2019年8月10日土曜日

おみくじやさんごっこ










[写真]順不同
・児童館でポーズ(可愛子ぶりっ子が本人の流行)

・おみくじやさん

・ピクニックごっこ

・お台所のおもちゃは私からの35年もののおさがりΣ(꒪◊꒪; )))) !←取っておいたのは、捨てられない症候群の母

・赤ちゃん写真は生まれて半年の頃

・妹から「画伯」と呼ばれたおみくじの絵(私が描いた)
メイだけは見ただけで、何が当たったのか一発でわかってくれたv( ̄∀ ̄)v




「メイ、“お”がつくのやりたい!」

小さな声で、たくさん人がいる中でなぜか視線は私に向けながらメイは言う。

メイの言う“お”がつくものは「おみくじ屋さんごっこ」。

メイと2年近くごっこ遊びをして気付いたのは、工夫次第で大人はあまり動かなくていい遊びにできること。

お店屋さんごっこは意外に忙しく、店役も客役もやらなければいけないし、狭い部屋の中を行ったり来たり、さらにはぬいぐるみたちを動かしてパペット人形のごとく人形役も付いてきて、多忙極まりない。

ちなみに大失敗だったのが、ピクニックごっこ。

最後の日にやって良かった。

ピクニックごっこは私が思いついてやった。

小さなひざ掛けを敷物に見立てて、真ん中に昔妹がマックでバイトしていた時にもらってきた大きなハンバーガーのぬいぐるみを置いて、周りに小さなぬいぐるみを配置して、あとは「いただきます」と言ってハンバーガーを食べる真似して終わりの予定だった。

ところが、そのセッティングをしているのを見たメイは、「ふみこちょっとまって!」と言い出して、自らの昼寝布団を取ってきて、今度はそこにも色んなものを並べ出した。

そこまでなら良かったけれど、今度はリュックの中に弁当箱を詰め出した。

他にも何のつもりか知らないものたちを次々と詰め出した。

「ピクニックいくよ!」

「いいよ!」

私がじっとしているとまた言う。

「ピクニックいくよ!」

「いいよ!」

「ピクニックいくよ!」

「えっ?もうメイ着いたよ!」

「ついてない!!!」

「えっΣ(꒪◊꒪ )))) ?」

「いってないよ、ピクニック!」

「えっ、どこ行くの?」

「いくの!ふみこもついてきて!」

と言われ、渋々着いて行くと、なんと2階に行く。

気付いたら、リュックだけじゃなく両手にさらなる荷物まで増えている。

もはやピクニックじゃなくて家出か夜逃げ。

しかも、狭い家の中で行ったり来たり止まったりで、やたらと忙しかった( ̄∀ ̄;)。

次回からはピクニックごっこは却下、と頭のメモに入れた( ̄∀ ̄;)。

年齢と共に記憶力なるものも目覚ましい発展を遂げているメイだけど、どうかピクニックごっこのことはこのまま忘れてくれますように…と真剣に祈らずにはいられなかった。

メイの遊びの記憶力は抜群だからあまり期待できないものの、最悪他の遊びに夢中になってくれたらそれはそれでいい。

とにかくこれまでのごっこ遊びをはるかに上回るピクニックごっこは、大人もたくさん動くとわかって私としてはいただけなかった。




今頃ゴールデンウィークの話をアップするけれど、思い出の1つだから出そうと思う。

ちなみに家庭内ピクニックを終えた後、当初予定していたお弁当タイムもしっかりとやった。

メイがたわしみたいな素材のうさぎの人形を本当に口に入れてハムハムしてたけれど、私は疲れ切ってそのままスルーした( ̄∀ ̄;)。

写真で見るとカオスだけど、これはこれでメイなりにきちんとした秩序を保っている。

小さな子どもって本当に感性豊かだなぁと思う。

今回おみくじ屋さんはじめごっこ遊びが耐えられたのは(←要忍耐)、もうこんな風に遊ぶのもあと数えるほどしかないだろうなぁと思ったからだった。

しかもメイが我を出して好きに遊ぶというのは、おそらくメイの日々の生活の中でもとても少ないはずで、貴重なワンシーンだったりする。
(ごっこ遊びはワンシーンなんていう短さではなく、1つの遊びに付き1時間は軽くやるけれど)

保育園ではとても小さくなってるみたいだし、妹いわく妹がごっこ遊びが好きじゃないからメイも気を使って、「おかあさん、パズルしよう!」とか妹も遊んでくれる遊びを自ら提案するらしい。

メイのお父さんは休みの日2人きりでたくさん遊んでくれるけれど、2人の遊びはこれまた非常にユニークなものばかりで、ごっこ遊びとはだいぶ違う。

となると、メイがごっこ遊びをするのは、意外にもうちに来た時だけぐらいなのかもしれない。

家でも普段するらしいけれど、妹いわくそんなにもガッツリは絶対にやらないとのこと。

ちなみにメイは全く飽きないようで、かれこれ2年近くごっこ遊びを繰り広げている。

しかも1回1回超全力でやっても、まだ飽きないらしい(私は1回で飽きるのに)。

こんな風にできるのも今だけだなとわかるから、だからやれるのもある。



メイと一緒に寝て何回目になるんだろう。

赤ちゃんの頃からずっと変わらないものがある。

メイは機嫌良く起きた日は、朝一番に目が合うと、ニコ〜♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪と満面の笑みを浮かべて私の顔を見てくれる。

「またきょうもたのしい1にちがはじまるね!」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。




2019/08/09

最初の「メイ、“お”がつくのやりたい!」  は、5月9日に書いた。

途中、「今頃ゴールデンウィークの話をアップするけれど」のくだりのところは、6月13日に書いたまま。

途中すぎるけれど、このままアップすることにした。

そして、今から寝て起きたぐらいの時間になると、メイと妹はやってくる。

先月、もう1人の妹がメイ宅に遊びに行ったら、遊びは「プリキュアばいきんまんごっこ」や「バブちゃんごっこ」が大流行中で、そこにさらに永年継続かのような「お店屋さんごっこ」があるらしい。

ばいきんまん、バブちゃん(=赤ちゃん)が大人側に振られる役らしい。

動画も送られてきたけれど、見ただけでとりあえずお腹いっぱいになった( ̄∀ ̄;)。

今回は11日間滞在。

何をさせられるのか、乞うご期待( ̄∀ ̄;)。

2019年8月8日木曜日

自分の振り返り〜半年前の下書きより

2019/01/11

ずっと先月から書こうと思っていたことを今日は書く。

2016年の初夏になる直前に名古屋から新潟に帰ってきた理由について。

ずっと頭の中は浮かれポンチな理由ばかりが占めていたけれど、多分これが本当の理由なのかな…と思うことが先月あたりから出てきた。

どのタイミングで出てきたかは忘れたけれど、ご縁の方が私の望むような状態になってないところと、反対に全く望んではいなかったけれどもある意味ほいほいと叶っていることの両方を見て、後者の方が新潟に帰る理由だったのかなぁと。

前者は本当にご褒美中のご褒美だったんだと思う。

年明けて、後者側のことばかりがまた色々動くところを見て、時々かなり大きくガッカリする。

この後者側のパワーの10分の1なんて高望みしない、100分の1でも前者側の方の福に持ってこれないものかと思う。

私、生身の人間と交流したいのに、そうではないところから熱烈なラブコールを受けて、もちろんすごく大切なことだし、そういう役回りなんだとも頭ではわかるものの、心はそちらはそちらでいいから、普通に一個人の願いも叶えてください、と思う(涙)。

そこはグダグダ言っても一番どうにもならないからここで止めるけれど、その私が最近気付いた新潟に帰ってきた理由。

そろそろ3年になるけれど、私が名古屋を離れる時にものすごく嫌だった理由、名古屋を離れたくない唯一の理由と言っても良かったぐらい、どうしても名古屋を離れたくなく、さらには新潟に帰ることが恐怖でしかなかったこと、それはスピリチュアルなこと、精神世界、見えない世界、そうした部分を話せるだけではなく、私に教えてくれる人がいなくなることだった。

名古屋での私のテーマは、「ザ・スピリチュアル」「レッツ見えない世界のことを学ぼう!」と言っても過言ではなかった。

30代の私の時間は、自分の人生のシナリオが大番狂いしたところから始まった。

しかもそれまで為せば成るの精神で生き、自分の意思で人生は道開くと信じていた私には、思い通りにならない人生に初めて遭遇した。

もちろんそれまでだって思い通りにならなかったことは色々あるけれど、それでも自分が本気で願ったことは叶えてきた。

(※今思うのは、「叶えてきた」ように見えて、実はどれも必要があってそれぞれの体験を得たに過ぎない、叶える云々よりも先々の人生の計画に必要な体験と自分の気持ちとがたまたま上手い具合にマッチングしていただけじゃないかと思う)

それが一番人生で望んだことが叶わなくなって、そうなったらどう生きるかなんてさっぱり考えていなかった私にとって、いきなり人生を仕切り直さなきゃいけなくなったその現実に最初はまずついていけなかった。

何をしてもいつも根っこは満たされなくて、何で就職活動するのかも、何で何かをしなきゃいけないのかも、何なら何で自分が生き続けているのかも、本当に訳が分からなかった。

一番欲しいものが手に入らないのに、他に欲しいものを自分で見つけ出せ、なんて酷すぎた。

よくそういう状況をチャンスなんて言う人がいるけれど、ふざけんなと思っていた。

今振り返ると、転機にはたしかになったけれども、チャンスだとは今も思わない。

しかももっと言うと、まるで相手側の都合でうまくいかなかったように思っていたけれど、多分相手より私側の都合じゃないかと最近は思う時がある。

魂の計画があるとするなら、それは絶対的に最優先されると私は思う。

ちなみに魂の計画は、人間の私に喧嘩を売ってるのかと勘違いするぐらいに、ごくごく普通の生活を送りたい私個人からすると、それ辞退していいですか?というぐらいに、はっきり言って全く望んだ風に見えない。

私は死者と交信する体験よりも、お互いに大好きな者同士でくだらない話で盛り上がる体験、同じものを食べておいしいねと言う体験の方が欲しい。

前者の体験なんて、願ったことすら無いわ!、っていうかそんな願い思い付きもしないわ!というようなものは、なぜか全くお願いしたことも考えたこともないのに、勝手に叶う。

後者は全力で願い全力で行動しても全く叶わない、この不思議よ。

だから、魂の願いはとにかく絶対的なんだと思う。

不平不満を言い出したら止まらなくなりそうだからこの辺で止めるけれど、とにかく人生絶望感たっぷりみたいな30歳のスタートだった私。

そんな時に、スピリチュアルなことに精通していたコーチに出逢ってコーチングの個人セッションを受けることになり、そこからどんどん色んなスピリチュアル的な考えや真理・原理みたいなのを学ぶようになって、私はものすごく救われた。

何かが叶わない(と見える)時、同時に何か別のものが叶っている、なんて普通には教えてもらえない。

自分の目に映る世界は自分にしか見えていなくて、その見える景色を変えたかったら自分に新しい選択肢を与えること、そんなことその時初めて習った。

記憶は書き換えられる!、なんてのも良かった。

他にもたくさんあるけれど、とにかくそうした世界観や価値観を教えてもらえたことは本当の本当にありがたく、そして私の頑なに閉じていた心をまた開いてくれた。

色々思い通りにいかなくても、生きていたらまた楽しいことも笑えることもあるって知った。

そして、悲しいことや苦しいことはそのままにしておいてもいいんだということも知った。

頑張らない人生もあるし、楽しさを追い求めてもいいし、色々自分で人生に色を付けられるんだとわかった。

とにかく私は名古屋でひたすら人生の勉強をしていたような感じだった。

しかも、見えない世界を教えてくれる人たちはみんなどの人も良くて、私は普通にまずは人としてそういう人たちが大好きだった。

しかも当時の私は本当にスピリチュアルのスの字も魂のたの字も精神世界のせの字も知らないど素人だった。

本当に知らなかった私に、名古屋で出逢った素敵な人たちは、みんな私に一からわかりやすく教えてくれた。

しかも、それは無償の場合が多くて、何気ない会話の中でさらりと教えてくれたり、お茶を飲んだりビールを飲んだりしながらやりとりしていた。

お金を払って習ったことももちろんあったけれども、今思うと本物の人たちが教える本物の情報は、どれも破格の値段で提供されていた。

何せノンジャンルで、こだわりもなかった私は、とにかく誘われたら出かけたし、興味があれば自ら調整してでも行っていたし(←仕事とかそのためにものすごい労力を費やして時間変更や人員配置の調整をしていた)、ものすごく自由にのびのびと学んでいた。

そして、ありがたいことにそういう人たちが周りにいたから、講師に困ることはなかった。

今振り返ると、ありえないぐらいの大当たりで、私の場合は百発百中の的中率と言っても過言ではないぐらいに良い師たちに巡り逢えてた。

学びはもちろんまだまだだったし、周りの人たちに比べて自分が未熟なのもよくわかっていた。

2016年に入る少し前から人生大崩壊に向けてのカウントダウンが 始まってるとも知らず、私はスピリチュアルなことの学びをストップしていた。

その頃は、そういうことを勉強しても実生活では不具合だらけで、そうしたことの情報から離れてもいいのかも…なんて考えていた。

だけど、それはあくまでも学ぶベースがあって学びに行く行かないは私が選べたから、どこかあぐらをかくことができた。

ところが、新潟に帰ると決めたのは自分ではあったけれど、私はそうした学びから完全に離れる、そうしたことを教えてくれる人たちから離れることがものすごく怖かった。

しかも、そういう知り合いが新潟にはゼロ。

長い付き合いの友達とは話せるけれども、その友達について言えば友達本人からもはっきりと何回か言われて「ぶっしーがいなければ、私はこの手の勉強を一切始めなかった」と。

スタートの早い遅いは関係ないけれども、私の方がどうしても情報を多く持ち、そしてそれに付随する体験も山ほどあるのは否めない。

友達と私とではそれぞれ人生の目的が違うから、それはどちらがどうと言えるものでは一切ない。

ただ、私がこれまで慕ってきた師にあたるような人たちと同じ情報を得たいと思っても、それは望む相手が違うのがわかる。

だから、実質新潟で直接学べる人、対等に会話を成立できる人というのが誰もいないのが、私は本当に怖かった。

でも、それこそが私が次のステージに行くための必須条件だったと今になって思う。

要は、誰からも学べないし、自分で気付いていくしかない。

そういう状況を必然的に作ったんだと今ならわかる。

で、新潟に帰る2週間前に、まるで約束してたかのごとく私の目の前にペンジュラムが現れたのも納得できる。

自分一人で修行も大変だろうから、バディー・相棒をもたらしてあげよう!ということで、ペンジュラムが私の元へ遣わされたと考える方が、その後の色んなことを思うと納得する。

何せ学ぶ環境もなくなり、余分なお金もないから学びに費やす余裕もない、ないない尽くしだった1年近く私は本当に静かにしていた。

スピリチュアルなことも時たま気になったブログを見るぐらいで、何なら当時は私は2時間ドラマのサスペンス劇場をこよなく愛し、毎晩のようにそれを見て過ごしていた。

本当に記憶が曖昧だけど、私がもう一度スピリチュアルなことの学びを再開したのは、2017年の秋以降だったと思う。

正しくは、学びを再開したくてしたのではなく、あまりにも異常な、とにかく常軌を逸した感じの気持ちを彷彿させるイケメンに出逢ったからだった。

色んなことがあまりにもおかし過ぎたから、当初私はそれについて調べていた。

言うのも恥ずかしいけれど、当初の私の調べ物はひたすら恋愛系の記事ばかりだった。

でも、どれも私が欲しい答えがなかった。

相手の行動もかなり意味不明な感じではあったけれど、それ以上に私は自分の感覚の方が意味不明だった。

ちなみに、当時の調べ物で知ったニューボキャブラリーは「好き避け」だった(苦笑)。

もうこれは私の勘違いを増幅はさせても(←実際は「そうならいいのに」とは思っても、そうではない本気で嫌われてると思った)、現実の私のどうにも説明できない感情は説明してくれなかった。

そんなこんなのうちに、魂の関係云々のサイトがヒットして、そこから今度はどっぷりと魂の関係を説明してくれてるサイトを片っ端から見ていった。

それがスピリチュアルな学びの再開と言えば再開だった。

そう思ってみると、その人は私を勉強の再開まで導く係だったのかもしれない(T ^ T)。

もちろん、そんなのは私が望んだことではないけれど、私はその人とごはんに行きたいというかその人と時間が欲しいとは全力で願ったしそうも口にしたけれど、でもそれは叶わず叶ったのは独学のお勉強の方(T ^ T)。

全く腑に落ちない結果を手にしたわけだけど、とにかくそこは叶ったというか、気付いたらそうなってた。

書いてておかしいなぁと思ったことが1つ。

私はその頃はまだ本格的には学びをスタートしていなくて、でもいつからか魂の関係云々も調べなくなった。

そこからまたいきなりスピリチュアルな学びを深めたというのは、ちょっと違っていたかもしれない。

学びはさておき、その人が私の目の前からいなくなってから、色んなことが起こり出した。

いなくなって2週間後に、大型商業施設でたまたまその人の目を見てメッセージを書で書き下ろすというイベントをしていた。

私は書いてもらい、その時に言われたのがこんなことだった。

“絶対的な意思の強さがある。
それは絶対的だから、曲げたりできない。
先祖からなのか世代からくるものなのか、とにかく脈々と流れてるものから来ている絶対的な強さの意思。
そこに使命と繋がってるものがある。
自分の中の絶対を追求する、自分の中の納得を大切にする、もうそれ以外の生き方はできないし、逃げられない。
自分が納得できるものを追い求めるというのは、当然逆風も吹くし、敵対する人も出てくるだろうけど、とにかくがんばれ!
自分が納得するためにがんばれ。”

今読むとまた当時とは違う感じがしたけれど、当時は今ほどに理解していなかった。

2017年のラスト1ヶ月という頃、友達主催の『命の授業』のイベントに参加した。

4人のゲストスピーカーがそれぞれの命の体験を語ってくれた、そういう回だった。

それを見て、私ははっきりと思ったことがある。

自分が思ったまま感じたままをそのまま表現したいって。

その頃はまだペンジュラムのことも、スピリチュアルな学びも、一切公言していなかった。

ごく一部の人、少なくともスピリチュアルな学びの過程で出逢った人以外で、それより以前の関係や新しく新潟で出逢った人を含めたら、妹2人と20年以上の付き合いの友達、10年来の友達、そして2016年に職場で出逢った友達の5人ぐらいで、あとは周りは誰も知らない状態だった。

しかも、その手の話題が出ても、私は基本的に口を閉ざす。

話を聞いて、ここなら言えるかも…と思える場所や人がいなかった。

その頃から私の学びが若干マニアックなことは薄々気付いていたし、世間一般ではそんなレベルを求められていない。

パワーストーンならとか、占いならとか、そういうレベルでは情報欲しい人たちはいても、そんなことではなくガチの情報を知りたい人は少なくとも周りに見当たらなかった。




2019/08/07

上の文章は2019年1月11日の日付になっている。

本当はあと少しで書き終える予定でいたからそのぐらいにアップするつもりだったけれど、ちょうどその頃、ペンジュラムを使って山で行方不明になったおじいちゃんを探して欲しいと言われたそのおじいちゃんの霊魂が登場して、その対応が始まった頃だった。

その対応でバタバタして、それが終わると今度は怒涛の62連記事の『奇跡の果実』シリーズを書いて、のらりくらりしてたらまたこんな時期に突入した。←半年以上経過

まだあれから半年なんだと驚きつつ、もう当時のことが大昔みたく感じる。

夏の入道雲をクーラーで冷えた部屋からのんきに眺めていると、雪の頃にあった出来事は遥か遠くに感じる。

余談はこれぐらいにして、当時の書き途中のままのものをこのままアップすることにした。

ちょっとだけまとめると。


☆2010年8月8日〜2016年5月
→目に見えない世界へようこそ!の時間

明日8月8日で丸9年。

その日が私のスピチュアルな扉を本格的に開いた初めての瞬間だった。

その日のこと、書けたらいいなぁ。
(過去のどこかにはこのブログ内でもしかしたら書いたかもしれない。)

今思うと、その期間、私は本当にとても恵まれた環境下でスピリチュアルな世界の基礎を徹底的に学ぶことができた。

いつ書くかわからないから少しだけ言うと。

私が見えない世界や精神世界、スピリチュアルな世界に興味を持ったのは、そうしたものに興味が湧いたから入っていったんじゃない。

私がそうしたものに触れた一番の理由は、「話すだけでなぜか状況が好転する仕組み」を知りたくて、それで入っていった。

私はその日を境に月1で2年間コーチングの個人セッションを受けた。

コーチは「まんちゃん」と呼んだ私より一回り以上年上の、夢はサンタクロース!と本気で言う男の人だった。

まんちゃんのコーチングが私にとって初めてのコーチングだったから、当時はそれが普通だと思っていたけれど、まんちゃんのコーチングは全く普通じゃなかった。

まんちゃんと話すだけなのに、心が軽くなって、なぜかどんどん目に見えて状況が好転したから(体の病気が薬なしにまで快方するとか、売上大幅にアップとか)、それでその秘密を知りたくて私は見えない世界の学びをどんどん始めた。

それが私のスピチュアルな世界への入り方だった。

まんちゃんを皮切りに、私の学びはどんどんマニアック化して、かなり色んなジャンルのスピリチュアルなものにその後数年間で触れていった。


☆2016年6月〜2017年夏
→スピリチュアルな学び休止

この間、ペンジュラムは使いまくりだったけれど、新潟に戻って学びの場は無くなって、そのまま学びをストップ。

当時は、名古屋で色々学んで色々自分癒しなんかもしたのに、最後は意味のわからないことばかりが重なって、いわゆる「不運」だらけみたいなことになっていたから、スピリチュアルとかどうでもいいと思い始めていた。

新潟には、とりあえず私より知識持った人も周りに誰もいなくて、だからそのままスピリチュアルなところからはフェイドアウトしていった。


☆2017年秋〜現在
→スピリチュアルな学び再開

1月に書いたものを読んでて思い出したけれど、この時も別に「スピリチュアルな学び」を念頭に置いて再開したんじゃない。

「好き避け」などという、私の勘違いみたいなところから始まって、だけどその説明では何も私の納得材料にはなってくれなくて、それでひたすら調べていくうちに「魂の関係」みたいな言葉がヒットして、そこからさらに深くスピリチュアルな内容に入っていった。

学びを再開しよう、そうしよう!ではなくて、あまりに意味不明な出来事や自分の心の動きに自分も超混乱を極めて、それがそのままスピリチュアルな学びの再開に繋がった。


☆2018年4月〜現在
→自分のオカルト体質に気付く

初めて体質に気付いたのは、桜の花が満開だった、ある公園でのことだった。

「眠れない」と言った友達の話を聞いていた時に、突然「ハーブティ」とパッと言葉が浮かんだ。

無視したら、今度は「ハーブティ、ハーブティ、ハーブティ」と3連発で、友達の話を遮るかのように言葉が強く出てきた。

それは訳すと、「〇〇さんの眠れないにはハーブティが効くよ」というヒントだった。

そこを皮切りに、どんどん自分の体質、相手の潜在意識や魂からメッセージをもらうことに対して、力が引き出されるようになった。

回を重ねるごとに輪郭を持つようになって、私も自分が何をしているのか自分でもわかるようになってきた。

気付いたのは1年前だったけれど、実際には30歳の頃には日常的にそうだったし、それ以前もどうだったのかは今となってはわからない。

体質に対して、私の認識が追いついて、そして扱い方を学び出したのが1年前の春だった。


☆2019年夏現在〜
→人生再構築

24時間前、私は真夜中に目が覚めて、それがもう久しぶりに「死にたい」と思ったぐらいに、自分の心の中の孤独や闇が丸ごと見えて体感して…みたいな時間があった。

朝が来ることにも、この先の人生が続くことにも、本気で絶望していた。

今まで何となく誤魔化していたことたちが誤魔化せなくなっていた。

自分を否定する気持ちはなくても、絶望の淵にいる、これはどうやっても誤魔化せないものだった。

自分でも自分のために超がんばったと思うし、自分を満たそうと相当やった。

なんだけど、自分でもどうにもできない領域みたいなのがあって、そこが真夜中、意識が変性意識みたくなっていたところに、突然、強烈パンチのごとく飛んできた。

その時に私は「朝目が覚めたら、1日“絶望に浸かる日”として1日を過ごすことにしよう」ととっさに思った。

こういう時の私は、「朝が来ればまた気持ちが変わってるかも」なんてことは期待しない。

自分の最悪な心の状態で目覚めても大丈夫なように、「絶望に浸かる日」なんていう暗い設定にあえてしておく。

そうすると、プレッシャー少なく朝を迎えられるから。

今回の絶望・孤独は、「誰とも繋がれない」自分だった。

家族がいて、連絡取り合える友達がいて、会って話せる友達もいる。

なんだけど、強烈に私は1人で、それを誘発するような状況が実際にあったのだけど、本当にこういう一番心細い時に自分が1人なんだとわかった。

自分のことだけできる環境はとても恵まれている。

なんだけど、それは自分のやりたいことがはっきりしている場合。

私みたいに「何で生きてるんだろ?」みたいな疑問が常にあるような人には、自分のためだけに生きることの限界と常に隣り合わせだったりする。

その限界はいつもは何かしているとぼやけてくれる。

でも真夜中に目覚めたその時、あまりに孤独で、先の未来に望みもない生き方に、それでも明日も来てしまうだろうことに心底ゾッとした。




知識もある程度蓄え、実践もある程度積み重ね、ホロスコープから自分の人生の方向性も見え、ここから先は1つ1つ小さな一歩を積み重ねていくしかない、というところに来ている。

ホロスコープに出ていることは私の勘違いであって欲しい、と今でも思うことは多々ある。

「絶望に浸かる日」なんていう訳の分からないことを自分に与えたいわけじゃない。

昨日見たテレビで、魔の夏休みのお母さんたちへのサービス(ごはん作りや子どもの宿題サポートとか)の特集を見ていて、心底羨ましかった。

専業主婦の人のブログを読んじゃ、指くわえたいぐらいに羨ましさを募らせる。

そういう自分と、孤独と常にお友達な自分と、何でこんな人生なの?と自分でも納得できてない心と、不具合満載すぎるけれど、それが自分の人生なんだと受け入れていくしかない。

そして、その自分での人生の再構築の時間に入りつつあるんだと思う。

2019年8月6日火曜日

eat LOVEーAFTER ⑴ 最善なデコボコ

(↑ノムとミッチーの日常)



※インスタがない人、又はミッチーに直接問い合わせたい人はこちら↓↓↓

skmy2040☆gmail.com
(☆の部分を@に変更してください)




[写真説明]
ミッチー作のエプロンを付けたミッチー&ノム(@ノムの7月の個展会場)

ミッチーによる説明:
写真の中のエプロン、作りました。
女子のお客さんがいない時間だったので、女子用の形でフリフリラブリーだけど、われわれメンズが着用してます。笑




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
< 登場人物 >
ノム…私の占星術講座のクラスメイトでゲイ
ミッチー…ノムの恋人、2人一緒に住んでる
Mr.エックス…ノムの仕事のお客さん
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




本題に入る前に、ノムから聞いた話を紹介したいと思う。

今回の話を書くために、ノムにあらかじめ、私がノムに宛てたメールとノムから私へ宛てたメールとをブログに使っていいかを聞いた。

ミッチーのことも書かれているから、ミッチーにも確認して欲しいとお願いした。
(話がややこしいから、それを書き言葉で説明するのが面倒だったのと、確実にボリュームオーバーになる文章を活字苦手なミッチーに出して聞くのもどうかと思って、それならノムが口頭で説明して了解取ってくれたらいいと考えた。)

二つ返事でいいよとくるかと思ったら、ノムからは少し電話したいと来た。

何だろう?と思って、数時間後ノムと電話した。

まずはお互いに、その日23:59締切の占星術講座の宿題について状況報告やら宿題の内容のあれこれを話し。
(↑夜の8時に送信完了!!!(祝))

メールの件はミッチー共々了解で、但しいくつか配慮をお願いされた。

ノムの仕事の話も含まれるから、そこをわからないようにして欲しいというものだった。

それはノムというよりも先方の意向を踏まえてのお願いで、全体像を把握しつつ的確な判断をするミッチーはさすがだなと思った。

こういう時、ミッチーが本当にさすがだと思うのは、ミッチーはすごい細かいところに目が行き届いていて、私や多分ノムも気付かない大事なところに気付いて、それに対して配慮が必要と即判断できる力があること。

そこまでは話として良かった。

なんだけど、その後の話が面白すぎた。

「あのね、ミッチーにこれこれこうでとか説明しながら、僕のメールをミッチーの前で朗読したの。それをミッチーが聴きながら、これはどうなの?とか気になる点を言って、それで今こうして話してる」

私はその話を聞いた時、今回も爆笑した。

ノムは自分のiPadを教科書のように持って、立ちながらミッチーを前に小学生の子どもが国語の授業で音読するかのように朗読したんだろうか…とか、立ってなくて座っていたのかな…とか、いずれにしてもシュール過ぎる光景を想像した。

場所はどこだろう…と想像するとさらに可笑しさが増した。

人間より猫の方が2人のリビングは居住占有率が高い。

猫ちゃんたちも行き来してニャアニャア副音声付きで、そしてノムがiPad持って読んだんだろうか、そしてそんな穏やかな空気の中で真面目な仕事への配慮話をしたんだろうか…とか想像したら本当に可笑しくなった。

後の方でノムと私のメールをそれぞれ掲載するけれど、ノム側のメールをノムはミッチーに向けて朗読した 笑。

私側のメールは、ノム経由でミッチーに転送してもらっていて、それもミッチーは朗読サイトを使って朗読されたものを聞いたらしい!

ミッチーの朗読サイト利用は今も引き続いていて、同じ日外出したミッチーからLINEをもらってこんな風に書かれてきた。

【ぶっしーこんにちは。今日も暑いです、東京。
都内へ出てて、あ!と思い立ち久しぶりに明治神宮へお参りしてきました。
これまた、あ!と思い立ち、ブログの続きを聞きながら(笑)本殿まで向かいました。
ひとまず、ブログの読み上げ、約1時間20分かかったよ。笑】

ミッチーはどうしてこうも面白い話を毎回教えてくれるんだろう。

お参りの時に聞いてもらう私のブログ(多分速さは2倍速)。

このブログがまさか明治神宮デビューするなんて、ただの一度も想像したことがなかった。

超神聖化したブログ!←そんなこと誰も言っていない。

しかも、ミッチーは私がリクエストしたこと、子どもがするお楽しみ系の小さな約束みたいなものでも、毎回きっかりと守ってくれる。

私は、読むのに1時間かかる『eat LOVE ⒀ 人生の贈り物』が、ミッチー愛用の朗読サイトだとどのくらいかかるのか知りたい!と言った。

単なる私の興味関心で、知りたいのに深い理由はない。

なのに、そういうこともミッチーは本当によく覚えてくれていて、その小さな約束をきっちりと守ってくれる。

すごく嬉しいことだった。

そんなミッチーとノムとMr.エックス、そして私、そのメンバーで繰り広げられた世にも素敵なデコボコグループの話。




7月も終わろうとしている日だった。

理由は忘れたけれど、何かの話でノムと電話した。

この時ばかりはノムとだけ電話して、ミッチーは電話には登場してこなかった。

ノムから私に頼みたいことがある、と切り出された。

ノムの仕事の関係で、中国人の人と会うことになっていて、その時に私も電話越しにその人と英語でやりとりして欲しいというものだった。

すごい面倒な英語とかではなく、「ぶっしーもMr.エックスと話したら面白いと思うんだよね〜」と、ノムはMr.エックスの人柄やこれまでのやりとりをかいつまんで説明してくれた。

とっさに【これ、多分英語じゃない】と思った。

なんだけど、その後物凄い勢いで「私の英語、超超超やばいし、オフィシャルなやりとりなら余計と非常に不適切」だと思ったし、それはノムにも言った。

「英語」というだけで乗り気になれなかったのも本当だった。

ノムもノムでのんきで、私がずっと使ってないこと、最後が多分10年前空港でちょっと使ったぐらい、その前となるといつかわからないのと、現役時代からかれこれ20年近く経過していて、本気で怪しいと説明しても、「うん、たぶん大丈夫だと思うんだよね〜」といつもの会話と変わらない調子で言われた。

ノムに聞いたら今回がMr.エックスに会うのは3回目で、初回は帰国子女の子に通訳で来てもらって、2回目はノムとミッチーの共通の友達で海外にも行くし外国人の彼氏がいるか何かで英語堪能な子が通訳に付いたらしい。

そしてそんな超ベテラン勢ではなく、今回は超やばしな私のところに話がきた。

そもそもの今回ノムたちとMr.エックスが会う流れも「摩訶不思議」としか言いようのない流れで、そんなことが起こらなければ私に英語の要請も来ることなんかなかった。

決して乗り気ではなかったけれど、英語が話せないノムにとっては絶対に必要なのはわかったから、本当に「ノムだから」引き受けたという感じだった。




ノムから前日の夜にこんな風に連絡が来た。

「ぼくが外でLINE使えなくてさ、ミッチーとLINEつなげてもいい?」

これも今考えるとよくできた話で、ノムは家ならiPadもパソコンもあってネット環境バッチリだけど、普段外出の時はオシャレなデザインのガラケーを連絡用に持ち歩いている。

だから外ではLINEを使えない。

そこで、ミッチーのスマホで当日はMr.エックスとやりとりしよう!ということで、それで連絡がきた。

1ヶ月前、ノムとミッチーとレイさん(ノムたちの大家さん)がいる、私が「eat LOVE聖地」と呼ぶ場所に泊まらせてもらった。

『eat LOVE』はノムとミッチーと写真家さんとで、2人の日常を、ミッチーのごはんとその写真とノムの文章とで構成した、とっても素敵なサイト。(冒頭にリンクあり!)

そこでノムとミッチーとレイさんの星トリオに会って、それを機にノムがレイさんと私とを繋げてくれて、レイさんとも個人的にやりとりできるようになった。

(星トリオ…今年のノムの誕生日に、「星が見たい!」というノムの望みを叶えるためにレイさんが車出して、往復700キロ近くかけて新潟まで3人で星を見に行ったことから、ノムが3人をそう名付けた。)

だけど、ミッチーはノムがいたし、何か用事があればノム経由で事足りてたこともあって、特に連絡先を互いに交わすとかはしなかった。

ところが、ここに来て、そういうイレギュラーなMr.エックスとの会合に、英語要員(準要員)として必要な私に、その私と当日やりとりするにはミッチーと私とが繋がる必要があって……。

という、これ以上ないおいしい展開となって、ミッチーと私とはパートナー(=ノム)公認の上、むしろパートナー主導で繋げてもらえて、ミッチーファンの私としては有り難いばかりだった!

その後、ノムからこんな風に言われた。


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ふふふ。こういうことを本人にいうのもあれだけど、みっちーと、ぶっしーと会えてラッキーだねえ。って話してて。ああいう人にはなかなか会えるもんじゃないよって(もちろんミッチーはうなずくみたいな同意なんだけどもね。笑)  だからというか、みんなのぶっしー、くらいに思っているので(勝手にすみません!)、ミッチーとも自然な形でつながってほしいなって最初から思ってた。だから、なんなら、明日のことは2人をつなぐために機会? とか思ってるくらい。笑

明日のことは、そもそもぼくにとってもばなな的な話なんだけど、そこにさらにぶっしー、みっちーに関わってもらうこの流れがすごいなって。小説のページをめくるみたいなワクワク感あるよ!  

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ノムが最初からミッチーと私とが繋がって欲しいと思ってくれてたことも1ヶ月近く経って初めて知ったけれど、ものすごく光栄なことだった。

「ばなな的な話」というのは、作家の吉本ばななさんのことがノムも私も大好きで、その吉本ばななさんの紡ぐストーリーのパターンを見て作り出した言葉。

2人の間で「ばなな的な話」とか「ばななワールド」とか言って、その言葉でお互いに何が言いたいかわかる 笑。


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ノムとのやりとりより(7/2)

[ノム]

(ぶっしーは)何度も言っちゃうけど吉本ばななさんの小説の登場人物みたい。あ、でも、ぼくもまたばななワールドに出てきそうかもね。平屋で暮らすゲイのカップル。ばななさんの小説は女性が主人公だから、ぶっしー主人公のストーリーにぼくらが登場するって感じかな。いつかばななさんとご飯とかしてみたいねー。


[私]

1週間前の日(←eat LOVE聖地を訪ねた日)こそ、本当にまさにばななワールドだったよ(!!!)(!!!)(!!!)
だってさ、ゲイカップルに大家さんである家族持ちの中年女性、そして生き方彷徨ってどうしようってなってるオカルト体質の中年独身女。
何このキャスティングってなりそう(笑)
キャスティングだけじゃなく、中身も非日常みたいなこと満載で、すっごい楽しかったけれど、多分はたから見たら変態たちの集まりみたく見えててもおかしくないと思う(変態呼ばわりしてごめんよー、悪気はないよ(!!!))

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そうした流れを経て、私はミッチーとLINEで繋がった。

これまで何人の人たちとLINEで繋がったかはわからない。

何だかんだ数年間で100人弱ぐらいにはなると思う。

最初はお互いにIDを交換したり、フリフリしたり、QRコードを読んだり、何かしらのやり方で繋がっていく。

昔でいう、携帯のメールアドレスの交換みたいなものだと感じる。

だから特別珍しいことではないし、これまでだってそのやりとりは慣れてる。

なんだけど、ミッチーのやりとりは最初から感動を与えてくれるもので、私はいきなり胸ズキュンだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

私:ぶっしーです!
これでミッチーと個人的に繋がったかな⁇

ミッチー:ぶっしー、ありがとう!

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ミッチーは「ありがとう」って、ただ繋がっただけのことで「ありがとう」を言ってくれる、超ステキな感性の持ち主で、私の方こそありがとうだった。

Mr.エックスが登場するシーンはこの後出てくるけれど、私にとってはもはや英語の待機要員よりもミッチーと繋がることが全てだったんじゃないかとその時思った。

実際に、その時を境にミッチーと他愛ないやりとりができるようになったことは、至福の喜びとなった。

そして、LINEでのやりとりを通じてミッチーという人を知っていくのは、人生における新たな楽しみの1つにカウントされる。

終わった今も、結局のところ、私は何をしたかと言えばほとんど何もしなかったわけだけど、それを機に色んなことたちが動いたり繋がったりするわけだから、人生どこでどんなドラマが生まれるかわからないなぁと思う。




頼まれていた当日を迎えた。

私は高校から25年愛用している英和辞典を持ってきて、それでいつ連絡が来てもいいように待機した。

時間をだいぶ過ぎても連絡がなかったから、2人とMr.エックスで盛り上がっているなら、反対に私は出番なくて元々良かったわけだから、それに越したことはなかった。

ミッチーにそれなら私のことは気にせずに3人でやりとりしてねと連絡したら、遅刻するわ駐車場見つからないわでバタバタしてたとのこと。

なんならMr.エックスも遅れていて、色々やりとり以前のすったもんだがあったようだった。

ミッチーから連絡が来るとばかり思っていたら、ノムからLINE電話が来た。

iPadを持参していて、wi-fi飛んでるカフェに来たようで、それで今電話したよ、Mr.エックスはまだだよと言われた。

ミッチーは?って聞くと、「僕の隣りでMr.エックスに英語で一生懸命連絡してくれてる」と、有能な秘書のごとくミッチーは連絡係に徹していた。

しばらくして、Mr.エックスともう1人男性が到着した。

月末で速度制限がかかった私のiPhoneは、LINE電話こそできてもこれがテレビ電話になると画面がフリーズして使えなくなっていた。

ノムからテレビ電話できる?と聞かれて、いいよとは答えたものの、実際に画面に映った自分を見てゾッとした。

iPhoneの画像鮮明度は、私のシミや白髪やボサッとした感じまでも如実に写し出していて、自分でもこんな醜態晒すのも嫌だなと思った。

iPadだとさらに画面が大きいわけで、どういう写り方をしてるのか、考えただけでゾッとした。

案の定画面がフリーズして、音声も途切れ途切れということで、もう一度かけ直すことになった。

今度は私側は音声をきれいに拾えたけれど、ノムたちはカフェで周りがガヤガヤして私の声が聞き取りにくいようだった。

しかも私側はノムたち4人の様子が全くわからなくて、どのタイミングで喋っていいのかもわからなかった。

10年ぶりの英語は本当にひどいものだった。

予想通り単語は出てこない、自分の発音はさらに怪しい、そして想像以上にMr.エックスの英語が超流暢で、そしてその傍らで時々遠くから聞こえるミッチーの英語がこれまた流暢で、私要らなくね?と思った。

ノムには言わなかったけれど(というか忘れてた)、最後に英語を話したアメリカの空港のセキュリティチェックのところで、私はスペイン語で答えてしまったのか、怪しい英語で答えたのか忘れたけれど、チェック係から「酔っ払ってるのか?」と聞かれて、ブチ切れそうになってた。

アルコール類は一滴も飲んでいなかったのに、そんなことを言われた私の英語力たるや、よく考えたら超怪しかった。

Mr.エックスに何を聞いていいかわからなかった私はさらに混迷を極めて(←こういうのは素でできてしまう 汗)、私がMr.エックスにした質問で覚えているのは「Mr.エックスと一緒に来た男性もゲイなの?」という、初対面でいきなり聞かないだろうというものだった。

実際に本気で気になったから聞いたわけだけど、ノムからMr.エックスがゲイだとは教えてもらっていた。

4人中3人がゲイで、もう1人の男性だけがノーマルなら何とも不思議な感じだなぁと思って、それで気になって聞いた。

そこはミッチーがたしか聞いてくれて、4人目の彼はMr.エックスの恋人兼ビジネスパートナー的な立場だと判明した。

えっΣ(꒪◊꒪; )))) 、じゃあこの組み合わせは、2組のゲイカップルに40歳未婚バツなし独女、要は私1人だけ本気のお一人様という、何ともいたたまれない状況だと判明した。

世の中の人口形態とは全くもって真逆の現象がその瞬間形成されていた。

ダブルデートだね〜と英語で言ってみたものの、「ダブルデート」なんていう概念が英語の表現にあるのかも怪しく、和製英語だらけの怪しい英会話を繰り広げ、そして4人側に伝わる私の声はプツプツ途切れ、私は何度もMr.エックスに「Pardon?」と聞き返され、全てがカオスな状況となっていた。

本当に色々と難ありな5人での会話はすぐに幕を下ろされた。

「ぶっしー、もう大丈夫!ありがとう!」とノムに言ってもらって、お役御免となった。

ミッチーからは「ヘルプが必要な時連絡するね」みたいなことを言われて、まぁでももう電話は来ないだろうと思ってた。

少ししか聞こえなかったものの、ミッチーの英語を聞いて、本当に大丈夫だと思ったし、そもそもミッチー1人で最初から大丈夫だったよね!と思った。

早々とお役御免となって、私はこれで肩の荷が下りてホッとした。

早々と解放された私は、その後その展開の意味なんか何も考えず、自分のことに移っていった。




それから1時間半くらいした頃、ミッチーから第一報が入った。


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ぶっしー、さっきはありがとう。
お店だと回りの音でなかなか会話ができないね💦
でも優しさをありがとう!
つたない英語を駆使して無事に終わりました。4人でこれからランチを食べます😊
また落ち着いたら連絡するね!

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無事終わったんだなぁと知れて良かった。

あのちんちくりんな英語対応が、ミッチーの中ではなぜか「優しさ」に変わっていて、ミッチーは何を優しさと感じてくれたかはわからなかったけれど、すごく嬉しかった。

ノムはノムでこんな風に連絡をくれた。


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無事に完了した! ありがとう〜ね。また後で連絡します! ぶっしーのおかげで空気がなごんだよ!
なごんだ!! なんというか、伝わったのね、ぶっしーが。エネルギーが。

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ノムも何をもって「なごんだ」と言っているのかこちらもさっぱりわからなかったけれども、まぁ何だか役に立てたとするなら私も嬉しいことで、ありがとうと言ってその場は終わった。

2人とも嬉しいことを言ってくれて、2人それぞれの言葉にウットリした。

そして、何が素晴らしいって、2人は一緒にいるから、どちらか片方が2人分としてまとめて連絡をしても全然問題ないのに、それぞれが私に連絡をくれることだった。

それぞれがそれぞれの言葉で私に何かを伝えてくれる、その2人の心意気に私は心底胸を打たれた。

2人のあり方は常に心を温めてくれる。

「やさしい」の一言では済まされないくらいに、温かいものを2人それぞれが届けてくれる。

本当に2人ともとっても素敵な人たちだと思う。




ノムの7月開催の個展のこと、Mr.エックスとのこと、ミッチーと繋げてくれたこと、それぞれのことが私に響きまくって、ノムにメールをその日の夕方書き始めた。

色々思ったことをそのまま伝えたかった。

書き終えた後、あまりにもよく書けたから(←得意の自画自賛)、ノムにミッチーにも転送して!と頼んだ。

ノムからはこんなLINEが届いた。


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(ノム)
ぶっしーも早い時間から待機して、ふしぎな電話して、きっといつもと違うエネルギーな今日だったよね。ほんとにおつかれさまでした!! ゆっくり休んでね。メール、デザートみたいに、読むね!(意味不明比喩……


(私)
ノムありがとう!
メール、モリモリのアフターヌーンティーセットのデザートだよ(笑)
そこに私が感じたこと全部書いた!
(占星術の)宿題と違ってスルスルと書けたわ!!!


(ノム)
こちらこそだからね、ありがとう❣️  もりもりデザート、ゆっくり堪能いたします😍  
 おやすみなさい👯🍀🦄💗🐳💫🐬😋

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食後のデザートみたいに楽しみにしてくれるのがとても嬉しかった。

ノムの言葉のセンスはいつもはっとする表現で、心に強力なビタミンを注入してくれる。

デザートみたいなメールはこちら↓↓↓


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ノム、今回はばななワールドに招待してくれてありがとう😊
しかもとっても素敵な流れをオンタイムで見せてくれてありがとう😊

ひょんなことからノムの人生の流れを見せてもらえたことで、そこに私も希望や勇気をもらえて、さらには英語やミッチーのことで癒しももらえた。
予期せぬ形での良いことたちで、本当にありがとう。
ノムが前日の夜に言っていた
「小説のページめくるみたいなワクワク感。自分で書いておきながら、それすごくいいね!笑  人生自体をそんな風に生きたい!」
が本当にきちんと起こったね!

またいつも通り思いついたまま書くけれど。

ノムのこの一連の流れにとても励まされる理由は、ノムは子どもの頃や若い頃から絵を描いた人ではなく、ある時から自分の生き方在り方そのものを見直して、とても怖い選択だらけだったと思うけれど、それら1つ1つのプロセスを避けずに入っていって、対峙して、それらに何かしらの答えを自分の中に出して、そうした繰り返しの中で今ある場所にたどり着いているから、そこにすごい勇気と励ましをもらえる。
今回絵が想像以上に売れてるというのも、私は棚ぼたとは全く思っていなくて、ノムの中で何か1つ結実したものが多分絵の中に宿っていて、この間も言った通り、ノムの絵が魂の暗号や魂の信号の役割を果たして、その暗号や信号を持っているもう片割れの人たちや、それを手にすることで自分の中の何かが満たされる、要はノムとご縁のあった人たちがノムの絵とご縁を繋いでいる気がする。

「怖い選択」というのは、いつかのメールか何かでノムが言っていた、人とは違う選択、多くの人が「そんなことってできる?」「そんなことで食べていけるの?」とか言いそうなことを選んだり、過去に一度もしたことのない選択だったり、周りにお手本となる人が誰もいなくて未知の選択だったり。または、現状にとどまれるのに、心はもっと別のものを求めていて、心なり魂なりが叫ぶ小さな声を選ぶ=これまで生きてきた世界と決別する…、そういう選択だったりしたと思うから、それらを怖いながらも選び続けてきたノムに、今1つの花が「これで合ってるんだよ」という意味も込めて咲いた、そんな風に見えた。

多分、ノムと縁が出てきたというのは、私もそういう人生を歩む人なんだろうし、私は特に本当に変に怖がりなところや異常なほどの自信のなさがあって(私だけじゃないとは思うけれど)、そうしたところにノムがいて、ノムの生き様を見せてもらっている。
私が見ているのは、多分上手くいっているノムの姿ではなくて、怖いながらも自分の心の声を聴き続けてそれを選び続けたノムの姿なんだと思う。
ノムありがとう!

英語の件もありがとう😊
最初声をかけられた時、はっきりと覚えているけれど、「なんでこの英語の話が私のところに来たんだろう…、これ多分英語じゃない」と思ったんだよね。
だけど、話すと当然思考はあちこち働くわけで、そして過去の英語の課題やら痛い思い出とかも出てきて、気乗りしなくなっていったのも本当。こういうネガティブ思考の時のスピードの速さと言ったらないよね 笑。
でも、思いもよらぬ方向からきた話だから、なんとなくわかってるの、「やれ」ってことなんだろうなぁと。引き受けろとかいう意味の「やれ」ではなく、新しい風が吹くから受け取っておきなさい的な「やった方がいいよ」の「やれ」ね。で、おっかなびっくり今日の流れになるわけだけど。

英語だけを切り取ったら、有能な人やもっとコミュ力高い人なんていくらでもいる。なんだけど、今日Mr.エックスたちとやりとりしてみて、自分でも自分が何してるのかよくわかっていなかったけれど、後からノムからもミッチーからも連絡もらって。
ノムからは「うん、なごんだ!! なんというか、伝わったのね、ぶっしーが。エネルギーが。」、
ミッチーからは「ぶっしー、さっきはありがとう。お店だと回りの音でなかなか会話ができないね💦
でも優しさをありがとう!」
とそれぞれ来て、本当に嬉しかった。
2人の言葉を見て「あ、やっぱり英語のことじゃなかったんだな」というのがはっきりとわかったし、英語を正しく話したり丁寧に聞き取りやすく話すだけが全てじゃない、むしろ気持ちや空気を伝え合う一手段にもなるということを今回初めて体験できた。私にとって、画期的な出来事だったよ。
ノム、貴重な体験の機会をどうもありがとう😊

でさ、もう一つ。
ミッチーを繋げてもらって本当に良かった!
ミッチーとのやりとりは確実に自分が癒される!!!これは想像以上だった。
今も書いててうるっと来るんだけど 笑。
私がミッチーを見てめちゃくちゃ癒されるのは、ミッチーを見ていると、ないがしろにされてしまった子どもの自分を思い出せるんだよね。そして、その子どもの自分をミッチーを通して肯定できるんだよ。
ノムに言ったかわからないけれど、私は小学校3年生になるぐらいまでは、本当に寡黙症みたいな感じで、基本的に外ではほとんど喋らなかった。物心ついて数年はその記憶がしっかりあるから、かなり重度のほとんど喋らない内気な性格の子どもだったと思う。そしてうちの両親というのが気は良い人たちだけど、私からすると「とにかく出方が読めない」人たちだったから、何でもかんでも喋れる相手ではなくて、自分で何だったら話してもいいかを見極めて喋るようなところがあった。
獅子座の月的な性格は微塵もなくて、喋らないから変に目立っても、カリスマ的なまたは太陽的な目立ち方は絶対にしていなかった 苦笑。陽気さは皆無だったしね。
その後時間をかけて、喋らない自分から喋る自分へ、そのうち話術で交渉や営業するみたいな機会がモリモリ与えられて、やらざるを得なくなって、気付けば大人になる頃には今みたいな私になるんだけどね。ノムがこの間私のホロスコープを読み解いた時に言ってくれたみたいに、とにかくあらゆる体験をこれでもか!というぐらいにするわけ。それも0から100まで全てのプロセスを体験するぐらいにね。
社交性に関しては今ぐらいでちょうどいいところだとは思うけれども、でも月の時代(0〜7歳)の自分はいつもどこか傷んだままで。これまでも何回も救出活動的に心理ワークしたり内観したりしてある程度まで来れたけれど、ミッチーの登場によって全く違うアプローチが始まった。
これまでは当時の自分の心に寄り添ったり、当時封印した感情を出して感じてみたり、あくまで「問題」とか「課題」みたくして見ていた。
それも必要な取り組みだったし、たくさん癒されたからそれで全然OKなんだけど、ミッチーはもうそういうのじゃないの。
私が自分のその内気なところや言葉少ない寡黙症のところにメスが入って矯正や訓練がされて大人になったとするなら、ミッチーはその部分を周りの対応はどうか知らないけれど、少なくともミッチー自身は変えるんじゃなくてその自分を守ってそしてそれこそを自分の個性として確立させて大人になった人なんだよね。だから、ミッチーの姿の中に、自分の子どもの頃の姿が見えるようだし、そのままの姿で凛として立っていて、ノムやレイさんと心通う関係を作っていて、それを見て「あの自分のままでも大丈夫で、十分に愛されたんだろうなぁ」というのを確認している。当時の自分を肯定する、ありのままそれがいいんだよと思うなんて考えたこともなかった。だけど、ミッチー見て、そのプロセスを私は持つことが初めてできた。うん、初めて、子どもの頃、矯正される前の自分の姿のままで自分を肯定できた。これはミッチーに出会わなければ、私は体験できないタイプの癒しだった。
こんな言い方変だけど、よく喋って適度に社交性のある私が重宝されればされるほど、静かな自分はなりを潜めて正解みたいな感じで。そういう自分を肯定する機会なんてなくて、否定もしないけど肯定もしないみたいな。でも、ミッチーと会って変わった。ミッチーを肯定してる時、それは同時に過去の子どもの自分も肯定している。
もちろんミッチーに私を癒そうなんて意図はさらっさらないと思うけれど、ミッチーがミッチーでいてくれるだけで、私の中に癒しが同時に生まれる。しかもミッチーがこれまた素晴らしい感性や面白さを持っているから、子どもの私がそんなに良かったかはさておいても、静かでもそれだけ魅力的だったのでは…とかすかな希望さえ持てる 笑。
〇〇さんを前に笑っちゃうぐらい閉じちゃうミッチーは、間違いなく子どもの頃の私だよ。だから、それを大人のミッチーがあまりに不器用でそうなってても、私はもう信じられないぐらい広い心で見ていられる 笑。その不器用さを出したくなくても出ちゃうのかもしれないけれど、いずれにせよ出せるミッチーがうらやましいし、どこまでも真っ直ぐなのは本当にミッチーの魅力そのものだと思う。
ちなみに大人の私は、100%ノム寄りで、さらには鍛えられすぎたからか多分相手は違和感感じないぐらいにさらっとやりとりできてしまう 苦笑。
だから、ミッチーとのやりとりは、ミッチー個人とのやりとりがもちろん大前提なんだけど、その奥に子どもの自分の姿も見えて、そしてミッチーは何もしなくてもそのままでいてくれるだけで私側は癒されるという、何とも役得なポジションにミッチーはいるから 笑。心理ワークとかアホくさくなるぐらいに、「ただいるだけで目の前の人を癒す力」を持ったミッチーから私は癒されてる。
だから、そんなミッチーと繋げてもらえたのは本当にありがたい!!!
だってさ、ミッチーにeat LOVE最終話について少し触れたら返信これだよ↓
「‪一時‬間かかるよ、って浩平(=ノム)から聞いたー😲それだけ書けるぶっしーもすごい。
そうそう、ご名答!一回目は速朗読アプリ使って聞くー😁
ちなみに(聞いたことないけど→)スピードラーニングのように、ミシンしながら聞いたりもしてるよ。」
何この面白すぎる返信!!!
癒しや笑いをこれだけ提供してくれるミッチーと繋げてくれたノムの功績はめちゃくちゃ大きいね😆ノム本当にありがとう😊

今回も書いてたら長くなったわ。

ノム最後までありがとう😁😁😁

ぶっしー

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Mr.エックスとの電話の2日後にノムと電話で少し話した。

ノムが今回の一連のばなな的な流れを事細かに説明してくれた。

その話は、どこまでもすべてが完璧で、人間の弱さもデコボコしているところも、それらが合体すると素晴らしい1つの物語を作るということがわかった。

この記事の最下部にも同じ文章が出てくるけれど、先に事の成り行きを説明するために少しだけかいつまんで話すと。


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(英語は)いちばんいい形になった、と思っている。

というのもね、ミッチーは、英語に自信がぜんぜんなくて、
ぼくからすれば、十分話せているよ、って思うんだけど、かたくなに、「ぼくは無理」と言い、
ついてはいくけど、英語を話せる人に来てもらって、ってずっと言ってた。

で、今回はぶっしーが「いいよ」って言ってくれたことで、
そして電話参加という形をとってくれたことで、
ミッチーは安心してその場へ行くことができた。

そして、あのように電話が聞こえづらくなったことで、
彼は、自分がやらなきゃ、ってスイッチがたぶん入り、
さらに、自分もできる、って知ったんだと思う。

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ノムはそんな風に英語のやりとりを教えてくれた。

これまでMr.エックスとやりとりする時に、毎回なぜ通訳をつけていたのか、私は細かくは聞かなかったから、本当の理由をその時まで全く知らなかった。

そう、ミッチーは話せるのに頑なに引き受けなかったそう。

ノムいわく、初回の人は「正確さ」で言えば帰国子女だけあってすごく能力高い人が来たらしいけれど、本当の「通訳」って感じで、ちょっと思っていた感じと違っていたらしい。

2回目の時は、2人の共通の友達で英語堪能な子が通訳してくれたらしい。

その時は、Mr.エックスが、2人の東京郊外にあるアトリエまで来てくれたらしいけれど、ミッチーはそこには顔を出さず、通訳の友達とノムだけでやりとりしたとのこと。

そして、今回が初めて電話で私が待機要員としていて、でもかと言って最初の2人と比べたら私の現在の英語力はとても微妙で…という状態だった。

通訳として期待もできない、本当にただの待機要員として私は参加したけれど、不具合だらけの電話も私の難あり英語力も完璧だったと知った。

私のズッコケ具合に関しても完璧で、ミッチーが言う「優しさ」とかノムが言う「なごんだ」というのは、本当のことだったらしい。

何せ難しい英会話はほぼ無理だった私は、自分が気になったことしか聞かなかったし話もしなかった。

Mr.エックスの連れ人もゲイなのか?なんて、普通は聞かないかもしれない。

これはゲイに限らずだけど、私は自分の知らない世界を生きている人たちの話に目がない。

自分は絶対に知り得ない世界だから、その世界を生きている人の生の声はとても貴重だと常々思っている。

ちなみに彼がノーマルだと言ったら、私は多分Mr.エックスを差し置いて、連れ人に質問を向けたと思う。

同性同士4人で集まって、自分以外はゲイ、自分だけノーマルなら、その人から見た自分が今いる状況はどんな風なのか聞いてみたい、と私は考えたはず。

後からこの会合が超オフィシャルと知って、私のとんでも質問は本当に場にそぐわないものだったと思うけれど、それが功を奏すなんてことがあるわけだから、どこで何がどう作用するかわからない。

はっきり言って、私には何が良かったかなんてさっぱりわからなかったけれど、とにかく場の空気を良い方向に向かわせたのなら、それは良かったと思った。

ノムが続けた。

ぶっしーがいてくれてミッチーも安心してあの場に行って、でも電話の不具合からここはもう電話なしでミッチー1人通訳でいくしかない、そういう状況が生まれて、ミッチーも覚悟を決めてやってくれたこと。

実際にやってみたら、ミッチーも何とか自力でできる、それも仕事関係のオフィシャルなものでもやれる、そういう自信を付ける場になったこと。

しかも、仕事の延長で宿泊を伴う仕事が発生することになって、それにミッチーと行けることをノムは心から喜んでいた。

ノムは言った。

もし僕が他の人を通訳として連れて行ったら、ミッチーはその宿泊込みの仕事を「猫を置いて行けない」とか「通訳の子が行った方が絶対にいいから僕行かない」とか、色んな理由を付けて行こうとしなかったと思う。

だけど、今回のことでミッチーは素直にその宿泊込みの仕事に行く気になっていたし、僕もミッチーと行けることになってすごく嬉しい!と言った。

家に帰ってから、ミッチーがその宿泊込みの仕事には欠かせない道具を確認していて、それで本当に行く気だと知った、とノムは話していた。

すべてのことは意外な展開へと繋がって、そして全員にとってベストなものを生み出した。




私にとっても、この英語の待機要員の係は大きなものだった。

3つの大切なことに気付かせてもらった。

1つは、「正確な英語」や「流暢な英語」が必ずしも正解とは限らないこと。

もし私が今回、流暢な英語で正しく楽しく英語を話したとするなら、それはたしかにノムの仕事上の役には立ったかもしれないけれど、ミッチーの役には立たなかったし、さらにノムからして何よりも大切なミッチーとの思い出作りの時間を潰すことになったと思う。

ミッチーの心の中は知らないけれど、今回は最初の2人の通訳の時のような「自分は出なくていい」という気持ちにはならなかったはず。

反対に「自分がやらなきゃいけないんだ」とそちらのスイッチが入った、とノムが言ったようなことが実際に起こったんだと思う。

上手くやれないことが正解の場合もある。

それは、これまでの英語の関わり方とは180度丸っと違う世界だった。

自分が上手くやれないからこそ、誰かのチャンスに繋がったり、誰かの未来の思い出の切符になるなんて、なんて素敵な話だろうと思う。

上手くやることがすべてではないし、そして今回何よりも大きかったことは2つ目のことだった。

2つ目の気付きは、上のことと関連して、「自分であること」がそのまま価値となること。

これは本当に自分じゃわからないことだけど、素の自分でいてその自分で人とやりとりするのが、誰かにとっての助けになる。

私のズッコケ具合が役立つなんて、世も捨てたもんじゃない。

むしろ自分としてはもう少し賢そうな対応ができた方が良かったなんて思ったわけだけど、そのできないことが今の自分で、その自分に価値があるのは大きなことだった。

気付けば、長いこと英語は「正確さ」をひたすら求められる場や機会が多かった。

それは英語力を伸ばすには良かったけれど、代わりに私は完璧な英語を求めてしまって心は逆に窮屈だった。

もちろんその英語力を必要とした人たちもいたから、それはそれで良かったけれど、心の中は可も不可もなくだった。

ところが今回は、結果的に完璧ではない英語を求められて、もっと言うと言語関係なく、場はオフィシャルでも普段の私のままでその場に居合わせることが何よりも大切だった。

それが、どういうわけかその場の潤滑油的な役割を果たしたみたいだから、それはありのままの姿(若干ズッコケ気味)に価値があったという何よりもの収穫だった。

3つ目の気付きは、すべては完璧だということ。

この完璧さは、その時のことだけじゃない。

例えば私なら、過去20年近く英語を話さない環境が必要だった。

特に会話を伴うものを不要とすることが、今回のキーポイントの1つだった。

もし英会話を中心とした仕事をしたり、英語圏のボーイフレンドがいたりしたら、今回は全く違う結果を生み出した。

私の英語の使わなさと言ったら、一般の英語を話せない人たちよりもうんと上だった。

「たまたま道で外国人に出くわして英語で道を聞かれたんだけど、こういう時ぶっしーがいてくれたらいいのに…って思った」という話を、私は何人の人からこの過去20年近くの間でされたかわからない。

英作文や英語の勉強で必要とされる場面こそあっても、英会話とは無縁でいた。

今思えば、これだけ訳の分からないオカルト的な出来事は引き寄せるくせして、英会話を伴う道案内に当たらないのはある意味おかしすぎる。

死者の魂と関わる回数の方が、道で外国人から英語で何かを聞かれる回数より多いなんて普通ありえない。(私としても逆であって欲しい。)

ちなみにこれ、浅草とか外国人が一気に増えるところでも私は聞かれないし、他の場所でも、これが田舎であろうとも周りの人たちには起こっても私には起こらない。

でもそれもこれもみんな、2019年7月のある日、Mr.エックスとのやりとりを完璧なまでに拙い英語でやる、というのが絶対的に必要なゴールなら、こうなったことも頷ける。

あえて英会話をしなくていい状況が正解だったということ。

私の場合、こうした普通の機会さえも、自分じゃコントロールできないくらいに規制が敷かれている気がする。

私が今分析した英会話する場面の有無は、ここに書いたことが、ペンジュラムいわく「当たり」らしい。

英会話を積極的にしたいわけではなかったからそれでいいんだけれど、かと言って死者の魂とやりとりしたかったわけもなく、でもそちらは頼まなくても勝手に起こってくるという摩訶不思議。

人生は必要なことが必要な分量で起こる、それが多分真実なんだろうなぁ…と今回の英語の件を見て思う。




今回のタイトルは、『eat LOVE AFTER』を採用することにした。

eat LOVE聖地から離れて1ヶ月以上経過したけれど、私の中ではあそこがある意味1つの起点で、そこから色んなことが起こっている。

ノム・ミッチー・レイさんの星トリオ、次3人と再会するまでは個々とのやりとりが中心になるけれど、そこで何か新たな物語が生まれたら、そのシリーズだよとわかりやすくするために『eat LOVE』の文字を使いたかった。

そして、実際にやりとりしてわかるけれど、ごはんは食べなくても3人個々とやりとりする時はやっぱりeat LOVEで、愛を食べてる感覚がある。

わたくし、普段「愛」なんて言葉は恥ずかしすぎて言えないし、これが異性で違う意味が生まれそうならもっと言えないけれど、ゲイカップルの2人や同性のレイさんには恥ずかしげもなく使える。

「ありがとう」や「すごい嬉しい!」と「愛」が同じところにある。

愛ある言葉とか、愛あるやりとりとか、身近なところに愛を感じられる。

例えば今回なら、ミッチーが「優しさをありがとう」とかノムが「ぶっしーのおかげで空気がなごんだよ!」とかいう言葉を伝えてくれるのだって「愛」だなぁと思う。

eat LOVEの大元の原型はごはんだったけれども、それはこんな風にまた形を変えて愛を届けてくれる。

だからタイトルに『eat LOVE』を入れたかった。

今回のサブタイトルの『最善のデコボコ』は、ノムと電話で話した時にノムが言った言葉から採った。

ノムは「『最高』のパフォーマンスではなく『最善』のパフォーマンス」と一連の流れについて言った。

これもその時に聞いたことだけど、Mr.エックスは、裏側はミッチーの気持ち的な理由から通訳待機要員を置いたことを、彼は「すごいやる気を感じたよ!」とノムたちに言ったらしい 笑。

わざわざ電話で待機させてまで通訳を付けて、仕事に対して並々ならぬモチベーションを持ってその場に臨んでいると思われたらしい。

何て素晴らしい勘違い!!!

これこそ怪我の功名状態で、裏側のすったもんだが美談に変わっていた!

デコボコが最善となる。

こんなすごいことはない。

だけど本当は、完璧を目指すことは実はあり方としていびつで、デコボコしたままお互いに居合わせるからこそ、それが二重にも三重にも明るい方へと発展するのかもしれない。

欠けてたりデコボコしてることこそ、大切だと感じる。

2010年の夏か秋のはじまりだったと思う。

当時の私は名古屋でブラック企業で仕事をしていて、朝7時に家を出て夜は12時までに家に帰れたら御の字、週6勤務、日曜も休日返上で借り出されるなんて日常茶飯事だった。

生きてることそのものがあまりにしんどかったその時、私は今でもその光景をはっきりと覚えている。

まだスピリチュアル的な本にようやく触ったか触らないかの頃だった。

仕事の移動でいつも、栄(さかえ)というところで地下鉄からバスに乗り換えていて、バス乗り場に向かう際、オアシス21と呼ばれる広場を通った。

そのオアシス21の天空に浮かぶ「水の宇宙船」と名付けられた最上階は、床が透明でビルで言うところの4〜5階下が見えるようになっていた。

そのちょっと不思議な場所は、どういうわけか私のところに何かメッセージをもたらすことが多かった。

そこで私はある時、パッとひらめいた。

ひらめいたのかキャッチしたのかはわからない。

その時に出てきた言葉。

【不完全であることが完全】

頭上から何か強いショックを与えられたみたいに「はっ」となったのは覚えてる。

不完全であることが完全なのかもしれない…。

人生で初めてそう思った。

今思えば、天啓みたいなものだったと思う。

それを理解するには相当時間を要したし、今もって本当に理解できてるのかは知らないけれど、今回のようなことを言うんだと思う。

「不完全であることが完全」

例えば、ミッチーが英語を触りたがらなかったことも良かったわけで、もし2人目の友達が今後レギュラーで通訳するとなれば、私自身も英語に対してのわだかまりを解消する機会を得ることはなかった。

ミッチーがやりたがらなかったからこそ、ノムは私に英語待機要員の話を持ってきた。

そして、こういう時のノムは戦略的にそうしてるのか、素でそうしてるのか知らないけれど、本当に見事に要点のみを伝えて細かなことを何も言わない。

もしノムが、「ミッチーが英語の通訳をどうしても苦手だって言うから、ぶっしー英語でやってくれない?」と言ったら、多分私は断ったと思う。

私が思うに、ミッチーは話せるはずだから、しかも日本語より英語の時の方が話すみたいなことも本人が言っていたから、そんなできる人の前で私は何するの?と思ったと思う。

もしくは、2人目の友達に頼んで!と返したかと思う。

ノムは私が興味を持てるように言葉を並べて、その興味の中にミッチーの話は一切出てこなかった。

ノム営業職向いてるよ!ってなぐらいに上手な誘導だった 笑。

全ては完璧に噛み合った。




最後に、途中にあった私のデザートメールに対して、ノムから来た返信メールを紹介したい。

ノムが書いてくれたことは、これからの時代の台頭になると思う。

「ありがとう」と「ありがとう」の話は、私にはものすご〜く目からウロコだったし、本当にそんな生き方を私も目指したい!!!と思った。

感動ポイントは他にも盛りだくさんだから、どうぞご堪能ください!


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ぶっしー

月曜日はどうもありがとう!
さらに、このようなすてきすぎるメッセージも本当にうれしい。ありがとう!!

ぼくも思い浮かぶまま書くね。

なんかね、メールに書いてくれた、ぼくと絵の成り立ち?のこと、
なんだか泣きそうな感じが内側に生まれながら読んだ。
まったくその通りだから。

ぼくは(ホロスコープにもあるみたいに)積み上げて壊すみたいなことは多々あって。
大学中退して入った写真学校を出たのに、即写真をやりません、って親に言ったりさ、
ライターも「天職だね」とか友だちに言われるくらいだったし、
自分でもそう思っていたのに、つづけていくことが無理!ってなって、辞めたし。

絵も、そういう流れで描くようになったわけで、
絵が好きだったわけじゃないし、まさか絵を描くなんて、って話だからさ。
自分が決断してきたことだけど、
個人的には「そうせざるを得なかった」というような感覚があって。

そうして、このような先の見えない暮らしに入ったわけだけど、
なにに傷ついたかっていうと、まさに「そんなの無理だよ」「絵だけで食べている人なんて本当に一握りだから」みたいな声。
そんな一般的な情報は知っているし、
ぼくだって、家賃滞納とかしたいわけないし、100円単位でお金を気にするとかすっごいしんどいし、
でも、それ以外に進む道がないから、勇気だけで進んでいるのに、なんでそんなことを言うの?って悲しかった。

そして、ぶっしー書いてくれたように、
周りのお手本が本当にいなかったんだよね。
こうしたら、いいよ、って誰もぼくが望むような答えをくれなくて。
だけど、めっちゃ不安だから、それこそセドナ(アメリカアリゾナ州)のチャネラー先生に、高額のスカイプセッションしてもらったりさ、
ごっついお坊さんに個人面談してもらったりとかさ、しまくり、預金がみるみる減って。笑

だから、「棚ぼたとは思わない」というぶっしーの言葉、本当にうれしかった。今もうれしい!

今回は絵もたくさん売れたし、盛岡での個展とか、急遽9月にミッチーと2人展示の話をもらったり、
Mr.エックスのもあり、ありがたすぎる流れにあるんだけど、
それに、警戒する(?)気持ちもあって。いやいや、浮かれてたらダメだぞ!って。
そんなときに、ぶっしーの言葉は、すごく心にやさしく響いて、涙が出そうになった。

「魂の暗号」というのも、すごくうれしい。

けっきょく、絵は「買ってください、お願いします!」で売れるものではないと感じているし、
そのように絵を扱うのは、違うんじゃないかな、って年々感じてきていて。
ただ、お金は必要だし、手に入れたいと思うし、
買って欲しい、というようなマインドは働くのだけど、
その「買って」は、魂の声とは違うのだろうな、って感じる。

でも、さっきの「そんなの無理だよ」みたいな”ふつうは”がぼくにもあって、
人に来てもらわなきゃ、みたいに焦ってみたりもして。

そうした自分に、「絵は、ちゃんと必要な人のもとに届きますよ」「その人のための絵をあなたは先に描いているのです」
というような、ちいさい自分の悩みと次元を異にするその言葉は、とってもありがたいし、
本当は、自分でもそれを知っていた。と思う。


ぶっしーが「私もそういう人生を歩む人」という言葉、なんだかうれしかったよ。
うん、ぼくもそう思う!
ぼくを通じて、ぶっしーはそれを、宇宙の流れ(?)を知る必要があったんだろうね。

ぶっしーがここから、どのような展開になっていくか、すごく楽しみだし、
それを見届けられる(?)のも、すごくうれしいし、
そうやって、いっしょにあたらしい世界をみていけるのだとしたら、
本当にありがたいなあ、って思う!


英語の件、こちらこそありがとう!

いちばんいい形になった、と思っている。

というのもね、ミッチーは、英語に自信がぜんぜんなくて、
ぼくからすれば、十分話せているよ、って思うんだけど、かたくなに、「ぼくは無理」と言い、
ついてはいくけど、英語を話せる人に来てもらって、ってずっと言ってた。

で、今回はぶっしーが「いいよ」って言ってくれたことで、
そして電話参加という形をとってくれたことで、
ミッチーは安心してその場へ行くことができた。

そして、あのように電話が聞こえづらくなったことで、
彼は、自分がやらなきゃ、ってスイッチがたぶん入り、
さらに、自分もできる、って知ったんだと思う。

だから、冒頭に場をなごませてくれて、退席してくれた流れは完璧だった!
そして、あの場のなごませかたは(本人そのつもりはないだろうけど)、
絶対ぶっしーにしかできないことで、
ミッチーも、ぶっしーだったからこそ緊張がほぐれたし、自分が引き受ける、ってなったと思うし、
本当に、ぶっしーさまさまでした!!

実は、今回、やりとりした中でさらに話が発展して、
再度、来週Mr.エックスと会うことになって。
そうして、次回はミッチーが通訳を引き受けてくれることになった。

これ、もしぶっしーじゃなくて、誰かが現地に来てくれていたら、絶対に起こらなかった展開。
ぶっしーの電話があのような形にならなかったら、絶対に起こらなかった展開!!

さらにさらに、ぶっしーの方にも、いろんな気づきや癒しが起きたのだから、
本当に、最高の流れだし、最高の出会いだし、ありがたすぎる。

そこに関していえば、
みっちーも、ぶっしーに相当癒されていると思うよ、まちがいなく!

ぶっしーはさ、ぼくにしてみれば、
ものすごくキャラクターがたっていて、ものすごく魅力的で、
ものすごく頭脳明晰で、なのに、ものすごくキュート。

ぼくだけじゃなくて、みっちーもそう感じているみたい。

だからね、彼もぶっしーから、いっぱいもらっている、目に見えないものを、いっぱい。

彼の言葉少ななところは、どうもコンプレックスでもあるみたいでね。
だけど、ペラペラ喋ったらみっちーじゃないし、そもそも喋りたいこともたぶんない。
わかんないけど、彼の中で、そのような葛藤はずっともってきたのだろうし、
まだあると思うから、
ぶっしーの言葉は、彼をとーっても癒したと思う!!


おとといの風呂上がりに、みっちーが転送したばかりのぶっしーメールを朗読させてて、
ふたりで耳を傾けていたんだけどもね、
あらためて、「ありがとう」いっぱいのメールだなあ、って思ったんだけども、
ぼくも「ありがとう!」だし、彼も「ありがとう!」なわけで、

ああ、そうか。って気づいた。

win-winっていうかさ、「ありがとう」と「ありがとう」の関係がいいんだ、って。


Mr.エックスとのことは、まだ始まったばかりだけども、
彼にとってぼくの活動は「ありがとう」で、ぼくも彼に「ありがとう」で。

盛岡のことも「ありがとう」に「ありがとう」。


「ありがとう」に「どういたしまして」ではなくて「ありがとう」同士の関係には、
「ありがとう」の輪が、循環ができて、どっちもハッピーになる。

Mr.エックスのことも盛岡のお話も、「仕事」だったりするけれど、
でも、ありがとうの輪ができている。

これまでの自分は、お金をもらう方が「ありがとう」と言い、支払う方は「どういたしまして」と言う、
そういうものだ、とどこか思っていたのだろうと思う。

で、その「ありがとう」が循環していないことがしんどくて、仕事をやめた。

話がまとまっていないかもだけど、
今回のぶっしーの「ありがとう」まくりのメールを読んでね、
こんなにどちらも「ありがとう」ってなんて素晴らしいんだ!って思ったし、
ぼくは、そういう関係だけでこれからの人生はいたいと思った。

それで、実は生きていけるんじゃないか?って思った。

お金とか作品とか名誉とか肩書きとか、そういうものではなくて、
ありがとうって心がかよう人との関係が、ぼくの本当に大切なものなんだなあ、って。



ぼくも、読み返さずに、このまま送っちゃいます。

とにもかくにも。こちらこそ、本当に本当にありがとう!! 多謝!!!


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2019年8月4日日曜日

毒吐き日記

地元の花火が日本三大花火と知ったのは今年。

2日目の花火大会の日、交通調査のアルバイトをした。

決められたルートを走って、特定の通過ポイントの時間を書くだけでOKで、それ以外の時間は基本待機で何をしていてもいい。

花火も見れるし、1人で自由気ままだから、3年前にも一度したけれど今年も申し込んだ。

二度目の今年は、食べ物やおやつ、飲み物も充実させて、音楽CDも用意、暇な時間にする読書や日記の類いなんかも車に置いて、とにかく準備万端だった。

3年前の時は花火打ち上げのための通行止がかかる地点を含めたルートで、仕事中も花火見ながらのものですごい良かった。

なんなら、渋滞も渋滞最前線の場所で、人生で初めての大渋滞で、それはそれで面白い体験だった。

ところが今年与えられたのは、花火スポットから少し離れたルートで、基本地元民しか使わない道路だし、高速入口からは真逆のルートで、花火も見れるか微妙だなぁなんて思った。

集合場所に行って初めてその日の個人スケジュールが手渡されたけれど、それ見て狂喜乱舞しそうだった。

なんと、【21:20まで待機】とある!

それはちょうど花火終了ぐらいの時刻。

しかも私の出発地点は、花火打ち上げスポットに近くて、ものすごくよく花火が見えるはずと思った。
(ルートは、花火から背中を向けて走るルートで、それで当初は花火を見れないと思っていた。)

もう色々楽しみすぎて、打ち上げ開始に合わせて近くまで移動しようと思った。

周りの人たちの話で、私の出発地点は絶対に駐車場が確保できないと言われたから(←普段は数百台も止まることのない駐車場なのに)、言われてみたらそうだと思って、私は3年前に利用した待機場所へと行くことにした。

そこなら8割近く花火が見れるし(打ち上げ地点の差で、建物が邪魔して見えないものもある)、駐車場が確実に確保できるから、そこで見ようと思った。

何せ最初と最後しか係の人とも接触がないから、私はすっぴんで、Tシャツにズボン、汚くなっていいスニーカーという格好で行った。

色気のカケラもなく(きちんとしたら色気が出るのか?というのはまた別問題 汗)、間違えてもその格好でデートは行けませんというものだった。

今年は完璧!と思ったら、この後珍道中に見舞われた。




ざっと見て車を使っての調査の人は50人ぐらいいて、女の人は私入れて両手で数えられるぐらいしかいなくて、あとはみんな男性だった。

ルートが同じ人もいて、さらに出発地点が同じ人となると数人いた。

その人たちと待機場所の駐車場やその近辺の道路の混み具合について話を少しして、あとは三々五々各自好きなように動くことになった。

開始まで集合場所にいるという人もいたけれど、私は花火が見たくて、例の狙った駐車場まで花火開始近くになったら動くことにした。

私と全く同じルートの人がいて、その人にどうするかを聞かれた。

私は自分が待機しようと思う場所を説明したけれど、その辺りよくわからないと言われた。

その人は地元を離れて長いこと経っている人と知って、私は地図を書いた。

たしかに、その辺りは田舎のくせしてやたらと開発が進んで、私が高校生の頃は周り田んぼだらけだったそこは、今や大型店や新興住宅地が並ぶ地区に変わった。

道路もずいぶんと変わって(田んぼが道路に変わった)、地元離れたらわからなくて当然だった。

私も10年ぶりに戻った3年前は、その辺りでよく迷子になった。

だから地図を書かないとわからないのは致し方ないことだった。

あとはそれを見て行ってくれりゃいいと思った。

そのつもりで私は自分の車の中で、ブログの続きを書いたり、来ていたLINEの返信をしたり、充実した時間を過ごしていた。

しばらくするとその男の人が来て、俺も私に合わせて同じ時間に行くから一緒に向かわないかと言われた。

まぁ地図よりも私が先に走って付いていく方が確実だから、それでいいかと思った。

花火開始15分前くらいに移動を始めて、目的地へと着いた。

道は全く混んでなくて、超スムーズだった。

3年前のスポットは、なんと今年は土曜日だからだと思うけれど、駐車場は満車状態だった。

なんとか空きを見つけて、最初にその人に譲って、1台挟んでもう1つのスペースに私は止めた。

あとは花火鑑賞に入る予定が、その人が近くに来て色々仕事の話をしてきた。

その人が教えてくれた単発の高時給のバイトがとても良くて、私はそれだけは食いついてかなり聞いた。

その人も丁寧に教えてくれてありがたいばかりだった。

花火の写真を撮りたくて私は一度車に戻ったら、相手はそれを離れたいサインと取ってくれたようで、その人も車に戻った。

それはそれで好都合で、私は車から敷物を出してきて、車の前に敷いて、今度はそこから花火鑑賞をした。

やっとゆっくり見れると思ったのも束の間で、またその人はやってきた。

その人は今度はずっと立って立ち話しようとするから、私が「良かったら座ります?」と勧めた。

幸いに畳1畳ほどの敷き物で、十分ゆったりと座れる大きさだったから、2人で座っても何てことなかった。

いちいち細かく書いているのは、こうした親切心的にやったことが、あとからとんでもない悲劇に変わるから書いてる 苦笑。

1つ大きな見所の花火が終わったら、出発地点に移動した。

その人にはあらかじめ、次の場所は駐車場見つかり次第私は止めますと伝えた。

激混みなのは必須だったから、駐車場が見つかるかどうかも怪しかった。

そして私の方が先に仕事開始ゆえ、とにかく確実に待機する必要があった。

予想以上に駐車場は激混みで、そこ止めちゃダメでしょ的なところにまで縦列駐車や路肩駐車で溢れかえっていた。

私はその駐車場の穴場的な場所をたまたまいつか入口を間違えて知って、そこはいける気がすると思って行ったらビンゴで、そこに止められた。

その人も近くに空きがあって止められて、それでまた敷き物を出して花火鑑賞を再開した。

その時のこと。

「良かったら、さっき話してた仕事の情報を渡せるから、LINE交換しない?」
と言われた。

えっ?何でLINE?と思った。

そんなんしなくていいと思ったけれど、あまりにも私が食いついて話を聞いたのもあったから、どう断っていいかもわからなかった。

普段の他人の潜在意識や魂から情報がくる時のようなことは全く起こらず(涙)、頭真っ白になった。

こういう時の私は完全に何の力もなく、そもそもそういうことに全く慣れてないから断り方も知らず、心の中は「ゲー( ̄ཀ ̄;;)、どうしよう」だった。

後からは言い訳は思いついた。

例えば、彼氏がいてとか(←とっさに思いつくには無理過ぎな理由だけど)、LINEしてないとか。

そういうことが全く思いつかず、ストレートに「嫌です」とも言えず、仕方なくLINEの交換をすることにした。

けれど、チャラララッラー!!!

なんと、私のQRコードを読もうとしたら、な〜ぜ〜か、相手の携帯は受信できなくて、ずっと検索中みたいなのがクルクルするばっかりで、交換不成立!!!

神が味方したとしか思えなかった\(ΦдΦ)/

やれやれƪ(˘⌣˘)ʃと思って、私は出発前にトイレに行くと言って、その人を残して近くのパチンコ屋さんのトイレを借りに行った。(←他選択肢なし)

戻ってきて、もう時間なんで行こうと思います!とルンルンで言ったら、「あのさぁフルフルでいけないかな?」と言われた。

((((;゚Д゚)))))))←私の心の中

ガーン( ̄◇ ̄;)、そんな発展的なこと考えてなかった。

フルフルは、これまで失敗したことがなかったから、余計と心の中が凍りついた。

私は小さな望みに賭けて、適当なwi-fiを拾えないかなと思った。

変なwi-fiを拾うと私のiPhoneは上手いことネット回線が切れるから、それを超期待した。

ところがそんな奇跡は起こらず、もうフルフルするしかなくなってしまった。

その頃には私はあきらめて、最悪ブロックしたらいいんだと開き直った。←ブロックのやり方知らないけれど。

そしてフルフルをした。

したはしたけれど、花火大会で人口密度が高いからなのか、全然反応しなくて!!!

ひたすら反応しないように祈るような気持ちでフルフルした結果、全くお互いに情報を取れなくて、「ダメみたいですね」と私から言って、それで事なきを得た。

本当に出発時間が迫っていたから、これでやっと解放されるー!!!と思って、やっと一息ついた。

車中で思った。

自分の無防備さももちろんいけないにしても、あの人はそんなにも女に飢えてるのかと思った。

年齢もよくわからなくて、最初勝手に50歳前後かと思っていたけれど、なんなら55歳とかでもありそうで、でも反対に同い年とか年下の可能性もある。

仕事に対する考え方は、世代的に同じか少し上の世代的な感じなのはわかった。

いずれにしても、この人はなんなんだ?と思った。

本当に、色気ゼロ、会話力はあっても女の人特有の媚びを売るようなことを私は絶対にしないから、そういう色恋的なものは無さすぎるよね?と思った。

なのに何で私のところに来るかな…と思った。

色々気持ち悪いなぁと思った。

途中からは、私も男の人を超超超勇気出して誘ってみた過去のある時に、同じように気持ち悪がられてたのかもしれないなぁと思った。

もう取り返せない過去はどうにもできないにしても、そんなことになってないといいなぁなんて思った。

車通りの少ない夜道を走行してたら、暗い気持ちにさらに拍車がかかるようだった。

過去のものでもう終わって長いこと時間が経っても、いくらでも何かをきっかけにまた暗い気持ちを味わうのかと思ったら、こうした記憶力のすごさを改めて思い知った。

あとは平穏に終わる予定だった。

過去の自分の行為が相手にどのように映っていたのか、若干頭が痛くなる回想だったけれど、気を取り直して最後の休憩時間は1時間取れそうと思って、ブログ(オルゴナイトが割れた話)を書き終えようと思った。

トイレに行きそびれていたから、ようやく空いたスーパーのトイレを借りた。

その時に、過去に誘ったことのある人の車のナンバープレートと同じ県外ナンバーのプレートの車が止まっていて、さっきの回想は一気に切り替わって、こんなところで見るなんてラッキー!ぐらいな気持ちでいた。

県外プレート満載な1日の中で1台ぐらい見ても良さそうなのに1台も見なくて、そろそろ1日が終わるというその時に初めて見た。

そうしたらいきなりこれまでの悪夢が帳消しになったぐらいに私はテンションが上がった。

本当はそこにいたかったけれど、出発地点に戻るには24時近くなのにまだまだ大渋滞を起こしている高速に向かうための国道をどうしても通らないといけなくて、仕方ないからその渋滞に巻き込まれながら出発地点を目指した。

GPSを車に着けての仕事で、それで私の都合で遅れたらまずいわけで、全然動かない国道へと入って行った。

数百メートルの距離を30分弱かけてようやく着いた。

待機地点も、少しでもその国道に繋がる道を通ると大変だとわかって、そこを避けられるパチンコ屋の裏側の駐車場に車を入れて待機した。

これでやっとあと最後の走行だけで、残りはゆっくり1時間待機しながらブログ書こうと思っていた。

さぁ休憩、休憩と思ったら、人影が近づいてきた。

パチンコ屋の裏側の駐車場で知り合いなんて1人もいないはずなのに、何で誰かが近付いてくるのか、さっぱりわからなかった。

そうしたら、そのLINE交換男だった( ̄ཀ ̄;;)。

頭の中は大パニックだった。

その人は私が出発した後、20分から30分置いて出発の人で、まず重なることがなかった。

何でその人がいるのか、全く理解できなかった。

でも、エンジン切ってしまって、窓だけ開けられなくて、仕方ないからドアだけ開けた。

すぐに立ち去ってくれるかと思いきや、なんと1時間の休憩時間のうちの50分以上その人はずっと私の車のすぐ横に立って話をしていった。

1人じゃいられない人なのか、本気で面倒くせー!!!と思った。

何せすごい近場に互いの車があることも知って、ちょっと私今から寝ますとも怖くて言えなくて(←若干怖かった)、とりあえず10数台の車が止まっているし、若者的なグループも外にいたし、まだ渋滞解消待ちの運転中の車もいたから、危ないことにはならないだろうと判断して、とりあえずこのまま時が過ぎるのを待つしかないと思って、最後はあきらめた。

自分の会話力を恨みながら、こんな時は一瞬で気まずくなるぐらいの破壊的な力を持った沈黙力が欲しいわと思った。

返答は基本せずに、メインは相槌を打つことに徹した。

出発10分前に、そろそろ準備しますと言って解放された。

もうグッタリしたけれど、絶対にすれ違わずに済むと知ってホッとした。




その後も思ったことだし、朝起きたら余計と思ったことだけど、私は男友達や男性の同僚とか上司に本当に恵まれていたんだなとわかった。

当たり前のことかもしれないけれど、男友達は誰一人危害を加えたりとか私が怖い思いをするとか、そういうことは一切しない。

女として見られていないというのも一理あるけれど、そうでなくても本当に良い気を使ってもらっていて、一緒にお酒飲んだり同じ空間に寝れたりするわけだから、その辺りはものすごくきっちりしている。

仕事で一緒した人たちも、そういう訳の分からない距離感の人は1人もいなかった。

興味がないから絡まないのが理由であっても、そのおかげで安心安全なのは大きい。

しかも、最近密にやりとりした男性がノムとミッチーというゲイカップルだったゆえ、余計と性差を超えた関係になって、2人は男で私は女なんてこと、意識することさえなかった。

超久しぶりに「ザ・男」みたいな人に出くわした。

そして、なかなかの当たりくじがきて、ものすごく嫌だったけれど、おかげで改めてこれまで自分が本当に恵まれた人間関係にあったんだなぁと思った。

しかも、こういう時本当に嫌なのが、男の人って本気で飢えてると誰でもいいんだなということ。

みんながみんなそうじゃないのはわかっていても、こういうのに当たるとガッカリするのと、そういう人に来られてしまう自分にも落ち込む。

特に色気のカケラもない格好をしていたわけで、なんだけど自分ははたから見たら生物学上は女で、こういう時に変に来られると自分が性のはけ口とか道具みたいだなと思ってしまう。

もちろんそんな話ではなく、相手の希望は単なるLINEの交換だったわけだけど、その裏側にはそういう変な目論見を感じずにはいられなかった。

男の人というのは2タイプあって、1つは私に興味を持ってくれるタイプの人。

こちらは友達になったり仲良しの同僚になったり趣味仲間的な感じになったりする。

宝くじ当選ぐらいの確率でパートナーになるのもこのタイプ。

もう1つは、私じゃなくて単に「出会い」とか「体」が欲しくて、基本誰でもいいんじゃないか疑惑の人。

気持ち悪いから速攻距離を置く。

これは私の被害妄想みたいな話だけど、多分その手の男の人たちは手の届かない容姿の綺麗な人とか可愛い人にはいかない。

非モテ子で男慣れしてなさそうな適当なのを選んでる感じがしてならない。

私は男友達とは色んな話をするし、色々仕事とかでも鍛えられて男の人たちと話すのはかなり慣れた。

でも、恋の駆け引き的なものはしない(できない)しそういうこと全般不慣れだから、そういう意味での男の人との接し方は上手くない。

だから、その男の人も普通にしてくれてれば私は何ともなかったけれど、私からして越えて欲しくない一線を越えて、不快極まりない感じで来られたのがとても嫌だった。

改めて、私は誰とでもいいわけじゃないんだなと思った。

当たり前だけど、付き合わなくても仮にデートするなら、時間を共にしてもいいと思わない限りしたくないし、それは本当にそういう時間を持ちたい!と思わない限りは成立しないことなんだとわかった。

過去に「(時間を作ることは)できません」と言われたことがあった。

今回の私みたいな気持ちだったのかもしれないなぁ…なんて思わなくもなく、そこを否定できないのが何とも残念な感じだった。

双方が同じ熱量で同じような方向を向いて一緒にいる、って本当にすごいことだなと思う。