2018年11月13日火曜日

ペンジュラムの今

あとから書かなくなるという選択を阻止するために書く。

ペンジュラムのこと。

ペンジュラムを使って、山に入って行方不明になった人を探すお手伝いをすることになりそう。
(すごい険しい山じゃなくて、多分当人の家の近くかと思う)

自分なりに多少迷いもあって、でもやりますと返事したから、そこに至るまでの色々を備忘録として書こうと思う。

事の発端は先週。

日曜日に友達とあるイベントへと行くにあたり、その詳細を主催者の人に聞くために連絡を取った。

その主催者の人とはFacebookのメッセンジャーを使ってやり取りしている。

忘れもしない、9月末のホロスコープ講座の直前に携帯を滑らせて落下させたら、画面バリバリに割れて、機種変をせざるを得なくなったこと。

元々必要に迫られない限りアプリもダウンロードしないから、その時(連絡を取った先週)になってようやく新しい携帯にメッセンジャーをダウンロードした。

1ヶ月以上チェックしなくても全く不便はなく、そのイベント詳細確認の必要に迫られてようやく開いたメッセンジャーだった。

そうしたら、その主催者の方から、ちょうど機種変をしていた直後ぐらいに連絡が来ていて、その時にペンジュラムの件をお願いされてた。

私は日付を辿ってそれが9月のことと知り、とりあえず機種変して今11月になって初めてメッセージを開いて読んだことや知らなくてそのままにしてしまい申し訳ないことなんかを書いて返信した。

普段ならメッセージがくると、YahooのメールにFacebookからお知らせが来るようになっていた気がするけれど、それも来なくて気付くのが遅くなった。

返信前は、あれから時間もかなり経ったし見つかっただろうと思ったら、まだ見つかっていないとのこと。

もし何かできることがあるなら言ってください、と返信した。

心強いですと返ってきたから、それっきりなのかな…と考えた。

だけどその後から猛烈に気になりだして、自分はどうしたら良かったのかよくわからなくなった。

どうしたら良かった…というのは、見つかっていない、何かあれば協力を申し出たら、心強いですと返ってきて、そのままにしていいのか色んな意味でわからなかった。

ちなみにペンジュラムで人探しはさすがにしたことがない。

何でその人から頼まれたかと言うと、さらにさかのぼって9月に会った時、その方の出生時間をペンジュラムで出したことに由来する(本人がとても必要としていた)。

それが合ってるかどうかは知らない。

ただ、本人の感覚と私の感覚とそして本人の手とペンジュラムを使って確認したこととが一致して、それでその時間で間違いないだろうとなった。

そのことがあったから、その人も私に人探しのことを聞いてきた経緯がある。

私は1人でペンジュラムにあれこれ聞いた。

とりあえず、行方不明になっている本人が家に帰りたがっていることはわかった。

だけど、私が何かあれこれするのはYESにならない。

ただ、相手側の要請があったら「やる」にYESとなった。

そういうことに首を突っ込んでいいものかどうかの判断がつかなかった。

ペンジュラムを使って本当に人探しをするのは構わないけれど、そんなのできるかどうかもわからないし、そしてかなり気になったのがその連絡のタイミングだった。

こんなの一生に一度あるかないかのような超重要な連絡だったにも関わらず、そのタイミングで私の携帯は使えなくなっていた。

正しくは、機種変の直前まで使えていて、機種変終わるまでの短い時間だけ使えなかった。

そして、LINEは私にとって電話やメールに並ぶ重要性のあるものだからすぐにダウンロードしたし、なんならその携帯が使えなかった間に来たLINEも無事移行されてきた。

だけど、メッセンジャーは普段からほとんど使わないし、メッセンジャーでしかやり取りしない人は相当限られてくるから、急を要す要素がない。

その滅多に使わないメッセンジャーにその空白の数時間に連絡があったという、ある意味すごい天文学的確率で連絡が来ていた、で、気付けなかった。

だから私は今回連絡を取る必要が出てきて初めてダウンロードした。

そんな超絶ありえないことが、これまた超絶ありえないタイミングで連絡が来て、そして諸々の事情が重なって1ヶ月以上放置されてた。

そのことが私には気になってしまった。

状況だけ見たら、ストップがかかったわけだから、私はやってはいけないのかな…と思った。

私が自分の感覚だけでやっていいものかどうかがわからなかった。

事が事なだけに、安易に「はいやります!」と言うのもおかしいし、反対に「やりません」と言うのもおかしい。

とりあえず、相手の方も何も言ってこないから、私から積極的に触れるのはやめようと思った。

そして、私からはその件には触れず、とりあえず日曜日に会った時の様子で自分がどうしたらいいのかは考えようと思った。

イベント会場に入る前に、友達にも相談した。

友達もペンジュラムを持っていて(←私があげたもの)、友達のペンジュラムにも聞いた。
(質問は口に出さず、番号だけ言ってYES NOを見た)

ペンジュラムは私の時と同じで、私が自ら積極的に出るのはNOだったけれど、頼まれてする分にはYESだった。

友達の時も、行方不明になっている本人は帰りたい、にはYESが出た。

友達に事情を説明して、とりあえず積極的に言うのではなく相手の出方を見てもいいかもね、ということに落ち着いた。

会場に行った時に、実はその家族の方も今日は来る予定でいたけれどそんな事情ゆえ来れなくなったこと、来れていたのなら私を紹介しようとしてたこと、もう一度聞いてみてお願いしたいということならお願いします、と言われて帰ってきた。

で、2日後の今日さっき連絡がきて、具体的に話を進めたいということで、今細かい調整の連絡待ちになっている。

ちなみに私は、正直なところ、ペンジュラムを指名されるなんてゆめゆめ思っていなくて、どうそのご家族には説明するのかな…と思っていたら、その依頼されてきた方がそういうことに理解のある方みたいだった。

ものすごく納得した(←そこも事情がわからなくて、私的に気になっていたことだった)。



ペンジュラムを持って2年半。

最初は自分のことだけに使っていて、時々友達や妹に聞かれて聞いたりすることはあっても、基本は自分使いだけをしていた。

それがオルゴナイトの登場により他の人のためにも使うことが増え、なんなら遠隔でも使うようになったのが今年の3月から4月にかけてのこと。

ちなみに、私が意図して遠隔をしたのは、金沢の妹のところに遊びに行った時に、追加で頼まれたオルゴナイトの購入のためにしたのが最初だった。

もう在庫限りしかオルゴナイトがないことを知っていたから、金沢にいる間に売り切れても嫌だから、それで取り置きをお願いしようと思った。

まずは新潟県内のお店に電話して、何個オルゴナイトが残っていて、どういう配列で並んでいるかを聞いて、一旦電話を切った。

切ったら適当な紙に配列を書いて、その上にペンジュラムをかざして、頼まれた人たち(私は知らない人)の名前が反応する場所を定めていく、そういうやり方だった。

どっちみち人は知らないし、その人たちの個人的背景なんかもっと知らないし、オルゴナイトの中のパワーストーンの効能も知らないから、私は単にペンジュラムに聞くだけでそれ以上のことは何もしない、と言うよりもできなかった。

私とオルゴナイトを希望している人たちの間に入っている人も、希望者には「新潟の子がペンジュラムを使って選ぶから、それに任せておけば大丈夫」と言って紹介してくれてた。

だから、細かな事情は一切知らされず、全部一任されていた。

そうやって任されたことも本当にありがたくて、おかげで私はペンジュラムだけを頼ってそれぞれのオルゴナイトを選ぶことができた。

そんな風にして遠隔デビューをし、そして見事にどれもピッタリのオルゴナイトが各人に向けて届いたということを後から知った。

職場の人で仲良くしていた人にもプレゼントして、その人からもめちゃくちゃ喜ばれた。

しかもその人の個人的に好きな石とかは知らなかったのに、まんまと本人の好きなものをペンジュラムは選んでくれてた(誕生石だったかも)。

郵送したうちの1人の方は、ずっと形見として持っていた祖母の帯をオルゴナイトを入れるための袋に作り替えるということで、その写真まで後日送られてきて見せてもらえた。

そもそもその辺りはペンジュラムを使って物と対話する趣味を始めて間もない頃で、オルゴナイトが何か言ってくるかな?という興味関心で、まとめて郵送する前に各自のオルゴナイトに色々質問をしてた。

その帯の方の分は、オルゴナイトの方から、家族とかから譲り受けたものの近くに置くようにという指名があった。

そんな指名が出たオルゴナイトは初めてでビックリしたけれど、何回聞いてもそう言うから、それがその人とその人のオルゴナイトにとっては正解なんだと思った。

私には何のことかさっぱりわからなかったけれど、間に入った人が私の話をそのまま説明して、それで話を聞いた方が祖母の帯がピンときて、それで形見の帯とオルゴナイトが結びついた次第だった。

しかも私の手元にあった時に、その受け継いだものとオルゴナイトを一緒にすることで、その人を守る力がもっと働くということも、ペンジュラムを通じて出てきたメッセージだった。

そのメッセージ通りの展開が本当に繰り広げられた。

それは本当に感動的で、ペンジュラムはこういう使い方もできるんだと知った出来事でもあった。

9月に入ったある時のこと。

ネットのタロットカード占いで、「道具は私に使われても文句を言わない」というメッセージが来た。

その少し前からか、ペンジュラムと言い、人の潜在意識からのメッセージをキャッチすることと言い、何でそういうものたちが私のところに来たのかを考えるようになった。

どう考えても、自分のために使うためだけに来たとは思えなかった。

ペンジュラムにも聞いたら、当然NOが出て、これは他の人たちのためにも使うものなんだろうなぁ…というのは思った(←こちらは当然YES)。

それを色んな理由で延ばし、やらず、逃げて…なんてしてたら、とうとうハロウィンの夜にヒーラーのOさんから、私の魂から来ているメッセージとして、そのまんまのメッセージをもらった(滝汗)。


【以下、メッセージ一部抜粋】
なぜ歩まない?
何を迷っている?
まだ認めていない。
あなたは逃げる。
まだ逃げても良いと思っている。


このメッセージの後に1ヶ月遅れでやってきた、行方不明になった人探しのお手伝いの依頼…、という流れだった。

さすがの私も、自分のペンジュラムがかなり特殊なのは知っている。

私から見ても、かなり力がある。

かなりというか、もうあまりにすごいから、想像を絶する。

友達や妹で私のペンジュラムをよく知っている人たちは、「聞きたいことがあるけど怖い」と言う。

ズバリで答えが示されてしまうから(それに沿う沿わないはもちろん本人の自由)、「聞きたいけど聞かない」とか「来て欲しくない答えが来たら怖いからやめとく」などと言われる。

なんならつい最近も、ホロスコープ講座の資料を入れるファイルを探していた時に大活躍した。

最初大型文具店に行って(そこは常に安くて重宝している)そこで買おうとしたら、ペンジュラムがファイルだけは NOを出した。

なんで?と思ったけれど、すぐのすぐに要るわけじゃないからいいかと思ってそのままにした。

その後大型ショッピングセンターに用事はなかったけれど、KALDI(輸入食料品店)もあるしキッチン道具のお店もあるから時間つぶしに見に行こうと思って行った(約束まで中途半端に時間があった)。

驚いた。

店内にはいつも小さな催事をするコーナーがあって、今回は店内の色んな日用雑貨の在庫一掃セールをしていた。

そこにさっき買わずにやめたファイルが、なんと大幅値下げで100円で出ていた。

もちろん買った。

私個人の使い方になると毎回おちゃらけたような話が満載すぎるけれど、ペンジュラムに「私にお買得情報を教えるために私のところに来た?」と聞いたら思いっきりNOが出たけれど(笑)、本当にきちんと意味があって今私の手元にあると思う。

ペンジュラムもだし、他の人たちの潜在意識からのメッセージをキャッチするのもそうだけど、そういうのは濫用するためにあるのでも私個人が得するためだけにあるのでもないと思う。

必要なところ・必要な人に生かしてなんぼの世界だと思う。



話は戻って、人探しの件。

何が正解かはわからないし、どういう結果になるかもわからない。

だけど、こういう他の人たちに関わることが今後も増えていくと予想されるし、それにあたって私の方も覚悟を決めるというか、きちんとやることを自分の中で認めていく・決めていくことが大切だと思っている。

ヒーラーのOさんからあのようなメッセージを書いてもらったくせして、私はまだこの期に及んで逃げようとしているし、ヤダヤダと子どもみたいなことを言って避けようとしたりしている。

今回は必要とされるなら行きます、という気持ちに立っているけれど、またいつ弱気になったり逃げようとするかわからない。

こういう無数の選択を今後していくためにも、自分の小さな軌跡は残しておこうと思う。

ちなみに何がそんなにも私の中の抵抗感を生み出すのか知らないけれど(←これはかなり大事だから自分の中で内省している)、いきなり明日から超やれます!みたいにはならないから、もう1つ1つ自分の中でクリアにしたり和解したりするしかないなぁと思っている。

2018年11月12日月曜日

考察タイム

「繋がっている」

もし好きでもない人から「繋がっている感覚がある」なんて言われた日には、私全身鳥肌が立ってドン引きする。
(そんなセリフ言われたことないけれど)

という自分の反応もあるから、この話をするのは相当ハードルが高い。

けれど、私の中ではどうにもならない感覚だから、今日はその検証タイム。

適当な言葉が思いつかず、思わず「繋がっている」と前回書いたけれど、これはあくまで言葉にするならそれだということ。

アラフォーの独身女が二度と会う確率はもう限りなくゼロに近い同年代男性に対して「『繋がっている』感覚がある」などと発言すると、痛いレベルではなく、本気で大丈夫?精神科行く?のレベルだと思う。

自虐ネタを披露している場合じゃないけれど、あくまで一般的に見てというレベルで前置きしないと、それこそ本当に痛い人になるから説明してみた。

そんなことは百も承知の上で私はこれから検証する。

そういう思考回路も毎回もれなくある中で、それでも繋がっている感覚を覚えるわけだから、もう話は尋常じゃない。

私は誰からも理解されなくても当然だと思っているし、むしろ理解して欲しいなんて言えない。

だけど、自分だけは自虐ネタにしないで、本当の本当に感じていることを素直に表現したいと思う。

だって、私の中の感覚を的確に表現できるのはこの世で私1人だけだし、それは誰かに理解してもらうためにするのではない。

強いての理由は、伝えたい人がいて伝わって欲しい人がいる、ただそれだけ。

じゃなきゃ、こんな痛々しいことを自らの手で公表するなんて、そんなことしたくない。



私は今でもあの強烈に自分の細胞中でその人のことを自分が想っているんだと知った瞬間のことを覚えている。

「強烈」というのは、「ゲッ“( ̄ω ̄;;)੭ꠥ⁾⁾」という方ではなく、強く烈しくの文字のごとく強烈だったということ。

自分が日々なるべくその人のことを考えないように努力をしてたのは知っていた。

でも、実際にどの程度どう意識しているのかは知らなかった。

怖くて知りたくなかったから。

だから私は自分のことをずっと誤魔化していた。

「気のせい」という言葉を呪文のように唱えまくってた当時。

イケメンに優しくされて浮かれポンチなんだと自分を無理矢理枠にはめようと躍起になっていた当時。

とにかく否定することばかりに力を入れていたせいで、本当のところ自分がどの程度どうなのかなんて全然わからなかったし、わかろうともしなかった。

その人がいなくなってしまう1ヶ月ちょい前の夜。

東京の妹行きつけのヨガ教室に行って、目を閉じながらのヨガ。

薄暗い明りの中で、意識はリラックスした状態。

ヨガの間中、どんなポーズを取ろうがじっとしていようが、頭のてっぺんから足のつま先まで常にその人のことでいっぱいになっていて、体は先生の言う通りにやっていても心はその人だらけで全く集中できなかった。

言うなればその人にひたすら集中していた。

そして仰向けに横になって瞑想みたいなことをしていた時、私はもう自分でもどうにもならないぐらいに、全身全霊細胞中にその人が自分の中にいるということがわかった。

自分でもギョッとした。

えっ?そんなに?みたいな。

私はまだ後戻りできるんじゃないかと思っていた。

でも、もうこんなに?という引き返せないレベルどころか、どこをどうやってもその人のことを考えていない隙間が自分の中に一切無いことに気付いて、それで堪忍した。

今振り返ると、当時はそれを恋愛感情としてしか捉えていなかったし、それ以外に何かあるなんて思ってもいなかった。

だけどその後色んなことが急降下する中で、恋愛感情もあったにしてもそれだけではない、というかそれ以外の部分の方が圧倒的に多いことに気付いた。

その人に手紙を書いた時がその最初の兆候だったけれど、あの時の激情はもう言葉では言い尽くせないほどの激しさだった。

理性をはじめ色んなものがぶっ飛んだ。

あれは魂の為せる技だなと思う(←これはうんと後からわかったこと)。

一緒になれるなら一緒になりたい♡なんていう恋愛にありがちな気持ちよりも、「今しか伝えられない、今伝えなきゃ絶対にダメだ」という何かに迫られたような感じで手紙を書いていた。

伝えなきゃいけないと思ったことは、命がけで書くみたいな、生きて会えるうちに何が何でも伝えなきゃみたいな、そういうよくわからない気持ちに駆られて書いた。

そしてラブレターでもない、本当に何だあの手紙?と思うような手紙を書いて書いて書き倒した。
(多分下書き直し清書合わせて24時間ぐらい、没頭していた)

もう人生で交わらない、今を逃したら絶対にダメだ、そう思った。

一緒にならなくても伝えなきゃいけないことは伝えよう、それだけだった。

私の気持ちを伝えたというよりも(何なら気持ちを表す言葉は一言も書いていない)、本当にそんなにたくさん書いたけれど一体これは何?というものだった。

多分相手からしてみても「俺ラブレターもらったんだよね」とはならないと思う。

そういう手紙じゃない。

その辺りから、私は好きや恋愛とかの感情とは何か違うというのを感じ始めていたと思う。

世の中にある、ありとあらゆる感情を寄せ集めて、ありとあらゆる愛を集めて、それで全部を足して1つの壮大な気持ちを作ったとしても、そんなのでは足りないぐらいに何か違う気持ちがあった。

大げさに言っているのではなく、それぐらい大げさに言ってもまだまだ全部じゃないぐらいに何か壮大で深遠なものだった。

ちなみに目の前にいた時は、現実に打ちのめされ、全く繋がっている感覚はなかった。

むしろ繋がれていない目の前の見える現実だけに囚われて、細かいことを考えてる余裕がなかった。

その辺りの細かいことは覚えていないけれど(←毎日会えなくなるカウントダウンと絶対に私を見ないぞ的な感じと自分のどこにもやりようのない気持ちとの間で必死だった)、多分繋がりを最初に感じたのはいなくなってからだと思う。

ある時、その人はいつも私の中にいる、ということに気付いた。

本人がいなくなったら気持ちが消えていくわけではなく、むしろ普通にいるということに気付いた。

その辺りは、いきなりいなくなったら気持ちが変わるわけではないのと一緒だと思う。

そこから繋がっている感覚にいくには、どんな思考回路だったんだろう…。

最初は「いる」だった。

繋がっている、なんて若干図々しい勘違いみたいな思考回路はなかった。

当時は「いる」の方が自然だったけれど、今は「繋がっている」の方が自然な感じ。

その人は常にいて、そのことを疑問に思うことはなかった。

正しくは疑問に思う余裕がなかった。

本当にいつからなんだろう、その人と繋がっているというような感覚が出てきたのは。

このブログも関係しているけれど、仮に書かなかったとしてもその感覚は生まれたように思う。

ちなみにブログに関して言えば、わりかし早い時期からもしかして届いているかもしれないと思った。

去年の10月に再開して、時期とかあまり覚えていないけれど、年内にはそう思ったと思う。

もちろん証明する手立てなんかないし、それ妄想じゃないの?と言われるのが当たり前だと思う。

でも私には私から発信されるものが相手の目に触れてる気がした。

今は読んでいると9割思っている。

最初そう思った時は(もうそれがいつかも覚えていない)、まさかね!と思った。

まさか読んでるわけないよね、と。

でもいつからか読んでる気がするようになって、細かな心情の変化は今さらどうだと説明できる言葉を持っていないから何も言えないけれど、少しずつ少しずつそんな風に思うようになっていった。

そしてもし当たりなら嬉しいことが1つある。

その人のことは一切登場させず、私が見て感じたその人の特徴、多分本人はそれを自分の短所や弱点として見ているかな…と勝手に想像しているけれども、そのことに対して私なりに感じていることを書いた文章がある。

その人に読んで欲しくて書いただけじゃなく、そこに載せた私なりのメッセージがある。

書いた当初は、これ伝わったらすごいなと思った。

さらにそれはその人については一切触れていない、なんなら別の人たちが何人か出てくるもので、そこからメッセージをキャッチするのは難易度高めだと思う。

私の勝手な感覚だけど、その中に出てくる人たちの素敵な感性や雰囲気とその人との間に似通ったものを感じていて、そこを何とか伝えられないかな…と思って書いたものだった。

私はその人なら私が言わんとすることをわかってくれるんじゃないかと思った。

全部確認したわけじゃないから断言はできないけれど、多分その記事が去年の秋に再開して以降、最多で読まれている。

ということがつい最近わかった。

もしそれが本当にその人から読まれているのであればとても嬉しい。

繋がっている…はいつから思ったことなんだろう。

最初、2月のホロスコープ鑑定の時かと思ったけれど、そこじゃない。

決定打にはならない色んなことが、私に「繋がっている」という感覚を覚えさせたのかもしれない。

その人とは本当に色々とありえない形で出逢って、そしてそのままスルーしそうな私に「ここだよ」と本人はアピールの気はさらさらなくても私がきちんと気付けるようになっていて、その後もありえないやり取りがいくつか重なって。

いなくなったらなったで、その人に通じているものをいくつも見て、どんどん色んな点と点が線になっていって、そして1年以上現在も進行形で日々やってくるサインたちや、出逢う前からの偶然と思っていた出来事たちに気付いて、だから「その人が自分の中にいる」ということに加えて「色々何だか知らないけれど繋がっている」ということを思った。

たしかに私は元々シンクロをメモして振り返って1人うっとりみたいなちょっと変わった趣味を持ってはいたけれど、いや、だからこそ余計とわかった。

その人とのシンクロの起こり具合が半端なかった件。

振り返れば振り返るほど、神さまのいたずらですか?みたいな域だった。

もう神がかり的な感じのことばかりで、回数はもちろん中身も異常だった。

多分これが自分やその人が頑張ってとか求めてとかいう体で起こっていたのなら、意図的だなと思う。

だけど、相手も相手の人生を生きていて仕事しているだけで、私も私で生きていて仕事しているだけで、なのにどうしたらそれだけのぴったりカンカンな出来事がいくつも起こるの?という具合だった。

しかも本当にちょっとでもずれていたらいけない。

何もずれることなく、本当にすべてはピッタリのタイミングで起こっていた。

1分としてずれてはいけないことが満載過ぎた。

いなくなった後も色んなことが鈴なりに重なり続けたし、今も重なり続けている。

今思うと、2月のホロスコープ鑑定で知らされた魂の繋がり云々の話は、私の中で「まさか」というよりも「やっぱり」という感じだった。

もちろんそんなことを聞くためにホロスコープ鑑定を受けたわけでは全くなかったけれど(むしろそんなこと聞くなんて当日迎えるまで思ってもいなかったけれど)、聞いてとてもしっくりときた。

何よりもあの意味不明な手紙を書く理由が自分なりに理解できたのは大きかった。

私の気のせいとかではなく、本当に繋がっていたんだなと思った。

そしてこれはペンジュラムのおかげでもあった。

異常にペンジュラムを使いこなせていた理由は過去世にあって、そしてどうやらその時の人生にその人は近くにいた模様。

「過去世」とか言ってる時点で怪しさ満載だけれど、私には十分な説明だった。

自分がペンジュラムとどんな風に付き合ってきて、そしてペンジュラムからいかにたくさん救ってもらったかを知っているから、だから過去世で使っていたのは間違いないと感じた。

そうした繋がりの中にその人もいたとするなら、手紙も激情も最後に見たその人の後ろ姿も全部全部1本の線で繋がった。



繋がっている…こういう時に思う。

前回の文を書いていた時のこと。

「このまま一生会えなくても不思議じゃない」この短い文章を書いていた時だった。

書きながら、涙がツーと流れた。

ボロボロっと2滴3滴と出てきた。

頭では会えないことがどう考えても普通だと思う。

でも、心はそんな風に考えていない。

それは嫌だというのと、受け入れられないのと、色んな気持ちがごちゃ混ぜになった。

冷静になると、現実は繋がってないんだからこのまま会えないと考える方が自然だと思う。

でも書いている時に出てきた気持ちは、私の心からの本心だった。

なぜなら書いている時の自分は、ある種の集中力を発揮していて、感覚がフラットというかごちゃごちゃ考えることが少なくなる。

書くことは心を吐き出す作業みたいなもので、スルッと言葉が出てくる。

それは考えて出すんじゃなくて、自分の中にあるものを文字にしているだけ。

そうした時に出てきた涙で、そんなの嫌だと思った。

それは静かな中でとても強い感情だった。

私は30歳を過ぎてからきちんと泣けるようになった。

それまでは泣かなかったわけではないけれど、1人の時でさえも気を張ってるようなところがあってきちんと泣けたわけではなかった。

30歳を過ぎてから、泣くことをあまり我慢しなくなって泣けるようになったことで、涙にも種類があるとわかった。

そんなのは普段出てこないけれど、出てくるとわかる。

自分の深い部分が反応して出てくる涙は、他の涙とは違う。

もう一生会えないと書いた時の涙はそれだった。



もう1つ、おかしいことを思い出した…。

今となっては検証のしようがないけれど。

転勤が決まって、寂しくなるでしょ?とその人は職場の人から聞かれた時、それが全く寂しくない、と答えていたというあの言葉を聞いた時。

時差も当然あるし、第三者を介して聞いていたこともあるし、私も当時はいなくなった直後で寂しさマックスだったという、色々そうした要素がありすぎて、そして私のこれこそ妄想かと思って即座に打ち消していたけれど。

実を言えば、その話を聞いた本当の最初の反応というか声?言葉?は、「違う!」だった。

違うというのは、言うのもおかしな話だけど、とっさにあれは私的に「違っていて欲しい」という意味で浮かんだ言葉だと思ったけれど、もしかしたらそうじゃなかったかもしれない。

上手く言葉にできないというか、確認のしようがないから難しいんだけど、話の中に嘘が混じっていると、たとえそれがその場にいない人が発言したことであっても、その違和感みたいなのを察知することが度々ある。
(友達や妹との会話なんかだとけっこうよくあるから、それこれこれこうじゃない?と聞くとそうだよとかそうかもという返事がけっこう返ってくる)

もちろんそれを教えてくれた人に「それ本心ですか?」なんてアホなことは聞かなかったし、ましてや「違う!」と最初頭によぎったことなんかも言わなかったけれど、でもたしかに私はあの時「違う!」とまず出てきたことは覚えている。

だから何だ?という感じもするけれど…。

もう少し言うと、私が感じた「違う!」はこんな風だった。

「全然寂しくない」と言ったその言葉は、ある角度からは本当にそうだし、でも別の角度からはそうではない、そんな風に感じた。

仕事面においては寂しさなんて本当に本人の言った通り皆無だったんだと思う。

元々希望して新潟のへんぴな町に異動になったわけじゃないと思うから、そしてそもそも転勤希望を出していたみたいな話も聞いたから、だから全く寂しくないと言ったのは本当に本当で、そこは私も否定する気はない。

だけど、あの時まず「違う!」と出てきたのは、別の部分での違うだったように感じる。

あの時に自分の体質的なものに今ほど気付いていたのなら検証のしようもあったのに(苦笑)。

それは、瞬時に浮かんだ言葉で、音量も大きくて(←別に音声として聞こえるわけじゃなくて、言葉が発する強さみたいなのが音量が上がったり下がったりするように変わる)、しかも一言はっきりと「違う!」と出てきた。

てっきり自分が違うと思いたくて出てきたかとその時は思ったけれど、今思うとなんか違う気もする。

だって、「違う」っておかしい。

私なら「えー、私は寂しいのに」とか「私はそんな風に思えない」とか「寂しくないなんてショック」とか、もっと自分よりの視点で何かを感じるのに、あの時は一言はっきりと「違う!」だったから、私が瞬時にキャッチしたのは別のものだったのかもしれない。

本人の本当の気持ちみたいな、人には言わない気持ちみたいな、もしかしたら本人さえも気付いていないようなものとか、それがあの「違う」だったのかもしれない。



あまりにも色んなことがあった1年だったから、何が結局「繋がっている」と思う1番の理由なのかは、書いていてますますわからなくなった。

だけど、「心の中にいる」だけにとどまらず、「繋がっている」と感じているのは本当。

最初に書いたように、もう生涯を通じて会えないかもしれない人相手に「繋がっている」なんて感覚は普通に考えておかしい。

ここに書いたことも、人によってはおかしいと思われる内容だと思う。

でも、ここに書いたことは少なくとも私にとって真実になっている。

そして1番の証明になるかは知らないけれど、私はあの時に流したような涙は他のこと他の人では出てこないことも知っている。

たとえもう交わらない人生であったとしても、この感覚は私の中で何か変化がない限り続くんだろうなぁと思う。

細胞レベルに刻まれているものだから、そんなに簡単に無くなる感覚ではないだろうなぁ…と少しあきらめにも似た気持ちを持っている。

忘れたくても忘れられない、そういう人になっている。

これからどうなるとか、そういうことはわからないからもうこのままでいいかと、今さらどうこうするものでもないから気持ちのままにいてみよう、そう思っている。

1つだけ確信していることがある。

もしもう一生このまま会わずに人生が終わったとしても、私はこの気持ちを持ったことを絶対に後悔しない。

むしろ、その気持ちを持ててしあわせだったとその時の私は思うんじゃないかと思う。

そして出逢わせてくれてありがとう、と。



昨日会った友達は毎回面白いネタを提供してくれる。

運転席の彼女は超真面目な話をしていた。

これから先の人生についてと、そしてアクションを起こそうとした矢先に同じようなことが立て続けに起こって、これは今動いてはいけないんだと思った、というような話をしていた時だった。

友達は突然、その人の名前を3回ほど連呼した。

超真面目な話だったにも関わらず、友達は横で「うわぁー、また言わされた(˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」と突然声のトーンを変えて言った。
(運転中なのに、本当に手のジェスチャー付きで友達は言ってた)

その友達はその人のフルネームを知っている(私が教えたから)。

友達は真面目な話をしていただけでその名前を言うつもりなんて一切なかった。

なのに言っていて(私は気付いたけれど、真面目な話だったからスルーするつもりでいた)、真面目な話が一転笑い話に転じた。

ちなみに友達にフルネームを教えようと思って教えたのではなく、あまりにもちょいちょいその友達の口から関係のない話の時にその人の名前が上も下も出まくりだったから、それで教えた。

一事が万事こんな風だから、本人の知らないところで時々はネタになり、クッション材のように笑いをもたらし、なかなかステキな立ち位置に立っている(笑)。
11/12  23:59



【追記】
途中の部分を書き直した。

本当は消そうかと考えていたけれど、もう少しきちんと説明しようと思った。

昨日22時ぐらいの時点で、その部分以外は完成していた。

アップしようと思えばできるぐらいにまで書いたけれど、何かどうしても引っかかって、他のことしながらアップを引き延ばした。

私はブログで迷うことがあるとペンジュラムに聞く。

このままアップしていい?とか、この一文は消す?とか。

昨日はアップするしないを迷った時に「まだ」ということと、他にもう1つ付け足すことがあるというのがわかった。

でも付け足すのが何かはわからない。

23時半過ぎたあたりに訂正箇所の部分を初めて書いた。

自分じゃ何も思いつかなかったから、8月に書いたものの中にヒントがあるみたいで、それで見直して出てきたのが「違う!」のことだった。
(8月にヒントがあるというのは、ペンジュラムから教えてもらった)

「繋がっている」をテーマにした時に、どうしてその話がここに繋がるのかはいまいちわかっていないけれど、まぁ意味はなくてもいいかと思って書いたのが上のことだった。

そしてその日のうちにアップするにはあまりに時間がなくてすごい中途半端な話になったし、そんなおかしなこと言うのも嫌だったから次の日消してもいいなぁと思った。

だけど、今朝起きたら、消すんじゃなくてきちんと説明しようと思った。

曖昧な記憶ではあっても、自分が覚えてる限りのことは書きたいと思った。

自分の記憶もかなり怪しいけれど、あの時に「違う!」と出てきた感覚は、春先に初めて対面で目の前でわかる形で本人から本人に向けてのヒントを私がキャッチした時の感じに似ていた。

感覚の記憶は曖昧なところがあっても、真っ先に「違う!」と出てきたのははっきりと覚えている。

区別が難しいけれど、突然その言葉がやってきて(脳裏に浮かぶような感じ)、そしてものすごくはっきりとした言葉で言い切りの形でくるのが、強いて言うなら私の思考とは違う感じだった。

昨日はわざと書かなかったけれど、私が感じる繋がっている感覚は体感覚を伴うものもあるから、それとこの「違う!」と出てきたことはどこか似通っている。

別物だけど、わたしが体を使ってキャッチするという意味で同じ。

「違う!」も他の体感覚についても本当に合っているのか、私の単なる勘違いや妄想なのかはわからないから、本人に聞けるものなら聞いてみたいところ。

私が感じる「繋がっている」は、自分の願望が単にそのような感覚を生み出すのか(←単なる痛い人)、そうではなくて本当に何か繋がっていてそうなのかはわからない。

後者ではなく前者であっても、まぁそれで私が穏やかな気持ちになれたり、心のお守りじゃないけれどそんな風に感じられるなら、それでいいかと思っている。

ちなみに、本当に違うというのが合っていたら、それは言い返せば「寂しい」ってことになるけれど、それこそそんなのは私が寂しいのと混同していたり、もしくはその人も寂しいといいなぁなんていう私個人の願望みたいにも見えるから、判断は難しい(苦笑)。

でももし私の妄想劇場のような話が本当だとするなら、最後の瞬間、私が帰る姿が絶対に目に入らないようにものすごくヘンテコな位置で背中を向けていたあの姿はわかる気がする。

それなら「違う!」というのも頷ける。

もちろん、無意識にそうしてしまうぐらいに私が嫌だったという可能性も否めないけれど。

これは仮説だけど。

もし本当の本当にその人と私が魂的なご縁で繋がっているのだとすれば、私にとってもその人が自分の世界からいなくなってしまうのは強烈だったけれど、その人にとってもその人の世界から私がいなくなるのは強烈だったのかもしれない。
11/13  11:52

2018年11月11日日曜日

777記事目の舞台裏

本気で狙ってないのに、毎回すごい。

1つ前の記事が、公開済みの記事として「777」記事目だった。

普段そんなところ目に付かないけれど(ブログをログインするとトップページの左側に記事数が出る)、ふとなんか数字並んでる?と思って拡大して見たら「777」。

そんな記念すべき777記事目が私的ハッピーセットの話で、ものすごく嬉しい偶然だった。

このブログは書きたい放題だから、毒吐きの時もあれば、ガッツリ落ち込んだ後の回復話の時もある。

スピ全開の話もあれば、真面目な話の時もある。

ロシアンルーレットじゃないけれど、何が来るのかはわからない。

そんな中、ハッピーセット話がゾロ目番を冠した。

車の77777㎞の時、88888㎞の時を彷彿させるシンクロ具合に心は躍った。

ふと冷静になって考察。

昨日の関係代名詞の話。

友達の娘の英語専属家庭教師を始めてそろそろ2年になる。

最初の数ヶ月は週1ぐらいで通っていたけれど、その後からは不定期になって、今年に入ってからは1ヶ月空くことも普通に出てきて、かなりゆるい感じでやっている。

本人の英語力がかなり伸びて、私なしでも授業と予習復習で何とかなるようになったのが大きい。

最近は行くたびに新しい文法が加わる感じで、今は関係代名詞。

受け身とか現在完了とか未来形とかto不定詞とかたくさんある中で関係代名詞。

そして、断トツで主語を連呼して説明しなきゃいけないのも関係代名詞。

その時に、まるで名前を呼ばれたいですと言わんばかりにご登場されたお名前(=その人の下の名前)。

去年は本気のレギュラーメンバーだったようで至る所に名前が出てきたけれど、今年は引退されたのかほとんど名前が出てこなかった。

そんなところに、関係代名詞という名前を連呼しないと説明できない分野にきたら突然姿を現すという…。

そして、子どもは子どもでしばらく私の説明なんてなくても学校の授業だけで理解できていたのに、関係代名詞になったら大混乱して全く歯が立たなくなった。

そうした色々が重なって、その名前を連呼しながら丁寧に説明・解説する機会に恵まれた。

昨日は3時間やって多分10問程度しか触らなかった。

通常ならテスト前は教科書やワークから抜き打ちチェックして、リスニングもするけれど、そんなどころではなかった。

その中にその名前は出てきて、何というタイミングだろうと思った。

おかげでその名前を何十回と呼ぶ機会にまんまと恵まれた。

そしてその話を書いた文章が777記事目となった。



私がこの1年以上疑問に思っていることにちょっと触れたい。

とにかくその人物を表すもの、名前をはじめ色んなものをものすごく目にするようになったのが去年の8月の終わりからだった。

最初が何だったのかは忘れたけれど、初期の頃のもので強烈に覚えているのは遠く離れた北九州に到着したその日に見たサインだった。

北九州でいきなりその地での有名人=その人と同じ名前の人が入院だか退院をしてニュースになったその瞬間の映像を私は見た。

私も移動中で、そのニュースの画面を見たのは一瞬で、度肝を抜かれた。

その後も、店員さんはやたらと〇〇さんに当たるし(ジャンル問わず至る店舗で当たる)、他にも色々と本人を連想させるものを見るようになった。

店員さんで思い出した。

去年の夏の店員さん第1号は、記憶違いでなければその北九州の結婚式用のご祝儀袋を買ったホームセンターでのことだった。

思い付きで行ったのかさえも忘れたけれど、私はその日うちから30㎞以上離れたその大きなホームセンターに行った。

名古屋にいた頃一番仲良くしていた友達だったから、一言メッセージを添えられるご祝儀袋を探していたことは覚えている。

それをようやく見つけて、それで買った時の店員さんだった。

今振り返ると、お祝い事と重なってその人と同じ名前の人を見るようになったのが初期の頃の話だった。

最初はたまたまだと思ったけれど、その人がいなくなることがわかったあたりから異常に増え出して、いなくなる直前直後はもう尋常じゃない感じでその名前を至る所で見るようになった。

一時期あまりに多いから、それらをメモしていたぐらいだった。
(ちなみに当時から名前だけじゃなく、色んなシンクロも同時に増えた)

メモがあったはず!と思ってメモを探したら出てきた。


・☆?!$店員○○さん
・福岡着いてすぐの携帯に出た福岡県のニュース ○○(地元有名人とわかる言葉が名前の後に続く)
・情熱大陸の中で紹介された、あるコピーライターの名前が○○さん ノートに書いてあった
(情熱大陸に取り上げられたのは別の苗字の人。しかも私はその回だけはどうしても見たくてわざわざ録画して見た中にあった。普段は見ない)
・たまたま目にした一瞬のCMが○○さんと同じ車のCMだった


途中は端折る(はしょる)けれど、とにかくそうしたサインが延々と1年以上常に周りに現れた。

現れたというか今も現れている。

仕事を辞めた4月以降はもうその人と繋がるものからは全て離れるから、それまで職場で見ることのできたものは見れない=サインの数も減るだろうと思ったらそんなこともなかった。

4月以降は、さらにバリエーションが増えた、それも想像もしていない形で。

先月2週間ぐらい(?)振り返りノートと称して延々と振り返りを書いた時、思った。

これでもう何もなければ何もないということだから、自分の中でもけりをつける方向にいこうと。

色々サインは来るけれど、とにかく「気のせい」ということにしようと。



ハロウィンの日にあったホロスコープ講座の朝を迎える数時間前のこと。

私は、5月から始まったホロスコープ講座の関係で東京に行くようになった当時の自分を振り返っていた。

私は開始当初から密かに東京行きを楽しみにしていた。

もしその人と会えることになったらいいなぁと私はひっそりと、でも本気で願っていた。

だけど多分最後になるだろうハロウィンの日の講座を前に、「何もない」ということを認めようと思った。

これが現実であり、今のすべてだと。

半年を経て、私なりに見つめた結果だった。

もう1年以上経ってそして何もない、それはいくらサインや他のことで感じるものはあっても現実はないと一緒だった。

もう何もないし何も起こらない。

繋がりたいけど繋がらない、それが現実なんだと、そういう気持ちで私は東京に向かった。

夜行バスに乗る直前、大雨の中、一瞬だけ雨が止んで月が見えた時、それは下弦の月で、調べた意味はこのブログに書いたけれど、実は月を見て私が最初に思ったことは別のことだった。

下弦の月は、満月から新月に移って行く時の半月。

満月から新月に向かう時というのは、何かを手放すのにいいとされている。

だから、私は自分の気持ちを手放しなさいということなのかな…と思った。

もう終わりだから、その人への執着を手放しなさい、そう言われてるのかもしれないと思った。

離れていく寂しさと現実に重なり合わない寂しさとを胸に、バスに乗り込んだ。

朝7時前、東京駅に着いてすぐぐらいのこと。

駅前の大きな道を歩いていたら、その人と同じ会社の制服を着た人たちを見かけた。

何でこんなところにいるの?しかもこんなに早く!と思うと同時に、世の中には数え切れないほどの制服が存在するだろうに何でその制服をこのタイミングで見るの?と思った。

私は制服にだけ驚いたわけじゃなかった。

その人のことから離れよう、もう何もないんだから、と思った矢先にそれだったから、本気で驚いた。

想いがもしかしたらそういう色んなことを引き起こしているのかもしれないけれど、私にはその人を彷彿させるそんなにも強力な磁場でも働いているんだろうかと思った。

そして同じ日の夕方近く、ホロスコープ講座の受講生のお1人から展示会の案内をもらった。

ペラっとめくった後ろ、そこにはその人の名前が2つも出ていた。

しかも人名じゃない。

別の情報部分にその名前が印字されていた。

何で?何で?と思った。

色んなことを思って「終わり」をものすごく強く意識したその日に限って、朝から制服を見て、多分昼間も別の人だけれど同じ制服の男性とすれ違って、そして最後は展示会の案内の中にその名前を見た。

嬉しい気持ちよりも驚きが勝っていた。

昨日は昨日で、英語の問題文だけではなく、他のところにも出てきた。

スーパーや大型店なんかによく置いてある無料の地域情報誌。

新しいものが出ていたから手に取った。

パラパラと眺めて、新郎新婦のコーナーがあった(多分結婚式場の広告)。

新郎の名前はその人と同じ漢字での同じ名前だった。

その名前はそこそこの人口数いるとは思うけれど、漢字はバリエーションが豊富だから、その漢字と全く同じ名前は意外に少ないんじゃないかと思っている。

だけど、全く同じ漢字の名前の新郎がニコニコして写っていた。

もちろん意味なんてない。

だけど、その人の名前や他の何かを見るのは止まらない。

そして、私にとって意味のあるゾロ目の数字ピッタリになる時、その人にまつわる何かが毎回登場する。

しかも今回のハッピーセット話だって、そのことが昨日のタイミングで起きなければ、私はあんな風に記事にすることもなかった。

どこかのタイミングでアップしようと書き途中とか書き終わった文章が実は20個近くある。

だから、本来ならそちらをアップする予定でいた。

なのにそういうことがタイミングよく起こるから、そちらを先に書いてアップしたら777記事目だったという。

ゾロ目なんか気にしなきゃいいことだし、制服も名前も意識しなきゃいいこと。

それでも私が意識できるように毎回思わぬ方向からやってくる。

とにかく四方八方から突如やってくる。

これは何だろう?といつも思う。

そして、「もう何もない=終わり」と受け止めよう!なんて決意しても、そういうサインたちは止まらないどころか活発になる(O_O)。

相手の名前を好きなだけ連呼するハッピーセットはいい。

だけど、時々空しさもある。

そういうのはいくらでもあるのに、欲しいものはいつまで経っても来ない(=だからあきらめようの心境)。

サインはいいから、本人からの連絡をくれ!と思ったことは数えきれない。

たしかに私はシンクロを研究するじゃないけれど振り返るのは好きだし、自分の過去や他の人たちとの間の点と点を結んで1つのストーリーを見出すのも好きだし、外に表れる色んなサインからメッセージを読み解くのも好きは好き。

だけど、その人にまつわるサインやシンクロめいたものは、はっきり言って神がかってる感じのレベルで起こってくる。

他の事象たちと比べても、かなり異様な感じは否めない。

そうしたサインたちに囲まれて1年以上経過した。

そしてもう何もないよ、と自分の中の終わりを意識してもサインは止まらない。

いくら私の意識がそちらに傾いているとは言え、そんなにもピンポイントで毎回何かその人と同じものを登場させるのには無理がある。

これが例えば私に他にいいなと思う人が現れたらそういうサインは止むんだろうか?とか、これから徐々に減っていく又は消滅するんだろうか?とか、未来を想像してみたりもする。

そんなこと想像してもしょうがないけれど、想像してしまう。

人生はこうやってすれ違って、今後も交わる予定は皆目ないけれど、何でサインだけずっと来るんだろう。

どんなにサインが来て、多分何かしらの縁があるという意味なんだとは思うけれど、もう私には何にもできない。

それともその人は関係なくて、「色々繋がっているよ」という単なるメッセージなのか。

結局、1年以上経ってもわからないままだった。

たった1つ2つなら偶然ということも有り得る。

だけど、それが日に何個も重なったり、ほぼ毎日何かしらの形で見たり、ということがかれこれ1年以上続いていて、それは偶然で片付けるにはちょっと難しいと思う。

そんなの気にしなきゃいいことなのかもしれない。

ちなみに、こんな話誰にもしないから、本当に私の中の独り言みたいな感じでここに書いている。

唯一こんな根も葉もない話に付き合ってくれる友達が1人いるけれど(日曜に会う)、なんなら例の展示会の案内のハガキを見せようかと思っているけれど(一緒に笑ってくれるから)、言えるのはその程度でこんなにもは言えない。

本当は当人に聞けるのであれば聞いてみたい。

あまりにも日常茶飯事になりすぎて珍しさがかなり減ったものの、珍しいことが人との間に起こる時、だいたい相手の人にも何かしら同時進行的に起こっていることが多い。

少なくとも友達なんかとそうなっている時は、あとから「えー!私もそうだった!」とかいうことがけっこうある。

それとか、私の方は特に何も感じてなくても実はピッタリのタイミングで色んなことが起こっていたとか。

何人かそういう人たちがいるから、この異常なサイン具合の相手の人には何もないのかを聞いてみたい。

今さらだしそんなこと無理だったのはわかっているけれど、普通に話ができるぐらいに仲良くできたら良かった。

挨拶もやっとだった人が何言ってるんだ!って感じだけど、本当にそう思う。

趣味も立場も色々違いすぎて接点は皆無だったけれど(それが職場というもの)、そしてそもそも相手の寄せ付けないオーラもあってどこまでも近付けない風だったけれど、本当に普通に話ができたら良かった。

その人の後輩くんが、最後の方に私に「今度一緒に飲みましょう!」と多分あれは社交辞令ではなく本当に少しはそういう気持ちで言ってくれたと思うけれど、これがその人の言葉ならどんなにいいかと思った。



すっかり忘れていたことが数時間前に発覚。

11月10日は、母方の祖母ばばちゃんの命日だった。

そして、何日か前、ばばちゃんの命日だときちんと頭の中にあった頃、本当は当日はばばちゃんの命日にちなんだことを書こうと思っていた。

もし私の記憶がしっかりあったのなら、777記事目はばばちゃんの話の予定だったんだと知った。

それを飛び越してさえもその人の話がそこに飛び込んだというのは、もう何者さえも敵わない感じになっている。

英語の時間さえも寸分の狂いがなかった。

なぜなら今年その子は受験生、テスト対策だけじゃなく受験対策も並行でしている中、今回は定期テスト直前だったから学校のワークを中心に見ていった。

もしテストが近くなかったら、アホみたいに長い長文読解対策の続きをしたし、そこには当然その名前は出てこない。

そしてまさかの関係代名詞で本人つまずくということもなかったなら、今回の展開がそもそも生まれないわけで、なんなら1つ前の記事さえも生まれる予定はなかった。

しかも珍しくすぐに私は書いた。

私は書こうと思ってもタイミング逃すと平気で1週間1ヶ月先に書いたりする。

なのに、なんかこれはすぐ書こう…なんて考える前に文を打ち始めた。

当然777記事目になるなんて知らずに書いた。

全部知らぬ間に色んなことが重なっての1つ前の記事だった。

その人が念でも飛ばしているんだろうか?←そんなわけない。

念の有無はおいても、このゾロ目を外さない当たりっぷりは凄すぎる。

まじめに宝くじにこの効用が表れないかと思うぐらいに、すごい的中率。

百発百中。

まさかその人もそんなことになってるなんて思ってもいないだろう。

こんなことシラフで言ったら気持ち悪がられるだろうだから、もし今近くに本人がいても言えそうにもないけれど(苦笑)。



最後に。

これだけ読むとすごく痛い人というか、頭の中お花畑みたいな幻聴幻覚系の精神疾患ですか?みたいな感じも否めないけれど。

1つだけずっと変わらずに感じていることがある。

その人は私の中で本当にとても特殊で、話もできなかったし気軽に連絡できるような感じにもならなかったけれど、唯一これまで出逢った全ての人と違うところがある。

「繋がっている」

はっ?という感じだけど、他に適当な言葉がなくてそう書いたけれど、「繋がっている」という感覚がなぜかある人。

平原綾香の『Jupiter』の中に「深い胸の奥で繋がってる」というのがあるけれど、本当にこういう感覚のことを言うんじゃないかと思っている。

他の人たちには感じないけれど、その人には何も知らないくせして感じる。

そんなこと言うとさらに痛い人だけど、感じるものは感じる。

だからって、関係がどうこうなるわけじゃないし、このまま一生会えなくても不思議じゃないし(できればもう一度会いたい)…。

そうなんだけど、そんな風に感じる人にはこれまで会ったことがなかったし、私からしたら「もう会えないのに何でいるの?」という感じ。

好きとかいうレベルではなく、未体験ゾーン過ぎて「特殊」としか言いようがない。

世間からしたらペンジュラム使ったりそれを使って物と対話する方がおかしく見えるだろうけれど、私からしたらそれらの方が普通でその人と繋がってると感じる感覚の方がおかしいというか不思議感満載すぎる。

言うなら、離れて暮らしてる友達や家族を思う時に、あぁその人私の胸の中にいるんだなぁなんて私は思ったりするけれど、その感覚が24時間ずっと普通に常にある感じ。

もはや私にはそれが好きとかそういう感情的なものなのか、もっと別の何かなのか、はたまた私のちょっと変わった体質的なものが関係しているのか、わからない。

わかっているのは「繋がっている」という何の根拠もない感覚だけ。

この話を始めるとまた長くなりそうだし、そして何より私今から支度して出ないといけないから、それについてはまた改めて検証したいなぁと思う。

2018年11月10日土曜日

名前を呼ぶこと

久しぶりに、英語の勉強で超絶テンションが上がった。

高校受験を控えた女の子と英語の勉強。

学校の定期テストが近くで、とりあえずワークの見直しから。

わからなかったところを1つ1つ見て、ノートに書いて、解説して、解説文も付け足して、あれこれ質問も挟みながら(←本人が理解したかを見るため)…とやって、2問目か3問目の問題。

来たーーーーーーーー!!!!!!!!!!

その子とも「久しぶりに登場したね!」と言いながら、問題の解説を始めた。

問題文の中の登場人物の名前は色んなバリエーションがある。

どういういきさつか知らないけれど、去年2年生の時に最多で登場した日本男児の名前がある。

それが今年はレギュラーから外れたようで、教科書にもワークにもほとんど出てこなくなった。

その名前がとっても久し振りに登場して、そして今回は関係代名詞の勉強だったから、その名前を私も連呼することになった。

説明のたびに名前を言う。

他の文法と違って、人名や代名詞が大事になってくる。

昨日1日で何度その名前を連呼したか知らない。

名前を口にするたびにテンションを上げまくり、そうやって呼んでみたかったなぁとか思いながら、とても楽しく英語の解説をした。

わざとさん付けして呼んでみたり、基本は呼び捨てだけどその呼び捨ても特別だったり。

そして、大元の文章の文法があまりにも厄介な関係代名詞だったから、私はそれと似た文章をいくつも例文として作った。

わかりやすくするために、主語は同じ名前にした。

アルファベットで書く時もテンションが上がった。

普段も例文は書くけれど、今日ほどの数は書かない。

すごい厄介な関係代名詞のおかげで、どれだけその名前を書くことになったか!

通常の5倍は書いた。

もちろん書いたら今度は説明のために読む。

また名前を連呼する。

勉強に楽しい要素はなかったけれど、その名前のおかげでとても楽しい時間になった。

ちなみに問題文では、その日本男児は料理上手な設定になっている。

私の知っている現実の人物は料理しなさそうだなぁと思いながら読んだ。

勝手な持論だけど、普段から料理する男性は特保のお茶を飲まない気がする。

料理男子の特徴の1つに、お茶は自前で用意するというのがある。

ペットボトルのお茶も使わないわけじゃないけれど、お茶パックの方がより経済的なこともあって、そういう家に遊びに行くとお茶パックのお茶が出てくる。

ちなみにそれで思い出したことが1つあって、何よりも衝撃だったのは「ぶどう味の麦茶」だった。

私もどこかは忘れたけれど、フルーツフレーバーの麦茶パックが販売されてるのを見たことがある。

あんなの買う人いるの?と横目で流し見した記憶がある。

まさかのまさかで友達の家にぶどう味の麦茶があって、友達も「試しに買ってみてさ、良かったら飲んで!」と言う。

「これどんな?普通に飲める?」

「本当に文字通り、ぶどう味と麦茶味。ぶどうの匂いというか風味のする麦茶。ぶどう味でもあるし、麦茶味でもある。それぞれが独立した味になっている。まずそうだけど、意外に普通に飲める。使わないといつまでも減らないから使ってる」

という説明を受けながら、私は恐る恐るぶどう味の麦茶を飲んでみた。

友達の言葉通り、ぶどう味と麦茶味だった。

たしかにまずくはなく、飲めなくはない。

自分で買ってまで飲みたいものではないけれど、喉乾いたからお茶ちょうだいという時に飲む分には飲める味だった。

とかいう昔の記憶もよみがえりながら、多分特保のお茶男子は料理しないだろうなぁ、ましてやぶどう味の麦茶のパックなんて買わないだろうなぁ…なんて思った。
(私もぶどう味の麦茶パックは買わないけれど)

名前を連呼しまくったシーンに浸りながら、あぁこういうことを言ってもらっていたのかもしれない…ともう1つ思い出した。

私の名前を呼ぶ時の気分、呼び方別にどういう気持ちになるのかということを説明してくれた人がいた。

その人は私の名前を呼ぶのは特別だと言った。

その話は本当に嬉しくて、今でも覚えている。

そんなことを思い出しながら、たとえ英語の問題文の中とは言え、その名前を呼ぶのは特別なことだった。

普段TomだのJohnだのと文中に出てきても、それはisやwhoとか他の単語と同じでなんら特別感はない。

でもその名前だけは、全く別の何かを放っている。

文を説明するためにものすごい数で口にしたけれど、何回口にしても特別だったし、飽きることは一度もなかった。

もっとその名前を呼べないかと思ったぐらいに、いつ呼んでも何回呼んでも、ずっとずっと特別なままだった。

そうやって名前を呼んでみたかったなぁと思いつつ、最近の私はいつか誰かの名前を呼ぶ特別な楽しみを将来持てたらいいなぁと思っている。

名前の種類はこだわらないから(←こだわれる立場にもない)、とにかくその名前だけは特別だという名前の人と残りの人生の中で出逢えたらいいなぁ、そう願う自分が出てきた。

この間LINEした友達が「もう好きな人なんてできる気がしない」と言ったけれど、それを見た時に私は自分はまた誰かを好きになれる気がしている、と思っている自分に気付いた。

私もずっとずっとそう思っていた。

もう誰かを好きになるとか、その人と一緒にいたいとか、そういう気持ちになることはないと思っていた。

あきらめとかではなく、本当にそう思っていた。

実際に心が動くなんてことなかったから、もう無理というより、そういうことさえも自分の中から遮断していた。

だから、閉じ切っていた、殻に篭りきっていた自分の心が開く出逢いをした時に、大きく変わった自分を見て驚いた。

開こうと思ったんじゃなくて勝手に開いた。

自分の気持ちもどうにもできなかったし、気のせいにしようとしても止まることがなかった。

結果的にその人と一緒にいられなくて状況も望んだものにはならなかった。

だけど、その出逢いのおかげで、そういう出逢いもある、そういう風に自分の心が開くこともある、という体験をさせてもらえた。

体験には本当にすごい力があって、体験したことでそういうこともあるって信じられるようになった。

私は自分の中の傷が癒え始めた数年前から、次は老人ホームに入る頃が自分のトキメキ期かもしれない、と冗談抜きで思っていた。

口では結婚したいだの専業主婦になりたいだのと言っていたけれど、多分難しいだろうなぁと思っていた。

そもそも誰かをまた好きになるとか、誰かに惹かれる自分というのが全く想像できなかった。

傷が少しでも癒える以前は、もう何も考えられなかった。

色んなことをどうしていいかわからなさ過ぎて、そしてある意味うまい具合に人生もドタバタしていたから(今もそこは現在進行形)、そこまで気が回らなかったのもある。

操縦不能なドタバタ人生に、どこに向かっているのかもわからない流れに、そして年齢が上がることの社会的プレッシャーに、もう色恋などとほざいてる場合ではないと思った時期も相当あった。

婚活用語的な「カップル成立」とか「成婚」なんてならなくても、もちろんなってもらいたかったけれど、現状がどうであっても自分の気持ちがどこまでも果てしなく動いて人を大切に想う気持ちが芽生えたのは、本当に私の人生を変えるぐらいの力があった。

今は、そういうこともあるとわかったから、少なくともその出逢いの前みたいな「もう誰のことも好きにはなれない」という思い込みは消えた。

38歳という年齢も良かった。

何にもない自分というのも良かった。

社会的に全く歓迎されないものしか残っていなかった私の時に、そういう人に出逢わせてもらえたから、自分がどうだなんて関係ないんだとわかった。

38歳で人生迷いまくりで人には言えないこともたくさんあるみたいな自分の状態で、そんな状態で何の期待もないところに突然現れた出逢いだった。

私の一方的なもので、決してハッピーエンドとはいかなくても、それでも私は本当にしあわせをたくさん感じた。

昨日だって、名前を見つけて名前をたくさん言いまくるという思ってもみないチャンスに恵まれて、それで1人ですごく幸福感たっぷりな気持ちを味わった。

自分のおめでたい性格のおかげで、実質0円で多分他の人にはなかなかわかってもらえなくても私的には超ツボなハッピーセットを手にするという、そういう体験さえも手にできている。

私は得だなって自分で思う。

なぜなら、その名前がたとえ英語の問題文にあっても普通は素通りするところ、私はそこに違う意味を見つけてそれで喜べる。

それもとーっても喜べる。

TomやJohnを私が素通りするように、そこには本当なら何の意味もない。

だけど、私には意味のある名前で意味のある風景でそしてその文字を声に出して発音することはすごい特別なことだった。

それは私だけが唯一持てる感覚で、それを持てる自分が得だと感じる。

そういう世界の存在に気付かせてもらえて、そしてそういう世界を知ったことで、私は「そういうことも起こる」とわかった。

残念すぎる今の状況だけど、それはそもそも想像できていたことでもあったけれど、それでも私はその出逢いを通じて「人生には奇跡が起こる」ということを知った。

自分に自信もないところに、高嶺の花みたいな人相手で、私は最初から自分が相手にされるとは思っていなかった。

これは当時も思ったし今でも思っているけれど、その人だったら何も私みたいな色々欠陥ありの女よりも、もっともっと良い人相応しい人がいる。

だから、今の状況は教科書通りの結果で、そんなのは努力して何とかなるものじゃないから仕方ないと思っている。

でも、そんなことではなくて、もう本当にものすごく後ろ向きで前なんか見れなくてこれからも1人寂しいなぁと思ってるくせしてそんなの口にも出せなくて、全然思い通りじゃない人生と思い通りじゃない自分自身と、ネガティブなことを挙げたらキリがない中で、自分の気持ちが自然に誰かに向いて動いてそしてさらに私には日々生きてることが喜びになる、その体験こそが私に希望とか闇に浮かぶ一筋の光を見せてくれた。

そういうことも起こるんだ、とわかったから、だから私は文の途中に書いた「名前の種類はこだわらないから(←こだわれる立場にもない)、とにかくその名前だけは特別だという名前の人と残りの人生の中で出逢えたらいいなぁ」と本気で思えるようになった。

その名前はごんざぶろうや吉右衛門みたいな古風な名前かもだし、キラキラネームと呼ばれる名前かもだし、ありふれた名前かもしれない。

どんな名前でもいいから、その名前を呼ぶのが特別となる、そういう出逢いがこれから先に起こってもいいんだ、って今は思える。

何にも起こらず、気付いたら高齢者で気付いたら老人ホームに入居してそこの爺さんと仲良しこよしになる、なんてこともなく寿命を迎えるなんてことになっても、そういう結果になったらそれはそれで仕方ないと思っている。

それよりも、自分が人と出逢うということに対して前向きな気持ちになれたことの方が大きいから、それはこれからも大切にしたいなぁと思う。

数年前の私に言ってあげたい、大丈夫だよ、って。

あの長い長い絶望期間を通ってきたから、だからこそ出逢いというものに対して私は並々ならぬありがとうの気持ちが湧いた。

相手には重たいものだったかもしれないけれど、私には史上最高のものだった。

これは色んな人に公言しているし自分でも常々思っているけれど、私と一緒にいたいなんて思ってくれる人は本当に神様みたいな超人的な人だと思う。

私を相手にするレベルというのは、相当人としてできた人だと思う。

奇特というか、好みはかなり変人級みたいな。

名前の話がずいぶんとおかしな方向に進んでしまったけれど←いつものこと、これからもどんなに年や経験を重ねても、夢見る夢子みたいなところもあるけれど、それでも誰かの名前に特別感を感じられる感性は持ち続けたいなぁと思っている。

いつ読んだものか忘れたけれど、特別な人の名前を呼ぶ時、それは言葉を変えた「好き」や「愛してる」と同じだと言っている人がいた。

それ超素敵♡と思った感覚、今もそれは同じなのがうれしい。

2018年11月9日金曜日

最後に愛は勝つ♪木星蠍座の効力

1人1人は全く別のストーリーを生きているのに、実は水面下で繋がっていたりする。

今回、思わぬ形ですべてが繋がっていたことがわかって、今日はその話。



>>>10月31日(水)

ヒーラーのOさんと会う。

最後のあたりになって、Oさんから
「そういえば、お友達はどうなりましたか?」
と聞かれた。

話がややこしくなるから、今回の登場人物を先に紹介。

・Aちゃん…私の友達
・Bさん…Aちゃんの長年の友達でありCさんのところで働いている
・Cさん…Aちゃんにヒーリング系の技術を教える師匠

Oさんが聞いているのは、Aちゃんのこと。

そもそも、Aちゃんがいなければ私はOさんに出会うことさえなかった。

大元を辿るとこうだった。

Aちゃんとは職場で出会った。

常に45人ほどいる職場の中で全く接点がなかったにも関わらず、私とAちゃんはひょんなことから仲良くなって、そして仕事が終わるあたりから2人だけで会うようになった。

Aちゃんとはスピリチュアルな話もなんでもいけて、さらにAちゃんはヒーリングをする。

それをAちゃんに紹介したのがBさんで、そしてAちゃんに技術を教えたのがCさんだった。

私はBさんもCさんも会ったことはない。

以前から、Aちゃんの口から聞くCさんの在り方は、私の中で疑問符がつくものだった。

でも、Aちゃんがいいと思って習っているわけだし慕っているから、私は自分の口を挟むなんてことはせずに、黙っていた。

かなりおかしい時は、たとえ話や他の人の話の例を出して、気付いてくれないかな…なんて思っていた。

今となっては何が決定打かは忘れたけれど、とにかくAちゃんがCさんから習ってくることはおかしかった。

それが1つ2つじゃない。

いくつもあって、そして私が何よりも気になったのは、それがAちゃんだけのことならまだしも、Aちゃんのお客さんたちにも影響が出る話で、そうした基本原理を踏まえて技術や知識を教えないCさんがおかしいと思った。

少なくともCさんは透視力みたいなものはかなりある。

2年くらい前にAちゃんからCさんから受講する内容の相談を受けて、私がそういうことに精通している人に聞いた時、その人からCさんの能力的なものは高いだろうことを聞かされた。
(ホームページのようなものを見てもらって、それでどういうものなのか聞いた)

それと同時に、私が感じた違和感についても、その人も全く同じことを私に返してきた。

当時はその話は結局Aちゃんも保留にしてそのままになったけれど、今年に入ってやっぱり受講するとなって、それでまたその話を私も色々聞くことになった。

ただ、Aちゃんの口から出てくる話が変で、私から見てCさんが私利私欲にその力を使っているところがあって、そして大切なことを教えていないのは色んな話を聞いていて感じた。

目に見えない世界は一歩使い方を間違えれば、他人の人生を狂わすような影響を与える。

なのに、そうしたことをきちんと教えないCさんに私は心底不信感しかなかったし、いくら説明しても伝わらないAちゃんにもヤキモキしていた。

そうした矢先、今年の春、私はとうとう大爆発した。

Aちゃんの生き方に口を挟んではいけないという気持ちと、Cさんから大切なことを習っていないどころかヤバいことを伝えられているとわかったことの狭間に立っていた。

順番を覚えていないけれど、たしかその件をきっかけにAちゃんにCさんのことを話すことになって、その後から私は史上最悪に体の具合が悪くなった。

私はまず1週間寝込み、そしてその後も完治するまで3週間?4週間?かかった。

デング熱以外で、こんなにも具合が悪くなったことない、しかも何週間も具合が悪いとか、1週間寝込むほどの具合の悪さは人生で初めてだった。

今なら私側にも大いに責任があるのはわかったけれど、当時はそのおかしなことで色々調べまくった。

いわゆるサイキックアタック・霊障みたいなもので、人生初の体験は強烈極まりなかった。

自分の体調不良がCさんに関連しているのはわかったから、私はAちゃんに会って事の顛末を伝えた。

Cさんのことでおかしいと思っている色んなことを誤魔化さずに伝えた。

どういう仕組みなのかわからないし、それが私の勘違いの可能性もあるけれど、Cさんのことを否定するようなことをするとCさんから念が飛ぶのかなんなのか知らないけれど自分がめちゃくちゃ具合が悪くなってしまうことも伝えた。

それも異常な具合の悪さで、私もとにかくビックリしたし、自分でもどう気をつけていいのかわからないから、一番はそのエリアに触れないことだと思っていると結論付けた話もした。

それはすなわち、AちゃんがCさんと付き合う限りは私はAちゃんには会えないということだった。

AちゃんにCさんから何かを習うのを止めろなんて言えないし、でも会えば多かれ少なかれその話は出てくる。

私が自分の身を守るためには、AちゃんがCさんと関わっている間は会わないことしかない、そうはっきりと告げた。

本気で今生の別れを決意しての告白だった。

これからもCさんに会うだろうことはわかっていたし、私がそのことに関してどうこうできる立場にないこともわかっていたから、自分なりに考えて、自分の体を守るためにもAちゃんから離れるしかなかった。

Aちゃんはきちんと話を聞いてくれたし、私の体調不良のこともわかってくれたから、色んなことに関してショックを受けながらも私が会わないという選択をすることを理解してくれた。

Aちゃんから、もしCさんと離れたとしたらまた会える?と聞かれて、その時はもちろん!と返事をした。

いつでも待っているし、そのことさえクリアになれば私は他は何も問題ないしAちゃんのことは変わらずに好きだからまたこれまで通りに会えるとは言った。

この色んな一件があって、Oさんのサイトに行き着いたし(洗脳とか調べたんだった)、私はOさんのヒーリングを申し込んだ。

Oさんには事の顛末を伝えて、霊障とは言い切れないけれどその可能性もある私を見てもらえるかも事前に聞いた。

そういうのは受け付けない人もたくさんいるから、黙って受けるのはまずいなと思ったから。
(施術側ももらいやすい人だったり、本人がいくら気をつけていても強いものが来たりするともらってしまうこともあるから、それで断る人もいる)

Aさんはその事情も汲んで私の施術を引き受けてくれた。

そして実際の施術の時に、私の体の不具合の理由にCさんの念が関係していたことも教えてくれたし、まさかそれから1ヶ月以上も経ってまだ体に残っていた不具合がそれだなんてその時まで知る余地もなかった。

Oさんはそのことを知ってはくれていたけれど、その先月のハロウィンの日に会う時までAちゃん関連の話は一度もしたことがなかった。

私も会ってないし、特段伝えることもなかったから、だから私から話すことはなかった。

Oさんの方から話を出されて、少なからずびっくりはした。

Oさんには、Aちゃんから連絡ないところを見ると、おそらくまだCさんやBさんとの間のことがケリがついてないかと思われる旨伝えた。

そうしたら、Oさんの方から提案された。

もしAちゃんが良ければ、ヒーリングをすると。

しかも最初は無償ですると言われた。

私がそれを断った。

無償でやるのは良くないから、それであれば私の方からOさんのサービスについてAちゃんに案内するから、もしAちゃんも受けたいとなれば有料でやってくださいと言った。

私の独断と偏見だけれど、通常のヒーリングセッションとして提供する・される方が、双方にとって良いと思った。
(私なりにそう考えた理由があるけれど、話が長くなるからこの部分は割愛)

ちなみにOさんには聞いた。

何で(無償で)Aちゃんにヒーリングをやろうと思ったのかを。

Oさんは「なんとなくそう思った」と第一声に言った。

ふと浮かんでくるということは、何かあるんでしょうね〜、何かまではわかんないですけれど、何か関係のある人なのかもしれません、というようなことを言っていた。

私はまだその時は何もわからなかったから、とりあえず、なんかよくわかんないけれど、新潟に帰ったらAちゃんに連絡しようと思った。



>11月6日(火)

Aちゃんに連絡をした。

細かい部分はかなりカットして、Oさんに会った時にAちゃんの話が出て、もしAちゃんがOさんのヒーリングセッションに興味があれば紹介する旨を伝えた。

決して売り込みとかではないし、無理に受けるものでもないからと前置きもした。

現在のメニューの時間と値段も伝えて、あとはAちゃんの判断だと思った。

私はなんとなくAちゃんは興味を持つだろうなぁというのは思っていた。

なぜなら、霊障の可能性を理由に、私は別の施術者を紹介して欲しいと言われた時にAちゃんに断った経緯があったから。

Cさんやその技術コースについて、Aちゃんから2年ぐらい前に相談された時、その筋に精通している人に私が聞いたとさっき書いたけれど。

Cさんとの色んなことがあった時に、Aちゃんからその人を紹介して欲しいと言われた。

私も紹介する気ではいたけれど、何せ店の名前がわからなくて(場所と人は知ってる)、それを聞くために最初の紹介者である妹に連絡したら、その方は霊障は取り扱わないことを聞いて、それで紹介しちゃまずいなと思ってそれでAちゃんには断った。

それがあったから、Cさんから離れたら紹介することはできても、現段階では私もめちゃくちゃ具合が悪くなった経緯があるから、安易に紹介できないと、それは理由もきちんと伝えた。

Aちゃんもその経緯があったのと、それを踏まえてもヒーリング可能だと言ったOさんだから、多分興味あるだろうなぁと思った。

連絡したら思った通りで、AちゃんはOさんに興味を持った。

だからOさんのサイトだけ教えてあとはAちゃんの方で行く行かないは判断して欲しいと伝えて終わった。



>11月7日(水)

Aちゃんから再度連絡が来た。

ぶっしーに報告がある、と謳っていて、何だろうと思って読み進めると、驚きの事実が発覚した。

Aちゃんは、私と最後会ってから、Cさんにはずっと会っていないとあった。

言い足すと、Aちゃんの方でもCさんに対して色々疑問があって、最後会った時に今後どうしたらいいかな…という話は2人でした。

Aちゃんは新しく始めた仕事がとにかく大変で覚えることもたくさんあったから、私はそれを理由にしばらく距離置いたらいいじゃんと言っていた。

大変なのは本当のことだし、そこに嘘はないから大丈夫だよ、とか話はした。

Aちゃんもいつかは向き合わなきゃいけないけれど、自分の中で整理するためにもしばらくそれを理由にちょっと離れて考えてみようかと思う、とは言っていた。

どうもあれから本当に全く会っていないようだった。

ただ、間に入っているBさんがいて、Bさんにはどう説明したらいいのか、そこが一番彼女にとってもネックになっていた。

そこに関しては私も想像するに色々気持ちがあるだろうし、ましてや長い付き合いでお互いに切磋琢磨してきた仲だから、Aちゃんにとっても非常にやりづらいだろうなぁとは思っていた。

Bさんについては私は何も感じなかったけれど、ただCさんが加わると私の場合は体がもう無理だから、とにかくそのところからAちゃんが離れられたら私も大丈夫だと思う、という言い方をしていた。

正直な気持ち、私は何年かかかるだろうと思っていた。

CさんよりもBさんとの関係を思った時に、Aちゃんがそれで苦心するのはわかっていたから、そことどう折り合いをつけるのか未知数過ぎた。

大げさに聞こえるかもしれないけれど、私は生きているうちにAちゃんと再会できたら御の字だなぁと、それぐらいの覚悟を持って最後会った時に「また会おうね」と2人であいさつした。

だからCさんと会ってないと聞いて、それはAちゃんが決めたことで本当に良かった!と思った。

Aちゃんは続けて言った。

やっぱりBさんとのことがAちゃんも最大のネックになっていた。

なぜなら、AちゃんもBさんのことは大好きで、それはその時も全く変わらない気持ちでいたから。

どのタイミングか知らないけれど、Aちゃんはこの辺りで有名な神社でおみくじを引いたらしい。

そのおみくじに「何も動くな」的なことが書かれていて、それでAちゃんは素直にそのまま動かずにいたとのこと。

そうしたらなんと、BさんがCさんとの仕事契約をやめて、BさんもCさんから離れたとのこと。

どこまでどう話をしたのかはわからないけれど、Aちゃんは先月すでに仕事を辞めたBさんに会ってそのことを知り、そうとなればAちゃんも完全に交わらない選択ができるようになった。

そして、状況は整ったから、どのタイミングでどう説明してぶっしーに連絡するのがいいかを考えていたとのこと。

ただ、仕事が今が1年の中で1番の繁忙期でバタバタしたままになっていて、それが落ち着いたら連絡しようと思っていたようだった。

そんな折に突然私からOさんのことで連絡がきた、という経緯だったらしい。

もちろん、私もそんな事情は1つも知らないまま、単にOさんからの伝言を伝えるべく連絡しただけだった。

Aちゃん自身も私も、どちらもCさんにまつわることでは動かなかった。

動かなかったけれども、水面下では色々整えられていて、そして然るべき形にすべてがきれいに収まった。

まさかこんな形で事が収束するとは全く思ってもいなかったから驚いた。

そして、誰を傷付けることもなくきれいに物事が流れたのを見て、あぁなるべくしてなるようになっていたんだなぁと思った。

Aちゃんはとにかく今は忙しいけれど、落ち着いたら会おうと約束した。

多分年内に再会できる気がする。

そして、Oさんの話がよみがえってきた。

これまで合計5回会って、そして最後の最後にAちゃんについてOさんに聞かれた。

「何で今?」と思ったし、多少変な感じはしたけれど、決して悪い話ではないからまぁいっか!と流してた。

Oさんの「なんとなくそう思った」の「なんとなく」にまたもや度肝を抜かれた。

Oさんもまさか自分がそうした流れの一端を汲んで自分が発言してる気なんてさらさらなかったと思うけれど、結果的にOさんからのヒーリングの提案がなければそもそも私がAちゃんに連絡することもなかったから、本当にすべては上手く回っていた。

しかも、タイミングもこの上ないタイミングで、もしもうひと月前なら、AちゃんはまだBさんに会っていなかった。

2人が会えた後に、まるで何かを見計らったかのようにOさんからAちゃんの話が出てきた。

AちゃんにもOさんにも、両方にこの報告はした。

Oさんには本当に感謝した。

Oさんなくしては成り立たない流れだった。



>エピローグ

最近のブログにも書いたけれど、木星が1年以上滞在していた蠍座から射手座に昨日8日に移動した。

木星が蠍座にあった頃、徹底した破壊と再生、変容を体験するような流れがあった。

そして、これからも必要で大切なものは引き継がれるし、反対に不要なものは容赦なく消え去るようになっている。

その木星の流れの変わり目の最後のタイミングで、このAちゃんとの一連の流れが収束を迎えた。

これはめちゃくちゃ嬉しかった。

もちろんAちゃんの今も嬉しい。

こうしてまた会えるようになったのも嬉しい。

そして何より、そうした星の流れを知って、私たち人間がどうこうできるものではない流れの中にいて、その流れの通りに物事が運ばれて、そして本当に大切なものが最後の最後に戻ってきた、というのが本当に嬉しかった。

ここに出てくる何人かの人たちは、みんなそれぞれが別々の人生を生きている。

Aちゃんも、Bさんも、Cさんも、Oさんも、私も、そして妹も、妹が紹介してくれたマッサージ師さんも。

もし妹が紹介してくれたマッサージ師さんなら、こういう話の流れには絶対にならなかったし、そもそもOさんとした勉強会のようなことは開かれることもなかった。

Aちゃんがおみくじを引いた話も今回初めて知ったし、そしてそのメッセージからAちゃんが受け取ったことやそこから決めたAちゃん自身の行動も当然私は知らずにいた。

Bさんの退職も青天の霹靂だったし、それがいつのタイミングかはわからなくても、落ち着いてAちゃんとBさんが会えたのが先月なのはわかった。

そんなことを何も知らないOさんと私が、ハロウィンの夜にAちゃんについての話をするなんて、誰が予想できただろう。

1人1人はそれぞれの人生を生きている。

それが少しずつピースを分け合うと、とんでもなく大きなストーリーが出来上がる。

そして、本当に必要な流れなら、何もしなくても起こるものは起こるし、消えるものは消える。

「何もしない」というのは、私は難しいことだと感じる。

何か問題があれば何かしたくなってしまう。

解決したいし、解決のためなら動きたくなる。

そこをあえて何もしないというのは、結構難しいと思う。

だけど、解決のために、そして誰もが予想もできなかった流れに、結局はAちゃんも私も身を置くことになった。

それって裏を返せば、自分の人生の流れを信じるということだと思うし、私に至っては何か大きなものから守られてるんじゃないかとさえ思った。

KANの歌『愛は勝つ』の歌詞の中に「最後に愛は勝つ♪」っていうところがある。

今回のことは、一言でくくれば愛だと思う。

OさんがAちゃんの話を突然私に振ってきたのだって、あれはこころ配りという名の愛だなぁと思う。

Aちゃんが私にどうやって連絡しようかと思案した行為だって、その裏には「愛」がある。

愛のあるものは、きれいにその通り道を作る。

そして無理なく物事を動かす力があると感じる。

歌詞の通り、最後に愛は勝つ!なんだと思う。

愛と言えば、もう1人登場人物がいた。

AちゃんとLINEでやり取りしてた時のこと。

Aちゃんがアラフォー世代が子供の頃に流行った漫画『キャプテン翼』の「ありがとう」スタンプを送ってきた。

私「タロウ(仮名:Aちゃんの旦那さん。会ったことないけれど勝手にいつも呼び捨て)からもらったの?」

(※タロウは、クリスマスイブもサッカーに身を捧げるぐらいにサッカーに携わっている。で、代わりに私がAちゃんとイブデートをして、タロウから心底感謝された)

A「タロウが喜ぶから、キャプテン翼をダウンロードしてみたよー笑」

私「タロウしか喜ばないね
ザ・夫婦愛♡」

A「アハハハハハ〜
本当だね❣️」

相変わらず仲良しな夫婦で、会話の〆は「夫婦愛♡」だった。

2018年11月8日木曜日

カミングアウトとセーター

昨日(11/6)気になったことがあって、友達に連絡した。

友達は私の何十倍もマッサージだの整体だのと出かけている。

年に1回会うか会わないかの友達にも関わらず、私は記憶にある限り目の前で2回マッサージの予約や変更をしていたのを見た。

友達に「そういう場所で精神世界や見えない世界の話を聞いてきたりする?」って聞いた。

「ぅ、ない。」

って返ってきた。

続けて、一度だけアムウェイの勧誘に遭ったとは言っていた。

私はマッサージとか整体の類いはほとんど行ったことがなくて、人生でも片手じゃ足りないけれど両手で数えたら確実に指余ります!ぐらいの回数しか行ったことがない。

ちなみに人生で初めて行ったのは、20代の頃、いとこに誘われて行った足ツボで、まさか足だけじゃなくてひざ下も揉んでもらうなんて思ってもいなくて、超イケメン施術師の前でいい加減な手入れの足を差し出すのが死ぬほど恥ずかしくて仕方なかったことしか覚えていない(滝汗)。

次に行ったのは、タイ式?やたらとアクロバティックなマッサージで、一緒に行った友達が「旦那と行ったら、旦那が体が反応して仕方なかったって言ってたんだよね」というこれまたしょうもない話しか覚えていない。
(注:アクロバティックだったけれど、性的なものは何にもない普通のマッサージ。一応言葉を変えたけれど、友達はもっと直接的な表現をしていた)

20代はアンチスピリチュアルどころか、絶対に近寄らなかったから、そんな思い出しか残っていない。

ところが30代に入ってからこれがガラリと変わる。

ほぼ行くところ行くところで、スピリチュアルな話や教えを聞いて帰ってくる。

いつかは、サイババが手から出した砂だよ、と言ってそんな砂まで見せてもらったこともある。

見せてくれた方も、自分も貰い物だからどこまで本当かは知らないけれど、とは言ったけれども、その人のところならそういうものが集まってもおかしくないと思うほどの人格者だったから、私も興味津々で拝ませてもらった。

とにかくマッサージ系は、そういうことに精通している人だと知らなくても、やたらとそういう人にあたって、毎回色んな話を聞くのが常だった。

で、他の人たちもみんなそんな風なんだろうか?と思って、冒頭のマッサージ・整体欠かせません!の友達に連絡して聞いた。

友達のパターンが普通で私のパターンが例外だと思う。

往生際悪すぎるけれど、今自分の立ち位置や状況を確認、受け入れるためにもこうした振り返りは欠かせない。

自分でもかなり今は気付いているけれど、多分私の色んな体験はかなり特殊だし、そして自分で引き寄せているという感じはなくて行くところ行くところそういうのに当たる、むしろ勝手に向かわされてる感が半端ない。

友達にそんなこんなを聞いていたら、逆に今どうしてるかを聞かれた。

迷ったけれど、こういう機会でもなければ言うこともないと思ったのと、変な風に第三者を介して耳に入るよりはいいと思って言った。


(私)
『なってから言え!という感じだけど、これから先の人生は少しずつ精神世界と現実世界とを組み合わせたようなこと、それが人の話を聞くだけなのか、もう少しプラスで何かを足すのかは知らないけれど、そちらを「やりたい」と言うよりもやらざるを得ない感じになっていくと思う。
〇〇〇〇(友達のあだ名)や周りの人たちに変なもの売りつけたり、変なもの紹介したりとか絶対にないから安心して!!!!
私はそれでもあくまで目指したいのは、人を好きになって好きになってもらって…の生活だけどね!!!!』
(注:友達にはかれこれ10年以上、専業主婦になりたい!と宣言している)


 (友達)
『ぶっしーがまわりに変なことする事はないことは信じてるわ』


この言葉めちゃくちゃ嬉しかった。

今の日本ではまだまだスピリチュアルなことは怪しいものだから、私がこういうことを口にして受け付けない人は受け付けないだろうし、もしそれで関係が終わってしまうなら仕方ないとも思っている。

(諸外国では、大学機関で普通に学部としてあったり、公的な健康保険を使ってヒーリング受けたりとかが当たり前なところもあるようで、日本はそういう観点でスピリチュアルなことへの認知度はかなり後進国と言われている。
個人的に、日本でスピリチュアルが怪しいと言われるのは2つ大きな理由があると思っていて、1つは金と政治の絡み←日本の情報操作が半端なくヤバイ理由と同じ、もう1つはスピリチュアルを盾にして怪しいことをしてる人たち・被害者が後を経たないからだと思う。)

それでも、これからますますそうしたスピリチュアルな話や世界は私の人生にかなり入ってくると思われるから、少しずつカミングアウトしていく他ない。

自分で少しずつカミングアウトして気付いたことだけれど、これはやっぱり自分の口で言うのが一番いいということ。

怪しいものを伝言ゲームのように他人から伝えられると、その伝えた人の主観も入ってしまうから、どうしても変な風になりやすい。

変と思われたり引かれたりするのは仕方ないけれど、あくまでも自分で伝えて自分の目の前でそうなって欲しい。

ちなみに、この友達が多分4人目かな?こうして伝えたのは。

そして今のところ、全員理解を示してくれて超絶ありがたい。

私は友達には本当にすごく恵まれていて、そしてみんな基本的に懐の広い人たちだから、それぞれの人が理解を示してくれたのも、その人たちの人間性のおかげだと思っている。

これから先のカミングアウトも是非ともそうであって欲しい。

カミングアウトをしていく中で気付いたのは、これはどんな仕事でもそうだと思うけれど、やましいことや後ろめたいようなことをしないことと誠実であろうと努めることが大事だと感じる。

周りは決してそんな風に捉えてはいないと思うけれど、私からしたら武士俣史子という人にプラスαのものがくっついただけで、基本的に私は私のままだということ。

その部分はこれからも変わりようはないから、あくまでも武士俣史子の中にプラスαが加わったぐらいに思ってもらえるよう、とにかく人との関係は大事にしたい。

人には言えないこと(←個人的なこと)は色々あったとしても、せめて自分がしようとしてることを堂々と言える自分でありたい。



この後も続きがあって、友達にカミングアウトしたことで、友達からも意外な言葉が返ってきた。

ちなみにこの友達は数年前からある専門的な研究に携わっていて、多分今後もその研究分野にずっと従事すると思う。

で、なんと友達は、言語化しにくい部分ではあるけれど、見えない世界の部分も自分の研究分野に取り入れて学術的に表現できないかと考えている、と返ってきた。

ビックリしたけれども、その友達らしい考え方だなぁと思った。

すごい現実的な人だけれど、発想がすごいユニークで、そして専門分野において超生活に密着した論を唱えるところが彼女の最大の強みや武器だと思う。
(私はその専門分野の人を何人か知っているけれど、彼女のセンスがピカイチで一番好き!もちろん、彼女の人間性も大好き!)

これは、私が感じたこと。

実はカミングアウトした4人はそれぞれ専門職の人たち。

しかもそのうち3人は大学院まで行っての専門職。

自分の専門を極めている人たちほど、もしかしたら他者のことに関しても理解があるのかもしれない。

専門を極めてる分、その専門では対処できないものも見えている。

その対処できない分野を、私のなんちゃってというかそんなすごい人たちの前ではさらけ出すのも腰が引けるようなものを出すと、そこにとても優しい理解が生まれる。

今回の友達も、自分の専門分野だけではもはやカバーしきれないところがあるようで、そういう面を取り入れることも考え始めたと教えてくれた。

私は友達に、もし何か情報が必要ならいつでも喜んで提供する!と言った。

こんなにも嬉しいことはない。

そして元々、絶対に近寄らなかった見えない世界の話だったから、理論的にわかる方が私も安心できたりしたから、そんな風にも学んでいることも伝えた。

これは私の勝手な予想だけど、今後この見えない世界の部分が世間の中で大幅に活躍の場を増やしていくと思う。

というのも、ロボットが人間の仕事の代わりをするようになったら、じゃあ人間は何するか?って、自分の中にあるものを表現する他なくなるわけで、そうすると自分の中なんて普段見えるわけじゃないから、そうした流れで見えない世界が脚光を浴びるようになっていくような気がする。

さらに言うと、これだけ技術や科学が発展しても、世の中にあるものがどうやって成り立っているか、というのは実はほとんど解明されていないとのこと。

有名な理系分野の名誉教授が言っているし、色んな分野の人たちも言い出しているから、その事実に気付く人が増えると、多分天変地異が起こるぐらいの革命が起きてくると思う。

太陽が地球の周りを動いていると信じられていた時代から、地球が太陽の周りを回っている説が定着するぐらいの、それぐらいの規模で色んなことが多分ひっくり返る。

仮にあと40年生きられたとしたなら、多分私はそういうものを自分が生きているうちに見られるんじゃないかなと思っている。

数年前からそういう話を時々耳にしていたし、自分でもうっすらとそれは感じていたところに、今は占星術の知識も加わったことで、確信に近い形でそう思うようになった。

占星術で具体的な事象の未来予測はできないけれど、少なくともこれから公転周期の遅い天体たちが次々と星座を移動することで間違いなく影響は出る。

それは個人にとどまらず、社会全体に確実に出る。

言い切るか、「と思う」と付け足すか迷ったけれど、私は言い切れるぐらいに影響が出ると確信しているから、あえて言い切ってみた。

友達の専門分野は旧然体質がすごい強いし(なんなら今年に入ってから色々ニュースをにぎわせている)、そこに政治と金も絡んでいる世界ゆえ、余計とスピリチュアルなことが入りにくい分野だと思う。

それでも現場と研究の二足のわらじの友達が、もう既存の理論だけでは限界を感じていて、そして目を付けたのがそうした見えない世界となれば、順にそういう人が増えていってもおかしくない。

友達もそんな風に人に見せられる文章ができるのがいつかなんてわかんない!って言っていたけれど、多分やってのけちゃうんだろうなぁ、この人…と思った。

その分野において、パイオニア的な役割を果たすんじゃないかとさえ思っている。

私の今の日陰生活のような、あまり陽の目を浴びない世界が、もし何らかの形で友達に情報提供できる時が来たら、本当に嬉しいなぁと思う。

ちなみに最後は2人でお決まりの挨拶、互いの嫁入りを何よりも願って話は終わった(笑)。←笑い事じゃない、2人とも。



#11/8のつぶやき

やっとセーターを洗った。
先月に春先から放置してたセーターを見つけたくせしてまた忘れて、今日突然思い出してやっと手洗いした。
3枚洗っての感想。
セーターは、どんなに洗っても3枚が限度で(気持ち的に)、絶対にそれ以上増やさないにしよう!と固く心に誓った。
私が知らないだけかもしれないけれど、毛糸洗いを自宅でもっと気軽にできるようになればいいのに!と思ってしまう。
特に、ズボラな人が簡単にできる方法。
ちなみにズボラーがする手洗いはすごいいい加減で、3枚洗っても手洗い部分は全部で10分以下。
なんなら最後は、洗剤が落ちきったとは言えない感じだったけれど、もう面倒になって切り上げた( ̄ー ̄ )。
健康被害は出ないから大丈夫!
ドミニカにいた頃、もっとヤバい洗濯状況を日常的に体験してたけど、一度も体に被害は出なかった!
ちなみにドミニカでは、しょっちゅう電気や水が止まっていたから(毎日無計画に数時間〜十数時間単位で止まる)泡がついたまま干したりとか(←一応手で泡を落とす)、すすぎはいつ止まってもいいようにいつも1回だけだった。
念願の専業主婦になれたとしても、多分この手の家事はテキトーにするんだろうなぁと思う。

2018年11月7日水曜日

破壊と再生と変容の先にあるもの

どこの誰かはわからないけれど、7月に書いた記事を読んでくれたらしい。

タイトルを見ただけじゃ自分が何を書いたのかわからなくて、その中身を読んでみた。

何でピンポイントでその記事がヒットしたのかは知らないけれど、そのピンポイントで引っかかってくれたどこかの誰かにありがとうと言いたい気持ちになった。

私はその中で変化したものと変化せずに残ったものとを対比させて書いていた。

変化したものも残ったものも不可抗力的ではあったけれど、特に残った方は私に安心感や自信のようなものを残してくれた。

そんな風に自分が書いたことも思ったことも、その文章を読むまでは忘れていた。

指折り数えて、その時から4ヶ月ほどになる。

変わらないものは相変わらず変わらないままなんだなぁと気付いた。

本当にこの1年はめまぐるしかった。

去年の10月10日から今年の今日11月7日まで、木星がさそり座にあった。
(明日8日に射手座に移動する)

テーマは主に2つで、
・変化を受け入れる
・自分にとって何が一番大切かを見極める
だった。

さそり座自体が、「破壊と再生」「変容」を意味するから、その通りのテーマがどんどん人生の中に流れ込んできた。

これから先の人生に持っていけないものは、とことん削ぎ落としされた。

反対に、今後も残ることが正解なものや必要なものは手元に残った。

7月に書いた変化せずに残ったものは今も私の中にある。

解釈が難しすぎるけれど、努力なしで残ったことには変わりない。

「解釈が難しい」と言ったのは、残ることが正解な感じもしなければ、必要性も感じないから。

そのどちらにも属さないのに残った。

強いて言うなら、「愛」という基準があるなら、それは残る、これからも引き続くものなんだと思う。

しかも、その基準なら、残るものの中で堂々の第1位にランクインできるほどの条件を満たしている。

数日前、感情が大爆発した時に、もう全て要らない、何も思い通りじゃない自分の人生が本気で嫌だと思った。

来て欲しいものは来ない、お願いしてもないものは来る、何だこの人生(怒)(怒)(怒)、ってなってた。

ピーク過ぎて落ち着いてから、1つ1つゆっくりと紐解き始めた。

色々思い通りになってないのは相変わらずだけれど、色々と自分が願うのはこれまで通りでいいし、むしろ願った自分のままでいても別に誰に迷惑かけるわけでもないからいいか!と思った。

紐解きながら、この1年ぐらいのことを振り返っていた。

去年の10月以降から今に至るまで。

破壊と再生、変容をテーマに色々と起こったことを振り返っていた。

その7月の記事を読んで、そして今現在を見て、本当にこの1年もかなり色々とあったけれど、そして相変わらずアップダウン激しめの私は自分の軸もブレブレになりまくりだったけれど、唯一それだけは変わらない、変わらずにずっと在ってくれたというのがある。

色々望んだ通りではないにしても、見えない水面下において徹底的に軸となってくれていたんだなぁと思った。

7月の文章を残した私にも、ブンブンと手を両手で握って「よくぞ書いてくれました!」とお礼を言いたい。

今あの時と同じ文章はもう書けないし、当時の心情を100%模倣はできない。

でも文の中で4ヶ月ほど前の自分を見て、そして今の自分を見て、変わらない部分、色々あっても今に引き継がれた部分も改めてわかったから、それはそれでいいか、となった。

そして、どこの誰かは知らないけれど、それを読んでくれてありがとう!と思った。

そのどこかの誰かの足あとが私に「これ見といた方がいいよ」と言わんばかりのサインとなって、 それで結果的に自分の過去の足あとを見れるようになった。

変わらずに引き継がれているものがはっきりと見て取れた。

この1年は、はだかになった時に何が自分に残るかを見る時間だった、と思う。

ホロスコープの新月のテーマを調べていたら、それよりも木星のさそり座→射手座への移行や、天王星の牡牛座→牡羊座への移行(逆行中)の話題が目白押しだった。

それ読んでこの1年を振り返ったわけだけど、そのタイミングでどこかの誰かが7月の記事を読んでくれたから私もそれ読んで、そしてより一層濃密な振り返りとなった。

とにかく、はだかの自分は何を持っていますか?と聞かれてばかりいる内容だった。

正解でもなく必要でもないものがドンとあって、そうした理由に該当しなくても持っている・残っているってレア中のレアだと感じる。

もっと言うと、究極一番何もしていない・手すらかけていないものが、残った。

さっき言った「愛」基準で言えば、それだけたくさんの愛を自分が持っていたってことでもあるし、自分が愛に溢れていたってことでもあるし、そして愛をたくさん知ったってことでもあるんだと思う。

破壊と再生と変容の三重奏の中で、日々しれーっとしながら普通に在り続けたものにすごい生命力を感じる。

努力なしで持ち続けるもの、自分の中にあるものって、人生で一番すごいものだと思う。

心臓が私が何をしていてどんな気分でも動き続けてくれてるように、その今も私の中に在り続けるものは心臓みたいな感じで存在し続ける。

さっき「必要ではない」って書いたけれど、正しくは「必要か不必要か考えたことないもの」というレベルで、必要だとは考えたことないという感じ。

普段の生活で「心臓って必要だよね」「心臓持ったよね?」なんて思わない。

だけどきちんとあるし、きちんと私を生かすために全力で常にあってくれる。

その今在るものもそうで、「必要だよね」とか考えないけれど、常に在って、そして私の中心にいてくれるから自分も何だかんだあってもそこにきちんと戻れる。

破壊と再生と変容を繰り返す中で尚も残るもの、それはつまるところ、何よりも大切だから残っているということなんだろうなぁ…と思う。