと」「文章力を伸ばすこと」を示唆される。
同時に、文章でお金を生み出す具体的な手法も教えてもらったけど、
それというのがどうにもこうにも興味が湧かず、
参考書だけ買って放置。
>2013年3月
友達から誕生日プレゼントに「万年筆」をもらう。
「ぶっしーをイメージすると、『書く』なんだよ」と言われながら。
2013年のことか2012年のことか忘れたけど、
別の友達からもモレスキンの高級ノートを誕生日プレゼントで頂く。
その人も同じようなことを言っていた、
「ぶっしー、よく色々書いてるからさ」と。
>2013年4月
2年位前に知り合った方と久しぶりに連絡をとる。
その方から『公募ガイド』という文芸や美術系の全国的な公募の一覧雑誌を紹介される。
カード占いみたいなこともできる人で、
「『ライティング(書く)』ってカードが出てるよ~、
何か書くことが人生のヒントになるんじゃない?」
と言われる。
たしかその日かその前の日。
発泡酒の金麦1ダースが当たる。
それというのが、「桜にまつわるエピソード」を添えて応募したもので、
たまたま当たったのか、
文章を添えたから当たったのかは不明。
>2013年6月
4月に購入した『公募ガイド』に投稿した文章が採用されて、実際に掲載される。
4月5月と、何かしらの仕事探しをしていた合間。
探すのが嫌で、懸賞に色々応募していた。
かなりな数の応募をした結果、
なぜかキャラクターデザインの大学ノートだけが当たる。
(↑このノートは、このブログのアイディアや下書き専用ノートにあててる)
>2013年8月
ある仕事の日の昼休み。
外で食べ物にまつわる物語の読書をしていたら、
これまでの自分の軌跡、食卓を通して体に刻みこまれたものたちを思い出し、
号泣する。
そして、その時なぜかとても強く
「心を伝える」
という言葉が自分の中から出てきた。
その前後で、例の『公募ガイド』を紹介してくれた方から連絡がくる。
おおもとの用事は、「書くこと」からは全くかけ離れたことだったけど、
どうしても気になったからと言われて彼女からきた追記のメールの中に
「光の図書館という本がヒントになってる」
と言われる。
アマゾンやネットで「光の図書館」を探すけど、該当するものが何もなくて、
そう彼女に伝えたら、
「多分、史子さんが書いて行かれるというメッセージだよ。
キラキラした感じがしたから、何か前にすすめそうですね。」
と言われる。
このときは、まだ色んなことがぴんときていなかった。
>2013年9月
このブログ『vivir空間』を始める。
今となれば、このvivir空間を始めたことは、2013年の一番の功績と称しても過言ではない。
今書いていて突然思い出した場面がある。
友達の結婚式で新潟に戻った時のこと。
喫茶店で日記を書いて、友達を待っていた時のこと。
全く見知らぬ、となりの席に座られたご婦人から、
「貴女、とても楽しそうに書いているのね~」
と話しかけられたことがあった。
その後そのご婦人としばし歓談するのだけど、
わたしが楽しそうに何かを書いていることを伝えるために話しかけてくれたことを思うと
とてもうれしくなる。
>2013年12月
何の意図もなく、友達とお茶をする。
『光の図書館』の話は、正直、どうしていいのかよくわからず、
ずっと宙に浮いたままだったけど、
その話をちょっとだけ、ほんと、1~2分だけ話す。
そこで、
「ぶっしー、『エッセイスト』と名乗って、『光の図書館』を発表しよう」
と言ってもらい、
あの宙ぶらりんの光の図書館が一気に形となる段階に移行していく。
>2014年1月
正月早々、「『光の図書館』の原型ができたよ~」と友達から連絡をもらう。
それからもう一度友達に会って気になっていたことを詰めて、
加筆訂正し(してもらい)、
自分の心の準備が整うまで4週間かかって、
今日1月31日ようやく発表。
何かを始める日、わたしはよく今日がどんな日に当たるのかをチェックする。
今日は水瓶座の新月の日となっていて、
適当にネットサーフィンして見つけた情報に
「2013年8月に計画したことが形になる時期」
という言葉を見つける。
まさに今日のことだ!と思って、ひとりうれしくなる。
『光の図書館~“世界”がわたしにくれた一期一会の優しい物語』
http://bibluz.blog.fc2.com/
を開設しました!!
そこでは、台本も脚本もない、わたしがどこかでたまたま居合わせた、
ある人のある人生のストーリーの1ページを綴っています。
未来永劫、ずっと人の心にのこるもの、
それを軸としています。
良かったらのぞいてみてください。
これから週1のペースでアップの予定です。
================================
ここに至るまで、実に長かった。
時系列に並べると。
>2013年1月
無職が決定的となり、仕事、人間関係で人生で5本の指に入るだろう
大変な時を迎える。
>2013年2月
手相家の方から「書くこと」「文章力を伸ばすこと」を示唆される。
同時に、文章でお金を生み出す具体的な手法も教えてもらったけど、
それというのがどうにもこうにも興味が湧かず、
参考書だけ買って放置。
>2013年3月
友達から誕生日プレゼントに「万年筆」をもらう。
「ぶっしーをイメージすると、『書く』なんだよ」と言われながら。
2013年のことか2012年のことか忘れたけど、
別の友達からもモレスキンの高級ノートを誕生日プレゼントで頂く。
その人も同じようなことを言っていた、
「ぶっしー、よく色々書いてるからさ」と。
>2013年4月
2年位前に知り合った方と久しぶりに連絡をとる。
その方から『公募ガイド』という文芸や美術系の全国的な公募の一覧雑誌を紹介される。
カード占いみたいなこともできる人で、
「『ライティング(書く)』ってカードが出てるよ~、
何か書くことが人生のヒントになるんじゃない?」
と言われる。
たしかその日かその前の日。
発泡酒の金麦1ダースが当たる。
それというのが、「桜にまつわるエピソード」を添えて応募したもので、
たまたま当たったのか、
文章を添えたから当たったのかは不明。
>2013年6月
4月に購入した『公募ガイド』に投稿した文章が採用されて、実際に掲載される。
4月5月と、何かしらの仕事探しをしていた合間。
探すのが嫌で、懸賞に色々応募していた。
かなりな数の応募をした結果、
なぜかキャラクターデザインの大学ノートだけが当たる。
(↑このノートは、このブログのアイディアや下書き専用ノートにあててる)
>2013年8月
ある仕事の日の昼休み。
外で食べ物にまつわる物語の読書をしていたら、
これまでの自分の軌跡、食卓を通して体に刻みこまれたものたちを思い出し、
号泣する。
そして、その時なぜかとても強く
「心を伝える」
という言葉が自分の中から出てきた。
その前後で、例の『公募ガイド』を紹介してくれた方から連絡がくる。
おおもとの用事は、「書くこと」からは全くかけ離れたことだったけど、
どうしても気になったからと言われて彼女からきた追記のメールの中に
「光の図書館という本がヒントになってる」
と言われる。
アマゾンやネットで「光の図書館」を探すけど、該当するものが何もなくて、
そう彼女に伝えたら、
「多分、史子さんが書いて行かれるというメッセージだよ。
キラキラした感じがしたから、何か前にすすめそうですね。」
と言われる。
このときは、まだ色んなことがぴんときていなかった。
>2013年9月
このブログ『vivir空間』を始める。
今となれば、このvivir空間を始めたことは、2013年の一番の功績と称しても過言ではない。
今書いていて突然思い出した場面がある。
友達の結婚式で新潟に戻った時のこと。
喫茶店で日記を書いて、友達を待っていた時のこと。
全く見知らぬ、となりの席に座られたご婦人から、
「貴女、とても楽しそうに書いているのね~」
と話しかけられたことがあった。
その後そのご婦人としばし歓談するのだけど、
わたしが楽しそうに何かを書いていることを伝えるために話しかけてくれたことを思うと
とてもうれしくなる。
>2013年12月
何の意図もなく、友達とお茶をする。
『光の図書館』の話は、正直、どうしていいのかよくわからず、
ずっと宙に浮いたままだったけど、
その話をちょっとだけ、ほんと、1~2分だけ話す。
そこで、
「ぶっしー、『エッセイスト』と名乗って、『光の図書館』を発表しよう」
と言ってもらい、
あの宙ぶらりんの光の図書館が一気に形となる段階に移行していく。
>2014年1月
正月早々、「『光の図書館』の原型ができたよ~」と友達から連絡をもらう。
それからもう一度友達に会って気になっていたことを詰めて、
加筆訂正し(してもらい)、
自分の心の準備が整うまで4週間かかって、
今日1月31日ようやく発表。
何かを始める日、わたしはよく今日がどんな日に当たるのかをチェックする。
今日は水瓶座の新月の日となっていて、
適当にネットサーフィンして見つけた情報に
「2013年8月に計画したことが形になる時期」
という言葉を見つける。
まさに今日のことだ!と思って、ひとりうれしくなる。
2014年1月22日水曜日
プロフィール作り
12月から取り組んでいる個人プロジェクトがある。
これから公表するにあたり、プロフィールを作った。
このプロフィールが、わたしにはとんでもなく厄介だ。
まず、自分のことをまるで第三者のようにして表現する、
それも読んだ人が「この人、こういう人なんだ」とわかるように書くというのは、
とても大変だと実感。
このブログのように、
自分が感じたことや頭に思い浮かんだことをそのまま言葉にして出すのは
わたしには何の負担もないけれど、
「プロフィール」という枠や型にはめようとすると途端に手が止まる。
何を発想していいのかわからなくなり、
何を軸にして考えたらいいのかもわからなくなり、
頭の中は「わからない。わからない。」でいっぱいになる。
とりあえず、第一稿をこさえて、
信頼してる人にお願いして読んで感想を聞くことにした。
最悪、プロフィールはこれから少しずつ形にしていけばいいなぁ、
と得意の開き直りでとりあえず乗り切る。
世の中のプロフィールを作った人たちは、
本当にすごいなぁと尊敬のまなざしでいっぱいだ。
実は、2年位前にも、自分のプロフィールを作ったことがある。
正しくは、作ってもらった、だ。
そのプロフィールは、あまり良い印象を自分で持てなかった。
作ってくれた人には心底感謝しているし、
自分では書けない細かいところも書いてもらって
それだけ見たらすごいものが出来上がった。
良い印象を持てなかったのは、
たしかに書かれたことはわたしのそれまでの軌跡そのものだったけど、
言葉だけが前に前に出て、
実際のわたしは、なんだか全く別のところにある、みたいな感じだった。
政治家の人たちが選挙に立候補する時の略歴や、
本の著者の人たちの略歴みたいな感じのものに近いプロフィールだった。
プロフィールは立派だけど、
なんだか誇大広告みたいで嫌だった。
賢い(?)部分だけの自分だけを、
良い部分だけの自分だけを露呈するのではなくて、
そうではない部分の自分も出したかったのかもしれない。
いずれにしても、プロフィールというのは本当に難しい、というのがわたしの感想。
これから公表するにあたり、プロフィールを作った。
このプロフィールが、わたしにはとんでもなく厄介だ。
まず、自分のことをまるで第三者のようにして表現する、
それも読んだ人が「この人、こういう人なんだ」とわかるように書くというのは、
とても大変だと実感。
このブログのように、
自分が感じたことや頭に思い浮かんだことをそのまま言葉にして出すのは
わたしには何の負担もないけれど、
「プロフィール」という枠や型にはめようとすると途端に手が止まる。
何を発想していいのかわからなくなり、
何を軸にして考えたらいいのかもわからなくなり、
頭の中は「わからない。わからない。」でいっぱいになる。
とりあえず、第一稿をこさえて、
信頼してる人にお願いして読んで感想を聞くことにした。
最悪、プロフィールはこれから少しずつ形にしていけばいいなぁ、
と得意の開き直りでとりあえず乗り切る。
世の中のプロフィールを作った人たちは、
本当にすごいなぁと尊敬のまなざしでいっぱいだ。
実は、2年位前にも、自分のプロフィールを作ったことがある。
正しくは、作ってもらった、だ。
そのプロフィールは、あまり良い印象を自分で持てなかった。
作ってくれた人には心底感謝しているし、
自分では書けない細かいところも書いてもらって
それだけ見たらすごいものが出来上がった。
良い印象を持てなかったのは、
たしかに書かれたことはわたしのそれまでの軌跡そのものだったけど、
言葉だけが前に前に出て、
実際のわたしは、なんだか全く別のところにある、みたいな感じだった。
政治家の人たちが選挙に立候補する時の略歴や、
本の著者の人たちの略歴みたいな感じのものに近いプロフィールだった。
プロフィールは立派だけど、
なんだか誇大広告みたいで嫌だった。
賢い(?)部分だけの自分だけを、
良い部分だけの自分だけを露呈するのではなくて、
そうではない部分の自分も出したかったのかもしれない。
いずれにしても、プロフィールというのは本当に難しい、というのがわたしの感想。
2014年1月16日木曜日
落ち込んだ日に思い出した女の子のこと
私は時々泣くなり落ち込むなりして、心の中にたまったものを吐き出さないと、
自分のバランスが取れないって、
ようやく35歳になる目前に気付いた。
今日(1月15日)はそんな日だった。
別に何があったわけでもない。
何もなくても、今日は朝から寝不足のせいか、
いまいちすっきりしない。
心がすっとしてないと、3回も洗濯機を回して、
3回も洗濯干ししても、それが面倒にすらならない。
何かしてる方が気が紛れて楽だから。
外に出たらスッキリするかと思ったけど、
これも大きな変化なく。
そんな中、次に始める新しいブログの1つに加える
女の子のことが何度も頭をよぎった。
もう10年も前のこと。
当時、私の半分も生きていない女の子が伝えてくれたメッセージが、
今になって強烈に響く。
話のネタ(メッセージ)は新ブログにいつか書くにしても、
今振り返って彼女の人生に起こったことは
たとえばこれまでの人生で1000人位の人の生き様に触れたとして、
そのトップ5にまちがいなくランクインする
壮絶なものだったと今さらに気付いた。
人と人の人生の大変さなんて比べる必要なんかないけど、
それ位の中をくぐり抜けても「生きる楽しさ」を知ってる、
楽しんで生きる術を知ってる、そんな子だった。
日々目の前のことに目一杯だった当時の私が気付かなかった
すんごいメッセージに今気付く。
彼女は両手で年を数えてもまだ指が余ってしまうような時。
一生分の大変なことを背負い込んだと言っても過言ではない。
細かいことはもう本当に大部分忘れてしまったけど、
彼女はその大変さの中にも
「こんな風に良かった時も(きちんと)あったんだよ」
って私に教えてくれたことが何回かあった。
今さらながら「なんだ!?その強さ!?」って超感心するくらいの
素晴らしい感性の持ち主だった。
正月に実家に帰省した時。
(嫁にもいってない成人女性の生家を「実家」と呼ぶんだろうか…)
2004年のスケジュール帳にその女の子からもらった小さなプレゼントが
きれいに残されてるのを見つけた。
彼女ももう成人したけど、
今もあの人生を楽しむ名人のままだと思う。
(ひょんなことから、彼女が今も元気もりもりだということがこの間わかった)
追記。
彼女からもらったプレゼント。
ふつうなら、「ゴミ」になるもの。
彼女は、彼女のマジックを使って、
「ゴミ」を「ラッキーなもの」に変えて私にプレゼントしてくれた。
自分のバランスが取れないって、
ようやく35歳になる目前に気付いた。
今日(1月15日)はそんな日だった。
別に何があったわけでもない。
何もなくても、今日は朝から寝不足のせいか、
いまいちすっきりしない。
心がすっとしてないと、3回も洗濯機を回して、
3回も洗濯干ししても、それが面倒にすらならない。
何かしてる方が気が紛れて楽だから。
外に出たらスッキリするかと思ったけど、
これも大きな変化なく。
そんな中、次に始める新しいブログの1つに加える
女の子のことが何度も頭をよぎった。
もう10年も前のこと。
当時、私の半分も生きていない女の子が伝えてくれたメッセージが、
今になって強烈に響く。
話のネタ(メッセージ)は新ブログにいつか書くにしても、
今振り返って彼女の人生に起こったことは
たとえばこれまでの人生で1000人位の人の生き様に触れたとして、
そのトップ5にまちがいなくランクインする
壮絶なものだったと今さらに気付いた。
人と人の人生の大変さなんて比べる必要なんかないけど、
それ位の中をくぐり抜けても「生きる楽しさ」を知ってる、
楽しんで生きる術を知ってる、そんな子だった。
日々目の前のことに目一杯だった当時の私が気付かなかった
すんごいメッセージに今気付く。
彼女は両手で年を数えてもまだ指が余ってしまうような時。
一生分の大変なことを背負い込んだと言っても過言ではない。
細かいことはもう本当に大部分忘れてしまったけど、
彼女はその大変さの中にも
「こんな風に良かった時も(きちんと)あったんだよ」
って私に教えてくれたことが何回かあった。
今さらながら「なんだ!?その強さ!?」って超感心するくらいの
素晴らしい感性の持ち主だった。
正月に実家に帰省した時。
(嫁にもいってない成人女性の生家を「実家」と呼ぶんだろうか…)
2004年のスケジュール帳にその女の子からもらった小さなプレゼントが
きれいに残されてるのを見つけた。
彼女ももう成人したけど、
今もあの人生を楽しむ名人のままだと思う。
(ひょんなことから、彼女が今も元気もりもりだということがこの間わかった)
追記。
彼女からもらったプレゼント。
ふつうなら、「ゴミ」になるもの。
彼女は、彼女のマジックを使って、
「ゴミ」を「ラッキーなもの」に変えて私にプレゼントしてくれた。
2014年1月11日土曜日
最近のあれこれ~正月明けの日常
今朝目覚める直前、もしくは直後に、子どもの頃毎年春に家族5人で山菜採りに出かけた場面を思い出した。
夢の中で歩いたことのない山道を練り歩くところから思い出したのかもしれない。
当時は華やかさに欠けるお昼ご飯だと思っていたおにぎり。
よく考えたら、家族5人分、ひとり2こずつ食べるとしたら最低10こは必要になる。
母親は毎回それを作り続けていたかと思うと、今になってそのすごさがわかる。
ちなみに、最初思い出した場面は、青っぽいチェック柄のシャツを着た若かりし頃の父親の立ち姿だった。
背景の山にぴったりとなじんでいた。
9連休も終わり、名古屋での生活に戻って1週間になる。
この1週間で、どういうわけかやたらと子どもの頃の記憶がよみがえる。
ずっと忘れていたことが突然何の前触れもなしに、ふわっと出てくる。
それはそれでおもしろいから、思い出したことをノートに書いて残そうと思ってる。
9日間、仕事から離れて、9日ぶりに仕事をするとどんな風に反応するのか、
自分の反応が楽しみだった。
まず初日。
とにかく、3ヶ月くらいで無理やり詰めこんだ仕事の段取りを覚えているのかが不安で、すごく緊張した。
色々ぼけていることもあったけど、なんとか思い出せたのはよかった。
何日か仕事に行って、これは思いの外大きな収穫だったのは…
どういうわけか、苦手だった人たちが、苦手というより嫌悪に近い感情を抱いていた人たちが平気になったこと。
相手が変わったのかわたしが変わったのかはわからないけど、
とにかくできるなら関わり合いになりたくない!という人たち数名が平気になるのだから、これは本当に良かった。
相変わらず、気になることもないわけではないけど、
正月前に比べて、気にならなくなったから、自分がその分楽になれた。
昨日仕事の月1のミーティングがあって、
そこでわたしは前から気になっていたことを直接聞いた。
その答えを直接上の立場の人から聞いて、わたしは合点がいった。
その答えは、わたしの中で完全に「それ、まずいでしょ!?」って感じるものではあったけど、
その「まずいでしょ」の答えがこの職場ではOKになるとわかって、
それで合点がいった。
職場ではOKとなるもの、わたしはおかしいと思うもの、双方平行線で、
そういうものなんだとわかったら、おかしいとは今も思いながらも自分の中で折り合いをつけれるようになった。
話は変わって2日前の休みの日。
たまりにたまった用事の時間も確保しつつ、
空いた時間、自分の気の赴くままに過ごした。
気付けば、その日5~6時間、「写経」とわたしが勝手に名付けた
気に入った本の文章写しに精を出していた。
自分の家でも、図書館の近くのカフェでも、ひたすら文を紙に書いた。
書きながら、これから自分が追究するだろうテーマも少しずつ輪郭が見えてきたように思う。
最後に。
正月、妹から教えてもらった肩こり解消の体操がある。
肩こりと言うほどではないけど、時々、肩付近が痛くなる。
その体操を、朝起きた時と、夜寝る前にそれぞれ3回ずつ行ってる。
簡単だし、3回なら苦痛にならない。
かれこれ1週間、毎日朝夜と欠かさずにやっている。
肩の調子がいいのももちろんうれしいけど、
それ以上にこの新しい習慣が自分の中に定着したことの方がもっとうれしい。
2013年12月27日金曜日
6人目のポジション
ガラケーと呼ばれる携帯。
スマホは知らないけど、ガラケーは同じメールを一度に5人までしか送れない。
今回わたし含めて7人でやりとりしていた時のこと。
自分が発信者になったとしても、
一度に5人しか送れないわけだから
1人必ずあふれてしまう。
発信者から見たときの6人目のポジションというのがある。
今回、発信側になって6人目の人物をわたしが選び出すことも
反対にわたしが6人目の人物として選ばれることも
両方体験した。
今回のメールのやりとりが面白かったのは、
「あ!ぶっしーにだけ伝わっていなかった!」
と普通にメールをくれる子もいれば、
なにもなくしれ~っとしてる子もいれば、
ちょっとした気遣いで個人的にメールをくれる子もいれば、
とにかくみんなわが道スタイルでメールをやりとりしてるのがとっても心地良かった。
仮にわたしに内容が伝わってなくてもぜ~んぜん気にならなかったし、
みんなちぐはぐにその時の状況に合わせてメールをやりとりしてるのが、
なんとなく伝わってきたから、
6人目になることでわたしは知らなくても、気にならずに済んだ。
高校入学してからの付き合いだから、もうかれこれ20年になろうとしている。
わたしは集団行動もグループを成すこともとても苦手だけれど、
いい意味での自分勝手や自分のペースを持ってる人たちと付き合うのは大好きだ。
本来連絡するべきことを後回しにして、
このブログを先に書きあげてると後でみんなが知っても誰も怒らないだろう。
もしくは、「なんで先に連絡よこさないの?」
とはっきりと言ってくれるだろう・・・と何の疑いもなく信じているから
ほんと、わたしも自由気ままに自分のペースで動いてる。
話は変わって数日前のこと。
ある朝。
わたしはふたりの友達と同じ空間で朝を迎えた。
ひとりは、普段の生活から解放されてのんびりと朝を迎えていた。
まだ寝足りない様子でふとんの中にくるまっていた。
その空間の家主は、朝早くから人生の修羅場を約1時間後に迎えることが決定し、
家事をこなしながらも、もう心はすでに1時間先の未来に飛んでいた。
いかにその修羅場を乗り切るかの作戦会議で頭の中はいっぱいだっただろう。
わたしは、めちゃくちゃ楽しい時間から一気に現実に引き戻され、
行きたくもない仕事へ行く準備を整えていた。
三人三様の朝だった。
ふたりにじゃあねと告げてただ去ると思っていた。
まじめにそのつもりだった。
そうしたら、なんとふとんにくるまっていた友達が
温かいふとんから抜け出し、わたしを玄関まで見送った。
頭は寝癖でぼさぼさ。
前日のお酒はまだ体内に残っているのか全体的にけだるさ発信。
目は半開きまでひどくなくても4分の3開きといった風。
たった一瞬のできごとではあったけど、
その友達の見送りがとにかくめちゃくちゃうれしくて感動した。
自分の家でもないのに、
まるで自分の家かのように、
とても自然にわたしを見送っていた。
じゃあね~くらいの簡単なあいさつ位しか交わさなかったと思う。
でも言葉がなくても、言葉以上のなにかをわたしはその場で確実に感じ取っていたし、
その日もその後もわたしはその時の風景を何度も何度も反芻している。
反芻しては、なんともいえないしあわせな気分に浸る。
最初に書いた6人目のポジションも、
今さっき書いた朝の見送りも、
どちらも真髄の部分は同じものが流れていると思う。
「おもいやり」なんていう言葉、なんともうそっぽいと思ってしまうけど、
わたしは自分の周りの人たちのそういう自然の行動を見て
「おもいやり」だなぁ・・・と思ってしまう。
スマホは知らないけど、ガラケーは同じメールを一度に5人までしか送れない。
今回わたし含めて7人でやりとりしていた時のこと。
自分が発信者になったとしても、
一度に5人しか送れないわけだから
1人必ずあふれてしまう。
発信者から見たときの6人目のポジションというのがある。
今回、発信側になって6人目の人物をわたしが選び出すことも
反対にわたしが6人目の人物として選ばれることも
両方体験した。
今回のメールのやりとりが面白かったのは、
「あ!ぶっしーにだけ伝わっていなかった!」
と普通にメールをくれる子もいれば、
なにもなくしれ~っとしてる子もいれば、
ちょっとした気遣いで個人的にメールをくれる子もいれば、
とにかくみんなわが道スタイルでメールをやりとりしてるのがとっても心地良かった。
仮にわたしに内容が伝わってなくてもぜ~んぜん気にならなかったし、
みんなちぐはぐにその時の状況に合わせてメールをやりとりしてるのが、
なんとなく伝わってきたから、
6人目になることでわたしは知らなくても、気にならずに済んだ。
高校入学してからの付き合いだから、もうかれこれ20年になろうとしている。
わたしは集団行動もグループを成すこともとても苦手だけれど、
いい意味での自分勝手や自分のペースを持ってる人たちと付き合うのは大好きだ。
本来連絡するべきことを後回しにして、
このブログを先に書きあげてると後でみんなが知っても誰も怒らないだろう。
もしくは、「なんで先に連絡よこさないの?」
とはっきりと言ってくれるだろう・・・と何の疑いもなく信じているから
ほんと、わたしも自由気ままに自分のペースで動いてる。
話は変わって数日前のこと。
ある朝。
わたしはふたりの友達と同じ空間で朝を迎えた。
ひとりは、普段の生活から解放されてのんびりと朝を迎えていた。
まだ寝足りない様子でふとんの中にくるまっていた。
その空間の家主は、朝早くから人生の修羅場を約1時間後に迎えることが決定し、
家事をこなしながらも、もう心はすでに1時間先の未来に飛んでいた。
いかにその修羅場を乗り切るかの作戦会議で頭の中はいっぱいだっただろう。
わたしは、めちゃくちゃ楽しい時間から一気に現実に引き戻され、
行きたくもない仕事へ行く準備を整えていた。
三人三様の朝だった。
ふたりにじゃあねと告げてただ去ると思っていた。
まじめにそのつもりだった。
そうしたら、なんとふとんにくるまっていた友達が
温かいふとんから抜け出し、わたしを玄関まで見送った。
頭は寝癖でぼさぼさ。
前日のお酒はまだ体内に残っているのか全体的にけだるさ発信。
目は半開きまでひどくなくても4分の3開きといった風。
たった一瞬のできごとではあったけど、
その友達の見送りがとにかくめちゃくちゃうれしくて感動した。
自分の家でもないのに、
まるで自分の家かのように、
とても自然にわたしを見送っていた。
じゃあね~くらいの簡単なあいさつ位しか交わさなかったと思う。
でも言葉がなくても、言葉以上のなにかをわたしはその場で確実に感じ取っていたし、
その日もその後もわたしはその時の風景を何度も何度も反芻している。
反芻しては、なんともいえないしあわせな気分に浸る。
最初に書いた6人目のポジションも、
今さっき書いた朝の見送りも、
どちらも真髄の部分は同じものが流れていると思う。
「おもいやり」なんていう言葉、なんともうそっぽいと思ってしまうけど、
わたしは自分の周りの人たちのそういう自然の行動を見て
「おもいやり」だなぁ・・・と思ってしまう。
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