2020年11月12日木曜日

㊷【おいせさん手帳】自分セラピーの威力




おいせさん手帳第42回目

担当:私


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心身を守る呼吸〜命のバリア〜

皮膚の日(い(1)(1)(1)(2)


皮膚は体を守ったり、体温や水分を調整して体を調和させるためにあります。生命を維持するために必要不可欠な働きを、皮膚は呼吸しながら担っています。私たちの心にも皮膚のようなバリア機能があります。それは自分の心を守るためやバランスを保つためにバリアを張るのです。皮膚と心が呼吸するイメージをして生きている今の自分に感謝を伝えましょう。


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この文章を書いた時の感覚はよく覚えている。


基本的に、何かしら「◯◯の日」にヒットしていたのなら、書く内容は自由だった。


どんな風にアレンジしても創作しても問題なくて、これも「皮膚の日」ではあっても私は皮膚の役割と心のバリアを掛け合わせて書いた。


おいせさん手帳全体に通じて言えることだけれど、私はメッセージを自由に書けるのなら、自分のために何かできることや自分の内側に向かうものを中心に発信したいと思った。


それはノムも同じで、外側の何かによって自分を満たすのではなく、自分1人で何の道具とかもなく簡単にできることに目を向けた。


今思えば不思議な流れだなと思う。


30代前半から半ばの3年から4年ほど、たくさんの心理系のワークショップを受けたり本をあれこれ読み漁った。


コーチングのスクールにも通ったし、NLPと呼ばれる心理療法的なものも約1年通い詰めた。(そしてNLPは協会登録料3万円という最後のオマケまで付いていて、なけなしのお金を払ってライセンス証やロゴマークをもらったけれど、一度も使ったことがないという


色々やってみて、それが多いか少ないかは知らないけれど、習い事のために普通に100万円以上は払っただろうし、書籍も何十万円単位で注ぎ込んだと思う。


だけど、私が最後に行き着いたのは、

「いつでもどこでも簡単に1人でできる心のケア」

だった。


まずはニートになった時にあちゃーと思ったのは、「お金が無い心理ケア用の諸々はカット(受けられない)」だった。


自分の生活の維持が最優先だから、カツカツの生活費ではプラスアルファなんて絶対に出せなかった。


その時に初めて「自分でとにかくケアすること」の必要性と必然性を嫌というほどに感じて、誰かや何かに頼るのではなく、自分の力で何とかする習慣作りが大事だと悟った。


今振り返るとそれはとても大切で、もし私が当時お金をある程度自由にできるくらい持っていたのなら、そしてそういう状況がずっと続いたとするなら、私は未だに心のケアは誰か専門家を訪ねたと思うし、そして何より自分の中の自分治癒力みたいなのは育たなかったと言い切ってもいい。


そして、そんな風に自分でするようになってから気付いたことは、「とにかく超簡単で手軽にできること」の大切さだった。


大体心のケアをする時は、自分が滅入っている時がほぼ100%と言ってもいい。


そういう時は心の中がいっぱいいっぱいで、基本余力がない。


その余力がない時に、手順の書かれた資料や本を出して、それを見ながら順にやるなんて絶対に無理だとわかった。


なんなら、手順を録音してやったらどうかと思って、携帯に自分で手順を読んだものを録音して、それを聞きながらやったこともあった。


でもそれは使い勝手がものすごく悪いとわかった。


目を閉じながら瞑想するみたいなものだったけれど、私の声の手順のタイミングとその時々の私のタイミングとが実に合わなかった。


「もう少し今のところに浸っていたいな」なんて思っていると次の手順が携帯から聞こえたり、反対にもう次にいきたいのに!ってなっていてもシーンとなってしばらく無音だったりして、どちらの場合もタイミングが合わなくてものすごくやりづらかった。


だからそれはほぼ使わずに終わった。


とにかくそんな風にして、自分であれこれ試したからこそ、超簡単で手軽にできるもの以外は自分には使えないとわかった。


今思えば当たり前のことだけれど、私なんかは最初は第三者からの誘導であれこれ心理セラピー的なものを受けていたから、そしてそれらが実によく効果が出ていたから、「きちんとした手順を踏んだもの=効果がある」と思い込んで、自分で自分にする時もそういうのが大事なんだと勝手に思い込んでしまっていた。


振り返ると、心のケアや自分のケアに関しては、「細く長く続けること」が何よりも大事だと思っている。


思考のクセやネガティブループに突入するパターンなんかは、長年染み付いているからそう簡単には変わらない。


色々心理セラピー的なのをあれこれ受けて、たしかに効果のあるものは色々あったけれど、その効果の後全てが変わるなんていうことはまず絶対と言っていいほど「無い」。


一時的に楽になったり、場合によっては長年のトラウマ級のことが綺麗に解消することもあるけれど、解消されてもそれはたくさんあることの中の1つに過ぎなくて、すぐに次の何か不具合を自分というのは見つけてしまう。


そんなの永遠に終わりがないし、例えばトラウマ級のことの80%を解消できたとしても、自分で解消されていない20%を見ていて「まだまだダメだ」と思い込んだり、実際はすごく癒されてるにも関わらず自分にその自覚がなかったり(自覚を持つことも、持論だけれど、ある程度訓練する必要があって、鍛えれば鍛えるほど自覚できるものだと私は思っている)、はたまた「癒さなくても大丈夫」という「癒す必要」とは反対の価値観を持てないことにはずっとずっと自分の中をグルグルしてしまう。


それよりも、毎日の中で1分でいい、自分のために意識的に何かすることを365日続けることの方がうんと大事だったりする。


「続ける」の中には「今日は何もしたくないから何もしないこと」も含まれる。


何かしたらいいと思いがちだけれど、何かしないことに対して罪悪感を持たず・自分を責めたりせず、本当に何もしないことを選べるというのも、とても大事なこと。


私なんかはそれが何年も難しかったから、本当にできるようになったのはこの1年とか2年くらいだと思う。


しかもまだまだ下手くそとか不慣れだなと自分で思っている。


とにかく、そういう一見サボる風なことも大切で、そうしたことを何が昨日と今日で違うのかわからないようなことをひたすら自分のためだけに毎日積み重ねるというのが、時間はかかるけれど一番効果がある。


それを365日続ける、もちろん渦中はそんな風に思ってなかったけれども、とにかく私はそれをずっとしてきて効果を実感したのと、そしてそのおかげで今の自分がある。


専門的なセラピーももちろん大切だけれど、最後はやっぱり自分の力が一番モノを言う。


自分で自分のことを引き受けるようになってから、私の場合は本当に良くなった。


誰かや何かに頼っている間は、「自分で自分に何かをしてあげる」ことは思いつかなかった。


だけど気付けば「自分なら予約なしでなんならお金もかからず、常にいつでもいる」わけで、その自分を使うことの方が手っ取り早いとわかった。


そして難しいのは無理だから、簡単に気軽にできること、例えばここに書いたような自分にありがとうを言うとか、皮膚ならいつもより丁寧にクリームを体に塗り込むとか、そういうことで十分。


むしろ、それくらい簡単なことでないと続かない。


単純に、1日1分自分のために何かしたとして、それを365日やれば約6時間分の癒しタイムになる。


反対に自分のために何もしなければゼロ、又は自分攻撃をしたら攻撃時間が約6時間になる(実際はもっともっと多いけれど)。


とにかく小さくてもいいから、本当に日々続けて自分ケアをすることがとても大切だとようやく最近になってわかるようになってきた。


色々前置きが長かったけれど、「外側の何かによって自分を満たすのではなく、自分1人で何の道具とかもなく簡単にできること」にずっとずっと目を向け続けてきた私にとって、それをまさか公の場で頼まれて発信できる流れになるなんて、何年か前の私には想像もできなかった。


自分の中でコツコツとやって効果をようやく実感できるところまで来て、そのタイミングを待っていたかのように1年前のおいせさん手帳の話が舞い込んできた。


書ける嬉しさももちろんあったけれど、自分のこれまでの努力や積み重ねが天から認められたみたいで、それもそれでとっても嬉しかった。


自分にとっての自信に繋がった。





実際に自分のためにしたことで、特にハードル高かったけれどかなり良かったものたちを紹介。


・自分の「何もしたくない」をとことんOKにすること

(「今日は何もしない日」と決めてとことん休んだり、したくないことを全回避する)


・「暴飲暴食」OKにすること


・「寝たい」欲求に逆らわず、本当に寝てしまうこと


・休みの日何もできずに終わっても「今日休むことを最優先できたことが素晴らしい」と自分に言うこと


今までもだけれど、残りの人生も嫌でも自分と付き合っていかなきゃいけないから、いかに自分と、特にダメだと思っている自分と上手く付き合っていくかがとても大切だと思う。


だから上に書いたような自分をとことんOKにすることが、自分で自分を満たす行為に繋がったんだと思っている。




朝のでっかい太陽
2020/11/12

朝の幻想的な風景
2020/11/12

霧が出まくっていて、
そこから少し離れたところに出たら
とても綺麗で幻想的な風景だった。
車を止めて写真撮影したのはいいけれど
遅刻ギリギリだった件

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