2019年5月12日日曜日

喉の風邪と心の中







今回の風邪が想像以上に長引いてる。

しかも、のどの超激痛を伴った炎症に始まって、今また咳と痰、咳は一度始まると止まらないぐらいの重症化した咳になっている。

ちなみに、二次災害のように、ギックリ腰調の腰痛も発生( ̄ཀ ̄;;)。

咳もくしゃみもひどく腰に響いて仕方ない( ̄∀ ̄;)。

もっぱらどの姿勢だと咳する時に腰に響かないかを模索している。
↑今の最大の研究テーマ〆(ΦдΦ)

今回の喉の風邪は、まさに今の自分の象徴だと思う。

この1ヶ月ぐらいのことを振り返ると、今回の喉の風邪との関係がなんとなく見えてくる。



【ここ1ヶ月ぐらいの振り返り】
・2人の人からの頼まれごとを、迷ったのに引き受けたこと
→「断る力」が必要だったんだと今は気付いた

・「5月のメッセージ」を書きながら、自分が綴りたい内容が薄ぼんやりと見えたこと

・両親ときちんと話ができてないこと

・文章を書くにあたり、自分が大事にしているポイントが見え出してきたこと

・心身共々落ちても読めるブログと落ちたら読めなくなったブログの差に気付いたこと

・18年前、日本に帰ろうと決めた時の理由を改めて明確に思い出したこと

・新年度始まったあたりから、占星術よりも占い師さんたちのブログをやたらと読んでいること


どれも心と体が連動していると感じる。



・2人の人からの頼まれごとを、迷ったのに引き受けたこと
→「断る力」が必要だったんだと今は気付いた

・両親ときちんと話ができてないこと

↑上の2つはとても似ている。

共通点は、自分の本音を言えてない。

頼まれごとは一度引き受けたものの、本当に一番はじめに自分の中に湧いたのは、「引き受けたくない」だった。

ただそれをどう伝えるかを考えたり相手の状況も読みすぎて、「断る」勇気がなかった。

自ら招いたことで、自分で反省しつつ、ちょっと在り方を今後考えるというか今までとは違う行動の選択肢が必要だと感じている。

ちなみに2人目はさすがに自分で気付いて、私ではなく他の方法で解決出来そうなやり方をやんわりと伝えてみた。

そちらで動いてみるとのことで、そこで何とか終わってくれるといいなぁと思っている。

今後それでもまた来た時は、できる範囲で今回はやるけれども次回からは条件付けて引き受けることをはっきりと言おうと思っている。

両親に本音を言わないのは、はなから理解をあきらめているのと、まるで日本語とアラビア語でキャッチボールしてるかのごとく全く交わる点すら見出せず、それで避けている。

のども詰まるなぁとわかる( ̄∀ ̄;)。

どちらもいきなり生まれ変わったかのように100%の変化を最初から達成できるわけじゃないから、徐々に自分のできることを自分のためにする他ないなと思っている。



実はちょっとした実験をした。

冒頭の不調を書いた時、夜明け前の4時ぐらいで、とにかく咳は出まくるし、さらに痰なのか何なのかのどのどこか通り道の部分に何かがずっと引っかかっていて異物感があった。

異物感を感じながら、「これって本音を言わないところが原因かな…」と思った。

それで今回ののどの風邪と連動してそうなものたちを列挙したのが上に書いた【ここ1ヶ月ぐらいの振り返り】で始まることたち。

気付いたなら、もしかしてのどの異物感が取れるかも…と期待しながら、いつのまにか寝ていた。

今朝の8時過ぎにこの部分を書いているけれど、気付けば、咳も痰も相変わらずだけど、のどのつまりだけはきれいに取れてるv( ̄∀ ̄)v。

実験成功♪─v(≧∇≦)v─♪

そういう時に効くとかいうツボをネットで見つけたからそこも押したけれど、なんとなく心理的要素の方が効果をもたらした気がする!

自分の中でずっとわだかまっていた諸々に気付いたことで、のどの異物感もグッバイしてくれたみたいな 笑。



・「5月のメッセージ」を書きながら、自分が綴りたい内容が薄ぼんやりと見えたこと

・文章を書くにあたり、自分が大事にしているポイントが見え出してきたこと

↑上の2つは、また別記事を途中まで書いているけれど、体調悪い時に「5月のメッセージ」をやってみて色々感じることがあった。

大きく言うと、「癒し」の要素を取り入れるように意識すること。

これ、この後に書くこととも連動している。
(読めるブログ読めないブログの話と)

いつだったかブログにちょろっと書いた記憶があるけれど、私は少し前から「男性性と女性性」についても調べ物を始めた。

もちろん、調べ物の理由は、自分を癒したいからv( ̄∀ ̄)v。

で、この間友達にそのノートを見せたら、友達が中身にいたく感動してくれた。

「これいいね!」って。

心に沁みるとも言っていた!

余談だけど、私がお気に入りの包装紙を貼り付けたノートだけど、その包装紙見ただけでどこの菓子屋メーカーなのかを言い当てた友達のあくなきスイーツ愛も知った 笑。

やっぱり癒しは大事!と思って、今後も癒しのためのテーマの掘り下げは満足するまでやる予定!

しかもそれが他の人にも役立つ可能性があるなら、よりやる気も出やすい。

他人のためにやろうとは思わないけれど、自分が癒されたものを人に紹介して、それに触れた人も同時に癒されたら超お得!と思う。



・心身共々落ちても読めるブログと落ちたら読めなくなったブログの差に気付いたこと

↑これは今回ものすごく顕著だった。

「月」について調べ物をしていた時に、ハッシュタグを辿って行き着いたブログがあった。

ハッシュタグ機能を考えた人、天才だと思う!

で、その「月」のハッシュタグなんて調べたことなくてクリックして見たら、それで今回初めて行き着いた占星術家の方がいた。

その方が超絶素敵過ぎて、その方にはいつか本気で会いに行くんだろうなぁと思っている。

占星術の知識はもちろん、人生哲学もされている仕事の在り方も、もうどストライク過ぎて胸ズキューンだった(o´艸`)。



その胸ズキューンの方とは対照的に、この1ヶ月ほど頻繁に読んでいたブログがあったけれど、最近体調不良も手伝って、発信されてる内容にもあれ?となった方がいた。

読んでいて反発を覚えるところが出てきて、その頻度が増えていってる。

さすがに今は合わないとわかって読まなくなったけれども、最初違和感を感じた時はこれなんだろう?と思った。

で、よくよく見比べると、実はズキューンな方とその人は同じことを言っている。

なのに、片や真っ直ぐに受け入れられて、片や読んでいて気分が悪くなってくる。

その差は、物の捉え方のプロセスの差や体験を通じての人間的なセンスの差だとわかった。

2人とも、特に読めなくなった人は寝たきりからの全回復を遂げた凄い体験の持ち主だけど、体験の差ではなくそこで何に気付いたのかが差となって表れている。

胸ズキューンの人は、そもそも1つ1つのプロセスやそこに至るまでの気持ちや決断、そういうものをとても大切にされてる。

動けない時、思い通りではない時、そうした時の心構えが本当に素敵で、そしてそうなってる人に対しての批判が全くない。

反対に大病した方の私が読めなくなった人は、その辺りが粗い。

元はきめ細かい人だったけれども、何かが違う。

きめ細かいことを知ってるのは、私は1年前ぐらいにその方からある商品を購入したことがあって、その時のエネルギーは本当にきれいな人でとても気に入ってた。

だけど、本人が色んな活動を続けて今に至った時、すごい残念なぐらい、そのエネルギーが別の方向に向かっているように見える。

表面は同じことを今もされているから、本人さえ差は気付かないかもしれない。

でも、最近読んだ文章の傾向がもう以前のそのきれいで真っ直ぐなエネルギーではなくなった風に私には感じる。

はっきり言えば、前のエネルギーはすごく好きだったけれど、今のエネルギーは好きじゃない。

そして、しばらくと言っても1ヶ月もなかったと思うけれど、ブログを読んでいて違和感を覚えるようになった。

いくつかあるけれども、そのうちの1つが日本に対する見方だった。

日本に対する考え方を見て、「それは絶対に違う」と感じた。

その方は海外と日本と行き来しているけれども、私がこれまで見たことのないタイプの捉え方をする人だった。

それが悪いというのではなく、その発言によって、「この人日本をよく思っていない」ことが滲み出ているし、そしてそれは日本をよく思ってないだけではなく、そこに暮らす人たちのこともどこか蔑視というか否定的に見てるようなところを感じる。

もしかしたら元々そういう考えは持っていられたのかもしれないけれど、前のきれいな頃を知っているから何だか残念に思う。

今はその粗さや心の深い部分で信じているだろうものが出ていて、私はその見えない部分の考え方そのものが好きじゃなかった。

見えなくても言葉に出ちゃってるからわかる。

海外に住むと感じるのは、日本の窮屈さをはじめとする色んな負の側面もだけど、それと同等に日本の素晴らしさや良さも実によく見える。

本当にどの国のどの場所も、プラスの側面とマイナスの側面の両方があることがわかる。

海外に出ると、私は逆に住んでいた時には気付かなかった日本の良さがわかると自分が体験してみて感じた。

それはアメリカの時もドミニカ共和国の時もそうだった。

その人が発信していたマイナスの側面も言わんとするところがわかったけれど、でもプラスの側面もあるよね?と私は思ってしまう。

物の見方に非常に偏りがあるとわかって、マイナスばかりに目がいって、プラスが軽視されてる風なのが本当に残念過ぎた。

批判したい人みたくなっているけれど( ̄∀ ̄;)、要は私の価値観や感覚と全然合わないことがはっきりとわかった。

で、話を戻して胸ズキューンな人。

胸ズキューンな方は、清濁合わせてすべてを同じぐらい慈しんでいることが本当によく伝わってくる。

マイナスなことさえ、それをとても冷静に捉えて、そこに必ず希望の種を見つける。

それがひしひしと伝わってくるから、言葉も真っ直ぐ入ってくる。

私が目指したいのはそういうところなんだと気付かされる。

どんなこともマイナスだけじゃないこと。

必ずプラスも宿っていること、その視点を私はこれからもとても大切にしたいと思っている。



・18年前、日本に帰ろうと決めた時の理由を改めて明確に思い出したこと

↑これも改めて思い出した。

最近のひそかなマイブームは、このブログ内で読まれた記事を自分も読むこと。

これが実によくできたシステムで、このブログには何が読まれたかを察知する機能が付いてる。

そのツールを使って読まれた記事を辿って自分も読むと、オンタイムで必要なヒントが得られる。

どこの誰が読んでくれたのかは知らないけれど、「ありがとう♡♡♡(*´꒳`*)」並みに感謝しまくっている。

で、今回ももれなく18年前の真実に辿り着いて、改めて自分の気持ちを確認した٩(๑>▽<๑)و
(今回はもしかしたら、読まれた記事の前後でアップされた別記事を読んだかもしれない)

私がなぜ18年前アメリカに残らず日本帰国を希望したのか。

当時の私は、子どもたちと何かを一緒に積み重ねることにものすごく心惹かれていた。

そして、それをするにあたり英語でのコミュニケーションに限界を感じていた。

どうやっても、細かなニュアンスがどうしても英語ではわからなかった。

英語を通じて、ここに書いたことと同じ感覚で私は理解ができない。

例えば「悲しみ」は理解できても、「いつもじわりじわりと心の中に潜んでいて、時々無意識に浮上してくる悲しみ」は英語(外国語)では理解できない。

後者のタイプの感覚までを知りたいと思ったら、私の場合、絶対に英語では無理だとわかった。

日本語でも怪しいのに英語だともっとわからない。

だから大学卒業を間近に控えた私は、迷わず日本帰国を選んだ。

あの時は表面的にしかわかっていなかったけれど、今ならわかる。

私はやっぱり言葉が大事なんだということ。

もちろん、色んな言葉でコミュニケーションは取れる。

そして言葉だけではなく色んな方法でコミュニケーションを取れることも知っている。

でも、私が極めたいのは、そういうことじゃなかった。

最低限、言葉の使い方や重み、意味を体感覚で感じることだった。

書いてて思い出したけれど、学生時代のボーイフレンドと別れるキッカケになったのは、言葉だったことがある。

私:I can’t deal with you.

彼:What do you mean “deal with”?

直訳すると、
「あなたのことを処理できない」
「“処理する”ってどういうこと?」
になる。

もちろんそんな意味で言ってないし、私的には「どうしていいかわからない」と言いたかっただけなのに、私の言葉の使い方誤りで逆鱗に触れ、もう修復不可能なまでに怒らせてしまった。

私は今でもdeal withがそんなにもいけない言葉で相手を憤らせるkiller wordだというのが感覚的にわからない。

これが母国語ではない第二言語の私の限界だった。

これもし仕事だったら笑えない(私生活でも笑えないけど)。

こういうことがわからないのは私にとってストレスの他の何物でもなかった。

他に良い例を思い出せないけれど、こういうストレスを仕事に持つのは嫌だった。

だから私の中で「母国語で仕事する」ことは、ある意味必須の条件だった。

実際に子どもと関わっている時も、子どもが今めちゃくちゃ大事な何かを告白してくれてる!ってわかっても、本当の本当に細かいニュアンスがどうしたってわからなくて、寄り添う努力も言語を伸ばす努力も両方できても限界が必ずあることを毎回悟ってた。

だから、私にとって、日本語で自由自在に表現するというのは、言葉だけじゃなくて言葉の裏側にあるもの、もしくは言葉そのものからは見えないところに存在している性質や重量感を言葉と一緒に感じることが大切だった。

しかも、日本語なら他の言い回しに関して選ぶ余地が自分の中にある。

自分でもわかるけれど、他言語になった時の私は日本語以上に表現がストレートになる。(毒舌と言っても言い過ぎじゃないと思う( ̄∀ ̄;))。

そういう表現の幅があるのも私には大事で、当時から「人と関わる」ことだけは自分の中にずっとある計画みたいなものだったから、そこも譲れなかった。



・新年度始まったあたりから、占星術よりも占い師さんたちのブログをやたらと読んでいること

↑これはまた別の記事でガッツリ書きたいことだけど、3月くらいから占い師を生業としている人たちの文章を読み漁っている。

占い師を目指してるのではなく、その方たちが見ている世界やそこから引き出された世界観に超惚れ込んでる。

想像したらわかりやすいけれど、例えば「占いに行こう!」と人が考える時は、絶好調よりもそうではなく鬱々としてたり悩んだり迷ったりしている時の方が圧倒的に多い。

そういう時に行こうと考える、イコール、占い師さんたちが接する人たちもそういう迷える仔羊状態の人が多いわけで、そうした世界から見た価値観が本当にすごい。

厳しさと優しさを同在させられる、本当に素晴らしい感性を持っている。

進みたいのに進められないとか、決めたいのに決められないとか、そういう人たちに対して伝えられる人生哲学や世界観をたくさん持っている。

そういうのを最近はひたすら読み漁っている(+写経のごとくあれこれノートに転写している)。




今回喉にきた、それもものすごい不調を引き出しているのは、1つは自己表現を自分の中で抑え込んだことも関係しているだろうし、そういう自分を出すためにまずは不要になったものを体の外に出そうともしているんだと思う。

体が苦しいし心も苦しいけれど、「絶対に良くなる」と信じていられるのはとても心強い。

ちょうどこの1ヶ月にあったことも、自己表現や自分の価値観に関わることが多かった。

それと関連しているのか?、やたらと部屋の窓からちょうど見える位置に鳥たちが毎日やってきて、ご挨拶のようにチュンチュン鳴いてしばらく私の目の前で羽休めをしていく。

鳥はコミュニケーションを表すとされているけれど、「コミュニケーションだよ、コミュニケーション!」と言われてるみたい( ̄∀ ̄;)。



[写真]
最近わかったけれど、システムが誤作動するのか私が並べた順番とは違う風に写真が出てくる( ̄∀ ̄;)。

今回は
・散歩中に見つけたたんぽぽの綿毛
・同じく散歩中に撮った太陽の写真
・友達が見て即わかったお菓子の包装紙で包んだノート
・部屋の窓から見える鳥さんたち

ちなみに、たんぽぽの綿毛を撮っていた時、ちょうど下校途中の5年生か6年生の男の子が私の横を通って行ったけれど、明らかに不審者を見るような視線で「何やってるの、あのおばさん?」みたいな無言のメッセージみたいなのも感じたことを記しておきたい( ̄∀ ̄;)。

そりゃ、草むらに向かってスマホを向けて何か撮っていたら、私だって「何やってんのあの人…」と思うかもしれない。

2019年5月11日土曜日

日本社会の観察記

2019/05/08

ゴールデンウィーク中の仕事で超感動したことと、そして感動の先に感じた疑問と、その後友達と話したことと、そして今たまたま見つけた外国に住む国際カップルの人が日本に帰省して感じたことを読んだ感想とが、不思議と繋がったから、備忘録として書きたい。

こんなこと書いても何にもならないし、だから何だ?という話でしかないけれど、これを数年後、10数年後に読むと面白いかもしれないと思って書く。



ゴールデンウィーク中の仕事で超感動したのは、ハンガーをはじめとする備品たちだった。

これまでハンガーに注目したことなんてなかったけれど、今回本気で欲しい!!!と思ったぐらいにすごく考えられてデザインされたハンガーに出合った。

日常的に洗濯物を干す人なら、そしてどんな人でも丸首なりVネックのシャツの1枚2枚はあるだろうから、そうしたタイプのものをハンガーにかけるのなら、これ以上ないユーザー目線に立ったハンガーだった。

誰が開発したのかは知らないけれど、本当に超画期的ですごく感動した。

他にも商品関連の備品が至るところにあるわけだけど、どれも本当に効率や能率を最大限に引き上げるための創意工夫が半端なかった。

初めて作業する私でもものすごく作業しやすかったし、それぞれの備品たちを最初に開発した研究者や企業は本気で凄い。

日本って本当に凄いんだなと感じた。



感動も大きかったけれど、その後疑問も沸いてきた。

本当に凄くてそういう良いところは開発側も使用側も双方にとってメリットがあるからいいけれど、そこまで良くした後、その後はどうなるのかな…と思ってしまう。

始業後最初の2時間は、私は掃除を割り当てられ他のスタッフの人たちと一緒に担当した。

掃除に関してもマニュアルがあって、そして数人で手分けしてやるんだけれど、それがとにかく超ギリギリのラインでやっている。

最初の日に教えてくれた子が「結構急ぎ目にやらないと終わらないので、速さを意識するようにお願いします」と説明してくれた。

やってみて超納得した。

たしかに超本気でやらないと終わらない。

しかも細かなところまでは手がどうしても回らない。

初日はもう少し掃除しようよと心の中で思ったけれども、実際にスタッフの人たちの動きを見ていて、とにかく誰もサボってないしテキパキと動いているのに、それでも手落ちが普通に出るような作業量にとにかく驚いた。

作業量に対して人員数が見合ってないからそうなることがわかった。

内部事情を全く知らない私からすると、どこまでも利潤や効率を求めるやり方に、人間側の負担がデカすぎて、それが本当に変な形で出ないといいなぁと思わずにはいられなかった。

いくつか前のブログに、完璧過ぎるマニュアルだからマニュアルにないイレギュラーなことがあった時の対応に疑問を持ったことを書いたけれども、私がその人たちを悪く思わないのはそこがわかっていたからだった。

あのすごい労働環境の中でお客さんに対しては本当に丁寧な接客をしているし、私に対してだってすごくきちんと対応してくれてる。

並大抵のメンタルではやれないぐらいに凄かったから、だからそんな無理を強いてる運営陣に疑問は持ってもそこにいた個人個人には何か責めるような気持ちは湧かなかった。

失礼に当たるかもしれないけれど、「大丈夫ですか?」と思わずにはいられなかった。

本当に取り返しがつかなくなるんじゃないかと心配になるぐらいに、素晴らしいサービスや商品の裏側を支えている人たちの存在が気になって仕方なかった。

ちなみに私が同じことしたら、私は100%早い時期にメンタル系の病気になる。

断言できるぐらいに凄まじかった。

そういうのを見て、本当に思ったのは「何を目指しているんだろう?」ということだった。

企業が目指しているものは、安価で良いものを提供することなのか、それともそれと引き換えに人間らしさを抑えて闇のようなものを生み出すことなのか、見ていてよくわからなかった。



ゴールデンウィーク中、友達と会った時に、たまたまキャッシュレス化の話になった。

2人とも超がつくアナログ人間だから、「〇〇ペイ」だのという現金を伴わない支払い方法も使っていなければ、その仕組みもよくわかっていない。

私のように本当にわからない人間が喋るから実際のことはわからないけれど、そうした通貨システムの割引もだし、仮想通貨の利益もだけど、そうしたものは何で生まれるのかその仕組みがよくわからない。

通貨システムの割引が今あちこちで謳われているけれど、私は消費者としては有り難いのはわかるけれど、仮に10%割引になってその割引分は誰が負担するのかなと思う。

企業が負担するなら、もしくは提携先企業でもいいけれど、その負担分って結局回り回って従業員の人たちにしわ寄せとか、何か別のところにしわ寄せがいくように思えてならない。

今回私が3日間行った店は、1年の中の1番2番を争う繁忙期だったらしく、セールによってもたらされる利益も大きいのは話を聞いていてわかった。

ただ、利益が出た分従業員に還元されるかというとそうではなさそうだった。

これは塾に勤めていた時にものすごく感じていた。

当時私は、途中から正社員から契約社員に切り替わった。

時間が絶対的に欲しかった私にはたしかに有り難い制度ではあったけれど、今でもよくわからないことがある。

おかしな話ではあるけれど、私はフルでバリバリ働いていた正社員の頃より週4.5日、時間にして36時間働いていた契約社員の頃の方が売上を上げていた。

じゃあその売上分が給料に反映されるかと言うとそうではなく、給料は契約社員としてのものになる。

契約社員になって給料はもちろん下がった。

変な話、会社に入るお金は私を契約社員にした時の方が多い。

人件費削減に加え、私が思いの外売上に貢献したから、余剰分まで増えた。

余剰分は想定外だったにしても、余剰分は全部会社に回って終わった。

何が言いたいかと言うと、利益を上げてもそれは従業員個人には反映されないということ。(もちろん会社によりけりだと思うけれど)

で、そのキャッシュレスの割引も、その割引分がどこに行くのかが非常に不透明だなぁと感じる。

そんな話をしてたら、友達が「ちょうどね、昨日NHKでその現金化をやめてキャッシュレス化する制度の番組をしてたんだよね」と言って面白い話をしてくれた。

スウェーデンだったと思うけれど、スウェーデンは今現金での支払いをする人が全人口の2%以下の1%台しかいないとのこと。

基本的に何もかもが現金ではない形での支払いで、街行く人たちに該当インタビューしても「もう3年ぐらい現金を見てないよ」とか言う人ばかりだったらしい。

さらには手の甲の親指と人差し指の間ぐらいのところに注射でマイクロチップのようなものを埋め込んで、それが個人の支払いシステムになるようにしてる人たちも出てきているとのこと。

だからそういう人たちは手をかざすだけで支払いができるから、財布は要らなくなる。

その国でそんなにもキャッシュレス化が浸透したのは、きちんと理由があった。

国内に7つだったかの銀行があって、その銀行同士が協力して統一されたシステムを導入したとのこと。

人件費の削減はもちろん、例えば現金時代、店舗で売上が合わないというようなこともなくなって、今は全てデータ化で売上管理がなされている。

レジ締めなんかもデータでするから、いちいち現金を勘定することもなくなった。

人的負担が減ったことで、人々は余計な仕事をしなくて良くなって、残業しなくて良い、早く家に帰れる、自分の時間や家族の時間をより多く持てる…という良い流れを生み出した。

スウェーデンは、そうした個人の生き方やライフスタイルをより良くするために導入されたキャッシュレス化だったから、導入率100%に近いところまで行ったようだった。

番組でも言われていたらしいけれど、日本と全然出発点が違うなと思った。

日本のキャッシュレス化は正直何が目的なのかがよくわからない。

スウェーデンでは、この店では使えてあの店では使えないということが基本的にないらしい。

国を上げての統一した制度だから、とにかく均一に制度がどこでも使えるシステムになっているらしい。

銀行はと言うと、そうしたことに疎い高齢者とかが使い方を習いに行っておしゃべりしてくるサロン的な存在になっているらしい。

全然日本と違うとわかった。

これはつい最近のこと。

私はひょんなことから、ナナコカードと呼ばれるカードをもらった。

ありがたかったけれども、どこでも使えるわけじゃない。

ネットで検索して、使える店舗を探した。

セブンイレブンで使えるのは知っていたけれども、私は基本的にセブンイレブンで買物をすることがない。

一度セブンでポイントを使えるようにしてもらわないとでその時にお菓子を1つ買ったけれど、店内を見ても欲しいものがなかった。

だから私は今度は他で使えそうな店を探した。

最終的に確実に使う化粧水にしようとナナコカードが使えるドラッグストアに行ったけれど、今度は探してる化粧水がなかった(゚o゚;;)。

ドラッグストアを3軒回って、ようやくどうやら愛用していた化粧水はこの1〜2ヶ月で廃盤になったようだと知り、3軒目のところで使い心地が似たものを見つけてそれを買って帰ってきた。

2年か3年は気に入って使っていたのに、どうしてまた勝手に廃盤になるかな…、また化粧水ジプシーになりそうなどと思いながら帰ってきた。

日本はマネーカードにしても統一していないから、ここでは使えてもあそこでは使えないというのが本当に多い。

これは私みたいに本当に全くの素人、仕組みや制度もわかっていない人間から見ての感想だけど、日本のキャッシュレス化は「競争原理」が働いているようにしか見えない。

LINEのスタンプ欲しさでいくつかの企業からお知らせが来るけれど、どれも「うちの商品良いですよ」的なアピールになっている。

LINEペイとSuicaが違うのはなんとなくわかる。

だけど、LINEペイとLINEショッピングの違いはわからないし、LINEショッピングの中のAmazonと普通のAmazonの違いがわからない。

とにかく一事が万事そんな風で、お互いに協力しているというよりも、競争している風にしか見えない。

あと友達いわく、日本のキャッシュレス化が難しいだろう理由も番組で言っていたらしい。

キャッシュレスになるということは、別の言い方をすると全てのことがデータ化される。

データ化されると非常に都合の悪いことがたくさん出てくる人や組織もある。

それらをまとめて闇の勢力とするなら、日本では闇の勢力がまだまだ根強くて、そことの和解も得られないとキャッシュレス化を推進するのは難しいらしい。

それはものすごくよくわかる。

派遣の仕事の1つで、クレジットカードの不正利用に関する部署にいた時があった。

不正利用かどうかを調査することも含まれていて、クレジットカードで使われた店舗やサービスに問い合わせをして具体的に何に使われたかのデータを他社から提供してもらうこともあった。

「人妻・熟女との出会い」とか「〇〇ホテル(←名前がいかにもラブホっぽいのとか)」とか、超具体的に出てくる。

いつだったか、還暦手前の男性のお客さんに自分の記憶にある使用履歴を確認した時、電話越しに告白された。

「非常にお恥ずかしい話なんですが、アダルトサイトを利用しました」とか。

調査前だと、使用履歴は出てもそれが具体的に何のサービスや商品かはわからないから、お客さんに日にちと金額を伝えて内容確認する作業があった。

情報にも色んな段階があって、初期対応の時は私側から見ても何に使ったかは具体的にはわからなかったりする。

だからお客さんと1つ1つ確認しないといけないんだけど、そうやって言わなくても済んだようなことまでもが明るみになることも当然出てくる。

個人単位でもそんな風だから、これが企業となればもみ消したいことなんか山ほどあると思う。

スウェーデンの仕組みが上手くいった理由が「国民の生活向上」にあったとするなら、日本の仕組みは何が目標なのか少なくとも私にはわからない。

かつてのような競争原理ではもうどうにもならないところまで来ているから、より一層日本でのキャッシュレス化がどんな風に進んでいくのか、そこはとても興味がある。



そんなこんなを経て今回最後行き着いたのが、外国在住の日本人の人が日本帰省時に感じたことを綴った文章だった。

外国に住んでいるからこそ、日本のサービスの高水準・低価格のところが気になるとあった。

本当に海外ではありえない現象で、海外では高水準のサービスや製品にはそれ相応の適正な価格が付けられていて、反対に安ければ安いなりのものだというのが当たり前になっている。

日本はそうではなく、すごく良いものも異常な安さで出回っていて、そのしわ寄せが労働者側に行くだろうと察しが付くぐらいに酷いとあった。

私もそれは思う。

本当に品質の良いものが日本では至るところで提供されている。

でも今回そういう典型的なザ・日本の高品質低価格な店に行って、見方がかなり変わった。

本当にありがたいし、私だってこれからいつ消費者として使わせてもらうかはわからない。

だけど、それを裏で支えてくれてる人たちを今回垣間見て、それが本当に良いのかどうかわからなくなった。

代償があまりにも大きすぎる、その事実に唖然とした。




世の中はどんどん便利になっている。

まだまだ発展できるところもたくさんあるから、これからもさらなる進化を遂げていくと思う。

だけど、私はやっぱりどんな時も最後は「人」だと思っている。

「うわ、これ便利!」ということよりも、「これされてすごく嬉しい」ということの方が記憶に残る。

3日間の仕事でも、記憶に残るのは人とのやりとりだったし、これが日常だと余計とそうなる。

7年か8年前になると思う。

ねずみ講系の人に捕まってしまって、しつこく勉強会だのミーティングだのと誘われた時があった。

最後は適当に尻尾巻いて逃げたけれども、その時にポロっとこぼした話が私は今でも忘れられない。

ある程度上まで上り詰めたその人は、ある時にすごく嬉しかったこととしてこんな話をしてくれた。

ある方のお宅に呼ばれて、手作りのおつまみをあれこれ用意してもらってもてなされたという内容だった。

本当にそれだけの話だったけれど、その人が本当に欲しいのはそういうものだとすぐにわかった。

いつものトゲトゲして張り詰めた空気はなくて、声が柔らかくなっていた。

そしてそれが本当に嬉しかったと話していた。

人間はそんなに複雑怪奇に作られていないと思う。

色んなシステムやサービスが形作られていて、もちろんその恩恵もたくさんあるし、その技術者の方たちの仕事魂も感じる。

NHKの『サラメシ』という番組で、色んな働く人のランチを紹介すると共に、その人たちの仕事内容や職場風景もドキュメンタリーのように放送される。

本当に色んなサービスや商品があって、見ていて感動する。

いつかは段ボール会社が紹介されていた。

それを見るまで、スーパーやホームセンターなんかで段ボールに入ったまま並んでる商品の【段ボール】に目を向けたことなんてなかった。

本当に段ボール1つとっても、ディスプレイや陳列する際にどちらでも使えるようにものすごく細かい工夫がされていて、見ていて超感動した。

段ボールなんて最後廃棄するものだけど、そこじゃなくていかにその段ボールを取り扱う店員さんたちが使いやすいかを考えて設計されている。

扱うのは段ボールだけど、その段ボール会社の人たちが相手にしているのは、どこかの見知らぬ働いている人たちなんだとひしひしと伝わってきた。

そういう人たちに良いもの、便利なものを届けようとみんなで一致団結していた。

そのテレビの中の働く人たちもだし、至る所で働く人たちも、いつも中心にあるのは、人間の心じゃないのかな…と思う。

それは何も働く人たちだけじゃなく、自分を見ていても感じる。

自分の心が張り詰めている時にさっと一言声をかけてもらったり、気持ちが塞ぎ込んでるような時に美味しいものを一緒に食べたり…。

メールやLINE、電話なんかでさりげない一言をもらったりとか。

そういうことだけで、本当に救われる。

何も超特別な何かじゃなくて、そうしたことたちで心が満たされるところが大きい。

ここに書いたこと1つ1つは繋がりがない話だけれど、これからますます便利さが加速した時に、最後の最後本当に残るのは、人と人の繋がりだとか人の心なんだろうなぁと思っている。

2019年5月10日金曜日

夜のツバメノート






数時間前の夜、思いついてあるノートを出してきた。

その前の夜のこと。

「私愛されてる」と思った。

普段なら言葉に出すのも恥ずかしいだけじゃなく、「そんなわけない」と全力否定する。

だけど、その夜はとても自然に素直に「私愛されてる」と思った。

そして書いた時は、「私すごく好きなんだ」とも思った。

思ったのに書き忘れた( ̄∀ ̄;)。

そのノートはある特定の記録だけを目的にわざわざ購入して、そしてその記録のみを綴るノート。

1万年永久保存可能と声高く謳っている「ツバメノート」。

早くから私の自分チャージのための存在で、そこに書かれた記録を読むだけで元気が出る。

これまではあったことを回想して書くだけだった。

30枚ノートがそれだけではいっぱいにならないことも知っていたけれど、気にはならなかった。

「私愛されてる」感覚は、布団の中で携帯触ってる最中に出てきた。

これまでなら全力否定していたけれど、今回はとても素直にポロリと言葉ごと出てきた。

そして出てきたものを否定せずに、「うん、そうだよね」となった。

あまりにも自然に出てきたそれは、当初自分の心の中だけにとどめておくつもりだった。

だけど途中からその感覚をどこかに書いておきたくなった。

見える形に残しておきたい、記録の一部にしたい、そういう気持ちが強くなっていった。

最初日記帳か日々の記録ノートに書こうかと思った。

いやいやそれじゃないよね、もっと違うところがいいと思って、そしてそのツバメノートを出してきた。

最後のページは思い出の一部をすでに貼り付けてあって使えないから、ボコボコ感を避けるために次の見開き1ページを飛ばしたページに書いた。

そうだ今度からこの手の心に響いた何かは、そこに書いたらいいんだと思った。

ポコポコ毎日生まれる感覚ではないからそんなに書くこともない。

だけど一度自分で意識できるぐらいに感じたら、じわーっといつまでも残る。

それが起こるレベルはそう何度もないとわかるから、その滅多にないその時だけ後ろ側から書き詰めたらいいんだとわかった。

久しぶりに開いたついでに、一緒に出てきた「いつか書くことのリスト」を見た。

リストにはお茶だのメガネだのテプラだの封筒だのと出てくる。

最初「お茶」と見て「?」となったけれど、そうだ特保の烏龍茶だとすぐに思い出した。

他にもキーワードはメモ用紙いっぱいにランダムに書かれているけれど、どれも見るとすぐにその物やシーンを思い出す。

普段の記憶力からは考えられない、鮮明すぎる記憶たち。

少しだけ過去に書いたものや貼り付けたものにさっと目を通した。

最初のエピソードは「目」だった。

何から書こうと思って、そして堂々の初陣を飾ったのが「目」だった。

目は読まなくてもどの光景かすぐに思い出せる。

今気付いたけれど、この世の中でその光景を知っている人は私1人なんだとわかった。

目撃者は私1人だけ。

自分だけが目撃できたってすごい確率だなぁと思う。

目撃のチャンスは少なくともその光景の中にいれば誰にも等しく与えられたものでも、気付く気付かないは別の確率。

生涯を通じて私だけが独り占めできる光景だと気付いてとても嬉しい。

もはや私の脳内にしか存在しないシーンでも、それでも嬉しいは嬉しいし、特別は特別。

このツバメノートは特別だから、ケースに入れているけれど、そこから一緒に出てきたメモが超シュールだった。

レシピメモじゃなくて献立メモ。

それも「バレンタインとかクリスマスに何か振る舞うなら…」という、ALL妄想で仕立てた献立。

相手もいないのに、超真剣に考えて、そのうち一緒に飲む飲み物まで書き足してる。

仕事中、仕事するフリしながら思いつくままに書いていた。

献立はまだその後にも続く。

メモの写真右側の副菜的なのは、左側メモ一番下に書いた「ちょこちょこ盛った前菜」としてどうかな…と思ったもの。

ちなみに、ビーフシチュー、キッシュ、アクアパッツァ、かぼちゃとクリームチーズのサラダ、ソーセージとさつまいもの黒こしょう炒めは作ったことがない( ̄∀ ̄)。

さつまいもとクリームチーズのサラダは作ったことがある気がするから、作れると思う。

かぼちゃのサラダの要領であとはクリームチーズ入れればいいでしょ?と思ってる。

キッシュはずっと作りたいもので、今年こそは試したいと思う(と思って早数年経過…)。

食材がかぶらなくて、尚且つメインを邪魔しない副菜…って考えて出したものだったと記憶している。

もちろん考えたのは仕事中…( ̄∀ ̄)。

超絶くだらないメモだけど、私はその中身が好きで、ツバメノートと一緒に保管している。

ツバメノートの中身とは関係ないけれど、これもまた思い出として取ってある。

いつか本当にそのメニューが作れたら最高に良い!!!

ちなみにやたらとオシャレな感じの献立ばかりだけど、昨日の夜に私が作ったのは、ワラビと新玉ねぎの中華和え。

オシャレから程遠い( ̄∀ ̄)。

塩抜きされたワラビと新玉ねぎのスライスときゅうりの千切りとカニカマを割いたものを、ごま油・酢・しょうゆ・砂糖で和えたら出来上がり!

分量は、得意のザ・適当!

自分でも「絶対においしいはず!」と予想した通り、超絶おいしいサラダになったv( ̄∀ ̄)v。

献立はさておいても、心温まるエピソードやじわーっといつまでも残る感覚が生まれた時は、またツバメノートを出してきて書き足したいと思っている。

そしてパワーチャージしたいと思う。

本当にそのツバメノート、「読むビタミン」になってるのがとても嬉しい。

ツバメノートに記されたエピソードたち、本当に無限のパワーと愛を秘めている(♡´艸`)♡

2019年5月9日木曜日

5月のメッセージ




【5月のメッセージ】

・変化・変容の時。プロセスの最中。

・変容している自分を受け取ること。

・ユニークな形での変化(これまでに体験したことのない変化)の可能性あり。

・自分のところに来ている情報、サイン、メッセージに目を向けること。

・旅立ち、新しい出発の時。

・既存の概念を打ち破るような体験をする可能性がある。

・因習にとらわれず、自分が持っているオリジナリティを大切にする。

・ここから先の変容・変化は、天体的に一朝一夕に出来上がるものではなく、長いスパンをかけて完成していくもの。
すぐに結果を出すことよりも、小さな積み重ねを大切にしていく、自分の足元をしっかり整えていくことが、長い目で見た時に自分のためになる。

・一歩一歩着実に進むこと、積み重ねること。

・周りから理解を得るのに時間のかかることもあるけれど、どんな時も自分の軸、自分の中にある自分が一息つけるところを持っておくことが大切。
自分パワースポットのようなものを持っておくといいかも。[補足1]

・未だ見ぬ世界へと旅立つ。

・目先のことより長期的なビジョン。

・次に向かうための十分な知恵も力も自分が持っている。[補足2]

・すべてがそのままで調和している。[補足3]

・変化変容の時は、痛みももれなくセットでついてくる。痛みに対して否定的に捉えず、それも1つのプロセスとして自分の中で体感していく(自分のペースで!)。
あまりに痛い時は、自分チャージをする。

・生まれた時から備わっているもの(過去世から引き継いでいるものも含む)を使える形に整えていく。

・これまでは当たり前だと思っていたことが自分の才能や資質だったと気付くこともある。

・ボーンコレクター…骨を集める人
→自分の骨格=自分の中心の支えとなるものが何かを確認する。
→火葬されても尚も残るもの=永久不変のものに注目する。[補足4]

・自分の想いを自分の言葉で表現していく。それは対他人に向けてというより、対自分に対して確認する意味合いの方が大きい。

・耳を澄ませる。自分のために静かな時間を持つ。
自分のための静かな書き物をする。[補足5]

・これまでとは違うことをしてみる。[補足6]

・同じ志を持つ人たちとの出会い。

・過去の振り返りが鍵や自信になる。[補足7]



ー以下(*)ガイドブックより引用ー
The Enchanted Map Oracle Cards

*あなたの深い部分で、美しい変化が起こっています。

*低い自尊心や見切りをつけた夢、疲弊する人間関係や不健全な習慣を手放す必要があるでしょう。失うものもあるでしょうが、あなたは変化した自分の姿にきっと満足するはずです。

*美が姿を現す前に、私たちはすべて一時的な不快さを経験しなくてはならないのです。

*あなたは自分のことを、臆病で、欠点だらけで、愛される価値がないと思っていませんか?他人に批判されるに違いないと思っていませんか?本当のあなたには、強さと無限の可能性があるのだと、ボーンコレクターは伝えています。あなたが傷ついたときに奪われたものを、彼女はずっと大事に預かっていました。今あなたが望みさえすれば、それは再びあなたのものです。あなたには欠けているものなどありません。



[補足1]
「自分パワースポット」っていうのは、巷で言われるパワースポットじゃなくて、自分の中でその場やモノに触れてるとパワーチャージできるもの・事という意味。

どこかに行かなくても、いつもより丁寧にコーヒーを淹れてゆっくりと飲むでも、お気に入りの音楽を聴いてゆっくりするでも、気晴らしに美味しいごはん食べに行くでも何でもOK!


[補足2]
「知恵も力も自分が持っている」と思えない場合の補足。

持っていないなんていうことは「ない!」けれども、そこは人によって感覚が違うのは想像できる。

そんなの持ってない!となっていた時に私が実際にしていたこと。

・自分にも知恵や力があるのかも…ととりあえず思ってみる。

・自分がこれまでできたことを具体的に挙げてみる。
【ハードルはうんと低く!がポイント】

究極、「今日も生きてる!」で二重丸。

・上に関連して、毎日1日の終わりにその日何とかなったことやできたことを10個書くのもおススメ!

細かく見ていくと、自分はアレもできてコレもできて…というのが見えてくるようになるし、自分の持っているものにも気付けるようになる!


[補足3]
「すべてがそのままで調和している」というのは、若干究極の考え方ではあるけれど、後から振り返ってみると意外にもそうだったりする。

色々思い通りではない状況を前にした時、それが「調和」しているなんてとても思えない。

だけど、例えばじっとしていることで事故や危険を免れたり、不調和に見える状況が調和へと繋がるステップだったりする。

不調和があったからこそ、知恵が湧いたり、人から助けられたり、自分の対応力が増したり…ということもよくある。

無理にそう思う必要はないけれども、もしかしたら今は今で必要があってそのようになっている…、と思うとちょびっと気持ちが楽になれたりはする。


[補足4]
「永久不変のもの」の追記。

ボーンコレクターを調べていた時、よくよく考えたら、人体って燃やしても最後骨は残るんだよねーということに気付いた。

そして、骨=体の中心を形作るもの。

永久不変に残るものは、状況や環境など色々変わっていく中でも変わらないもの。

それは自分の内面的なものや価値観かもしれないし、特定の人間関係や一生付き合うモノかもしれない。

人間関係で永久不変っていうとちょっと語弊が生まれそうだけど、例えば私の例で言うなら、亡くなった母方祖母が自分の中にずっと生き続ける、そういう風に、状況が変わっても変わらずに大切な人という意味合いで言ってる。

何がなくても、又は何が変わっても、変わらずに自分の中に残り続けるもの、そういう本物を自分の中で見つけていくことが大事かな…とカードを見て感じた。


[補足5]
「自分のための静かな書き物」

書く書かないは自由だけど、「自分のための静かな書き物」をするためには、1人で自分の声に耳を澄ませる必要がある。

カードの中にきつねがいるけれど、きつねというのは聴覚がものすごく優れているらしい。

調べたところによると、無風状態の静かな林の中で10数メートル離れた場所の枯葉が落ちた音を聞き分けるぐらい、耳が良いらしい。

下の段の真ん中のカードも「サインに気付く」という意味のものだけど、背景を見るとやっぱり静寂な感じが漂っている。

自分から自分に向けられたメッセージやサインというのは、1人で静かにしていた時にふと訪れるもの、そんな風にも取れる。


[補足6]
「これまでとは違うこと」というのは、大きなものじゃなくて、気軽に簡単にできることからやってみるといいと思う。

例えば、毎回同じ道を通って駅へ行っていたとするなら、いつもとは違う道を通ってみるとか。

いつも同じメニューばかり頼む店があったら、頼んだことないものを注文してみるとか。


[補足7]
「過去の振り返り」をする時におススメなのが、昨日や1週間、1ヶ月前とかではなく、半年とか1年単位以上前と比べての今の現在地や今の自分と比べること。

そこから見て自分が何が変化していて、何が続いていて、何をやめて、何を絶ったのか、そんなことが見えてくる。

激動の時代の今、変化は目まぐるしくても、自分自身のことになると昨日と変わらない今日のように見えたりしてわかりにくい。

でも大きな時間の単位で見ると、確実に違うものがある。

私の好きな考え方の1つに、【今日の自分が過去最高に知恵を持っている自分】というのがある。

30代、何回もつまずいて色々やらかして自分で自分が嫌になったり窮地に陥ったりしたことは山ほどあった。

そんな時に出会った言葉だった。

言い方はもう少し違っていたけれども、たしかにそうだなぁと思った。

確実に今の自分が過去最高に長生きしてたくさん経験もしたから、一番知恵があるというのはなるほど納得だった。

そして、結果はどうあれ「自分がんばったな〜」と思える部分が出てきた。

色々大変な時を過ぎ去って、とりあえず今があると思うと、それだけでウルっと来る時がある 笑。

何かできたことよりも、何とかやってこれた、何とかそこを切り抜けた自分を思うと、やたらと自己肯定感も高まる 笑。

そういう振り返りならありだなぁと思う。

自分のために丁寧に飲み物なんかを淹れて、それで色々振り返ってみるのもいいなぁと思う。



過去の振り返りで、友達がわかりやすいエピソードを1つ教えてくれたから紹介。

友達は仕事でカッターを使う。

1年前友達は、同じ場所をカッターで派手に切ってしまって、医者に行くぐらいの騒ぎになった。

それが今回、また同じ場所をカッターで切った。

ところが今回は朝早く1人で出て仕事をしていたから、周りには誰もいなくて1人で対処しなければいけなかった。

そんな時に、去年何回も医者通いしなくてはいけないぐらいの傷になったのに、今回はその後何かの折に学んで、1人でその場ですぐ対処できたとのこと。

ちなみに友達いわく、そういう時は、止血してある程度落ち着いたら、傷口にワセリンを塗ってサランラップで巻くといいとのこと。

逆に消毒は、治すための菌まで一緒に殺してしまうからよろしくないとのことだった。

渦中は大変だったものの、その後落ち着いたら、「1年前と同じ状況なのに、それを落ち着いて対処できる自分になってる、そのことに感動した」と話してくれた。

職人肌みたいな職場で普段怒られてばっかりで全然進歩がないと自分では思っていたけれど、少しずつ色んなものを積み重ねているんだと実感した、とも言っていた。

過去と同じ状況を体験したことで自分の変化や成長を見て感じ取れた、と友達はしみじみと語っていた。

過去を振り返ることでパワーがもらえる、それも自分自身からもらえる、友達の話はそういう教えも含まれているように私は感じた。



【最後に私見】

流れに乗りまくりな人はその勢いでどんどん進んだらいいと思うけれど、私みたいにああでもないこうでもないと立ち往生してる風な人の視点から大切だと最近感じること。

完全な私の肌感覚だけど、「無理せずに自分の感覚で一歩一歩」なのかなと思う。

ゴールデンウィークの終わりに3人の人から連絡をもらった。

それぞれ別件での連絡だったけれど、3人に共通していたのは、みんな何かしら不調があったもしくは進行形だということ。

体に出た人、心に出た人、人間関係に出た人、みんなそれぞれ違ってはいたけれど、体に出た人は3月4月が本当に毒出しみたくかつてないほどの体調不良を経験したと言っていた。

私は体と心のダブルで今頃になって出てきたタチだけど、弱れば弱るほどとりあえず体力も落ちているからガツガツはいけない。

ちなみに3人とも「具合どう?」なんて聞いてないのに、3人ともが自分の具合について話してくれたから、それで「今全体的にそういう流れなのかな…」と思った。

去年2018年から徐々にヒートアップして、これから2020年に向かってますます時代の変化が促されていく流れになっている。(空の天体配置でははっきりその相が出ている)

世の中だけじゃなくて、個人レベルでもその影響を感じている人は結構いるんじゃないかと思っている。

年明けから3〜4人に星の動きを聞かれたけれど、「楽になる?」という質問に対しては、個人差があるけれども、とにかく余計なものには削ぎ落としのエネルギーがガンガン入ってきているから、最終的には良くなる方向でも渦中はけっこうヘビーだと思うと答えている。

少なくとも2020年年末まではその流れは続くから、長期戦であることは言った。

こういう時、別にビビらせたいのではなく、「心配したほどじゃなかった!」ならいいけれど、「大丈夫!大丈夫!」と軽く受け答えするのは私の美意識に反する。

そういう流れだと思えば、そのように心構えもできて、それで大したことなければ一番いい。

反対に何かあれば、「あー、今そういう天体の動きなんだなぁ、星回りがそうだから仕方ないなぁ」と、とりあえず自分以外の影響も含まれていると思えるものがあるのはけっこう心強いと私なんかは思ってしまう。

もちろん、それは【良くなっていくための流れ】であることはきちんと説明する。

で、その激動の渦中にある時に私が感じるのは、自分にとっての【心のオアシス】をいかに作って常備できるかだと思う。

渦中はどうしてもキツイ。

恐怖や心配、不安なんかもじゃんじゃん出てくるし、見通しの立たない先行きに対して「楽しみ」なんて自分を鼓舞するのも難しい。

そうしたメンタルに影響が出るタイプの感情、恐怖・心配・不安あたりは、掻き消すよりも見たり受け止めたりする方が早いとわかるから、その辺りはかなりできるようにはなってきた。

だけどそうじゃなくて、なんだろう、そういう感情が湧き出た時も、自分の中で自分がくつろげるところ、自分が安心できる場所があるとすごく心強い。

自分の心のオアシス、それを持っていていつでもそこに戻れるなんていうものが1つでもあるといいなぁと思って、ここ最近は意図的にそれを作るようにしている。

【心のオアシス】とか【自分パワースポット】とか【自分チャージ】が、これからの激動の時代を生き抜くための大切なアイテムになると私は思っている。

2019年5月6日月曜日

発熱体からの文筆活動

それは突然だった。

最初のどに詰まりを感じて、声が出ているけれど、半分くらいしか出なかった。

変なのと思いながら、そのままおしゃべり。

次はおなかが痛くなって、そして頭も痛くなった。

友達がお開きにしようと言って、それで車に乗り込んだら、体は倦怠感でいっぱいになり始めていた。

家に着くと寒気がして、夏日のような日なのに、極暖のヒートテック出してきて、毛布ももう1枚用意した。

足首ウォーマーもして、厚着+羽毛布団+毛布2枚という、すごい格好をしてもまだ寒かった。

節々は痛いし、腰も痛い。

肌が服と密着しているところに違和感がある。

熱出るんだなぁと思って、そのうち38度になった。

久しぶりの発熱。

何が辛かったって、体は全身辛くて休みたいのに、とにかく1時間としてまともに眠れない。

目が覚めて時計を見ると1時間も経ってない。

そんなことを繰り返しながら、朝になった。



友達に近況を話した時、とても感動した言葉があった。

「それ、あと絶対に1ヶ月はかかるよ」

「もしすぐに返事きたら、それもうその人じゃなくなっちゃうよね」

友達は会ったこともない人をそう言った。

事実だけ述べてるに過ぎない私の話から、絶妙すぎる人物像を思い浮かべて、そして放った言葉だった。

なんだかとても嬉しかった。

この友達は、1年以上、もしかしたら1年半近く前に、突然私に言ってくれた子だった。

当時は限りなくゼロに近い可能性に賭けてやっていた。

私でさえもそんなことあるわけないと思いながらやっていた。

そんな時、その友達にその話をしたら、
「読んでるよ!絶対に読んでるよ!」
と即答で言われた。

そのまたもう少し後で友達がどうしてそう断言してくれたのか教えてくれた。

「あの時、本当に不思議なんだけど、見えたんだよね!ぶっしーが話してくれてるその目の前で、突然パッと画像みたいなのが出てきて、読んでる姿なんだよね。顔とかわからないけれど、そういう映像みたいなのが一瞬出てきて、だから私『絶対に読んでる』ってわかったというか、断言できたんだよね!」

その友達は霊能力もないし、後にも先にもそんなの一度しかないから本当に当たっているのかは知らないけれどと言いながら、そんな風に映像が見えたのはその時だけだったと教えてくれた。

そんな自分に役立たない情報じゃなくて、自分に必要な情報をそうやってヒントのように見せて欲しいとボヤいてた。

友達の話の真偽はわからないにしても、当時の私の心をものすごく救ってくれた。

色々絶対に駄目だと絶望感たっぷりだった私に一抹の光をプレゼントしてくれた。

友達の話が本当かどうかなんて確かめようもなかったけれど、それを聞いた私はそれがもし違っていたとしても嬉しかった。

何かしら繋がりが欲しかった当時、もし本当に友達の言ったことが事実ならすごく嬉しいことだった。

違っていてもそうだと聞くだけで私はパワーチャージできた。

何にもすがるものがないようなその時に、すっと差し出されたその言葉は、私の心の奥に真っ直ぐに届いた。

そして、友達は私を喜ばせようとか気持ちを良くさせようとかいう意図が全くないのも知っていたから、本当にあくまでも自分が目にしたことを口にして伝えてくれてるのもわかった。

本当に嬉しかった。

そして、友達が見た映像の情報は、その時から数えて1年以上経過して、本当にそうだとわかった。

友達にその証拠写真を見せたら、友達も「本当にその通りだったんだね〜」と感心していた。

何かが水面下で繋がっていたんだと思う。

2年前の夏、その友達と一緒に花火に行った日、お互いにとても近くにいただろうその時に磁場が繋がったのかもしれない、と私はこれまでも何度となく思った。

知らない者同士でも、何か役割があるのであれば、そういう不思議な繋がり方をしてもおかしくない。

それとは別に、1年前にもその友達と私とである看板を見たという話で大いに盛り上がった。

友達に聞いた。

あれから一度でも同じような事件が起こって看板を見た道を通ったのかを。

友達ははっきりと言った。

本当にその時限りで、あれ以降そんな訳の分からないことは起こっていないと。

看板も見ていないし、未だにあれは何だったのかと思うと言っていた。

そして今回の発言。

すぐに連絡するようならもうその人ではない、多分毎日携帯見ちゃどうしようってなってるよ、と友達は言った。

友達は、その状況も否定しなければ、その人の性格的なことも否定しないどころか、むしろスムーズならもはやその人ではないとさらりと言い切った。

色んなことが「異常」だと私は言ったけれど、友達は最後まで「異常」という言葉を使わなかった。

私がそう言っても「異常っていうのとは違って、何て言えばいいんだろう…」って言葉を一生懸命選んで感じたことを伝えてくれた。

当事者たちが言葉にできないものを、友達が代わりに代弁してくれてるみたいだった。

途中からすでに体の具合が色々おかしくなっていたけれど、友達の言葉はどこまでもやさしくて、そのやさしさはしっかりと伝わってきた。



熱で頭がボーっとしてなければ書けない、そう感じながら書いた。

のどの調子が最初悪くなった時、友達と「それ移ったんだよ 笑。言いたいことが言えない、のどの不調が飛んできたんだね」と言って笑った。

友達は言った。

「それを見ることで、相手もぶっしーから元気をもらったりしてるんだよ。じゃなければ、時間をかけてまでそんなことしないと思うよ」

これは友達の予測でしかないけれど、そう言われて嬉しかった。

頭がボーっとしてると何でも書ける( ̄∀ ̄)。

発熱様々、体調不良バンザイv( ̄∀ ̄)v

(ちなみに熱はもう下がって微熱中。頭がシャキッとしたらアップするのをためらうかもしれないから、さっさとアップしよう)

2019年5月4日土曜日

マニュアルと夕空の魂




私基準の感覚が、どの程度大雑把なのか又は細かいのか、はたまた細かいを通り越して神経質なのか、そのあたりはわからない。

生まれた時から自分なわけで、それが私の中の「普通」だから、それが違うなんて考えたこともなかった。

数年前、何のテストなのかは伏せられたまま、ぶっしーもちょっとやってみて!と紹介されたテストがあった。

内容は心理テストや行動の特性テストみたいな感じだった。

私は20数問あった質問のうちの2問か3問以外はすべて「はい」だった。

あとからそのテストを紹介してくれた人に聞いた。

「このテストで【いいえ】ばかりの人っているの?」

聞いて驚いた。

世の中の80%の人は【いいえ】側で、私のように満点に近いスコアを出す人というのは人口の20%程度、5人に1人の割合だという。

このテストによって、私は初めて自分が「HSPーHighly Sensitive Person」ー「敏感すぎる人」だと知った。

ウィキペディアによると、【生得的な特性として、高度な感覚処理感受性を持つ】とされる。

言葉が難しいけれど、要は色々敏感に感じ過ぎてしまうということだと解釈している。

ある人が例えた話でこんなのがあった。

同じ空間にいた時に、HSPの人はそうでない人の20〜30倍の情報を瞬時にキャッチしてしまうとのこと。

本当に良く言えば、「高度な感覚処理」ということになるんだと思う。

真逆の視点から言うと、それだけの情報量を常に自然体でキャッチしてしまう、無意識のうちに感じ取ってしまうから、その分生きづらい部分も出てくる。

ちなみに、満点近いスコアを出す当人からすると、それが日常でそれが当たり前だから、自分が敏感だと言われるまでそんな風に思ったこともなかったし、知ってからも結局それが私の普通だからその感覚を敏感だと未だに認識できていない。

他の人たちがどんな風に感覚を処理しているのかわからないから比べようがないけれど、私の場合、人とやりとりする時に相手の声質や表情、言葉に乗っているエネルギー、周りの空気、そんな辺りを瞬時に察知するところがある。

だから、HSPなんて言葉を知らなかった時からその素質を持っていて、自然と活用していた。

塾に勤めていた時(そろそろ10年前になるのがびっくり!)、毎回子どもたちと顔を合わせる前に子どもたちが入口のところでする挨拶の声を先に耳にしていたけれど、声の感じを無意識のうちに細かく分析するところがあって、「なんか今日変かも」とかそういうのはわりかしすぐにわかっていた。

基本的に気付いてもすっとぼけて、本人が口を開くまでは聞かないし詮索もしない。

さすがに泣いたら聞くけれど(←そういう子も時々いた)、本人もギリギリっぽい時は変に切り込んでも嫌かな…と想像して、普段通りにして見ていた。

電話だともっと如実に出るから、すぐにわかる。

ズル休みしようとしてもバレるし私があれこれ突っ込んでくるから、子どもたちも慣れてくると嘘をやめて本音をそのまま言うようになった。
(「具合悪いから休みたい」から「友達と今日遊べる日だから、塾行く日変えていい?」とかいう感じに変わった)

そんな風だから、そうではない感覚が私にはあまりよくわからなかったりする。

それが私の普通だから、私は塾のエピソードをある時世間話のように話したら、「それみんなできんよ!」と言われた。

それまではみんなもそういうことが普通にできると思っていたから、自分が特異体質だとは知らずにいた。

その辺りを皮切りに、私は徐々に自分が見えない部分の情報や空気感をやたらと過敏に感じ取るタイプなんだと知るようになっていった。



で、そんな性質を帯びた私が今回超マニュアル完備された某ショップに3日間仕事に行って感じたこと。

とにかく、挨拶は超徹底されてた。

人生で短期長期問わず行った先の中で、一番挨拶がきちんとしていた。

全員から超さわやかな挨拶をしてもらって、そこはめちゃくちゃ感動した。

3日しかいない、もしかしたら人によっては1日しか会わなくても、本当にきちんと挨拶をわざわざしてもらって、きちんと教育が為されているんだとわかった。

これは超持論だけど、マニュアルが徹底していればしているほど、マニュアル以外の部分が「あれっ?Σ((( ̄O ̄;))))) 」ってことになり兼ねない。

マニュアルで管理されてるところはいいけれど、仕事だから当然マニュアル以外のところも出てくる。

マニュアル以外のイレギュラーな対応は、当然そこには載ってこない。

そんな時、マニュアル以外のことがいくつか重なった。

先に言い訳すると、文句を言いたいのでもないし、批判したいのでもない。

でも個人的に気になってしまう。

性格、気質みたいなものだから、気付いてしまう。

最初は、イレギュラーな仕事を頼まれたことに始まった。

イレギュラーゆえやったことがなく、どうやるのかがわからなかった。

わからなくてもやらないわけにもいかず、近くを通ったスタッフを捕まえて、どうやるのかを聞いた。

説明は1分で終わる。

超多忙な時間なのは重々承知していた。

だけど、私とてぼーっとするわけにもいかない。

最初に仕事を振ってきた人も最小限の説明だけで、その後最終段階の説明がなかった。

だから、誰でもいいから聞いて時間内に終わらせる必要があった。

余裕がないのは最初からわかっていた。

そこを承知の上で尋ねたけれど、返ってきたものは想像以上だった。

言葉は超丁寧だけど、イライラしているのが声に出ている。

隠せないぐらいに出ていて、何だかなぁと思った。

マニュアルを徹底しているだけあって、組織の規模も動くお金も大きい。

そしてお客さんからはきちんとしたものを求められるから、失敗も許されないような状況なのもわかる。

だけど、そんなにも余裕がないほどに何を最終的にこの組織は求めているんだろう…?と思ってしまった。

余裕がないスタッフ個人の在り方よりも、そこまで色んなことに追い込まれている組織そのもの、そしてその組織のトップ陣営の人たちの考え方が気になった。

こういう余裕のなさは、小さなことだけど、絶対にでかいことに繋がっていく。

普段は数秒のことだから適当に見過ごされてしまうけれど、これが積もりに積もって爆発した時が怖い。

今はとりあえず何となくで済んでも、爆弾に成長しつつあるものは至るところにあるんだろうなぁと感じずにはいられなかった。

そう感じた直後、今度また新たな「あれ?」と思ったことが出てきた。

退社する時だった。

挨拶に行った。

私は「今日も1日お世話になりました。ありがとうございました。次回何日またよろしくお願いします」とごくシンプルな挨拶をした。

その時に返ってきた言葉が、私が最後にしていた仕事の進捗具合の確認だけだった。

確認は必要だからわかる。

だけど、それで終わりなのが私には驚きだった。

労いの言葉が欲しいとかいうのではない。

私は労働を提供する代わりにお金をもらうわけだから、きちんと契約は成立している。

でも、そういうことじゃない。

一言、お疲れ様でしたでもありがとうございましたでも次回もお願いしますでも、何か言葉が他にないのかな…と思った。

たった一言、言葉があるだけで気持ち良くやりとりできるのになぁ…と思ってしまった。

そんなのマニュアルには絶対にない。

だけど、そのマニュアルにはないけれど、すごく大切なものなのになぁ…と思ってしまった。

最終日も最終日で色々あったけれど、最後は事なかれ主義に徹することにした。

3日しかいない私が状況を察することでは本来ないと思うけれども、そうでもしないと回らない状況だった。

察した私側がすっとぼけて聞く、見てないところで作業できるように段取りを組むとか、本当に何だこれ状態だったけれども、完璧マニュアルの超弱点がモロに出てしまった感じだった。

完璧マニュアルは、人から察する力とか考える力とか不測の事態対応力とかを奪ってしまうもののようだった。



1人1人は本当に心の綺麗なところも持っている。

例えば、最終日に行ったら、その日のシフト表に私の名前のところにだけわざわざ「ありがとうございます」の一言が添えられていた。

誰が作っているのかは知らないけれど、その気遣いにほっこりさせてもらった自分がいる。

さりげなくフォローしてくれる人もいる。

本当に良くもしてもらったし、それぞれのシーンの人たちだって余裕があればまた別の在り方だったのかもしれない。

私は時々、自分のこの重箱の隅をつつくようなところが本気で嫌になる。

目を伏せたらいいのに見えてしまう。

100点の人なんてこの世に誰もいないし、私だってそんなの望まれたらめちゃくちゃ苦しくなる。

だけど、見えてしまう、気付いてしまう、そういう自分の性質はどこまでも自然に発動してしまう。

そういうことに鈍くいられないのはもう仕方ないから、この小姑のような自分の一部分を私は本気でそれも自分の一部なんだと、それで良いんだって本気で思えるようになりたい。

なんなら、そんな部分を本気で愛でることができたらもっといい←理想はどこまでも高い 笑。




【つぶやき】

今日ネットに出ていた広告の中に『不幸から抜け出す』みたいなキャッチフレーズがあった。

それを見て、「私は今少なくとも不幸ではない」と即座に思った。

不幸ではないけれど、じゃあスッキリしないのは何なのかと言えば、「自分の中で『これで良い!』と言えない気持ち」だと思った。

その部分はどんどん話が深まってしまうからここでは書かないけれど、とりあえず「不幸」の部分にだけスポットを当ててみた。

ある種の特技認定してもいいけれど、私は自分が不幸だとは多分人生で一度も思ったことがない。

大変なことや何でこんな目に遭うのか?と思ったことは数知れずあっても、不幸とは思わずにここまでこれた。

天性の明るさというか「仕方ない」と割り切れるところは、私が生きていく上でかなり自分自身に助けられたところの1つだと思っている。

あきらめとかとも違っていて、もう起きたのは仕方ないとか、そうなったのは仕方ないとかって良い意味で受け止めつつあきらめつつみたいなことは、子どもの頃からの繰り返しでできるようになった。

そして、それがあるからこそ「不幸」だとは思わない自分がいることに気付いた。




【つぶやき 2】

最終日、昼休憩の時車の中にいたら、ちょうど見える位置に2台車が立て続けに入ってきた。

1台は八王子ナンバーで、いかにもゴールデンウィーク!という雰囲気を醸し出していた。

学生カップルみたいな2人が出てきた。

その斜め後ろには311のナンバープレートで、「来たーーーーー!!!」と思った。

3日間の仕事で、合計3台の誕生日ナンバーを見た。

勝手に「あの女性も3月11日が誕生日なのかもしれない」と思った。



帰りの車の中でのこと。

義弟とは17年18年の付き合いで、義弟の人生の半分は知っていることに気付いた。

妹たちの付き合いの長さに感嘆の声が出そうになった時、ふいに高校の時のワンシーンが出てきた。

何でそんな繋がり方をしたのかは知らないけれど、突然思い出したシーンだった。

私は人生の中でたった1人、全く同じ生年月日の人に出くわしたことがある。

それは高校の教室の中で見つけた。

自分のクラスだったのか、隣りの教室だったのかまでは覚えていない。

今はなきわら半紙に刷られた名簿が教室の後ろに貼られていた。

多分自分のクラスじゃない。

だって特定の名前の人物と一度も同じクラスになったことがないから、あれは自教室じゃない。

隣りの教室、それも1年生の時の教室。

季節的に夏だったと思う。

なぜかその名簿には誕生日まで記されていて、何気なく見ていた。

誕生日を見たいとかでも何か気になるとかでもなく、友達と話しながらぼーっと眺めていたような気がする。

そこに「3月11日」と書かれた人を見た。

「同じ誕生日の人だ!」と何だか嬉しくなって、3月11日の人が誰なのか確かめたくて、視線を横に流した。

「あ!サッカー部の小川くんだ」

と思ったシーンが突然よみがえってきた。

私は小川くんとは同じクラスになったことがなかったけれど、同じクラスのサッカー部の人と仲良くしていたから、それでなんとなく知っていた。

今となっては顔さえも覚えていないけれど、あのグループの中の1人なら絶対に温厚なのは間違いないから、誕生日が一緒の人がそういう人で良かった!と思ったことも覚えている。

私が通っていた高校のサッカー部はけっこう強くて、部員数は名門の野球部みたいにストレッチの時に二重で円陣を組むぐらい多かった。

私たちの学年のサッカー部には大きく分けて2つのグループがあって、1つは目立つタイプだけどガラ悪い感じで、もう1つはそちらに比べたら目立たないけれど女子の間でイケメンと評される男の子たちがいるグループだった。

サッカー部のマネージャーの子と仲良くなってから、たしかそちらのグループの人たちは率先してマネ業を手伝ったりフォローしてくれて助かると聞いたことがあって、だから小川くんがそちらにいる=良い人だと私の中で勝手に計算式が成り立った。

3年間一度も同じクラスになったことがないからサッカー部の小川くんが実際にどんな性格の持ち主かは知らないけれど、私が人生で出くわした唯一の同じ生年月日の人が小川くんだった。

だから何だという意味はないけれど、今思うと間接的に知ったとは言え、なぜか私はその名簿を見たシーンをものすごく鮮明に覚えている。

数多くのシーンは記憶から消え去っているのに、そこだけは切り取ったかのようにものすごくはっきりと覚えている。

40歳に辿り着いて1つわかったことがある。

過去の何てことのないシーンで強烈に記憶に残るものは、その時はわからなくても後年になってからそれがとてつもなく意味のある何かと結び付いているから記憶に残るということ。

「生年月日が全く一緒のサッカー部の小川くん」

言葉にすると何の特別感もないけれど、あのわら半紙で見た光景はいつかの未来予測だったんだと今になって知る。

ホロスコープの独学を始めた1年前でも良さそうなのに、今になって思い出した。

そうだ、思い出した。

妹と義弟の付き合いの長さを振り返っているうちに、それって生まれてから高校卒業するぐらいまでの長さだと気付いて、なぜか昼休憩で見た八王子ナンバーと誕生日ナンバーの車のシーンがそこで出てきて、そして「そういえば同じ誕生日の人に会ったことがないな…」なんて思っていたら、例の高校の教室の風景を思い出して、「そういえば1人だけいたじゃん!」と思って、それがサッカー部の小川くんだった…
という感じで記憶が繋がった。

個人的に、サッカー部の小川くんが大人になってからどんな人生を送っているのかを知りたい。

隣りの市で生まれていたのなら緯度経度も大きく変わらないから、ホロスコープの天体の配置もさぞかし似ているんだろうなぁとわかる。

確実に2つは同じ特徴を持っているのはわかるから、それが小川くんの人生にはどう出たのかな…と思う。

小川くんも人の大切な瞬間に居合わせる人間交差点的な役割が多かったり、何か1つ形にしてもそれをリセットしてまた新しい何かを始めざるを得ない状況が続いたりするのか、その辺りは特に気になる。

(ホロスコープは生まれた時間が変わると中身も変化するけれど、1日を通してほぼ何も変わらないものもあって、小川くんとはその何も変わらない部分で特徴的なものが2つ同じだったりする可能性が非常に高い。)

何がすごいって、学年で360人いて、その中の1人と誕生日が一緒だと知るってどれだけの確率なんだろうと思う。

しかも、何でそんな名簿が貼ってあったのかもわからないし、さらにはよそのクラスの名簿なわけで、何でそんなの見たんだろうと思う。

記憶違いでなければ、私はそのクラスに入っていけるほど仲の良い友達はそのクラスにはいなかった。

放課後だったのか夏休みだったのか、誰か一緒にいた友達と私しかそこにはいなかった。

必死で卒業アルバム探してきて名前を見てみた。

顔見てもピンとこなかったけれど、名簿を見たら学年で小川くんは1人しかいなかった。

やっぱりあの日誕生日が同じだと思って見た名前は小川くんだった。

卒業アルバムを見ていたら、同じ中学だった女の子も同じ高校だと今初めて知ってビックリしたけれども、他にも名前見ても知ってる人はほとんどいなかったけれども、そのよその教室で誕生日が同じの人がいてそれがサッカー部の小川くんだったということだけはよく覚えている。

あの時の衝撃が、誕生日が一緒だという理由よりも、あの時にはわからなかった未来の自分からのお知らせ的な意味合いの理由だったのかな…と思う。

高校生の私は自分の今がこうなるなんて一切予想していなかったけれど、あのいつかの高校の教室でハッとした時の感覚は、魂からのお知らせみたいなものだったと思う。

魂の暗号を紐解くための情報に行き着いていたからこそ、強烈に記憶に残ったんだと思う。

そんなことはずっと忘れていたけれども、帰りの車の中でその時のことを思い出した瞬間、心臓が口から飛び出すかと思ったぐらいにビックリした。

体感覚で20年以上も前のあの時の衝撃も思い出したし、その意味が今ようやくわかってその驚きも凄かった。

魂の暗号の解読に20年も要するのかと思うと、死ぬまで色々間に合わないじゃん!?とか思ったけれど 苦笑、それぐらい魂の設定はわからないようになっているのかもしれない。

だけど、高校生の時と違うのは、今は「知りたい」と思っているから、その知りたいが故にもう少し時間短縮で気付けるかもしれないなぁなんて期待している。

高校の時は、今を100とするなら、当時は限りなくゼロに近いスピリチュアル的な知識や感覚の状態だった。

けれども、冒頭に書いたHSPのことを思えば、魂レベルの反応だったサッカー部小川くんと誕生日同じ事件は、通常よりもさらに強い情報量を瞬時にキャッチしていたのかな…と思う。

あと今回思ったけれども、魂レベルで感応していることは、文字とかで記録に残さなくてもきちんと残る。

アルバム探しをした時に、当時の手帳が出てきて、顔から火が出るかと思うほどの自分の内面を切々と書いていたけれど、文字に残ってることは忘れてる。

読んでも思い出せないものもたくさんありそうだった。←あまりにも内容が気恥ずかしくて、すぐに読むのをやめた。

だけど、
「生年月日が全く一緒のサッカー部の小川くん」
の存在を知った時のことは、体で覚えてる。

当時にしたら物珍しさはあってもはっきり言ってどうでもいい情報だから、そんなこと書き残してはないはず。

それでも、体できちんと覚えている。

全身全霊で未来のヒントをあの時は受け取っていた。

15歳だった私が魂の設定なんて知るはずもなく日々生きていたけれど、あの名簿を見た瞬間のことは魂の呼応と呼べる代物だった。

そして25年後、何の繋がりもない事柄たちが頭の中で連想ゲームのように繋がっていった時、当時のシーンがよみがえって、それが25年越しに意味のあるメッセージへと生まれ変わった。

魂からのメッセージは、時空を超えてでも本人の元へ届けられる。

それというのは、「届いて欲しい」と切実な願いが込められたもののように思えてならない。

だから、身体中の細胞で反応するように仕掛けられていたと思うし、その時は気付けなくても然るべきタイミングが来たら気付けるようにもなっている、そんな気がする。

魂からしてみると、25年前の教室の中で知った、生年月日が全く同じサッカー部の小川くんは、今生における重要なミッションの1つを表すヒントだった。

私にしかわからない、でも私には確実にわかる、体の内側から湧き起こる感覚を伴ったヒントだった。


[写真]

文中のくだり
【「そういえば同じ誕生日の人に会ったことがないな…」なんて思っていたら、例の高校の教室の風景を思い出して、「そういえば1人だけいたじゃん!」と思って、それがサッカー部の小川くんだった…】
を思い出した後に車から見えた空。
赤信号で止まった瞬間、急いでシャッターを切った。
泣きたくなりそうなぐらい、心に染みた夕空の色。
本物の一期一会だった。
空じゃなくて、記憶を辿った先に出てきたものが。

2019年5月1日水曜日

徳を積む人



去年の5月〜11月に占星術講座に通っていた時、毎回不思議なものたちに遭遇していた。

東京には毎回夜行バスで行っていた。

夜中の0時半ぐらいに家を出て、ほとんど車の通りがない道を通って、途中からは大きな国道に変わって、そこからは夜移動する人たちと時々肩を並べて車を運転していた。


5月…野うさぎ
6月…特定のブランドのリュックサック
7月…スーパームーンのような赤くて大きな月
8月…トンネル工事
9月…満月
10月…サギ


と来て、11月は何を見るのかな…と思った。

5月〜10月までの間に見たものをまとめると、
[有益な情報を集めて、それをお気に入りのリュックに詰め込んで、その中でも特定のものにスポットを当てて、それをさらにより良くして1つの完成形を遂げる。
完成したものを今度は外に向かって発信していく。]
と私は読んだ。

毎回不思議なもので、普段も通る道だし、夜中に通ったことも数えきれないぐらいにあるけれど、その時にしかそれぞれ遭遇したことのないものばかりだった。

野うさぎとサギなんて、本当にその時一度きりしか見たことがない。

サギに至っては、田んぼじゃなくて道路に立っていた(´⊙ω⊙`)!

しかもそのサギは、毛の生え変わりの時期だったのか、おしりのところがモフモフしていた。

日中の明るい時間さえ見たことない種類のサギだった。

月は満月とか赤い月とか狙って見れるものじゃない。

トンネル工事は、その前後の日でも夜や昼間に通ったけれど、どういうわけかその時だけだった。

毎年やるならわりかし長期でするのに1日だけなのが珍しいなぁと思ったのは覚えている。

リュックだって、世の中には五万とデザインはあるのに、どうしてその特定のリュックを目の前でバスに乗り込もうとしていた男の子が担いでいたのかはわからない。

偶然と呼べばそれまでだけど、偶然にしては6回連続で起こって毎回驚いた。



11月の最後の講座の時。

家を出て3分もしない頃だったと思う。

まだ初雪は降ってないにしても十分寒い季節だった。

晴れか曇りでも、初冬向けのコートを着なければ確実に寒かったのは間違いない。

1人の男性が大きなビニール袋と50センチぐらいはありそうなバーベキューとかで食材を裏返すためのトングみたいなもののゴミ拾い用バージョンの道具を持って、ゴミ拾いをしていた。

暗くてよくは見えなかったけれど、多分年齢は30代かなぁと、現役バリバリ世代の男性だと思う。

何でゴミ拾いをしていたのかはわからない。

でも、深夜の寝静まった頃、誰も見ていない時間に道路のゴミを拾うというのは、「暇だからやろう!」と思ってやるようなことじゃないと思う。

そこは橋の上で、乗用車が5〜6台信号待ちで並んだら、橋の始まりと終わりまで車でいっぱいになるぐらい短い橋で、自分の家の前でもない。

町内と町内の境い目でもあるから、自分の住んでる町の管轄というのでもない気がする。

誰がどう見ても、完全なるボランティアとか慈善活動だった。

黙々と作業をしていて、私はその姿を見て心が打たれた。

何がすごいって、その人がゴミ拾いをしようがしまいが見た目にはそんなにわからないだろうし、ましてや夜中だから誰も見ていない。

それをやってお金になるわけでは絶対にないし、市から表彰されるようなこともない。

はっきり言って、何一つ第三者から評価されることはない。

だけど、その人はそんなことお構いなしに普通に淡々とゴミ拾いをしている。

本物のボランティアだなと思った。

パフォーマンスでは絶対にできない。

誰も見てないところで何かや誰かのためになることを静かに執り行うその様は、ものすごい私には響いた。



「徳を積む人」



その言葉だけがすっと出てきた。

そして、私も思った。

自分ももっともっとペンジュラムを使えるようになりたいと。

山で行方不明になった人を探して欲しいと頼まれて、1回目のペンジュラムでの捜索は失敗した。

もう一度ご家族に頼んで、今度は現地でペンジュラムを使って場所を特定することをさせてもらった。

その直後に、ゴミ拾いの人を見た。

本当に自分の力を使えるように、そのための見えない部分での積み重ねを大事にしたい、その男性を見てそう思った。

ペンジュラムを持って1年半、初めてそんなことを思った。



『奇跡の果実』をその2ヶ月後から書くようになった。

書いている間、何度も「徳を積む人」としてゴミ拾いをしていた方の姿が思い起こされた。

『奇跡の果実』には色んな人たちが登場していたけれど、どの人にもその「徳を積む人」の姿勢と通じるものがあった。

それぞれの人たちが見えない部分で何かを積み重ねている。

それはお金とか肩書きとかのためではなく、純粋に何かを積み重ねている。

私は何をこれから先積み重ねていくのかな…と逡巡した。

11月の時は、瞬時に「ペンジュラムを使う力を伸ばしたい」と思ったけれど、あれから約5ヶ月が経過して、今はまた少し違う風に感じている。

ペンジュラムもだけど、ホロスコープも、自分に備わっている資質も、カードの読み解きも全部見えない部分での積み重ねを自らやりたいと思った。



今出てきたことをそのまま書こうと思う。

ゴミ拾いの人はもしかして、究極「自分のため」にゴミ拾いをしてるのかもしれない。

それをすることで、その人の心の中の何かが満たされるんだと思う。

何が満たされるかはわからないけれど、喉が渇いたら水を飲んだり、気持ちをリフレッシュしたくて散歩に出たり、そういう何かしらを満たしたくて動くのと一緒だと思う。

「見えない部分の積み重ねをやりたい」と思うことは、私にとってすごい特別な感情が沸き起こる。

外の評価が欲しくて、稼げるようになりたくて、何か自分のものにできる技術を付けたくて…、という動機よりも、純粋にただペンジュラムを使う自分の技量を伸ばしたい、ホロスコープを深めてもっと自分を知りたい、カード1枚から導き出せる世界をもっと見たい、自分の資質がどんな風に他の人たちと物語を作れるか見てみたい、そういう動機なのがすごい嬉しい。

長いこと、私は他者とか社会から見られる自分の評価が抜けなかった。

今だって抜けたとは言い切れないけれど、そうではない純粋に「〇〇したい」と知らぬ間に思って、そしてその通りに動いている時の自分を見つけると感動すら覚える。



合計で7回東京に通ったのに、ゴミ拾いをしていた人にはその1回しか遭遇しなかった。

しかも絶妙なタイミングでの「徳を積む人」との出合いだった。

[有益な情報を集めて、それをお気に入りのリュックに詰め込んで、その中でも特定のものにスポットを当てて、それをさらにより良くして1つの完成形を遂げる。
完成したものを今度は外に向かって発信していく。]

このメッセージに対して、コツコツと積み重ねることが大事だよと言われてるみたいだった。




【令和元年】ーー令和元年5月1日

上の文章は4月22日に書いた。

もう少し書き足そうかそのままアップしようか迷ったまま下書き保存していた。

私的にとても好きな内容だから、令和第1号のブログにすることにした。

元号が変わるのはあと良いところ生きているうちに1回。

そんな貴重な瞬間に人生で立ち会える時を意識して、それ相応の文章をアップしたいとは3日くらい前から思っていた。

なんだか嬉しい。

内容は去年の11月のことだけど、当時の風景は今もはっきりと覚えているし、自分もその姿に憧れた気持ちももちろんしっかりと覚えている。
(わざわざ口に出すあたりが、すでに「徳を積む」ことからかけ離れてる感じもものすごくするけれど( ̄∀ ̄;))



新しい元号「令和」ーれいわー。

個人的に音もとても好きだし、字も好き。

元号発表後、ある中学の授業の様子がテレビに映し出されていた。

新元号について、それぞれの思いを発表して共有し合うみたいな授業だった。

反抗期真っ只中の子どもたちからは大変不評な元号だった( ̄∇ ̄)!

令和の「令」が「命令」に見えて嫌だという意見が多くて、まぁたしかにわからなくもないなぁとは思った。

だけど、今その時の流れを思い出して漢字辞典で調べると、「令」は「命令」という意味を指すには変わりないけれども、「命令」という文字を見て感じることがあった。

漢字辞典も国語辞典も、命令自体は世間一般で認識されている言葉の意味の通りではあるけれど、文字を見ていると「命の令」と書く。

命に対して令される。

「命令」って、分解して見ると、何で命なのかなと思う。

他の漢字でも良さそうなのに、なぜか【命】という漢字があてがわれる。

今度は命を調べた。


【命…生物が生きている限り持続している肉体や精神の統一的・根源的な働きの単一総称。
一瞬一瞬生きることの繰返しとしてとらえられる緊張の持続であり、客観的には有限であるものが、主体的には無限の連続として受け取られる所に、その特徴がある。】
[新明解国語辞典より引用]


命の説明の奥深さにうっとりしながら、「令和」にはもっと別の意味があるのかもしれないなぁと思った。

命に対しての令だとするなら、それは権力者が下の者に向かって命令すると言うよりも、1人1人の命に対してそれぞれの命を全うしなさいと言われてる、そんな風に感じる。

誰かに言われてるというよりも、この世に生を受けた者が生まれた時に約束してくることみたいな感じ。

そして、それぞれの命の和の集合体がこれからの「令和」という時代を作る、そんなイメージ。




私が漢字から感じた「令和」と今回アップする『徳を積む人』の話がリンクする。

命の約束は、もちろん大きな意味での生きる意味に繋がるとは思うけれども、生きることそのものは、ある日のゴミ拾い1つだったり、こうして文章を書くことだったり、ごはんを食べたり、人と話したり…、そういうことの集大成が生きることで命だと感じる。

令和という字には、個人としての命の在り方も同時に表している感じがする。

自分自身との調和も含まれての「令和」。

私の中の「調和」は、何もすべてが綺麗に整っていることだけではなくて、非常に受け入れ難い自分とも一致することも含んでいる。

例えば、イライラしている自分とか、思い通りにならなくて焦ったり落ちたりしている自分とか、そういう自分を排するんじゃなくて、その自分も普通にいての自分だとすること。

調和は新明解国語辞典によると
【互いの性質が、衝突しないで、新しい美しさ(よさ)を見せること】
とある。

自分自身の中で衝突しないでいられる、もしくは衝突してもそこから新しい良さが生まれる、そういうのに憧れて仕方ない。

今日は新元号の元旦みたいな日だからインパクトがあるけれど、これから令和が定着して何の新鮮味もなくなった時にも、この「徳を積む人」の時に感じたことは覚えていたいなと思う。

そして、命の約束とか、自分自身との調和とか、そういう感覚をどこか頭の片隅に置いておけるといいなぁなんて思っている。


[写真]
令和初日の朝。
今日はその後空模様が大きく変わって、雨が降った。
朝日が昇る様子を拝めて、なんだか得した気分だったv( ̄∀ ̄)v