2022年11月18日金曜日

姪っ子2号誕生とこの頃の話

保育園から6歳(年長)の誕生日でもらった
パジャマ入れ
先生たちの手作りのプレゼント

2回の引越しを経ても残ったもの
そして、同い年になった姪っ子1号と
このくまちゃんで時々遊ぶことになるなんて
6歳の私には想像もしていなかった未来
3日前、姪っ子2号が誕生♡\(*ˊᗜˋ*)/♡



2022年11月15日

姪っ子2号誕生


姪っ子2号が元気に誕生♡\(*ˊˋ*)/♡


来月に1号の7歳の誕生日祝いも合わせて会いに行けたらいいなと思ってる。







コロナ療養を経て、今日から仕事。


毎日体を常に横にしていたから、今日は体を真っ直ぐに立てることからのスタート。


働かない頭で小難しい仕事などできるわけもなく、とりあえず可も不可もない仕事を働かない頭とダルい体で始めた。







2022年11月17日


来週23〜25日の日程で再度東京に行くことが決定。


先月の東京旅の話も書き終わらないうちに(その後の長野日帰り旅の後半も)また東京へ


今回は完全にオカルト的な目的が一番で、そして帰る日の午後に手芸屋巡りをしてから帰る予定。


友人ノムの繋がりで、手相を見てメッセージをおろす人がいて、その方とノムとノムのゲイの恋人ミッチーとで会う。


これは先月の時点で決めていて、24日がその日で、そして私がいつ行くかはコロナになったことで様子見をしていたけれど23〜25日の日程で行けそうとわかって、ノムとミッチーに連絡を取って、その後さっき予約してそして確定した。


できれば東京に行く前に前回のノムとミッチーと手相の彼女との話を書いてアップできたらいいけれど、いかほどか自分でも書ける気がしない( ̄∀ ̄;)







話は変わって、明日18日は職場の超内輪のおつかれさん会をすることになった。

(おつかれさん会をしなければいけないほどの年内一大行事があって、スーパー激務だった。)


昨日イケメンエンジニアの硬派さんが私の席に来て(硬派さんは長期出張で不在だったし、私はコロナで欠席で2週間以上ぶりに会った)、武士俣さんちょっといいですか?と呼ばれて、バックヤードみたいなところに一緒に行った。


何かイレギュラーな仕事の頼み事かと思ったら、硬派さんと硬派さんの後輩くんと私と同級生の同子ちゃんと私とでおつかれさん会を金曜日にしよう!というお誘いだった。


二つ返事で行くと言って、その時に「武士俣さん、声いつもと違いますね?大丈夫ですか?」と体調を気にかけてもらった。(部署内で私がコロナになったことは情報がきちんと回ってるし( ̄∀ ̄;)、私も普通に言ったり周りも色々聞いてくれるから知れ渡ってる。長期不在でいなかった硬派さんも誰かから聞いてて知ってた。)


そして今日、今度は本当に仕事の用事で硬派さんの席に行ったら、まず第一声に「武士俣さん、昨日よりも声良くなりましたね!(笑顔)」と言ってもらった。


超メロメロになりながら、こうやって人(イケメン)に気にかけてもらうなんて、しかも声の調子がどうだなんて知ってもらえるだなんて、それって超贅沢だなと思った。


しかも、みんながみんな気付くようなガラガラ声じゃなくて、気にして聞いてないとわからない程度の変声ぶりだったから、余計とそんな小さな変化に気付いてもらってとても嬉しかった。


仕事は全くやる気が起きなかったけれども、そのやりとりだけで心弾んで「今日仕事に行って良かったな」と思った。単純すぎる。







書きたいことは色々あるけれど(東京の話も長野の話もその他の話も)、体がついていってないのと、姪っ子2号が生まれてそちらも家族LINEが盛り上がったり、色々と落ち着かない。


今日妹から姪っ子2号の動画が送られてきた。


それを見て2つのことを思った。


2号を見ていて、我が子を手に抱く、我が子の成長を横で見るということは自分の人生に起こらなかったけれども、それに対して絶望感や喪失感みたいなものは年齢薬のおかげか、そういう気持ちは今回ほとんど沸き起こらずホッとした。


むしろ早く2号に会いたいし抱っこしたいし、またもう一度子どもが成長する様子を間近で見る機会を得るんだなと思ったら、それはすごい楽しみだと思っている自分がいる。


自分の中で長い時間、少なくとも干支が1周するくらい向き合い続けたテーマだから、子持たずの人生もようやく受け入れて生きるようになったんだなと思った。


このこともまたいつか書けたらいいと思うけれど、書きたいことたちがあれこれ渋滞しているからそれは叶わない気もする。


もう1つは、私も他のみんなも誰しもがこういう状態があったんだよねということ。


自分が生まれた時だってもちろん今の2号みたいな状態とほぼ同じだったと思うけれど、それがなんだかとっても不思議な気がした。


母親のおなかから外に出て、この世に少しずつ馴染んでいって、色んな体験をして大人になっていく。


どんな大人にもその最初の時があって、無垢の赤ん坊だった時間が存在している。


みんな忘れているけれど、確実にそういう時があった。


そんなことが本当にあっただなんてにわかには信じ難く、でもみんなが通る道なんだと思うと何とも言えないやわらかい感触が自分の中に生まれた。







駆け足で書いてしまったけれど、しばらくまた落ち着かない感じ(体調も)で次いつ書いてアップできるかわからないから、箇条書きみたいな今回のものもこのままアップ。


ブログがずいぶんとのんびりペースになっているけれど、のんびりでも書いていなくてもあれやこれや考えたり感じたりするのは頻繁に書いている時とそう大差ない。


差があるとするなら、言葉にしているかしていないかの差でしかない。


こんな風にブログの頻度が落ちて、いつかこのブログがもはや何の機能も持ち合わせないなんて日もそう遠くないのかもしれない。


小さくても繋がるツールになってくれてたものがもうその機能を卒業してしまうかもしれない。


その怖さはいつだってある。


ブログは続いても自分が欲しい機能は維持できないように感じつつある。


それは望んだこととは違うけれども、そうなったらそうなったで子持たず人生と同じで受け入れていくしかないだろうという覚悟みたいなのはある。


そんな先の心配よりも、まずは数時間後にきちんと起きて支度してバスに乗れるかどうかの方が目下の心配事だから、とりあえず寝よう、そうしよう!

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