2015年10月8日木曜日

リズム作り

今、自分のリズムを作っている。

食べる仕事と書くことの両立ができるよう、そのリズムを日々作っている。

書くことに全力を傾けられるよう、毎日家に帰ってから書く時間を設けている。

本当に書く必要のあるものはまだ着手していない。

でも、このブログともう1つのブログをひたすら綴る作業は、今日入れて丸4日続けている。

最初は、2つのことをやるなんて無理だと思っていた。

やれなくはないだろうけれど、すごく心にも体にも負荷がかかるような気がしていた。

無理に書くようになるのだけは絶対に避けたいとも思っていた。

「書かなければいけない」の「~ねばならない病」にだけは絶対にかかりたくないとも。

ところがあたふたと何のリズムもないままに始まった新しい生活の時間割。

「やればできる」ことが少しずつ体験を通じてわかってきた。

そして書くことも嫌になるどころかむしろ楽しく書いている。

もっと自分を追い込むのかと思いきや、そうでもない。

リズムは少しずつ変化しているけれど、今のところとりあえず元気だし毎日仕事も行って、

帰ってから文章書いて、そしてごはんも手抜きであっても作っている。

なんとなく、なんとなく、の小さなリズムを刻み始めている。

文章を毎日書こうと思っているのには理由がある。

以前、その時はどの位、「書くこと」から離れたのか思い出せないけど、離れたことで随分と感覚が

鈍った感じになった。

いつでも書けると思っていたのに、感覚は少し違う。

例えば今この文章を書きながら、わたしはほとんど頭を使っていない。

自分の中から出てきたものをひたすら打ち込んでいるだけ。

前回感覚が鈍ったと感じた時というのは、こういう感覚が薄れていた。

代わりに、1つ1つ言葉をするのに頭を使い、言葉も組み立てて、それで文章を書いていた。

あの感覚は気持ち悪い。

「書いている」というよりも、言うなれば子どもの頃に書かされたような読書感想文みたいな、

無理矢理何か枠に当てはめて文章を書こうとするような、あんな感じだった。

このブログもそうだし他のブログもそうだけど、すべて一発本番で書いている。

下書きもしないし、まぁたま~にするけれど、それは自分の中にあるものがあまりにごちゃごちゃ

し過ぎていて言葉にうまくできない時がほとんど。

言葉にできるのなら、そんなことする必要がないから下書きはしない。

浮かんだら浮かんだものをそのまま、ぴたっとくる言葉に置き換えてあげたらいい。

その感覚を保つために、とにかくこのブログともう1つのブログは書いている。

そしてそれが今のわたしの色んなことに結びつくことだから、そのためのリズムを作ることにも

珍しく積極的に動いている。

普段ならこのリズム作りは大嫌いなことの1つだ。

だけど、今はリズムを作る方が自分にとって心地良いと思っているから、自然とその方法を探り

そしてピンときたものを形にしている。

2015年10月7日水曜日

10歳下の女の子との出会い

月曜日から始まった仕事。

今回の研修担当者は、わたしより10歳年下の女の子だ。

年下の女の子が研修担当になるのは彼女が2人目だ。

1人目は、わたしと3つ?4つ?ほどしか離れておらず、とっても感じの良い人だったけれども、

自分のこれまでの生き方や当時の生き方が本当に良かったんだろうか?とものすごく落ち込む

こともあって、ちょっとしんどいこともあった。

これは自分が年を取ったからそう思うのか、それとも彼女が10歳も下だからそう思うのか、または

もっと複雑な理由が絡まり合ってそう思うのか、そこはわからない。

だけど、今回は彼女が研修担当者で良かったと思った。

向こうもとっても気を遣うだろうことは予想できる。

もう一人一緒に研修を受けている方は、わたしのさらに10歳上だ。

それぞれ年齢差による気遣いはあるものの、あまりにも生き方が違うから、それが程良い距離を

生み、「人それぞれ色んな生き方があるよね」の一言で済まされる。

変に自分の生き方を否定しなくてもいいし、自分を大きく見せる必要もない。

そして10歳年下であっても、今回の仕事は当たり前だけれど彼女の方が大先輩でそして丁寧に

教えてくれ、さらにその仕事の面白さも伝えてくれるから尊敬している。

今回の仕事は全く引き受ける気ゼロでやりたくないと思っていたけれど、「○○なところが面白い」

とそれぞれの観点で面白さを伝えてくれたのは、なんと彼女が3人目だ。

そういうことも聞けるとは思っていなかったから、少しだけいつもとは違う風が吹いてる気がする。


20代の頃のわたしは、自分が30代で働いた場合1つ心配していることがあった。

30代で新しいことを始める場合、自分を指導する相手は自分より年下である可能性がある。

自分はあまり気にせずにやれそうと思っていたけれども、相手は気になるだろうことは予想でき、

さらに自分も年下で生意気な人が相手だったらイライラしてしまうかも…ということ。

30代に入ってした仕事は、2人を除いてあとはみんなわたしより若い指導者だった。

実際にそうなってみてわかったことは、あまり年齢は気にならないということだった。

相手はわからないけど、わたしはそんなには気にならない。

そしてたしかに「イライラさせられる」タイプの年下指導者も存在したけれど、それは年下だから

というよりも元々の人間性だということもわかった。

そういう人は、年上でも同い年でもわたしはイライラしたかと思う。

逆に「この人すごい!」という年下の人たちにも何人か出会った。

自分が年齢的に年上であることが恥ずかしくなる位に、すごい人というのは存在する。

そんなこんなの経験を重ねていくうちに、年齢は気にならなくなった。

そしてすごい年下の人には、手放しに「すごいですね!」と言ってる自分がいる。

「すごいですね!」は上から目線ではなく、年上の人を敬う時と同じような気持ち。

年齢が上がれば上がるほど自分より年上の指導者に恵まれる可能性がどんどん低くなっていく

のも現実だから、良い意味で割り切れるようになったと感じている。

2015年10月6日火曜日

それぞれが見ている世界

ここにきて、これまで出会ったことのないタイプの人たちに出会っている。

どちらかというと、喜ばしい出会いというよりも、自分の価値観をがんがん質問されるような、

その人たちは質問はしてこないけれども、自分自身で自分に問いかける場面が多い、そういう

タイプの出会いだ。

「年金」「働き方」なんかをリアルに語る同年代と思しき人。

たしかに将来のことを見据えることも、働き方も両方大切だとは思う。

だけど、限られた時間の中で、わざわざその話をしなくてもいいだろう、と心の中で毒づくわたし。

今、年金の心配しても、その時まで生きているかどうかもわからないし、仮に生きていたとしても、

必要があれば必要な形で何かはやってくるだろう。

それよりも、その時までいかに楽しめるかの方が大切なんだ、自分は…と気付く。

過去にいた場所と同じ場所にもう一度足を踏み入れたわたし。

それでも、やっぱり人が違えば見ている世界も違う。

ほとんど同じ条件下に生きていても、話の引き出しは人によって全く違う。

気付くと、以前は「年金」の話なんて、誰とも一度もしたことなかったなぁと気付く。

色んなことを面白がって話をふくらませた当時がなつかしい。

そう、何かを楽しむ能力に長けている人たちが多かったことに今気付く。

当時はそれをあまりに当たり前と思っていて、そんなこと特別だとも思わなかった。

見ている世界が違い過ぎて、話もどうしていいものか手探り状態だけれど、とりあえず疲れは

しないことが唯一の救いだと思っている。

そしてまだ再会できていないけれど、タイミングが合えば当時の面白い話をする人たちと再会

できる環境にあるから、それを今からとても楽しみにしている。

そこで色んな愚痴が出たとしても、一緒にぎゃははと笑い飛ばせる位のパワーはある。

そして愚痴だけじゃなくて、他愛もない生産性ゼロの話にお互いくつろぎながら話せる雰囲気、

それも自然と目に浮かぶ。

思い出した。

当時一緒にいた人たちというのは、みんなそれぞれが人生の浮き沈みを体験した人が多かった。

そしてその沈み方がけっこう半端なく大きいものであることが多くて、だから痛みを経験しても

それでも人生まだまだ笑える瞬間があるんだから!というのを素でやってる人たちだった。

どの人の人生の沈んだ部分の話も、仲良くなってからある日突然教えてもらった。

教えてもらうまで何も知らなかった。

だけど、教えてもらったら逆にあの天性の明るさや人生を楽しむ術を持ち合わせている人柄に

大いに納得した。

そういうのって、黙っていても伝わる。

それぞれが見ている世界は違い過ぎるけど、それでも今わたしがいる場所は今何か大切なことに

気付くためにあるんだと思っている。

2015年10月5日月曜日

思い出の共有

今日、大学時代の友達から写真付きでメッセージがきた。

共通の友達が北海道にいて、北海道で2人が再会していた写真だった。

15年ほどあれから経過しているけれど、当時と何ら変わりない2人の顔を見てほっとした。

本当に、当時の顔のまま、今になりました!と言わんばかりだった。

撮影された場所は、とあるカフェの中だったけれど、これは単に場所だけ変わった風だった。

わたしを含めた3人は、大学時代、しょっちゅう夜中に24時間営業のレストランに行った。

チェーン店ではないファミレスというようなお店で、そこでは薄いコーヒーのお替わりを何杯もした。

一応3人とも、各々の宿題を持ち寄り、一緒に勉強するという体ではあったけれど、3人ともまったく

集中できずにいた。

夜も遅いから眠いし、夜中なのにオムレツとかけっこうガッツリメニューを頼んでは満腹になり、

さらなる眠気に襲われたり。

明日テストなのにやばいよ!と言いながら、テキストのページはほとんど進まなかったり。

それでもわたしは、あの夜に3人で自転車に乗って白い息をはあはあ吐き出しながらレストランに

向かった日々を今でもはっきりくっきりと憶えている。

つい昨日のことのように感じることもある。

あの頃は良かったなぁなんて思わないけれど、今思い出すと涙が出そうになる位にきゅんとなる。

本当に好きだったあの日々。

本当に好きだった友達。

もう戻れないからこそ、とてつもない貴重な思い出に変わっている。

当時の自分が30代も半ばになり、友達1人はキャリアウーマンに、1人は2児のワーキングママ

になり、それぞれが別々の場所で別々の道を生きている。

それでも当時分かち合ったものは未来永劫変わらない。

もう取り戻せない過去の時間は、当時から見た未来の今、ものすごく輝いている。

そしてその思いは、決してわたし一人のものではなく、他の2人も似たような思いを抱いていると

思う。

これだけたくさんの人が世の中にいるだけで、あの夜中のレストランと薄いコーヒーのお替わりの

場面を共有できるのは、その2人しかいない。

2015年10月4日日曜日

過去の自分と今の自分

過去の自分にとって、今日は大切な人の誕生日だった。

どんな風にお祝いしたかは大方忘れたけれど、一度は盛大にサプライズも開いたことがあった。

今はもう別々の人生を歩んでいるから、今のわたしはお祝いもしないし、相手も当時とは別の形で

誕生日を迎えているだろう。

今のわたしは昔を懐かしんでいるというよりも、ほっとしている気持ちの方が大きい。

よく芸能人の離婚なんかで「価値観の違い」を離婚理由に挙げているのを見かける。

実に便利な言い回しだと思うし、その相手と決別したのも「価値観の違い」が理由だった。

自分とぴったり同じ価値観を持っている人なんてこの世に一人もいないと思う。

ただ、「大切にしていること」と「されたくないこと」の二つが不一致だと、恋愛関係や夫婦関係のみ

ならず、友人関係でも厳しいかと思う。

その二つが不一致すぎて、わたしは関係を続けていくことが苦痛になった。

この埋まらない不一致感を持ったまま、一緒に年を重ねるのだろうか?誕生日をお祝いするの

だろうか?と考えた時、答えはNOと出た。

もしあのまま関係を続けて今があるとしたら、今日の日をどんな風に迎えただろう。

もう随分前の記憶しかないから、それで想像することも難しいけれども、おそらく今現在の今日の

自分ほど心穏やかには過ごせなかっただろう。

たとえ明日から自分の毎日が大きく変化する局面にあって(←これは本当)、それで不安に感じる

ことが沢山あっても、それでも今の不安の方が受け止めやすい。

今は今で良かった、とさえ思う自分がいる。

毎年は忘れているけれども、今年はなぜか今日という日が何の日か思い出した。

過去の自分にそっと「あの時に決断してくれてありがとう」と言いたい。

2015年10月2日金曜日

会社の品格

ここ数日の派遣の職探しで、新たに登録しようとしていた会社があった。

この数年で何社に登録やら問合せやらしたのかわからないけれども、少なくとも10社は何かしら

こちらから連絡を最初入れたかと思う。

今回1つだけ興味の湧いた仕事があった。

派遣の仕事で、仕事内容を見て「興味を持つ」というのは初めてに等しい。

それは非常にマニアックな職種で、おそらくほとんど求人として上がってこないものだと思う。

そこだけは唯一新規で新たに連絡を入れ、エントリーしたところだった。

ところがそんなこんなしているうちに、過去にお世話になった会社から声がかかり、今は最終的に

そちらに行くことになった。

その新たにエントリーした会社とのやりとりで「あぁこういうところに会社の品格が出るなぁ」という

ものが2点。

最初は、電話対応の時、言葉使いは丁寧だけれどもこちらの質問に対しての回答がものすごく

不親切に感じる内容だった。

こんな言い方してはなんだけど、もしわたしがその派遣会社から仮に派遣されたらころっと態度を

変えそうな雰囲気が漂っていた。

得になる人物であれば丁寧に対応、現時点で得のない人物には適当に対応。

そういう態度が丸わかりだった。

結局、その会社には最終的に自ら「選考辞退」の連絡を含め3回は電話をしたと思う。

最後の辞退の連絡の時に、先方から「では、選考の方はストップさせていただきます」と言われた。

当然ストップがかかっていると思った。

そうしたら1日遅れで、今度はメールの方に「登録会・面談」の案内がきた。

自動返信にしては遅すぎるから、おそらくチェックする担当者が流したものかと思う。

辞退の連絡が社内で共有されていないのだろうか?

どうなっているのかも不明で、とりあえず連絡先にあったメールアドレスにもう一度辞退の意向を

書いて、メールを昨日の夜出した。

少し見物だなと思っていたら、案の定翌日の今日午後9時を過ぎても何もメールがない。

少なくとも、会社側に不手際があったわけで(一連の流れはメールに書いた)、それについては

一言何かあってもいいところ。

登録にもこないわたしには無用なのもよくわかる。

だけど、何か一言言葉を言うことはできないのかな?そこ会社の顔の部分でしょ?と思う。

最終的にご縁のない会社で良かったけど、多分いつかこの体質的なものが大きなものを引き

起こしかねないなぁと思う。

本当にいくつか会社を見たことで、余計とそういう小さなことをどれだけ大事にできるかは、

その会社の直接の利益に繋がっていると思う。

2015年10月1日木曜日

怖い独り言

今日、お気に入りの大型書店に行った時のこと。

まず数人に連絡を入れる用事があり、それをするために書店内のベンチに座った。

その連絡を携帯に打ち込みながら、どこからともなく声がしてきた。

ずっと同じ言葉を繰り返しているようで、最初は自閉症とか何かしらの知的障害を持たれた方が

いるのかなと思った。

その声の主は、何かをぶつぶつと言いながら徘徊していて、そして丁度わたしの近くを通った時、

何を言っているのかはっきりと聞き取れた。

「じさつ、じさつ、じさつ、じさつ、じさつ、じさつ、じさつ……」

多分、「自殺」と言っているのだと思う。

目も少しいっている感じで、言葉と表情がセットになって変な恐怖感に襲われた。

嫌でも聞こえてしまうから場所を移動しようかと思ったけれども、まぁすぐに過ぎ去るだろうと思い、

席は移動せずまたわたしはわたしでメッセージの打ち込みに戻った。

ところが、この声の主はまた近くを通り、相変わらず「じさつ」を繰り返している。

何の根拠もないけれども、声の主は多分自閉症とかではない。

本来は健康な心と体を有しているタイプの人だと思う。

自閉症の人とか、言葉を繰り返すくせのある障害者の方と関わったことがあるからなんとなくは

わかる。

そういう方たちが仮に「じさつ」と繰り返していても、あの変なぞっとする感じはない。

「おはよう」も「ありがとう」も「バス」も「じさつ」も、同じレベルと括るには大雑把過ぎる捉え方では

あるけれど、絶対に不快なエネルギーがのっていないから「あぁ癖なんだな」というのがわかる。

今回の声の主は違う。

何かが確実におかしいと感じるタイプの独り言だった。

ただ他のお客さんに危害を加えてるわけでもないから、店員さんも注意できないのだろう。

そして注意して暴れても困る。

何とも読めない人物すぎて、誰も何も言わない。

わたしももちろん聞こえていても何も言わない。

結局ずっと近くを徘徊していて、わたしの方が耐えられず、ものすごく離れた別のセクションに

移動をした。

不快感や恐怖がとりあえず収まったところで、ふと思ったこと。

声の主は、もしかして誰かの注意を引きたくてあの言葉を言っているのではないかということ。

誰かに注目して欲しかったらもっと他の手段もあるだろうに、そうはできない。

できないのか知らないのかはわからない。

ただ知らないとしたら、寂しい人だなぁとは思う。

生きていて辛いこと、苦しいこと、そんなの誰だってある。

何にも悩みのない人なんていない。

でも、あのやり方では周りも怖くて手が出せないよ、と思う。

話を聞くことも、一緒にげらげら笑うことも、もちろん泣くことも、そういうのって「相手が安心

できる」ってわかるから成り立つこと。

人生でものすごーく大変な思いで生きてきた人、これまでたくさん会ったことある。

それでもそんなことさえも吹き飛ばす位に、魅力的な人間性に富んだ人たちばかりだった。

それこそ「自殺」してもおかしくない位に追い込まれた人も中にはいた。

なのに「怖さ」がないのは、その人が持っている人間性のおかげだと思う。

声の主だってそういう可能性が絶対にあるのに…。

何とも煮え切らない思いを感じた独り言だった。