2014年12月9日火曜日

活字を読まない1週間 ②実際にやっての感想&変化

11月24日~30日の間、活字を読まない1週間を実施した。

やる前からはりきって準備(おたのしみイベント)をしたり、

元々情報少なめの生活だから、意外といけるんじゃないかと予想したり、

とんでもない悟りが訪れるかもと過度の期待をしたり、

そんなこんなで始めた1週間。

最初に結論を言うと、

楽しみで用意したものたちは、実際にやるのだけど楽しみではなくなり、

活字なくてもいける気がするというのは正しかったけど、

実際には想像をはるかに超えて「NO活字」生活が非常にこたえ、

悟りが訪れるどころか、本当に早くこの日々から脱したいというのが、

渦中の時の、超本音だった。

終わった時は本当にうれしかったし、その直後からまたいつもの日常に戻るのだと思ってた。

たしかに、日常は戻った。それにプラスして、

戻ってすぐには気付かずにいたけど、予定外の恩恵が色々ともたらされていた。

これはわたしの場合だけど、自分の習慣が変わった。

11月はNO活字含め、3つのことを並行していたから、実際にどれが作用を起こしたのか、

それとも3つの合同作用なのか、真相は不明だけど、

ただわかるのは、自分の習慣が変わったこと。

変化を列挙すると(というほどの数もないけれど)、

◎活字に触れる時間が減って、他のことをする時間がその分増えた。

◎中毒のようにはまっていたブログたち。
  今も読むけれど、節操を持って読むようになった。

◎「今日はこのままもうダラダラして終わりそう・・・」という時に、
  これまでは確実にその結果が狂いもなく訪れていたけれど、
  なぜか、やっぱりやろうと切り替わって、実際に何かを始めるようになった。

◎食事中、食事に100%集中するようになった。
  (以前は、携帯で料理ブログの写真見たり、本見たりしてた)

◎自分がその時にする活動をしやすくするために、片付けるようになった。
  (机の上とか、自分周辺とか)

◎これまで後悔していた、大学生の頃の生活の記録を残さなかったこと。
  そうだ!とひらめいて、今記憶にあるものを記録する、という方向転換を始めた。
  (卒業後13年もして、ようやく気付く)

ちなみに、やっていて堪えがたい状況だったのは、大きく2つ。

1つは、これは想定外の頭痛の日。

わたしは年間で指折り数えるくらいしか頭痛に悩まされない。

その日がたまたまやってきて、重症であれば寝るしかないけれど、

痛いけど軽症、普段なら横になって本を読むか携帯で何か読んでいるかのどちらかの時。

どちらも当然できず、かと言って起き上がるほどの元気もなく。

手持無沙汰な時間だけがどんどん過ぎて、その時間が半永久的にすら思えて、

それはそれは頭だけではなく、精神衛生上もよろしくない感じだった。

最後は少し眠った気がする。

そこを抜けた時の安堵感といったらなかった。

もう1つは、用意していた楽しみ(編み物と刺繍)が思いの外楽しくなく、

さらに悪いことにその週は7日中5日は雨が降るという、

1ヶ月分の雨の日がまとめてきたかのように名古屋は天気が悪く、

出掛けるのも面倒で、家にこもった。

適当な気分転換を見つけられず、

そういう時にいかに自分が普段活字にどっぷり漬かっているのかモロ見えで、

変なネガティブループにはまりかけて、ちょっと大変だった。

あちこち話は飛ぶが、自分の中での悟りこそ開かれるようなことはなかったけど、

代わりといっては変だけど、色んなメッセージが方々からやってきた。

これは書くと長いから、また別便でアップの予定だけど、

それらは活字に触れなかったことで、思わぬところから届いたメッセージだったと思う。

全体を通して、やってみて良かったと思う。

多少のもがきみたいなのももれなくついてきたけど、やってわかったことが色々あったから。

多分、やらなければ今見えていることは見えないままだったと思うから。

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