2018年11月7日水曜日

破壊と再生と変容の先にあるもの

どこの誰かはわからないけれど、7月に書いた記事を読んでくれたらしい。

タイトルを見ただけじゃ自分が何を書いたのかわからなくて、その中身を読んでみた。

何でピンポイントでその記事がヒットしたのかは知らないけれど、そのピンポイントで引っかかってくれたどこかの誰かにありがとうと言いたい気持ちになった。

私はその中で変化したものと変化せずに残ったものとを対比させて書いていた。

変化したものも残ったものも不可抗力的ではあったけれど、特に残った方は私に安心感や自信のようなものを残してくれた。

そんな風に自分が書いたことも思ったことも、その文章を読むまでは忘れていた。

指折り数えて、その時から4ヶ月ほどになる。

変わらないものは相変わらず変わらないままなんだなぁと気付いた。

本当にこの1年はめまぐるしかった。

去年の10月10日から今年の今日11月7日まで、木星がさそり座にあった。
(明日8日に射手座に移動する)

テーマは主に2つで、
・変化を受け入れる
・自分にとって何が一番大切かを見極める
だった。

さそり座自体が、「破壊と再生」「変容」を意味するから、その通りのテーマがどんどん人生の中に流れ込んできた。

これから先の人生に持っていけないものは、とことん削ぎ落としされた。

反対に、今後も残ることが正解なものや必要なものは手元に残った。

7月に書いた変化せずに残ったものは今も私の中にある。

解釈が難しすぎるけれど、努力なしで残ったことには変わりない。

「解釈が難しい」と言ったのは、残ることが正解な感じもしなければ、必要性も感じないから。

そのどちらにも属さないのに残った。

強いて言うなら、「愛」という基準があるなら、それは残る、これからも引き続くものなんだと思う。

しかも、その基準なら、残るものの中で堂々の第1位にランクインできるほどの条件を満たしている。

数日前、感情が大爆発した時に、もう全て要らない、何も思い通りじゃない自分の人生が本気で嫌だと思った。

来て欲しいものは来ない、お願いしてもないものは来る、何だこの人生(怒)(怒)(怒)、ってなってた。

ピーク過ぎて落ち着いてから、1つ1つゆっくりと紐解き始めた。

色々思い通りになってないのは相変わらずだけれど、色々と自分が願うのはこれまで通りでいいし、むしろ願った自分のままでいても別に誰に迷惑かけるわけでもないからいいか!と思った。

紐解きながら、この1年ぐらいのことを振り返っていた。

去年の10月以降から今に至るまで。

破壊と再生、変容をテーマに色々と起こったことを振り返っていた。

その7月の記事を読んで、そして今現在を見て、本当にこの1年もかなり色々とあったけれど、そして相変わらずアップダウン激しめの私は自分の軸もブレブレになりまくりだったけれど、唯一それだけは変わらない、変わらずにずっと在ってくれたというのがある。

色々望んだ通りではないにしても、見えない水面下において徹底的に軸となってくれていたんだなぁと思った。

7月の文章を残した私にも、ブンブンと手を両手で握って「よくぞ書いてくれました!」とお礼を言いたい。

今あの時と同じ文章はもう書けないし、当時の心情を100%模倣はできない。

でも文の中で4ヶ月ほど前の自分を見て、そして今の自分を見て、変わらない部分、色々あっても今に引き継がれた部分も改めてわかったから、それはそれでいいか、となった。

そして、どこの誰かは知らないけれど、それを読んでくれてありがとう!と思った。

そのどこかの誰かの足あとが私に「これ見といた方がいいよ」と言わんばかりのサインとなって、 それで結果的に自分の過去の足あとを見れるようになった。

変わらずに引き継がれているものがはっきりと見て取れた。

この1年は、はだかになった時に何が自分に残るかを見る時間だった、と思う。

ホロスコープの新月のテーマを調べていたら、それよりも木星のさそり座→射手座への移行や、天王星の牡牛座→牡羊座への移行(逆行中)の話題が目白押しだった。

それ読んでこの1年を振り返ったわけだけど、そのタイミングでどこかの誰かが7月の記事を読んでくれたから私もそれ読んで、そしてより一層濃密な振り返りとなった。

とにかく、はだかの自分は何を持っていますか?と聞かれてばかりいる内容だった。

正解でもなく必要でもないものがドンとあって、そうした理由に該当しなくても持っている・残っているってレア中のレアだと感じる。

もっと言うと、究極一番何もしていない・手すらかけていないものが、残った。

さっき言った「愛」基準で言えば、それだけたくさんの愛を自分が持っていたってことでもあるし、自分が愛に溢れていたってことでもあるし、そして愛をたくさん知ったってことでもあるんだと思う。

破壊と再生と変容の三重奏の中で、日々しれーっとしながら普通に在り続けたものにすごい生命力を感じる。

努力なしで持ち続けるもの、自分の中にあるものって、人生で一番すごいものだと思う。

心臓が私が何をしていてどんな気分でも動き続けてくれてるように、その今も私の中に在り続けるものは心臓みたいな感じで存在し続ける。

さっき「必要ではない」って書いたけれど、正しくは「必要か不必要か考えたことないもの」というレベルで、必要だとは考えたことないという感じ。

普段の生活で「心臓って必要だよね」「心臓持ったよね?」なんて思わない。

だけどきちんとあるし、きちんと私を生かすために全力で常にあってくれる。

その今在るものもそうで、「必要だよね」とか考えないけれど、常に在って、そして私の中心にいてくれるから自分も何だかんだあってもそこにきちんと戻れる。

破壊と再生と変容を繰り返す中で尚も残るもの、それはつまるところ、何よりも大切だから残っているということなんだろうなぁ…と思う。

2018年11月6日火曜日

魂からのメッセージ〜ハロウィンの夜

ハロウィンの夜、ヒーラーOさんとの最後?の会合を開いた。

しばらく東京に行く用事がなくなるから、それに伴いOさんに会うのも今後しばらくはなくなる。

この日は私の方から予め2つリクエストした。

1つは、当日まで何もテーマを決めず、その日会った時の流れで話をお互いにすること。

それをリクエストした理由は、そちらの方が間違いなくその時に聞く必要のある話を聞けると思ったから。

もう1つは、直前になってOさんにお願いしたことで、Oさんから見て何で私と出会ったのか、その意味を感じたまま会った時に教えて欲しいとリクエストした。

その日も最後に相応しく色々濃い話満載だったけれど、その中でも特に印象に残ったことを書きたい。

Oさんが教えてくれた、私と出会った理由。

色々あるけれど、一番感じたのは「遣われた」こと、とOさんは言った

天とか神様とかがいるとしたら、そういうところの諮らいだと感じた、と教えてくれた。

私が私の道に進むために、その通過点としてOさんは自分が遣われたと思う、そう話してくれた。

意味ははっきりとわかった。

人生でおかしなことがたくさんあると感覚が鈍りやすいけれど(ちょっとのことでは驚かなくなる 汗)、普通に冷静に考えて、Oさんとの出会いもそしてこの5回に渡っての勉強会もものすごくおかしいことに気付いた。

この広い日本の中で、ピンポイントでOさんのサイトに行き着いて、Oさんのヒーリングセッションを受けて、さらにはOさんから個人レッスンを受けさせてもらって(しかも無料で)。

もうどこまでもあり得ないことのオンパレードだった。

しかも私は基本的に体の施術や気を扱うヒーリングは無知に近くて、そうした分類は知らないし、自分は何の施術が必要かもわかっていない。

何も知らないままOさんの施術を私は受けに行った。

これは、周りの人から「どんな施術を受けたの?」とかなり突っ込まれて聞かれた時に初めて気付いた。

種類に興味がないし、他の人の紹介ではなくネットで見て申し込んだのはOさんがその系統で言えば多分2人目だから、そもそもどういうタイプのものかは知らないまま申し込んでいた。

ちなみに申し込んだ一番の理由は、Oさんという人に会ってみたかったから。

Oさんのサイトで、自分が知りたい情報をいくつか得た。

そしてOさん自身も後天的に自分の能力的なものに気付いた人ゆえ、そこに至るまでの苦労や困難含めプロセスを確実に知っている人だった。

私も春先から始まったその自分の体質的なものを、しかも私の場合、自分では確信できるほどの力があるわけでもなく、「気のせいかたまたまかもしれない」そう思っていたこともあって、体験者から少しでもヒントになることを教えてもらいたかった。

それで知ったOさんだった。

だから、Oさんが「遣われた」と言った意味は私なりの解釈にはなるけれど、はっきりとわかった。

Oさんは私にとって、師でありメッセンジャーだった。

Oさんはその日の最後の方に私に言った。

「僕が多分武士俣さんの人生で最後の人でしょうね、こうやって魂からのメッセージを届けるのは。
魂的に生き方がどうだとか伝えるのは、多分今回の僕のこの時で武士俣さんが聞くのは最後だと思います」



最後にOさんは、私に向けてメッセージを書いてくれた。

これも私がお願いした。

Oさんは最初の日、何も言わずとも私が占星術の勉強をしていることを言い当て、他にも人生の流れも色々言い当て、別の時にさらには口にしたこともない人物とその人の特徴まで言い当てた。

私はこう切り出した。

「もし私から何か(言葉やメッセージ)が出ていて今の私が聞く必要のあることは教えて欲しい、ないならないで『無い』と教えて欲しい」

聞くことがあれば、今必ず聞くようになっている。

反対になければ、自分で考えて自分で感じてそして自分を信じて進みなさいということだろうと思った。

「出てますよ。紙に書きますね。自動書記をします。武士俣さん、『自動書記』はご存知ですか?」

わかります、よろしくお願いしますと答えてOさんがノートの後ろの紙に書き出すのを見ていた。

『自動書記』というのは、書く側の人が目の前の人の魂や守護霊なんかと繋がって、そこから来ている情報やメッセージを代わりに書いていく作業を指す。

読むとわかるけれど、書き手の意思や考えはそこには一切含まれなくて、ひたすらキャッチした言葉だけを綴っていく。

Oさんから書いてもらったものを見て、間違いなくそれは自分自身から来ているものだと確信した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただ進みなさい、なぜ歩まないのですか?
なぜ振り返るのですか?
あなたは何を迷っているのですか?

私が来た事をどのようにとらえていますか?
自分の判断で進んでいると思いますか?

あなたはここにいる、それが全てです。
感じなさい、心を見なさい
見つめなさい、今を見つめなさい

あなたの中から湧き上がる全てを認め、
愛しなさい
それがあなたに与える全てだ。

あなたはまだ認めていない
これからもっと認めなくてはいけない
それなのに、あなたは逃げる
まだ逃げても良いと思っている

立ち止まるな、進め
何のために生きている
何のために生まれてきた?

私はあなたの中にある者
そのまま、その言葉を表現します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



この1枚の紙切れは、その後私がとことん自分と向き合うための礎(いしずえ)になった。

Oさんは書き終えた文章を見て、「僕にはいまいち意味わかんないですけどね」と言い添えた。

書かれたものは、もうどこをどう切り取っても私のことだった。

私には何を言われているのかわかるし、核心突かれちゃったなぁというのは瞬時にわかった。

なんなら、よくわからない涙までもが目の中に溜まって、一瞬ウルっとなってしまった。

ヤバイと思ってすぐに涙を拭いた。

最初の3つの質問、歩まない、振り返る、迷っている、あまりにそのまま過ぎて、私のことどこで監視してますか?という具合。

文中の「私が来た事」は、「私の魂がこうしてわかる形で来た事」を指している(←わかっていたくせに、「武士俣さん、その解釈間違ってます」と言われることを少しばかり期待してOさんに確認したけど、私の解釈で間違いなかった)。

自分の判断で進んでる、とは思えないぐらいの経験たちがやってきたから、これは素直に「私の判断ではありません」と思った←若干反抗気味。

「ここにいる、それが全て」本当にその通りだった。

おかしなぐらいに幾つものことが重なって、今Oさんが目の前にいて、そしてOさんから自動書記してもらって私に向けたメッセージを伝えてもらっている。

それ以上でもそれ以下でもなかった。

自分の中にある全てを認められず右往左往しているのは私だった。

「愛しなさい」、認められない人にさらに高いハードルを容赦なく突きつけられる。

「与えられている」(お願いはしていないけれど)、というのはわかる。

認めていないし、逃げているのはもうその通り過ぎる。

多分「もっと認めなくてはいけない」というのは、自分の中にあるものを使えば使うほど力が出てくるというか磨かれるんだろうなぁと思う。

これは、ペンジュラムや自分で思いついてやる心理ワークでわかる。

どこから引っ張ってくるのか知らないけれど、ポンポンと色んなことを思いつくから。

そしてやればやるほど、自分の能力やセンスが上がるのも肌で感じる。

自分なんだけど、そういう時の自分はいつもとは違って優秀な力を発揮する。

前はそれは自分の力だと思っていたけれど、最近はこれは授けられているもの、そんな気がしている。

何のために生まれてきたのか、ホロスコープとその他の色んなツールや人を通じて伝えられている、けれど、自分が受け入れていないだけ。

「私はあなたの中にある者」は「私の魂」という解釈で合ってるかもOさんに聞いた。

その魂からの言葉をそのまま伝えられている、というのはよくわかった。

Oさんから書いてもらったメッセージは、全く知らない所の話ではなく、むしろ耳が痛いほど私のことで、否定したくても否定する箇所さえない状況だった。



Oさんに会ってから、約1週間になる。

このメッセージの2〜3日後、感情が大爆発して、そして今少し落ち着いている。

昨日から、ちょっと意図的に自分のホロスコープを見ている。

理論的にヒントが欲しいから。
(ホロスコープは私の根拠のない思い付きと違って、絶対的とまではいかないけれど大筋の論理があるから、それに当てはめて考えると色々ヒントがもらえる)

今は、そのもらったメッセージにその他諸々の出来事や現状と自分の気持ちとで、対話みたいなことをしている。

自分と自分に折り合いをつける、おかしな言い方だけど、本当にそんな風なことをしている。

口説かれる【リバイバル】

【はじめに補足】
mixiの別の日記を探していたけれど見つからず、代わりに『口説かれる』という題名の日記を見つけて開いて読んだらビックリ(O_O)。
(子どもたちが私を助けてくれた話をどこかに書いた記憶があるけれど、それは見つけられなかった)

今から12年前だから、27歳だった私。

今読み返すと「私大丈夫?(-_-;)」と思うけれど(←夜中の3時にアップしていたから、酒が入りまくった時の文章)、当時はこれ書くぐらいの自分だったんだなぁと思った。

時期的に、私生活の方の関係は破綻寸前だった。

27歳だった私は、もう女として価値がないのかとずっと悩んでいた。

だから、上司から可愛がってもらえたことがめちゃくちゃ嬉しかったんだと思う。

当初近寄るなオーラが半端なかったこの上司とは、挨拶さえ交わせない感じだった(下っ端の私だけが一方的に挨拶して、無言みたいな…=基本返ってこない)。

普通に冗談言えるようになってからは、挨拶についてよく突っ込んだ。

みーんなが挨拶するの怖いって言ってますからね!、と陰口をわざわざ上司本人相手に報告していた。

でも本当はとても優しい人で、私はこの上司なくしては当時の仕事は務まらなかった。

5年半、ずっとずっとフォローされっぱなしで、本当によくしてもらってた。

っていうか、そんな会話してたんだ!とビックリして、いくら飲み会の席とは言え凄い会話をしてたんだと今知った。

この文章を今39歳の私が読むと、今だからこそ響く言葉がある。

文中に私の態度だとか主張だとかに好意を持ってもらってる話が出てくる。

当時の仕事は、常に素の自分でいることが求められた。

だから、私は自分を取り繕うこともなく、子ども相手にぎゃーぎゃー吠えていたし、上の人たち相手でもおかしいと思ったら「あの〜」とか言い出していちいち重箱の隅をつつくみたいな小姑のようなことしてた。

そうした諸々がオブラートに包まれることもなく丸見えだったから、その自分を見てもらっての言葉だったのが、今読むとすごく嬉しい。

そういう私をいいと言ってくれる人もいるわけだから、これからも素の自分でいて良いと言ってくれる人たちと一緒にいたらいいんだと改めて思った。



【2006年春】
彼は酔っていた。
酔っていなかったかもしれないし、もしかしたら酔ったふりだけだったのかもしれないけれどお酒は入っていた。

話仲間、愚痴仲間とでも言おうか、そんな間柄の彼と私。
職務上は上司と部下。
生物学上は男と女。
そう、男と女。

自分でもわかる。
自分の声のトーンが上がるのを。
そして人の目を直視して話ができない彼がいつの間にか目をしっかりと見て私と話をするようになったのも。

彼のコーヒーは一応健康を気遣って本人はブラックと公言しているけれど、実際は大の甘党で砂糖とクリープを大量に入れることを好む。
私がコーヒー当番のときは黙って砂糖とクリープを入れる。
コーヒー牛乳より薄い色になると、あぁ今日のコーヒーはいいかなぁと思う。
いつだったか彼は私が入れる砂糖とコーヒーの量が私の彼への愛情の量だと冗談めかして言った。
じゃあ私はいつもたくさん入れるから愛がたくさんだねと言ったら、足りないって言っているんだと彼は笑って皮肉った。

細々とした野暮用を見つけては彼が私のところに話にくるようになったのはいつ頃からだっただろう。
気付けば誰よりもたくさん二人だけの空間というのが増えていることに気付いた。

彼は自分の机を仕事机として使わない。
必ずその日休みの人の机を使っている。
気付けばいつも私の目の前の席か隣りの席を愛用するようになっていた。
私は単純にコンセントが近いからたまたま近くに座っているのだと思った。

そんな彼は
「どうして生きるのか」
「愛とはなにか」
「自分は人生で何をしたいのか」
というような仕事とは関係のない哲学的な話をする。
私も興味関心の強い部分の話だからいつもふんふんと話に耳を傾ける。

今日もその話から始まった。
周りの喧騒を避けるようにして、彼は今大事な話の最中だから邪魔しないでくれ、俺に少し話をする時間をくれと冗談ぽく周りに宣言していた。

周りがそれぞれ自分たちの居所を確かめるようにして話し相手を見つけて落ち着くと彼もようやく落ち着いて一つ一つ言葉を選びながら話し始めた。

最初彼がまた冗談でも言っているのかと思っていた。

彼の口癖は私を口説いても自分にとって何のプラスにもならないし、エッチできるわけじゃないしだった。
だから口説いてもいいことないから口説かないと言っていた。

だけど今日は

「何て言うかなぁ・・・、抱いてもいいなら抱きたいけどそういうのではないんだよね。肌を寄せ合いたいというのも少し違う。でもそばに置いておきたい。そばにいたい。う~ん、何て言うんだろう。
まぁ少なくとも出会ったときは絶対にこんな女抱きたいと思わなかったけど、でもどんどんかわいくなっていくんだよね。
とにかくかわいい。
外見もどんどんかわいくなっていくし、でもそれだけじゃなくて態度とか主張とかそういうのが全部いいなぁ、俺の好みだなぁと思う。
好きっていうにはそうのような少し違うような・・・」

話を聞いていて、何せ冗談めかして言うような、笑って言うような感じだったから、また最後はどうせ自分にとって得にならないから口説かないよって言うんだろうなぁと思っていた。
別にそれでよかったから。

だけど今日は同じ質問を何回も繰り返し聞かれた。

「俺が口説いたら口説かれる?」

私はどうかなぁとか、だって本気で口説こうと思ったら普通そんなこと言わないじゃんなどと返していた。

「安心できる、ホッとできる。っていう感じでもないなぁ。この想いを添い遂げて一緒になりたいとかいうんじゃないもん。だけどいいなぁと思うんだよね」

「好き」

「好き」

と目をしっかりと見て言った彼。

なのに私は「冗談ばっかり!」と返した。
他に返しようがなかった。
代わりに彼と一緒にいると楽しいと伝えた。
私も恋に落ちちゃうかもなどと冗談で言った。

お互いに守りたい人がいる。
お互いに知っているお互いの身辺情報だ。
だから体の関係云々というのは冗談で言っても決してそれが現実のものとはなりえない状態が今。

彼は今がいいと思うから、それだけなのかもと言った。
だけど自分が今まで好意を持った女の子のことはみんな覚えていると言う。

職場だけでの関係が今二人をたまたまつなぎとめているだけだから、いずれ今の関係はなくなる。
どちらかが仕事をやめれば年賀状を出すかもしれないけれどそれ以上のものはないだろう。

「じゃあたとえばどちらかが仕事をやめて離れたとき私のことは覚えていそう?」

「残るよ」

「じゃあ職場の人みんな残るの?」

「それはどうかな。でもぶしちゃんは残るよ。少なくとも自分の気持ちにかすった人は残るよ」

ふ~ん、とこれまた返しようのない返事で相槌を打った。

私は淡々と返事をした。
これでちょっとでも真面目に返事しようものなら、それってどうなるんだろうと思った。
そのどうなるんだろうっていう疑問がただの疑問じゃなくて不安も入り混じっていた。
相手の言動をカセットテープから流れる音楽のように聞き流していた。
聞き流すふりをした。

会もお開きで次の店に移動というとき私は、もう帰ります、ありがとうございました、と職場の面々に挨拶してみなの輪からは反対の方を歩き出した。

しばらく立ち止まってから歩き出した私はたかが100メートルの距離を10分くらいかけて歩いた。
交差点の角に着いて信号待ちをしていたその時、右手の方から彼が姿を現した。
あれ、帰られるんですか?みなさんと一緒に行かれたんじゃないんですか?と声をかけた。
ほらこうして浮遊することでぱったりと会うんだよね、と言った。
次の会にも出るけど・・・と言葉を省略した彼。
何か言いたそうにしながら二三私に言葉をかけてからじゃあ俺行くわと言ってまた来た道を戻って目的地へと彼は歩き出した。

意識が違うところにあった私ははじめ彼の行動が不可解だった。

だけど意識を現実レベルに戻したとき、はじめて今日一日
「口説かれていたんだぁ」
ということに気付いた。

2018年11月5日月曜日

ぶきようがぶきに

【はじめに】
今年の5月7日にmixiの日記から引っ張ってきて、そのままになっていたもの。

いつかアップしようと考えていて、気付いたら11月になっていた。

週末に鼻水垂らして泣くほど感情を出しまくったら、なんだかとてもスッキリして、今少しずつ回復している。

しかも、ずっとずっとこだわっていたことに対して、これまでとは違う感じで付き合えるようになって、ずいぶんと楽になった。

自分で過去2番目にセルフケアが上手くいったんじゃないかと調子に乗りそうなぐらい。

ちなみに意図してセルフケアをしたんじゃなくて、もうどうにもならず為すがままにしていたら、結果的にセルフケアになったという棚ぼた状態。

ただ無理は禁物だから、注意して自分のことを見ている。

一気に良くなると、ダイエットのリバウンドのごとくまたぶり返しが激しく来ても困るから、だから自分が急ぎ過ぎないように見ている。

ゆっくりで大丈夫だから、自分のペースで進めよう、ようやく本当に腹の底からそう思える部分が出てきた。

下のmixiの日記には、ペースのことが出てくる。

気付けば、子ども相手の仕事をしていた10年間は、子どもたちが毎回毎回気を利かせてくれて、子どもたちがしょっちゅう私を手助けしてくれてた。

これはその時々で仕事内容や相手にする子どもが変わっても、いつでもどこでも私が何をしていても健在!という素晴らしい状況に恵まれた。

子どもの頃から周りと同じペースで動けなかった性分は大人になってからも健在で、大人になれば速くなるのかと根拠なく信じていた私には非常にショックな現実だった(苦笑)。

だからスピードを求められたり時間内に一定の何かを終わらせるとなると、私は毎回パニックになる(今でも)。

だけど、大人になってから変わったことが1つだけあって、それは私じゃなくて周りが助けてくれるようになったこと。

もうどっちが子どもかわからないぐらいだったけれど、私と時を共にすると、子どもの方が根回しとか協力とかいう力を発揮しまくる(笑)。

もれなくそういう力がものすごく育つ、ある意味環境設定としては申し分ない感じになる。←えっ?

だから、私は今回も、まぁ今回は人は誰も巻き込んではいないけれども、もうこの自分のどこまでも頑固で融通の効かないペースでやっていくしかないなぁと堪忍した。

そう思えたから、楽になれた。

それはそうと、子どもと関わっていた時の貴重な瞬間の話。



【2012年3月3日】
『ぶきようがぶきに(不器用が武器に)』
だじゃれみたいなこの題名にすっかり満足♪

今の仕事を始めたときに、師匠のような域の方から
「この仕事はどんくさいやつの方がものになる」
と言われた。
(本当にそう思っているというより、私への励ましの言葉としか思えない)

スピードがないだけならまだしも、 何をするにも人よりも倍ほど遅くとろくさい私からしてみてまったくぴんとこなかった。

どんくさいことがいいなんてあるだろうか、この日本社会で!?



そんな言葉自体すっかり忘れていたけど、 今日その意味を体感する場面に遭遇した。

子どもたちはもう帰る時間を迎えていた。

当たり前だけど、家に帰さなければいけない。

親が迎えにきているおうちもある。

ただ、私の手元には子どもに持たせる「連絡簿」というものが帰る人数分真っ白の状態で残っている。

子どもの様子や連絡事項なんかを毎回書くためのノート。



それを見て一人の男の子が

「俺、後からでいいよ。その間途中だった問題やってるから」

なんていう、天使のような言葉を私に向けてくれた!



私のとろさも鈍さも子どもたちはよく見てくれてる。

子どもが1分でも遅刻しようものならものすごい勢いで追及するくせして、 私は自分がこうして子どもの帰る時間を自分の不手際で待たせるときは 素知らぬ顔してやりとおし、 下手すると
「まだ帰っちゃだめ?」
とくると
「今私に話しかけるともっと帰るの遅くなるよ。
それが嫌だったら今黙ってて!」
とぴしゃりと言い放つ。

もうやりたい放題で、本気でこんな身勝手な大人いやだと思う。

ただ。

前の仕事もその前もそうだったけど、 自分の(のろのろ)ペースで動くと色んな意味でうまく動く。

自分があたふたとしている方が、 周りの人たちがフォローに回ってくれる。

ありがたいことこの上ない。

上手にやろうとするより、 周りが場の空気をというか私のペースや行動パターンを読み取ってなぜか合わせてくれる。

合わせざるを得ないと心得て合わせてくれているんだと思うけど・・・

ここまでくると、不器用もほんと武器に変わるなぁと思う。

ドリアな気分の夜のつぶやき

外は雲ひとつない快晴の今日、私はカーテンを閉め切って布団の中にいた。

メンタル超低空飛行(10年分ぐらいの心の底に溜まったものが昨日の夜から大爆発した)+体もロキソニン(鎮痛剤)を2回飲むほどの怪しげな体調で、お出かけ日和なのに私は暗い中でジメジメし、そして眠りに落ちた。

夕方むくりと起き上がって、ドリアを作った。

気分はドリアだった。

材料は目に合ったものたちで。

玉ねぎ、ベーコン、あさりのむき身、しめじ、マカロニ、トマト。

冷やご飯でバターライスをはじめに作る。

これが史上最高の出来となった。

単に、バターひとかけらに茶碗一杯分の冷やご飯を中火でパラパラになるまで炒めて、塩ひとつまみとマジックスパイス(100円で売ってるやつ)を適当にふりかけただけ。

すっごくおいしくて、そのまま食べても良いぐらいだった。

具材の方も味付けは塩とマジックスパイスだけにした。

私はこれまでグラタン用のマカロニと普通のマカロニを使い分けたことはなかったけれど、母親が割引シールの付いたグラタン用マカロニというものを買ってきて使ってみると、なるほどおいしい!

グラタンの中に入っても、存在感のある硬さと歯ごたえと味がきちんとする。

そうやってドリアの具材を皿に移してチーズをのっけて焼いた。

何か知らないけれど、とにかくおいしかった。

ベーコンも安いベーコンだし、あさりのむき身も半額で買ったものを冷凍庫から出したものだし、トマトは良く言えば完熟、別の言い方をすれば腐る寸前。

決して一級品の材料たちではないけれども、史上最高に美味しくできたドリアだった。

サザエさんを見ながらドリアを食べた。

他にも、ツナと大根のサラダ、北海道産のおいしいじゃがいもをベイクドポテトにしたものも食べた。

炭水化物率の高い食事でも、気にならなかった。

ひとつひとつがおいしくて、それだけで傷が丸出しみたいになっている心にそっと毛布をかけたみたいな、そういう優しい食事だった。

サラダは塩しか使っていないし、ポテトは何も付けずに食べた。

素材の味がそのまま出ていて、そしてそちらが主張しないからドリアの味がとても強くていい感じだった。

心が大爆発した部分は、いきなりは良くならないけれども、今後もどうやって収束するのか正直わからないけれども(←人生のコアなところに繋がるテーマだから、一朝一夕に何とかなるもんじゃないはず)、それでもとりあえず今日は今日でおいしいドリアを作れて大満足した。

私はハヤシライスやハッシュドビーフを食べる習慣がないけれども、あのバターライスはそういうものに合うと思う。

カレーだとカレーの味が強すぎて、バターライスの味がボケると思う。

シチューの日に作ってもいいかもしれない。

ドリアが、バターライスが、こんなにも感動するレベルなのは、間違いなくこの低空飛行で感覚がガッと開きまくっているからだと思う。



本当はボツにしてそのまま迷宮入りにしようと考えた文章もこの下にくっつけてアップしようかと。

特に改行なしで書いた土曜の夜の文は、書きながらどんどん感情は溢れ出すし、涙も風邪引いた人並みに鼻水垂らして出てきたし、はっきり言って「絶望」だった。

ちなみに、すっごく嫌だけど、今の大爆発さえもプロセスなんだろうなぁと思っている。

近いうちに書くつもりでいるけれど、この間東京に行った時に私は最後の印籠ではないけれど、そのようなものをいただいてきた。

人生の計画書みたいなものだった。

プロセスと言ったのは、その印籠と関係している。

そして嫌で逃げたくて違う人生を望んでも、それは多分叶わない。

努力して何とかなることじゃない。

その何ともならないことを私は本気で受け入れて生きていくしかない、そういう局面に立っている。

と自分では思っている。

その絶対に受け入れたくないことの部分が今回大爆発したから、自分でも「……」ってなっている。

どのぐらいの時間を要するのかは知らないけれど、ここをある程度超えて楽になった時には多分今とは違う景色になっているはず。

そんな時には当然もう書けない文章だから、その自分の足あととしてここに残す。



11/4  夕方
数年ぶり?にブラックホールが爆発。

自分でも本当に嫌になるけれど、時々気持ちが爆発する。

これはホロスコープの講座の先生に教えてもらって初めて客観的に知ったことだったけれど、
・基本的に何でも受け入れる
・限りなく受け入れていく
・だけど一度それが決壊すると手が付けられなくなる
・一見懐の広い人みたいに見えるけれど、実際はそんなことない(許容範囲が広いだけで、だからと言って大丈夫とか気にならないとかではない)
という性質を私は持っている。

(ちなみに、この質を帯びるのは、太陽星座や月星座が天王星・海王星・冥王星と150度含めたメジャーアスペクト・特にハードの方がある人。
ちなみに私は太陽も月も上3つ全て[=トランスサタニアン]とアスペクト有り)

自分でもホロスコープ関係なしに、大いに思い当たるところがたくさんある。

そんなこんなのブラックホールが、何の予告もなしに突然決壊。

感情が大爆発して、頭のてっぺんから足のつま先までやられまくった。

今回は、自分で自分に大噴火した。

あきらめ癖なのか、自分なりの救済措置なのかはわからないけれど、どうやっても叶わないことを前にした時、私は時間をかけてでもそれを何とか受け入れようと相当な努力をする。

わめこうが、地団駄踏もうが、不平不満を並べようが、どうにもならないことはどうにもならない。

だから、もう受け入れるしかない、という方向に進もうとする。

今回爆発したのは、そこだった。

自分では何にも納得していなくて、だけど仕方ないとあきらめて、とりあえず受け入れようと努力した。

だけど、はっきりと気付いてしまった。

例えば100個のものが人生の中にあったとする。

99個手にして、残りの1つだけは手に入らないとする。

私は典型的なその例で、その手に入らないものこそ私が唯一欲しいもので、反対に99個の方はお願いしなくても勝手にやってきたものもある。

私が欲しいのはそれじゃないんだけどなぁと。

あきらめが悪いんじゃない。

本気で欲しいのに手に入らなくて、代わりか何かは知らないけれどやってきたものたちを前にしても、もう私の中では何をどうしても納得がいかない。



11/3  夜
後ろを振り返る。
どこまでも振り返る。
きっかけは小さなことだった。
他人の生活をiPhoneの画面越しに見て、自分が望んだ、心底望んだ生活を見た。
もちろん、それを手にした人はそのための何かを必ずしているし、今だって別の何かに悩んでいるかもしれない。
色んなことを乗り換えての今だというのもわかる。
だけど、何が違うんだろう…、そう思った。
私が望んだことは、1つしかなかった。
色んなことに興味がない私が、唯一本気で欲しかったもの。
それが手に入らないとわかってから、この約10年、私は本当に色んなことに恵まれたし、その中でもとりわけ人には半端なく恵まれた。
訳の分からない色んなことはたくさんあっても、それでも人にだけは本気で恵まれ過ぎた。
人生の中で一番恵まれていることだと今も思う。
でも本当は全部違うんだな…とわかってしまった。
あまりにも受け入れられない現実を私は生きることになり、そこから私は色んなことをした。
この10年ぐらいで体験させてもらえた数々は、もしかしたら人によっては羨ましいと感じるものなのかもしれない。
でも、はっきりと違う、とわかる。
私は自分が手にしているものを否定するつもりはないけれど、どれもこれも嘘の上にあるような気がした。
欲しいものは、叶えたいものは、1つだけ。
それがないと幸せになれないなんて思っていない。
でも、そこが私はあまりにも満たされなさ過ぎて、結局のところ、そこが自分の中でいつまでもくすぶり続けているから、これから何かをするにも「なんで何かをするんだろう?」って思ってしまう。
自分のあまりのやる気のなさに恐れおののいたけれども、やる気がないんじゃなかった。
私は全力で悲しんでいた。
生きていれば色んなことがある。
いい時もあれば、生きているのが本気で嫌になる時もある。
どちらもあっての人間だと思うし、究極のところに行っても人間笑う力があることも自分が体験しているから知っている。
でも、本当はものすごい悲しいし、他で満たしても満たされないのはわかっているし、なのに生きるって何だろう?って思ってしまう。
私は自分の今の地点を見て、こんなのが自分の欲しい生き方じゃないのははっきりとわかっている。
残りの人生、あとどのぐらいあるのか知らないけれど、多分楽しんで生きることはできる。
笑うこともできる。
何かを始めることもできる。
だけど、そういうことじゃない。
元から求めているものが全然違っていて、それが叶わないのに何で私は違う人生を生きるのか、それがわからない。
何で自分が欲しいものがはっきりとわかっているのに、それは叶わなくて、お願いもしていないものがやってくる、その意味が本気でわからない。
まじめに不平等だと思う。
私は何かを成し遂げたいのでも、役立ちたいのでもない。
他にやる人がいるならどうぞどうぞ、と本気で思う。
私が欲しいのは、叶いそうにもないことではない。
世間で言われるような普通の幸せが欲しいだけだった。
自分が好きな人・大切に思う人と一緒に生きる、私が唯一望んでいるのはそれだけで、それが叶うなら他の全部をあきらめてもいいと思っている。
それほどまでにシンプルな願いは聞き入れてもらえず、わけのわからないことばかりがやってくるこの人生は、私には不平等に見えて仕方ない。
やっとこの人だ!という人に出逢えてもうまくいかない。
本気で自分の人生が恨めしい。
自分の意志だけではどうにもならないことはわかっている。
でも自分でどう考えてどう癒してどう対応してどう自分に寄り添ってみても、やっぱり納得できない。
色んなことが納得できない。
しかもそこにやりたいわけでもないことが勝手にやってくるとは、どういうことだろうと思う。
望んでいることは叶わない、望んでもいないことはやってくる、そのことに対して、どう自分と折り合いをつけていいのかわからない。

2018年11月3日土曜日

ホロスコープに表れている人生の特徴

【はじめに】
明日(10/31)ホロスコープの講座最終回に向けて、書きためていたものたちを一挙公開。
(※の予定だったけれど、1つ1つ長くて、全部を読んで言葉直したり足したりするのが面倒に感じてきたから、今回は一部公開)

少し書き足したりはしたけれど、なるべく当時のままでアップしたくてそうした。

5月に池袋に到着した朝が懐かしい。

昨日(10/29)あたりから、少しホロスコープの勉強を始めたけれど、多分もう春先のようなハマり方で学ぶことはないような気がする。

それでもホロスコープは、私という人物の人生を映し出して色々と教えてくれた。

もっと調べたらもっと色々教えてくれると思うけれど、とりあえず今は今の情報量で満足している。



>2018年6月24日に残したメモ
・私の辞書
(変化が当たり前。根無し草的な生き方が私の安定)

これについては改めて記事にする予定。

私の中の脳内辞書が大改訂された、そんなホロスコープから教えてもらった私の人生の特徴の話。



>2018年9月5日に残した下書き
「無作為に選んだホロスコープの情報という情報に出てくるから、それは避けれないんだろうなぁというのは受け入れ始めてる。」

前回書いた毒出しの備忘録にもう少し付け足して書きたい。

「無作為に選んだホロスコープの情報」というのは、自分のホロスコープを調べるにあたって色んな本やサイトを見る、その情報たちを指す。

例えば、この間は自分の火星と土星について、本屋さんでホロスコープの大御所の方の書籍を読んできた。

あくまでも火星と土星の調べ物。

火星は自分の意思を活動に移していく天体だし、土星は苦手分野ではあるけれど自分の人生の課題的立ち位置で、年を追うごとに手馴れていくとされる天体。

それが星座(「サイン」と呼ぶ)や位置によって、個人の目指す場所が変わってくる。

単純に計算しても、1つの天体に対して、12星座×12ハウス(活動領域)=144通りある。

火星は火星でも、144通りの生き方や人生の流れがあることになる。

ざっくりと言うと、主要10天体+キロン(魂的な傷)+ドラゴンヘッド(魂の課題)だけで12種類ある。

144通り×12種類=1728通りの型が出来上がる。

そこにさらに「地平線(アセンダント=社会に打ち出す自分の顏)+MC(社会的役割)」がある。

それとは別にまた色々見るべきポイントや小惑星があって、もうすごい確率の元でそれぞれの人の人生が展開する。

自分と同じホロスコープは、26000年、2万6千年しないと形成されないという意味は、そうやって数字で出すとものすごく納得する。

話が広がりすぎた。

先の144通りの火星や別の144通りの土星の話に戻る。
(数学弱すぎてわかってないけれど、1つの火星の通りに対して土星は144通りある中の1つってことは、144×144=20736通り、火星と土星の組み合わせだけであるってこと?
↑もはやわからないからさじを投げた)

他のページは読んでないからわからないけれど、私はそのどちらもスピリチュアルやら霊能やら精神世界やら見えない世界のことが出てくる。

火星も土星も、私の場合はそうなっている。

何でピンポイントでそこかな?と思う。

もう1つ。

天王星・海王星・冥王星という天体周期が長いものたちからの影響で、とにかく道が違うと容赦なく修正が図られる。

おそらくこういう事象を意味しているんだろうなぁという例を1つ紹介。

30歳の時にした転職活動で、40社以上受けた中で内定が1つしか出なかった件。

普通に考えれば、私の能力的な理由と会社側の都合や理由があって、そこだけになった、と思う。

だけど、あの当時は全くわからなかったし、自分の経歴ではそんなものだと思ってそれ以上深い理由なんて考えもしなかったけれど、多分それが理由ではなかったと思う。

名古屋で出逢う必要のある人たちがいたことと、アンチスピリチュアルな、絶対の絶対にスピ系に近寄らなかった私をそちらの世界に誘(いざな)うには、何が何でも名古屋に行く必要があった。

それが本当に名古屋に行った理由だと思っている。

話が少しそれるけれど、その40社以上受けた中で、私は1つの会社だけは不採用の理由を電話して聞いた。

そこだけは唯一行きたいと思った会社で、そして時間を置いて再トライもできると聞いていたから、それもあって電話をかけた。

私は人事をしたことがないから、そういう時に答えるマニュアルがあるのかないのかは知らない。

私は今でも言われた理由をはっきりと覚えている。

即答ではなく、一旦調べてから答えをもらったけれど、「不採用になった理由がない」と言われた。

理由がないのに不採用って何⁉︎と思った。

担当者いわく、その会社はバラエティ豊かな経歴+性格の人たちを集めるから、今回の採用で求めていた人物像に別の人の方が当てはまったというようなことを言われたと思う。

だから変な話、タイミング的な問題もあるようで、私が一定期間置いて再度応募するのは問題ないと答えをもらった。
(記憶が曖昧だけど、もし今後受ける場合は、書類選考は通過しているから面接からの試験になると言われた気がする。ちなみに試験内容もかなり変わっていた)

さらにこれには面白い話がある。

名古屋に行って2週目ぐらいだったと思う。

その応募した会社の神戸の事務所(厳密には事務所ではなく会社が運営する神戸支部という感じ)に友達の友達が入っていて、そこで急募のポジションが出た。

何でそんな連絡を友達からもらったのかは忘れたけれど、私は一にも二にもその場所へ行こうとした。

但し行けるのは平日。

何かしら理由をつけて仕事を休まないといけない。

当時は社宅に入っていたから、うっかり外出するとタイミングが悪いとバレるし、上司が訪ねてくる可能性も否めなかった。
(超体育会系の会社は、何かあると社宅にも訪ねてきたりする、かなり変わった会社だった)

だから私は正直に事の顛末を伝えた。

どうしてもやりたかった仕事の枠で、今そこに空きが出ていること、それに伴い見学に行くから1日休みが欲しいこと(なんならクビになっても良かった)を伝えた。

上司から手厳しく注意を受け、結局そこは泣く泣く行くことも断念して、そのために色々根回ししてくれてた友達とそのまた友達にも謝った。

ここまでならわかる。

会社の対応もわかる。

だけど、そんなガチガチのよくわからない対応をされたのは、ある意味社内で私だけだった。

同じ時期に入ってきた人たちの2人か3人は、早い時期に会社と同意の上で退職できていたから。

当時はまだ研修の身で何1つ会社に利益などもたらしてなかったから、別に辞めさせても良さそうなものなのに、私は辞めさせてもらえなかった。

ちなみに辞めたうちの1人は、すでに営業職で配置が決まっていて、超ルーキーだった。

ベテラン勢と変わらない数字をいきなり上げていて、それこそ会社は何としてでも残したかったと思う。

だけど、その彼は辞められた。

成績の良い会社に大貢献している人が退職できて、片や仕事も満足にできず貢献からは程遠い人が辞められなくて、何なのかと思った。

現実に、私はその後大幅に売上ダウンする損失をかなり出して、それでも尚雇われ続けたというか、当時も退職願出しまくりだったけれど、いつ出しても受理されなかった。

他にももう1人いて、同じ時期に入った同い年の女の人がいて、その子の退職も私は納得がいかなかった。

実は彼女も私より超きちんとしていて、売上もガンガン上げていたのに、なぜか辞めることになった。

私はその時、本気で上の上司に文句を言いに行った。

私からして、なぜ彼女が辞められて私が辞められないのか納得できないと言った。

妊娠ならわかるけれど、そういうことでもなく、何なら優秀な社員の彼女を残して色々やらかしまくりな私を辞めさせた方が会社的にも絶対にいいのに、会社の考えは違っていた。

ちなみに最後までその理由は明かされることがなかったし、最終的に仕事を辞める時期も私には一切の決定権がなくて会社に言われたタイミングで辞めることになった(ちなみにこれが後の出来事たちに対してピッタリ過ぎるタイミングだった)。

私はそういう「えっ!何で⁉︎」ってなるところが、しかもなぜか自分の時だけ奇妙な流れというかルールが生まれて、どうにも自分の意思で身動きが取れないことがよくある。

そうしたことが要は天王星や海王星、冥王星の影響なんだと思う。

だから私の場合、普通のルールは基本的に通用しない。

特に人生の方向性が大きく左右されるところは、もう何が何でも動けないか動かされるかのどちらかになる。

しかも私の意思はほとんど関係ない。

当時にしたら、残りたくもないところに残って、10回近く退職願を出しても受理されないという顛末が全然理解できなかった。

それぐらいにギリギリなところに追い込まれたが故に、コーチングに繋がって、さらにはスピの世界にも入った感じになった。

多分だけれど、スピの扉はずぅーーーーっと開いていたと思う。

いくら開いていても避けてばかりいたから、とうとう後ろから背中をボンと押されて入ったところがたまたまスピの扉の前だった…という感じ。

なぜなら、普通のコーチングだったら、スピの世界には入らない。

だけど、私が出逢えたコーチの人は、スピの世界に精通している人だった。

精通しているけれど、理論を大切にする人だったから、その人がスピの知識を半端なく持ってると知ったのは、何回か会った後だった。

もしあそこで神戸に行っていたら、今のような人生とは全く異なる場所に身を置いていたと思う。

もしくは早々と仕事を辞められて精神的に追い込まれることがなければ、コーチングに興味さえ湧かなかったし、コーチに出逢うこともなければ、スピリチュアルな世界に入っていくこともなかったと思う。

こういう部分が個人の意思を超越した風な力が働いていると感じる。

ホロスコープを知る前からこの流れには薄々気付いていた。

気付いた後で、ホロスコープ上でもそれが出ていると知って、ものすごく納得できた。

私の意思や主体性とは関係なしに色んなことが起こる。

これは死ぬ時にならないとわからないとは思うけれど、私の中で「やりたいこと」と「やること」は違う。

これが逃げなのか、言い訳なのか、それとももうどうしようもないぐらいにそうだから、そのことを否定したいのか、そこはまだよくわからない。



>2018年11月3日 追記
講座参加の前にアップできず、今頃アップ。

上に書いたことは、ホロスコープの講座に出ることで、ますますその傾向が論理的にわかってきた。

例えば、土星について。

私と同い年で誕生日1日違いの方は、同じ乙女座の土星にも関わらず、私のようなスピリチュアル云々ではなく、実務のコミュニケーションにおいて土星の力が試されるような感じになっている。

いつかこれも書くんだろうなぁというものの中に、ペンジュラムやその他のちょっと変わった体質について私なりに思うことがある。
(途中まで書いてそのままにしているものがあるから、いつかアップすると思う)

ペンジュラムは、何も私が過去世で使っていたから今世でも再会したとか、方向音痴+機械音痴な私のカーナビになるためにやってきたとか、単にスピリチュアルに興味があるからやってきた、とは思っていない。

9割はその使い方をしているけれど、本当は多分そんなために使えてるのとは違うと思う。

人に何か大切なことを伝えたり、人と人、又は人と物を繋げるための一通過点だったり、本来はそちらの役割のためにあるんだと思う。

そんなこんなも含めて、ホロスコープには細かくそういう相が表れているから(表れてなかったら「ほら、私違うじゃん!」と得意げに言いそうな自分が思い浮かんで仕方ない(-_-;))、知れば知るほどぐうの音も出ない感じで息苦しささえ覚える。

諸々が自分の気持ちとは真逆に動くこの人生…。

とりあえず、9月の講座前に書いた部分までをアップ。

サインの続きの話【11/3・11/4限定】

気が乗らないと書かないことから書こう!ということで、今回はこの話題から。

気が乗らないと書かないタイプのものは主に2つあって、1つは書くことそのものが億劫ででも記録としては残したいもの。

もう1つは書くのは楽しくてもアップするしないをものすごく迷ってしまうもの。

だから書くことに気は乗っても、アップには気が乗らない。

今回は後者の方。



一昨日10月31日の朝、東京駅に着くなりまさかの制服を見て驚いた、という話の続き。

もちろんあの時は続きのシリーズなんて書く予定もなくて、それっきりだと思っていた。

あそこには詳しく書かなかったけれど、私は単に制服を見て驚いたわけじゃなかった。

驚いたのには他の理由があった。

少し前から私の中で「終わり」を意識するようになった。

今から1年後、何も知らないまま時間だけが過ぎた時に、自分の気持ちだけがずっと残るのは怖かった。

1年後、私は安定の独身を貫いていたとしても(←決して貫きたいわけじゃない)、その人は新しく家庭を持っていてもおかしくない。

そうなれば、というかそうなっていなくても、私がその人の記憶からいなくなるのはとても自然な流れで、そんなことも知らずに、自分の気持ちだけ残ってる…とか想像したら、色んな意味で怖すぎた。

今回みたいにしばらくお江戸に毎月通うこともなくなるし、これから先の人生は未知すぎるし。

私が次に向かうのが怖い理由、色々あるけれど、その中の1つは、その人のいない世界に入っていくことだったりする。

言い訳みたいな話に聞こえるかもしれないけれど、私が一番望んだことは、その人の隣りにいる人生だった。

今、役割を何も持たない私にとって、何か軸となるものを先に持ってから動く方が本当は楽だったりする。

自分勝手なこと言ってるのはわかっている。

でも、本気で何もないからこそ、そちらが先の方が本当にいい。

そこは確実にしたいことだから、多少の不具合があっても何とかなる、そう思える。

でも自分のことを始めたら、私はもはや自分の人生がどこに流れていくのかもわからないし、そんなことしたいかと問われたら、今もまだものすごく抵抗がある。

嫌で仕方ない。

多分、私が人生でやっていくことは、世の中の誰も同じことができないことだと思う。

それできる人、他にいないよね、の話だと思う。

いっぱい競合者がいる中で、武士俣さんの上はいないね、じゃなくて、それする人武士俣さんぐらいだね、の内容になるかと思う。

そういう意味で、他の人で同じことをする人は多分いないような、そういう道に入っていくかと思う。

(なんて書いてはいるけれど、具体的に「これ!」とわかるまでこれから相当な年月を要するかと思われる)

だから、どこに向かうかわからない人生になる前に、一緒になれるなら一緒になる方が、そこが精神的な軸になるのは間違いないから、いいなぁと思った。

本当に勝手な話です。

だけど、現実はそんな要素1ミリもなくて、いや、色々不思議なことは多分その辺のカップルや夫婦なんかよりも余程たくさんあるけれど、目に見える現実には何もないわけで、数えきれないぐらいに悔しいと思ったし、そんな変な気を起こすぐらいならその不思議なことは要らない!とも思った。

で、私は今回の東京入りの前、何もなければもうそれが全てで、そんなことは何をどうやったって自分ではひっくり返せないから、もうそれが色んな意味で答えなんだろう…と思い始めた。

交わらないし、同じ土俵に立つこともなければ同じ部屋で寝て朝を同じ場所で迎えるようなこともない、そう思った。

後から書きたいけれど、占星術の講座もヒーリングの個人勉強会も、確実に必要だから来たこと(来てしまったこと)だと思う。

この必要は、私の意志なんかでどうこうできるレベルの話じゃなくて、とにかく知る必要があって行き着いたもの、という感じ。

東京行きの予定の中にその人がいないのが毎回とっても寂しく、そして毎回その現実に打ちのめされながら、でも他に楽しいことがたくさんある!と自分を鼓舞しながら通っていた。

なんならスーパーポジティブに、「その人が今いないおかげでできる体験なのかもしれない」などと思っていた。

9月までそんな風だった。

そしてその後、私は1年前を振り返りまくってブログも書きまくって、そして何もない現実をさらに強化する現実を前に「もうこれは何もない」とすっごい受け入れ難いけれども受け入れざるを得ないところに来た。

それが10月の半ばあたりから出てきた気持ち。

だから、もう何もサイン的なものを見ないことが私の中では正解みたいなものだったし、変に何かを見ても自分も辛いものがあるから、できれば見ない方がありがたいと感じる面もあった。

そうしたら、おとといの朝、朝一東京駅に到着してすぐに制服を見たから、本気で驚いた。

しかも思い出した。

着いてすぐは、まず待合室に行って、荷物や髪の毛をささっと整えた。

私が行きたかった店は3つ候補があった。

これも後からわかったことだけれど、私が行った場所は、その後の動きを考えると一番都合の悪い場所で、言うならわざわざ遠回りをして東京の地下鉄一駅分歩いたみたいな感じだった。

AーBーCと3つ並んだ駅があるとするなら、最初Bにいた私はAが最終地点ならAに最初から行くのが早い。

でもペンジュラムはCを指した。

だから私はBからCに行って、そして今度はCーBーAとまた来た道を戻ってA地点に向かった。

ペンジュラムの意図は毎回わからないから、とりあえずCと言うならCに行く必要があるという意味だから、Cを目指した。

そして、Cを目指したから制服を私は見ることになった。

ちなみに話はそんな単純なことではなくて、他にも色々選択肢はあった。

だけど、他の選択肢全てはNOで、唯一CにだけYESが出ての制服だった。

だから本気で驚いたし、「何で?」とも思った。

ちなみに次を目指して移動した際、また元来た道の前を通ったけれど、その頃にはもうその制服を着た人たちはいなくなっていた。

それだけでも十分なことだったのに、その後またもや「えっ⁉︎」となることに遭遇した。

日比谷方面から銀座まで出た時のこと。

東京の青空に感激しながら(新潟は同じ頃、今年初のあられが降った模様)、私はちょっとした確認のために銀座にある2つの文房具屋を目指した。

土地勘はなく、iPhoneの検索で出てきた地図を頼りに歩いた。

美味しそうな立ち食いそば屋さんがあった。

本当に美味しそうで、匂いまで美味しい匂いが漂っていた。

でも男性10割みたいな場所に入る勇気もなく、とりあえずそこは立ち去って、すぐ近くにあると思しき文房具屋を探した。

まっすぐ歩きながらも顔は左を向きながら、店を探した。

制服を着た男性とすれ違った。

「えっ⁉︎」となった。

あまりに一瞬過ぎて、本当に合ってるかどうかは知らないけれど、多分朝見た制服と一緒の制服を着た別の男性のようだった。

怪しいのもおかしいのも承知で私は回れ右をしてその男性を追った。

信号待ちなんかしてくれたら最高!と思ったけれど叶わず、代わりにその美味しそうなそば屋に入って行った。

ガラス戸で店内は見えるけれど、いかんせん後ろ姿だけではわからない。

でも多分見間違えではなく、本当にその制服だと思う。

少なくとも後ろ姿の感じはそうだったし、何より正面から見て「あ!あの制服、あのマーク」と思ったぐらいだから、多分ビンゴ。

そんな怪しい尾行をしてる場合じゃなかったから、私はまた文房具屋に向けて急いだ。

その日の朝、私はやたらと作業服の制服を着た男性をたくさん見た。

東京駅周辺の工事ラッシュは凄くて、至る所で色んな会社の制服を見た。

そうやって見ると、普通に考えて、全国何千何万とある会社の制服と全く同じ制服を見るなんて普通にありえないとわかった。

しかも工事現場の1つは、その日は共同作業だったようで、ぱっと見20人以上集まっていて、制服も人の数だけあるみたいな感じだった。

あんなに種類がある中でもその制服はその中にはなかった。

なのに何でピンポイントで朝一でその制服を見るかな?と思わずにはいられなかった。

その後の銀座での多分そうかな?の制服も、何でそんなピンポイントでいるの?と思った。

しかもその道を通ったのも、文房具屋に行くからだったし、文房具屋に行く理由はあることを検証するためだったし、そのあることはその前にした買物の際に本当にそこでしか買えないものだったのかを検証したかったからだし、さらにはその買い物も急遽前日に決めたことだった。

もっと言うと、その買い物は、私の買い物じゃなくて、プレゼントの買い物だった。

だから、そもそもプレゼントが必要になる出会いがないことにはその買い物さえ不要で、もう買い物が本当の目的だったのか、それともその制服を見るのが目的だったのか、わけがわからないほどだった。

ホロスコープの講座の後、近くのカフェに移動してカフェタイムに参加した(先生への質問タイム)。

カフェタイムの終わりに受講生の1人の方から、展示会のお知らせのハガキをもらった。

絵柄が素敵♡などと思いながら、裏返して会場がどこかを探した。

度肝を抜かれた。

最寄駅「〇〇駅」。

その人の苗字がまんまと入る。

住所も「東京都東京市〇〇町」、その人の苗字の名前の町。

ここまでくると、何かのお知らせかと思うぐらいの執念を感じる。

朝一の制服、昼間の銀座の小さな通りで見かけた制服に続いて、受講者の方から渡された展示会の知らせを見ても、私は「気のせい」と思うことにした。

だって、そんなの見ても何もなければ何も起こらないから。

そして、私はもうこのことは自分の胸にしまっておこうと思っていた。

今回の東京旅はもっと他に書くことがあって、そちらだけを綴るつもりでいた。

気が変わったのは、今日の夕方だった。

金沢にいる妹が、月末に娘(=姪っ子)を連れて帰ってくると連絡が来た。

そして間違いなく、それにすぐ感化される母が喜びのあまり電話するのは必須で、それを見越した妹は理由は書かずに週末は電話出れないから電話をかけないで的なことも添えていた。

母は母で、電話に出れない=旦那側の家族が来訪するのかと予想した。

この辺りのやり取りが毎回色んな(面倒な)ことを生み出すから、私は妹に連絡して、もしかして義理家族が来るのかを聞いた(←私はどっちでもいいけれど、母と妹のコミュニケーションがいつもちぐはぐで変なストレスを生むから、そしてそれが私のところに飛んできても困るから←しょっちゅう微調整をしている、その防御策のために聞いた)。

たしかに妹は、11月あたりに義理家族が来るとか言っていたから、あぁこの週末なんだなとは思って聞いただけだった。

そうしたら想定外の返事が来た。

義理家族の訪問は日程がズレたようだけど、妹が今回週末に手が離せないのは、妹の友達がしているお店のイベントを手伝うためだった。

妹は「〇〇さんの店」と書いていた。

妹が唯一金沢に行く前から知り合いだった友達で、その〇〇さんとは、その制服の〇〇さんと同じ苗字だったりする。

そもそも妹の日々のスケジュールなんて知らないし、今回だって後々の面倒を避けるための質問でしかなかったのに、何でこんな展開になるかな?と思った。

ちなみに、3月に妹のところに遊びに行った時、妹の口からその人の名前がフルネームで出てきた時は度肝を抜かれた。

話はこうだった。

「〇〇(苗字)さんのおばあちゃんがね作り方教えてくれて、〇〇〇(下の名前)や何とかや何何の作り方を…」

私はその場で何かを口からブッと吐き出すかと思うぐらいに驚いた。

何で妹の口からその人のフルネームが出てくんの?と思った。

それはそうと、なぜにもう「終わり」を意識しだしたらこういう形で色んな何かが来るかな…と思った。

自分でわかる。

その人のことを気にしないようにしよう!、と心に決めると大体見る。

見ようと思っても普段は見ることがない。

もうここは切り替えて、そうしたものたちを見たとしても、それは私がそこから自分の気持ちが抜けてないサインであって、それ以上でもそれ以下でもないことに今後はしよう、と。

私はもう本気で悲しいから、そのことはそっとしておいて欲しいとどこに願っていいのか知らないけれど、そんなことを願っている。

会える可能性があるからそういうサインを見るのなら歓迎できるけれど、会えもしないのにそんなのばかり見ていても心は沈む。

私は本気で、自分の人生の設定が嫌でたまらない。

自分でももうわかってる。

受け入れて生きていかなきゃいけないのはわかっている。

でも、私は自分が一緒にいたいと思う人と一緒になれない人生で、その他の訳の分からない自分でもそんなこと望んだ覚えもないことをこれからの人生でやっていくなんて、狂気の沙汰だと思っている。

すごい満たされないまま、納得なんか何にもできないまま、こうやって進んでいく自分の人生が本気で嫌だと思っている。

だから「意味はない」し「何もない」って思い込まないと私はもう動けない。

たまたま、偶然、そうしたものに出くわすだけ、そう思わないと辛くなる。

偶然見かけた時の喜びもとても大きい。

そしてその分の絶望感も大きい。

もっとシンプルに、一緒にいたいから一緒にいられるとかだったら本当にいいのに。

私が欲しいのは、制服とか名前とかいうようなものではなくて、もちろん他のパターンのサインでもなくて、本当にただの一言連絡が欲しいだけなのに。

このブログのコメントでもいい。

今見たら、このブログ、この記事入れて公開済みのものが769記事あるらしく、その中でどこか全く関係のないところにコメントしたとすると、他の人は全部見ないとどこにコメントがあるかわからなくても私は管理画面上に表示されるから、すぐにわかるようになっている。

しかも匿名でのコメントも受け付けられるようにしている。
(←初期設定がそれでずっとそのまま…)

匿名でもいいけれど、本人だとわかるようなヒントが欲しい(焼肉屋の名前とか、近くのスーパーの名前とか、事務所の略称とか)。

じゃないといたずらと区別がつかなくなるから。

この悲しいぐらいのノーリアクションに対して、どこからでもやってくる数々のサインたち…。

逆になってくれないかなと思う。

自分でも書いてて恥ずかしいものがかなりあるから、週末いっぱいぐらいはアップして、また引っ込めようかと考えている。

色んな人に読んで欲しくて書いてるわけじゃないから、読んで欲しいのは1人だけだから、だからそんなにいつまでも読める状態にしたいわけじゃない。

私信*これを読んで連絡してもいいなぁと思ったら、連絡ください。