2021年10月29日金曜日

サーフィンボード用の布と小川山の水晶の毛糸




サーフィンボードと国産の小川山水晶の話の続編。

サーフィンボードもといペンジュラム用のボードご所望で、ボードの下に敷く布製のシートを手作りすることに決めた。


最初はボード自身が直置きで良いと言っていたんだけど、途中気変わりしたのか(物の気変わりって言い方変だけど)シートを希望して、そしてちょうど作り方調べたら「タロットカード等のシートは自分で手作りするとさらにカードの力が高まる」とか書いてある説明をネットで見つけて、じゃあそれなら私も作ろうかと決めて、そのための買物に出かけた。


最初近隣の布を売っている大型服飾店に行ったけどピンとくるものがなくて、結局はうちから60キロ強と離れている新潟駅近くまで行くことに決めた。


一応地図を印刷して、なんとなく道は単純そうと思って、まぁペンジュラムもあるしなんとかなるかと思って出かけた。







その話に集中するために、その日道中で起きた諸々を先に端的に書いてしまおう。


待った!


その前に何でイケメン上司の話を書かないのかと言うと、その布を探しに行く旅があまりにもすったもんだ道中だったのと、そのすったもんだの中でもイケメン上司降臨!と言わんばかりのサインなどがあちらこちらにあって、これは先にこの布を買いに行った話を吐き出さないとイケメン上司記事2つに集中できないなと思って、それでこれを先に書き上げることにした。


まず、家を出てすぐに近所のガソリンスタンドでガソリンを千円分だけ入れた。


今月はキャンペーンをしていて、2500円以上で1回応募ができる仕組みで、手元に2000円分のレシートがあるからそれで先に少しガソリンを足すことにした。


帰りも足すと知っていたから、ちょうどいいなと思った。


で、いざ足したら、なんと前の人がしっかりとノズルを戻してないか何かの具合で、私はノズルを持った瞬間にガソリンが垂れて、車本体の給油口の下がガソリン垂れ垂れになった。


とりあえず近くのタオルで拭いて、給油して、さぁキャップを締めようとしたら、想像以上にガソリンが垂れてたようで、さすがに自分の車も火の近くとか何か引火性のありそうな物の近くとかをたまたま通り過ぎても大丈夫なのか心配になって、店員さんを呼んで確認した。


ノズルの持ち手もガソリン付いてて、ゲッД;)と思って、そんなこんなのやりとりをしていたら、なんと肝心要のレシートを取ってくるのを忘れたことに後から気付いた。


しかも手がガソリン臭くて、それでこれから数時間運転するとか嫌だと思って、また家に一度帰って手を洗った。


セルフのガソリン歴10数年みたいな中で初めてのことで、なんだかとっても腹が立って仕方なかった。


あのババア(と言っても多分同年代か少し上)がきちんと締めたらこんなことにならなかったのに!と思うと、余計と腹も立ちまくりだった。


いきなりそんな出発で、ギャー!!となっていたけれど、とりあえず運転している途中から落ち着いた。


途中セブンに寄ってホットコーヒーを買った。


優雅に飲みながら運転などと思ったのに、一口二口飲もうと口に運ぼうとしたら、蓋が微妙に外れてて、そこからホットコーヒーがこぼれた。


何ヶ月か前に買った、特価で出ていたセール品の服をおろしたばかりで、黒地に柄物尚且つ水をはじくタイプの布地でシミとかにはあまりならずに済んだけれど、なんだかなぁと思った。


何かタイミングがイマイチというか、年に数えるほどしかない不運な感じが今日のようで、サーフィンボード用のシートを買う日なのになんか嫌だなと思った。


そして、これは買った後の話だけど、買った後パスタ屋さんに移動して、これは20代の頃ハマったパスタ屋さんで、それの店舗が今は新潟市にしかないから、久しぶりのそこでなんかいいかも!と思って行ったのに、そこでもすったもんだだらけだった。


私はメニューもなければ呼ぶためのベルもなければ、フォークスプーンもなく、とにかく全て店員さんを呼ぶか自分で近くの空いてる席から持ってくるかをしないとで、なんだかなぁと思った。


ちなみに味も地元で友達や仕事の人と食べてた頃と違っていて、味は別物みたいに感じた。


全然おいしくなくて、こんなだったかななんて思いながら口に運んだ。


そしてトドメはその店内でさぁパスタが届いたよというタイミングで父から電話が突然きて、そんな時間に急に電話してくるなんて何事かと思ってとりあえず出てみると、義弟がパン屋の仕事中機械に指を挟んで、今徒歩圏内の大学病院に来ていて、これから手術になるという話だった。


指先を切断になるか免れるかは手術してみないとわからないという話で、その後冷めたパスタと悪い方のドキドキが止まないのとで、この諸々のタイミングの悪さは虫の知らせだったんだろうかと勘ぐって青ざめたりした。


ちなみに後日談で、義弟は本当に高度医療のところに最初から救急外来で行けたことも大きくて、指の再建ができたようで、今は本人元気は元気だけど1〜2週間の入院中で、退院後は徐々に店を再開するとのことだった。

(義弟は無事退院して、文化の日の翌日から営業再開できるまでに回復した。)


とまぁそんなこんなの中で買物に行った日だった。







本題に入る前に今書いてて気付いたことがもう1つ。


本当にすごい1日だったけれども、そして父の電話を受けてから家に着いてしばらくするまでの8時間近く、義弟のことはずっと容体もわからなくてひたすら祈るしかできなかったけれども、よくよく時系列にしてみたらすごい奇跡的な感じになってたことに今気付いた。


ボード用の布を買う前後だけ神がかったようなシンクロニシティのオンパレードで、どうしたらそんなにも何から何まで揃うのかと思った。


そして、他の時は色々タイミングがズレてたり心配事があったりしたけれども、そのボードの時だけは全てはピッタリで寸分の狂いもなく完璧な流れの中で事が運んでいた。


そういうことなんだと実感した。


本当はパスタ屋さんで父からの電話で義弟の怪我を知ってから、このまま家に帰ろうかとも思った。


だけど、布以上に現実生活で確実に必要な化粧品を買う必要があって、ペンジュラムは買ってから帰ると言う。


全く乗り気ではなかったけれども、致し方なしで大きなショッピングセンターに出かけた。


それらの時間はそこそこ可も不可もなくな感じだったけれども(お気に入りの店がまた1つ閉店していたこと以外は)、その時は逆に何もシンクロもなければ特筆するようなことはなかった。


無事で良かったなとは思ったけれども、あとはボードの時のようなことは一切なかった。


今思うと、そのペンジュラム用のボードの布を買いに行った時だけが凄かったと私にもわかるように、そのために最後の買物には行ってきたように思う。







布屋さんの候補は2つ3つと調べたら出てきた。(仕事中にささっと検索)


ペンジュラムはその中の1つにだけYESだったし、口コミを読むとそこだけが唯一駐車場が店の裏にあるとあって(他は新潟駅前付近で、駐車場探しから始めないといけない)、私の中でもその店一択だった。


地図もコピーして、道も単純そうで良かったと思っていた。


なんだけど、私は曲がるところを間違えたようで、本来通ることのない新潟駅前を車は通過した。


1年前になるかと思うけれど、わざわざ実績多数の皮膚科を探して、その通過した近くの皮膚科に背中に長年あった出来物を完全除去するために2回通ったから、駅付近の道だとすぐにわかった。


駅前通過も含めて元来た方向に戻って途中から正しい道に沿って行かないと布屋さんには着けないと知って、私はその時咄嗟の判断でiPhoneのマップ機能を開いて、iPhoneからカーナビをしてもらうことにした。


普段ならペンジュラムを使うけれども、何せ一方通行は多いし、数十メートル置きに信号はあるし、歩行者はたくさんいるしで、真面目に前方に注意しないと危ないと思って、それであえてiPhoneカーナビにした。


最悪ある程度戻ったのなら、途中からはまたペンジュラムに切り替えたらいい、そう思った。


ペンジュラムをカーナビ代わりに使う人なんて世の中に早々いないと思うけれども、私はiPhoneの音声だと平気で道を間違えるから、でも反対にペンジュラムの案内は余程何か別の意図がペンジュラムなのか魂なのかによるものがない限り、正しい情報を伝えてくれて私は目的地に無事到着できる。



*¨*•.¸¸☆**¨*•.¸¸☆*・゚


書いてて変なことを思い出した( ̄∀ ̄;)


そもそも、ペンジュラムが初めてカーナビ機能を発揮した日のこと。(2017年の年末)


なるべく端的に書くと。


その数日前、私はイケメン上司には年末年始を共にする女の子がいると初めて聞いた。


もちろん本人からじゃない、本人と仲良くしていたSさんという当時の職場で仲良くさせてもらった人から。


イケメン上司とSさんは共通の趣味を持っていて、その趣味に関して年末年始にイベントがあって、その話のついでに出てきたと記憶している(2017年の年末の話)。


その頃はすでにイケメン上司はもう新潟にはいなかったし、そもそもイケメン上司が話題に上るなんて超想定外だった。


色々ノート出して調べないと時系列がいまいちわからないけれども、その時の私はまだ誰からもイケメン上司との繋がりを突如聞かされるとかいう体験をしていなかった。


東京大空襲を体験した占い師のおばちゃんからその3週間くらい前に観てもらって、その時にイケメン上司のことを自ら聞いて「仲間と出会っている」とは言われたけれども、その時はまだまだ色んなことが半信半疑だった。


おばちゃんは出会った時期を私に聞いて、それをおばちゃん愛用のDSみたいな機械に入力すると何かしらが出てきたようで、それを見ておばちゃんは「仲間と出会っている」と言われて(このおばちゃんは過去にもたくさん色んな未来予測をしてくれていて、今のところ全てその通りのことが起こっている)、でも私はそのおばちゃんの言葉よりも何の根拠もないペンジュラムが示すことを当時は信じていたんだなと今頃になって気付いた。


どういうことかと言うと。


イケメン上司が新潟にいた最後の1週間とか10日くらい前から、突然のようにイケメン上司にまつわるサインを色んなところで目にしたり耳にしたりすることが一気に増えた。


最初は気のせいかと思っていたけれども、4年も経つ今振り返ると、本当に異常だったと思う。


とにかくどういうわけか一瞬しか映らないテレビの向こうにイケメン上司の下の方の名前、漢字まで同じものが映るとか、イケメン上司が事務さんたちから呼ばれる時のあだ名がテレビの向こうの子役の呼ばれ方とか、とにかく本気でそんなことが1日に何回かあってそれが毎日毎日休むことなくずっとあった。


その辺りから色々普通じゃないと思った私は、毎日暇さえあれば魂の関係を扱う記事を片っ端からネットで調べて読みまくった。


そんなことをおそらく半年くらいやっていたかと思う。


その調べ物をすればするほど、魂的な繋がりが本当に強い人なんだろうと徐々に思った。


ネット上に上がっている記事たちが私の実体験のようなことを説明していて、そんな偶然の一致ってある!?と思ったほどに色んなことが重なり合っていた。


で、その調べ物の前からペンジュラムは一貫して私に、イケメン上司というのは縁の強いソウルメイトであることをずっと言っていた。


それはイケメン上司と出逢って3週ほどしたある時に、イケメン行為を私に差し出してくれた時に初めてペンジュラムに聞いて、もちろんその時はふざけて聞いて、私なんかはその時もペンジュラムを疑うことをまずはしてしまうという不届き者だったから、その時ももれなく「冗談言っちゃって!」ぐらいに思ってた。


ものは試しに、私は職場の男性陣全員との縁を聞いたけれど、イケメン上司以外は1人としてYESが出なかった。


これも超今さらだけど、ことイケメン上司との関係については、ペンジュラムはただの一度も私にNOと言ってきたことがないことに4年も経った今初めて気付いた。遅すぎる。


それはそうとして、当時はその毎日とどまることを知らないイケメン上司のサインとペンジュラムが縁があると言うのとだけで、あとは自分の心と体で体験している全てのこと、本当にそれらだけを頼りにイケメン上司との縁を信じていた。


ブログも書いていたけれども、それが本当に読まれてるかどうかはその時はペンジュラム以外に聞くしかなかったし(あとはいつもアップした後に現れる自分側の体の反応を見て、読んだかもと判断するしかなかったけど、そんなのマニアックすぎて私はそれも半信半疑だった)、とにかく今みたいな感じとは全く違っていて、何にも繋がっていない現実とわけのわからないサインやペンジュラムのYESしか私には信じるだけの手立てがなかった。


とかいうそんな折に聞いた年末年始の女の子の話。


本当に何かもうどうにもならないくらいに心に来てしまって、現実はそんな風なのにイケメン上司と私とが繋がるなんてありえないし、全て色んなことが嘘だと思った。


ペンジュラムが何で魂的な繋がりがあると言い続けるのかも理解できなかったし、数多(あまた)のサインはあれは気のせいなんだろうと思ったし、全ては仮想現実じゃないけれど、私の過大妄想が見せてきたものだろうと思った。


だから何も信じられない、イケメン上司と私とが繋がることなんか一生ないし、全ては何かズレてるんだと思った。


当時仲良くしていた友達から、年の瀬に1年の垢落としを含めて天然温泉に浸かるといいと聞いて、その日は温泉に行った。


その悶々とした気持ちも多少でも軽くなることを祈願して温泉に入ったけれども、心は悶々としたままでこのまま自分は年末年始に入るんだと思ったらゾッとした。


行きはそれこそiPhoneのマップのカーナビで行って平気で道を間違えて、何回も地図を見て行きつ戻りつしながらようやく着いた。


そんな風で、帰りはまたさらに違う道のりになるのは最初からわかっていて、それでその心のモヤモヤが起爆剤となって、ペンジュラムに案内してもらおうと思った。


もし本当にイケメン上司と私とが繋がっていると言うのであれば、ペンジュラムは間違うことなく私を目的地に連れてってくれるだろう、と。


でもイケメン上司には違う人がきちんといるようだし、私など出る幕もないわけで、全ては私の気のせいなら、まぁ案内も間違うだろうし(ペンジュラムに本当に失礼)、もうそれこそが答えだと思った。


だから何の期待もせずに私はペンジュラムに道案内をしてもらった。


ついでに肉まんが食べたくて、それならばあの国道沿いのコンビニに出れたらいいなくらいに思って、全くの見知らぬ道を走り始めた。


ペンジュラムは超民家しかないマニアックな道をいくつもいくつも案内した。


とてもじゃないけれども、コンビニどころかその国道さえも出れる気がしなかった。


そんなこんなで20分くらい走ったかなという頃、本当に驚いた。


国道に出る信号前に出て、そして信号の先にその目指したいコンビニがあった。


本当におかしな話だけれど、あの時の私は本当に腰を抜かすくらいにビックリした。


イケメン上司と私とが何なのかはわからないにしても、イケメン上司のプライベート的なことを知って、それで心がぐちゃっとなっていたところに、まさかのペンジュラムがカーナビデビューを果たすという、とんでもなくすごいことが目の前で起こった。


それ以来、ペンジュラムはずっとずっとどこに行く時もカーナビをしてくれる。


*¨*•.¸¸☆**¨*•.¸¸☆*・゚



話が逸れたけれど、とにかくその時以来のペンジュラムカーナビ信者なのに、今回は一通やたくさんの信号や歩行者多数という色んな状況が重なって、iPhoneカーナビを使った。


私が使わなかった間にiPhoneカーナビはずいぶんと機能が良くなっていて、きちんと「次の信号を右」とか「信号の後次の角で左」とか、とにかくわかりやすく案内するようになっていた。


iPhoneの機能アップにも驚いたけれど、それ以上にそれよりももっと正確にペンジュラムがカーナビをしてくれる、そのペンジュラムの能力にただただ驚いた。


機械よりも正確なものをペンジュラムはずっと提供してくれていたんだな、と今回初めてそれを深く理解した。







iPhoneが「目的地です」と言って案内を終えた。


たしかに写真で見ていた店の建物の感じと似ているところに着いた。


昔の団地のような建物で、私は最初建物の中の駐車場に車を止めた。


でも、自転車はたくさんあるし、子供用の車みたいなおもちゃもあって、ここって個人契約の駐車場じゃないかと思った。


で、一度店に入って聞こうかと思ったけれども、そんな時に店の方から買物袋を手にした女性が出てきて建物の真後ろに行ったのを見て、駐車場はそっちなんだと思った。


それで私も柱が何本かあるせいで何回もハンドルを切らないと出られないその室内駐車場を出て、建物の後ろの駐車場に着いた。


ブロックに「布」と書いてあるのが見えて、そこに置いたらいいんだなと思った。


そうこうしているうちに、また1人お客さんと思しきご婦人が駐車場にやってきた。


私は本当にこの駐車場なんだろうか?と思ったから、その上品な雰囲気をたずさえているご婦人に声をかけて、駐車場かどうかを聞いた。


「そうですよ。ここがそうなのよ」


その駐車場というのが斜めに駐車するタイプで、運転能力低い私には車庫入れも相当難易度が高かった。


ご婦人から「見てましょうか?」とご親切に言ってもらったけれども、間違いなく私は自分が何回もハンドルを切るのがわかっていたから、ありがとうございますとお礼だけ言ってお断りした。


で、私は車庫入れに奮闘している時、ご婦人は一台空けた隣りの車に乗り込んだ。


どうやらご主人が運転手で一緒に来ていたようだった。


私がハンドルを切って前に出たり後ろに下がったりしていると、ご婦人が車から出てきて、「ごめんなさい、私たち車が出せなくて、別のところに止めてくださらないかしら?」とお願いされた。


本当に狭い駐車場で、その車は右側にはまた大きな車が止まっていてハンドルを切れなくて、となると私がいる左側からじゃないと出れなくなっていた。


私はいいですよ、と返事してそれで自分も体勢を直してご婦人夫妻が乗る車の前を通ってさらに奥の方のもっと止めやすい駐車場側に出た。


で、最初は色々それどころじゃなくて気付かなかったけれど、ご婦人とやりとりしてその車の前を通った時にはっきりと気付いた。


そのご夫妻の乗る車がイケメン上司が乗っていた車と同じ車種であることを。


そもそも、そんな止めにくい駐車場でもなければ、他のお客さんとやりとりすることなんかまずない。


駐車場で他のお客さんとやりとりするなんて、そもそも運転を始めた20年前から今に至るまで初めての経験だったように思う。


私が店内に入った時も2人のお客さんしかいなくて、そもそもお客さん自体もとんと少ない。


そして、そんなピンポイントで隣り合わせた方たちの乗っていた車がイケメン上司の乗っていた車と同じ車種だなんて、どんな確率ですか!?状態だった。


ちなみにその方たちはうちの親世代で、奥さんの買物に付き合ってくれるご主人はとっても素敵だなぁとその2人の関係に憧れた。


の割に、奥さんは左側の後部座席なのが気になったけれど()


ご主人の隣りは嫌なんだろうか?とか邪推したりもしたけれど、とにかく車で待つしかないのにそうやって連れて行ってくれる旦那さん、車でただひたすら待ち続けてくれる旦那さんなんて超いいな〜と思って眺めていた。


ちなみに同じように奥さんを待っているだろうと思われる男性が乗る車がもう一台あった。


私もそういう未来を夢見ていたはずなのになぁ、なのにどういうことだろう…( ̄∀ ̄;)と思いながら店の方に向かった。


で、そのご婦人たちとのやりとりがあったから、私は本来なら店の入口に近い左側にいたけれども、駐車場をあえて変更せざるを得なくなって、私は最終的に建物の右側の方に止めて、だから右側の方から建物の前の方に出た。


右側の方にも入口があって、そちらからも店に入れるのかと思ったら、そちらは住民用の入口だけだった。


で、一度入ったけれどまた外に出ようとして全体を見回すと、建物の名前が目に入った。


度肝を抜かれた。


その名前の最初の2文字は、イケメン上司が勤める会社の最初の2文字と一緒だった。


ある程度、社名やビル名に使われても不思議ではない2文字ではあるけれど、よりにもよってこんなタイミングでその名前を見るとは思いもよらなかった。


ビルはそのまま◯◯ビルという名前で、私は記念にそのビルの名前を写真に納めてきた。


サーフィンボード用の布を買うために行った布屋さんで、その布屋さんが入るビルの名前がイケメン上司の勤める会社の名前の最初の2文字とかぶるってどんな確率だろう。


私はそのビル名とご夫妻の車とを1分くらいの短い時間の中で両方目撃して、それだけで「大丈夫!」と思ったのと、そして布地は間違いなくこの店の中に売っている!と確信した。







店内はコンビニくらいの広さで、決して中は広くなかった。


その中に本当にピンとくる布があるんだろうか?と不安にさえなったけれども、実際にはピンとくるものがあった!


良し良し!と思って、他のお客さんが裁断してもらっている間、私も他のものを見て回った。


その時、それは入口を入った時から気付いていたけれど、毛糸の販売もしていて毛糸たちを見ていた。


その店の素晴らしいところは、5センチ四方くらいの大きさで各毛糸で編むとこんな仕上がりになりますよ〜というのを全部の糸で見本を見せてくれてるところだった。


普通は毛糸の販売はそのまま売られている。


そうした編んだ時の見本はない。


それを見てテンション上げ上げになって、小川山の水晶の糸も買って帰ろうかなと思ったけれども、ペンジュラムは「ここで買わない」と言う。


えー!?\(д;)/と思ったけれども、ペンジュラムは絶対にNOだと言う。


さらに、わかった、今回は小川山水晶が手元にないからNOなんだと思ったら、それにもペンジュラムはNOだと言って、家に糸はあると言う。


なんだかわからないけれど、とにかくそこで買うのはあきらめて、予定通り布2種類だけ買って店を後にした。


その後、パスタ屋さんに向けて今度はペンジュラムに案内してもらったけれども、その時にこれまたペンジュラムは不思議な道を案内してきた。


わりかし広い県道のような道をしばらく走ると、突如イケメン上司の苗字がどんと大きく書いている、とある事務所の看板に出くわした。


ペンジュラムの意図はわからなかったけれども、車と言いビルの名前と言い看板と言い、全てピッタリなサインばかりで、それだけでサーフィンボードのことは大丈夫なんだろうと思えた。


と、ここまでが順調で、その後パスタ屋さんでことごとく色んなものが要求しないと出てこなくて、さらには義弟の怪我の電話が父から来るという展開になっていった。


そう、あの布を買う前後だけが、これ以上ない完璧なタイミングで全てが整えられていた。







翌日曜日、クローゼットから木製の職人手作り裁縫箱や毛糸や刺繍糸、布なんかを保管している段ボールを出した。


小川山の水晶用の毛糸探しを始めた。


まずは裁縫箱からいつかは使おうと思って取っておいた刺繍用の高級毛糸を出した。


それはNOとペンジュラムが言った。


次にみかん箱よりも一回りくらい小さい、両手で抱えるくらいの箱の中から糸を出した。


そこには色んな糸があったけれど、どれもNOだった。


最後に布や細々としたものを入れている紙袋を出して、そこに見覚えのある北欧製の青い毛糸が目に入った。


私の中でなんとなく水晶のマットは、ベージュとか薄い茶色とか、くすんだ感じの色がいいかな〜なんて勝手に思っていて、青い毛糸にペンジュラムが反応するとは全く思っていなかった。


まぁ量だけは確実にあるからいいとは思ったけれど、色はこんなにはっきりとした色でどうかしら?なんて思った。


でも、ペンジュラムはこれだと言う。


そうそう、どの糸の時も右手にペンジュラム、左手に小川山の水晶をセットして、それで聞いていた。


書くと普通だけど、これその状況を想像するとシュールすぎる( ̄∀ ̄;)


別に誰も見てないから私は何とも思ってないけれども、はたから見たら奇人変人の域だろうなと思う。


そんな風に選んだ、私じゃなくて小川山の水晶が選んだ毛糸で今実際に下に敷く用の小さなマットを編んでいる。


それが冒頭の写真。







昨日(10/19)ふと思い立って、サーフィンボードと自分の相性的なものをホロスコープを出して見てみた。


少しふざけて、「ボードとイケメン上司が繋がっていたら面白いかも‎()」と、私のデータの代わりにイケメン上司の誕生日のデータを入れてみた。


少しどころかかなりふざけて出したに過ぎなかった。


でも、ホロスコープが示したものは私の想像を遥かに凌駕する内容だった。


イケメン上司の誕生日しか知らないから(もちろん本人経由ではなくイケメン上司が仲良くしているSさん経由)、正確なホロスコープは出せない。


けれど、天体の多くは昨日も今日も明日もほぼ変わらない位置にあるというものがほとんどで、そういうものたちは生まれた時間と町の緯度経度を入れた正確なホロスコープがなくても比較対象として十分に使える。


そのイケメン上司側の十分に使えるものたちで出したホロスコープとボードのホロスコープとが、私なんかよりも幾つもの接点が見られた。


(°°)!!(°°)!!(°°)!!


ボードは持ち主の私よりもイケメン上司の方にロックオンしてるのかと思うくらいに、偶然の一致が幾つも見られた。


まさか!と思って、ペンジュラムに聞いた。


ここからはいつも以上に頭のとっ散らかった人になるけれど、本当のことだから仕方ない。


ボードとペンジュラムいわく、縁として強く繋がっているのは私の方ではなくイケメン上司だとのこと。


私はそんなこと言ってないし思ってもない。


かなり奇抜な考え方だけど、そうらしい。


そして、ボードと言い小川山の水晶と言い、色々なものたちがもたらした数々のシンクロニシティやサインは、たしかに圧倒的に私ではなくイケメン上司にまつわるものが多かった。


私なんかは単なる観察する人みたくなっていて、たとえばご婦人の乗られた車が何も数ある車種の中でイケメン上司と同じ車じゃなくて私の乗る車と一緒の方が単純に確率として高い。


私の乗る軽は国内累計で数百万台世に出ていて、普通にあちらこちらを走っている。


片やイケメン上司が当時乗っていた車は、累計台数は1桁万台数だったように思うし、とにかくそんなにもメジャーな車じゃない。


なのに隣り合わせたのはイケメン上司が乗っていた車と同じ車だった。


小川山の水晶の選んだ糸もすごかった。


さすがに水晶は手のひらサイズで大きいし、形も繊細な形だから、今回はボードは買物に持って行ったけれども、水晶は家に置いてきた。


布屋さんでボードを出して、布の上にボードを置いてそれがフィットするかどうか目視だけじゃなくてペンジュラムも使ってもちろん聞いた()


素敵な編み物用の糸があって、それを買うのもいいなぁと思ったけれど、ペンジュラムはここでは買わないと言うし、水晶も今手元にないから買えないなと思って、店では何も手を出さなかったのは良かった。


他の手芸店を回ろうかとも考えたタイミングの時に、今度はペンジュラムから「家に糸がある」と言われた。


その時は半信半疑だったけれども、結局はあって、そしてそれというのがイケメン上司にいつか手渡るとはとても思えないイケメン上司用に購入したお守りを入れる用に編んだ袋と同じ糸が選ばれるだなんて凄すぎた。


私の私利私欲ではなくて!、小川山の水晶がその糸をご所望された。







この話をどうしても書きたくて、イケメン上司のことを書く予定の2つの記事を差し置いて、これを先に書いた。


そもそも書く予定になかったこの記事だけれど、何日にも渡って書いた中で何でこれを書いたのか自分でもわかってきた。


今のところ2つピンときた理由がある。


1つは、ペンジュラムがカーナビデビューした時のことを思い出したこと。


実はこのサーフィンボードの布を探しに行った話は、書き始めたはいいものの、途中は何回も止まってずっと書く気がしなかった。


書きたいのにイマイチ筆が進まないみたいな感じで、これもボツになってアップできないかもしれないなと思った。


そうしたらペンジュラムのカーナビデビューのことを思い出して、それでその内容も書くことになった(10/25)。


決して書きたい内容でもないし思い出したい内容とも違う。


でも内容をまとめると、ペンジュラムの能力アップの時は、いつの時もイケメン上司の存在が原動力になっていることに気付いた。


これは次の理由にも繋がっていく。


もう1つは、イケメン上司というのが私にとってどういう存在なのかを改めて知っていくこと。


下世話な話だけれど、その当時、年末年始を共にする女の子というのは彼女ではない、とこれもまた絶妙すぎる説明を私はSさんから受けた。


実際の関係性はどうであれ、私からしたら、イケメン上司が年末年始というプライベートな時間を共にしたいと思う相手で、その子とならば一緒に時間を過ごすんだ、というだけで十分な内容だった。


あれから4年近く時間も経てばイケメン上司はさらに転勤があって、イケメン上司側のプライベートな人間関係は今も私は全く知らない。


普通に考えて、私は部外者もいいところだから、知らなくて当然だと思っている。


なんならそんな中途半端な情報も知らされなくて良かったのにな(꒪ꇴ꒪)…とは今でも思う。


でも、イケメン上司側がどうであるとかいうことは関係ない。


この辺りは書いたら長いから端的に書くと(多分そのうちブログが通常運転になったら書きたい内容の1つだからいつかは書くかもしれない)、サーフィンボードについて言うと、もはや普通の単なるペンジュラムのお供ではなくて、私自身の娯楽でもなくて、人が一生のうちに一度聞くか聞かないかみたいな、そうした類いの、言葉として今パッと出てきたのが「天啓」だったけれど、本当にそういう感じのメッセージを伝えてくる。


私もだしこの間練習という名のガチのメッセージおろしに付き合ってくれた友達のノムもだけれど、メッセージの質がとてつもなく強くて深い。


ちなみにノムの感想の1つに「自分の残りの人生の指針を示してくれたみたいだった」というのがあった。


まさにそういうものがボードを通して出てくる。


そういう性質のものだというのが、まだ使い始めて1ヶ月と経ってないのに早々とわかっていて、これからますます自分側の受信力が高まればもっと色々と広がりや深みを増すと思う。


それはいいとして、私側個人の気持ちとしては好奇心や探究心なんかよりも遥かに怖さの方が上回っている。


それだけのものを自分が持つことになる責任や抗えない宿命的な流れとか、本当に怖い。


基本的に超心細いし、何で私?と思っているし、でも自分もそういう自分の部分を本当に大事に思っていて、でもそこは絶対に誰からも攻撃されたくない、自分の中の1番の強みであると同時に1番の急所でもある、そんな風になっている。


で、そんなすごい強力で且つオカルト色全開みたいなものを前にした時、嘘でもいい、私の過大妄想でも勘違いでもいい、何でもいいからそれが私にとってイケメン上司と繋がっているものだと知れることは、本当に一番の絶大なお守り効果になっている。


自分でも4年近く過ごしてみてわかってきている。


私のオカルト体質がパワーアップする時、特にペンジュラムにまつわる何かがパワーアップする時は、この4年間、必ずイケメン上司にまつわる何かしらがサインとしてやってきてくれる。


私にとって究極の安心材料みたいな、絶対に大丈夫と疑うことなく思えるのがイケメン上司の存在だから、そのイケメン上司にまつわるものが来るというのはこの上ない守られてる・護られてる感がアップする。


私のオカルト体質が人の人生の深いところに関与するのは今後もおそらく避けては通れない道だと思う。


家で引きこもって布団の中に潜り込んでいたって来るものは来るわけだから、本当にそういう人生なんだろうと思っている。


でも私は、自分に自信があるわけでもないし、やりたいことなのかと問われると「うーん、どうだろう」なんて相変わらず思っちゃってるし、お前やる気あんのか?と聞かれたら「無い気がします」という感じも否めないし、まぁとにかく私の中で釈然としてないのは相も変わらずだし、何で私!?と相変わらずな不届き者というか抵抗している自分もいる。


そんな私だから、一度来たものなら投げ出しはしないけれども、逃げたいという気持ちはいつの時もある。


不安や心配は尽きないし、自分の弱いところももれなく色々出てくる。


そうした全部を並べて見た時に、私がなんだかんだと思ったり感じたりしながらも、最後の最後で踏み止まれる理由はイケメン上司の存在なんだなとこれを書いているこの2週間近く思っている。


こういう体質も手伝って、私は人と人とが巡り合って出会うのには、目には見えなくてもきちんと理由があると思っている。


イケメン上司と私とは、通常の男女のパートナーシップだとか性差を超えた友達だとか趣味仲間とか飲み仲間とか、私が憧れるような関係を意図として出逢えたのとは違うと思う。


私のそうした私的な願望など、もはや妄想や夢見る夢子みたいなものでしかないと、この4年を通してさすがに自分でも認知するくらいにはなれたけれども、それが私がイケメン上司に出逢わせてもらえた意図では全くないと思う。


そういうことじゃなくて、本当に魂的な意図が濃厚で、魂が今回の人生で設定しただろうと思われる人生の目的や生き様に関して、イケメン上司はなくてはならない存在だったんだろうと思う。


私は過去世を見れるような能力もないし、過去世セラピーみたいなのも受けてないから自分の過去世を見たこともないけれども、本当の本当にペンジュラムという1つのものを通じてイケメン上司とは過去世で縁があっただろうことは想像できる。


これは私の勘でしかないけれども、本気で今はそうだと思っている。


そのことを教えてくれたのは、約4年前に受けた初めてのホロスコープ鑑定の時の鑑定士さんで、彼女は必要があればそうした映像なのかなんなのかが視えてしまう人で、私とペンジュラムとが元々すごく縁のあるものだということと当時(過去世)の人生の時にイケメン上司がすぐ近くにいたことを、鑑定士さんは視えたままに教えてくれた。


話が飛んでしまうけれども、ペンジュラムから何かしら情報を受信する時、いかに私の心が開いていて、さらには純粋にそのものを信じられるかどうか、そうしたことがものすごく大事になってくる。


例えば、そんなの胡散臭いとか、根拠も無いとか、そんな風に片付けてしまったのなら私は情報を受け取れない。


とにかく自分自身が開いていることが大事になる。


そして、情報を受け取る力として、その心の部分で深さや広さを求められる。


懐が広いとか心が広いとかいう意味ではなくて、そうした言葉では決して説明のできない目には見えない領域のものに対して、自分自身が開いているかどうかが鍵になっていると私は思っている。


で、そうした時に、その私自身を開くことに関して、もちろん私がそこに至るまで色々やってきたことだってあるけれども、それよりも何よりも一番大きく影響しているのはイケメン上司の存在だというのが感覚的にわかる。


イケメン上司がイケメン行為を私に差し出してくれた日の夕方、紫陽花公園と私が勝手に呼んでいる高台の公園に行って、私はその日30年ぶりくらいにブランコに乗れた。


ブランコ恐怖症で、ブランコに乗るとスイングする度にいつも胸に迫ってくる感じが気持ち悪くて、ある時から全く乗れなくなった。


だけどあの日、突然思いついてブランコに乗って、それがまさかのあの気持ち悪さが無くなって普通に乗れるようになって心底驚いた。


トラウマ解放セラピー的なのもいくつかやったことがあるからわかるけれど、恐怖とかそれらの類いと紐付いている感覚を自分の中から除去するなんて、ほぼほぼ無理に近い。


生理反応に近いくらい、そうした感覚に対して通常自分ではコントロールできない。


でも、イケメン上司とそんなこんなのやりとりがあった日、やりとりと言ってもほんの数秒でしかないやりとりだったけれど、その数秒で私の中の細胞が入れ替わったことが今ならわかる。


過去から引きずってきたものが一度きれいにリセットされて、さらには閉じていた感覚が大きく開いた、そういうようなことがあの日起こったと思っている。


そしてそこから私はどんどん感覚が開いていくことになるけれど、それは本当に冗談抜きでイケメン上司がいなければありえない現象だった。


感覚ももちろんだけれど、慈しむとか愛おしむとか、人として本当に大事なものも開いてくれた人だと私は思っている。


そしてそういうのがないと、ペンジュラムは使えない。


ペンジュラムが何を私に求めているのかなんてわからないけれども、少なくとも私は心の清らかさみたいなのは必要だろうと思っている。


疑わずに見えなくても見えないものを信じる力というか、そうしたものが必要になる。


そうしたものに対しての清らかさは、持ち合わせてないとメッセージは受信できないだろうなと思う。


そうした部分というか全体に対して、イケメン上司が私側にもたらしたものというのは計り知れない。


本人はそんな気はさらっさらなかったとしても、むしろ何とかしてやろうなんて思ってないだろうに、ただ在るだけで、存在しているだけで、他の誰かの人生をまるっと変えちゃうわけだから、本当にすごいこと。


私にとってのイケメン上司はそういう人で、さらにはペンジュラムの縁が強いと認めざるを得ないくらいに、ペンジュラムにまつわる何かの時はいつもイケメン上司の存在が見えなくても感じられるような仕組みになっている。


だから私が望むような関係とはずいぶん違い過ぎるけれども、魂の意図にはピッタリと沿った関係なんだろうと思う。


だから今回だって、ペンジュラムの新しいお供のサーフィンボード用の布を買う時だって、イケメン上司とリンクするサインがここそこと示されるのもなるほど納得と私は感じている。


過去に生きていた、今とは違う自分の人生の中で、鑑定士さんいわく、ペンジュラムを私の体の一部、友達のような感じで大切にしていたらしい。


10歳前後までしか生きられなかったとのことだったけれど、その短い人生の中でペンジュラムを大切にしていただろうことは想像がつく。


練習もなしにいきなり使えたことやどんどん進化して使い込んでいる今の自分は、今の自分の力というよりも輪廻転生の中で魂が身に付けた力だと解釈する方がしっくりとくる。


そして、その今の自分ではないいつかの過去世を生きていた自分の人生の中で、イケメン上司がすぐ近くにいて、ということは当然イケメン上司とペンジュラムの距離も近かったわけで、その時の名残りなのか何か意志めいたものなのかを引き継いで、今生の今のペンジュラムの能力アップの時は毎回必ずイケメン上司の存在が何かしら大きく関わっているのは、そのように考えるとごく自然な流れのように感じる。


ここまで読み返して思ったけれども、鑑定士さんは私とは会ったわけだから私についてどうこう言うことは一般的に理解できるけれども、イケメン上司については私の口からしか語られてないわけだから本来なら知ることは不可能だと思う。


でも、その鑑定士さんにはなぜか過去世の私の姿が視えていて、そしてその時の家族構成や状況なんかも視えていた。


そしてその中にイケメン上司と思しき少年もいて、鑑定士さんは視えているものと自分の感覚とを擦り合わせて、私に伝えられる目一杯のことを伝えてくれた。


そしてその時に「これはそのことに関わる人たちの魂の意志によって、そうした映像を私に視せてくれるのですが、今回に関して言えば、史子さん側の魂の意志と言うよりもイケメン上司側の魂の意志によってもたらされている感じがします」と説明された。


それは鑑定士さんの意思決定によって視えるものじゃなくて、あくまでも関わる人たちの意志がなければ成立しないことらしい。


今だから本当に余計とそう思うけれど、今を生きるイケメン上司は自己開示など一番の苦手分野だろうし、ましてや私など一体どんな立ち位置にいるのかさっぱりわからないしイケメン上司からしても意味不明なのは相変わらずかもしれないけれども、言葉にしないのかできないのかわからないけれどもそのイケメン上司の代わりに、イケメン上司の魂がそのような機会を希望したとしても、不思議ではないかなと思う。


そして少なくとも、この4年近い時間をかけて私のペンジュラムを使う能力がここまで磨き上げられるには、イケメン上司の存在はもちろんだけれど、その鑑定士さんが伝えてくれた情報もめちゃくちゃ必要だったとわかる。


それが私の心の支えの考え方の1つになったのは言うまでもないし、それによって救われ続けてきている自分がいる。


今の1人1台スマートフォンみたいな時代の中で、文明の機器で簡単に連絡が取り合える環境下で生きているにも関わらず、全く関係もなくて顔も合わせることもなくて連絡なんかももちろん皆無で、表面上は何にも繋がっていない。


そしてそんな時代なのに、私はペンジュラムだのサーフィンボードだのと、今の時代では確実に眉をひそめられるオカルト的なことを普通にやっている。


で、そちら側、要は見えない領域のことになると、不思議な形でイケメン上司と私とが繋がるというか、表面には上がってこない不思議なことが起こる。


イケメン上司のことなんか一度も話にさえ出したことなかったのに、ある時突然、イケメン上司について視えたままをバーっと説明された霊視ができるヒーラーさんがいたけれど、そのヒーラーさんがそういえばイケメン上司のことを「本人はスピリチュアル的なことには全く興味はないだろうけれど、ものすごく霊性の高い人」だと言っていたことを思い出した。


何をもって霊性なのか、霊性が高いとは何なのかということは私も説明できないけれど、その言葉の真意はよくわかる。


私みたいにそうした怪しげなオーラ満載のものに手を出しているけれども、私は資質的なところは与えられていても霊性の部分というかは正直大きくハテナがつく。


片やイケメン上司は、私みたいなことは何もしてなくても、精神性というか人間性というか、そういうところが高いんだろうなと思う。


本人はそんな風に思ってなさそうだし全力で否定してきそうな気がするけれど、なんだかそんな気がする。


今の職場にいてより一層その辺りはそう思ったけれど、イケメン上司の放ってるオーラというかまとっている空気は、冗談抜きで透明度が高い。


色んな男の人たちを見ていて、イケメン上司のような空気感の人はまずいない。


本当によく言われるように、生き様が本人の雰囲気や顔によく出るとはこのことで、イケメン上司は社会や人生の中で積み重ねてきたものがとてもきれいに現れている。


イケメン上司びいきとかではなくて、本当に人として良いところをたくさん持っているのは見ていたら伝わる。


言葉なんかたくさん喋らなくたって、そういうものがここそことにじみ出ている。


だから、イケメン上司の霊性が高いというのは、何を指すかは私には理論的にはわからなくても感覚的にはそうだとわかる。


完璧な人だとかそういうことじゃなくて、普段の立ち居振る舞いが本当に素晴らしいから、そしてそれは今日だけやったら身につくものじゃなくて長い時間かけて積み重ねてきたからこそ身についた唯一無二のものだから、そういうものが本人の板についている。


天はなぜに1人の人に二物も三物も与えるのか、と思うほど()


そんな人が、自分のいつかの人生で近くにいた人で、今世ではペンジュラムという世にも怪しいものを使う時の能力アップの時に毎度毎度貢献してくれて、それは物理的な距離や実際の人間関係度外視で起こってくれて、何ともありがたいことになっている。


イケメン上司はフレンドリーな感じじゃないし、自分自ら目立ったり自己PRなんかも苦手なタイプの人だけれど、とにかく誠実さは黙っていても伝わってくる。


そういうタイプの人が、魂がらみの縁があったというのは、ものすごく嬉しいし、私でなんだか申し訳ないけれども、不釣り合いな感じなのに私のところにそんな素敵な魂メイトを送りこんでくれてありがとう、という気持ちにこれは4年前も今もずっと変わらずにある。







長くあれこれたくさん書いたけれども、そして相変わらず過去に書いた話をまたリピートして書いていることも多々あったけれども、とにかくペンジュラム用のサーフィンボードと小川山の水晶が色々イケメン上司の存在を示すサインを送りまくりだよという話。


リアルな人間関係は今後も見込めなくても、見えない部分の魂の関係はこれからも続いていくのかもしれないな、とこれ書きながら思った。


何の確証も根拠もないけれども、1つだけわかっていることは、イケメン上司が私の人生にとても大きな影響を与えてくれたこと。


それだけで私がどれだけ救われているかわからない。


サーフィンボードもペンジュラムもこれからますます発展していきそうだけど、その時にいつの時もイケメン上司の存在によって支えられている部分は、もう今から未来永劫既定路線なのかもしれない。


現実の関係性はどこまでも「無」に等しくても、私の本体とも言えるオカルト体質的なことの時にはイケメン上司の存在が特別な意味をもたらす。


それをこれからも大事にしたいなと思っている。

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