2022年2月12日土曜日

バレンタイン妄想劇場


バレンタインではなくて
サンキュー祭りのシュークリームを買いに行った

かわいいディスプレイだったからこちらもパチリ

今年のバレンタインの用意の1つ
ハート柄のリボンがかわいい

木曜日の仕事中に調べた
「職場 バレンタイン 迷惑」
で出てきた内容のメモ

4年前の2018年のバレンタイン近くの仕事中
思いついて、バレンタインディナーのメニューを
あれこれ考えた( ̄∀ ̄;)

私がこのブログを書くために
大きく後押しをしてくれた、
ある洋菓子屋さんの車
シュークリームを買いに行った朝(7時半頃)
赤信号で止まったら目の前がこの車だった


今週のおいせさん手帳のメッセージ
ちょうどバレンタインもあるから
このメッセージがいいな〜と思って書いたもの




今年のバレンタインは3連休明けの月曜日。


この間からちょいちょい気になって仕方ないことを今日は書こうと思う。


いくつもの職場に行った割に、バレンタインチョコを贈る慣習のある職場は1つだけだった。


だからそもそもバレンタインをどうこうするということがないかもしれないけれど、どんなこともあるかもわからないから、そして「もしあるなら…」前提の妄想が止まらないからそれを書く。




*




全く要らない情報から書くと、私は今年も人を相当限ってチョコを渡す。


お世話になりまくりだから、お礼の気持ちというよりも迷惑料みたいな、そんな意味合いのチョコになる。


今年は2人。


Mr.ダンディ(一般企業でいうところの会長・社長に次ぐポジションの人で私の様々なサポートを毎回してくれる重鎮)とイケメンエンジニアの硬派さん。


硬派さんは本来なら私との仕事の接点はそんなにないけれども、毎回変な案件を部長から硬派さん(=超仕事ができるやり手の人)に振られる関係で接点がこの1年で驚くほど増えて、毎回色々サポートしてもらっている。


直近の、歴代3本の指に入るヘビー業務の時も、硬派さんが全体の調整役と橋渡し役と諸々の確認役を全部引き受けてくれて(正しくは押し付けられて)、とてもスムーズに仕事そのものは進んだし、私はその点はとってもやりやすくて助かった。


Mr.ダンディには年がら年中、ありとあらゆるサポート(私が言うと通らないものは全部Mr.ダンディにお願いして、物事を通させるために便宜以上の便宜を図ってもらっている←もちろん企業のメリット第一にはなる)をしてもらって日々助けてもらっている。




*




そんな風に2人に渡す用のチョコを用意して、それはどうこう気にかけるような懸念事項は無いに等しかったけれども(どの程度なら重くならず軽くもならずかな…ぐらいは考えた)、用意しながら気になったのは、この日本のどこかの地で誰かも同じようにイケメン上司にチョコを用意しているんじゃないかということ。


そんなこと私が知ったこっちゃない話だし、超部外者だし、関係ない人の最たる人物が私で、そもそも気にかけることすら間違えているのは百も承知だけれど、考えると悶々とせずにはいられなかった。


本気のチョコをここぞとばかりに渡す人がいてもおかしくないかも…と思ったりもした。


職場で慣習的に渡す人がいたとしても、それさえもできない私には羨ましくもあり、永遠にそのポジションにさえなれないことへのメンタルギリギリのところとか、全く嬉しくないことがいくつもフツフツと自分の中に湧いた。


別の想像もしてみた。


もし当時イケメン上司が年度末くらいまでいて、私もその頃まで勤めていたわけで、バレンタインがやってきたとするなら……。


という、本当にこの世の中でしょうもない妄想の中でもキングオブしょうもない妄想をしてみた。


なんならバージョンを2つ考えた( ̄∀ ̄;)。


《バージョン1》

現実に起こったように、夏に私がごはんに誘って、その後からイケメン上司にガン無視されるパターン。


そのまま数ヶ月後のバレンタインを迎えたとしたら、バレンタインなんかより一層深い(不快)亀裂を入れるだけだっただろうから、私は何にもしなかっただろうなと思う。


それか、バージョン1の変化球的なパターンで、当時の私はあまりにもメンタルへの打撃が凄かったのと、さすがに仕事中のことで無視をされるのは自分の身が持たないと感じて、タイミングを見て、イケメン上司に私のことが嫌でも仕事の伝言とかそういうやむを得ない仕事中の接点の時だけは普通にして欲しいとお願いしようと思っていた。


他の時は無視されても仕方ないけれど、仕事の内容は私だって好きで自らイケメン上司の仕事に絡むわけじゃないから、そういう突発的なものは私も避けようがないし、避けたらそれこそイケメン上司側の仕事に支障が出ることだから、だからそこだけは嫌でもちょっとだけ我慢して普通の対応をお願いしたいと思っていた。


それはタイミングを見計らって、イケメン上司に直接伝えて頼もうと本気で思っていた。


実際にはタイミングを考える間もなく、48時間も経たないうちにイケメン上司の転勤を告げられて、ならば残りはこのまま黙っていても何とかなりそう…と思って、それは言わずに済んだことだった。


けれども、そんな変化球が現実にあったとして、バレンタインがあったのなら…。


あげたい気持ちはあってもやっぱり何もあげなかったかな…、あげてもみんなに配るフリというかカモフラージュをかけて渡したのかな…、なんて想像した。


どさくさに紛れて渡したとしても、さらに強烈なパンチが飛んでくるのは嫌だから、何もやらないに落ち着いたかもしれない。


書きながら思い出したけれども、私はイケメン上司がいなくなる前に何かしら残らないものを渡そうかと考えて、実際に店に見に行った日があった。


1軒だけ見に行ったのか他にも行ったのか忘れたけれども、1軒だけははっきりと覚えている。


私はドラッグストアの栄養ドリンクのコーナーの前に立っていた。


ない頭で知恵を一生懸命に振り絞って、そこで思いついたのが、サッと飲めてさらには仕事の引継ぎと引越しとダブルでする直前で身体疲労が凄そうだから、栄養ドリンクなら可も不可もないかもしれないと思った。


それで見に行った。


行ったけれども、しばらく栄養ドリンクの前に立って、冷静になって考えて、私から何かを渡されることさえ嫌だろうな…と思ったのと、それなら何もしないのが一番イケメン上司が望んでいることだろうと考えたのと、さらには栄養ドリンクって……と送別の品としてどうなのかと思って止めた。


っていうか、そんなことするの、そもそもそういう関係じゃないからやめようと、寂しい決断だったけれども、職場の人間関係以上のものを希望した私が、イケメン上司は迷惑そうにしているのにそこをさらに踏み込むのはおかしいというか間違えてる気もして、とにかくやめた。


そのシーンがとても強く残っている。


その後イケメン上司の送別会があって、仲良しのSさんから何が送別の品として贈られたのかを聞いて、本気で栄養ドリンクなんてやめて良かったと心底思った。


そして最終日当日、後輩くんが何かしらあげていて、それも耳だけでやりとりを聞きながら、温和な雰囲気を空気で感じながら、私の方は色々間違えなくて、やらかさなくて良かったなと思った。


さらに極めつけとして、最後にイケメン上司と挨拶とも呼べないくらいのお通夜みたいな小さな時間があったけれども、その時にだったか後からだったかも思った、余計なことしなくて良かったと。


あげたい気持ちよりも、自分が傷つきたくないのと、本当にこれ以上私を嫌がっている風なイケメン上司の姿を目の前で見るのが嫌だった。


そうやって避けた時間だった。


とかいうことを考えると、仮にバレンタインというイベントを同じ空間で迎えられたとしても、何にもしなかったのかな…なんて、実用性ゼロの想像に明け暮れた。


《バージョン2》

何もせずに穏やかな職場の人的な人間模様にいられたまま、バレンタインを迎えるバージョン。


それなら何かしら用意したかな…なんて思う。


イケメン上司にだけ渡すんじゃなくて、他の男性陣にも渡して、どさくさに紛れて渡したかもしれない。


けれども、例えば年末のイベントに女の子と出かけるとか、好きな人がいるとか、メガネ女子がタイプだとか、そのような話を1つでも聞いていたら、何にもしなかっただろうなと思う。(←実際に聞いた話ばかり)


そんな博打なこと、そして何よりもどう思われるかと思うと、何もしないのが1番ってなったのかな…なんて思う。


いずれにしても、今年のバレンタインみたいに、自由に用意するなんてことはできなくて、用意するにしても悶々として、用意しないとしても悶々としたことがとても簡単に想像できる。


Mr.ダンディには、Mr.ダンディの普段の振る舞いがよく表れている名前が付けられたチョコと、健康上の理由で大好きなアルコールを今特別な日以外は絶っていると言っていたから、それを逆手にとって日本酒の顔のパックを買ってきた。


手が乾燥するとかなんとか言って美意識のある人だから、酒パックをギャグのようにおしゃべりしながら渡す自信がある。


なんならリボンも選べて、シンプルなものもあったけれど、せっかくのバレンタインだから、ハート柄のリボンにしてもらった。


こんなリボン、万が一イケメン上司にチョコを渡せるような仕事の関係を持てていたとしても、絶対に選べないなと思った。


硬派さんには、前にあげたことのあるコーヒー味のチョコがあって、それをわざわざおいしかったとお礼だけじゃなくて感想まで言うためだけに私の席に来て教えてくれたことがあったから、今回もそのチョコをあげることにした。


スーパーで買えるから全然バレンタイン風じゃないけれど、お返しは要らないからと言って渡せるプチギフトだから、それがいいかなと思ってそうした。


硬派さんのコーヒー味のチョコを買いながら、イケメン上司の好きなチョコのことも私は知ることができないんだな…と明るいスーパーの店内で1人寂しい考えに取り憑かれた。


さらなる余談だけれど、イケメン上司に手紙を渡す時に茶封筒を使ったことがここでも役に立って(?)、硬派さんのチョコはチョコが入る大きさの茶封筒を用意した。


茶封筒なら硬派さんの席に持って行っても、さほど目立たずにいけるかなと思う。


ちなみにMr.ダンディも硬派さんも既婚者だから、こちらも気にせずに好き放題にできる。


これが独身男子で年齢も近いとなると渡すことさえはばかられたかもしれないけれど、そういう心配が全くないから、本当に純粋にお世話になったことへのお礼として渡せる。


しつこいけれど(苦笑)、もし物理的にも職場の人間模様的にもイケメン上司にチョコを渡せる環境下にいられたとして、私はチョコを渡せたかな…と想像すると、イケメン上司も当時は独身だし、彼女とか好きな人がいるのかいないのかも謎に満ちすぎて、結局は色々考えすぎて何もできなかったかもしれないなと思う。




*




と、そんな風にして2人分のチョコを用意しながら、イケメン上司の職場の女性もそんなことしてるのかな…なんて想像した。


どうかその女性が面倒くさいと思いながらやっていますようにとか、買いながらもしくは選びながらイケメン上司の顔が思い浮かんでいませんようにとか、これまたしょうもないことを願っている自分がいる。


本命の人がもしいたとして…と想像するのはさらに面白くないことだった。


ここで私はすごい発想に行き着いた。


もしイケメン上司に誰か特定の人がいるとするなら、イケメン上司は私のブログは絶対に見ない気がした。


ブログ見るくらい別に悪いことではないけれど、特定の異性のブログ、それも自分のことが色々書かれているブログを、好きな人・大切な人がいるとするなら見るとは思えない。


それは相手を傷付けるようなことだから、そういうことはやらなさそうと思っている。


もちろんそんなの私の勝手な想像でしかないけれど、そういうことはやらない人のように感じる。


私も不器用人間だけど、イケメン上司は私に輪をかけて不器用な感じがするから、特に距離の近い大切にしたい人間関係の中でそういう不穏なものを自ら持ち込んで上手に隠すなんてできない人だろうなと思う。


だから、私は勝手にイケメン上司は今もフリーなんじゃないかと思っている( ̄∀ ̄)。←どこまでも自分に都合の良い解釈。


せめてせめてイケメン上司がチョコを受け取るのは仕方ないにしても、イケメン上司側は本気でありませんように……と本気で祈っている。←祈りの内容としても酷い。


ちなみに木曜日、2週間近くかかりっきりの超ヘビーな仕事が前日に片付いて、心も体も仕事から解放された私は、仕事中「職場のバレンタイン」についてネット検索をした( ̄∀ ̄;)。


「バレンタイン 職場」と入力したのなら、なぜかパソコンの検索候補の1つとして

「バレンタイン 職場 迷惑」

と出てきて、怖いもの見たさでその検索ワードに切り替えてEnterを押した。


仕事もせずに( ̄∀ ̄;)、私はその中のトップに来ていたサイトをクリックして中をのぞいた。


記事はご丁寧に、どういうチョコが職場のバレンタインで迷惑なのかわかりやすいように副題を付けてくれていた。


要約すると。


・思わぬ相手から

・ちょっとワケあり?な相手から

・手作りチョコ

・激安又は高級チョコ


とあった。


手作りチョコなんてさすがの私も「重たい」とわかるから、最初から除外。


激安や高級チョコは、どちらもお返しに困るのがわかるからそれも除外。


上2つは、変な汗が背中をつたわりそうなフレーズだった。


バレンタインチョコに限らず、ごはんに誘われるとか手書きの手紙をもらうとか、「思わぬ相手から」とか「ワケありな相手から」とか、どちらも確実に拒否したい事柄なんじゃないかと思った。


イケメン上司からしたら、私がごはんに行こうなどと言ってきたのは、まさに青天の霹靂で、本当にめちゃくちゃ迷惑で困ることで、喜びやほんのりしあわせみたいな幸福感とは真逆のところにあったんじゃないかと思う。


バレンタインの検索をしたはずなのに、気付けば私は過去の自分の姿と重ねてゾッとしていた。


イケメン上司が子どもの頃から色々お誘いやらバレンタインやら告白やらを受けてきたとして、その中でも史上最高に受け入れ難いとか困ったとかいう不名誉な人物として私はいるんじゃないかと今でもそんな風に思うことがかなりある。


自分から調べたくせして、なんだかやるせない気持ちになって終わった。




*




朝のニュースのエンタメのコーナーで、女子アナウンサーから俳優の中村倫也がバレンタインの思い出を聞かれていた。


「中村さんはモテたんじゃないんですか」というような言葉も添えられていた。


中村倫也の答えは、すごいかわいいものだった。


「それ言われるんですけどねー。

よくテレビで芸能人の人が芸能人になる前もモテて20個もらいましたとか言うじゃないですか!?

あれ見ていつも『嘘だろー!?』と思って聞いてます。

そんなことなかったですよ、一度も。

◯◯くん(一緒にインタビューに出ていたイケメン)はある!?」


と話を振っていた。


それでもバレンタイン当日はいつもソワソワしていたとも言っていた。


それ聞きながら、イケメン上司もバレンタイン当日はソワソワしたり、今もソワソワするんだろうか?と思った。


例の職場のバレンタインについてネット検索していた時、色んな年代の男性陣の感想もまとめられていて、好意的に受け取る人は受け取ることもわかった。


イケメン上司も誰からであっても好意的に受け取って嬉しくなるんだろうか…と想像した。


私がMr.ダンディや硬派さんとチョコのやりとりをするような穏やかで笑顔が出てきそうな時間を、イケメン上司も今の職場の誰かと共有するんだろうか…と思うと、羨ましさも寂しさも虚しさもそこには絶対に立てない自分の虚無感も色んな気持ちが湧く。


仮に渡せるような物理的環境があったとしても、2人とするような穏やかなものは到底無理だから、どちらにしても私は土俵外だろうけれど…。


イケメン上司もバレンタインはソワソワしてきたかもしれないけれど、もし私が物理的に近くにいたら「ソワソワ」じゃなくて「ゾワゾワ」だろうなと思った。


普段そんなこと考えたこともないけれど、生涯、もう誰にもチョコを渡すようなバレンタインを迎えられない気が今回はした。


今後も仕事の関係者とかお世話になる人とかにバレンタインのチョコを用意することはあっても、自分の個人的な私生活の中で誰かのためにチョコを用意したりバレンタインディナーみたいな、少し豪華なごはんを用意するとか、やることなさそう…と思った。


イケメン上司がいなくなって、その後の初めての冬のある日だったと思う。


仕事中にありえもしないバレンタインのメニューを考えるみたいなことをして、それをメモしたはず!と思って探したら、当時のメモが出てきた。


今見てもいいなぁと思うメモになってる。


バレンタイン、残りの人生で一度でも心に残る時間を誰かと共に過ごしたい、とまたもやあらぬ方向に自分の希望を改めて確認した。




*




地元の隣町で毎年この時期になると、シュークリーム10個入り1箱で420円で売り出すサンキュー祭りなるものがある。


高校生の頃は全然おいしくなかったけれども、ここ最近は本当にクオリティーが上がっておいしいシュークリームをその値段で出してくれるから、今回も朝早く起きて行列に並んで買いに行ってきた。


最後の大きな分かれ道で、まっすぐに行くか左折して行くかどちらにしようか迷った。(どちらも同じ距離)


ペンジュラムに聞いてまっすぐと出たから、まっすぐ行った。


赤信号で止まった。


本当に驚いた。


目の前に止まっていたのは、イケメン上司の苗字が店名に入っている洋菓子屋さんの車だった。


この車こそが、2017年の秋にイケメン上司が異動でいなくなった直後のある夕方に、同じように赤信号で目の前に止まっていて、それを見てこのブログを書くことを本気で決められた、そんな大きなキッカケをくれた車だった。


即座に携帯を開いてカメラを起動させて前の洋菓子屋さんの車を撮った。


なんてことはない。


それでもそうやって私を今のところにまで運んで来てくれたのは、間違いなく目の前の洋菓子屋さんの世界に1台しかない車だった。


朝出発する前も少しだけテレビを見たけれども、その時も見てすぐに芸能関係の話題で、そこにはイケメン上司と同じ苗字の小さな男の子が映っていた。


ちょうどこの記事を書いて今日中にアップしようと考えていた矢先の出来事だった。


洋菓子屋さんの車を見て、もしあの5年前(!)の秋の夕刻にその車に出会わなかったら今の私はいないんだとしみじみと思った。


イケメン上司も私も全く関与していない、そんな領域のことだったにしても、偶然の顔した必然的なことたちが幾つも重なってくれないと、私はブログを書いてアップする勇気は持てなかった。


届くはずもないものを、届かないと知って書くこと・ブログに掲載することの気持ちや覚悟は、人生の中の3本の指に入るような究極のものだった。


届かないのに、伝わらないのに、もう会えないのに、全てが「ない」の一点張りで、私はそんな宝くじで1億円を当てるよりもありえない可能性のものに賭けるなんて、私には何の糸口も可能性も見えなかった。


暗中模索という言葉は、少なくとも「ある」ことを想定して暗い中を探す。


私の場合は、暗中模索さえ、そのスタート地点にさえ立てていなくて、模索も何も、本当にうっかり何かが間違えてくれない限り起こることさえ想像できないものだった。


書いてアップしない限りは絶対に可能性がゼロのままだから、ゼロではない可能性を生み出すために書いてアップしたに過ぎなかった。


だから、どうして繋がってくれたのか、時空を超える何かが本当に存在するのか、私にはわからないけれど、少なくとも何度も何度もこのブログでも書いた通り、今の状況は全てにおいて想定外だった。


いつどのタイミングでイケメン上司が最初に私のブログを見つけてくれたのかはわからないけれども、当時から今に至る全てを繋げてくれる大事なパズルの1ピースが、今朝サンキュー祭りのシュークリームを買うのに車を朝早くに走らせたら目の前に現れた洋菓子屋さんの車だった。


私がイケメン上司にあげるためにチョコを用意することも、妄想炸裂しすぎなバレンタインメニューを作って一緒にごはんを囲むことも、そのためにお酒を用意したりとびっきりのお皿を用意したりすることも全部全部なくても、こうして好き放題に自由に自分の書きたいことを書けるんだから、それはそれでしあわせなことなのかもしれないなと思った。


迷惑な職場チョコとかもないから安心して!と言いたい。


ネットのこのブログの中だけなら私も人畜無害でいられる。


自分が何か脅かす存在じゃないというのは、変な言い方だけど、自分も安心する。


私はいかがわしい存在にもなりたくないし、圧をかけたり心を惑わせたり疲れさせたりしたいのでもない。


イケメン上司が望むことと私が望むことは異次元のように交わらないようだから、それを無理くり繋げるなんてことも考えていない。


だから、最大限できる配慮をしながら、イケメン上司の負担にならない立ち位置でこうして自由に自分の心の中を言葉に起こす、起こしたものを届く可能性のあるこのブログにアップする、そういうスタイルが正解なのかもしれない。


バレンタインの話だったはずなのに、どこまでも話が飛びまくってしまった…( ̄∀ ̄;)。


今の私の心情としては、一刻も早くバレンタインが終わって欲しい。


とりあえず終わってくれたら、今脳内を占めているような妄想から離れられる気がするから、早くその瞬間を迎えたい。

2022年2月5日土曜日

心のよりどころ

私のオルゴナイト

ペンジュラムを持ち歩く時用の袋
以前使っていた人からもらった袋が傷んで
初めて自分でペンジュラム用に袋を作った
布はたしか何十年も(1950〜60年とか)昔の
ヴィンテージものだったと思う



心のお休み的な小さなブログ。

瞬間瞬間は小さくても、後に残るものは末永くて大きい。


そんなお話。




*




先週あたりから、今調べたらちょうど1週間前の今日、仕事でものすごくブチギレて悔しくて残業中自分の席でひっそりと涙が出たくらい、そしてその後も今もじわじわと心に嫌な風に染みが広がるみたいな状態が続いている。


時間が経てば経つほど、やるせない気持ちはいつまでもじわじわときて、色々とタチが悪い。


それについても途中まで書いたから、いつかアップするかもしれないし、アップしないかもしれない。


書けたらアップする。


書く気が最後まで続かなかったらアップしない。


何があったかと言えば、仕事をしてない人から私の仕事の在り方を陰で指摘されて、その指摘した内容というのが私のこれまでの仕事全てを否定するくらいの破壊力を持っているものだった。


相手の人間性がおかしいし、事情を知っている人たちはみんな怒っていたし、少なくとも私のしていることは関係者全員に利益をもたらす一方で、陰でおかしな発言をした人はみんなの足を引っ張りやる気を大きく落ち込ませる名人で、誰もが仕事で関わり合いになりたくないそういうタイプの人ではあるけれど、そんなこんなの事情よりも、たった一言の言葉というかありえない捉えられ方が私の中の一番の尊厳的なところに傷が付いた、傷が付いたと言うのも癪に障るくらいだから、それこそこれまで積み重ねてきたものを鋭い刃物で切り裂かれたくらいのことが私の知らないところで起こっていた。


社会人になって仕事で怒りを覚えたことは色々あるけれども、その中でも甲乙付け難い、トップ2の片割れというくらいの立ち位置のもの。


もう1つの方は、何年か前にお客さんの個人情報が含まれた書類を隠されて、それも絶対に社外どころかオフィスの一画からも持ち出し厳禁の厳重書類で、今回とは事の中身が違う。


自分の在り方や生き方についてものすごい嫌がらせを受けたという意味では、今回の件がダントツで一番嫌な経験と言える。


そんな衝撃があって、仕事も残り10ヶ月切ったけれども、次の契約を更新するかどうかさえも怪しい雲行きと言わんばかりのところに今の心情としてはある。


そんなこんなの最近の中であったこと。




*




前置きが長くなったけれども、怒りや悔しさ、やるせなさ、心をえぐられたような傷、そうした中で迎えた次の日の朝だった。


テレビを点けた。


点けて、一瞬の静かな間があって、画面に映像がアップされて、そしてすぐに次の場面に画面は切り替わった。


時間にして1秒とかだと思う。


そこに映ったのはイケメン上司の名前だった。


その日はたしか画面上の文字だけじゃなくて、音声付きで流れていたと思う。


どれがどの順番だったかは忘れたけれど、それが3日だったか、3回だったか続けて起こった。


ある時は、イケメン上司の名前と同じある物質の紹介で、その時はその名前が朝のテレビで何回も立て続けに連呼されていた。


また違う時は、点けてすぐに音声が耳に飛び込んできて、料理家の先生の苗字がイケメン上司と同じ苗字だった。


テレビだから本当にいつの時も一瞬だけれど、とにかく立て続けに毎回テレビを点けたすぐ後にイケメン上司の名前を見聞きすることが続いた。


ちょうど2週間ほどブログをアップしてなかったことも関係していたのかもしれないけれど(ブログの更新が滞ると、それとなくイケメン上司の名前を見たり聞いたりすることがなぜか増えるという不思議)、この心的にかなりやられて仕事はしていたけれども1人になるとドンと落ちたり怒ったり泣いたりと騒々しい時に、突如現れるイケメン上司の名前に毎回毎回救われていた。


本人の意志なんて全く関係ないだろうけれど、地味にじわじわと本気でしんどかったから、そうした時にやってきてくれる名前たちは、それだけで他の何にも敵わない最強の心の栄養剤だった。


不思議なもので、心の方もそこそこ落ち着いてきたら、そうした現象も落ち着いてきた。


基本的に、元々よく名前は見聞きしているから通常モードになったというか、そんな立て続けにテレビ点けた瞬間に毎回毎回名前を見聞きするなんて普段はさすがにないから、本当に何か天からの遣いみたいな感じだったのかな…なんて思う。




*




仕事は最近立て続けに変なものたちが舞い込んできて、連日のように残業しているけれども1日だけ定時で上がれて尚且つ外は雪や雨は降ってなくて、新潟県民が言うところの「晴れ」みたいな夕方だった。


ちなみに新潟は晴れの日が全国で一番少ないとか、そんな感じのランクに君臨していて、例えば冬に雪や雨が降ってなければ「今日は天気いいね」と普通に言ったりする。(太平洋側なら、いわゆる「曇り」)


で、そんな日にいつもの小道に出ると、近所の中学校の、付き合ってる彼氏彼女的な男子女子が歩いていた。


見ていても微笑ましく、なんかいいな〜なんて思って見ていた(車の中から)。


手を繋いだり指をからめたりするくらいの仲になってるようで、それを見ていてはたと気付いたことがあった。


当たり前だけれど、手を繋ぐという行為は、その行為の前に「手を繋ぎたい」という気持ちがある上で初めて成立するのが基本。


手を繋ぎたい気持ちはどこにも売ってるわけはなくて、自然と湧いてくる気持ちになる。


中学生の男の子を見ながら、ちなみにその男の子はイケメン上司の背格好にほんの少し似ていて、とにかくその子を見ていた時に、イケメン上司もあんな風に誰かと手を繋ぎたいって気持ちになって手を繋いで大人になってきたんだろうな〜と思い始めて、そんな風に思ったのなら、そもそも私というのはそういう対象ではないだろうことを冷静に分析し始めた。


なんだか色々間違えたなと思った。


もちろん過去に戻って当時の状況をやり直すなんて絶対にできないけれど、もし当時先々のことを予想しながら動けたのなら、今とは違う現実もあり得たかもしれない…、そんな風に想像した。


もっと人としての関わりを少しでも持てていたとするなら、今はもしかするとお互いに気が向いた時に連絡を取り合えるくらいの仲になれていたかもしれない。


ごはんに誘われたら、単なるお友達でいましょうみたいな空気感とは違っていて当たり前だし、そんなの中学生の男の子みたいな気持ちがイケメン上司側にもあったのなら温かく迎えてもらえたと思うけれど、そうではない相手がやってきてごはんに行こうと言うだの、手書きの手紙を置いていかれるだの、何かホラーみたいなものだなとさえ思った。


イケメン上司から見て「あり」か「なし」かの2択なら「なし」で、もっと配慮して事を運べなかったのかというのは後の祭りだけれど、もう少し上手くやれてたのなら今は違っていたのかな…と前向きな想像をすると、連絡取れるくらいのものを当時の自分が作れたら本当に良かった、と思う。


例えば「手を繋ぎたい」なんて本能みたいなもので、勝手に湧かせることもできなければ、意図してそのような気持ちを抱かせることもできない。


本当の本当に縁のある人だと今も思っているけれども、その縁も手を繋ぐとかそういうタイプの縁じゃなくて魂的な生きる道における必要な関係性なのかな…と最近は静かにそんな風に想像している。


だから最初にもう少し人間的な関わりを持てていたのなら、今はもう少しやりとりしやすい立ち位置に立てたのかもしれないな…と思うと悔しいというかやりきれないもしくはやり残したような気持ちが湧いてくる。


ここに色々書き過ぎたから、さらに私は近付きにくい相手へと不名誉な昇進をしたんじゃないかと思うけれど、その辺りがどうにも上手くやれないのはまさしく私という感じも否めないけれど、中学生カップルみたいな事を匂わす関係性が思い浮かぶような近寄られ方だったことが、全てを難しい方向にしたのかもしれないなと今さらな反省もちょびっとした。


もし同性同士とか、趣味仲間とか、もっと社会性の強い関係(同僚とか同期みたいな)とかなら、普通に仲良くなれる関係だったかな…なんて想像する。


とにかく中学生男子を見て、イケメン上司の気持ちを想像してみて、私にはどうやったって近寄ってこない理由がとてもわかる気がした。


「なし」判定の相手に近付くメリットもなければ、むしろ危険人物にさえイケメン上司の目に私は映ったのかもしれない。


私の書く文章には抵抗がないみたいだから、友達とか飲む仲間みたいな関係性に最初から舵を切れていたのなら、意外にも気が合う者同士になれたかもしれない。


職場というかなり規制の効いた場所だったし、私は置き物のようにしゃべりもしなかったし、仲良くなれる接点なんて皆無だったけれども、恋愛対象とかではなくて人として付き合える関係を本当に少しでも持てていたのなら…と今でも時々想像してしまう。




*




この1週間近く、本当にヘビーな仕事を担当している。


もはや英訳だけじゃなくて、ものすごいマニアックなスーパー専門的超ハイスペックExcelの動作チェックやらそれに基づく暗号みたいな怪文書を頭がパンクしながらひたすらやっている。


日本語でもわけわかめなのに、英語なんかわかるはずもなく(でも英訳した文章の方が何がどうなってるのか理路整然としていて読みやすいしわかりやすい)、日本語では同じ単語でも英語は都度都度単語が変わるというマニアックなもの、それを理系だの工学だの機械だの全くわからない私がやっているから、世も末な状況になっている。


今回救いなことは、関わる人たちみんながやる気があって、みんな超手伝ってくれたり色々根回ししてくれたりしてもらっているところ。


そんな中で、ある日、会社の名誉顧問級の人とシステム開発者の課長的な人と係長2人と、みたいなところに派遣の私が呼ばれて、会社の一番の上顧客向けに渡す今回のものについての仕事の詳細な打ち合わせという名の恐ろしい会に呼ばれた。


しかも単に同席者的な感じで呼ばれてるのではなくて、私が英訳関連の資料を用意して、それに基づいてベラベラと困っていることや課題を説明して、それについてどうするかをみんなで情報共有しながら解決策を話し合うという主旨の会だった。


(ΦдΦlll)(꒪ꇴ꒪〣) (ΦдΦlll)(꒪ꇴ꒪〣) (ΦдΦlll)(꒪ꇴ꒪〣)


↑本当、こんな顔とこんな心情だった。


さすがに私も心身共々緊張やらプレッシャーやらで本気で具合が悪くなりそうだった。


で、その日の朝、家を出る前に私はペンジュラムに聞いた。


どう見積もっても、平常心で臨めるようなそんな会じゃない。


だから会の最中にお守りを同行させようと考えた。


何を同行するかは2択だった。


お守り同行は即座にYES。


でもペンジュラムは自分じゃないと言う。←1択目。


そうなると1択だけど、その1択もどうなるかな…と期待と不安を抱きながら聞いた。


私の手元にはオルゴナイトと呼ばれる、天然石と樹脂を組み合わせて作られたものがあって、潜在能力が上がったり部屋の浄化に役立つとされている。


信じる信じないは好きずきだけど、私が最初に目撃したオルゴナイトパワーは、枯れて180度近く首を垂れていた花(ガーベラ)が、なんと一晩オルゴナイトをたまたま近くに置いたら、次の日起きるとシャキッとシャキッと起き上がってまたきれいに咲いていたことだった。


本気で度肝を抜かれた現象の1つだった。


他にも天然石の色が変わったり、オルゴナイトが盾となってくれたおかげで、木の机をひっくり返してしまった時にその真下にペンジュラムがあったけれども、オルゴナイトが1畳くらいの大きさの机に突き刺さってくれて、そのおかげでペンジュラムが粉々にならずに済んだというすごい逸話も持っている。


オルゴナイト自体は大人の親指の第一関節くらいの大きさしかない。


そういうすごいものを、細かな事情や理由は端折るけれども、私は4年前のちょうど今頃、イケメン上司の分も購入した。


今もずっと持っている。


余談だけれど、私がペンジュラムを使って物や植物なんかと話すことを最初に教えてくれたのが、このイケメン上司向けに買ったオルゴナイトだった。


私の頭の中では袋とかに包んでクローゼットに保管する予定でいた。


本人の元に行かない限り、持ち主のために効力を発揮しないとされているから、それならより一層大切に保管した方がいいと思った。


それを聞こうと思って聞いたのが最初だったと思うけれど、そのオルゴナイトは全然違っていて、保管方法について非常に細かな要望を私に伝えてきた。


物って意志が本当にあるんだと初めて知った。


オルゴナイトが希望した通りに今も日々持ち歩いて寝る時も枕元に置いているけれど(そんな私物化したようなものを人にやる神経が…ということはとりあえず今は脇に置いて)、この4年の間、色んな修羅場や緊張度超高めのイベントの時にはいつもご同行いただいている。


だから今回もお守りとしてその時にポケットに忍ばせてもいいかどうかを聞いた。


私のオルゴナイトはもちろんOK。


もう片割れ(イケメン上司用に用意したオルゴナイト)も即OK。


私のものじゃないし、一応時々オルゴナイトに聞いているけれど、やっぱり持ち主は私ではないし効力も発動していないとのこと。


2人(2つのオルゴナイト)から承諾を得て、それで私はその会に臨んだ。


オルゴナイトを持ってその強烈極まりない会に臨めたのはとても大きなことだったし、安心感は絶大だった。


そして会も有意義且つ発展的なもので、途中から名誉顧問が他の重大案件対応で抜けて、その時に「あとは武士俣さんがしゃべって確認して!」と言われて、そんなこと一切聞いてなかった私はさらに

(ΦдΦlll)(꒪ꇴ꒪〣) (ΦдΦlll)(꒪ꇴ꒪〣) (ΦдΦlll)(꒪ꇴ꒪〣)

こんな風になったけれども、参加者の方たちが素晴らしくて、派遣の私の重箱の隅をつつくような数々の質問にも嫌な顔1つせず、変わらずに最後まで丁寧に説明&対応をしてくれた。


関係者たちの人の良さや意識の高さが今回の案件を超上手い具合に運べている最大の理由だとしても(関係者全員、いきなり押し付けられてやっているにも関わらず)、オルゴナイトたちの見えない心の部分のサポートも超絶大だった。


イケメン上司とは直接関係ないみたいな話ではあるけれど、私の中ではひっそりとこういう時、イケメン上司パワーが流れてきてくれてると思っている。


イケメン上司にそんな気がないのはよーく重々承知しているけれども、思い込みでパワーがもらえるならそれに越したことはないから、私の中では勝手にOKになっている法則になっている(笑)。


イケメン上司は仕事もきちんとやる人だったから、こういう仕事の時にオルゴナイトを携えると、イケメン上司の知的なものとか仕事の完成に至るまでの遂行能力とか、そういうものも流れてる気がするから、より一層効果が高く現れているように思う。




*




名前のことはその重大な会が終わった翌日にも起こった。


Mr.ダンディ(話の中の名誉顧問級の方)の席に英訳の諸々を確認しに行った時だった。


Mr.ダンディのパソコン画面はメールの画面になっていた。


そこに色んな送信先の名前が上がっていた。


ほとんどが漢字表記の中、1人か2人だけアルファベット表記だった。


アルファベットの名前を見てビックリした。


例えば、イケメン上司の名前が「サトウタロウ」だったとする。


アルファベットにすると、「Taro Sato」になる。


パソコンの画面上のアルファベットの名前は

「Taro Saito」

で、要はそのアルファベットの名前の中にイケメン上司の名前がそっくりそのまま入っていた。


まさかそんなところでイケメン上司の名前を見るだなんて思わなくて、驚きよりも先に嬉しさが爆発した。


しかも、もしそのサイトウタロウさんが漢字表記なら、そこでイケメン上司との名前をまんま見つけるなんてことは絶対になかっただろうと思う。


しかも何でサイトウタロウさんの名前だけ漢字表記ではなくてアルファベット表記だったのかもわからない。


名前の出没とイケメン上司の意志とは何にも関係がないだろうけれど、関係がなくても私は嬉しくなれるのだから、それで十分だとも思っている。


しかも重大案件で失敗が許されないものにずっとかかりっきりで精神的プレッシャーが半端ない時にふと現れてくれる。


その素晴らしいタイミングにも心から感謝したい。


これは数日前から今日土曜日にかけて書いていて、今朝も笑ってしまうくらいに名前ジンクスが出動してくれた。


朝テレビを点けた後、パンを焼く準備をして、パンが焼けるまでの間テレビの前に行ってテレビを見た。


その見たすぐ次のシーンで、イケメン上司の苗字を表すものがまんまと出てきて、音声でその名前もナレーションで出てきた。


その時一瞬しか出てこないものだったけれども、そのたった1枚の切り取られたシーンに登場して名前が読まれるのだから、本当に今回もすごい確率をすり抜けて耳に届くことになった。


仕事の諸々は本当に精神的にも肉体的にもキツい状態が続いているけれども、その間中、途切れることなくイケメン上司を表す色んなサインがやってきていて、私はそれにホッコリしながら救ってもらっている。


ちなみに反対の状況も想像したことがあって、私の名前は珍しすぎるから、イケメン上司が「ブシマタ」姓を見聞きするなんてまずないだろうし、仮に見聞きすることがあったとしてもそれでテンションやらやる気やらが上がるなんてどう考えてもないな…( ̄∀ ̄;)、という悲しい結論にしか至らずに終わった。