2017年10月31日火曜日

生きているうちに出会うということ

1週間前の土曜日(2017.10.21)、母の兄である伯父が急死した。

 

その2日後の月曜日、台風がもろ直撃してるだろう道を車で辿りながら100キロほど離れた火葬場へ行った。

 

母の兄と言えども、男性優位と言わんばかりの母の実家では伯父に近寄ることは子どもの頃からなかった。

だから亡くなったと聞いても、どこか他人事のような、たしかに血のつながりがあるけれどどこか遠くのニュースを聞いているみたいな気分だった。

 

そして火葬場へ親族一番乗りで到着した私は手持ち無沙汰で、満員御礼の火葬場の他のご遺族たちの様子を横目で伺ったり、外の台風の様子を見たり、または東京と金沢からそれぞれ駆け付けている妹たちとラインをしながら過ごしていた。

 

悲しみもなく、それよりも我が親族が火葬場に遅刻している事実を知り、何ともいたたまれない気持ちに包まれていた。

 

伯父の死を悼むなんていう感触は一切なかった。

 

ようやく親族一同と伯父の遺体が火葬場へ到着した。

 

棺が火葬扉の目の前に運び込まれ、そこでようやく私は死んだ伯父と対面した。

 

自分でも何をどう感じ取ったのか言葉にはできないけれど、伯父を見た直後、ぼろぼろぼろっと涙が何粒かこぼれた。

 

私は頭の方から伯父を眺めたけれど、亡くなったばばちゃん(伯父や母の母、私の祖母)にそっくりだと思って見ていた。

 

伯父もばばちゃんから生まれた人なんだと、伯父を見ているのかばばちゃんを見ているのかわからなくなった位だった。

 

涙は悲しみなのか他の何かなのか最後までわからなかったけれど、単純に人の死はどこか悲しいものだと感じながら伯父を見送った。

 

火葬場でおにぎりやお茶、鳥の唐揚げにいかゲソの揚げ物を1つずつ口に入れて、2時間ほど控室で親族たちと待機した。

 

係の人が呼びに来て、火葬扉の前に再度集合した。

 

当たり前と言えども、扉が開いて骨と灰だけになった伯父の姿を見てあっけないと感じた。

 

2時間前にはたしかに存在していた肉体が、跡形もなく無くなっていた。

 

残ったのは、どこをどう見たら伯父だと判別したらいいのかわからない骨と灰だけだった。

 

肉体はこの世で生きていく時にお借りする乗り物のようなもの、ということを過去に何回か聞いたことがある。

 

本当にその通りなんだと、伯父の骨と灰を見て思った。

 

これが人生で30年ぶり二度目の火葬場体験だった。

 

30年前の小学校1年生の私が人間の死をそんな風に見つめることなんかできなかったから、実質人間の肉体が最後無くなる瞬間に立ち合うのは、今回が初めてと言ってもいいぐらいだった。

 

 

 

伯父の死から1週間経ち、また日常に戻ったには戻った。

 

1週間もあればまた色んなことを思ったり考えたりするわけだったけれど、自分が今の体と心を持って生きて、そして同じように私とは別の体と心を持って生きる他の誰かと出会うってすごいことなんだと思った。

 

それがこの1週間で何度も何度も響いたことだった。

 

葬式が明けてすぐの日だったと思う、仕事で1人の人が異動になって最終日を迎えたかと思う。

 

「思う」と言ったのは、その日はそもそも頭がぼーっとしていたのもあるけれど、当の本人がそこにいなかったから、結局その人がいつのタイミングでいなくなったのか、またいつその人に最後会ったのかわからないまま終わった。

 

片や姿かたちが無くなった人間一人に対して涙を流したかと思えば、いてもいなくても何も変わらなくて何も感じずに終わる人もいる。

 

反対に生きたまま離れる人も当然人生の中には登場してくる。

 

その生きたまま離れる人、これまでも色んな人が人生に出入りしたけれど、その離れてしまう人の中でも特別な存在の人というのがいる。

 

伯父の死を通して痛烈に感じたのは、そういう特別な存在の人たちとお互い生きているうちに出会えることのすごさだった。

 

名古屋に住んでいた頃のこと。

 

最初の半年は、仕事で顔を合わせる人以外で知り合いなど1人もおらず、とにかく「1人」ということを嫌という程感じた時間を過ごしていた。

 

ある週末、名古屋駅内の待ち合わせ場所としてよく使われる金の時計の近くを通った。

 

すぐ近くには高島屋もあるから、高島屋の客に待ち合わせの人たちにJR利用する人たちと、とにかく異常な程の人・人・人で溢れ返っていた。

 

どれぐらいの数の人たちとすれ違ったのかはわからない。

 

だけど、どんなにたくさんの人とすれ違っても、その中に「1人として自分の知っている人がいない」という事実を前に私は愕然とした。

 

下手したら寂しくて涙の1つも流したかもしれない。

 

こんなに世の中には人がたくさんいるのに、その中に1人として知ってる人がいないって、それは人がいても孤独そのもので1人の自分というのを嫌でも意識せざるを得なかった。

 

私はそういう「1人」で存在している自分というのを子どもの頃から実にたくさん経験している。

 

集団になじめなかった自分もそうだし、いじめられた時もそうだったし、外国で現地人たちと馴染めなかった時もそう。

 

日本にいても、共通言語を持ち合わせているのに誰とも言葉を交わさず1人でいるという時間をたくさん通過してきた。

 

だからこそと言ってもいいかもしれない。

肉体を持って、この自分でこの自分の姿かたちでこの声でこの心で他の誰かと出逢う、そしてその相手が自分にとってとても特別だったりするとさらに「これって奇跡だ」って思うのは…。

 

血のつながりがあっても遠くに感じる伯父みたいな人もいる。

 

反対に血のつながりがなくても、そして人生全体から見て会えている時間がものすごく少なくても、その人との出逢いがとてつもない大きな力で自分の人生に入りこんでくることもある。

 

それってどれぐらいの確率で起こることなんだろう…って、骨と灰だけになってしまった伯父を見た後この1週間位でよく考えたことだった。

 

 

目を閉じて両頬を両手で包みこみながらしばらくぼーっとしていた。

 

梅酒が効いているのか、手はかなり熱く、その手に触れたほっぺたも熱くなった。

 

肌と肌を合わせれば温かくなるのは当たり前の原理かもしれない。

 

だけど、もう肉体を持たない伯父はそういうことを経験することはできない。

 

そしていつかの私もそういうことから全て卒業することになる。

 

その時までに私はあと何人の人と肉体を持って出逢い、そして何か特別なものを感じ取ることができるだろう。


~伯父が亡くなった日の記録~

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