2019年1月8日火曜日

心のクリーニング

「心のクリーニング」

ふと出てきた言葉だった。

実際にその言葉を最初に使ったのは2012年。

あの時はとにかく漠然と「心の中をきれいにデトックスすることが大切」だと感じた。

心の中にいっぱい不安や怒り、恐怖、罪悪感、無価値観とか、そうしたものを抱えていると、そこに膨大なエネルギーが盗られてしまうから、それでまずはそういう感情をうまく吐き出すことが大事だと思った。

理論や理屈はきちんとはわかっていなかったけれど、自分の体験を通じてそう思った。

不安とかプレッシャーを感じると、思うような成果を出せない。

反対にそれらから解放されていると、なんだか知らないけれど、何もしていなくても上手くいく。

だから心のクリーニングは必要だと感じていた。

あれから約6年。

何でそれが大事なのか、はっきりとわかった。

多分その頃から取っているメルマガがある。

コーチングと心理と見えない世界と占星術的な未来予測とを兼ね合わせたプログラムをおそらく組んでいる方で、言葉や内容が好きでそのままズルズルと今も購読したままになっている。

その方のサービスは受けたことないけれど、本は2冊過去に買った(すでに手放した)。

メルマガやブログでプログラムの案内や感想をたくさん見ていたから、なんとなく何を意図してプログラムを組んでいるのかはわかる。

で、今の今、メルマガを久し振りに読んで、世紀の大発見!と言わんばかりのことに気付いた。

メルマガを継続しといて良かった!とつくづく思った。

気付いたのは、自分がいかに心のクリーニングをやりまくってそして今があるのかということ。

その方のメルマガの内容は一貫しているし、数年前も今も基本的に言葉は変わらない。

変わらないにも関わらず、私はその方のブログは心に響く時と読めない時との差がものすごく激しいものだった。

その方はわりかし目標設定も数回に1回はメルマガ内で誘導する。

私はこれが本当に苦手で、例えば「今年自分が目指したい方向は何ですか?」みたいなのに始まり、それに対してのもっと具体的な質問がいくつか続いて、もう私はそういう時は読まずにすごい速さでスクロールして読み飛ばす。

元々目標設定が苦手なのもあるけれど、それにしてもどうしてそんなにも苦手なのか、その理由がわからなかった。

だけど、その明確な理由が今回はっきりとわかった。

これは私の持論で、全員に当てはまるかは知らない。

だけど、私がなぜこれまで苦手意識が強く出て読めず、今回はほぼ同じ質問なのに読めてさらにそこから何か答えを頭の中で逡巡できたのか、その差がはっきりとわかった。

冒頭に書いた、心のクリーニングの成果だった。

ひたすら自分の中のモヤモヤを書いて吐き出したり、心理ワークで何かを自分に施したり、そういうことをずっとずっと長いこと繰り返していた。

別に目標設定ができる体質を目指したのではなく、心に溜まりまくっている色んなネガティブなものたちを自分の外に出すことに専念した。

もしくは、弱りきっている自分や心底嫌だと思っている自分に無理矢理でも寄り添うようにしてみた。

自分に寄り添いたくない理由は色々あったけれども、やってもやらなくても変わらないのであれば、これまでやってこなかった方法を取り入れてやってみよう、そのぐらいの感覚で無理矢理やっていた。

で、その成果が今ここ最近でようやく感じられるようになった。

目標設定系の質問が苦手だった理由は、多分だけど、その言葉を見た時に自分の中で受け入れられていない自分や過去の嫌な思い出が山ほど瞬時に浮かび上がっていたからだと思う。

質問と痛みがセットになっていれば、当然防衛反応が働いてそこを避けようとする。

だから、たとえ質の良い質問であったとしても、そもそも私自身に受け入れる余裕がなければ受け取りきれない。

家に喩えるとわかりやすい。

自分が家だとして、最初は最新の純真無垢な細胞と心で世の中に誕生する。

家も最初は、基本的に真新しい素材できちんと造られる。

ところが時間の経過と共にあちこちガタがくる。

いわゆる経年劣化が訪れる。

心もそうで、経年劣化的に心に傷みが重なってくる。

そんなところに今度は傷みや損傷が激しいから建て直すとなった時に、家であれば一度壊して、地をならして、そしてまた新しい土台を作って建て直す。

まさか古い家を残したまま、新しい支柱を追加で入れても、余計とグラグラしたり、家の耐久性がさらに危ういものになる。

心もそうで、古いものをいっぱい溜め込んだまま、新しい視点や発想は入れたくても入る余地がない。

それらをまずはきれいにしないことには、どんなに良い刺激が外から来ていても、家の中にはもうそれを入れるスペースがない。

私はまさにそこの部分をひたすらやっていたことに気付いた。

完全にきれいとは言えなくても、以前よりはかなりマシな状態になっている。

だから、目標設定系の質問も読めるし、なんならそこから色々考えることも自然にできていて驚いた。

ずっとずっとできないどころか避けていたから、驚いた。

ちなみにこれは一朝一夕にはできない。

本当に目に見えないぐらいに小さな小さな日々の積み重ねが大事になってくる。

1分でいい。

1日24時間あるうちの1分でいい、自分を労わるための時間を作る。

今日も1日頑張ったなぁと自分に対して労うでもいい。

今日あんなことがあってムカついた!と怒るのでもいい。

とにかく何かしら自分の中にある気持ちを1分間大切にする。

そういう積み重ねが確実に自分を良くしていく。

そうすることの繰り返しが心のクリーニングに繋がり、心の中に長いことあったわだかまりや自分を否定する気持ちが和らいでいく。

そこが和らぐと、見えるものが違ってくる。

精神世界の本とかでよくそう言われるけれど、そんなの本当に!?と私は疑いまくっていたけれども、本当にその意味が今は体感としてわかる。

状況はすぐのすぐには変わらない。

けれども、同じ状況下にあっても自分の心持ちが全く違う。

例えば、私が自分の体質的なものを本当に嫌だと感じ、できればやりたくないことはやりたくないし関わらなくて済むのなら関わりたくない、そう思っていた。

でも今は違って来ていて、それを使う必要がある時は使おう、そういう気持ちに変わった。

しかも私はその間、自分の持っている体質的なもので失敗もしている。

失敗というか成果を出すことができなかった。

今までの私ならとっくに辞めてる。

元々やりたくなかったわけで、なんでしなきゃいけないの?と思っていたから。

でも、自分の中の色んな気持ちを見て、他にも周りの人たちからもあれこれ助けられ、そして今は向き合うことに決めた。

だからなのか、目標設定系の質問も読めるようになった。

で、ここで気付いたのは、私に限らず他の人たちも多分似たり寄ったりの理由でそうした質問を苦手としていると思う。

なぜなら質問の前に強烈な傷みや恐怖がやってくるから。

私は本当に淡々と小さな小さなステップしか積めなかったけれども、代わりに小さなステップならどこまでも細分化する才に恵まれているし、実体験を通じた色んな知恵を兼ね備えている。

そして、私が何よりも信じているのは、どの人にも絶対にその人にしかない魅力や才能、生きる道があるということ。

絶対にあると言い切れる。

色々叩かれること覚悟で言うと、犯罪を犯す人も障害を持っている人も普通の枠にはまっているように見える人も、みんなそれぞれ持っている。

犯罪を犯す人は、自分のエネルギーを使う方向性を間違えているのであって、イコール才能も魅力もないではない。

私は数十人の最重度と重度の知的障害者の人たちと知り合う機会があったけれど、1人1人独自の魅力や才能に溢れていた。

それ以外の人たちを「普通の人」とした時、才能や魅力が出てくる出てこないは、待っていればいつか勝手に発芽するというよりも、本人からの働きかけや気付きがあってそれで出てくるように思う。
(あとは、魂的な人生の計画にもよる)

そうした時に大切なのは、私はやっぱりまずは心のクリーニングだと思っている。

そこさえある程度できてくると、ようやくスタート地点に立てるというか、もう少し違った視点で自分の人生を見れる。

目標設定とかよりもまず大切なのは、心の状態を整えること。

中がとっ散らかっていたら、まずは心のクリーニング。

心のクリーニングの第一歩は、自分のために使う時間を1日1分持つことからで十分。

確実にやれることをやる。

目標はいいから、まずは自分に寄り添ってみる。

そこだー!と気付いた今日。

(1月7日の朝早くに書いたもの)


補足(心のぼやき):「障害」という言葉で人を区別する時にすごく気を使う。私には差別的な意図はなくても、受け取り手によってそこは違う可能性がある。
当たり前だけど、私のポイントはそこにはなくて、要はその人の背景や背負っているものが何であっても、各自に魅力も才能もあると言いたいだけ。
ということが伝わるといいなぁと、思う。

2019年1月7日月曜日

仕事始め【平成31年/2019年】

今日1月7日、世間の仕事始めに合わせて私も仕事始めだった。

年賀状のバイトに2日〜4日行ったけれど、あれは私の中で年末からの延長で、仕事始めにはカウントしていない。

今日こそ、本当の仕事始め、もしかしたら今年最初で最後の仕事になるかもだけど、とりあえず個人セッション(心理カウンセリング&セラピー)をした。

遠方のため、自分の部屋で電話でした。

普段家にいる時は、パジャマ兼部屋着のようなすごい格好をしているけれど、宅急便の人にさえ見せられないような酷さだけれど←イケメン配達員でも仕方ないからそのまま出る、今日はきちんと着替えて化粧もして髪の毛も外に出る時みたいに整えた。

一歩も外に出ないのに化粧したのなんか生まれて初めての経験だった。

今年初めての仕事は、とりあえず終わった。

それは自分ではやりきった感があったから(相手が良くなるならないは別の話)、とりあえずそれに関しては私の胸の中で反芻するにしても。

今日新たにやってきたことの方に度肝を抜かれた。

ふざけてないけれど、本当にふざけてるのであればふざけてると言いたいけれど、大真面目にやってきたこと。

死者のメッセージを預かってしまった。

死者のメッセージを預かったなんて言ったら、完全に白い目で見られて、頭のおかしい人認定されるかもしれないけれど、本当にそれが現実だから仕方ない。

ちなみに死者からのメッセージは、私は当然そんなの下ろせる術も持っていないし、そうした霊視的なことは一切できない。

正しくは、その死者の方からヒーラーのOさんへ、そしてOさんから私へと来た。

人間界における関係性は、Oさん→私→死者の方のご家族→死者ご本人、となる。

そして、私や死者の方のご家族を飛び越えて、死者の方ご本人からOさんへまずはメッセージが行って、そしてそれをOさんが私に言ってきた、という流れだった。

ご家族の方にそれを伝えるために、Oさんとご家族を繋げられるのは私しかいない。

内容もさながら、完全にオカルトの見えない霊界の話ゆえ、そもそも繋げるためには相当な配慮が必要なのは間違いなく、それをどう話すのかも今は頭の中が空っぽ過ぎて考えられず、とりあえず、ご家族の方にそれとなく状況だけ伝えて(聞いたことはまだ何も言っていない)あとは返信待ちだったりする。

私がOさんが伝えてきたことが多分合っているだろうことがわかったのは、ここ数ヶ月のことや最近のことまで「何でそれ知ってんの?」という情報が死者側から伝えられたからだった。

Oさんも当然自分が口にしている内容がかなり意味不明で、その1つ1つの意味が最初はわからなかったけれども、私と話を繋げると、Oさんが口にした内容と私が持っている情報とが見事に合致して、とてもじゃないけれど「それ茶番劇でしょ?」とか言って否定なんかできなかった。

ちなみにメッセージは悪いものじゃない。

むしろ本当にご本人からのメッセージなら、家族は本気で喜ぶと思う。

けれども、そういうことに慣れてない人たちに伝えるのは相当な配慮が必要だし、メッセージが来たからと言って簡単には「こんなメッセージ来てますよ!」なんて言えない。

私はそうしたことも多少勉強会に参加して聞きかじったことがあるから、「そういうことって本当にあるんだ…」ぐらいな感じで普通に聞けるけれど、これ何も知識ない人からすると拒否反応する人たちも多いだろうし、話を伝える以前のところで場を設定することさえ不可能な場合も大いにある。

なんだか年明けからかっ飛ばしてる感が半端ないけれど、もう来たものは仕方ない。

ちなみにもう1つ信じられた理由は、姪っ子にあった。

昨日姪っ子は帰ったけれど、正月明け早々、姪っ子が夜寝る時にギャン泣きした日が1回、翌日の夜は泣きはしなかったけれど怖いと言った日があった。

前回や前々回来た時にはそんなことなかったから、どうしたのかなと思っていた。

ギャン泣きの日は怖いと言ってぎゃあぎゃあ泣き、何かいるなどと言い出し、私はその時にいなかったけれど、妹が「メイがなんかさ、『いる』って言うんだよね〜。で、そう言った時、明らかに目が違うところを見てて変だったんだよね」と説明した。

私は、もし本当にそうなら、普段ここで生活している私にもっと不具合があってもいいのに私は何も感じないし、部屋の浄化もそこそこしているから、変なのはいないとは思うけれどとは言った。

その翌日もメイは除夜灯の明るさだけでは怖いと言って、部屋の電気を点けて寝た。

本人が寝る前に「ねぇメイ、何か見えるの?」と聞いた←姪っ子への配慮が足らないおば…。

メイは私を通り越して遠くの天井を見て「いる」と答えた。

「ゲッ( ̄ω ̄;;)੭ꠥ⁾⁾」と思ったけれど、まぁ不具合はなかったし、私は部屋の住人のくせして何も感じなかったから、まぁ何かの間違いだろうしメイの空想だろう程度に聞き流した。

余談だけど、小さな子どもたちがそうした目に見えない世界の存在、妖精や天使なんかも含めて見えてしまう理由は、年齢が幼ければ幼いほど、半分霊界半分人間界にいるような感じだから。

生まれた時はとりあえず霊界から人間界にデビューしたばかりで、そして年月と共に人間界の経験値が増えるに従って霊界の意識も薄れていくらしい。

だから、人間40歳目前の私が見えなくても、人間3歳のメイならそうしたものを感知してもある意味不思議じゃない。

Oさんとの会話に戻る。

Oさんは私の部屋の特徴から言い始め(ゾッとするぐらいビンゴだった)、具体的な場所を言った。

私には相変わらず何も見えないし感じないけれども、その後に伝えられたメッセージには度肝を抜かれた。

その死者の方は、私しか知らないことまでOさんに言って、Oさんから私にその言葉を伝えられた。

Oさんには言ったことない話だし、そもそも私しか知らないし、何でわかるの?という内容を口にされた。

そして、それが理由で今回私を介してOさんが呼ばれているし、そしてOさんから私へ、私が今度はご家族へ伝言ゲームのように伝えるしか術はない。

Oさんと話し終わった後、ご家族へ最低限のことにだけ触れて連絡し、今は返事待ちになっている。

昨日、日本でも観測可能な部分日食だった。

蝕が起こる=天体のエネルギーが強いし、一般的に何か見えない世界のゲートも開きやすい、と言われている。

このタイミングなのもわからなくもない。

ちなみに、Oさんとの会話は今回必要があって最初から録音していた。

もう一度聞き直して、そこの部分だけきちんと情報を抜き取ろうと思う。

Oさん側はどんな風かは知らなかったけれど、Oさんは死者と交信する時、しばらく無言になる。

その無言の間、何かを受信して、その受信したものを私に伝える。

反対に私が質問すると、また同じようにOさんは静かになって死者と交信する。

それを何回か繰り返した。

私がこのやりとりを普通に見ていられたのは、死者と交信することに関しての本当に少しではあるけれど予備知識を持っていたから。

もちろん、そんなの勉強しに行くわけもなく、スピリチュアル勉強会という名の勉強会で、やっぱりその講師の方も死者はじめ色んな階層の存在と交信する人で、その中で出てきた話だった。

他にも、私が人生で一番すごい!と思ったヒーラーさんの勉強会にも出た時に、人間界と霊界の違いみたいなのを聞いてきたから、それで本当に少しばかり予備知識があった。

ちなみに、人間界の常識は霊界の非常識だし、霊界の常識は人間界の非常識になるものが多い。

知識としてはあったけれど、通訳を通してでも死者とやりとりするなんて人生で初めてで、本当に聞いていた感じの通りで驚いた。

ちなみに、死者の魂の陽気っぷりと、よく言えばお茶目、悪く言えば悪ふざけしすぎな感じにも笑ってしまった。

なんならあまりにも普通に話が通じるから「おまえ、一度死んだのか?」まで聞かれた私(  ̄Д ̄;)。

もちろん、そんなわけないし、臨死体験もしていない。

まぁとにかくそんな風で、新年早々、スーパーカオスな感じの仕事始めになった。

こちらはまたしばらく開店休業になるのか、ぼちぼち何かやるのかはわからない。

とりあえず、目下の課題は、食べる方の仕事確保だったりする( ̄∇ ̄)。

これを書いている間にご家族から連絡が来て、会えることになった。

なんだかなぁ、責任重大な案件で、深く考えると逃げたくなるから、とりあえずやれることをやっていこうと思う。

2019年がこれなら、私のホロスコープで鬼門的なすごい影響力たっぷりの2020年はどうなるのか想像もつかない。

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どうかどうか、少しでも心穏やかに今年1年過ごせますように!

2019年1月6日日曜日

未来の点たち

忘れないうちに、今現在の備忘録。

何百枚ものルーズリーフに、本で気に入った又は心に響いた言葉を書きまくっていた頃。

派遣の仕事で色んなお客さんや法人担当者と電話で話していた頃。

朝活に励んで参加していた頃。

色んな人たちに自分の人生を語ってもらうことをお願いして、実際に30人ほどから話を聞いていた頃。

心理のワークを数百回、ノート6冊分はやっていた頃(これは現在進行形)。

どれもこれも「これが何になるんだろう?」と思っていた。

お金を生み出すわけでもないし(むしろお金を払ってた)、仕事に繋がっていくわけでもないし、無駄とは思わなくても「何でするのか?」を究極に突き詰めると「やって損もしなければ得もしない、やらなくても確実に困らない」ということだけははっきりとしていた。

派遣の仕事はたしかに給料は生み出したけれど、キャリアとしては社会的に評価されるものでもなく、自分でももっと自分のためになるような仕事に就いた方がいいのかも…、と思ったことも時々あった。

でも今ここに立ってみて、どれもこれも必要な体験をさせてもらったと思っている。

具体的に何がとは言葉で表現するのは難しいけれど、とにかく体験すべてが私に色んな景色や世界を見せてくれたし、そして一般社会の中で全く価値がないとされるところが逆に良かったと今だから感じる。

社会的に価値のあるものは、多くの人から評される。

でも私がしたことたちは、「それってやって何になるの?」というものが多かった。

派遣の仕事と朝活は、まだ社会的に貢献度があったり認知度があるから、何になるの?とまではならないかもしれない。

朝活のために、ビジネス書を読んで話をしてくるなんて、なかなか良いことをしてるみたいだし、意識の高い人みたい!と思う。
(読み終わらないまま参加したこともかなりあったと思う…)

ちなみに朝活はそんな意思で参加してなくて、単にテレビの朝のニュースで朝活の特集を見て(←テレビを持っていなかった頃の話だから、そのシーンを見たのは超奇跡だと思う)、なんとなく興味が湧いて、それで探して行ったのが最初だった。

1年ほど4つの違うジャンルの朝活に出た(ビジネス書のものが一番回数は多いものの、それ以外はビジネス書とは全く無関係の会だった)。

色々刺激を受けたのは本当だったけれど、私はいつしか行かなくなった。

私の中のブームが去り、行かなくていいかなとなった。

朝活で得たことで今も大いに活躍しているのが、
・付箋の使い方
・日付スタンプ
・共感覚の知識
・河合隼雄さんの本が縁となって繋がった人
あたりになる。

他に朝活で(やらかしたことで)得たことは、「デンソー」が職業名ではなく企業名だと知ったこと。(  ̄Д ̄;)

とにかく、30代の大半の時間は、社会的に見て「えっ?(-_-)」ってなることばかりを積み重ねた。

それと対比するなら、「日経新聞を取っていた」と言う方がよほど社会からの賞賛を得やすい。

私は一時期、会社から言われて、日本経済新聞なるものを毎朝配達してもらって取っていたことがあった。

必須ではなかったにしても、かなり言われるから、やむなしに取った。

あれを読んでいる人たちは本当にすごいと思うけれど、私はあの新聞の読み方をそもそも知らない。

そして面白くない。

スーパーのチラシが入ってこないのも不満だった。

結局私が読んだのは、今もあるのか知らないけれど、各界の著名人の伝記的なコーナーがあって、そこだけを読んでいた。

他は読まずにいて、全くもってお金をドブに捨てているようなものだった。

部屋の中に積み重なる新聞たちも嫌だったし、それを廃品回収に出すのも手間だった。

結局、数ヶ月後、解約をした。

だけど、日経新聞を取っていたは取っていた。

「読んでいる」とは言っていないから、語弊はない←へ理屈( ̄∇ ̄;)。

話が逸れたけれど、間違いなく「日経新聞を取っている」の方が価値あるように見える。

で、私がしていた他のことたちは、社会的価値を問われると「無い」に等しい。

だけど、ここに来て、その価値の無いような行動たちがとても役立つところに来た。

自分の血肉になって、そして私にはとても価値あるものたちに成り代わった。

数百枚どころか、ノートにして千ページほどになるだろう言葉の書き写しは、私に色んなことを教えてくれた。

色んな人生、人生訓、喜怒哀楽、自分だけの世界観、心のケアのやり方などなど、とにかく幅広いジャンルの知識を得た。

色んな人たちと話すことで、それも一般社会にいる人たちと話したことで、色んな話し方や言葉の使い方があることを知った。

人生を語ってもらった時間は私に色んな生き方、それも社会的に成功しているのにも関わらず、そこには決して現れない人生の別の部分を見せてもらえた。

数百回の心理ワークは、私に自分の声を聞く方法や自分を受け止めるやり方を伝授してくれた。

社会の中や自分の中にある価値観が見事に打ち砕かれ、私には普通が通用しなくなった。

おかげで、普通ではないことを今からやる。

色々普通とは言えないことを山ほど経験したことで、意味のわからない経験値だけは上がった。

実社会でそれが役立つことはほとんどない。

だけど、色んな摩訶不思議なことや到底理解のできないことを体験したことで、色んな視点を持てたと思う。

生き抜く知恵みたいなのも身につけた。

そして、ここに来て、そのおかしな体験とそこから得た知恵を持っている私を必要とする人たちが現れ始めた。

まだまだ片手で数えても指が余るぐらいにしか私を必要とする人はいないけれども、それでも私の何にも当てはまらない、それ何になるの?レベルの知恵や知識、経験を必要としてくれる人がいるというのは、すごく心強い。

そして、何よりも私が、私で良かったらそれやります、という気持ちになれたことがとても大きい。

もう少し前、少なくとも数ヶ月前なら絶対にやっていない。

1年前もしていない。

今、色んな過去の振り返りをして、ホロスコープやこの1年で知り合った方たちから私の人生の方向性を教えてもらい、そして自分で自分ができることに気付いて、その自分の人生を自分の持ってるものを出しながら亀のような歩みでも歩いていこう、逃げずに行ってみようという気持ちにようやくなれた。

昨日1/5で、自分のオルゴナイトを迎えてちょうど1年になった。

オルゴナイトの説明書きに「スピチュアルな力が引き出される」みたいな謳い文句があった。

あの時は「ふーん」と思ったぐらいで、すでにペンジュラムを愛用(濫用)しまくりだった私にとって、それはペンジュラムの力がさらに拡大するのかな…程度に思っていた。

この1年で飛躍的にスピリチャルな力が伸びたと言うよりも、やっと自分の体質的なものがわかって、それを今少しずつ受け入れ始めてる、そんな感じ。

で、その名脇役たち的なアイテムが、「これして何になるの?」と疑問にしかならなかった過去の経験たち。

体質的なものは、使いこなすには言葉の使い方や語彙力、表現力、色んな世界観、そうしたものたちがないとなかなか難しい。

だから、日経新聞を読めるようになっても逆にそれはあまり役立たず((-_-?)zzz)、反対にあの数百枚の書き写しや何百とした心理ワークの方がよほど役に立つ。

その時にその本当の価値はわからなくても、それでも自分が無意識に選んでいるものは本当に自分の未来のために必要なものを選んでやっているんだなと思った。

「未来の点」を私は無意識に紡いでいた。

社会的に価値が無いと思っても、自分のことを第一にすると、未来の点たちは必ず未来に役立つようになっている、そんな気がする。

2019年1月4日金曜日

辿り着いた場所

「去年のセンター試験の時に大寒波が来て大雪で大変だったんですよね」

年賀状のバイトで一緒になった子と休憩時間に話をしていたら、そんな話になった。

その子の若さよりも、あぁあの子が今この目の前の女の子と同い年なんだと感慨にふけった。

私が子どもの施設で働いていたほぼすべての時間、5年半見た男の子がいた。

施設に来た時は3歳になる直前で、喋れる言葉は「あい(はい)」と「やーだ」だけだった。

言葉は遅めだったものの、天性の運動神経は抜群過ぎて、窓を開けて1メートル下の地面にジャンプするとかはお手のものだった。
(ほんの数秒目を離したらそれで、トイレに行く時さえ連れて行った子だった)。

12月に3歳になった姪っ子メイが今来ている。

今のメイくらいの時から小学校1年生の終わりまで見た子だった。

その子と去年センター試験を受けたと言った女の子が同い年で、あんなに小さかった子が今このぐらいになったんだと気付いて、その目の前の大学生の女の子を見ていたらうっかり涙まで出てきそうなほどに感動した。

今、メイの中には気に入っている人順位がある。

1位は真ん中の妹(おばナンバー2)
2位は師匠(祖母)
3位は私(おばナンバー1)

そして、私は不名誉なことに、メイからやたらと仲間はずれや意地悪をされるという役回りが回ってくる。

今日は新潟限定のポテトチップスを開けてみんなで食べた時のこと。

他の人たちには普通に配って、私が3枚目のポテトチップスをちょうだいと言うと、「ダメー!」とまた得意の意地悪をして、その理由が「ふみこたべすぎだからダメ!」という超わけのわからないへ理屈を言い出してみんなで吹き出した。

反対に妹にはベッタリとくっついている。

メイの様子を見ていて、施設で働いていた時のことを思い出した。

子どもに限らず、私は大人でも(特に男性には…(  ̄Д ̄;;))初対面で気に入ってもらうなんてことはほぼほぼない。

子どもが、特に小さな子どもが本能で相手を選ぶ時に、まず私は選ばれない。

それも何人か選択肢があれば、私は毎回のごとく最後に選ばれるというか、最後まで選ばれない人。

最初こそ地味に傷ついてはいたけれども、その辺りも慣れとはすごいものでどんどん平気になる。

成人男性に関して言えば、最初から私を断トツで良いと思う人は、本気で趣味がものすごく変わっているか、頭のネジが100本ぐらい抜け落ちているんだと思う。

ところが、私は嫌われようが何だろうが、唯一の持ち味として、基本的に変わらずに相手と関わり続ける。

色々すったもんだがあってもずっとずっと関わるし、ガチンコでぶつかってもその後またケロリと普通に戻れる。

頑固だし融通も利かないし子ども相手でも本気で我を出すしで、あまり良いお手本の大人ではないけれど、代わりにそのままだからなのか、しつこいからなのか、時間が経つと同時に子どももなついてくる。

その男の子もそうで、最初こそ私は最後の1人で、私の日はあからさまに嫌そうな顔をされていたけれども、最後にその子が一番気に入って一番安心できる人は私だった。

それは他の職員の人たちからも言われた。

スルメじゃないけれど、噛めば噛むほど味わい深くなるじゃないけれど、基本的にどの子とも何回も何回もぶつかりまくったりお互いに嫌な姿を見せ合ったりして、仲良くなっていくのが私のパターンだった。

そうやって子どもたちからも色んな自信と経験をもらい受けていたんだなぁなんて思った。

年賀状の作業をしながら、当時仕事を辞めてから今いる自分の場所を頭の中で確認した。

やっとやっとここまで来れたんだなと思った。

ちなみに最初に言うと、家族や長い付き合いの友達から見ての私は

・高校卒業後、アメリカの大学へ留学
・アメリカの大学卒業後、子どもの施設で福祉の仕事
・その後、青年海外協力隊
・帰国後、名古屋で正社員(塾講師)の仕事
・辞めて個人事業を始めてすぐやめる
(↑多分失敗したと思われている)
・派遣をいくつも行って不安定な職になる
・お金が底ついて両親を頼って新潟に戻る
・新潟戻ってからも定職に就かず、不安定なまま
・結婚もしていない
・ニート
・今、年賀状のアルバイト

そんな風だから、家族からは恥ずかしいと思われているし、周りの人たちにあまり言いたくないと思われている。

私の細かな事情を知らない人たちからは、ぶっしーは何をしたいのか、何をしているのかわからないと思われている。

そう思われても仕方のない生き方だったし、もちろん私側に言いたい事情や実際にあったことは1日かけたって語り尽くせないほどの色んなことがあったわけだけど、そんなのを知らなければ当然それぞれの個人が評価するように思われても仕方ないと思っている。

でも、私からして「ようやくここまで辿り着けたんだ」と心から思えた。

話は戻って、多分2005年頃。

子どもの施設4年目に入った頃、なんと私は現場スタッフの中で一番長い人になってしまった。

まだまだひよっこ状態の私が一番長くて、そして施設は全くの新人状態の大御所の人が上司になった。

私は当時の職業名を明かすのに本当に抵抗があってこれまでもブログの中では明言を避けていたけれども、私が施設の中で入っていた職種は「保育士」だった。

厳密には、私は資格がなかったから、保育士枠のところに雇ってもらったという異例の採用だった。

私が保育士枠に入っていたと言いたくない1番の理由は、世間の「保育士」という職業に対する評価があまりにも私そのものとかけ離れていたから。

20代の頃に学んだことの1つに「保育士」という職業は非常に男性ウケがいい。

良妻賢母のイメージなのか、家庭的と思われるのか、何なのか知らないけれど、とにかくすこぶる評判が良い。

でも私がしている日常は、子どもを怒鳴りつけ、抑圧し、私の機嫌によって子どもを黙らせる…という恐ろしいほどの有り様で、家庭的とか良妻賢母とか世の男性が勘違いしている姿とは程遠い。

もちろんそういう保育士の人たちもたくさんいたけれど、私はそこと同じ土俵には全く上がれない。

しかも仕事をしてから保育士の勉強を始めたから、基本的に保育の知識もないまま、単に福祉の勉強を大学でしていたというだけで採用された。

当時のエピソードを1つ紹介。

月に1回ないし2回は、調理の夜勤が回ってきた。

朝ごはん40人分ほどの量のごはんを作る。

いつだったか雑炊を作って焦がしてしまった時があった。

でも作り直す時間も材料もないから、それをそのまま出したら、子どもたち数人から「今日の雑炊、やけに茶色いね」と指摘を受けた。

私は「大丈夫!きちんと食べれるから大丈夫!」と言って一蹴すると、「それおかしくない?だっていつもはもっと黄色くて、ぶっちゃんの言い方だと、今日の茶色い方がまともでいつもの黄色い方がおかしいって話になるじゃん!」と返された。

私はへこたれず、「そんなことは言ってない。とにかく大丈夫だから食べて!」と押し付けた。

子どもたちは笑ってくれてたけれど、そして本当に優しくてその焦げた雑炊をおかわりしてくれた子たちまでいたけれど、一事が万事そんな風で、とにかく押し付けや決めつけもすごければ、どっちが子どもかわからないぐらいにキレてよく子どもと一緒になって怒っていた。

ただ代わりに裏表もある意味なかったわけで(自分を使い分ける余裕すらなかった)、多分その部分で子どもたちと関係が作れたんだと思う。

話は戻って当時のこと。

私の最初の3年は、保育園で言うところの園長・副園長級の大御所の先生たちが勢揃いしていて、その方たちから私は育ててもらった。

来客へのお茶の淹れ方さえ知らなかった私は、なんとなく今日は「番茶」の気分!と思って番茶を普通に客人に出したら、あとから大御所の先生が私のところに駆けつけてきて、「武士俣さん、お客さんには必ず煎茶を出さなきゃダメよ!番茶はお客さんに出すお茶ではないからね」とそっと教えてくれたことがあった。

社会人としての常識も著しく欠けていた私を本当に親身になってサポートしてくれる先生たちに囲まれての仕事だった。

だから私もなんとかやれていたし、他にも現場対応でのことを色々相談にのってもらっていた。

例えば私が当たった実際のことは、

・万引きを子どもがしました。どう対応しますか?
・学校から、子どもがよその家の子どもに手を出したと連絡がありました。どう対応しますか?
・子どもが不登校になりました。どうしますか?
・年頃の男の子が女の子の下着を盗もうとしていました。どうしますか?
・目の前で幼児2人がセックスの真似事をしました。どうしますか?

これ冗談ではなく本当にあったことばかりで、当然正解はない。

だけど、まさか放置するわけにもいかない。

こうした正解のないことたちと日々向き合うのが仕事だったし、当然私は経験値が圧倒的に足りないから、事あるごとに大御所の先生たちに相談していた。

なのに4年目、大御所の先生たちはみんな退職か保育園に栄転になって(←施設は園長副園長に昇進する前の登竜門とされていた)、気付けば現場の保育士の中で私が一番の長老という間違った事態になった。

別の職種の男性上司だけが唯一の相談相手にはなったけれども、いかんせん保育士の先生の中で相談相手がいない。

私は限界を感じた。

もちろん、現場で研鑽を積むことも可能は可能だった。

だけど、私が持っている小さな世界観で物事を常に判断しなきゃいけないことがとても怖かったし、施設の常識は世の中の非常識という認識が私にはあって、その中でキャリアを積み重ねるというのは自分が成長できないと思った。
(注:20代の私は「キャリアを積む」ことに並々ならぬ関心と意欲があった)

もしまた将来施設で働くにしても、もっと広い世界観や色んな価値観を持って働きたいと思った。

それで、元々いつかは経験してみたかった発展途上国での生活をするために協力隊を再受験して、それで受かった翌年に退職して、そしてそこからまた別の人生が展開していった。

目の前の大学生の女の子が今の姪っ子メイぐらいだった時に私は施設での仕事を始めて、そしてその子が1年生になる頃には、もっと自分の見聞を広げたくて外に出た。

当時はまさか自分がスピリチュアルな世界に入っていくなんて自分の計画の中に一切なかったし、そうした見えない世界の中のちょっと変わったことができるようになるなんて思ってもいなかった。

そして、その後も色んなことがありながらも、やっと今、過去の色んな体験と経験と専門知識と技術とをすべて掛け合わせて、自分にやれることはやろうかという気持ちになれた。

たしかにアメリカの大学だの協力隊だのに行ったような人が、中年になって年賀状のバイトではどうしたのか?という話になる。

でも、私にとってはすべての経験が必要で、それがたとえ世間的にはものすごくマイナスに思われるようなことでも、それでも必要だったと感じる。

年賀状のバイトは、私に嬉しいプレゼントを用意してくれてた。

その大学生の女の子が一言言ってくれた。

「グループ分けの時に武士俣さんと一緒って分かると『よしっ!』って心の中でガッツポーズしてました!」

毎回スタッフの人がバイトの人たちを数人のグループに分ける。

これが非常に当たりハズレが激しくて、組むとわかって嬉しい人と、反対に残念過ぎる人とがいる。

私と一緒に組めるとわかると、その子の中では嬉しい人に入れるとわかって、とっても嬉しかった。

バイトの中では年齢高いし、世間ではいわゆるおばちゃん域の人だし、まじめに取り組みはするけれど決して優秀な人材とは違う。

それでもそうやって言ってもらえることが本当に嬉しかった。

自分の人生の歴史を振り返る。

私はオール1で小学校をスタートしたぐらいに、本当にギリギリのラインの子どもだった。

その私が人並みにある程度のことができるようになって、そして今回みたいに特に「普通」であることが求められるようなところでそこそこ適応し、さらには一緒に組めて嬉しいと私の半分も生きていない子から言われる。

御の字なんてものじゃなかった。

そして、これから先はますますどこに向かうのかよくわからない世界の中に入って行くし、正直それでやっていく自信もない。

だけど、目の前の大学生の女の子が私が社会人1年目から5年半見た小さな男の子と同い年だと気付いて、当時から今に至るまで色んな経験を積んだ自分にも気付いた。

広い世界を見たかった私は、十分すぎるほど見れたと思う。

そして、色々専門的にも知識や技術を重ねて最後に私が出した答えはこうだった。

人と関わる時に大切なのは、「気持ち」だということ。

愛のある対応を心掛けたら、たとえ結果が思わしくなくても悪くはないと思う。

こういう人間同士のやりとりは見えない世界のものだから、その時にできる最大のことは「愛を持って、気持ちを持って、目一杯自分のできることをする」に限るんじゃないかと思う。

これは社会人1年目から今に至るまでの17年ほどで自分の中でストンと落ちたことだった。

数々の失敗と経験とから学んだ。

昨日、メイからいつも1位指名される妹が、友達と視える人のところに行って、占いのようなものを受けてきた。

話を聞いている限りだと、色んなものと交信してその人が知り得ることは全部聞いたら基本的には教えてくれるとのことだった。

私は最初その話を聞いて、自分の劣等感がものすごく刺激された。

私は本当にこれから看板を掲げて、そうした見えない世界の話も含めて個人個人と対応していいんだろうか?そんなことができるんだろうか?と思った。

妹は私に言ったつもりは全くなく、その人がそういうことを仕事にする人は、入ってくる情報をコントロールできなきゃ仕事としてはやっていけない、コントロールできない人は仕事にできないと言っていた、と私に教えてくれた。

それ私じゃん、と思った。

今のところ、相手側からくる情報に関してはコントロール不能。

ただし、私は1つだけ確信していることがある。

年内最後にした、相手の魂からもらったとされる情報伝達をしたことで、相手から教えてもらって初めて気付いたことだった。

私がする情報伝達は、相手に可能性や希望を見せることだということ。

それがたとえとてもキツくて耳や目にするにしてもすごく勇気のいる言葉だとしても、最終的にはそれによって相手が自分の可能性や先の未来に対して希望を持てることがわかった。

これはとても大切なことで、今後誰に伝えるにしても、その希望や可能性について伝えた上で実際にやってきたメッセージを伝えることができる。

それがわかったことで、私はたとえ自分が情報に対しコントロール不能でも、そこは上手に付き合いながら、自分のやれることをやったらいいと思えた。

そして、私のすることは、相手に答えを教えることじゃないということもわかった。

あくまで私がするのは、ヒントの部分だけ。

そのヒントを持って相手がどう生きるかはその人次第。

答えは言えないし持ってないけれども、代わりにその人が自分の人生をデザインするための1ピースを渡すことはできるかもしれない。

そして、それは答えを渡すよりもうんと相手のためになると私は信じている。

なぜなら、誰しもが誰かの代わりはできない。

自分の人生は、自分しか生きられない。

そういう時に、人から答えをもらっても、その通りに生きるとは限らない。

あくまでも生きるのは自分自身だから、自分で決めていく力、自分で感じていく力、自分で動いていく力が絶対的に必要になる。

私がするのは、そうした自分の力の可能性をもっと開くようなことだと思う。

そして、おこがましさが半端ないけれども、多分、私を通じて何か自分に関する情報を得る人は、私だったら正しく情報を伝達してくれるだろう、ということを無意識や魂の部分で感じて、それで私に自分の現状や悩みなんかを伝えることで私がそこから情報をキャッチしてベラベラと喋っているんじゃないかと思っている。

自分の思考を織り交ぜないこと、自分の価値観を極力排除することは、数々の訓練によって相当鍛えられた。

だから来てしまう情報についてはコントロールできないけれども、来たものに関しては自分の私情を交えずに伝えることはコントロールできている(と自分では思っている)。

私情を交えちゃうと、言いたくないことはたくさんある。

だけど、言いたくないから言わない、と片付けられることじゃない。

自分が嫌われ役になるのも、最初は信用してもらえないのも、色々体験してきたから、だから今があって、今それらを覚悟してメッセージをそのまま伝えられる自分になったと思っている。

今後の自分を想像する。

自分のこの体質的なものと関わる時、私が最後信じられるのは自分自身なんだとわかる。

すべては自分の感覚で、それが本当に合っているのかどうかはわからない。

だけど、それを使って何かをするとするなら、それをする中に「愛」の感覚は必要だし、相手の可能性を信じることも大切になってくる。

そうしたものを私がどこで学んできたかと言えば、過去に関わった子どもたちや色んな人たちから。

妹が、ある精神病を患った人の話をした。

その人は幼少時大病を患い、その時に医師か看護師から検査のために全身を抑えられ、それがトラウマになり、成人前に精神病を発症。

精神科にかかった時に、ドクターとのカウンセリングか何かの療法で、その抑えられた経験が後の病気の根本原因になっていることがわかった、そう説明されたらしい。

そのせいで精神安定剤の服用はもちろん、生活する上でも相当な制限があるらしく、その一例として、他人が操作するものには一切乗れないから、移動手段は自分が運転する車、徒歩、自転車に限られるらしい。

田舎なら普通だけど、都心の真ん中で生活している人の話。

だから、姪っ子にも何か無理やりさせるのは精神衛生上良くないという話に発展していった。
(姪っ子が夜中に夜泣きすることがたまにある、という話からその話が出てきた)

私は当初から違和感を覚えた。

例えば、本当にその病気の時の体験がトラウマや精神病になる原因だとする。

だけど、ここで大きな視点が1つ欠けている。

大人側のやり方が適切だったのかどうかはわからない。

だけど、大人側がした本当のことは、そうまでしてでもその子どもの命を助けることだった。

生死に関わる病気だったゆえ、子どもが暴れて検査できませんでは済まされなかったと思われる。

そんな馬乗りになってまでしたのであれば、絶対に他の理由も裏側にはある。

そうしたら、おかしな話になる。

たしかに怖い思いはしたかもしれないし、それに対しての対処は必要だとは思う。

けれども、その行為の本当の意味が、その子の命を助けることなら、それをトラウマにするなんてもったいなさ過ぎる。

そうまでして救われた命なら、トラウマではない別の意味がある。

ちなみに私も子どもに馬乗りになったことがあるからわかる。

さすがに全体重は載せなかったけれども、それでも子どもを押さえつけて子どもに馬乗りになった。

当時小学校の1年生か2年生だった。

当たり前だけど、好きで馬乗りになったわけじゃない。

そうでもしなければ、他の子が怪我するか、本人が怪我するかというぐらいに椅子を持って大暴れしていたから。

どうやって馬乗りにするところまで持っていったのか忘れたけれど、とにかく怪我人を出さないためにはもうとっさに思いついたのが馬乗りしかなかった。

子どもには落ち着いてから謝ったし説明もした。

もしそれがその子のトラウマになったらすみませんってなるけれど、代わりにじゃあ誰か怪我すれば良かったのか?というとそういうことじゃない。

話が飛んだけれども、物事には必ずプラスとマイナスの面が両方同時に存在している。

これはコーチングやNLP(神経言語プログラミング)でさんざん習って、その見方も相当訓練した。

だから、一見マイナスに見えることでも必ず反対のプラスの側面も同時に存在している。

さっきの精神病の人の話ではないけれど、私がするのはそのマイナスの中のプラスを見せることじゃないかと思う。

そして私の山ほどのマイナスな経験も、そうやってプラスに転じたものもかなりある。

それがわかってくると、心の傷が癒えてくる。

そして新たな可能性にも気付けるようになるし、それを乗り越えた時に自分の自信にも繋がる。

私がするのは、そういうことなんじゃないかと思っている。

だから、答えは言わないし出せないけれども、自分力みたいなのはつく。

私の目の前に現れた大学生の女の子のおかげで、過去の自分にタイムトリップできた。

狭い施設の中だけで物事を判断することが怖かった自分。

もっと外の世界を知らなきゃいずれ限界がくると予想して、それで外に出た自分。

外に出てからやたらと負の体験が重なりまくって、それがコーチングに繋がって精神世界の扉を開くことになった。

たしかに見た目には私の人生は崩れたように見えるけれども、私の中では代わりに徐々に自分を生きるしかないことと自分を信じることを覚えていった。

その中には、自分が相手の意識体と繋がってそこからヒントや情報を得るような体質も含まれているし、石(ペンジュラム)を使っての情報キャッチも含まれている。

色々大きな声では言えないようなことばかりが満載だけれど、それでもそうした体質と付き合うことやそれらを使うことも徐々に覚えていってる。

そして何をするにしても、最後の最後は気持ちひとつだし、そうした体質を今後人との間に使っていく時に大切なのはいかに愛を持ってやれるかだと思う。

日本で福祉の通信制の大学に通った時、やたらと「愛」を福祉の現場の技術や理論を説明する時に連発する先生がいた。

そしてスピリチュアルな精神世界ではやたらと「愛」という言葉が連発される。

ちなみに「愛」と簡単に唱えてばかりのスピリチュアリスト的な人たちのことを私は心底軽蔑していて、だから自分もそう唱えるのは好きではないけれど、でも私ができる最大のことは愛を持ってある瞬間に立ち会えるかどうかだと思っている。

子どもが万引きしたり、よその子に手を出したり、下着を盗もうとしたり、セックスの真似事をしたりする。

私の目の前に現れた人たちが、人生悲喜こもごもの悲しみの部分や苦しみの部分を告白する。

それを言ったら人生が終わるんじゃないかというぐらいのヘビーな話だったりする。

誰かや何かに対しての懺悔的な告白をする人もいる。

そうした事態や状況になった時に、それでもその人たちには生きている意味があるし、生きている価値がある。

本人が自分を全否定したくなっても、そんなの嘘だと思われても、私にできることはただただそこに一緒にいることだけだと感じる。

どんなに小さくても愛のかけらがあることをあるよと言葉で態度で伝えることだと思う。

もちろん専門的な技術や知識は臨機応変に必要だし、役立つこともたくさんある。

でもそれ以上に、というか本当に究極の境地で最も大切なのは、気持ちを、何かしらの気持ちを示すことだと思う。

怒って欲しい人もいる。

それでも大丈夫だよと言って欲しい人もいる。

全力で向かってきて欲しい人もいる。

ただただ近くにいて欲しい人もいる。

その色んなことをその時その時にすることが私には愛に見えるし、本人はどう思うかは別にしてもそれを私ができる表現方法で伝えていく、それが最大にできることだとこれは本気で思っている。

日常にあるものたちはカオス過ぎて訳の分からないこともたくさんあるけれど、そしてそういう時に専門的なものに頼りたくもなるけれど、最後は私は気持ちひとつだと思っている。

そしてその気持ちの源は「愛」なのかなと色んな体験や経験を通じて感じた。

正しくは、私が色んな人たちから教えてもらった。

長い旅路を経て今私がたどり着いた1つの答えはそこになっている。

2019年1月3日木曜日

人間観察

バイトの仕事に慣れてきたら、人間観察をするようになった。

人間観察をしたくてしたと言うよりも、自分の反応を見て人間観察に励むようになった。

「生理的に受け付けられない人」というのがいる。

そういう人に出くわしたことで、私は人間観察を始めた。

それがたくさんいる人とそうでない人とがいるとするなら、多分私は少ない方だと思う。

苦手な人や苦手なタイプはいても、生理的に受け付けられないというのはほとんどいない。

今回も仕事は仕事だから、一緒にやっていてやりやすい人とやりにくい人がいる。

仕事はやりやすくても苦手な人もいれば、反対に仕事は極力一緒にしたくなくても別に人としては大丈夫な人もいた。

そういう意味で、超苦手を通り越して生理的に受け付けられない人、というのは私の場合そんなには多くない。

滅多に生理的に受け付けられない人というのに当たらない私にとって、そういう人に当たって私は自分の反応にもビックリしたし、そして最初は全身ザワザワするぐらいに落ち着かなかった。

途中からは、何でこんなに受け付けられないのか、その理由を探ろうとそれで人間観察を始めた。

基本的に3〜5人のグループで一緒に仕事をする。

でも各自持ち場を担当するから、基本的には1人で黙々とする作業になる。

だから接点はかなり少ない。

今日は初めて組んだおじさん2人と私の3人でスタートした。

おじさん2人はそれぞれちょっとくせはあるものの、基本的には人当たりはいいし、まぁ仕事をする時は多少「?」と思うところはあったけれども、許容範囲というかまぁいいかなという感じだった。

途中から2人の男の人が加わった。

1人はみんな周りもかなり注意して見ているかなり年配なおじさんともう1人は20歳前後の男性。

で、私が生理的に受け付けられない人というのはその若い方の人だった。

これまで一緒のグループになったことがなくて、いたのは知っていたけれども、まぁ多少変わった感じの印象は受けた程度で可も不可もない感じだった。

ところが、今日同じグループになってすごく近く、近くと言っても最大ヒト1人あいだに挟むぐらいの距離になった時に可も不可もないどころか不可でしかないことに初めて気付いた。
(最初変換したら「最大人1人間」と読みにくかったから、それで「最大ヒト1人あいだ」に変えた)

私はその男の人の近くになる度に鳥肌が立つぐらいの嫌悪感が湧いて、本当にゾッとした。

自分の反応に驚いたぐらいに、とにかく絶対に近寄りたくないぐらいに受け付けられなかった。

気持ち悪いのはわかったから(←失礼すぎるけれど、本当のことだから仕方ない)、私はその後何が気持ち悪いのかをずっと見ていた。

・清潔感がないわけじゃない
(少なくとも不潔ではないし、お母さんがきちんと洗濯してくれてるんだろうなぁという感じ)

・服のセンスは良くはないけれど、どうにもならないほどでもない
もし自分の好きな人が同じ服装なら、全然受け入れられる範囲

・髪型、顔、体型はそこまで特筆するようなことはない
(言うなら、絶対に女の子からはモテない。多分、彼女いない歴=年齢の可能性が高いけれど←本気で失礼、それは他の若い男の子たちの中にもその手のタイプはいたけれど、そんな嫌悪感とかはなかった)

・仕事の仕方はとても嫌だったけれど、それを言うなら年配のおじさんたちも似たり寄ったり又はもっとひどい人も中にはいたものの、おじさんたちは気にならなかった。

かもし出している雰囲気というか空気がとにかく苦手なのかなと思うけれども、決定的な理由はなかった。

ちょうど比較対象となる人たちもいたから、余計と上に書いたような理由で苦手なのとは違っていた。

決定的にこれが無理!という特定の理由は特に見当たらず、だけどとにかくマックス生理的に無理な人だった。

で、そんな時に限って、事件は起きた。

基本、仕事中は気が利くタイプじゃない。

周りを見て動くとか、気遣って先回りして何かをするとかもない。

だから私は油断していた。

ケースが満杯になったことで、新しいケースをセットすることになった。

ケースをセットする時に必要な札がある。

基本は1人でする。

みんなそれぞれ忙しいから、共同しながらすることはかなり少ない。

ケースは出したけれども札がまだで、私は札を取りに行こうとした。

取りに行こうとすると、私の向かう先の目の前にその男の人がじっとこちらを見ていて、私はゾゾゾッとしながらもとりあえず無視して先に行こうとした。

そうしたら、先回りしてその男の人が札を用意してくれていて、まさかの事態となった。

無視したいのは山々だったけれども、さすがに差し出されているのに受け取らないなんてことはできず、ありがとうございますと言って受け取ったけれども、その札に触れたくないぐらいに嫌だった。

なんなら仕事中、1人のおじさんと背中合わせですれ違った時にお互いに気付かなくておしりとおしりがぶつかるみたいなことがあったけれど、そんなの全然平気だった。

若い女の子のおしりならまだしも、私のおしりでごめんなさいぐらいなことまで思った。

そんな直接の接触が平気なのに、札1枚のやりとりが心底ダメって、相当その人が受け入れられないってことなんだとつくづく思った。

何せ今日は男性陣ばかりのところにいたから、色々近くになった時に自分の感覚を見ていたけれども、他の人たちの時は何ともなかった。

っていうか、その男の人と同年代の他の男の子たちや社員の人で20〜40代の男性たちで「無理」という人はいなかった。

その男の人だけが本当に生理的に受け付けられない人だった。

結局何が苦手なのかは最後までわからなかった。

その後、私は違うことを思った。

今回みたいに極端に受け付けられないのもかなりレアケースだけど、反対にいるだけでドキドキする相手というのもレアケースなんだなぁと。

どちらの場合も、思考が働く前に体が反応する。

生理的に受け付けないのはさておいても、ドキドキする方も自分でそうなることは選べない。

ドキドキしようとしても、ドキドキできない。

勝手にドキドキしてしまう。

物を手渡されたり、近くをすれ違ったり、そうしたことも誰でもいいわけじゃないんだなぁと思った。

色んな職場に行って、色々癖のある人や苦手なタイプの人たちもいたけれど、生理的に受け付けられない人はいなかったと思う。

そして、反対にドキドキした人も1人しかいなかった。

どちらも希少な確率で起こっていて、今回真逆の受け付けられない人に会って、ドキドキすることの体の反応の方も凄いことだったんだと改めて気付いた。

ドキドキも、しようと思ってできるものじゃない。

ドキドキしたくてすることはできない。

そして誰にでもドキドキするわけじゃない。

私は男の人たちからさっと気遣いされるのは毎回嬉しいけれど(今回は別)、気遣われたからと言ってドキドキするわけじゃない。

この1年、どうだったかを振り返ると、色々と気遣いはしてもらってもドキドキはなかったなぁと思った。

例えば、ヒーラーのOさんは本当に気遣いがさっとできる人ではあるけれど、Oさんは最初から「人」で異性という感じが全くしなかったから、2人で5回もみっちり会って、他にもラインを交わしまくったけれども、ドキドキ要素は皆無だった。

3月までいた職場は男性が多かったけれども、そこでもドキドキすることはなかった。

色々気遣いをしてもらったし、中には本当に絶妙な心配りのできる人たちもいたけれど、ドキドキはしなかった。

ドキドキof the year 2018は、無理矢理思い出した中で、友達の息子さんとラインした時だった。

私はその子にもオルゴナイトを代わりに買いに行って、その時にやりとりしたけれど、相変わらずスマートな感じですごく良かった。

しかも、その子は私が人生で出会った人たちの中で一番頭脳明晰のスーパー頭の良い子で、その頭脳の持ち主から私は「ストーンマジシャン」と称され、さらにそれは僕にはできないぶっしーさんだからできること、ぶっしーさんのしていることはすごいことです、尊敬していますなどと言われめちゃくちゃ嬉しかった!

私の石(ペンジュラム)を使っての物との対話とかも、ドン引きせずむしろ好意的に受け取ってくれ、さらにはそれに本当に心から敬意を払ってくれるのがすごく嬉しかった。

ドキドキではなく、胸がキュンとしたやりとりだった。

胸キュン of the yearだ。

ドキドキとは違う。

そうやって考えると、ドキドキってできないものなんだなぁとつくづく思う。

何かの本に書いてあったのか、自分でそう思ったのかは忘れたけれど、ドキドキすることの本当の意味は「この人はあなたにとって特別な人ですよ」のサインだと思う。

それを知らせるサインで、特に私みたいに鈍い人はそういうのがないと気付かない。

誰にでもドキドキするわけじゃない、本当に私にとって大切な人にしか反応できないように、ドキドキの装置は備わっているんだと思う。

2019年、ドキドキを体験できるといいなぁと思う(*´︶`*)♡。

2019年1月2日水曜日

私の体質について

「癒しのレシピ」として発動させたことの裏側を書きたい。

そして、この癒しのレシピこそが自分の体質に気付くための大切なプロセスだった。

多分、最初に気付いたのは、まださくらが満開に咲いていた頃の話(2018年4月)。

色んなことが重なってなかなか眠れないと話を私にしてきた友達がいた。

その友達は別に眠れないことを相談したのではなく、単に今の状況を私に話しただけだった。

一瞬「ハーブティー」という言葉が出てきたけれど、無視した。

そうしたらその後、「ハーブティー、ハーブティー、ハーブティー」と3回、音のないでもやたらと強い言葉がやってきた。

そこでようやく友達の話を中断して、なんかよくわからないけれど、ハーブティーという言葉が出てきて、多分それは眠りを助けてくれることだと思うと伝えた。

ペンジュラムにも聞いたらYESと出た。

これが、初めて私が「自分の体質」に気付いた時のことだった。

言葉で「自分の体質」を説明すると、私は目の前の人からその人自身もしくはその人に関わりのある人の問題や悩み事なんかを聞くと、瞬時にその問題や悩み事の解決策やヒントを得る。

そしてその解決策やヒントは、どうやらその当事者の人の潜在意識や魂からもたらされているようで、それを伝えるとその後色んな変化を相手の人が体験するようになっている。

この体質というか能力というかに気付いたのはほんの数ヶ月前で、私自身もまだまだ自分のこの体質の全容がわかっていないし、本当に相手の潜在意識や魂から情報をもらっているのかどうかも定かではないし、そして自分でコントロールできることでは一切ないから、正直まだまだわからないことだらけだったりする。

コントロールできないと言うのは、私の方で意図して相手から情報をもらおうと思ってもらえるわけではないし、来るタイミングや内容も自分では選べない。

しかもどこまでが自分の考えでどこからが相手からの情報なのか分別がつきにくいから、その辺りも毎回混乱する。

そして伝えた後の予後に関しても、私はどうなるかなんて予見もできないから、後から教えてもらって初めて知ることばかりが続いている。

これはのちにわかるけれど、私の場合、この体質が発動したのが実際にいつからかはわからない。

自分で自覚できたのが2018年の4月にしても、それ以前も無意識にキャッチしてたと思う。

というのも、実はそれまでも普通に人の話を聞いていると、何かしらそのテーマに関してポンポンと色んなことが勝手に浮かぶのは常だった。

色々感じたことを感じたまま話してはいたけれど、私はそれは単なるちょっとだけカウンセリング的なことをしているのかと勘違いしていた。

さらに言うと、人によっては相手を怒らせていたから、私は相手から求められない限り言うことを避けていた。

今ならわかる。

おそらくだけど、怒った人たちは私側の伝え方に問題があったのではなくて、相手側にすると図星で本人が避けたいテーマをズバリ言われるからそれに反応していたと思う。

だけど、私は自分に自信がないのと、無駄に人から怒られてこちらもその後意気消沈してズルズル引きずるのが嫌で、それで私は相当相手の空気を読むクセがつくことになった。

私もアドバイスとして言ってるつもりもなく、パッと出てきたものを言ってるに過ぎなかったから、そして私は客観的にその出てきたものがなぜか「良い」と感じていたから、その時は迷わずに伝えていた。

けれど怒られる可能性はあるし(ちなみに本当に怒らせたのは記憶にある限り2人だけだけど、私にはトラウマ級に記憶に残った)、そういう事態を自ら招くのも嫌で、だから色々わかっていてもあえて何も言わないとか、色々と避けていた。

で、話は戻ってハーブティーの友達の時のこと。

一応友達には「言ってもいい?」と確認してから言った。

これはこの後私をめちゃくちゃ助ける魔法の言葉になるわけだけど、私はまず相手に「今パッと出てきた言葉があるけれど、言ってもいい?」と聞くことをしてから言うようになった。

今後に関しては、相手が私をどう思ってもいいから、何か出てきた時には私の体質も伝えた上で出てきた言葉を伝えようと思っている(←2019年正月現在)。

その友達と会った後、やたらとだるくなった私は他の用事をすべて取り止めにして帰ったけれども、2018年は何か自分の体質的なものに気付くと一度は体の具合が悪くなるのも特徴的だった。

おそらく、自分の中の古い価値観や自分が苦しくなる思考パターンなんかを手放すことで一時的に具合が悪くなっていたんだと思う。

好転反応と呼ばれる、体や心が良くなるために起こる1つ前の状態みたいな感じ。

大体半日から1日もすると良くなるし、回復するとそれ以前よりも体の調子も頭の中もスッキリするから、良い変化だと私は認識している。

次は、オルゴナイトを紹介した人40人くらいの中の1人の方からだった。

オルゴナイト作家さんに会う前に、オルゴナイトが渡った人たちから感想を聞いて回っていた時に起こった。

感想に付け加えて個人的な気持ちや思いを聞いて、「えっ!?それ絶対に違う気がする!」と瞬時に感じた。

本人も苦しくなっているし、オルゴナイトが悲しんでいるのか何が悲しんでいるのかは全くわからなかったけれども、何かが違うことはわかった。

そこで私は出先の車の中で、色々メッセージ的なものが思い浮かんだから、車を適当な駐車場に止めて、それをひたすらメールに綴った。

すごいぶっ飛んだ内容で、その時はさすがに「これ私の意見や考えじゃない」というのはわかった。

その時相手に向けて書いた文章にもその形跡が残っている。

>>>私書いててなんなんですが、本当に何と交信してるのか全くわからないのでその辺りの細かなことは一切答えられないですが(なんで、疑われても反論の余地もないです 苦笑)、少なくともペンジュラムがグルングルン勢いよくYESに回るので、それだけが唯一私が「絶対的に私ではない何か別のところからの**さんに向けたメッセージ」という風に断言できます。>>>

次の人は、私は相手の名前も顔も知らず、友達の友達として紹介され対応した人だった。

少しその友達の友達の抱えてるものが何かを聞いて、その子に向けて何か癒しのヒントがあったら教えて欲しいと言われた。

当時の私は何もわかっていなくて、本当に興味の赴くままに、前々から試してみたかったことをした。

ペンジュラムと図解的なヒーリングの本を使って、そこからその人個人に向けたヒントを得ることだった。

本は全部で7つの主要な体のチャクラについて解説されていて、それぞれの癒し方や扱い方が書かれている。

それをペンジュラムを使って、どのヒントがその人に必要かを探り当てたのと、他にも私独自の発想や感情の癒しのヒントから、ポンポンと思い浮かんだことを組み合わせて、その人専用の癒しのヒントを書き上げた。

それを私の方で『癒しのレシピ』と呼ぶようになった。

これもおかしなもので、「癒しのレシピ」という言葉がパッと浮かんで、それで自分の中でそのまま使っている。

それは友達の友達に非常に喜ばれたのと、この行為がまさかまさかの展開を生み出した。

なんと、友達の友達は、その後何年も患っていた健康面での症状が劇的に回復した。

私は医療の専門職でもなんでもないけれど、それらに関して心理的なアプローチをいくつか提案した。

そして、そのぐらいの時期に、こうしたことを話せる友達から私は脳の松果体についての本を借りた。

友達は「これ読むと、ぶっしーのしていることが載っているんだよね!多分ぶっしーがしているのはこういうことだと思うよ」と説明されながら、渡された本だった。

当時私が立てた仮説はこうだった。

私自身が何を情報として引っ張ってきているのか、そしてその出どころがどこかはわからないけれど、癒しのレシピがそれぞれの人たちのパターンを変える1つのきっかけになっているんじゃないかと。

例えば毎朝起きてすぐは何もしなかった人が、ストレッチをするようになったら体が柔らかくなる。

そうしたパターンを変えることで起こる変化たちなのかもしれないと思った。

私が伝える癒しのレシピには、そのパターンを変えていく効力みたいなのを持っているのかもしれない…、と自分では予想している。

ちなみにそれは私がすごいのではなく、単に相手から直接情報をもらっているとするなら、本人が本人に向けて私を使ってメッセージを伝えているようなものだから、良くなるのはある意味とても理に適ったことだと感じる。

実際はもう少しマニアックな言葉でこれらのことに仮説を立てたけれど、その仮説はおそらく当たりで、私はその直後発熱して体調不良を起こした。

それもすぐに治ったけれども、今も振り返るとその考えで合っていたと思う。

で、これは今思うけれど、私はすでにその時から相手の潜在意識から何かしらのヒントを得て癒しのレシピを作っていたと思う。

というのは、そんな顔も名前も知らない誰かに向けて、やたらと具体的なアプローチをいくつも書き出すというのは、普通に考えて有り得ない。

本だけではなく、どういったポイントにヒントがあるのかもパパパッと瞬時に思い浮かんだし、あとはペンジュラムでYES NOを確認して必要なメッセージだけを抽出して言葉に起こすだけで良かった。

私からすると、そうしたことをしている最中は、それが合ってるのか間違っているのかさえもわからない。

だけど、よくよく考えたら、その時の方法も私はいきなり思いついてやって、そんなのどこにもやり方なんて書いていない。

いきなりやっていきなりできたわけだから、そのこと自体が普通ではないことがわかる。

今頃になって普通じゃなかったなぁと気付いた。
↑相変わらずぬけてる。

私もそのやりとりが面白くて、さらに別の友達にモニターをして欲しいと頼んだぐらいだった。

そのモニターの友達にも、同じ手法でやった。

これはけっこうキツいものがあった。

なぜなら、1回目の友達の友達の時とは違って、やたらとキツい言葉ばかりがその本から抽出されて、「えっ!?これ言うの?」という感じだった。

案の定、友達からはものすごくショックな言葉が並んできつかったと言われ、その後に友達は大きな出来事を体験して、そこでようやく色んなことが中和されたことがわかった。

で、その数ヶ月後の先月のいつだったかに、友達の個人的な話を聞いた。

私はまだその時もピンと来ていなかったけれども、今さっき読んで納得した。

その数ヶ月前にそのモニターの友達に書いたキツい内容は当たりというか、もっと大切なメッセージが含まれていたことに気付いた。

そして、友達が口にした個人的な話と数ヶ月前に渡した癒しのレシピが見事きれいに繋がった。

だから、余計と私は確信が持てた。

たしかに言葉はキツいものではあったけれども、それは本人にとって大切なメッセージで、そしてそれは当人だからこそ響くようになっていること。

そして、どの癒しのレシピも共通して、それを受け取る人たちが良くなるためにやってきていることもわかってきた。

続いては、別の友達にもモニターをお願いしていて、友達のタイミングで「今欲しいな」と思ったら私に連絡して欲しいと伝えていた。

本当は友達から連絡がくる予定だったにも関わらず、その時は全く予定外の時にやってきた。

別件で友達と連絡を取った時に、友達は返信に最近の近況を数行だけさらっと書いてきた。

友達は単に近況を話しただけで、私に何かを求めていることは一切なかった。

だけど、私はそのメールを読んだ瞬間、その数行の情報から一気に色んな情報をもらい受ける感じになった。

その日は本気で寝込むぐらいに具合が悪かったくせして、今書かないと忘れると思って、私は一気に来た情報を布団の中で横になったまま書き上げた。

たかが30分ほどで19個ものヒントを書いた。

そうしたら友達から返信がきて、まずは私が友達の様子を透視してるのかどうかを聞かれた。

透視もしてないと言うよりできないし、私の話したことが本当に必要なのかどうかも私にはわからないことを伝えた。

実際にどんな風だったのかをもっと詳細に説明したけれど、友達いわく私が友達の生活の中に潜入して実際にその状況を目の前で見て、それでそこから分析をして情報を得ているのかと思ったらしい。

それぐらいに私の情報は的確且つ超具体的で、隣りで見ていたとしか思えない、あまりの情報の正確さに度肝を抜かれたと言われた。

さらに、その中で使ったある言葉が、友達もまさに全く同じ言葉をその状況に対して自分の中にも持っていて、まさかそれと同じ言葉を私が言ってくるなんて思ってもみなかったと言っていた。

言葉自体、超マニアックで知ってる人いるのかな…というレベルのものだったから、そんな言葉を私がさらりと書いていたことに心底驚いたと言われた。

その友達は他にも細かく分析してくれて、その分析内容をすべて私に教えてくれた。

この友達のおかげで、私の方でも、どうやら相手の潜在意識や魂から情報を得ているということに対し、本当にそうなっているのかもしれないと思えるようになった。

最初の頃は、何と交信しているのか本当にわからなかったけれども、今もそれは相変わらず感覚としてはわからないままだけれど、それでもメッセージを私から受け取る側の人たちの話を聞いてて、どうやらその人たちの意識体とどういうわけか繋がることはわかってきた。

ある日のホロスコープ講座の後のクラスメートたちとの集いの時のこと。

この時も、最初は私は自分が知っている情報を喋っているのかと思った。

ところが、後日になってその方に伝えた言葉を私は具体的に思い出せなかった。

調べてまた連絡しますと言っていたことを連絡しようとしたら、前回会った時に話した言葉も一部必要なのに、それが出てこなくて自分でも驚いた。

内容は覚えていても言葉が残らない。

そして、内容に関しても、ベラベラと流暢に流れるようにその時は話していたのに、数日後にはその大半を忘れた。

それでようやく、あの時に話したことは、相手の潜在意識なり魂から情報をもらって喋っていたことに気付いた。

何せ普通の会話の延長でそうした話が出てくる。

話してる最中に、これをした方がいいとか、こんなところに力を入れるといいとか、これがヒントになりそうとか、そうした諸々が見えてくる。

普段の会話の時とそうした誰かの潜在意識や魂から情報を得て喋る時とに、明確な差はない。

私自身はその差がわからないし、自分の意識の状態も変わらないから、本当に区別することができない。

だけど、時間が経つと差が徐々に出てくる。

今現在わかった差は
・同じことを話そうと思ってももう記憶がかなり抜けて、時間が経つと最初の時のようには話せなくなる
・自分のことじゃないから、どんなにキツい内容でも自分の気持ちに全く響かない
の2点。

その2点の条件を満たす時は、基本的に相手から情報を得ているとわかる。

次の話は年内最後の癒しのレシピをしてわかったこと。

これはもっともっと数を打たないと本当にそうだとは言い切れないけれど、数々のことを積み重ねた結果、基本的に私が情報をキャッチする時の条件として、相手側が何かしら本人の状態や問題、課題を話してもらうことが挙げられる。

それは最初の友達のように、色々悩んでいて眠れないという程度で十分で、とにかく何かしらの状況を説明してもらう。

そこが情報が開く時のスタートで、それを皮切りに情報が私の方へやってくる。

私の場合、言葉としてくる時もあれば、感覚としてくる時もある。

対面や電話で話してる時は、普通に会話するかのごとく話せばいい。

そこはいちいち言葉を組み立てない。

普通に会話のように話しているから、基本とても気付きにくい。

相変わらずどこからが自分の考えでどこからが相手の意識体からもたらされた情報なのか、その差がわからない。

これがメールなんかで送るとなると内容を組み立てないといけなくなるから、キャッチしたものを相手にわかるように言葉に起こす。

これはやっていく中で気付いたけれども、人によって書き言葉の言葉の種類が違う。

やたらと丁寧な言葉になる人もいれば、無機質みたいな機械的な言葉ばかりが並ぶ人もいれば、まるで私が私の意見として書いているような言葉の人もいる。

この辺りもまだまだわからないことだらけではあるけれど、基本的に私は書き言葉のタイプさえ私が選んでいる感じとは違う。

年内最後の人の分は、私の普段使うような言葉で書いて、私自身も相当混乱した。

これ私が自分で単に自分の意見を書いているだけじゃない?と思った。

でも色んな理由からそうではないと思ったのと、そして受け取り手の当人からそれが私ではなく本人の魂的なものから伝えられていることを、私が書いたある部分の言葉によって証明された。

ちなみにその方の分は内容が強烈過ぎて本当に書きたくないことのオンパレードだったけれど、おかげで色んなことを学ぶことができたのと、最終的に自分のしていることに自信が持てるようになった。

年内最後の分やそれにまつわるエピソードは、また別記事に書いてアップする予定(今途中まで書いた)。

春先から本格的に始まって、 9ヶ月ほど色んな形で癒しのレシピと関わってみて、今ようやくそこに向き合えるようになった。

「癒しのレシピ」と名前を付けた頃はまだ興味関心の方が強くて面白いと思えたけれども、その後は自分の体質が何で自分のところにきてしまったのか、できれば避けて通りたいと思うようになった。

しかも、何と交信してるのかもわからないし、もしかしたら全部嘘かもしれない…、そんな風に思ったこともあった。

葛藤したことはたくさんあったし、今は一山は超えた感じはするけれど、これからも葛藤することは色々出てくると思う。

ペンジュラムを使って山で行方不明になった人の人探しをして欲しいと頼まれたあたりから、少しずつではあるけれど、自分を使うことに対して抵抗ばかりじゃなくて、それをすることもありかも…と思えるようになった。

この謎に満ちた体質的なものも、使ってもいい、ようやくそう思えるようになってきた。

相手がどう受け取るかは相手に任せたらいい。

私ができるのは、あくまでキャッチしたものを相手に言葉にして伝えるところまで。

それに対して相手がどう反応しようと、反対に何も反応しなかろうと、それは私が立ち入る区域じゃないというのがはっきりとわかった。

今回の一連のことを自分なりに見てきて、7月に受けたホロスコープのS先生の言葉がよみがえる。

【プライベートがなく、プライベートな時間や空間でも何かしらをしてしまうこと】

【自分が星を使うんじゃなくて、星にどうぞ私のことをお使いくださいという生き方】

相手の情報が来る時は、私がその時何をしているかは関係ない。

具合が悪くて寝込んでいても来るし、私用で外出中でも来るし、他にも自分は家でゆったりモードでいる時でも来る。

毎回待ったなしで来るし、来たら来たで私もそれをどこかにメモするなりしないと全てを後から思い出すことは難しいから(ハーブティーの時みたいに量が少しの時はいいけれど、いつも大抵異常なほどの数でやってくる)、とりあえずまずはどこかに吐き出しておかないと(=メモ)自分も他のことが手につかない。

だから、プライベートがないというのはこういうことを指すのかなと思う。

私が星を使うんじゃなくて、星に私をどうぞお使いくださいというのも、まさにそれだと思う。

そもそもこんなことやりたいかと言われるとそんなことはないし、しかもどこかで誰かに習ったわけでもなく勝手にできてしまっているあたり、自分自らが選んでやってるというよりも勝手にそうなってしまっている感じが強い。

今回は書かないけれど、私がこの能力的なものを扱うに際し、必要なその他の力を人生の他の場面で積み重ねていた。

私はそうとも知らずにひたすら目の前のことをやっていたわけだけど、結局はこの能力的なものを扱えるようになるための土台に繋がっている。

例えば言いたくないような、ハードな内容のメッセージももちろん容赦なくやってくる。

私の個人的感情は、「言いたくない」。

何もそんなトラブルになるような、相手も一時期は確実に辛くなるような、そうした内容は言いたくない。

だけど、そうした個人的感情と来たメッセージとを切り離して考えないといけない。

それは私のものではなく相手のものだから、その相手のものに対して、私が勝手に個人的感情で言う言わないを決めることはできない。

そうした姿勢や思考パターンも、過去の色んな経験で積み重ねてきたから、今できる限り冷静に私情を挟まずにすることができる。

今後、この体質的なものがどんな風になっていくのかは未知数だけれど、それを私はとにかく淡々とそして自分にできる最大限のところでやっていきたいと思っている。

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以下、7月末にS先生の鑑定を受けた時に言われたことの中で、今回の話に通じるもの
【書いた当時は2018年の7月の終わり】

・(私の場合、ヨッドの1つが太陽+月+冥王星で構成されていて、月は過去生の太陽を表し、冥王星は先祖の意思を表す。)
表面上はやりたくないと思っていても、そこには先祖でもDNAでも神でもなんでもいいけれど、そういうものにロックオンされているから、やらないわけにはいかない。
しかももうスイッチが入っているから、やらざるを得ないところに来ている。

・2020年の年末に冥王星が自分の社会的役割を意味する軸に乗るまでには、何らかの肩書きを定めないといけない。内緒で勉強してるだけじゃ済まなくなってくる。

・「霊能者」と名乗るのは抵抗があるかもしれないけれど、そういうものになっていく。霊能者と言っても、誰かの真似はできなくて、自分の中にある何かと何かを組み合わせていくタイプで、その組み合わせたものを提供していくチャートになってる。
(注意:私自身は自分が霊能的なことができるとも思っていないし、やりたいとも思わない。普通にみんなができるかと言ったらできる人はとても少ないと言うより会ったことないちょっと変わった、見慣れない聞いたことない能力的なものはあるけれど、でもそれは「霊能」とは違うと思ってる)

・自分で組み合わせてメソッドを作っていかないといけない。

・こんなに重たいものが来てたら、覚悟しておいた方がいい。自分で自分の星を使うと言うよりも、星にどうぞ私をお使い下さい、というようなレベルになっている。

・私の場合は、太陽と月がそのヨッドに参加してそこに冥王星もくっついて、さらにそのヨッドがブーメラン化しているから、まずは『プライベートがない』。
家にいても常に仕事のことで何かを思い付いたり、メッセージがダウンロードされたりする。

・上記に合わせて、そもそもそうした見えない力の部分を継承して生まれてきているから、どうしてもプライベートにもその部分が侵入してきやすい。

・スピチュアルなことは、これまでの過去世で散々やってきたから、わざと封印してた可能性がある。封印することで現実的な感覚を養うために。
だけど過去の資産だから才能にはなっていて、ある一定の時を過ぎたら出てくることが多い。ペンジュラムがそれに該当すると思われる。

・今の時期は、「再方向付け」「方向転換」という意味の時期になっている。あと1年半したら私自身の太陽が牡牛座に移るため、牡牛座になると自分の肉体に備わった資質をもっと発揮していくことになっていく。

・上記に対して、逆らうことはないのかを質問したら、「それはない」とのこと。ただ、今は葛藤がある(配置がそうなってる)。

・自分の才能や自分が持って生まれたもの、自分からは逃げられない。
だから、いかに自分の星を好きになって手慣れていくかということが大事になってくる。
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【番外編】
上の例には書かなかったけれど、1人だけ例外的に癒しのレシピをしたためた人がいる。

本人に頼まれたわけじゃない。

本人が私に自分の今の問題や悩みを言ったわけでもない。

あの時はなぜか「その人に向けたメッセージだ」とわかって、出てきたものをそのまま拾って言葉にした。

この9ヶ月で、私が「癒しのレシピ」として何かしらをしたのは、その人を含めて10人。

その中でその人の癒しのレシピだけは全く色彩の違うものだった。

それを作っていた時はもとより、その後読み返すとぬくもりを感じるものだった。

その人へのメッセージだけは、ぬくもりのある温かいものだった。

基本的に私は言葉を選べない。

出てきたものをそのまま出すしかない。

本当にそれらの言葉がその人の潜在意識なり魂なりから出てきた言葉なのかはわからない。

だけど、個人的に、その人の癒しのレシピの時だけは本当に心からほっこりして、温かいなぁと感じた。

他の人たちのものを作る時には絶対になかった感覚だった。

多分だけど、癒しのレシピはこれからもたくさん数を重ねていくと思う。

色んなドラマや物語を見ていくことになると思う。

だけど、その人に作った時みたいなほっこりした感じや温かい感じをそこから感じとることは、もしかしたら最初で最後かもしれない。

本当はその人にも聞いてみたい。

その癒しのレシピはきちんと届いたのかどうか。

届いたとするなら、読んでどう思ったのか。

何を感じたのか。

もしかしたら私の思いっきり勘違いなのかもしれない。

勘違いでもいいから、勘違いだよと教えてもらいたかった。

色々と不明なことばかりのメッセージではあったけれども、私はそのメッセージに触れられて良かった。

最初で最後の癒しのレシピかもしれなくても、それに触れて、あの温かい感じに触れられて、すごく貴重な体験だった。

色んな人たちの癒しのレシピをした中で、その人の時だけ唯一出てきた言葉がある。

「愛」

みんなに出たわけじゃなかったから、とても印象的だった。

本人拒絶しそうだけど、その人は実は誰よりも愛深い人なんじゃないかと私は思ってる。

2019年1月1日火曜日

新年の決意2019

あけましておめでとうございます(*´︶`*)

人生で初めてじゃないかと思われる、心からの新年の決意を!

「自分を使う」

言葉が相変わらず足らなさすぎて、またいつもの通り、思いついたまま言葉を綴ってみよう。

40歳を目前に、今やっとやっと自分を使うことを決めつつある。

私の山ほどある言い訳をいつか別記事にして書きたいぐらいだけれど、私はずっと自分の人生から逃げていた。

30歳ぐらいまでとりあえず色んな体験を積んだから、そこはとりあえずOKとしたい。

その後の数年間も逃げるというより必要な体験を積んでいたから、OKとしたい。

一番逃げたのは、この1年。

さかのぼること2017年の5月になるかならないかの頃。

とりあえず5月で派遣の仕事が終了するとわかって、でも次を全く決められる状態になかった私は、決断を先延ばしにした。

さらに、その夏、九州の友達の結婚式に参加することが決まっていたから、とりあえず働き方に関して博打を打ってる場合じゃなく、まずは稼ぐことに専念しようと思った。

派遣会社には、できれば短期で、期間は半年ほど、最長でも年度いっぱいで終了する期間限定の仕事を紹介して欲しい、と言った。

他に希望したのは時給ぐらいなもので、休日や職種は細かく希望を出さなかった。

そんな軽い感じで、というかもはや目先の結婚式に焦点を当てて、そして先々のことはまだ決めかねているから長期でどっぷりの仕事もアウトで、とりあえずもう数ヶ月決断するのに時間が欲しい、働きながらまた考えよう!というぐらいの体で次の仕事の紹介を申し込んだ。

そんなにも軽々しく申し込んだにも関わらず、ものすごい勢いで色んなことをその職場で体験することになったわけだけど、とりあえず自分のことに関しては先延ばしをした。

それで1年前の今ぐらいから、いよいよもう色んなことを先延ばしにしてばかりもいられない、と何の計画もまだ立ててなかったくせして、そこだけはやたらとはっきりと出ていた。

カウンセリングをするにも、セラピーをするにも、何も用意などしていなかった。

だけど、これ以上ズルズルと派遣の仕事を続けてはいけないというのはあった。

最低限の生活は保障されるし、とりあえず色んな心配をしなくて済むけれど、自分の中ではもうそうやって逃げてばかりもいられない、という気持ちだけはあった。

で、いざ何も準備しないまま3月に仕事を辞めて4月からフリーの身になったけれど。

また相変わらず色んなことを先延ばしにしまくった。

ホロスコープの読み解きは面白かったしどハマりしたけれど、ホロスコープを読み解けば読み解くほどに気付いていた。

自分で決めなきゃいけないこと、そして自分で動いていかなきゃいけないこと。

私はその2つからとことん逃げた。

決めるのも何を決めていいのかもわからなかったし、自分の心が決まらないから動き方に関してはもっとどうしていいのかわからなかった。

それらをわからないことにして、決めることも避けていたし、動くことも避けていた。

どちらも究極にしたくなくて、とにかく目一杯逃げまくっていた。

で、逃げてはいたけれども、他人の潜在意識や魂からのメッセージみたいなものをキャッチする自分にも気付き始めたし、ホロスコープの先生たちと霊視力のあるヒーラーのOさんから、いよいよそうした自分を使っていくことの話を出されるようになった。

3人とも私にやれとは一言も言わなかった。

「やるでしょう」という言い方でしかなかったけれども、その言い方やその他の話の部分から、やりたいやりたくないではなくやらざるを得ない、という感じだった。

さすがに色んなことがおかしいことにも気付いていたし、人生そのものの流れもかなり特殊なことも理解するようになった。

でも私は決められなかったし、動きたくないから動かなかった。

話はいきなり飛ぶけれど、私はつい数日前に自ら自分のサービスを第三者に売り込んだ。

いわゆる「営業」や「集客」にあたる行為だと思うけれど、私の場合、営業したわけでも集客したわけでもなかった。

今回年賀状のアルバイトに出たことで、1日の3分の1の時間は、勤労に充てられることになった。

それと同時進行で、私がキャッチした第三者の潜在意識なり魂からのメッセージを言葉に起こしていた。

やりながら、自分で気付いた。

これを無料で提供するには、私側に限界があると。

大真面目に、年賀状のアルバイトと同じぐらいの時間を必要とした(今回の場合)。

当然、1日の時間には限りがあるわけで、もし私がこれを丸っと無料でするとなると、私はダブルワーク並みの時間と体力と気力を使いながら何かをしても、お金は片方からしか手に入らない。

自分でもわかるけれど、相手から何かをキャッチして伝える時、私は全力でする。

お金をもらうもらわない関係なしに全力でやってしまう。

手の抜き方がわからないのと、元々器用に物事に取り組めないし、計算して「これだけのお金ならこれだけの労働を提供しよう」とかいうことを考えられない。

そういう割り切り方もできない。

だけど、メッセージは勝手に来てしまうし、相手から要望があれば伝えないわけにもいかない。

で、私はどうしたかと言うと、相手には正直に伝えた。

質問とかにも答えることはできるけれども、いかんせん時間がかかるし、私もそれを無料でやり続けるには限界がある、と。

だから、大切なところは全て伝えるけれども、それ以上に込み入った個人の話であれば、私から個人セッションを受けて欲しい、と。

要は、無料でやり続けると自分が嫌になる、すごく大切なことをしていると自覚してるにも関わらず、自分のすることが自分にとって負担になることがわかった。

だから、ここはお金を介して、はっきりと線引きするのが何よりも自分のためになると判断した。

もう相手云々ではなく、私がもたないからこれは無料でするのは違うとわかった。

そしてさらに話は飛ぶけれども、私は個人セッションができるほどに力がついた。

知識も技術も色々と蓄えた。

そして何よりも自分の心が定まってきた。

きちんと探せばいるのかもしれないけれど、少なくとも私は私と同じことができる人に会ったことがない。

自分でもまだ自分のできることがどういうことなのか手探り状態だけど、霊視とも違うし、カウンセリングやセラピーとも違うし、ここからは専門用語を並べるけれど(気になった人がいたら調べてください)、チャネリング、リーディング、ブループリントの読み解き、その他にもとにかくあらゆるジャンルに属さない。

別に名前は何でもいいけれども、とにかく私も自分でどうやってそうしたメッセージのキャッチをしているのか説明できない(どんな風に起こるかは説明できても、自分で「相手のメッセージを読み解こう!」と意図してやってるわけじゃないから、やり方は自分でもわからない)。

これは近いうちに記事にしたいと思っているけれども、とにかく言うなれば「勝手にメッセージがやってくる」から、私にしてもどうにもコントロールできない。

しかも自分でも自分の思考なのか相手からのメッセージなのか、今のところ、それが起こる瞬間はその分別すらつかないから、もっと説明は難しくなっている。

ちなみに、これ第三者のことはできるのに、自分のこととなると丸っとできなくなる。

自分で自分にできたらさぞかしいいだろうと思うけれど、自分に対してできないのが残念すぎる。

もう一つ。

自分の感情が強く出る相手もダメで、これが例えば異性のパートナーとなると、個人的感情が強く反応する相手ゆえ、冷静な判断に欠くことになる。

とにかく、そんなこんなで自分を売り込むと言うより、無料でやるのは限界だから、もっと個人的な対応が必要なら有料の個人セッションにして欲しいと自ら言った。

私の場合、営業や集客というより、自分の限界を相手に訴えるという、そもそもの論点が違っていた。

だから私は相手から申し込まれるなんて思っていなかったし、申し込んで欲しいとさえ思っていなかった。

そうしたら逆に申込が入った。

そこで気付いた。

私が自分の持ってるものを好きとか好きでないとか、売り込みたくないとか、自分の生き方を決められないとか、色々動きたくないとか、そういうのは関係なしに、私が持っているものを必要とする人もいるんじゃないかと。

そういう人に対して出し惜しみするのは絶対に違うし、もうやらざるを得ないのであれば、私が無理なくやれる方法を模索しながら少しずつ形にしていくのがいいのかなと。

半分寝落ちしながら書いているところが数ヶ所。

話がまた飛ぶけれど、私はとにかく自分のそうした性質を有効活用しようと考えている。

ここまで決められたのは、やってもやらなくても自分の価値は変わらないというのが本当の本当に腑に落ち始めたから。

この数年でことごとく色んな人たちから理解が得られず、なんなら私にしたら心無い言葉も飛んできて、かなりしんどかった。

でも、色んなことの積み重ねで、自分がどこで何をしていようと、反対に何もしていなかろうと、私は変わらないとわかった。

そして、必要とされなければやらないで済むだけの話だし、必要とされないからと言って私がダメになるわけじゃない。

例えば、自分が一緒にいたいと思う人から同じように思ってもらえなくても、むしろ相手から私が嫌われたとしても、それでも私は私のままで、そしてその自分でいいんだと思えるようになった。

またまた話が飛躍するけれど、私が自分を使う時、何よりも大事なのは、技術や知識ではなく気持ちだと思っている。

技術や知識ももちろん大事だし、それはきちんとして当たり前のことだとも思っている。

ただそれだけじゃ自分を使うことはできない。

一番基本でそして何よりも大切なのは、「気持ち」の部分だと私は思っている。

この場では細かいことは端折る(はしょる)けれど、1つだけ確実に言えること。

前回書いた2018年最後のブログの中に「愛」について語ったところがある。

愛の感覚に少しだけ触れた。

あの無尽蔵にでかくて広い愛、あれが自分を使う時に絶対に必要になってくる。

ここではキツいことを書いていないけれど、相手のメッセージを届けるというのは、時にかなりキツいメッセージも含まれる。

そうした時に、愛を持って相手と向き合えるかどうかが相当問われる。

そうした場面に遭遇した時に、間違いなく愛の感覚を知ってるというのは心強い。

自分にないものを何とかするなんてできないけれど、すでにあるものはただ思い出せばいい。

うまく言えないけれど、去年その会ってもいない人から私が貰い受けていたものは、その愛の感覚だった。

特に、物事がうまく進まない、むしろ後悔にも似た気持ちを抱く時、愛があるのとないのとでは全く違う展開になる。

そうしたものを教えてくれた人だった。

本人は自覚ないだろうし、私の考え方もぶっ飛び過ぎかもしれないけれど、そうした積み重ねがこれからの私の大切な土台の部分になってくれるのは間違いない。

寝ながら書いているからかなりわかりにくい話かもだけど、私はこれから先「自分を使う」ことを新年の決意だけにせず、本当に自分の残りの生きる時間に組み込んでいきたいと考えている。