2019年4月12日金曜日

奇跡の果実(24)おじいちゃんからのメッセージ




>2018年9月某日

時間も空間も超えて、おじいちゃんは私にメッセージを送ってきた。

「うっそーーー((((;゚Д゚)))))))、何で携帯割れた?えっ!?嘘でしょ?」

東京駅前の大丸デパート内の化粧室の個人専用鏡台のような鏡とイスのセットの前で私は呆然とした。

銀座ランチの予定はぶっ飛んだ。

イスの高さ、50センチないし60センチ程度の高さからゆっくりと携帯が手から滑り落ちて、オモテ面を下にして落下した。

本当にゆっくりと滑って落ちただけなのに、まさかすごいバリバリに画面が割れるなんて、想像を絶する状態になっていた。

これがおじいちゃんが時間も空間も超えて私に送ってきた最初の合図だった。



おじいちゃんはその日、私用で山に入った。

家の近くの山で、それこそ何十年と慣れ親しんできただろう山に、これまでと変わらない朝を迎えてこれまでと同じ流れで山に入ったと思う。

本人さえもその時を迎えるまで、まさか自分がそこで最期となるなんて思ってもいなかったと思う。

おじいちゃんは用事さえ終われば普通に家族の元に帰る気でいたし、お昼には家に戻って食べ慣れた味のお昼ごはんを食べる気でいたと思う。



人は死ぬ間際、25メートルプールの水を一瞬で沸騰させるぐらいのエネルギーを発するらしい。

その最期の時、それだけの熱量を出して伝えたいメッセージを伝えてくる、終末医療に関わっている女性からその話を聞いた。

ヒーラーのOさんいわく、人は死ぬと色んな制限が解除されて、物事が丸見えになるらしい。

それは何冊か読んだ本にも書いてあったから、私もその原理には納得している。

だから、おじいちゃんはあの時瞬時に私を選んでサインを送ってきたんだと思う。

自分の体がその後なかなか見つからないこともすでに知っていたのかどうかは知らない。

だけど、あの瞬間に想いを託すかのように私の携帯をわざと落としたのは、おじいちゃんだった。



>2019年1月7日

Oさんと知り合ってから初めて電話をした。

私たちは、直接顔を合わせたりLINEやメールをしたりしていても、ただの一度も電話をしたことがなかった。

色んな流れで電話をすることになったその日、おじいちゃんはずっとその瞬間を待ち侘びていたと思う。

おじいちゃんにとってもたった一度きりのチャンスだった。

Oさん、私と繋がって、そしておじいちゃんが一番繋がりたいご家族と繋がるための、最初で最後のチャンス。

もちろん、私とOさんはそんなことを予期してその電話をお互いに計画したわけじゃなかった。

もはや、Oさんと私、生きている人間側の頭で考えた計画なんかとっくに超えて、おじいちゃん側の願いが一番優先されたような感じになった。

その時に、私の携帯の謎も解けた。

おじいちゃんの方から、私に合図を送るため携帯をわざと滑らせて落としたことを教えてもらった。

11月にご家族のAさんに会った際、おじいちゃんが山で行方不明になった日とおおよその時間帯を聞いた時に、私の携帯も同じ日の同じような時間に割れてすごい偶然だなとは思った。

まさかそれがご本人から来たサインだなんて、Oさんが霊視でおじいちゃんの通訳をしてくれなかったら、私は一生知ることがなかった。

そんな風にしておじいちゃんの霊魂と繋がった後から、私はおじいちゃんから色んなことを教えてもらった。



>2019年4月11日

まさかおじいちゃんと出会ったことで、その後60もの記事をブログに延々とアップすることになるなんてその時は思ってもみなかった。

今回『おじいちゃんからのメッセージ』と題してこれから紹介する言葉は、実際はおじいちゃんが私に言葉として直接言ってきたことじゃない。

でもかと言って私の言葉とも違う。

おじいちゃんが登場したことで、明らかに私の生きている世界の磁場みたいなのが変わった。

これまでは見えなかった見えない部分の繋がりが見えたりとか、「真理」と呼べばいいんだろうか、生きていく上で大切なメッセージを色んな形で受け取るようになった。

2月2日に『奇跡の果実⑧覚醒』を書いてアップした辺りから、より一層メッセージ性の高い言葉が来るようになった。

その翌日から私は、「これ、おじいちゃんからのメッセージだな」と感じたものは、ノートにメモするようになった。

冒頭の写真はそのメモで、その時から「これは『奇跡の果実』の終わりにまとめて紹介しよう!」と決めていた。

一応説明すると、私はおじいちゃんからのメッセージと感じるものだけをそこに残した。

10冊近く常にノートを稼働させてる私からすると、メッセージの出所がそれぞれ違っていて、それぞれジャンル分けしてノートに書いている。

占星術系のメッセージ、心のケアのメッセージ、言葉の伝え方のメッセージ、現実の仕組みのメッセージ…etc、という具合に分けてるから、言葉では説明できないけれども、私の中では明確に「これはおじいちゃんから来た」という感覚を持ったものだけノートに残した。

おじいちゃんからのメッセージには難しい言葉は基本ないし、なんならど出発の言葉は「命」だから、私がこうして電子媒体を使って言葉に起こすと、何ともちゃっちい感じがしなくもない( ̄∀ ̄;)。

私が書くと途端に言葉のエネルギー値が下がる気がするのは気のせいだろうか…( ̄∀ ̄;)。

だから、活字体で第三者がおじいちゃんのメッセージを見た時のエネルギーは、もうどんな風なのかは想像がつかない。

だけどなるべく忠実に来たままのメッセージをここに書いて発信したいと考えている。

おじいちゃんの霊魂とやり取りしていた時はそれどころじゃなかったから聞けなかったけれど、おじいちゃんとしても私がそのまま書いて出すこと、そして出すことで1人でも多くのご縁のある人の目に触れることを望んでいると思う。



ここから先はおじいちゃんからのメッセージを紹介していく。

すでに『奇跡の果実』のどこかに書いたことも含まれている。

先に来たままのメッセージを一覧で紹介して、その後必要な部分は補足で説明をしようと考えてる。

もちろん、他の記事でもいつも書いていること同様、それぞれの読み手の方が読んだ時に感じた印象やメッセージが一番大切なメッセージだから、私の補足の部分は良いところや好きなところだけ持っていってもらえたらいいなぁと思っている。

この記事が、一応おじいちゃんが登場する最後の記事になる。

『奇跡の果実』としておじいちゃんが登場するのはこれが最後。

そして、もう1つだけ、次回本当の『奇跡の果実』の集大成として、私がこの一連のことを通じて見た色んな人たちの人生模様を書いて終わりにする。

おじいちゃんが1つだけおじいちゃんの言葉で伝えてくれたメッセージがある。

それはご家族向けのもので勝手には使えないから、その内容を表すものを次の回の文に取り入れて書こうと思っている。

書く順番は、おじいちゃんの話で始まったからおじいちゃんの話で終わりにするのが筋かなとも思ったけれども、あえておじいちゃんのメッセージを先にして、そして最後大トリに他の人たちの人生模様にしようと決めた。

それは、「終わる」「始まる」という順番を見た時に、おじいちゃんのことは終わりにする事で、そして今生きている人たちの物語はずっと続いているわけで、そちらが「始まる」に相応しい内容だと感じたから、だからその順番にした。

そして、他の人たちのストーリーこそ、この『奇跡の果実』をそっくりそのまま表したものだと感じるから、これこそが言葉通りの「奇跡という名の果実」として実った最後のものになっている。

しかも☆*:.。.٩((*⁰▿⁰*))۶.。.:*☆。

他の人のストーリーを使うために、今前にもらったLINE中の言葉を使ってもいいかどうかを聞いた友達がいて、返信が来たら、とても素敵な情報を分けてもらった!

今日4月11日は「天赦日」(てんしゃにち・てんしゃび)と呼ばれる、年に5回ないし6回しかない開運日で、私がささっと調べたところ、良いものが広がっていくすえひろがりなイメージを持った。

おじいちゃんのメッセージをアップする日がそういう良縁日みたいな日で、もうピッタリだなと思った。

おじいちゃんが伝えてくれたメッセージは、絶対に必要な人の元へ届くと思っているから、だからそれが日和的にもそういう良い流れの日だというのが本当に嬉しい。



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【最後に公開すること】ー2月11日
〜『奇跡の果実』に託した想い〜

☆綺麗事だけではなく、リアルな気持ちを書くこと

綺麗事だけでは済まされなかったこともたくさんある。

そうしたすべてが「生きる」ことそのものだから、綺麗事では済まされなかった出来事や気持ちも、できるだけ書くようにした。

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↑上に書いたのは、2月11日に突然思い立って携帯メモに入れたものだった。

『奇跡の果実』の中には、色んなことを書いている。

赤裸々すぎる部分もかなりあった。

だけど、私はあえてそういう綺麗事ではないものも含めた。

なぜなら、それこそが「生きる」ことで生きとし生けるものすべての共通項だと思ったから。

そして、私自身は、マイナスな出来事の時こそ、その人その人の生きる力や知恵が発揮されると思っている。

そもそも、「おじいちゃん」などとご本人了解の上でそのように呼んでいるけれども、この『奇跡の果実』のスタートは、「死」で始まっている。

これこそどうにも変えようのない不動の事実で、避けることのできない現実になっている。

それがスタートだからこそ、私は綺麗事ではなくリアルなことをそのまま書きたい、そう思った。

厭味嫌われるものに蓋をするのではなく、表に出して、きちんと陽の光に当てる、どんなことがあってもその裏側にはきちんと大切なメッセージがあるということをそのまま表現したい、そういう気持ちでずっと書いてた。

本当なら生きているうちに伝えられたらベストだっただろうメッセージを、こんな風に第三者を通じて出ることになってしまったけれども、それこそがおじいちゃんが望んでいることのような気がした。

おじいちゃんが私を選んだ理由は、何もOさんと家族を繋げられるのが私しかいないという理由だけではなかった気がする。

この隅から隅まで見てそこから言葉を紡いで発信する、その私の性格も見越しての私だったのかな…と今は思う。

私が体験して、それを言葉に起こして、そして次の誰かに引き継いでいく、その一連の流れ、人との繋がりを強く望まれていたのかな…と思う。

これは私からの勝手な願いだけど、これに縁あって読んでくれる方たちの心に、何か1つでもその言葉から連想するプラスのメッセージや私が気付いていない心に響くメッセージ、そういうものがふわっと心に浮かんだらいいなぁと思っている。



【おじいちゃんからのメッセージ・序章】
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・本来はメッセージは生きている時にしか伝えられないこと

・相手が良くなるもののみにフォーカスする
(相手を下げるものは渡さない)

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今回はとてもイレギュラーな形で、死者と生きている私とが繋がった。

本当だったら、死んでしまったら生きている人と言葉を交わすことはできない。

ただ今回は、おじいちゃんにとっても、私にとっても、この一連のことに関わったすべての人にとっても、この今の形が一番良いと判断されたからこうなってるだけで、本当ならありえない。

Oさんは、おじいちゃんの霊視から得た情報が間違っていたと知った後、霊視の手法そのものを変えてやり直した。

何度も何度もやり直して、それでも絶対変わらないものだけを、私がご家族に説明する前に教えてくれた。

Oさんが自分の霊視のやり方を変えた後、何度もおじいちゃんとコンタクトを取った際、実はおじいちゃん自身はすごい弱っていたと言っていた。

そして、おじいちゃんのエネルギーを読み取ると、【懇願・切望】していると、何度も何度も試みても、懇願・切望のエネルギーがとてつもなく強いと言われていた。

弱々しい中でも「お願いだから!」とOさんに必死で訴えていたとのこと。

おじいちゃんが頼れるのはもうOさんだけで、そしてそのOさんから私、私から家族へという手段しか繋がるためには残されていなくて、それに本気で賭けていることは私もわかった。

私は霊視が一切できないし、Oさんから聞いたことでしか判断できないけれどもOさんいわく、おじいちゃんは言うべきことを生前に言わなかったことをとても後悔していたようだった。

家族に伝えたい言葉を何も言わずして、ある日最後の日を突然迎えることになってしまった。

人は死に方も決めて生まれてくる、とはスピリチュアル界ではよく言われるけれど、そんな言葉で簡単には片付けられないと思う。

生きている時に、「今これを伝えないと後悔する」と思って誰かに何かを伝えることは、そんなに回数としては多くないと思う。

今書いてて気が付いた。

私がどうして「自分を知る」だの「ネガティブな自分と対話する」だの「自分と向き合う」だのと、とにかく自分、自分、自分、自分…と『奇跡の果実』の後半シリーズでは【自分】を連呼したのか。

これ全部おじいちゃんの話と繋がっていたことに今気付いた。

Oさんとおじいちゃんのことについて電話で打ち合わせをした何回目かの時に、こんな話があった。←たった今思い出した。

たった1つだけ、おじいちゃんは本当に大真面目に家族に向けたメッセージを言い放った。

それは【人との繋がり】について、おじいちゃんが説いた話だった。

おじいちゃんがご家族に向けて真剣に語った内容は、【人との繋がり】についてだった。

ただ細かい言葉に関しては、何でそんな言葉なのか、何でそんな説明なのかは、最初Oさんから聞いた時、Oさんもだし私もだけどわからなかった。

おじいちゃんのメッセージの意味が本当にわかったのは、ご家族のAさんに会った時だった。

Aさんが話してくれた内容とおじいちゃんが家族に向けて放ったメッセージが見事に重なった。

だからああいう言葉での【人との繋がり】を説明したんだと知った。

Oさんにもその後そのままAさんから聞いた話と私が感じたことを伝えた時に、聞いてみた。

おじいちゃんが家族向けに言ったメッセージは、おじいちゃん自身生きている時に気付いていたのかどうかを。

Oさんは霊視した後に言った。

「おじいちゃん、死んでからそれに気付いたみたいですね。生きている時はわからなかった、気付かなかったそうです」

そして、気付かないゆえに言葉にして伝えることもできなかったことをおじいちゃんはとても後悔していた。

今私の中で繋がったのはこうだった。

おじいちゃんがなぜそんな大切なメッセージに生前気付けなかったかと言うと、それは自分と向き合ってこなかった、そこに原因がある。

もちろん外から言われたことを忠実に守る社会的背景や時代背景、地域的な背景もあったと思う。

そして男たるや堂々としなくてはいけないとか、女々しいことを言うんじゃない!みたいな、感情や気持ちを押し殺す風潮の強い時代を生きた人でもあった。

だから、とても大切なことでありながら生前には気付くことができなかった、そんな風に想像している。

おじいちゃんが最後家族に宛てたメッセージは、これは自分を見て自分が大切にしたいものが何かを知らなければ、絶対に口にできない言葉だった。

死んだ今は人間社会のような枠組みがないからさらりと言えても、生前は当然社会の中で生きていたわけで、そうした言葉を言うどころか発想することさえももしかしたらなかったのかもしれない。

だから、おじいちゃんはそれを伝えないまま人生が終わってしまったことをとても悔いていた。

だから【生きているうちにしか伝えられない】というのは、一度じゃない、何度も何度も私のところにメッセージとしてやってきた。

そしてそこから派生した【自分を知る】一連のLessonの話だったんだと、今ようやく繋がった。

そして、ペンジュラムがとにかく毎回それをアップすることを絶対だと言ったその意味も今わかった。

ダラダラと自分のことばかりを赤裸々に書くのも、そしてそんなものを人様に読ませるのも正直どうかと思っていた。

だけど、ペンジュラムは絶対のYESしか出さなかったから、自分の話とおじいちゃん関連の話とがいつまで経っても私の中で繋がらなかった。

でも今気付いた。

Lessonなんかはほとんど私の話だったけれども、あれはおじいちゃんが私に伝えたかったメッセージでもあったんだなと。

そして私のところで終わらせず、こうしたブログという媒体を使ってでも外に発信したのは、おじいちゃんが1人でも多くの人に伝わったらいい、そういう想いに駆られていたんだと思う。

生きているうちにしか伝えられないよ、ということを伝えるためにあの手この手で書かれたLessonだったんだと今わかった。



そしてもう1つ
・相手が良くなるもののみにフォーカスする
(相手を下げるものは渡さない)
というのも、書いている時にずっと来ていたメッセージだった。

伝えるのは確かに自由かもしれないけれど、仮にこのブログを読んでもらおうと思ったら相手の時間をもらうことになる。

相手の命の時間をもらうわけだから、不特定な方たちとは言え、相手の命の時間には変わりない。

ブログだけに限った話ではないけれども、相手に何かを渡す時は、相手が良くなることにフォーカスすることの大切さも色んな形で知らされていた。

相手を落としたり陥れたりなんてのは言語道断で、自分側の意図を正しい方向に持つというのは、書いている間中何回も何回もやってきた。

もちろんそれはおじいちゃんの意図でもあると思う。

そうしたことを踏まえて、おじいちゃんからもたらされたメッセージをこれから紹介したい。



【おじいちゃんからのメッセージ】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・命

・生きる

・自分の人生を生きなさい
悔いのないように生きなさい

・交歓ー喜びを交わらせること

・すべての経験が必要で起こっている
たとえ辛く悲しいものであっても

・どんなことにも学びがある

・物事が起きる理由
→大切なところを明らかにするため

・全てはつながっている
すべてのことは繋がり合っている

・自分のプロセスを大切にする

・何をしていても許される

・自分を変えるんじゃなくて自分を知っていくこと

・変わることではなく受け入れること
かっこ悪い自分も含めてそのままの自分をそのまんま丸ごと受け止めてしまう

・生きていたらどんな可能性もあること
可能性にかけて、自分のために選択肢を用意できるのが生きている者の特権

・心の優先順位

・泣く力も笑う力もある

・前進する自分の力

・弱点が武器になる

・自分の魅力的なパーツを使う

・色んな可能性に心を開くこと
=ジャッジしない、決めつけない心のあり方

・知らない=知らなくて良いこと
できない=別の何かができる、別の可能性を示している

・人に頼ること、1人で抱え込まないこと

・自分が信じたいものを信じる

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【命・生きる】

・命

・生きる

・自分の人生を生きなさい
悔いのないように生きなさい

・交歓ー喜びを交わらせること

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

上の4つは、生きることのすべてを表していると感じる。

「命」と「生きる」に関しては、とても言葉では言い表せないから、各自の読み手の方がそれぞれに想像を膨らませて心の中で咀嚼してもらえたらいいなと思う。

ちなみに私の方に来たメッセージも
「命」
「生きる」
だけで、細かな説明はなかったから、後は自分で感じて考えろということなんだと解釈した。

下2つは、自分の命に対してできることを一言で言うと…、みたいな教えのように見える。

後悔なく自分の人生を生きること、そして生きる時に喜びを交わらせることの大切さを説かれたように感じる。




【人生で物事が起こる意味】

・すべての経験が必要で起こっている
たとえ辛く悲しいものであっても

・どんなことにも学びがある

・物事が起きる理由
→大切なところを明らかにするため

・全てはつながっている
すべてのことは繋がり合っている

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

物事が起きる理由
→大切なところを明らかにするため

これが今回の一連のことを通じて、特に痛感したことだった。

特に起こって欲しくないこと、起こったことで自分や周りがすごく息苦しくなってしまうようなこと、そういう時こそ、物事が起こってしまうプラスの理由がわかると気持ちが少しは楽になれる。

例えば、おじいちゃんが山で行方不明になったりとか、探しても探しても見つからないこととか、そんなのは起こらない方がいいに決まってる。

おじいちゃんだって好きで行方不明になったわけではないし、私も好きこのんでペンジュラムでの捜索失敗になったわけじゃない。

でも、色んなことが思い通りではない中で、それでも起こることで明らかになることがある。

一言で言えば、そこに関わる人1人1人にとって学びがあるし、そこから何かを気付くことも大切なプロセスになる。

携帯の画面が割れた日=おじいちゃんが行方不明になった日から半年近くが経過した。

この間に見たすべてのことは1つ1つ繋がっていた。

全く関係のないこととか、全く関係のない人たちとか、そうしたものがきれいに繋がっていた。

それぞれの人がそれぞれの人生を生きるにあたって、普段は認識できる部分の繋がりしか見えない。

だけど、今回おじいちゃんが登場したことで、私は普段は水面下にある部分の繋がりを見ることができた。

『全てはつながっている、すべてのことは繋がり合っている』

それが本当の本当にわかった。

渦中は苦しくても辛くても、実はそれがプロセスとしては正解なんだと気付かされたことがたくさんあった。

すべてのことは繋がり合っている、の部分に関しては、次回最終回の『奇跡の果実』で表現する予定。




【自分のプロセス】

・自分のプロセスを大切にする

・何をしていても許される

・自分を変えるんじゃなくて自分を知っていくこと

・変わることではなく受け入れること
かっこ悪い自分も含めてそのままの自分をそのまんま丸ごと受け止めてしまう

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

自分にとって都合の悪いことが起こるたびに、私なんかは「うわぁまた来た( ̄ཀ ̄;;)」とネガティブな方にすぐ気持ちは向かうし、何でこんなことが起こった?と色々何かに文句や不満を言いたくなる。

けれど、年と経験を重ねるにつれ、本当はどれもこれも必要で起こっていることなんだと知るようになってきた。

しかも、一見とっても悪そうに見えることでも、それが自分にとって必要があって起こっていることも徐々にわかるようになってきた。

一見悪そうでも、その後にもっと大切なものや人に出会う仕組みが少しずつわかってきた。

今回のおじいちゃんの件だって、もし私が11月におじいちゃんをペンジュラムで見つけて欲しいと頼まれて見つけ出せたとするなら、それが最善だったことは間違いない。

でも代わりに、この『奇跡の果実』に書いたことは1つも起こらなかったし、そして文章として紡がれることもなかったし、さらには色々起こった奇跡的なものは何一つ今ないことになっていた。

「何をしていても許される」というのは、本当の本当に何かしらやらかしても、それでも大丈夫で必要なことなんだとわかったから言えるようになった。

ふと今出てきた。

これは私のこととは違うけれど、私がペンジュラムでおじいちゃんを見つけられず、その後Oさんがおじいちゃんの霊魂に気付いて霊視をしたおかげで、全く関係のない第三者の方の人生に転機をもたらすことになった。

家族内の分裂によりお父さんの最期に遇えなかっただけではなく、孤独死した関係で遺体にも会えずじまいだった私の知らない女性が、Oさんと繋がれることになった。

そして、Oさんから直接お父さんの霊魂と繋がってもらい、生前に聞きたかったことを聞けたと、間に入って色々してくれた名古屋のSさんから聞いた。
(『奇跡の果実(16)空飛ぶ種』に詳細あり)

こんなことが起こると、私の失敗は必要なことのようにも見える。

なんなら、Oさんの霊視力がグレードアップする機会にも繋がっていった。

だから、失敗に見えることでも、失敗しなければ繋がらない別の大切なものたちもあるわけで、そういう流れが見え出すと、それも必要があって起こっていたように思う。

「失敗が許される」という言い方が良いのかわからないけれど、失敗がもっと大切なものを繋げることもあるということを本気で学んだ。

そして、今回の失敗をしたことで、私がもう1つ学んだのは、自分を変えることではなく自分を知ることと受け入れることだった。

これまでなら、失敗をすると「何か直さなきゃ」と思っていた。

だけど、直すことがもしあるとするなら、【「何か直さなきゃ」と思う私の考え方】の方だということ。

直せることと直せないことがある。

個人の能力や資質は、直すことじゃない。

自分にできることとできないこと、それぞれを謙虚に受け止めること、それが私がすることだと知った。



【生きていることの可能性】

・生きていたらどんな可能性もあること
可能性にかけて、自分のために選択肢を用意できるのが生きている者の特権

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これはこの1週間くらいで突然出てきた可能性だった。

チャンスが舞い込んだとかいうのではなく、自分の中で自分にチャンスを作ってもいいのかな…という心境の変化が生まれた。

先の可能性はわからないけれど、自分にこれまで禁じていたことを一度解除してみようかと計画した。

それは自分のために自分がしたいことなんだと今回わかった。

誰かや何かのためにするんじゃなくて、自分が自分のためにしたいこと。

可能性は限りなくゼロに近くても、私は自分にずっと禁止していたことを今回はやりたくなった。

そして、それって生きているからできることでもあると気付いた。

死んだらできなくなっちゃうから、結果は限りなくゼロのものでも、結果のためにやるというより、自分が欲しい結果を生み出すかもしれない可能性のために選択肢を自分に用意してそれを選んでもいいのかな…と思った。

それはずっとしてはいけないことだと思っていたから、避けていた。

でも、本当はそれは欲しいことなんだと気付いて、そのために何もしないって変だと思った。

ダメでもその時はまた自分をケアできるぐらいに自分を大切にする力は身についた。

自分のために、自分が望んでいることに近付くために、これまでとは違う選択をしても良いんだな…、そう思えるようになってきた。

これが『奇跡の果実』で得た、今のところ最後のメッセージになっている。

【生きているからこそできる】、それに気付かせてくれたのはおじいちゃんだった。




【自分の力ー自分力】

・心の優先順位

・泣く力も笑う力もある

・前進する自分の力

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↑今回の一連の流れで、自分の力に気付くことが多かった。

【心の優先順位】というのは、自分が何を、より他のことよりも大事にしているかだった。

例えば、何か人間関係で不具合があった時。

ケースバイケースだけど、謝罪が欲しいとは限らず、そっとしておいてくれるのが何よりも良いこともある。

そうした自分だけの心の優先順位にはっきりと気付くことが今回できた。

おじいちゃんの件で色々すったもんだしていた時にも、私には泣く力も笑う力も、そして前進しようとする自分の力も知った。

そうした自分に備わった力にも色々気付けた。

偉そうな言葉にならないといいなぁと思いながら書くと。

これは私だけが持っている力じゃなくて、生きている人みんなが持っている力だよ、みんなそれぞれが自分力あるよ、とおじいちゃんは言いたいのだと思う。




【弱点=魅力的なパーツ】

・弱点が武器になる

・自分の魅力的なパーツを使う

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吉本ばななさんのエッセイ『人生の旅をゆく
3』をポツポツと読み続けている。

17歳の頃のばななさんの心模様が描かれていた。

読みながら自分の中学時代を思い出した。

私は3年間を通じてクラスに居場所のない子だった。

最初からないわけではないけれど、気付くと仲間外れにされていて、そして他のグループに行こうとしても入れてもらえずそこでも外されて、そしていつの間にかどこにも入れず一人でぽつんといる、そんな風だった。

そこにプラスして男子たちからはバイキン扱いされ、席替えの度に私と席が隣りになってしまった男子はみんなすごい奇声を上げこの世の終わりみたいな顔をして、周りに大きな声で私と隣りになった不幸を触れ回っていた。

今思えばみんながみんなそうだったのではないと思うけれど、もしそこでみんなとは違う反応をすると今度は自分のところに矢が飛んでくる。

それを避けたくてそうせざるを得ない状況だった、そんな風に分析している。

女子たちもそこに便乗するようになった。

中学では言葉と態度の暴力が1日中つきまとっていて、授業の時間以外は針のむしろだった。

休み時間は1人で本を読み、給食の時間は仲間外れにされたグループのはじっこに寄せてもらって食べ、食べても何を食べたかなんて全く記憶がなく、早くその時間が終わることを祈り、掃除の時間は静かに掃除をしていた。

授業でもグループで取り組むタイプのものがあると本当に困った。

どこに入ったらいいのかいつも分からなかった。

どこかには入っていたけれど、どうやって入れたのか、先生が配慮してくれたのか、そうした細かいことは全部忘れた。

卒業前にお互いにカードを書き合うことが当時は流行っていた。

何人かの女の子たちから「いじめてごめんね」と書かれてきた。

居場所もなく、誰かといなきゃいけないと頑なに信じていた私は自分の人間的な力、それは友達を作るとか、グループになんとなく入って日常を過ごすとか、そうした色々なことができなさすぎて、自分はどうしたら普通の生活が送れるんだろう…と真面目に考えた。

それがどういうわけか高校からは人間関係が劇的に良くなっていった。

そして、年齢を重ねれば重ねるほど、私は本当の人間関係にどんどん恵まれるようになった。

ただ、癖なんだろうなぁと思うけれど、私はやたらと人間観察をする。

それは、1対1の時よりも、ある一定数の人間がいる中でそれぞれの人たちの居場所や振る舞い方を見ている。

自分に余裕と好意がある時は、ちょっと気になる人(=居場所がなさそうにしている人)がいると老若男女問わず話しかけたりすることもある。

昔の私みたいな人がいると気になってしまう。

そして、そういう人たちの大半は人の良い人が多い。

たまに悪い空気を出していてぽつねんとしている人がいるけれど、私も苦手なら無視する。

この不思議な観察力は子どもの頃からの長い現場訓練により、異常なほどに力が伸びた。

おかげで、今の自分に役立っている。



↑上の部分は、1月28日に書いた。

まだ『奇跡の果実』を書いて数日目の頃。

その後に【自分の魅力的なパーツを使う】という言葉に出会った。

今でもハマっているカードリーディングの方の動画の中で出てきた言葉だった。
(※『奇跡の果実』シリーズが終わったら、このカードリーダーの方はきちんと記事にして紹介する計画を立ててる)

弱点=武器
弱点=魅力的なパーツ
になる。

今だって発展途上な自分はいるし、箸にも棒にもかからないような決定的なダメポイントも探せばいくらでもある。

でもそれは武器にもなれば魅力的なパーツにもなる。

弱点は見方を変えれば、この上ない長所や魅力的なパーツに変わる。

たとえば、私はさりげなくこの『奇跡の果実』の後半に入ってからの1つ1つの文章の長さをとても気にしていた。
(シリーズ終わったら、本当に自分が書きたい長さに戻す!!!)

自分でも書いてて超長すぎると思っているし、もう少しなんとか工夫できないのかとも思っている。

これもある視点からすれば、「長すぎて読みにくい」文章になる。

だけど、別の視点に立つと、これだけ長い文章を書けるだけの集中力があるということ!!!←超絶ポジティブ( ̄∀ ̄;)。

文章をきれいにまとめてそして心に届く言葉を紡げる人たちが私は羨ましくて仕方ない。

そんな文章に触れるたびに「自分の文章の長さといい、まとまりの無さといい…( ̄ー ̄ ;)」とよく思う。

それはそれとして、もしかしたら他の人から見たら「あんなに長い文章を書けるだなんて天才的!」と思われてるかもしれない( ̄∀ ̄;)。

それとか「よくそんなに書くネタがあるね!」とか思われてるかもしれないし。

おかげさまでネタだけは尽きることなくここまで来れた。

色んなことを観察する癖のおかげで、ネタだけは事欠くことがない。

それも魅力的なパーツにしたらいい!

でも本当に実際のところ、この飽くなき観察力が功を奏して、ここまでのネタやメッセージをキャッチしたわけだから、やっぱり「魅力的なパーツ」で間違いないv( ̄∀ ̄)v。




【色メガネを外す】

・色んな可能性に心を開くこと
=ジャッジしない、決めつけない心のあり方

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私は今回のことが起こるまで、自分が人生の中で死者の魂と繋がるなんて一度も考えたことがなかった。

そういうことをする人がいるのは知っていたけれども、自分の身にも起こるとは思っていなかった。

私がそのことに対してすっと入っていけたのは、周りの人たちのおかげはもちろんだけど、自分自身も自分の固定概念を外すことをたくさんしたおかげだと思っている。

死者の魂や死者とのコミュニケーションに関して、確固とした固定概念がなかったのと、そうしたこともあってもおかしくないよね?と思う心とがあったから、私は何の疑いもなく今回おじいちゃんとやりとりできた。

死者の魂とコミュニケーションを取るなんてあまりにも突飛な発想だから、そういうぶっ飛んだレベルではなく、もっと一般的なレベルの誰にもありそうな固定概念を外した例を1つ紹介したい。

私は子どもの頃から「面倒くさい」が口癖のようなところがあって、面倒くさいからやらないなんてことはこれまでもたくさんあった。

でも「面倒くさい」は結構な割合で地雷ワードになって周りのひんしゅくを買うことがあるから、私の中では心で思っても言わないように気をつけてきた。

「面倒くさい」ってあまり言ってはいけない言葉だと思ったのと、実際にもし周りに「面倒くさい」が口癖の人がいるとたしかに私もテンションが下がったり気分が悪くなったりもするから、長いこと「面倒くさい=悪いイメージ」があった。

面倒くさいって言うのはもちろん、面倒くさいと思って何かをしないのは良くないのかもしれない…なんて思っていた。

もし同じ「やらない」でも「気が乗らないからやらない」は良くても、「面倒くさいからやらない」は理由としてダメな感じがしていた。

そうした背景には、子どもの頃「面倒くさい」と言ってやらないでいると、母から注意されたり叱られたりすることが多々あったことも関係している。

ちなみに20代の頃、職場内でポロッと口から出てしまって、それで難色を示されたこともあった記憶がある 苦笑。

それが変わり出したのは30代に入ってからだった。

面倒くさいと思って手を付けずにいたとか、すぐ動かずにいたおかげで、「面倒くさい」が色んなストッパーになって余計なことをせずに済んだ経験が色々出てきた。

それで危険や余計なトラブルを回避することになっていたことも多々あった。

「あれ?面倒くさいって悪いことじゃなくて、むしろ「面倒くさい」が何かしらの危険センサーのような役割を果たしてくれてる!?」と思うようになった。

そういう経験が増えると、長いこと固定概念としてあった「面倒くさい=悪いもの」がくつがえされた。

それは私を危険から守ってくれる大切な感情なんだという認識に変わっていった。

そんな風にして、他にも様々な固定概念を外しまくった先に、おじいちゃんの霊魂が登場してきた。

昔のアンチスピチュアルな私では当然太刀打ちなどできなかったし、「そんなバカなことあるわけない」と一蹴して終わっていたと思う。

良い悪いの二択で判断したり、これはこういうもの!と決めつけたりすると、途端に世界が狭くなって、色んな可能性に対しても心を閉ざしてしまう可能性が高い。

おじいちゃんが私の人生に登場したことで、色々な可能性に対して心を開くことの大切さと豊かさを知った。

どんなこともありだと思う姿勢でいるのか、そういうことはないと思う姿勢でいるのかで、見える景色も生きる世界も変わってくる。

ジャッジしない・決めつけない心のあり方が、色んな可能性に自分を導いてくれることにもおじいちゃんから気付かせてもらった。




【自分の才能】

・知らない=知らなくて良いこと
できない=別の何かができる、別の可能性を示している

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才能に関しては、『奇跡の果実』の
・Lesson 12『才能・資質に気付くプロセス』
・Lesson 13『才能や資質の特徴』
に詳細を書いたから、ここでは説明を省略。

一言付け足すなら、おじいちゃんが登場してくれたことがきっかけで、私はもっともっと自分の才能や資質に気付けるようになった。

だから、おじいちゃんとの出会いはそういう意味でも大切だったと感じている。




【頼る力】

・人に頼ること、1人で抱え込まないこと

・できないことは情でやらず、できる人に繋げるのが自分の役目

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上の才能や資質の話とも連動するけれど、何でもかんでも自分1人で抱え込むのが良いわけじゃないことも学んだ。

霊視のできない私がおじいちゃんと言葉を交わすのは絶対にできないわけで、そういうものはさっさとできる人を頼ってお願いすることが正解。

自分はできなくて良くて、でも代わりにできないって言えることや、できないからこそできる人に頼ることが大事なんだと気付いた。




【自分が信じたいものを信じる】

自分が好きなもの、信じたいものを信じて大丈夫ということ。

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色々書いたけれど、このブログだって大ざっぱに言えば、私が信じているものを書いているに過ぎない。

それが本当に合っているのかとか正しいのかなんてのはわからない。

だけど、少なくとも、自分が好きなもの、自分が信じたいものを信じて大丈夫だということがわかった。

私はおじいちゃんの霊魂が私の部屋にいて気付いてくれるまで待っていたことも信じているし、おじいちゃんが他の誰でもない私を選んでくれた気持ちも信じている。

自分が信じているものをそのまま素直に受け取っていいんだ、とおじいちゃんとのことを
通じて感覚として得た。

だから、ここまで書いたことに関しても、これを読んでくれてる方の感覚で好きなところや共感できるところを持っていってもらったり、反対に「それおかしくない?」みたいなのがあればそのおかしくない?という感覚が何より大事だと私は思っている。




〜最後に〜
オギャーとそれぞれの人がそれぞれのタイミングで生まれる。

真っ新で真っ裸の状態で生まれる。

それから色んな服を着るように、色んな価値観や趣味嗜好を身につけて大きくなっていく。

そんな人たちがある日何かの繋がりで出会う。

昨日までは全くの他人同士だったのに、その日を境に知り合いになる。

価値観も趣味嗜好もそれまで歩んできた道も全く違うのに、出会う。

私は「出会い」には2種類あると思っている。

1つは物理的に「出会う」ということ。

それは職場が一緒になったり、クラスが一緒になったり、何かの会に一緒に居合わせたり…というレベル。

もう1つは「心と心が『出会う』」ということ。

色んな場所、色んな場面で、多かれ少なかれ人と出会う。

だけど、その中で本当に縁が出てくる人はごく一部の人。

縁が出てくる人と出てこない人との差は、心と心が出会ったかどうかだと私は思う。

それが気が合うということだったり愛し合うということだったりすると思う。

親子や兄弟みたいな宿命的な関係はさておいて、赤の他人となれば、心と心が通わなければ関係は発展しない。

たとえそれが一生に一度しか出会えない相手でも、その時に強烈に心が惹きつけられれば、それは心が出会ったと呼んでいいと思う。

おじいちゃんと私は、おじいちゃんが生きていた時には全く知らない赤の他人同士だった

それがひょんなことから繋がって(ひょんなことと言うより、宿命的な繋がりに近い気が最近はしている)、こうして今ここに至っている。

何せ2019年、私が新しく出会った人第一号がおじいちゃんだからv( ̄∀ ̄)v。

そして今のところ、新たに出会った人は他にいない。

残念ながら、私はおじいちゃんと言葉を交わす術を持っていないから、今後よほどの必要に迫られない限り、おじいちゃんと言葉を交わすことはないと思う。

ここに書いたことが、おじいちゃんからもらったメッセージのすべてで、そして多分ラストメッセージだと思う。

すごく特別な体験をさせてもらったし、こんなこと二度とは人生で起こらないと思う。(色々ヘビーだから、多発的に起こられても困る…苦笑)

でもこんな特殊なケースは本当にやっぱり特殊で、おじいちゃんが本当に伝えてくれた1番のことはこっちかな…と思うのは。

【生きているうちにしか大切な人には何かを伝えられない】

【どんなに伝えたいメッセージがあっても、生きている間しかお互いに言葉を交わせない】

これに尽きると思う。

命があって生きられる。

生きられるから大切な人に何かを伝えられる。

何かを伝えられるから相手にも何かが伝わる(かもしれない)。

本物の【人との繋がり】を作っていけよ、それが何より大事だからな、っておじいちゃんが今も言ってる気がする。

そして照れながら「愛だよ、愛!」って付け加えてる気がする。



2019年1月7日。

おじいちゃんはずっと気付いてもらえるまで私の名前を呼び続けた。

「ふみこ、ふみこ」と。

そして私の名前を呼ぶ度に、
「ふみこ愛してる」と。

2019年4月10日水曜日

奇跡の果実* Lesson 14『“覚醒”の解説書』








『奇跡の果実⑧覚醒』 (←クリックするとリンク飛びます)
の解説書になります。

「解説書」と銘打ったものの、正しくは私がどういう意味で『⑧覚醒』を書いていたかの説明書き。

参考程度にしてもらえたら…という感じの説明書き。

文章を読んだ時に読み手の方たちの想像力や感性で受け取ったものが、私はそれぞれ一番ピッタリな解釈だと思っている。

だから、私の説明書きはあくまで書いた本人が見た世界の側の話。



書いてしばらくした後、『覚醒』の原本を写真に撮って霊視ができるOさんに見てもらったところ。

私1人で書いたものではなく、見えない世界のものと繋がって共同で書いていたと思われると分析してもらった。

私は丸っと自分の体験に基づいた感覚で書いている気でいたけれども、そうではなかったようで…。

そうした見えない世界のエネルギーも入っていたとするなら、それは余計と「他の人たちともシェアしてね!」という意味だと個人的には思っている。

これから書くことも、丸っと私の感覚で書くけれども、もしかしたら当時感じたままの話だから、私以外の何かから発信されてるメッセージも含まれているのかもしれない。

説明書きの方は、当時感じたままを書くのと、あとあれから約2ヶ月経ったその間でさらに深く理解できた部分も足しながら書く。



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覚醒=

自分に気付くこと
自分がどうしたいのか
自分にとって何が大切なのか
何が快で不快なのか
どんなことが喜びでどんなことが悲しみなのか
どんなことが怖いのか
何に対して怒るのか
何に涙するのか
そうした全てで形作られている自分というものに気付いていくこと

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↑この部分は、もう書いたまま。

私が『覚醒』という言葉を見て、私が思う『覚醒』、すなわち『自分に気付く』その状態やそこに至るまでのプロセスを書いてみた。

この中には、100%自分の感覚だけが詰め込まれている。

そういうものを大切にする先に「自分がどういう人なのかに気付く」と私は思った。

そして、私には自分の心の中を見まくって出てきた絶対的な答えが1つある。

【答えはすべて自分の中にある】

それを大前提として上の部分は書いている。

例えば文中に「大切なもの」というのがある。

これは結構きわどくて、自分の考えだけで「これ大切!」って思っているのか、そうではなく、気付かぬうちに周りの人たちや社会から刷り込まれたものを大切と思っているのか、その見極めは難しい。

他の人たちの意見や考えを取り入れるのも全然悪くない。

自分の心の琴線に響くものなら、それは自分のものにしていったら自分の感性もさらに広がる。

だけど、そうではない「普通は…」とか「…が当たり前」とか言われてることをそのまま自分に取り込むのは危険だと感じる。

だから、私が上の文章に込めた想いは、「自分自身がどう感じているのか、それを大切にしていくこと」だった。

誰かの受け売りとか世間から当たり前とされてる価値観じゃなくて、1人1人が自分の感覚で感じているもの、それが自分を知るためには絶対に大事だと思った。



それらを知っていくために、具体的にすることを表したのが、その後に続く部分。↓

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そのために内面を見ること

自分の感情を見ること

周りに登場する人物を見ること

その人たちと何を交わしているか

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↑基本的には、自分の内面で湧き起こる気持ちや感情を見ていくと、少なくとも自分がそれぞれの人やモノ、出来事なんかに対して、快なのか不快なのか、怒っているのか、楽しんでいるのか、そういうものは見えてくる。

わからなければ、「モヤっとする」でも「なんかスッキリしない」でも「何が良いかわからないけれどなぜか自分の中に残ってる」でも、とにかく自分の感覚を知っていくっていうのは、ものすごいヒントになる。

周りの人たちとの関わり合いについて書いているのは、相手を通して自分がどんな気持ちを抱いたり、一緒にいた時間に対してどんな気分でいたか、そうしたことを見るため。

清々しいものや心地よいものはそのまま自分の思い出にしたらいい。

だけど、不快や怒りなんかが湧いたら、相手の言動や行動に対して納得のいかない気持ちは気が済むまでそれを自分で消化するようにはするけれど、それが終わったら私はもう1つ別のことをしている。

その言動や行動のどこが嫌だったのか、何が気にくわなかったのか、そこを見ている。

人ではなく、言動や行動だけを切り取って見る。

そこにはまた自分にしかわからない、大切にしているものが何かと教えてくれるヒントがあるから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

自分と他人を区別すること

本物の人たちに会うことで、その人たちにできること、自分にしかできないことに気付かされていく

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↑これは、生まれ持った才能や資質、自分自身というものを端的に言い表した。

今読み返すと、「うわっ、いきなり話飛んだな」と思った( ̄∀ ̄;)。

詳しい内容は、1つ前の記事『奇跡の果実*Lesson 13 才能や資質の特徴』にあります。
( https://viva-vivir.blogspot.com/2019/04/lesson-14.html?m=1 )
↑リンク飛びません

色々できなくて大丈夫で、自分を知るために人と比べるのはありでも自分を落ち込ませるために人と比べることはしなくて良くて。

自分を体現している人たちに出会っていくと、その人たちにできることとは別に、「これはもしかして私だからできる?」ということにも気付かされていく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

みんなすぐに答えや結果を欲しがるけれど、そんなに簡単じゃない。

一朝一夕にできることじゃない。

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↑これは上に書いたことすべてを一応指してる。

自分を知ることも、自分の才能や資質に気付くことも、今日やって今日とか明日起きたらわかった!なんてことはまずない。

どんな小さなこと1つでも、今日1日自分のことで何か新たに知れたら御の字ぐらいで、そして自分に向き合うのがしんどい日も当然(たくさん)あるから、それは休み休み、自分のペースでやる。

思い出した。

これを何で書いたか。

自分を知っていくプロセスは時間も手間もかかる。

それはある程度やった今だからわかるけれど、最初はわからなさ過ぎてすぐに答えを欲しがった。

またそういう時に限って、何かの講座やセミナーに行くと「もっとわかるのかも!」と期待した。

実際期待させるような宣伝文句だったりもした(←すぐに責任転嫁( ̄∀ ̄;))。

でも、自分を知っていく作業は時間のかかることだし、そして今はそれが当たり前と思う。

時間かけてゆっくり知っていく面白さもわかるようになってきたし、それは自分のために一生やっていくことだというのも知りつつある。

話逸らすつもりはないけれど、今書いてて出てきてしまったから書く。

中年にもなって「自分探し」をするのはおかしいという文章を私は何回か読んだことがある。

自分探しをしているという感覚は今の私にはないけれど、側から見たらそう捉えられてもおかしくないことをしている自覚はある。

私は、年齢なんて関係なく、自分のことを知っていく行為は、いくらでもやったらいいと思っている。

自分を探すというよりも私は「自分を知る」ことをしていると思っている。

何でそうしているかって、私は自分を過大評価したり過小評価したり、甘く見ていたり、ないがしろにしていた時間がとても長かったから。

そしてそれだと気付かぬうちに自分に無理や負荷がかかってしまうとわかった。

だから、自分にそういうものを安易に与えないようにするためにも、「自分を客観的に知る」ことは大事だと思う。

私は20代の頃、臨床心理士の友達に会った時、何の話をしたかは忘れたけれど、普通に会っていなかった何年かの話をした時にポロっと言われたことがあった。

「史子、痛すぎて痛みがわからなくなったのかもね。痛みをわからなくすることで、その時を何とかしたのかもしれないね」

すごい優しい語り口調で言われて、私は泣きそうになった。

自分じゃ痛みを我慢していたつもりも無理していたつもりもなかったけれど、第三者から見てそういう感想になるわけだから、何かしらそんな空気があったんだと思う。


【ミラクル実況中継:上の臨床心理士の友達の部分、読み返してたタイミングで、本人から連絡来たーΣ(゚д゚=)
超ビックリして即返信したら、
テレパシーだね(笑)、と友達から返事きた。
やっぱり『覚醒』、何か持ってる気がする(o´艸`)
ちなみに、友達の話が可笑しかったからついでに紹介。
「さっき直太朗の曲を歌ってて、史子のこと考えてた(笑)」
何歌ってたの?と聞いたら
「『夏の終わり』
春の始めだけど(笑)」】


で、この意味を私が知るのはまたそれから数年後の話。

やっと「自分が無理してるかもしれない」と初めて思ったのが、30代半ばだったと思う。

そして、痛みを我慢していたとか自分が無理していたと本当の本当に知ったのは、この1年ぐらいの話。

最初は占星術の講座の時に、先生から「こういう特徴を持っている人たち」というくくりで説明された時だった。

基本的に我慢や無理が効いてしまうから、限界までブラックホールのごとく他者からのものを受け入れてしまう、というような説明。

私はあまり自覚がなくて、その時は参考程度に聞いた。

自分がその特徴をホロスコープに持ってるのはその時に知ったけれど、「私はそれに当てはまらない気がする」と他人事のようにして聞いていた…( ̄∀ ̄;)。

それからしばらくして、私は別々の時に2人の人から「ぶっしーは(メンタル的に)強いから・ポジティブだから」とか「ぶっしーは気にしないから話しやすい」というようなことを言われて、猛烈に違和感を覚えた。

私は確かに心が痛む経験の多さからメンタルは鍛えられたけれど、強いのとは違う。

そして、シレッと話を聞いていても実は否定的な気持ちも含めて違うことを感じてたりすることもあるから、何も気にしないのとは違う。

何でも話を聞いてるのではなく、ただ自分の本心を口に出さないだけの時なんかもざらにある。

私も気にすることは色々あるんだけどなぁ…なんて反発とは違うけれども、相手が言ってくれた言葉とは違う思いを抱いたのも本当だった。

そして、つい最近ホロスコープの調べ物をしていたら、またもやゴリ押しのように出てきた。

「このタイプの人は、一般の人の1我慢と自分の100我慢を一緒に考えている。けれど、実際は人の100倍我慢や無理ができてしまうから、自分じゃそれが普通だと思っていても、実際はすごい我慢や無理を気付かぬうちにしている」

20代の時に友達に言ってもらったことと自分のこととがやっと繋がってきた。

自分のことってあまりに当たり前すぎて無自覚でいることが色々あるけれど、今の私はその「無自覚」でいる部分を知っていくことが本当の本当に生きていく上で大切だと思っている。

それは何も私だけじゃなくて、基本的にみんな。


話が違う方に飛んでしまったけれども、ペンジュラムは書いてアップするのにYES・書かないにスーパーNOで、とりあえず書いた。

けれど、この部分をどう締めていいかわからないから、とりあえず次( ̄∀ ̄;)。

(↑こういうとりあえず自分の中に飛び込んできた言葉を即興で表現する性質が「言葉が降ってくる」とかいうものなのかもしれない)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

でもまじめに取り組んだら必ず何かしらはギフトとして贈られてくる。

ギフトは何が来ても基本的に拒否しないこと。

嫌なもの、苦手なものでも、一旦は受け取る。

受け取り拒否してもいいけれど、あとからもっとでかいものくるよ!(爆)
(↑自爆テロみたくなるから勧められない)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↑出来事は色々起こる。

出来事や人を通して、自分を知ること、自分と向き合うこと、自分と対話すること、自分に自分の正直な気持ちを聞くこと…、そんなこんなをするうちに、自分の内側でも色んなものが沸き起こる。

大事なのは、その時の自分から逃げないことだと思う。

例えば、本当に自分にとって辛いのに逃げないのは違う、と今の私は思っている。

だけど昔は、色んなことから逃げちゃいけないと思っていた。

例えばだけど、一緒にいると自分がいつも傷付いてしまう人間関係があったとして、そこに居続けるのは向き合っているのとは違う。

言い方を変えると、状況からは逃げていなくても、自分の傷や自分の痛みから逃げている。

だから表面上の行動はまるで逃げていないみたいでも、自分の本当の気持ちからは逃げている。

大人になるにつれ、「逃げない」の定義が徐々に変わってきた。

自分を守るためなら「その状況から離れる」ことや「その関係を終わらせる」ことが、本当の意味での「逃げる」になる時もある。

それはもう「逃げ」ではなくて、「向き合った」ことになる。

大事なのは、離れる・終わらせると決めるまでの自分の1つ1つのプロセスと、自分が何を大切にしたのかを見ること、そしてどんな行動を選んでもその選んだ自分を自分が受け止めること。

自分の気持ちが苦しくなってしまうものからは、誰でも逃げたくなる。

でも、そのことたちと向き合うと、何かしらは自分にとって心地よいものの方向に舵は切られる。

渦中は強烈でも、過ぎ去ると向き合った相応のものは来る。

反対に自分の気持ちを無視した場合、その気持ちに気付かせるためにもっともっと強烈な出来事が送られてきたりするから、それを私は「自爆テロ」と呼んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

でも、きたものきたもの、とりあえず開封していくと、その時には気付けなくてもあとから気付く時がくる。

その時は「ムリーーーーーーー!」となっても、いつかそのことたちが、その出来事たちが自分に寄り添ってくれる日がくる。

それはどんなに辛くて苦しくて自分が下しか向けない、
もしくは目を閉じてなかったことにしたいぐらいのことであったとしても。

そうしたことたちが、いつの日か自分に一番のパワーをくれるし、そしてそれは内容が辛く苦しいものでも、それと同じ位の大きさの大切なものを自分の元へ運んできてくれる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↑これだけは私は超絶自信を持って、そうだと言い切れる。

史上最悪なことや自分の人生で超黒歴史となっているもの、そうしたものたちこそ、それを体験した自分に全力で寄り添ったらプレゼントが来る。

マイナスの数値がでかければでかいほど、それと同じプラスが来る。

ただし、これには1つだけ条件がある。

その自分に全力で寄り添って自分をとにかく受け入れて、その上で自分から気付かないとプラスは一生気付かれないままになる。

これは他の人は教えてくれない。

ヒントはくれるかもしれないけれど、自分だからこそ自分で気付ける。

そんなこと起こらなきゃ良かった、こんなこと経験したくなかった、その気持ちのままでOK、大丈夫、問題なし!

だけど、それを体験してしまった自分、居合わせることになってしまった自分に全力でとにかく寄り添うことだけは絶対にやりきる。

自分は悪くないとか、誰それのせいでとか、相手がこうしてくれたら・変わってくれたらいいのにとか思っているうちは、絶対にプレゼントは来ない。

自分は悪くないって思いたい自分もいていいし、
すごい嫌だったよその体験、今でも起こって欲しくなかったって思ってていい…
それで本当にいいよ!!!
そう思ってる自分で、ひねくれてたり、あきらめていたり、誰かのせいにしたい自分で、その自分で本当の本当にいいんだよ!!!
って自分に本気で言えるようになったら、そしてそういう自分を否定せずに自分の中でそういう自分にも居場所を作ってあげたら、プレゼントは来る。

とにかく自分を、特にダメだと思っている自分を否定しないで、そういう自分もいて自分だとわかってくると、本気の癒しが起こる。

自分でその癒しは起こせる。

最悪な出来事は最悪なままでも、それを体験した自分からものすごいプレゼントが自分に贈られてくる。

そんな自分でもいていいよって、そんな自分でも生きてていいよって、そういうような自分肯定系の温かいものがやってくる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人生には希望があると知った。

何度も何度もあきらめたくなった人生。

もういつ終わってもいいと思っていた人生。

自分の人生で起こってくることたちに対して、本気でクソくらえ!と思ってた。

何かを恨みたくて、誰かの何かのせいにしたくて、汚い自分、ひどい自分、そういう自分なんかいなくなればいいと本気で思ってた。

逆だった。

そういう自分こそ大切にしてあげること。

世の中から味方が全員消えたと思うような瞬間でも、誰にも頼れないと思って布団にもぐって小さく縮こまってた時でも、自分だけはそこにいた。

ずっとずっとそこにいた。

その時の自分を大切にすること。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↑理解できないことはたくさん起こるし、世の中のスタンダード的な生き方はできないし、自分が本気で望んだことはことごとく叶わないし…。

ネガティブな自分や切り替えが下手くそな自分、いつまでも根に持つ自分や全然良い人ではない部分の自分、汚い自分や情けない自分…、自分のドロドロ具合に知れば知るほど嫌さ加減が増した。

だけど、色んなことを経て、色々難あり問題ありの自分もそのままでいていいんだ、ということがやっとやっと掴めるようになってきた。

そして、色んなことがあっても、気付けば自分だけはずっと自分といるんだな…って。

布団に潜り込んで現実逃避中だろうが、人に酷いことして自己嫌悪中だろうが、人生今すぐ終わって欲しいと思うぐらいの嫌なことがあろうが、どんな時も自分だけは常に自分といる。

もう誰に認められなくても、誰に愛されなくても、自分だけは自分を大事にできるようになりたい。

そう思えるようになったのが、今から3年ないし4年前だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もうダメ!と思ったその時こそが本当はチャンスだということ。

自分に出逢うチャンスだということ。

自分と分かち合うチャンスだということ。

やっと自分の方に向いてくれたね!という瞬間であること。

どんなにダメになっても、生きている限り、
自分だけはずっと自分にチャンスを与え続けている。

自分だけは、本当の自分に気付いてくれるようにずっと黙って待ってくれてる。

文句も言わずに、じっと静かに、ひたすら待ち続けてくれてる。

だから人生には希望がある。

“人を生きる”ーー自分を生きる限り、それが史上最悪の自分であっても、そこには必ず希望がある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↑世の中や誰かから認められるために頑張るのも嫌になって、散々嫌な自分にも気付きまくって、もう落ちるところまで落ちた時。

自分を大事にしたいと思うようになった。

一番カッコ悪い自分、一番ダメだと思う自分、そういう自分と生きていく覚悟さえあれば怖いものなしだなって。

その最低な自分で生きていく生き方を作っていく方が、私は上手く生きれる気がした。

そして気付いた。

色々納得のいかない別れも、周りから理解されないどころか非難されても、それでも自分だけは残ったこと。

何だかんだ、一番辛抱強く自分といるのも自分自身なんだなぁと思った。

自分と二人三脚で行けるかもしれない…、それが私が見た希望だった。

これから先も色々やらかすだろうし、思い通りではないこともあるだろうし、誰とも分かち合えず本当に孤独まっしぐらな人生かもしれない。

私が言う孤独は、「本当の意味で分かち合えない」という意味での孤独。

孤独は大切なものだと思うし、孤独が教えてくれることもたくさんある。

人と人とは分かり合えるとか分かち合える方がそもそも難しいことも知っている。

だから人と分かり合えるなんて超奇跡だと思っている。

でもそういうことじゃなくて、違っていてもお互いにお互いがわからなくても、それでも究極何か繋がりを感じられたら…という私が欲しいものがあって、でもそれは手に入るとは限らないから、だから「誰とも分かち合えず本当に孤独まっしぐらな人生かもしれない」と言葉にした。

たとえそうだとしても、それでも生きていく力が自分にはある気がしたし、色々気にくわない自分もいるもののその自分で生きていくしかないか…という良い意味でのあきらめが生まれた。

生きることも下手くそだし、心の葛藤も酷いものだったけれど、これから先だって何の保証もないけれど、それでもどこか希望みたいなのを感じた。

自分と生きていく、自分を生きていく、言葉にするとそんな風な希望。



[写真ストーリー]

3℃の夜空の下で咲く桜。
この春初めて見た桜。

25年前の春、高校生になったばかりの教室で私の左斜め前に座っていた女の子。
その娘が、この春高校生になった。
高校生活2日目だった昨日、席が前後になった子と一緒に部活見学に行ってきた、と話をしていた女の子を見て不思議な気持ちになった。
25年前の私は、まさかその左斜め前に座っている子とその後25年もの付き合いになるなんて思ってもいなかった。
そして、彼女のおなかに宿った新しい命が、私が人生で大人になってから初めて抱っこさせてもらう赤ちゃんになるなんて、当然予想なんか一切できなかった。
そして私の手で抱っこした赤ちゃんと10数年後再会して、その子の英語を見るなんて、もっともっと想像できなかった。

「女の子だったら名前は『さくら』にする」

生まれる前から知っていたその小さな命の名前。
その下に続くもう2人の子どもの命。
下2人はちょうど星座の境目と境目に生まれてきていて、星座が何座なのか微妙なんだよね、と友達が私のオカルト体質をカミングアウトした最後の家庭教師の日、何気なく言った。
占星術を習ったから出生時間教えてくれたら調べるよと言った。
調べてよくよく見たら度肝を抜かれた。
さくらたち3きょうだいと私とは、それぞれ親子かと思うぐらいに強力な縁が互いにあると知った。
さくらなんて丸っと互いの魂のテーマとされる部分と何か他の天体とがピッタリと重なっていた。
元々深い縁がお互いにあった。
血の繋がりはもちろんない。
まるで血縁縁者みたいな重なり合いだった。
未来予想するわけじゃないけれど、私はもしかしてこの3人の子たちが大人になったある時にまた再会するのかもしれないなぁ…と思った。
特に下の2人は、了解を得て友達にもそれとなく伝えたけれど、2人とも特殊な生き方、それこそその子しか他にできる人はこの世にいない何かを成し遂げていくぐらいの特殊な相を持っている。
さして知識のない私が見て気付くぐらいだから、きちんと見たらもっと色々出てくると思う。
そしてそうしたホロスコープの子たちと私とがまるで血縁縁者のごとく繋がっている。

友達に友達の3人の子どもと私がホロスコープですごい繋がっていた!とLINEしたら、「(昨日)ブッシーがいても我が子たちのマイペースさにビックリ!なんかピッタリ重なるのも納得かも!」と来た。すごい嬉しかった。
昨日の友達の言葉を思い出してた。
「うちの子たち、ぶっしーに懐いているから!」
ちなみに私はそう聞くまで知らなかった。
何百人と見た子どもたちの中で、さくらはやりとりするから別としても、下2人は一番懐かれてる感を感じられない子たちだった 笑。
でも言われてみれば私にお茶やおやつを運ぶ時は、それまでテレビかゲームをしてただろうに毎回嬉しそうに持ってきてくれてたなぁとか。
あとは、その子たちは私がいつ行っても、素のままで、親子ゲンカで怒る姿もやらかしてる姿も、本当に普通に普段のままでいて、気を使わないのもだけど、無意識下で普段のままでいてどんな姿を見せても私は大丈夫って感じてくれてたのかなぁ…なんて思ったら、とっても嬉しくなった。

私には自分の中で小さな願いを持っている。
今子どもとされる子たち、もしくは出会った最初に子どもだった今は大人になりつつある子たち。
その子たちが大人になる時に、私が人生で大迷走をしたように何かに迷って、もしくは私みたいな体質で困ることが出てくることがあれば、その時に何かしら縁が出てきて私にできることがあれば目一杯しようと思っている。
それはホロスコープの読み解きからわかることを伝えることかもしれないし、他の何かかもしれない。
迷走することで付けた知恵は占星術含めたくさんあるから、それは心おきなく渡そうと思っている。

今年の春の初桜は、15年前さくらという可愛い赤ちゃんだった女の子の、高校生になったばかりの姿を見に行った日の帰り道に見た。
今年の桜ストーリーもまた素敵になった。
命と命が出会うことの不思議さと深遠さを感じながら…。
今日は前橋や東京の八王子で雪が降った映像がテレビで流れていた。
桜のピンクと雪の白が織り成すコントラストがとてもきれいだった。
人との出会いも、桜と雪の融合も、すべて一期一会なんだよ、と教えられてるみたいだった。

2019年4月9日火曜日

奇跡の果実* Lesson 13『才能や資質の特徴』





写真たちは今日の朝パシャパシャと撮ってきた。
つくしと一緒に写っている、紫とピンクの間みたいな色の小さな花はしその花。

タイトル:「新潟にも春が来たよ!」
(雪がなくなったと言いたい!)



【予告】
『奇跡の果実』、あと残すところ3つの予定。

・『⑧覚醒』の説明文
・おじいちゃんからのメッセージ
・『⑧覚醒』が繋いだ人と人とが交わるストーリー

もしかしたら、最後のストーリーは書き方によってはウラ話を付けるかもしれないから、そうするともう1つプラスになるけれど、とにかく終わるは終わる。

まとめて一気に詰めてるから、今回ももれなくすごい長い( ̄∀ ̄;)。

ここから先の本編はものすごーく長くなったので、お時間のある時にどうぞ(*´︶`*)。(かわいい絵文字を使ってゴマかす)



【才能や資質の特徴】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

資質…生まれつきの性質や才能

素質…生まれつき持っていて、性格や能力などのもとになるもの

才能…物事をうまく成し遂げる優れた能力。記述・学問・芸能などについての素質や能力

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私が『才能・資質』と呼ぶのは、上記の資質や素質にあたるもの。

でも一般的には「才能」の方が幅広く言葉として認知されているから、ここではあえて生まれ持った資質と素質をまとめて『才能や資質』と呼ぶ。

私が自分の資質に気付いた後、気付くことができた『才能や資質の特徴』の続きを書きたい。

私の完全な自分目線で見た特徴だけど、こういう特徴だということを知っていたら良かったなぁというものを紹介。



『才能や資質の特徴』
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・才能や資質に最初に気付く時、それはそのカケラ・原石だということ

・才能や資質は気付いてくれるまでずっと待ってくれてる

・生まれ持った才能や資質は、本人しか受け取れない

・生まれ持った才能や資質は、その人自身しか持つことのない唯一無二のもの
誰にも真似はできない

・才能や資質は、
1:気付く・受け取る
2:育む・磨く
3:活かす
の段階を経る

・磨き方、活かし方は本人が知っている

・才能や資質に必要なものはもたらされる
(逆に言うと、必要ではないものはもたらされない)

・生まれ持った才能や資質は、「技術を覚える」ものじゃない
伸ばすものではあるけれど、誰かから習って覚えたりはできなくて、あくまでも本人が自分のやり方で一番ピッタリの方法で伸ばしていくもの

・自分の才能や資質だけに集中できる

・自分にできることとできないこと、それぞれが明確になっていく

・できないことがOKになる

・生まれ持った才能や資質は、その人自身しか持つことのない唯一無二のもの
誰にも真似はできない

・状況や場所・人が変わっても、できる
才能や資質が失われることはない

・当たり前のようにできる

・誰からも理解されないと感じる時間も訪れるかもだけど、それでも続けていられる

・バラバラだった自分の好きなことや得意なことたちが繋がっていって、唯一無二のものになる

・才能や資質に気付くタイミングも磨いて活かすペースも、それぞれの人によって全く違う

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【才能や資質に最初に気付く時、それはそのカケラ・原石だということ】

気付いた瞬間いきなり才能が開花する!なんてことは、基本的にはないと思う。

フィギュアスケートの宇野昌磨選手の幼い頃の映像がこの間テレビで流れていたけれど、彼も最初は今ほどにはもちろん洗練されていなかった。

圧倒的にセンスがあるのはわかったけれど、今ほどではもちろんない。

例えば私がペンジュラムを使うのも、最初は単にYESかNOしかサインはなかった。

今はYES NOの他に、スーパーYES、スーパー NO、そして何か重要だったり意味あるものだとペンジュラムが重たくなることもわかったし、そして何か違う意図があったりするとスーパーYESやスーパー NOでも普段とは違う動き方をすることが徐々にわかってきた。

(ペンジュラムの重さは同じはずだけど、なぜか重たい感じが出てくる時がある。そしてそういう時は、百発百中かなり重要な何かを聞いている時だというのはわかった)

ペンジュラムの使い方もいきなり今みたいな使い方ではなくて、徐々にステップアップしていった。

前回の記事にガラス作家さんのことに少し触れた。

印象的だったのが、ガラスで器を作り始めた最初は自分の方向性がはっきりとしていなかったという話だった。

それが歳月をかけ他のガラス作家さんたちの作品を見ていく中で彼女は気付いていった。

自分は芸術を表すガラスの作品を作りたいのではなくて、日常の生活の中で人間と共にある、日々の暮らしの中で普通に気軽に使える、そして日常にちょっとした彩りを添える、そういうものを作っていきたいということ。

才能や資質は、ダイヤモンドの原石のように、最初はカケラを手に入れる。

自分もそうだし周りの人たちの話を聞いてもそうだなと感じる。



【才能や資質は気付いてくれるまでずっと待ってくれてる】

生まれ持ったものだから当然と言えば当然かもしれないけれど、本人が気付くまで実に辛抱強く待ち続けている。

本人が気付いてくれないからと言って、他の人のものになるとか、勝手に消えて無くなるとか、そういうことは絶対にない。

早く気付くのが良いとも限らず、 それぞれの人たちに魂としての人生の計画があるから、それに沿ったタイミングで気付くようになっている、と私は思う。

例えば、アンチスピリチュアルだった20代の頃に、もし私がペンジュラムに出会っていたとしても、見向きもしなかったと思う。

私のアンチっぷりはかなり筋金入りだった。

子どもの頃、『リボン』や『なかよし』と呼ばれる『少年ジャンプ』の女の子バージョンの月刊誌の漫画雑誌があった。

ちびまる子ちゃんなんかが連載されてた漫画雑誌の裏表紙とかには必ずと言っていいほど、天然石のアクセサリーの通販広告になっていた。

それで両思いとか復縁とか金運アップとか書かれていて、私は毎回冷めた目で「こんなの陰謀だ」と思っていた。

子どもの頃、コックリさんとか言って、紙の上にあいうえお順に文字が書いてあって、そこに十円玉を置いて質問に答えてもらうという遊びが流行った。

誘われて一緒にやったけれど、あれは絶対に誰かが勝手に動かしていると思って、私は内心「誰が動かしてる?」とは思っても、内容や遊び方に関しては完全にウソやまやかしだと思っていた。

例えばそんな時にペンジュラムが来ても、私は100%スルーしたことが容易に想像できる。

ペンジュラムは、スピリチュアルな世界の学びを始めて、少なくとも2年は経過した頃に初めて目にした。

人生迷いまくりな自分にヒントをもたらしてくれそうな感じはすぐにした。

だけど、私がペンジュラムを手にしたのはそこからさらにまた4年後の話で、名古屋の時みたいに周りにスピリチュアルな世界のことも大切にしながら生きている人が誰もいない新潟に帰ると決まった後だった。

そしてペンジュラムが色々進化するのは、新潟に戻ってきてから1年半ぐらいまた経った後の話。

そして、ペンジュラムを使って山で行方不明になった人を探して欲しいと言われたのは、進化して1年後ぐらいの話で、だから最初ペンジュラムを見てから5年は経った頃に諸々のことが起こった。

多分だけど、ペンジュラムに20代の頃に出会っても私は普通に使えたんじゃないかなとは思う。

だけど、出会うまでのプロセスが必要だったわけで、それで自分の元に迎えたのが今から3年前なんだと思う。

カーナビ代わりに使ったり、セールのタイミングを教えてもらったり、もはや使い方があれこれ可笑しなことにはなっているけれど( ̄∀ ̄;)、いつの時もペンジュラムはずっとずっと待ってくれていたんだなぁと思う。

これも余談だけど、お店には20個近いペンジュラムが販売されてた。

私はその全てに私とおうちに一緒に帰るかどうかを聞いた。

見ただけではわからなかったから。

その中で唯一今のペンジュラムだけがYESを出した。

ペンジュラム自体も私のことを待ってくれていたような気がしてならない。



【生まれ持った才能や資質は、本人しか受け取れない】

ここは「資質」として話した方がわかりやすい気がする。

《資質…生まれつきの性質や才能》

生まれついたものは、それが才能や資質とか問わず、例えばアレルギーとかの体質も、髪の毛の髪質も、どれも本人固有のものになっている。

アレルギーは症状に出るし、髪質も気付けば猫っ毛だったり剛毛だったりする。

受け取るも何もそういうものだから、普通に自分の一部として受け入れている。

才能や資質になると、途端に受け取りにくいものへと変化してしまうのが世の風潮でも、それでも個人に固有に生まれついたものだからその人しか受け取れない。

私の友達で語学の勉強を楽しむことにものすごく長けている人がいる。

最初は気付かなかったけれど、いつ会っても語学の勉強のことを話していて、そしてどう工夫したかを目をキラキラさせながら言っていたから、それで気付いた。

単なる語学の勉強好きではなく、それが講じて、歌詞の意味をとても素敵な日本語に訳すことも普通にしている。

英語もスペイン語も両方いける。

そのズバ抜けたセンスがすごい。

それはまず、歌が好きじゃないといけないし、歌が好きだけではなく今度は聴き取る能力がいるし(←私は歌詞の聴き取りは丸っとできないタイプ)、その上でその歌詞の前後と兼ね合わせて日本語にする、それをとても楽しくやっている。

こういうセンスは、売られていないし、どこかで学んでも身につくものじゃない。

本人が受け取って初めて開花する。

私のペンジュラムを見ても同じことが言えるわけで、私がアンチスピリチュアルな時には絶対に見向きもしなかったけれども、一度自分のところに迎えてからは、どんどん自分の中から出てくるものを受け取るようになった。

今手元にあるルノルマンカードもオラクルカードもそしてペンジュラムもだけど、次から次へと使い方やヒントの引き出し方がわかる。

それも、それらの調べ物をしてる時ではなくて、全く別のことをしている時にパッとひらめく。

これはガチでやっていた英語の勉強の時にはなかった感覚。

そうした資質の磨き方や広げ方も必ずセットで自分に備わっていることを知った。



【生まれ持った才能や資質は、その人自身しか持つことのない唯一無二のもの
誰にも真似はできない】

上の語学を楽しく勉強したり外国語の歌を素敵なセンスで日本語に訳す友達も、私のペンジュラムも、世の中にはそういうことをする人たちは大勢いる。

カードに至っては、世界中で量産されてるものだから、それらを持って日々使っている人たちは限りなくたくさんいる。

だけど、友達が楽しく外国語を勉強する方法も、私がペンジュラムを使う方法も、私が私のカードたちと対話する方法も、どれも唯一無二のそれぞれに合った方法で、誰にも真似はできない。

これは友達がすごいとか私がすごいとかいうことを言いたいのではなく、本当に【それぞれの人のやり方がある】と言いたいだけ。

だから唯一無二になる。

1つ例を紹介。

私の周りには何人かペンジュラムを持っている人がいる。

その中の1人と会った時の話。

ちょうどその頃、友達はある仕事をするしないで迷っていた。

自分のペンジュラムに聞くとYESが出る。

ぶっしーも聞いてと言われてそれで聞いた。

私はその仕事にまつわる細かいことは聞かずに、とりあえず仕事をするしないを聞いた。

私のペンジュラムはNOが出た。

それもスーパーNOだった。

目の前で友達がそれを見た時にこんなことを言った。

「私が見ているものとぶっしーが見ているものが違うから答えも違うんだと思う」

友達が見ているものが何で、私が見ているものが何かなんてのは互いにはわからない。

友達はその違う部分を「視点」だと予想した。

ちなみにこれは後日談がある。

友達はその仕事に行ったけれどもすぐにやめた。

やめた後に会った時、やっとYESとNOの違いがわかった。

これはどちらも正解だった。

YESになったのは、友達にとって必要な体験だったから。

友達が自分の中でタブー視しているものを打ち破ること、打ち破っても自分は大丈夫という体験が必要で、そういう意味で行く必要があったわけだからYESだったと思う。

NOになったのは、私がおそらく聞いていたのは「その仕事が友達に合っていますか?」とかそういうタイプの視点で行く行かないを聞いていたと思う。

だからNOが出て、実際に合わなかったわけだから、そして合わないのは体を悪くするレベルで出たから友達はやめた。

この内容云々ではなくて、それぞれの無意識のうちに持っている感性の部分、それは互いに真似することなんか絶対にできない。

友達も私もペンジュラムは持っている。

でもそれぞれのペンジュラムの性格も、持っている私たちのそれぞれの性格も、見ている世界も違う。

そのどちらも生まれ持ったもので、それぞれがそれぞれ持つ唯一無二のものになっている。

私が彼女の真似ができないように、彼女も私の真似ができない。

どちらもそれぞれの使い方、ペンジュラムとの関係が生まれる。

それぞれのあり方がそれぞれにとっての正解になる。



【才能や資質は、
1:気付く・受け取る
2:育む・磨く
3:活かす
の段階を経る】

書いた通りの順番過ぎて、これ以上説明できない。

言うなれば、どれも本人しか自分のためにできない!

まずは、とにかく気付いて受け取ること。

これがスタートしないと、その後の磨くとか活かすにはなかなかいかない。

それこそ完成形に近い形で気付く場合は別として、基本的には気付いた後に磨き方や育て方を知って(←この作業は私的にとても楽しい)、活かし方はそのうち機会が出てきたりする。

原石は手に入るだけでも私は稀有なことだと感じる。

これは人によりけりだけど、多分日本人は欠点よりも自分の長所や才能を受け取る方が苦手( ̄∀ ̄)。

ちなみに恥ずかしかったら、人目につかないところでコッソリ受け取っておけばいい。

受け取るまでも時間がかかる場合も普通にあるから(特に魂的な目的と直結してるものほど受け取るのに覚悟?勇気?が要る気がする)、それは自分のペースでゆっくりやってる。

私みたいに例えば、最初は楽しく受け取っても(人の潜在意識や魂からメッセージをキャッチ)、途中からそれがやたらと重たいもの(他人様の人生や生き方)とリンクすると知って、「それはイヤ( ̄ཀ ̄;;)」となったりもするから、受け取り方のパターンは無限大。

でも、無視しないで受け止めるようになると、自分の許容範囲も広がって、そこからまた面白い展開が出てくることも今徐々に知りつつある。



【磨き方、活かし方は本人が知っている】

世の中には「文章の書き方」と銘打った情報がたくさんある。

図書館ではそのコーナーは本当にすごい小さな箇所で、どんなに大きな図書館でもあってもぱっと見数十冊程度。

今やブログをはじめ色んなインターネットを通じた媒体があるから、ネット上には無数の「文章の書き方」が垂れ流し状態で出ている。

私が最初にそれに気付いたのは、当時毎日のようにアップしていたアメブロでだった。

たくさんアップしている人たちは大概「どうやって文章を書くか」とか「どうやって文章で相手を惹きつけるか」とかいうことを必ずと言っていいほど書いている。

そういう悩みが多いんだと思う。

じゃなけりゃ、そんなに色んな人が文章の書き方について記事を書くわけがない。

ちなみにその手の文章は読んだことない。

私の書く文章の良し悪しはさておいて、私が文章を書くことに違和感がなかったり、抵抗なくスルスルと書けるのは、そのために日々訓練されていたことと、そして自分でも書く習慣があったからだと思う。

中学の頃、交換日記と手紙は全盛期だった。

とにかくたくさん書いた(授業中に)。

大学では、週1くらいのペースで小論文を書く課題が何かしらあった。

社会人になって最初の仕事は、子どもたちの日常の様子や特記事項を日々記録することが業務の中にあった(←手書き)。

それと並行して、当時招待制のmixiに友達から誘ってもらって、そこでも会員制クラブ的なブログを書いていた(←超楽しかった)。

塾の仕事では、来る子どもたちの様子を連絡帳なるものに毎回数行手書きで書いていた。

塾というやることが決まった中で毎回違うことを書くのは最初は至難の技だったけれど、コツを掴むといくらでも書けるようになった。

派遣の仕事は、1つを除いては全部コールセンターはじめ顧客対応が生じるものばかりだったから、それも当然記録を毎回残すことが義務付けられていた。

とにかくそんな風だったから、別に書くことを鍛えようなんて思わなかったけれども、気付けば書くこと、それも自分だけじゃなく相手にも伝わる、誰が見てもわかるように書くことがずっと求められてきた。



それとは別に、私がどハマりした写経もどきの、本や雑誌、ドラマなんかで気に入った言葉をノートにひたすら書くという行為ももうかれこれ10数年やっている。

これは私に言葉の使い方や響き方を教えてくれる格好の教材にもなった。

しかも自分が好きなものしか書き写さないから、書いていて楽しいし、時々ブログの中に登場させたりもして、さりげに1人で超悦に浸っている( ̄∀ ̄)。

「どう?いいでしょ、これ?」ってな気分で、鼻の穴膨らませて書いている。

書く力を磨こうとしたわけではないけれど、少なくとも書くことが苦にはならない方法は色んな形で身につけてきた。

磨き方・活かし方は、力を入れなくても普通にやってる気がする。

自分にとって無理がなく心地良い方法を誰しもが自分の好きなことや資質に関しては持っている。

それは外に探しに行かなくても、自分では気付かないぐらいに自然にやれていることだと思う。



【才能や資質に必要なものはもたらされる】
(逆に言うと、必要ではないものはもたらされない)

「必要ではないものはもたらされない」という視点から、この特徴については話したい。

これはこの半年ぐらいで気付いたことだった。

自己啓発からビジネス、才能発掘、コーチング・心理学、スピリチュアルの知識の方の勉強、占星術…と色々な講座やセミナー、ワークショップに参加して、私はある共通点に気付いた。

個別対応としては、算命学と呼ばれる占い数回、ホロスコープ鑑定2回、コーチングセッション、NLPの心理ワーク、その他にも私の潜在意識や魂にアクセスしてもらっての個人セッション等々、数えられない種類と回数を受けた。

個人で受けたものの種類について言えば、23までは数えられた。(探せばもう少し増えると思う)

約10年ぐらい何だかんだと学びに時間もお金もかけて、それでも絶対に私が参加したことのないものというのがある。

それが私の感覚を触る講座的なもの。

そうしたものには一度も参加できていない。

私のペンジュラムを使う力とか、人の潜在意識や魂から情報をキャッチする体質とか、そういうものはどこからも習ってきていない。

そして、それを妨害する可能性のある講座や個人セッションとはことごとく縁がない。

何でそういう講座に縁がなかったかと言えば、私の資質が生まれ持ったままの姿で発芽する必要があったから、だと思っている。

そういう講座に仮に参加したとしたら、私の資質は他の人や他の知識が色付いた状態で、言い方を変えると、変な枠組みの中で発芽して育ったことになっただろうと思う。

自信のない私は、私よりできると思った人のやり方を真似しようとしたんじゃないかと思う。

そっちの方が信用できる…と勘違いして。

でも今少しずつその資質の部分が自分でもわかるようになってきて感じるのは、「習わなくて正解」だということ。

自分でもわかるけれども、色々と独特過ぎて、自分じゃないとわからない感覚がある。

例えば、相手の情報をキャッチしてる時なんてやってくる方法は人それぞれで、唯一わかっていることは、相手の人が私にその人自身のことを何でもいいから開示する、それが相手の潜在意識や魂からの情報が来るためのGOサインだということ。

だけどそんなのはっきりとわかる状態で来ないから、だから後から自分で振り返って「あの時の話がGOサインだったんだな」とわかる程度。

ペンジュラムもそうで、私は質問を基本考えない。

思いついたまま聞いているから、質問の仕方を人から聞かれると毎回答えられない。

これだけ自由にやってこられた理由は、そういう細かな手法や感覚を開く部分に関して、誰からも教わらなかったから。

だから、他の人の癖のついた手法やルールを取り入れず、自分独自のやり方を開発・探究できたと思っている。

過去に受けたいと思っていたのに日程なりお金なりの理由で受けられなかったものは、みんな共通してそういう私の感性を邪魔してしまう可能性のあるものばかりだったことに最近気付いた。



それとは反対に、コーチングやNLPを2年近く週1のペースで習いに行けたのは、それは必要な情報だったから。

コーチングでは人の心の仕組みや信念体系や現実の仕組みを理論的に勉強できた。

NLPでは感情や記憶というものに対し理論的に分析する、理性で捉える、そういう手法を習った。

どちらも私の感性の邪魔にならない且つ補強になるという絶妙なラインで成り立っていて、そしてそれらは必要な知識だったとわかる。

そんな風にして、【才能や資質に必要なものはもたらされるし、必要ではないものはもたらされない】ということがわかった。



【生まれ持った才能や資質は、「技術を覚える」ものじゃない
伸ばすものではあるけれど、誰かから習って覚えたりはできなくて、あくまでも本人が自分のやり方で一番ピッタリの方法で伸ばしていくもの】

これは、今回の才能や資質に関して書こうと思った時に「才能」の定義を調べてる途中で見かけたものだった。

そこでは、才能というのは最初はなくても技術を身につけて覚えれば立派な才能になる、みたいなニュアンスで紹介されてた。

実際の細かい意味や意図は知らないけれど、すごい違和感を覚えた。

そもそも、「才能は全員にあるわけじゃない」と言わんばかりのスタンスに違和感があった。

この人、みんなそれぞれに才能や資質があるって知らないんだと思った。

そして、才能や資質の特徴に関しても勘違いしていると私は感じた。

才能や資質の技術的な部分は、伸ばすことはあっても学校の勉強みたいに覚えるものじゃない。

しかも、才能や資質は、仮にゼロスタートだったとしても、ゼロに辿り着くまでの道筋が用意されてる。

私のペンジュラムなんかがわかりやすいけれど、アンチスピリチュアルな人が何でそんな超オカルト寄りな物に手を付けたかと言えば、そこに至るまでにまずは「スピリチュアルな世界も大切なんだよ」と言葉以外の部分で教えてくれる人たちに何人も出会えたことが大きい。

しかも誰も強制などしてなくて、単に自分の知ってる世界観を私に会話の中で教えてくれただけだった。

「教えてくれただけ」とか簡単に言っているけれど、私はそれこそが本当にすごいことだと思う。

全く押し付けることもなければ私に何か勧めることもなかった。

教えてくれた人たちはみんな単におしゃべりをしている風な感じで私に色々教えてくれた。

どう考えても、その人たち無くしては今の私はいないし、ペンジュラムとは縁遠い世界で生きていたと思う。

才能や資質は、技術を覚えた後に初めて生まれるものではなく、持って生まれたものに対して技術的な面が育っていくという感じがする。



学習塾で見た子どもの1人に、最初学年順位3桁だったのに1桁まで順位を上げた子がいた。

私の指導力が素晴らしかったから(o´艸`)!とか言いたいけれど、そんなわけない( ̄∀ ̄)。

ちなみにそんなにも順位が上がったのはその子だけだった。

その子はこの『奇跡の果実』に出てきたギフテッドのAくんみたいな超天才タイプとは違う。

超天才型じゃない。

代わりにこの子の強みは、「スピード」だった。

とにかく問題を解く速さが普通の子の2倍から3倍はあった。

だから同じ時間内で他の子が1回解くところ、彼女は2回ないし3回は繰り返すことができる子だった。

天才型ではないから、応用問題は基本的に自力じゃ解けないから、そこはやり方がわかったら本人がわかるまでひたすら繰り返した。

だからその子が飛躍的に伸びたのは、自身のスピード感を活かした勉強法に切り替えたからだった。

その子のスピード感を活かす方法を周りの人がその子に教えることができたとしても、そもそも本人が持ち合わせてるスピード感そのものを身につけさせるための何かは教えられない。

それは他の天才型の子たち誰一人絶対に真似できないぐらいの速さで、そういうのを「才能」とか「資質」と呼ぶんだと思う。

だから、そもそも「才能や資質」を自分に身に付けさせるために『技術を覚える』なんて、ありえないと私は思う。



【自分にできることとできないこと、それぞれが明確になっていく】

山で行方不明になったおじいちゃんの件で、霊視ができるOさんと繋がれたことはとても大きかった。

私はOさんとやりとりできたおかげで「自分にできること」と「自分にできないこと」が明確になった。

Oさんがおじいちゃんと繋がった時、当然私にも同じ状況が与えられていた。

けれど、Oさんにはおじいちゃんの霊の存在を感じられていても、おじいちゃんと同じ部屋にいる私は何にも感じられなかった。

その後今度はその情報を元に、おじいちゃんとご家族とOさんを繋げるために、私はご家族のAさんに時間を作ってもらって一通りのことやOさんを紹介するために話をした。

怪しさ100%の話を少しでも信じてもらえるように資料を作ったり、話す時も色んな想定を頭に入れた上であれこれ話をした。

失敗は許されない、だけどマニュアルはないから全ては自分の感覚でする他ない対話だった。

Oさんの霊視はOさんにしかできないように、私が担った部分は私にしかできないことが今回はっきりとわかった。

1人1人の状況や背景、性格やコミュニケーションの取り方に合わせて、私はどうとでも自分を合わせるなり変えるなりすることはできる。

絶対に外してはいけないところ以外は基本的に何でもいい。

そういう自分の性格的なことと性質的なことの合わせ技が、イレギュラーな場面では強みに変わると知った。

そうしたやりとりを経て、私は自分の全くない霊視力を鍛える必要がないことがわかったのと、それと同時に自分の強みもわかったから、それをこれから色んな場面で活かされるのであればそれを伸ばしたらいいことがわかった。



【できないことがOKになる】

上の件で、私は本当に気持ちが楽になった。

Oさんとおじいちゃんの件でやりとりする前までは、自分の専門性もはっきりしていなかったし、【自分には何かが足りない】思考もかなり強かったから、何か磨いて足さなきゃいけない気持ちがまだまだあった。

できる誰かとできない自分とを比べて、できる誰かの真似はできないにしても、そのできる誰かと同じレベルの何かが自分にも必要だと、それは無意識の中で強迫観念のごとく思っていた。

だから、自分自身に対して、欠乏感やら変な焦り、追い立てるような気持ちを持っていた。

ところがOさんと関わったことで、残りの人生をかけて私が仮に霊能力を磨く練習を重ねても、絶対に今のOさんのレベルには到底行き着かないことがはっきりした。

それは私がやらなくていいことだし、本物の専門家がいるんだからそれでいいんだと知った。

私にそれができないということは、私には他の何かができるという意味でもあるというのがはっきりとわかった瞬間でもあった。

自分の専門外のことに関しては「できなくて正解」ということもわかった。

なぜなら、できることが限られるというのは、それだけ自分の資質に集中できるということだから。

仮に私がOさんと同等の霊視力を持ったとしたなら私が潰れる。

Oさんの話を聞いているだけでもすごい情報量なのに、それに加えて自分側の別の情報もやってくると、完全に自分が対応できるキャパを超える。

もしそんなことしたら、自分の持っている資質までもが下手すると潰れる。

そこまでわかった時に、「自分にできないことがある」ということが、自分の才能や資質を引き出すための絶対条件だということが腑に落ちた。



私は秋の終わりにおじいちゃんをペンジュラムで探して欲しいと依頼を受けた時、私にできる目一杯のことはした。

だけど、結果的に見つけられなかった。

ご家族には申し訳ない気持ちはあるけれども、あれはあれでやる必要があったと今は思っている。

正月明けにおじいちゃんの霊が出てきて、Oさんがおじいちゃんの通訳をして、初めてそれはOさんの仕事だとはっきりとわかったのと、そして自分の専門外だということもこれ以上ないぐらいにはっきりとわかった。

もしあの時におじいちゃんが見つかったら、私は自分の専門外を自分の専門と勘違いした可能性が高い。

そして専門外のことに手を出し続けて、自分に本来備わっている資質を見つけたり磨いたりすることに目を向けなかったと思う。

あの時の容赦ない結果に最初は後悔や不甲斐なさでいっぱいだったけれども、今は本気で自分が失敗してくれて良かったと思っている。

そして、それによって、自分の専門性もまたはっきりとしてきた。

ここまではっきりと「できなくて正解」というのがわかって、私は自分のできることに注目するようになった。



【自分の才能や資質だけに集中できる】

上のことがあってから、自分にできることとできないことがとてもはっきりとした。

そして自分を知れば知るほど、それでいいんだとわかった。

人と比べなくて良くなる。

代わりに、自分が興味あることや自分ができることだけに集中するようになった。

例えば私なら、心の機微や微細な感覚を拾うこと、日常の小さなことと心の中とを繋げる言葉を探すこと、そういうことに異常なほど興味がある。

多分それはこれから先も興味は尽きないと思う。

特に言葉に関しては、これから先も長い付き合いになると思う。

これは私が言葉の限界以上に言葉の可能性に触れて自分が癒されてるから、だと思っている。

才能や資質とは少し話が逸れるけれど、私がどうして言葉にこだわり続けるのか理由があるからここで少しそのことに触れたい。

ここ最近、また自分のホロスコープを読み解くことにハマっている。

一時期落ち着いていたけれども、また熱がけっこう激しく再燃した感じになっている。

私は良くも悪くも、子どもの頃から『周りの人たちから自分をそのまま理解してもらう』という体験が極端に少なかった。

誰でも100%の理解は自分自身からも他者からも得られないものだと思う。

そういう理解のことを指してるのではなくて、私が指してるのは10%、なんなら5%でもいい、そういうこともあるよね、誰だってそういう気持ちになるよねぐらいで十分満たされる。

本当にせめて理解できなくていいから否定だけはしないで…という部分をとことんやられるから、自分で言うのもなんだけど、本当にそれほどにすごい環境にいたのによくぞここまで気持ち的に変に曲がらず真っ直ぐにこれたなぁと感心さえする。

社会適応のために自分を半強制的に何かに合わせたりとか、変だと言われることはその後気をつけてみたりとか、社会の中で人と上手く関係するにはある程度の妥協は要ると思って表面上は相手に受け入れてもらうために振る舞ったりとか、そのように自分を変えてまで何とかしていた。

もちろん、それで良い思いもしたし、全部が全部ダメだなんて一切思っていない。

だけど、とにかく自分の安心できる何かがないのは一体何なんだろう?と思っていた。

20代は社会的に非常にプラスの色を帯びた時間だったから、親や友達をはじめみんなある程度良い風に受け止めてくれていた。

ところが30代は、自分でもよくわからない流れがどんどんやってきて、正直お手上げ状態だった。

職を転々としたりニートしたり引きこもったり、結婚もせずキャリアも積まず、親はぎゃあぎゃあと言うし、周りからは色んな言葉が飛んでくるしで、私はいつしか本音を言うことを避け出した。

言うとしても相当相手を選んだ。

周りが信用できないと言うよりも、理解されないことによる余計な心の不具合のケアの方が大変過ぎて、それを避けたくて私はここまでだったらギリギリかな…という線引きみたいなことを始めた。

そんなこんなの30代の終わりの方になって、ホロスコープがやってきた。

ちょうど1年になる、自分のホロスコープを読み解き始めて。

私は本気でホロスコープに救われた。

自分のよくわからない人生は、その性質をはっきりと天体に刻んでいて、いわゆる社会的なスタンダードな生き方にはならないことがわかった。

そしてスタンダードではない天体配置を持って生まれた自分は、当然そうではない道こそ正解なわけで、その読み解き方を解説というよりも、そのマニアックな人生に対してこれ以上ないエールを贈ってくれているのが、星を読み解ける方たちの言葉だった。

世間的には到底理解されない自分の人生が、ある別の視点から見るとわかってもらえる。

しかも、マイナスにしか見えないようなことを、第三者から、それもどこの誰かも知らない第三者の言葉から、絶対的な肯定を示してもらえるというのは、どれだけの癒しのパワーと生きる希望を生み出すのか、計り知れない。

私は言葉に癒された。

今も癒されてる。

言葉の持つ可能性を自分が体感して、だからこそ言葉に宿っている力を見ずにはいられない。

私は才能や資質のために言葉に注目してるわけじゃなくて、自分が癒されるために必死で自分が必要な情報を探している。

本末転倒かもしれないけれど、確実に自分は言葉の力には並々ならぬ興味を抱いている。

そういう意味で、これがどう繋がるかは知らないにしても、とにかく言葉に魅せられている。

言葉によって見せてもらえた世界は、他者評価とか比較によって生まれる自己否定とかではなく、自分の心の深い部分で癒されるもの、ずっとダメだと思って握りしめていた価値観を解き放ってくれるものだった。

この異常なほどの言葉に対する集中力は、自分の資質にも関係しているんだろうなぁと、そんな感覚を今は覚えている。



【状況や場所・人が変わっても、できる
才能や資質が失われることはない】

上のことにプラスして、「ブランクがあっても」も付け加えたい。

元々備わっている才能や資質は、状況や場所、人が変わっても、失われることはない。

ブランク期間があっても、もしかしたら本人比で精度が落ちたと感じることがあっても、失われることはない。

1日1回もペンジュラムに触らないなんて日はないけれど、仮に1週間1ヶ月触らなくても普通に使えるだろうと思っている。



こうやって色々文章で表現することに関して言えば、どういうわけか私は1年半丸っと月に1回だけ書く日記以外は何も書かずにいた時期がある。

それがある人をキッカケに書くことを再開することになったわけだけど、私はその時の感覚を思い出す度に「失われない」感覚がよくわかる。

失われないどころか、私の人生においてあの時と同じ感覚で何かを書くことなんか二度とないんじゃないかという、一生に一度の感覚に近いものがあった。

1年半近いブランクを感じさせないどころか、どこからそのパワーが来てるのか、未だもって説明できない。

思いついたままに書くにしてもその言葉や着想なんかも、自分が書いているにも関わらず、それはどこが源で、そんなものが自分の中のどこにあるのかさえわからない状態だった。

私は丸2日、ひたすら書いて読んで直してまた書いて…を繰り返した。

もしあの時に「書く」こと、それも全部手書きだったから、手を使って書きまくることをしなかったら、99%今このブログは動いていなかったと思う。

1年半ぶりの書き物は、魂の記憶にも結びついていたから余計にインパクトがあったと思うけれども、とにかく何一つ忘れてはいなかった。

そして、たった1人の人が人生に現れただけで、自分の内側にある魂が転生を繰り返す中で重ねてきた資質が呼び起こされるなんて夢にも思っていなかった。



生まれ持ったものは、どのように使って活かすかはさておいても、ずっと自分の中にあるものだから、然るべきタイミングで呼び覚まされる、そんな気がする。

呼び覚まされ方はそれぞれ違っていても、共通していることはとても自然で無理のない形だということ。

さらに言うと、その呼び覚まされる感覚の必要具合や重要度具合によって強弱はあるかな…と思う。

ちなみに、
・ペンジュラム
・人の潜在意識をキャッチする
・カードを読み解く
・書く
の4つを比べた時、1年半のブランクを空けて書くのを再開した時が一番烈しい感覚だった。

魂が本格始動するためのスイッチが押された、そんな風だったと今振り返って思う。



【当たり前のようにできる】

上に書いたこととも連動するけれども、生まれ持った才能や資質は、事前に練習とかしなくてもさらりとできる。

素敵な食器をたくさん持っていて使いこなしているMちゃんの家に行った時のこと。

飲み物が変わる度にカップや湯呑みが変わったけれども、その用意を普通に話しながらやっていた。

飲み物を選ぶセンスもピカイチで、喋りながらそれまで食べたおやつやこれから手を付けるおやつに目を自然と行き渡らせながら、絶妙な飲み物をそれに合った器で毎回用意していた。

私から見て目を引くものでも、彼女にとっては当たり前のことで日常の延長だから、ものすごい自然体でやっていた姿が強く印象に残っている。



内容によっては、ブランクがあっても全くブランクなんか感じさせないぐらいに普通にできてしまう。

上に書いた書くことがまさにそうだった。

体はきちんと憶えている。

文字の紡ぎ方も、自分の中から言葉を出す方法も。

しかも書いた内容の中には、たくさんの瞬間瞬間の記憶が散りばめられていた。

瞬間の記憶は本当に一瞬一瞬のものが多かった。

それでも私の体は細胞中でそれを記憶していて、その細胞の記憶を辿りながらひたすら言葉を紡ぐ感じだった。

私に必要な道具は紙とペンだけだった。

それさえあれば、あとは普通に書くことができた。

1年半近くほとんど何も書かなかったとは思えないぐらいに書けた。

一生分の想いを使い果たしたんじゃないかと思うぐらいに全身全霊で、でも普通に書いていた。



【誰からも理解されないと感じる時間も訪れるかもだけど、それでも続けていられる】

「人の潜在意識や魂からの情報をキャッチする」と今は書いているけれども、それに気付いた初期の頃は、正直何に自分が繋がって情報をもらっているのか全然わからなかった。

とりあえず『癒しのレシピ』と名付けて始めた。

何人目かは忘れたけれども、相手から厳しい言葉が返ってきたことがあった。

正直、言われた言葉も内容もものすごく嫌だった。

今ならもっとフォローもできるし、なぜにそんなことになったのかその意味もわかるけれども、当時は仕組みもわかっておらず、仕組みがわからないからアフターケアも私もどうしていいのかわからなかった。

伝えっぱなしということはないけれど、相手から返ってくる言葉のキツさに私がめげそうだった。

後から怒りすら湧いた。

だけど、私はそこで止める選択はしなかった。

今ははっきりとわかるけれども、はっきり言って内容は私ではなく本人が選んでるものだから私には選定ができない。

それがわかったから、相手の気持ちと自分の気持ちを混同しなくていいことがわかった。

だけど当時は仕組みがわかってないから、相手に言われるまま私もものすごく嫌な思いをした。

にも関わらず、私は『癒しのレシピ』の研究はやめずにその後も今も続けている。

続けたいという気持ちよりも、「大事に育てたい」という方が気持ちとしてしっくりくる。

言葉が大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、せっかく授かった資質だから、資質から私にサヨナラされない限り私はきちんとその資質に向き合いたいと思っている。

自分でもそれは自分の人生の中でかなり大事なところに関わっていると感じるから、それは自ら手放すことだけはしないにしようと思っている。

ダメだなと感じたら休めばいいけれど、そこと決別するなんていう選択だけは、自分のために避けよう、そんな気持ちでいる。

しかも続けてわかってきたこと。

きちんと自分が心を開けば、資質の方からヒントをもらえる。

その磨き方や育て方のヒントをもたらしてくれる。

資質と自分とで二人三脚をしているような気分。

だから、向き合ったら向き合った分のバックがあるから、私はそのそれを信じてこれからもやっていきたいと思っている。



【バラバラだった自分の好きなことや得意なことたちが繋がっていって、唯一無二のものになる】

これはまだパズルを組み合わせている途中だから全体図は見えてないけれど、コツコツとやったり、なんとなく興味を持って続けていたり、強制的にやったことで後天的に身に付いたりしたもの、それぞれが繋がり始めたように感じる。

鍛えられたことでズバ抜けた英語力は、さりげに心の癒しを手助けしてくれるアイテムになっている。

心の癒しに関しては、私の場合はある程度徹底的にやらないと、これから先の人生を生きるのに苦しいままは嫌だと思ってそれで始めた。

こちらは必要に駆られて始めたことだけど、ここに来てまさかの英語が役立つという異例の展開。

相変わらず英語は必要に迫られない限り見向きもしないけれど、ここ最近も「この表現LOVE♡」と思った、胸ズキュンワードがやってきた。

お間違えなく。

胸キュン(♡´艸`)♡、じゃなくて胸ズキュン!の方。

シビれたーー☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆って感じ。

癒しのキーワード、トップテン入りする言葉のひとつ、「浄化する」。

グーグル先生いわく、「浄化」とは【よごれや悪を取り除いて、清浄・清潔にすること】とある。

自身を浄化すると言うと、自分が持っている汚れや悪を取り除く…みたいなイメージになる。

そう、自分と汚れや悪は一体化みたいな( ̄∀ ̄;)。

ところが【浄化】に匹敵する言葉を先日ネットに出ていた英語のカードで見たら、言葉が全然違っていて、「これ良いv( ̄∀ ̄)v」ってなった。

その時の言葉は【cleanse your system】とあった。

清潔にする対象は、自分自身じゃなくて、【yourシステムだよ!あなたのシステムだよ!】と。

これすごい良くて、日本語だと「自分自身が汚いから」と言われてる感じなのに比べて、私が見た英語は「あなたのシステムが汚くなってるから掃除して」みたいな感じで、自分と自分の澱(よど)んだ部分を分けて考えられるところ。

なんなら、「システム」と言われて、取り外し・交換可能ぐらいなイメージさえ湧いた!

ちなみに、前も書いたかもしれないけれど、英語で「心配する」とか「不安だ」と言う時。

日本語と同じく「私が心配している」「私が不安になっている」という言い方もあるけれど。

それとは別に、「【心配・不安】が私を邪魔している」という言い方がある。

これすごい画期的で、心配や不安が独立していて、自分自身と一体化していないところが良かった。

余談になったけれども、こういう風に英語力が役立つようになったのは1年前からで、触りたくもなかった英語の株が急上昇した。

自分自身を知るようになってから、こういう風に少しずつ違う資質や能力が結びつくようになってきた。



【才能や資質に気付くタイミングも磨いて活かすペースも、それぞれの人・それぞれの資質によって全く違う】

巷に溢れている何かを売り込む広告には「◯ヶ月で☆☆達成!」みたいなことがよく書かれている。

[結果を出せる人の特徴]と[結果を出せない人の特徴]なんていうのがあると、私は後者の出せない方の特徴にそりゃ見事すぎるぐらいに当てはまる。

でも、それはナンセンスないかにも資本主義的な発想だと思う。

100人いたら100通りのやり方がある。

1人の人の中に大小様々な資質が100個あるとするなら、その発芽時期はそれぞれ異なる。

みんなそれぞれペースやスタイルがあるから、それに合わせて行くのが一番良い。

話の途中に出てきた学年順位1桁まで行った子のことで、ちょっと試したくなって他の子に試したことがあった。

学年1位2位をいつもキープしている子がいて、その子にその順位を上げた子と同じ量の課題を出してみた。

とてもそんな順位を取ってくるなんて思えないマイペースな子で、量をこなせばもっと伸びるのかな?という単純な興味関心でやってみた。

実験は失敗どころかその子に不安まで与えてしまって、私は平謝りした。

その子は量をこなそうとペースを上げた代わりに、結局課題を時間内に終えられなくて、それが本人にとっては「できなかった」ところだけが残ってしまった。

本人はできたことではなく、時間内に終えられなかった自分のペースを気にしてしまった。

本人には私が意図したことと、それはその子には合っていなかったことを説明して、そして謝った。

当たり前だけど、すぐに次の回からは元の課題量に戻して本人の本来のペースでやることになった。

その子は回数こそ少ないけれど、1問1問じっくりと解いてそのプロセスを1回でインプットするタイプの子だった。

ちなみにその子は天才型ゆえそんな凄技がいけるけれど、凡人はそんな一度きりでインプットするのは無理。

例えば同じ目標設定をするにしても、やり方は1人1人違っていて当たり前だと思う。

それぞれの一番無理のないスタイルこそが一番伸びる!と個人的には色んな子ども達を見ていて思った。

そして、それは才能や資質に関しても同じことが言えると思う。



先日、新聞をたまたま広げたら、見慣れた顔があった。

新聞のカラーだから人違いかな…と思ったら、やっぱりご本人で、その先生は私が社会人1〜3年目の時の上司だった。

私が入る直前にその先生は癌になって、ちょうど復帰したばかりの時に私が入った。

だから私は元気な姿しか知らないけれども、周りの話だと壮絶だったとのこと。

本当にバイタリティに溢れた先生で、栄転された後も施設のことに色んな形でボランティアで関わられた先生だった。

最後は保育園の園長先生になったことまでは知っていた。

新聞を見たら66歳になられていて、今も現役だと知った。

定年後も再雇用で続けていることを知ったのと、そして新聞記事によると、そこで習った某伝統芸能を保育の現場にも使って子どもと楽しみたいとあった。

本当に子どもと楽しむことをどこまでも追求されてる姿に、一緒に働かせてもらった当時のことを思い出した。

私はその先生から注意をされたのは2回だけだった。

目に余ることなんか山ほどあったと思うけれども、本当にダメな時にそっと私のところに来てそっと一言伝える、伝えたらニコッと笑って立ち去る、そういう先生だった。

私は今でも注意されたことの2つは覚えているし、本当の本当に愛情いっぱい目をかけてもらっていたなぁと感じる。

出会った時はその先生は48歳近くだったと思うけれども、それから約20年変わらずに走り抜けてる先生の姿が思い浮かんで、何歳になっても遅いことはないよ、とその先生はじめ当時お世話になっていた先生たちが言ってくれた言葉も思い出した。



***エピローグ***
〜今現在の私の気持ち〜

・気付いたのにそれを使わないのは、その力も自分も悲しむと思った。
使ってあげることが自分の魂の願いを叶える一番のことだと思った。

→私は自分の資質の方向性が他人様の人生と交わるとわかって重たいと感じた時に、こんな資質は要らないと大真面目に思った。

だけど時間をかけて少しずつ向き合っていくうちに、その資質を使わないのは資質自体もそして私自身も悲しむ…、そういう感覚が出てくるようになった。

多分私の資質は、私が生まれる前に魂の意図として設定したものだと思う。

さっきの1年半ぶりの「書きもの」の再開のように、魂から来る願いの場合、とんでもない力が出てくる。

何が何でも叶えたいから、次元が飛んだんじゃないかと思うぐらいのエネルギーが自分の中から湧く。

まだまだ私は自分の資質に対して腫れ物に触るような心理的距離感があるものの、自分の資質にはきちんと向き合いたいと思うようになった。

そしてそれこそが今生叶えたい何かに繋がっている、そんな風にも感じている。



・『努力』や『がんばる』の意味合いが変わった。

→前は『努力』や『がんばる』が誰かに認めてもらいたくてとか、やらないと後々面倒くさいからやるみたいなところがあった。

そういう部分はまだまだ他の部分で残っているけれど、今は才能や資質に関しては「極めたい」気持ちが強い。

そしてそのための努力なら気持ち良く取り組める。

最終的に目指したいのは、それで喜んでくれる人がいるとするなら、人に認めてもらうためじゃなく、喜んでもらうために努力を重ねたい、という気持ちになれたらいいなぁと思う。

今はまだ方向があべこべ過ぎて、「で、この資質どうやって活かすの?どう伝えていくの(=宣伝)?」とか、そういうところだから喜びとは程遠い場所にいるけれど、本当に目の前の人に喜んでもらうには…という視点が持てるようになるといいなぁとは思う。



・【自分をこの世の誰よりも大切に扱おう】と心に決めてできることから始めたのが大きな転機だったと思う。
(それまでは人や周り、状況に求めていた)

こういう気持ちになれたのも、大元は「才能や資質を探すぜ!」みたいなノリじゃなくて、とにかく自分を大切にすることを本気でやろうと決めてから起きた変化だった。

周りからして欲しいことを周りの人に求めても返ってこないとやさぐれた時から、それなら一層自分で自分にやったらいいんじゃないかと思って始めたのが今から数年前。

まぁでも受け入れたくない自分は山ほど出てくるわけで、色々自家中毒ならぬ自分ノイローゼになりそうだった( ̄ཀ ̄;;)。

でも少しずつ少しずつやっていく中で、やっと「自分を大切にするってこういうこと?」というのが増えてきた。

年齢的なものなのか積み重ねのおかげなのか、とにかく以前に比べてものすごく自分を大切にすることに関しては良くなってきた。

多分だけど、資質側からしても大切なことだったんだと思う。

今ならわかる。

自分を大切にできなかったら、才能や資質だってぞんざいに扱われるのがわかっているから、出てきたくても出ていけないって。

私がようやく自分ケアに邁進するようになって、それからだった、こういう資質の部分がチラホラ顔を見せてくれるようになったのは。

私は他人に対してのジャッジがキツイのを自分で知っているからよくわかる。

自分に対してダメ出し・否定・卑下・無価値観・罪悪感ばかりを与えて、どこまでも完璧主義みたいな厳しさばかりを向け、そんな私では才能も資質も育てる余裕なんてない。

だから、資質側もきちんと本人の準備が整ったかどうかを見極めて出てきてくれた気がする。



・自分の資質が評価されなくても、いいと思うようになった。
必要な人たちと繋がれたらいいし、仮に誰とも繋がらなくても私は私でこのマニアックな体質を楽しもう!という気持ちに変わってきた。

→こういう経過を辿ってやってきた資質だから、他者から評価されなくてもそれはそれだと自分の中で割り切れる部分が出てきた。

誰にも伝わらなくても、私はできればそれで食べられるようにして下さい!!!と並々ならぬ野望も持ってはいるけれど、それでもそういう望んだ形にならなくても、そうならない自分を受け入れるぐらいの受け皿ができたから、なんか大丈夫!って思える自分が出てきた。

【上手くいかなくても大丈夫】という受け皿は私にとってものすごく大事で、それは私が私として生きる限り絶対に持っていたいと思う。

この特異体質は必要とされず誰かと繋がれなくても、私は私でこの体質を楽しんだらいいと思った。

実際に、ペンジュラムも書くこともカードを読み解くことも普通に普段からやっている。

唯一相手の潜在意識や魂から情報をキャッチすることだけが自分以外の誰かがいないと成り立たないけれど、それは私ががんばる部分だけで成り立つわけじゃないから、そこはもうお任せスタイル的なところがある。

それはそうと、自分にやってきたものたちは、それぞれ楽しいエッセンスをもたらしてくれるから、それはこれからも楽しみながら付き合っていきたいなと思ってる。



色々読みにくいところがあったと思いますが、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

2019年4月5日金曜日

奇跡の果実* Lesson 12『才能・資質に気付くプロセス』



〜関連記事〜(それぞれタイトルクリックするとリンク飛びます)

自分を大切にするレッスン

自分を大切にする

傷を癒す

ネガティブな自分との自己対話

カルマの解消

【自分を知ること】で自分を癒す



【才能・資質・強み】について、書く準備が整ったから今回はその話。

・定義の紹介
・才能や資質に気付くのに必要なプロセス
・才能や資質の特徴
の順に紹介したい。

プロセスや特徴は、私の実体験から気付いたことを中心に書く。

個人的な想いとしては、私が数年前自分の資質や強みを知りたくて躍起になって色々読み漁ったり診断を受けたりした時に知り得た「才能・資質」の特徴とはけっこう違っていたなぁと感じる。

私が特にこの1年で気付いた自分自身の才能や資質は『無理がない』ものだった。

ただし、【無理がなく普通に当たり前にあったもの】を自分の資質として認めるまでには、すごい抵抗と自己否定とその他諸々の負の思考パターンとの戦いも数知れずあった。

私的には、認めるまでの方がきつかったなと感じる。

だから、あえて「プロセス」を紹介するのはそうした理由から。

そして何百人の人たちにその人独自の強みや才能を伝え続けてわかったことは、本当に9割の人たちは受け取らない。

潜在意識の深いところでは受け取っているのかもしれないけれど、目の前では「そんなことない」とか「まだまだ上はいるよ」とか「そんなのみんな普通にできて当たり前」とかいう返信率の高さ( ̄∀ ̄)。

私もそうだったから普通にわかる。

特に大人の人で社会人生活・大人歴が長い人ほどその傾向が強い。

あと個人的に大事だなと思うのは、子どもはさておき大人の場合は、一旦「経済的な視点(稼げる稼げない)」とか「社会の中でのお役立ち度」とか「効率・能率」とかいうものを脇に置くこと。

才能や資質と経済活動をいきなり一緒に動かそうとすると、ちょっと歪みみたいなのが出てくる。

せっかく見つけても「稼げないなら要らない」みたいになって、ボツになりやすい。

本当はそういうことじゃないというのも、次回の記事で話す予定。

社会の中で役立ってなんぼみたいな指標で才能や資質を見つけようとすると、ものすごい遠回りになる(←私は必要な経験をしたとは思うけれども、同時に遠回りでもあったなと感じる)。

才能や資質を、社会に普通にある効率や能率で測ろうとすると、これもまた本末転倒になってくる。

これは私の超個人的な見解だけど。

これまでは国や経済界が推奨するようなある一定の経済発展や社会発展のために、生産性を提供できるような人材育成を目標とした教育が行われていた。

これは国レベルでも地域レベルでも家庭単位の個人レベルでも、そういう流れが普通にあった。

だから私が子どもの頃は、目には見えないスタンダードな生き方やしあわせがあって、それに基づいた「みんなが同じ方向を向く」ことを良しとされていた。

だからはみ出し者は非常に生きづらいし、ある一定のレベルに達しないと能無しみたいな扱いになったりして、色々やりづらいことが普通に社会の中にあったように感じる。

うまく適応できる人は良いけれど、私は不適応だらけで、色々とズレてる自分の修正に学童期は忙しかった。

そう、私はズレてるところをそのままにするのではなく、社会のものさしで正しいとされる方に自分を合わせることを強いられる場面が数多くあった。

没個性の時代と呼んでもいいと思う。

ところが時代は変わって、誰でもできる仕事はロボットや機械が請け負う流れがどんどん主流になっている。

だから、これまで人間がしてたことをロボットたちがしてくれる時代に変わりつつある。

そうなると今度は、個人が個人として生きる時代になる。

そうした時にスポットライトを浴びるのが、それぞれの人が生まれ持っている資質や才能の部分だと思う。

それはどの人も唯一無二の非常にユニークな形をしていて、それこそが今度は求められる時代にどんどん移行していくと思う。

ちなみに占星術界では、みんながみんなと言ってもいいぐらいに口を揃えて言う。

「個人を生きる・自分を体現して生きる時代」だと。

先月2019年の3月から正式に天王星が牡牛座に移行して、これから約7年は天王星牡牛座時代になる。

天王星は、これまでの流れを一新・革新する流れを(強制的に)もたらす天体で、牡牛座は個人に備わった資質や五感を研ぎ澄ませる・大事にする星座になる。

その2つを組み合わせた時に、牡牛座はお金の稼ぎ方に関しても影響する部分で、これまではお金を稼ぐために何をするかだったのが、そのままの自分を使ってどうお金を生み出していくかがこれからのテーマになる。

だから、全く真逆の経済活動がこれからはますます推進されるわけで、要は個人の資質がもっともっと注目を浴びることになっていく。

みんなと同じではなく、1人1人その人にしかない才能や資質を表現していく、そういう時代になる。

みんなが個人事業主や経営者になるとかいう意味ではなく、たとえ組織の中で働く場合でも、本人の適性が一番活かされる働き方・部署が今後は重要視されてくのかな…とこれは予想だけどそんな風に思う。

もっと細かく知りたい方は、「天王星 牡牛座」とか「天王星牡牛座時代」とか入れて検索すれば、詳細な情報がヒットします。

そんなこんなを踏まえて、私が今ここに来るまで一通り体験した自分の資質や才能に関して知り得たプロセスや特徴をそのまま私の視点で書きたいと思う。




【才能や資質の定義】

最初に定義を辞書やグーグル先生で調べたから、それについて紹介。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

資質…生まれつきの性質や才能

素質…生まれつき持っていて、性格や能力などのもとになるもの

才能…物事をうまく成し遂げる優れた能力。記述・学問・芸能などについての素質や能力

強み…実力などがあって、他との競争に負けない誇りに出来る点

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

定義を見た場合、私が今これから話そうとするのは【資質】や【素質】の部分だとわかった。

だけど、「資質」や「素質」と言うと、世間的な認識とのズレをすごい感じるから、あえて「才能や資質」という言い方でいこうと思う。

だって、才能開花とは言っても、素質開花とか資質開花とは言わないから。

強みに関しても「競争に負けない」というのが、個人的に違和感がある。

スポーツなんかの勝負の世界ならわかるけれども、一般社会や日常にも勝負を持ち込むとかなり辛いものがある。

しかも、今時代が変わってきてるから、おそらく言葉の定義も変わってくると思う。

例えば最近見たニュースの中に、トヨタがプリウスとかの電気自動車の設計や技術に関して、世界に公表していく決定をしたというのを見た。

これまでは、それこそ競争原理に基づいていち早くそうした技術開発に励んだわけだけど、これからの時代、環境への配慮も含めて全世界での取り組みが必要で、その一端を担える電気自動車の技術を幅広くシェアしてみんなで良くなっていく方向に進んでいきたい、そんな内容だった。

ひと昔前なら自ら技術を公開するなんて自殺行為のように見られたかもしれないけれど、これからは違う。

シェアすることが一般的になっていくだろうし、そうした良いものをみんなでシェアできるその考え方こそ強みに代わっていくと思う。

競争ではなく共存を打ち出した取り組みだなぁと感じながら見てた。




【才能や資質に気付くのに必要なプロセス】

これから書くプロセスは、才能や資質に気付く前に必要なプロセスではあるけれど、そのプロセスを終了しないと気付けないということではない。

才能や資質に気付く・磨くのと同時進行できるもの。

ここではサクッと紹介して、細かいことは冒頭のリンク先の各記事に書いたから割愛。


☆才能や資質に気付くのに必要なプロセス☆
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1:自分を大切にする

2:自分の心の傷を癒す

3:自分に興味を持つ

4:ネガティブな自分がいると気付く

5:直観力を鍛える

↓↓↓↓上のことたちをすることで↓↓↓↓

【自分の才能や資質を受け取る器が用意できる】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


才能や資質と上に書いたことたちは、一見すると関係性が見えない。

私は才能や資質に気付くために上のことをしたんじゃなくて、結果的にそちらをしたことで才能や資質に気付けたから、それらがめちゃくちゃ大事なんだということがわかった。

才能や資質に気付くプロセスとして、上のようなことを提唱している人たちには、私は残念ながら当たらなかった。

世の中でよく出回っている才能を発見・発揮する方法は、いきなり才能・資質を発見しよう!的なスタートからの説明が多い。

私も実際にそういうスタートで入っている。

何の抵抗や不安もなく自分の才能を伸ばす方にいけた人はそれをじゃんじゃんやればいいと思う。

私みたいにそれだけでは全く上手くいかなかったタイプの人、「自分のそれって才能なの?」「私に才能なんてあるの?」みたいな傾向を持っている人たちは、私が上に書いた5つのことは必要なプロセスだと感じる。

私は色々上手くできない自分や時間ばかりかかって遠回りしてるかのような自分のことを責めたりもしたけれど、今振り返るとそんなの責めなくて良かったと思う。

人それぞれプロセスがあって、私のように他のプロセスが必要な人はそれをするだけで、速いから良くて遅いからダメなんてことは絶対にない。

才能や資質の特徴で詳しく書くけれども、どんな才能や資質も、大前提として、本人が気付いて受け取らないことにはどうにもならない。
(↑この部分は次回書くことに変更)

いくら周りがそれあなたの才能だよって教えてくれても、本人が受取拒否している間は絶対に開かない。

受取拒否する理由は色々あるにしても、その部分を癒す必要があるし、そこが癒されてくると受け取れるようにもなる。

自分を大切にするとか心の傷を癒すとか、そういったことは最終的に【自分の才能や資質を受け取る器】になってくれる。

器は元々持っている。

何もどこかのセミナーやセラピーを受けに行かなくても、あなたの潜在能力を引き出します的なグッズを買わなくても、器そのものはみんなが持っている。

だけど、自己否定や自己卑下、怖れ、不安、心配、自信のなさなんかでいっぱいになっていると、もれなくその器もそちらでいっぱいになっていく。

そしてそうしたものたちは、才能や資質がすぐ近くにあっても、「そんなことは誰でもできる!」とか「そんなの普通でしょ」とか軽く見て、言うなれば本人から無視されてるみたいな非常に残念な流れを生み出す。

だから、その他のものでいっぱいになっている器を整理して、それで本当に必要なものを受け取れるようにしよう!という感じ。

ここでは上に書いたことたちが、どうして才能や資質の発見と関わるのかを簡単に説明したい。


1:自分を大切にする

・才能や資質を日々大切にできるのは本人だけになる。それは才能や資質以外の部分も大切にする、要は自分そのものを日頃から大切にすることと繋がっている、と私は思っている。


2:自分の心の傷を癒す

・「自分には価値がない」とか「何をやっても人並みかそれ以下でしかない」とか、色んな体験を通してそのように思ってしまうことも多くの人たちはある。
そうした時に、そう思ってる自分を責めずに、まずはそう思ってる自分を受け入れることが大切。
そうした負のものが受け取れる・認められるようになると、才能や資質といったプラスのものも受け取れるようになってくる。


3:自分に興味を持つ

・自分の内面では何を考えてるのかな?とか、自分にはどんな資質があるのかな?とか、とにかく自分に興味を持つ。
その興味関心のスイッチが入れば、それが自然と行動に移される。そして、その行動した先に才能や資質との出会いがある。
(無理矢理行動するのは無駄ではないけれども、武士俣分析によるとそれは外側ばかりを探してるようなものだから、大概見つからない)


4:ネガティブな自分がいると気付く

・ネガティブモードになっていたりネガティブ思考が働いていても、「ネガティブになってる」と気付くことが大切。
そうした自分を無視しなくなると、自分を大切にするようになるし、そしてその大切にする先に才能や資質が登場したなぁと、これはあくまでも私の体験談。


5:直観力を鍛える

・感性を鍛えるでもいいと思うけれども、とにかく才能や資質はともするとあまりに当たり前にできてたりするから、当人は気付けない場合が往々にしてある。
そこに気付くには、そうだと気付く自分の感覚が大事になるから、そういう意味で直観や感性を磨くのは必要な要素だと私は思っている。




【才能や資質の特徴(前編)】

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前編:才能や資質について、私自身が自分のものに気付く前に勘違いしていたことと実際のことのその差。

後編(別記事):私自身が自分の資質や才能に気付いた後に「これ特徴だな」と気付いたもの。

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今回は6個の才能や資質の特徴を紹介。

どれもこれも、私の勘違いとか実体験から学んだこと。


【1】
才能・資質=
評価されなければ、
役立たなければ、
お金が稼げなければ、
ダメだと思っていた。


才能・資質の初期段階は、ものによってはすぐ評価されることもあるけれど、私の場合はそちらの体験は少なかった。

場合によっては、周りの人たちから理解されず否定されたり軽々しく取られたりすることもある。

特に初期の段階は自信もないもんだから、周りの人たちの評価が気になりやすいし、自分もそれに左右されやすい。

だけど、今だからこそ私は思う。

評価や価値と才能をイコールにしない方がいい。

プラスの評価に変わった時は評価をありがたく受け止めたらいいけれど、そうではない時に、評価されなかったからとか軽々しく扱われたからと言って、せっかく見つけた才能や資質に蓋をするのは本当にもったいない。

上のことに相反するみたいな話だけど、役立つ・役立たないを決めるのは相手だから、それを自ら「役立たない」と決めつけることも極力避けたらいいなと思う。

多分世の中で誰よりも評価が厳しいのは自分自身だから、自分から「ダメ」とか「役立たない」と決めつけて、今開こうとしている才能に蓋をしないことが大切だなぁと感じる。

そういう意味でも、「ネガティブな自分に気付く」というのが大事になってくる。

お金を稼ぐことと自分の才能や資質をイコールにすると、いける人はいいけれど、私のように色んなお金に関する間違った思い込みとか自己評価の低さからおかしな方向に向かうことも往々にしてある。

要は、【才能・資質】は【才能・資質】だけで独立させて、そこに私が書いたような評価だの価値だのお金だのというところは、一度切り離した方が純粋に育っていく感じがする。

評価や価値に繋がったり、役に立ったり、お金稼をげるようになったりというのは後の話だから、そこをいきなり最初から全部一緒にしてしまうと、才能や資質が育つ前に自らの手で蓋をしてしまいかねない。

最初はそれぞれを独立させて見てあげた方がいいのかなと感じた。



【2】
受け取りやすい形で才能・資質に気付く


ペンジュラムを使うことも他人の潜在意識や魂からメッセージをキャッチすることも、どちらも最初は受け取りやすい形で来てくれた。

もし、ペンジュラムに出会った最初が
「これで死者と繋がります」
なんていう但し書き付きなら絶対に手をつけなかった( ̄∀ ̄;)。

もしくは、他人の潜在意識や魂からメッセージをキャッチする体質的なものが、
「人の生死に関わるものに発展していくでしょう」
なんて言われたら、絶対の絶対にやらなかった。

私はどちらの時も「興味を持った」から、すっと入っていけた。

ペンジュラムをお店で初めて見た日は、多分30分はそこにいたと思う。(1時間ぐらいいたかもしれない)

しかもそこにずっといたら怪しまれると思って、たしか一度店を出て時間を置いて再度また店に入ったと思う←どっちみち怪しい( ̄∀ ̄;)。

見た瞬間、*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*☆*:.。. o(*´꒳`*)o .。.:*☆とかなってたと思う。

幸い、店員さんがいるレジからは死角になっていて、私は思う存分そこでペンジュラムと遊んだ。

しおりを探しに行ったんじゃないのか?という話で、用事そっちのけでそれを見ていた。

他人の潜在意識と繋がった時もそうだった。

初めて自分でもわかるぐらいに相手の人の今悩んでることに対するヒントをキャッチした時、相手の人も大きく悩んではいたけれども、少なくともそこには静かで穏やかな時間が流れていた。

肌寒い中、桜の花が満開でそれを見ながら話を聞いてた。

怖い感じもなければ、伝えた相手もとても私が話しやすいやすい雰囲気を持ってる人だったし、さらにその人もスピリチュアルな話とかに抵抗が元々ない人だったから良かった。

そういうスタートだったから、私も素直に起きたことを受け止めることができた。

その後もっと色々手広くしていくようになるけれど、どの時も単純に「この方法を試してみたい」という純粋な気持ちでやっていた。

それから何ヶ月かして、私が仕事的にするものが人の命(生死)にまつわる部分だと占星術の先生からその可能性を教えられた。

聞いた時に、重たいとは思ったけれども、多分こういうことかなぁ…というのは頭に浮かんだ。

過去に私が関わってきた人・世界がまさにそういうものだったから、「死」というよりも「生きる」ことそのものに直結している。

ちなみにその話の後に、山で行方不明になった人をペンジュラムで探して欲しいと依頼が来た。

先生のあの言葉がなければ、私は実際に引き受けたようには引き受けられなかったかもしれない。

すごいまとめ方だけど、才能や資質に関わる部分は、知るごとに色んな情報がもたらされていく。

それらの情報も含めて、然るべき形で然るべきタイミングでお知らせはやってくる。

要は本人が一番受け取りやすい、そして受け入れやすいように整えられてやってくる。



【3】
才能として開花するための経験もセットで付いてくる


才能に気付くための経験や才能を生かすための経験は、人生のどこかで体験するようになっている。

「書く」ということに関しても、これは私の1つの資質だと思っているけれども、その中でもとりわけ「話を聞きながら要点をまとめてメモをする」ことが他の人たちから見て才能になるとわかったのは、32歳ぐらいの頃だったと思う。

これはある種後天的に身につけたものではあるけれども、大学では板書がなかったから、ひたすら教授の講義を聞いてノートを取ることが求められた。

それを4年間続けた。

だから、話を聞きながら頭の中で要点をまとめてそのまとめた内容を書くことは、鍛えられたから得意になった。

30代前半、1年から1年半近く、月1ぐらいのペースである本の勉強会に出席していた。

毎回必ずグループで話し合う時間があって、そしてその後みんなの前で代表者が発表する流れにいつもなっていた。

私はその発表とやらが本当に苦手で、いつも上手い具合に避けていた。

司会進行してもいいから、発表が嫌だった。

何が嫌かって、それぞれの人が全然違う意見や考えを言うのに、それをまとめろなんて無茶な話だった。

それをするぐらいならその時だけ適当にやっておけばいい司会の方が楽だった。

ある時とうとう回ってきてしまった。

その時私はまとめることはやめて、「Aという考えとBという考えとCという考えとDという考えが出ました」と、自分のメモをそのまま読み上げて発表した。

苦肉の策でしかなかった。

ところが発表が終わると、グループの人たちから盛大な拍手喝采が湧き上がっただけではなく、その中の1人がわざわざ口に出してみんなの前で言ってくれた。

「ぶっしーは、私たち1人1人の意見をそれぞれきれいにまとめて、それを全員分その言葉通りに発表してくれました!」

全員で20〜30人ほどいたと思うけれども、その全員からも拍手を送ってもらった。

私は本当に驚いた。

特別なことどころか、私としては何とかその役をこなすために自分ができることをする他なくてそうしただけだった。

ところが、それは誰でもできることではないということをその時初めて知った。

『奇跡の果実』シリーズでも他の人たちとの会話のシーンが時々出てくる。

全部ではないけれども、本人の話したことを私がメモしていた場合は、メモに書いたことをそっくりそのままブログに転記している。

言葉は基本聞いたままの言葉だから、その場合は本人の言葉そのままを書いている。

何せ普通にできるから、私はそれを言われるまで才能だなんて思ったことさえなかった。

だけどそれが自分の人生で必要な才能の場合、それが自分にできることの1つだと気付く体験とそれを活かす場面もどこかで経験することになる。

私が今書いたみたいなタイプの才能や資質は、それぞれの人がそれぞれ固有のものを持っている。

必ずそういうのに気付くタイミングというのがある。

それは他の人たちから知らされる場合が多いかもしれないけれど、とにかく知る時がくる。

そして、一度気付くと不思議なもので、それがその後色んな人たちから評価される場面が増える。

この私のメモ書きに関しては、私はその後から今に至るまでかなりな回数、色んな人たちから評価してもらえた。

いつだったかよくよく思い返すと、大学の時にも一度か二度だったと思うけれども、クラスメートからノートを貸して欲しいと言われた。

話したことない単に顔見知り程度の子から言われて、私は構わなかったけれども他の人の方がいいんじゃない?と最初返した。

なぜなら私のリスニング力ではかなり怪しいノートに仕上がっていると思ったから。

でも彼女は「あなたのものがいいのよ!」と返してきた。

あなたのノートよくまとまっているから、みたいなことを言われた。

一度自分の資質に気付いてからは、過去にもそういえば…みたいなことを思い出すようにもなった。



『才能に気付くための経験や才能を生かすための経験』のもう1つ別の例を紹介したいと思う。

私は自分が聞き上手だとは思わないけれど、とにかく色んな人たちから色んな話を聞く。

話を聞けば聞くほど、人生には色んなことが起こると知ったし、それを体験している本人には計り知れない苦悩や苦悶があることもわかった。

誰かからその人の人生の秘密の話を聞く時。

その時は、すべて自分の考えや世の中の常識とかを捨てる。

それは正論であっても、それが相手にとっては凶器になることもあるから。

非常に受け入れ難いことが起こったとする。

これは実際にあったこと。

ある子どものお母さんが、「子どもの名前を改名することになりました」と私に言ってきたことがあった。

本当にありえない理由だった。

お母さんは、もしこれが自分のことなら絶対にそんなことしないし、個人的には本当にしたくないと言われた。

でも、そうはできない事情、第三者からするとしょうもない事情だけど、お母さん1人の力でどうこうできるレベルのことではなかった。

だから、そのありえない改名の流れを受け入れる他なかった。

そんな時に自分の正論なんてかざせない。

また別の時は、自殺未遂した人に会った。

心理の講座見学の場で聞くことになったけれど、もう講座どころではなくその人に目が釘付けになった。

なんだか不思議な気分だった。

目の前で生きている人は、死にかけたけれど死ねなかった人で、そして自ら死にかけたことで猛烈に反省をしたのかもうやらないとは言っていた。

第一発見者は一緒に住んでいた彼女だと言っていた。

そんな大切な人がいるのに死のうとするその気持ちは私には全く理解できなかった。

だけど、私には理解できない彼しか感じられない苦しみがあるだろうことは想像した。

少なくとも普段から自殺願望が強いというより、その時は色んなことがどうにもならなかったからそんな風になった感じを受けた。

こうした体験を積めば積むほど、どこに正しさとか正解があるのかわからなくなった。

そして私側のものさしで自分のことはいいけれど、他人の生き方を計るなんていうことは絶対にしてはいけないことも学んだ。

『奇跡の果実』の発端となった、死者の霊魂と繋がることも、普通に考えたら疑わしいし怪しいと思う。

それは否定する気もない。

だけど、私がそれに対して自分の驚きや多少の不信感を脇に置いて向き合えたのは、これまでの体験たちのおかげだと思っている。

この一連のことを体験することと私の才能・資質がどう関連しているのかはいまいちわからないけれど、少なくともヒーラーのOさん経由で繋がったおじいちゃんとご家族を繋げる役割は来たわけで、それは過去の色んな体験なくしては務まらなかったと思う。

自分の資質を使う役割が来る時、それまでにその役割がある程度全うできるぐらいの経験を知らぬ間に自然と積んでいる。

頼まれた時に思った。

ここまで色々良くも悪くもやってきたからこそ、こうして頼まれたんだろうって。

それは違う言い方をすれば、それまでにあった色んな出来事たちも全て必要があって起こっていた、ということでもあった。



【4】
自分の才能や資質ではないものは、やり方をそもそも知らない


これは自分の資質に気付いてから知ったことだった。

現在、他者の潜在意識や魂から情報をキャッチすることに関して、私は誰にもやり方を習っていないけれど勝手にできるのと、そしてその資質の磨き方や伸ばし方についても、試行錯誤ではあるけれど、その方法に関しては自分で思いついてやれる。

これこそが「資質」と呼ばれるものなんだとわかった。

過去にNLP、『神経言語プログラミング』と呼ばれる心理療法を1年ぐらいかけて習った。

その中で色んな種類のワークがあるけれど、自分の生まれ持った資質との差がはっきりとしていたから、余計わかりやすかった。

たしかにNLPの心理ワークを私はすることはできる。

自分だけじゃなくて人にもできるし、それで相手も良くなることもわかる。

だけど決定的に違うのは、私はNLPに関してはテキストがないとやれない。

もし、私の資質の「相手の潜在意識をキャッチすること」と同じレベルの効果を出したかったら、NLPは本当に細かく予習して見ておかないとできない。

しかも、そこまで予習しても、多分自然にできてる資質の力には敵わない。

しかもイレギュラーなことが起きた場合、その時は完全に自分の感覚でやるから、テキストなんかその辺に放って、目の前の人を見てどう変更・修正をかけるか毎回相手と相談しながら決めていた。

自分でもわかるけど、NLPは使いこなせない。

自分の才能や資質に関して言うと、自分でやり方や使い方をなぜか知っているから、そうした他人の人が書いた説明書は要らない。

もっと言うと、そういう説明書がないとできないことは、【生まれ持った才能や資質ではない】。



【5】
才能や資質は外で学んで身につけるものではなく、すでにできていることを自分で発見していくもの


私はこの1年で気付いた自分の資質と、それ以前に学んだ色んなことたちとを見比べて、大きな勘違いをしていたことに気付いた。

何せ以前は「自分には特別にできることがある」なんて全く思わないどころか「生まれ持った特別な才能なんて1つもない」と思っていたから、何かを習って身につけないといけないと思っていた。

世の職人的な人たちも後天的にその人その人の専門の世界に入っていって力を磨いている人が多いと知っていたから、余計と自分も何かに特化したければ外からの学びを取り入れる必要があると思っていた。

だけど本当は逆で、外をいくら探しても答えは出てこない。

自分の資質に気付くきっかけとなる講座に出ることはあっても、資質そのものは外からもたらされるものじゃない。

自分の内側で気付けるようになる。

そうしたものに出会うと、自分でわかる。

いきなり「ビビビッ」とは来なくても、いつまでもずっと気になっていたり、自分から勝手に始めたりする。

そしてそのことに従事すればするほどわかる。

そのことがとても自然にできたり、無理せずに自然体でやれること。

やってもやっても興味が尽きないし、さらに手広く学んだり研鑽したりしようとする。

損得勘定抜きでどんどんやりだす。

ペンジュラムも他の人の潜在意識や魂から情報をキャッチするのも、どちらも習ったことじゃない。

元々生まれ持ってきたもので、あとは気付くタイミングだけの問題だった。

そういうものは、自分側のタイミングが整うと自動的にもたらされる。

いくら外を探しても見当たるわけがない。

ある意味、自分自身と出会う、そんな感じにも私には感じる。



生まれ持った資質に関してもう1つ付け足して言うと、すでにできている又はできつつある資質に対して【自力で伸ばせる】のも大きな特徴だとわかった。

例えば、Sさんから1ヶ月早い誕生日プレゼントとして贈ってもらったルノルマンカード。

私は完全な独学で使い始めた。

色々後から調べたら、実はすごい難しい使い方のルールがあるカードだと知った。
(↑こちらは相変わらず使えない)

そろそろ2ヶ月になろうとしているけれど、私はさらに別の視点に目をつけて、今ちょうどその調べ物を開始した。

そんなこと誰にも頼まれていないけれど、勝手にやってる。

自分が知りたいからやっている。

そもそもは、何日か前に本屋で立ち読みした本の中にヒントがあった。

ルノルマンカードの説明がある本を初めて見たけれども、私がヒントにしたのはそこではなく、同じ本の全く別のテーマについて紹介されているところを見て、それで気になったのが最初だった。

そして昨日ようやく初めてそのことをネットで調べ始めた。

どんどん情報と情報が繋がって面白かった。

『奇跡の果実』を書く時の息抜きに時々調べる予定でいる。

こういう興味関心の方向とか探究心なんてのはどこから湧くんだろうと思う。

こうした興味関心や探究心のスイッチも、本来備わった才能や資質の場合はセットになって一緒にもたらされることもわかった。



いつかこの『奇跡の果実』で書いた友達のMちゃんの素敵な感性についても、とても自然にそれが備わっているMちゃん独自の才能や資質になる。

Mちゃんの家に行くと、お茶やコーヒーの種類が変わる毎に新しいカップが用意されて、それはもうとっても素敵だった。

Mちゃんはそうした器を集めることも使うことも大好きで普段からさりげなくやっている。

そうした普段から勝手にしてしまうこと、自然にできてしまうことこそが、その人その人の才能や資質だと私は思う。

あともう1人。

占星術の講座を学んだ時、そのクラスメートの1人にガラス作家さんがいた。

人生で初めて「ガラス作家」という職業の方に出会った。

その方の個展に足を運んだ時、ガラスの器の使い方を教えてもらった。

その方は私に使い方を教えようとか商品を売ろうとかいう感じでは全くなくて、その方が日常でどんな風に使って楽しんでいるのか、それをおしゃべりの延長で話していただけだった。

でも、それを聞いた瞬間、私はそのガラスの器が欲しくなった。

工房に行けば色々あるみたいだから、自分の住処がある程度定まったら訪ねに行こうと鼻息荒く計画している。

そういう感性の活かし方を私は話を聞いたところだけ真似することはできるけれども、ガラス作家さんのクラスメートみたいにそれを自ら発想して色々イメージを膨らませて実用化する、なんていうセンスは私にはない。

それはやっぱり生まれ持った彼女の才能で資質だとはっきりとわかる。



【6】
変えるんじゃなくて受け入れる


才能や資質について言えば、その原形はもれなく全員生まれた時に一緒に持ってきている。

ただ、学校の勉強や習い事で開花する才能はごく一部の才能に限られる。

今の社会では、何か社会のニーズに合わせてそれに相応しい自分になるよう自分を変えようとするのがまだ流れとしては主流になっている。

本来生まれ持った才能や資質は、社会において特に必要とされる場面にならないと埋もれたまま…なんてことはよくあることだと思う。

だから、自分で気付かないとなかなか芽が出てこないのが現状かな…と思う。

そして、大人になるにつれ、とりあえず社会の中で何となく生きていく方にいけば、才能や資質なんてのはないことにされたりする。

反対に何かあるはずと思っても、今度は資本主義社会に合わせた視点で何かしようとするから、才能発掘なのかお金になる手段発掘なのかわからなくなったりもする。

才能や資質の方に目を向けられたらいいけれど、それがお金になるかの方に目がいくと、本来の才能や資質からはどこか遠ざかる感じがする。

でも、今私が自分の才能や資質に気付き出してわかったことは、自分は一切変える必要がないことだった。

その活かし方や磨き方とかは工夫が必要でも、その資質を持っている自分自身はそのままでいいし、むしろそのままにしないと力が歪んだりおかしな風になってしまう。

資質の部分に関しては変える必要はない。

代わりに、それを真っ直ぐに受け入れる、その覚悟は必要になる。

才能や資質は人それぞれだからどの程度受け入れることが必要かはもちろん人によって違う。

だけど、私みたいに人の人生に関わる部分での資質の場合、もしくは何か責任が伴うような資質の場合、生半可な気持ちではやれない。

最初は興味を持って人の潜在意識から情報をキャッチしていたけれども(←ということさえ知らなかったから抵抗なくできてた)、それがそんなレベルではなく、本当にシビアな部分に関わると知って、私は猛烈に逃げたくなった。

逃げたくて逃げたくてたまらなかった。

実際に何も起きてないことをいいことに、私は沈黙を貫いた。

逃げれるんじゃないかと思った。

ホロスコープの鑑定の先生は「私が自分の資質を使って仕事をしないことはない」と言っていたけれども、それも「半端ない強制力が働いてやらざるを得ない」とも言っていたけれども、黙っていたら逃げれる気がした。

そうしたら、山で行方不明になった人をペンジュラムで探して欲しいと依頼が来た。

自分の資質もそれで失敗するリスクも全部ひっくるめて受け入れることが問われた。

私は私でしかないから、それ以上でもそれ以下でもないから変わる必要はなかったけれど、代わりにその私が持っている資質を人のために使えますか?失敗の可能性もありますがあなたやりますか?と問われた。

実際に失敗したし、自分の資質以上というか自分の分野外に手を出したことにも気付かされたわけだけど、そういうことも含めて自分自身に備わったもの(才能や資質)を受け入れるキャパが必要になる。

その辺はこれからもかなり試行錯誤を繰り返すことにはなると思うけれど、やっとそこに向き合える・受け入れようとする気持ちが自分の中で芽生えた。

そして今は、自分を変える努力の方ではなく、自分を受け入れる努力が必要なんだとわかった。




最後に。

今日1日で3回は見たメッセージ(自分のノートに書いてあった)。


【自分のプロセスを信頼する】


これは何かと言うと。

非常に辛い時期とか、非常に苦しい時期とか、何も考えられないぐらいの負の感情になってしまう出来事があった時とか。

「何でこんなことになったのか」とすぐに出来事や人や自分を責める、私は。

もうそれは責めずにはいられないようだから、最近は落ち着くまで責めさせてる、自分に(苦笑)。

そんなことない方が良いって多分多くの人は思う。

よほどドM体質で、苦しいこと辛いことLOVE♡なんて人でない限り、普通は苦しくて辛くて当たり前。

でも、そういうスパルタ的出来事を山ほど体験してわかったことは、どれもこれも全部必要だったということ。

過去の苦しい体験がなかったり、理解者に恵まれていたら、今の私はこんな風に才能や資質について書いてなかったと思う。

過去の出来事たちは、起こって良かったとか体験できて良かったとは今も思わない。

起こらずに済んでくれたら良かったねと思うこともある。

だけど、そうしたことなくしては、私は多分今の道ではなかったし、今の道だからこそ出逢えた人や出逢えたものには出逢えなかったと思うから、そうした意味ですべて必要なプロセスだと感じる。

今も何かあれば心はザワザワするし、こんなこと起こって欲しいなんてお願いしてない(怒)!と思うこともある。

でもそのザワザワも怒りもすべて必要な体験なんだろうなぁ…と思う。

じゃなければ、【自分のプロセスを信頼する】なんてメッセージ、何度も何度も目に飛び込んでこないと思う( ̄∀ ̄;)。

この【自分のプロセスを信頼する】というのはとても大切で、色んなプロセスを経て才能や資質に行き着いて、そしてそこからまた自分だけの人生が始まっていく気がする。

ここまで書いたこと全部を通じて言えば、自分自身を知ること、自分を振り返ること、嫌なことや苦しいことも含めて自分を受け止めることはめちゃくちゃ大事だと思う。

それらをかっ飛ばして自分の才能や資質にだけ簡単に行き着く、ということはもしかしたらほとんどないのかもしれない。

私は才能や資質の発掘を目指したわけじゃないけれど、結果的にそうなった。

そしてそこに行き着くまでのプロセスが色々強烈だっただけあって、自分でも自分の才能や資質を本当に大事に扱っている。

やっとやっと行き着いたものだから、自然と大切にする自分がいる。



【番外編】

冒頭のノートの写真は、私の最近のノートコレクション。

コレクションというより趣味みたいなもので、とにかく細かくノートを使い分けている。

それぞれ使う目的が違うから、日々使途に合わせて使っている。

今朝もすでに6冊のノートに何かしら書いた。

才能や資質というよりも変態な趣味みたいな感じがするけれど、私にはとても大切な作業だから、逆に使い分けないと気持ち悪い。

それぞれの内訳はこんな感じ。

[上段左から]

・白黒水玉ノート…占星術の考え方で気に入った教えのメモ専用

・JALシールノート…JALの下はマレーシアの切手。これは毎日のカードと占星術サイコロで何が出たかやその時の予測を書くノート
あと天体の流れに基づいた情報も書いている

・ケーキのノート…日々の記録

・スヌーピーノート…ルノルマンカードの読み解き、私専用のガイドブック

・青い鳥の背景赤いノート…男性性と女性性についての学びのノート。表紙はお菓子の包装紙をノート本体の表紙に貼り付けた

・紳士なノート…占星術学び帖


[下段左から]

・花柄ノート…最初天体の動きと自分の日常を組み合わせて振り返るノートにしていたけれども、3月の途中からお気に入りの学び言葉を書くノートに変更した

・茶色いシンプルなノート…日記帳

・ピンクのノート…カードリーディングの方の動画を見る時のメモ帳

・キャンパスピンク…「心・思考・感情記録ノート」と題しているけれど、中身は愚痴やモヤモヤだけをひたすら吐き出す悪魔のようなノート

・艶やかな緑のノート…ブログ用のメモを中心に色んなことをメモする専用ノート

・キャンパス緑…↑の緑のノートの先代。『奇跡の果実』のメモは基本的にこのノートに全て集約している












2019年4月3日水曜日

奇跡の果実* Lesson 11『直観が教えてくれるもの』

私の大切な相棒のペンジュラム
下のコースターは自分で作ったv( ̄∀ ̄)v
曲がってるのは使う分には気にならない( ̄∀ ̄)


4/2と4/3雪が降った新潟
冬と春のコラボレーション
寒っ(-_-)zzz



昨日、前回の記事『4月のメッセージ』を書いていた時に気付いたのが、やたらと「自分の感覚」だとか「自分の基準」だとか「直観」というところが目立っていたことだった。

主だったものを抜き出すと、


・自分の内側の価値観を自分の判断基準にしていく

・大切なのは、「自分がどう感じているか」「自分がどう思っているか」

・自分にとって心地良いバランスを見つける

・自分の直観、自分の心の中の小さな声を大切にする。

・自分の感覚で選んだことの成功体験を積む
それが自分の自信に繋がる。

・【自分基準】で自分にとって成功だったかを見ていく。


やたらと自分、自分と出てくる。

時代の流れは、ますます【自分の感覚を基準にする】ことが加速する。

いわゆる【自分の感覚】は直観とか内なる声とかに当たるけれども、正直なところ、最初はそうした自分の直観や内なる声と言われる部分をキャッチするのは難しい。

少なくとも私は難しかった。

この約10年ほど、自分の直観に該当しそうなものを観察し続けて、それで私なりにわかってきたことを今日は話したいと思う。

私のキャッチの仕方だし私視点になってしまうけれども、私はそういう形もあるんだって自分も知ってたらもう少し渦中気持ちが楽だったなぁと思うから、その自分が知り得たことをそのままここには書こうと思う。

直観の話をここに入れてるのは別の意図もあって、延び延びになっている【才能・強み・資質】の部分にも繋がることだから、というのもある。

才能や資質に気付くために必要な力の1つとして、私は直観力を挙げる。

わかりやすい才能や資質の人はいいとしても、大抵の人はわかりにくい形の才能や資質になってる、と私は自分もそうだし私が見た何百人の人たちもそうだと感じる。

自分で気付いていくプロセスの中で、直観は必要だし、その部分抜きで気付くのはキツイかなと思う。

「直観」なんて言うと、「そんなの俺には/私にはない!!!」と言い出す人が続出しそうだから、それはもったいなさすぎる。

使う程度や気付きの程度は別にしても、直観は誰にでもある。

「女の勘でね…」とか「なんとなく…」とか「虫の知らせかな…」とか、言葉じゃ説明できないけれど、何かしらを感じ取ってその部分を口にすることは、誰でも一度や二度はある。

そうした部分を「直観」と呼ぶと私は思っている。

そして、私が直観だの才能だのとごちゃごちゃここで言い出してるのは、別の理由がある。

これからは本当の本当に容赦ない「個の時代」がやってくる。

これまでは枠組みの中で生きることを普通とする傾向が、これからは個人が自分のあり方をしっかりさせていくことが普通になっていく。

そうした時代の流れも占星術を学んだことで見えてしまっているから、だから私は自分が知ってることは外に出そうと決めた。



私が思う【直観の特徴】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・まずは「変」であること

・変だから無視したくなるのに、やたらと自分の中に残る

・本当に必要なメッセージだと、無視してると3回は形を変えてくる

・一瞬のことでもすごく強く印象に残る

・受け取った瞬間は「これが直観だ!」なんて思わない

・(直観を)起こそうと思ってもしくは得ようと思って得られるものではなく、自然な流れで受け取るもの

・人によって直観の受け取り方は違うこと

・直観力はついでの産物

・強制終了、強制停止、体調不良、気がのらない、やりたくない、なども必要があって起こるサイン

・直観は最終的に何かしらの行動に繋がるヒントになる

・直観に従った場合、「それで合ってますよ」のサインが何かしら来る

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



今回は、フリースタイルで感じたままに書こうと思う。



【まずは「変」であること】

【変だから無視したくなるのに、やたらと自分の中に残る】

【(直観を)起こそうと思ってもしくは得ようと思って得られるものではなく、自然な流れで受け取るもの】


この3つは、私の場合、ほぼすべての直観に該当する。

「変」っていうのは、「えっ((((;゚Д゚)))))))?それするの((((;゚Д゚)))))))?」っていう感じの場合が多い。

思いついて何かするなんていうのは、大体これまでの自分の体験や経験からは違っていたり、世の中で信じられてることとも違ってる。

世の中の基準(と自分が信じているもの)とは、おおよそ違う。

世の基準と違えば違うほど、「怖れ」や「不安」ももれなくセットでついてくる。

例えばこのブログの再開なんてのはその最たるものだった。

私は届くとは全く思えないメッセージを発信する手段として、このブログを再開させた。

その時は、一言「ブログ」と頭に浮かんだだけだった。

「はっ??Σ(゚д゚lll)」ってなった。

私の独り言ぐらいならまだしも、そんな個人的なことをここに書くのかと?

最初は気のせいかと思ったけれど、その後書け!と言わんばかりに、メッセージを届けたい人物を表すものと3つも立て続けに運転中遭遇して、その他にも雨なのにおぼろ月が出たことと夕方で暗いのにゾロ目のナンバープレートがすれ違いざまに見えたのと、それら5つをたかが10分程度の時間で体験して、もうこれは書く以外の選択肢がないとわかった。

まさかその時、未来の私が『奇跡の果実』を書くとか、「直観」についてこのブログで書くとは思ってもいなかった。

その時もだし、他の直観的な何かをキャッチした時もそうだけど、直観には自分の中で変だと感じても無視できない何かがある。

いつまでもボワーっと残っている。

上手く言えないけれど、感動的なものを見た時とかに余韻が残ったり、反対に嫌なことがあっていつまでも自分の中に残ったり、何かしら自分の中に留まるものが出てくるあの感じに似ている。

意味がわからない感じはあっても、嫌な感じは基本的にない。

反対にワクワクするとかいう高揚感もあまりない。

もう少し言うと、自分の生き方とか魂の領域に達しているものだと、時間がどんなに経ってもすごく残る。

いつまでもその言葉なり感覚なりが残って、それを自分の中でずっと大切にしたりする。

まさにこれは、
【一瞬のことでもすごく強く印象に残る】
に該当する。

普通レベルのことも魂レベルのことも、直観に関して言えば、
【(直観を)起こそうと思ってもしくは得ようと思って得られるものではなく、自然な流れで受け取るもの】
だと私は感じる。

直観は起こそうとして自分の中に湧き上がるでもなく、得たいと願ったら来るわけでもなく、必要なタイミングで必要なことがもたらされるという感じが一番近い気がする。



【本当に必要なメッセージだと、無視してると3回は形を変えてくる】

これは直観とは少し違う話かもしれないけれど、今回の『奇跡の果実』の話の発端となった、山で行方不明になったおじいちゃんを探す手伝いをペンジュラムでして欲しいと依頼されたのは、厳密にカウントすると3回来ている。

1回目は無視したわけではなくて、携帯を機種変したことでその依頼のメッセージに気付かなかった。

2回目は、1回目に連絡をくれた人と別件で連絡を取る必要がその1ヶ月後に出てきて、それで連絡を初めて取った。

そこで初めて私も知って、とりあえずその方から確認してまた連絡しますとなった。

そして3回目、ご家族から依頼したいという話だと返信をもらって、それでようやくご家族と私とが繋がっていった。

例えば2回目の用事というのはその方主催のイベントに関しての問い合わせだった。

そのイベントだって、年がら年中あるわけじゃなくて、年に1回ないし2回あるきりだった。

そうした諸々が重ならなければ、私がその間に入ってくれた方と連絡を取ることもなかったわけで、ご家族と私が繋がったのはもっと後だったと思う。

だから、本当に必要なことなら、何回でもどんな手段を使ってでもやってくる。

しかも人知を超えたレベルで、自分の知らない水面下で色んなことが整えられている場合が多い。



【受け取った瞬間は「これが直観だ!」なんて思わない】

私は基本的に直観的なインスピレーションでもヒントでもやってきた時は、「これが直観だ!」なんてただの一度も思ったことがない。

後々振り返った時に、「そういえばあの時のことは直観だったのかな…」と初めてわかる程度。

何でもかんでも直観で判断して決めるのはあまり良くないとある勉強会で教えてもらったことがある。

その方はバリバリの霊視力の持ち主で、自分の意識がどんな風にどこの誰と繋がっているか、そして体のどの部分で交信しているかをきちんと見極めてお仕事をされている。

その方いわく、「神」と名のつくものに三次元で生きる人間が繋がることは、まずは絶対にありえないと言われていた。

仮にトップに神がいるとするなら、その下の下の下の下の…信じられないぐらいたくさんの見えない世界の階層を経て、人間でも繋がることのできる層と繋がって、初めてそうした神的な存在の教えを受け取ることができると言われていた。

だから世の中に溢れ返っている似非の神の使いだのそうした神的存在と繋がるなんて言ってる人たちは、9割以上勘違いしてるかもしくは低級霊と繋がってそれを神と勘違いしているか、はたまた精神病かと言っていた。

そういうことをきちんと体系的に体感覚を伴って専門的に説明できる方が言われていた「直観」についての話。

その方が言われたことは、直観的にガイダンスやヒントを得るのはいいけれども、それによって自分が選択したこととその結果を必ず振り返る習慣をつけることの大切さだった。

直観だけではないけれども、基本的に振り返りをする中で自分なりに試行錯誤を繰り返して、その中で自分にとって合っている方法、合わない方法を見極める冷静さが必要だと言われていた。

そして、それはたしかに見えない領域のことではあるけれども、きちんと理性を持って判断することの聡明さを持ち合わせてください、それは誰でも努力次第で身に付けられます、と結ばれていた。



【人によって直観の受け取り方は違うこと】

外からやってくる自分にとって必要な情報はさておいて、今回は自分の内側から湧いてくるものに関して書きたいと思う。

例えば、ペンジュラムを迎えるまで私は4年ほどかかっている。

人生で初めてペンジュラムを見た瞬間のことは今でもものすごくよく覚えている。

「目が釘付け」ってそういう状態のことを言うんだと思うけど、とにかく「ペンジュラム」という物そのものに対して異常なほど私は惹きつけられていた。

名古屋のSさんが私にペンジュラムを紹介してくれた初めての人だったけれども、そして購入に至るまで見たのはその時1回、数分のことだけだったけれども、私の中で鮮明に記憶に残った。

ずっと片思いじゃないけれど、私の中でペンジュラムを自分がいつか持つイメージだけは薄っすらではあったものの長くずっとイメージにあった。

私は何か未来のことをイメージするのはすごく苦手だけど、ペンジュラムをいつか持つことだけはなぜか簡単にイメージできてた。

当時は物を減らすことにハマっていて、さらにスピリチュアルグッズ全般に対して懐疑的だったにも関わらず、ペンジュラムだけは人生のどこかのタイミングで迎えたいと思った。

物に関して言えば、そこまで執着するほどのことがなかったから、すごく変な感じだったなぁと今になって思う。

実際にお迎えした時はどうかと言えば、私はペンジュラムを探しに行ったのではなくて、名古屋でお世話になった人に名古屋を出る前に贈る本のしおりを探しに行って、その道中で見つけたものだった。

もし「しおりを探す」という目的がなければ、私はそのお店には絶対に入らなかったし(ちなみにアジア系の雑貨屋さん)、そして後にも先にも店頭でペンジュラムが売られているのを見たのはその時1回きりだった。
(1年ほど前、友達について行ったパワーストーン屋さんでは見たけれど、ショーケースに入っていた)

最初の目的(しおりを探す)とは別の形で本当の目的が果たされることも、「直観」という意味では往々にしてある。

贈る物は何でも良かったはずだけど、私は色んな理由からしおりにした。

そのプロセスだって直観と言えばそうなるのかもしれない。

そして、その時のペンジュラムが今現在にすべて繋がってくる。



あともう1つ、最初の方に書いた
《これからは本当の本当に容赦ない「個の時代」がやってくる》
の部分も、そのツール自体は直観からもたらされてたどり着いたものになっている。

それは「占星術(ホロスコープ)」になるわけだけど、あの出会い方も不思議な感じだった。

その時私は何か日用品の探し物をしていて、その探し先をクーポンが使えるドラッグストアにターゲットを絞った。

ペンジュラムが指した店舗に行くことになったけれども、行ってみたら探し物はなかった。

ちなみにその店舗は初めて行った。

わざわざ遠回りして行ったのに探し物がなかったから、行ったついでに同敷地内のスーパーに立ち寄ることにした。

そのスーパーに置いてあった地域の情報誌を自分の住んでいる地域の情報誌と勘違いして持ち帰ってきた。

その中に占星術のお茶会の案内が出ていた。

自分の地域の同系列の情報誌では、その情報には絶対に行き着けなかった。

さらにはお茶会も都合悪く行けず、最終的に占星術が何かも知らないのにいきなり個人鑑定を申し込むことに気持ちが向いて、そこからまた色んなことが展開した。

展開した先の1つが今日のこの内容にも繋がっている。

そんな風だから、当初の目的とどんどんズレていくことは私の場合日常茶飯事だし、ズレている時はそのままその流れに乗っていると何かしら大切なものに遭遇する。

少し話が違うけれども、2月の頭に友達と連絡を取った際、1冊の本を紹介された。

何軒か本屋を覗いたけれどなくて、先日また連絡を取った時に「まだ本が見つからない」と言ったら友達からこんな返信が来た。


[その本は、今は恐らく市販されてないかも。
Amazonや古本屋で、中古しかないかも。
でも、ぶっしーは、そうやって本屋に行ってるうちに、違う何か大事なものに出会うかもと思って、あえて言わんかった( ^ω^ )]


友達にやられたー(笑)!と思ったけれども、その友達の捉え方がすごく素敵なセンスだなぁと感じる。

書いてて思ったのは、「直観」って何も特別なものじゃなくて、私みたいに地域の情報誌に行き着くとか、何か探し物をしてその先で必要なものに出会うとか、そういうものなんじゃないかなと思う。



【『直観力』はついでの産物】

「直観力を磨く」とかそういう言葉がスピリチュアルな本や教えにはよく出てくる。

だけど、それは私はついでの産物だと思っている。

日々小さな選択の上で日常が成り立っている。

今日何着ようとか何食べようとか、休みの日なら出かけようとかゆっくりしようとか。

そうした日常の中でする選択と、引越しとか転職とか結婚とかいう大きな選択と、色々ある。

もちろん直観力が高まるのはいいことだと思うけれど、あくまでもそれは「直観力を高めよう!」として高めるものではなく、日常の色んな取捨選択の中でその人独自の感性によって磨き上げられるものだと感じる。

さっきも話した、自分で自分の選択やその結果について振り返ること、試行錯誤を繰り返す中で自分に合った方法を見つけること、が直観力を高めることに繋がると思う。



【直観は最終的に何かしらの行動に繋がるヒントになる】

【強制終了、強制停止、体調不良、気がのらない、やりたくない、なども必要があって起こるサイン】

直観は最終的に何かの行動に繋がる。

私は行動は2種類あると思っていて、「動的行動」と「静的行動」の2つに分けられると思っている。

「行動」って言うと、動くことばかりに目が向きがちだけど、「休息する」ことや「眠る」こと、「拒否する」ことや「関わらない」ことも立派な行動だと思う。

「静的行動」は、私は初め取り扱い方がすごく下手くそだった。

休むことやダラダラすることは怠け者みたいだし、避けることや無視することは卑怯な感じがして、とにかくそうした静的行動全般に対して負のイメージが強すぎた。

当然、自分の中で勝手に「負」とか「マイナス」の価値観がくっついているから、休めばもれなく罪悪感が、逃げれば自分のズルさが浮き彫りになって、それゆえに休めない人とか逃げれない人になってた。

その辺りの価値観を変えるには2つやり方があると思っていて、1つはそういう価値観を棚卸しして自分で気付くことで変わること。(←こっちのやり方は私は難しいと感じる)

もう1つは、単純にそういう体験を通して、自分が思っていたこととは真逆の「自分にとってプラスになったよ!」の経験値をひたすら積み重ねること。

1年前の4月。

そろそろ仕事をやらないとお金的にまずいな…と思ってた。

本当に今日は動くかなと思った日、体調がイマイチで起きてるのもしんどかった。

今日が明日になっても変わらないと思って、私は布団を敷いて寝た。

そうしたらその日、離職届が届いた。

そして、まさかの雇用保険が待機期間3ヶ月なしの即給付になることがわかった。

おかげで決めることをもう少し先に延ばせるようになった。

「休む」ことをあまり良しとできなかったけれども、こういう体験をすると変わってくる。

もしあの日休まずに動いていたら、私の流れは丸っと違ってた。

「体がイマイチ」なんてのも、私は直観の1つだと思っている。

そういう静的行動に繋がる体調不良や強制停止、強制終了、やる気のなさもとても大切な要素だと今は思えるようになってきた。

それらがもたらす恩恵やこの上ないタイミングを知るようになって、そうしたことも大切なサイン、大切な直観の一部と今は位置付けるようになった。



【直観に従った場合、「それで合ってますよ」のサインが何かしら来る】

これは、今回この内容を書こうと思ったきっかけでもあった。

時間はすごくかかったけれども、本当にそれで大丈夫だったんだよ、っていうかそれが正解だったんだよ、とわかる形でサインが来た。

直観に従った先には【安心感】、それも絶大な安心感が待っていた。

未知の世界に進む時、痛みや不安を伴う。

痛みや不安の方が大きくて足がすくみそうになることもあれば、進むことさえ躊躇したくなる時もたくさんある。

その何も見えない、何も保証もない中で、自分の中で湧いて出てきたものに従ってずっと時を過ごしたこの1年半。

実際はもうそろそろ2年になる。

その行く末に、まさかの安心感が待っていたなんて、想定外過ぎた。

最後の最後、私の中で選ぶ基準になったのは、
『こんなことして何になるんだろう?』
ではなくて
『これをしなくても私は後悔しないか?』
の方だった。

だから、自分が後悔しない方を選んだ。

直観に従うというよりも、後悔しない生き方やあり方を目指した。



コピー機の前を占領していた場面がここ数日何回か思い起こされた。

全体を一望できるぐらいの狭い事務所だったから、コピー機を誰かが占領していればすぐにわかる。

月末近くになると、請求書関係をまとめてPDFに取る仕事があった。

私1人で長い時間、15〜20分くらいだったのか、もっと短いかもっと長いかも忘れたけれど、とにかくずっとコピー機を占領することが2回3回と月末近くになるとあった。

私の記憶の残り方のせいかもしれないけれど、よくよく考えたらその人が最多で私がそのコピー機の前を占領している時に何かしら自分の印刷物を取りにくる人だった。

その職場にいた時間は、その人がいなくなった後の方が2倍近く長かったのに、その2倍近い時間の時はほとんど誰ともかち合わなかったなぁなんて思った。

私は完全に背を向けていたから、来るまで誰が来てるのかわからなかったけれども、その人からしてみたら私が占領してるのはわかるわけで、急ぎなのか意図したのかは知らないけれど、とにかくけっこうな回数でかち合った。

そんな時からもうそろそろ2年になる。

まさかコピー機でかち合っていた時に、その人が私にとって私の直観で合ってるよ!って答えを示してくれる人だなんて全く思っていなかった。

その人だってまさか自分がその役割を果たすなんて、今この瞬間まで知らなかったと思う。

その人を通じて示される「私の直観で合ってるよ!」の行動は、言葉ではなく言葉以外の部分で表現されるということもわかった。

むしろ沈黙を守り続ける中でその人が示しているものはとてつもなく大きい。

書きながら気付いた。

文中にさらりと「沈黙を守り続ける」と書いたけれど、そうだ、私の見方が変わったんだと気付いた。

私はずっと「避けられてる」とか「嫌がられてる」とか「無視されてる」とかいう風に捉えてた。

だけどそうではなく、長い長い時間をかけて「沈黙を守り続けてる」というのが今一番しっくりくるようになった。

その人は静かにしているけれども、とにかく黙ったままそれでもずっとずっと変わらずに私のブログをチェックし続けてくれていることが、私にとって最大の支えになった。

ここ最近、その人が見てくれてると私が確信できる形で知った時に、真っ先に「見守ってもらえてるんだな」と感じた。

本人の意図とは違うかもしれないけれど、私からすると「見守ってもらえてる」になる。

切望した繋がりを手にできず、すべて避けられるようにして迎えた最後の時、自分の想いだけではどうにもできない現実を認めざるを得なかった。

その時にまさかずっと静かに見守ってもらえるだなんて、全く想像できなかった。

本人はそれを意図していなくても、それだけのものが私には伝わるし、本当に凄いパワーだなぁといつも思う。

そして、そうしたことがわかったからこそ、私はこの「直観」について書こうと着想を得た。



3月の終わりに、私は1年前と今とを比べて大きな変化が生まれたことに気付いた。

1年前、すべて手探りで心はいつも不安定で、その人との繋がりが何もないように感じていた時、私はモノたちから答えをもらっていた。

会える目処なんて全く立たない、連絡さえ取れない、それがわかっていても私はその人に向けてその人専用のお守りとしてオルゴナイトを買った。

このオルゴナイトが私にモノと対話することを教えてくれた初めてのモノだった。

第1号のモノ先生は、持ち主本人の意志を汲んでるのか、実に不思議なことをたくさん私に教えた。

このモノは、置き方に関してすごい細かい指示を出してきた。

特定の場所+特定の置き方をご所望されてた。

モノは私たち人間が知ってる言葉を話さないだけで、モノはモノでどう扱われたいとかどんな風に持って欲しいとか、それぞれ固有に希望や気持ちみたいなものがあると知った。

職場への同行は、ずっと単なるNOというよりも拒否という印象のNOをペンジュラム越しに伝えてきてた。

だから最終日以外は、毎日家で待機していた。

だけど、仕事の最終日、私はそのオルゴナイトのことも職場に連れて行きたかった。

私が関係者としてその場所に行けるのはその日が最後だったから、その最後の日、一緒に行って欲しかった。

その人と出逢えた場所だから、最後はそこに同行して欲しかった。

一緒に終わりを見届けて欲しかった。

前日の夜、オルゴナイトに聞いたら初めて同行することにYESが出た。

何回も何回も聞いた。

何回聞いてもYESが出た。

その人の意志とは関係ないと自分に言い聞かせながらも、「オルゴナイトが良いって言ったもんね!」と即自分ではなくまるでオルゴナイトがそうしたかったかのようにして、それで最終日そのオルゴナイトも共だって職場に出勤した。

1年前の私は、すがれるものなら何でも良かったから、本気でモノの声に支えられながらそれでその時をやり過ごしてた。

あれから1年。

本気でその人と繋がってると確信できたのは、先月3月に入って、何かの記事をアップしてからだった。

最初はたまたまだと思った。

日に日に、本当にきちんとこのブログのためにどこかで日々時間を取ってくれてることがはっきりとわかった。

1年前と変わったことを感じた。

1年前の私は、モノから何か心がやさしくなれるものや強くなれるものをもらっていた。

1年後の今、今度は本人からその部分をもらえるようになった。

ずっと自分のしていることに自信がなかった。

何になるのか?とか、無駄じゃないか?とか、こんなことして痛い人だとか、色々思った。

その人が私のブログを読むなんて有り得ないと言われた、ということもどこかの記事でも書いたけれど、本当に言われた。

暗中模索だった。

模索どころか繋がると信じる方が本当に難しかった。

模索は、答えがあるはずとか出口があるはずという希望的観測の上に成り立つ。

私には答えも出口も最初からなかった。

ありえないことに賭けたから、もしそれがありえたら本物の奇跡だというレベルの話だった。

だから、今あることは本当に奇跡だと感じるし、最初に「ブログ」と出た日の夕方からではとても考えられないところに今の私はいる。

そこに気付いて、それでそのことがきっかけで私はこの「直観」に関する記事を書くことに決めた。

自分の直観を信じて行動した結果、私は絶大な安心感を得た。

しかも想定もしていなかった形で突如もたらされた安心感だった。

この安心感に行き着くまで1年数ヶ月かかっている。

その間に積み重ねたことがたくさんあって、色々ダメだと思ったことも、理解されずに思わぬ方向から心に突き刺さる言葉たちが来たことも、本当に色々あった。

そうした時間をたくさん経て、それでようやく到達できた今だった。

下積みとは違うけれど、これが棚ぼた的な形でもたらされたものではなく、本当に小さく小さく積み重ねた先の結果だから、とても大きなものになっている。

しかも私が時間をかけたように、相手の人も時間をかけてくれていたことがわかる。

私よりもある意味私のブログに詳しい 笑。

その人がピンポイントで読んでくれた過去のブログを私も読んで、この『奇跡の果実』のシリーズにしれっと過去からの引用を含ませた箇所もいくつかあった(←大助かりv( ̄∀ ̄)v)。

今振り返ってみると、1年数ヶ月前の夕方に突如出てきた「ブログ」の一言が直観とかガイダンスだったとわかるけれども、当時は直観とかそれがその人と繋がる確実な手段だとは全く思わなかった。

もうそれしかないからそうした、そんな風だった。

今よしもとばななさんの『サーカスナイト』を読んでる。

そこの中にある言葉が、まさに当時の私の気持ちに近かった。

【あのとき自分から出てきた力をなんて言ったらいいんだろう、ほんとうにしなくちゃいけないと思ったことのために、いろんなことを置いておけた、そんな感じでした。】
(以上引用)

当時私が置いた色んなことは、先に書いた「何になるのか?とか、無駄じゃないか?とか、こんなことして痛い人だとか、色々思った」ことだった。

そう思うよりも、優先することがあった。

そう思ったままでもいいから、とにかく書いて発信すること、そこに私は力を使った。

もうそれしかできなかったから。

それしか私が自分で自分のためにできることがなかったから。

その人ともし繋がれる手段があるなら、それしか思いつくことがなかった。

この、先の見えない試みは、遠回りのようで実は一番私に合った確実な方法だったと感じる。

特に先の保証は一切ない中で自分の感覚だけで推し進める、何にもならなくてもそれもまた結果として受け止める覚悟は常に問われていたし、そうでもやりたいですか?って話だった。

すごいチャレンジだったけれども、私は私の気持ちに従ってここまでやってきて良かった。

途中一番きつかったのは、2018年の秋辺りだと思う。

その辺りから徐々に心はさらに一層折れた。

繋がるとは本当に思えなくなっていった。

もういいところ数ヶ月だろうなぁと思った。

数ヶ月というのは、私が小さな可能性を信じられるのが。

自分の気持ちの具合はさておいても、自分が賭けた可能性を信じられる力は、時間と共に小さくしぼんでいつかは消える…、そう思った。

そして、空の天体たちから【不要なものは全排除】の力がガンガンかかっているのはわかっていたから、どんなに繋がりたくても私の人生において【不要】と判断されれば、繋がることはできない、それがわかっていたから余計と私はこの究極の状態が怖くてたまらなかった。

こんな言い方はあまり好きではないけれども、それでも40年生きるとわかってくる。

魂レベルで必要と判断されない限り、私の場合は必要な人も体験も自分の人生に現れないし、そしてたとえ現れても残らない。

どんなに繋がりたくても繋がれない。

この辺りの不可抗力的な力の働き方は、他の人は知らないけれど、私の場合は強制的に働く。

それもあったから、私の中で本当の本当にあきらめモードが濃く濃く漂っていた。

そうした諸々を経ての今で、だから私は今この段階にきて、初めて自分の直観が本当に当たっていたことを知った。

いくらなんでも、この1年数ヶ月分の文章を今から全部書くのは無理。

1回1回は小さなものでも、コツコツ積み重ねたものが繋がるための大きな手段に変わった。

そして、その中でも特定の文章たちがその人と私を繋いでくれる役割を果たしてくれてる。

その人にしか響かないもしくは意味がわからないものがある。

そうしたものがきちんと伝わっている、相手から見てもそれがどれなのかわかる、ということがここに来て以前と比べたらずいぶんとはっきりとした。

数を重ねたことで、今の状態が見えるようになった。

数を重ねたのは私だけじゃなく、その人もその人のやり方で数を重ねたことが今明らかになったから、それが私の中で絶対的な安心感に繋がった。

ずっとずっと祈り、願い、望んだことだった。

いつまでもあきらめられず、自分でもどうかしてると思ってた。

でも、あの時にやってきた直観的なメッセージのおかげで私は「ブログを書く」という行動に移り、それをよくわからないまま積み重ね、そして今私をこんな遠くまで運んできてくれた。

運ばれた先には、その人との繋がりと自分の直観に従った行動で大正解と言わんばかりの絶大な安心感が待っていた。



上に書いたこととは別のことで、もう1つ嬉しい変化がある。

その人は私のこのスピリチュアル全開、ぶっ飛んだことばかりを色々言うことに対してもとりあえず読めるぐらいの包容力というか許容力がある、と知れたこと。

当初私は自分のオカルト的な部分を一切ブログには書かなかったし、書くつもりもなかった。

途中から、最初は多分ペンジュラムの紹介から、そのうちオルゴナイト、続いてモノと対話すること、天体から読み解く占星術とか、どんどんエスカレートして今はもう何でもかんでも書いてる。

死者の霊魂が出てきてコミュニケーションを取ったのも本当だから、とにかくあったことをあったまま書いている。

私はその職場にいたからわかるけれども、私がなぜそこに在籍できたのかと思うぐらいに、そこは超現実主義だし、私みたいな感じでは本気で仕事が回らない。

私の性質とは真逆の技術・専門性で世に貢献している会社で、その人だってモノと話すなんてそんなおかしな趣味の人なんて周りにおそらくいないと思う。

ある時から私はどこか開き直りもあって、私のそういうところが嫌ならブログも読まないだろうし離れていくと覚悟した。

私が色々書くようになった理由はそれもあった。

隠したって仕方ないと思った。

一時的なものではなく、死ぬまで私の中にあるものだから、そして私はモノの声を聞くのも楽しいし面白いと思っているからやめない。

モノの声を聞くだけじゃなく、他にも眉唾物の突飛な性格はベールを剥がせば剥がすほどじゃんじゃん出てくる。

でも私がどんどんそういう自分をこのブログでさらけ出しても、その人は変わらずにブログをチェックしてくれてることがわかった。

実際どんな風に思ってるのかは知らないけれど、少なくとも許容範囲なのはわかった。

私の世界観が無理な人は無理だとわかっているから(←体験済み。否定か拒否される)、ある意味これはこれで賭けだった。

私は自分を隠してその場に相応しい感じで振る舞うことは長年の積み重ねでとても得意だから、仕事に行っていた時は当然そんな自分は1ミリも出さずに社会人顔してた。

だから、その人が見ていた私とこのブログで発信している私とでは、あまりにも違うこともわかる。

社会人として可も不可もない感じで仕事をしていた。

仕事していた頃の私の印象がどうなのかは知らないけれど、ここでの私はそれとは別人のようなのはわかる。

この1年で、対面・メール・電話で、自分のスピリチュアル的な興味関心に始まり、石と対話だの死者の霊魂とやりとりする流れだの、色んな人たちに自らそうしたことを告白するようになった。

どの人にも初めて伝える時は緊張する。

ここでもそうで、自分をそのまま表現して初めて書く時は緊張よりも怖さの方がくる。

受け入れてもらえなかったら…というのは何回もつきまとっていた。

だけど、ここに来て、とりあえずこれだけおかしなことを発信し続けても無視されないことはわかった。

「ブログ」と出てきたあの頃からは想像もできない今になっている。

もしあの時無視してブログを書かなかったら…。

当たり前だけど、今の現実はない。

そして今回何よりも大きかった「見守ってもらってる」感と絶大な安心感は手に入らなかった。

当たり前だけど、「これ直観ですよ!従った方がいいですよ!結果出ますよ!」なんていう解説付きではやってこない。

あくまでもさらりとやってきて、やるやらないはあなた次第ですよ、って感じ。

でも、本当にそれが合っているなら、それが正解だとわかる結果がついてくる。

仮にやらなかったとしても困らなかったのかもしれない。

ただ、失うものも大きかったと思う。

今回得たものは、自分の自信も含まれる。

自分が信じたものが本当に叶うよ、ということも教えてもらえた。

信じる要素が1つもないような、限りなくゼロに近いパーセンテージのことに自分自身を懸ける時、それって何でできるのかって、それだけそのことが大事だからだと思う。

それだけ究極の選択を前にした時にやってきた直観だった。

また「魂」とか言っちゃうけど、本当に魂が叶えたい願いならどんな手段使ってでも訴えてくると思う。

生きているうちに本気で叶えたいことだから、いくら普段の生活からしてぶっ飛んだおかしな発想でも、それでも叶えて欲しいから全力で何かしらのメッセージを送ってくる。

魂系統の直観は、直観の中でも一番おかしなことばかりを言ってくるけれども、代わりに魂側からして絶対合格だから、叶える力も強い。
(魂系統の直観って…( ̄∀ ̄;)、言葉他にないの?と思う( ̄∀ ̄;)。)

時間もかかる場合もあるけれど、それでも必然と言わんばかりに叶えてくる。

4年越しにペンジュラムと私とを引き合わせるとか、モノと対話する発想をもたらすとか、探し物の誘導に見せかけて占星術に導くとか、こうして現代的ツールを使って繋がりたい人と繋げてくれるとか。

そうした時の最初にやってくる直観こそ変は変だけど、その直観の通りに動いてみると1つ1つがしっくりくる。

しかもそのこととは長い縁を紡ぎ始める。

対(たい)人の場合、相手から見たものはわからないけれど、私から見て強くて長い縁に見える。

そして、本当に大切にする。

がんばらなくても、自然な流れの中で「大切に扱う」自分がいる。

直観は、ヘンテコメッセージみたいだけど、それは自分を大切に扱うこと、そして自分が大切にしたいものを大切に扱うこと、それを最初に教えてくれる入口のようなもので、そしてその先には信頼とか安心というさらなる良きものが待っているよ!の合図なのかもしれない。