2014年2月10日月曜日

沈みかげん から 上がりかげん へ

しばらく書くことからもネットからも遠ざかっていた。

『光の図書館』http://bibluz.blog.fc2.com/を公表したものの、
それからも書こうと思うことはすべてメモに残していても、
パソコンを開く気力がまったく湧かない。

まして、パソコンの画面に向かって何かをひたすら打ち込む・・・
その作業をする時間はあっても気持ちがついていかない。

日常を営むことに異様なほどエネルギーを注がないとなんだかやってけない・・・

そんな感じがしばらく続いた。


そういうトーンに入っていく自分をこれまで何度も体験しているし、
必ずそこから抜け出す日がやってくるのも体験でわかってはいても、
その渦中は毎回不安と焦り、余計な心配や気苦労でいっぱいになってる。


そういう時の自分は、何か新しいことを生活に加えることにひどくおびえるし、
たとえば、前から決まっていた楽しい予定すらも億劫に成りかねない。


昨日は多分それのピークに達していたんだと思う。


大好きな森山直太朗のコンサートが夕方からあった。


その前には、これから数日読むための本を借りるために図書館に行くことも予定した。


どちらも絶対に楽しいはずなのに、
気持ちは晴れない。


そんな折。

友達から小包が届いた。

わたしの好きなお菓子と手紙が添えられた、
ほんとうに素敵な小包だった。

直太朗のコンサート前なのに、曲の予習をほとんどしていなかったわたし。

これから返す本に書かれている心に残った文章をひたすら紙に写しながら、
(↑6時間くたびれもせず、ひたすら書いた)
友達が送ってくれたお菓子を口に含みながら、
耳では直太朗の最新アルバムを聴きながら、
という三重奏を一瞬一瞬体感した。


全部がひとつになってた。


書き写す文章から、
好きな味のお菓子から、
直太朗の音楽から、
それら3つが重なった時に初めて広がる世界があった。


なぜか、またわたしの記憶は過去にぽ~んと飛び出した。

当時、適当に聞き流してしまったある子との会話。

その会話を交わした風景とまんまの内容が突然よみがえった。


わたしが聞き流した会話というのは、
その子が「自分のルーツ」について興味を持っていた内容だった。


今考えると、すごい瞬間に立ち合っていたものだと思う。


わたしの頭の中に広がっていた世界は、
『光の図書館』なり他の手段を使って外に出る機会をずっと待ってる。


なにかスイッチがかちりと、はまった気がした。


とりあえず、家を出て図書館を目指す。


急ぎ足で、直太朗のコンサート会場に行く。


毎回思うけど、直太朗のコンサートは客層が本当にすごい。
小学生~お年寄りまで、老若男女揃っている。

車いすで駆けつける、オール白髪の優雅なおばあさんもいたし、
70代とおぼしき夫婦もいたし、
「今日は何のグッズ買おうか!?」と母親と相談している小学生の男の子もいた。

あと、みんな歌を聴きに行くことを目的としているから、
み~んなみんな普段着で来る。

目立った格好の人など、とりあえず1人もいない。


今、気になったから調べたけど。


直太朗は、最後アンコールの時。


マイクなし、ギターもコードを抜いて、
「自分がデビュー前、駅前で、公園で、桟橋で、高架下で・・・歌っていたように歌います」
と言って、本当にマイクなしでギター弾き語りをはじめた。


3000人収容のホールだった。

3百人じゃない、3千人だ。

どの歌の時か忘れたけど、
歌い終わってから、ずっと天井を見上げていたことがあった。

なにかに感謝という祈りをささげてる風に見えた。


直太朗の表現する姿を見て、
数時間前、家の木のテーブルの前で広がった風景を思い出してた。


コンサートも終わって、携帯の電源を入れた。
メールが1通届く。


今日会う友達からで、てっきり今日の時間か何かの連絡かと思って開いた。


ひとこと。


「光の図書館面白い!」


とだけあった。


このメールで何かがすっとふっきれた。


昼間に広がった世界。
外に出ることを待っているストーリー。


とにかく、「書こう!」と思った。


もう2度と書かないんじゃないかと思う位の逃避行ぶりだったけど、
やっぱり書きたい気持ちがあることを再確認し、
そして「面白い!」と言ってもらえたことが大きかった。


1日単位で見ても、
コロコロと自分の感じるものは変わる。


それが、しばらくうだうだ気味、低飛行中の時が続いた後、
ふっと浮き上がる瞬間。


あぁやっと浮き上がってきたなぁと感じる。



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