12月2日 日曜日
どうしても食べたくなって、ポトフを作った。
「ポトフ」と言うととてもおしゃれな料理みたいだけど、日本語にすると「野菜と肉の塩汁」とか「根菜と肉の塩スープ」という感じで、おしゃれ感が激減するどころか、名前が不味そうになるから不思議。
私も作る前は、料理ブロガーたちが絶賛するポトフに正直「そんなにおいしいものなのか?」とかなり疑いの目を向けていた。
だけど何年か前初めて作ったらどハマりし、それからは毎年のように作った。
父と母の家に転がり込んだ2年前の冬からはパタリと作らなくなった。
私は絶品と思うけれど、特に父の口に合うかがわからない。
好き嫌いが多く何でも塩やしょうゆをかける父にはそんな繊細な料理、手をつけられない可能性が高く、だから私は作るのを避けていた。
だけど今回はどうしても食べたかったのと、珍しく塊のベーコンがあったのとで、作ることにした。
入れたのは、玉ねぎ、じゃがいも、さつまいも、人参、エリンギ、えのき、ベーコン、ウインナー。
味付けは塩のみ。
塩は適当に2種類の塩を使った。
ベーコンは焦げ目をつけるぐらいに焼いたのと、あとはオリーブオイルで玉ねぎを炒めただけで、あとはコトコトとひたすら水と他の材料とで煮た。
さつまいもは食べる30分前ぐらいに入れて煮た。
火の通し方を間違えたと知ったのは、1時間半ほどしてから。
根菜系に火を入れる時は、最初は中火にしないと固いままなんだと今回初めて知った。
最初からとろ火はダメらしい。
気付いた後、一度中火にして、柔らかくなったらまたとろ火に変えた。
ウインナーもさつまいもと同じタイミングで入れた。
ウインナーはスーパーで2パック298円とかのもので十分においしいとわかった。
プリップリで絶品だった。
今回わかったけれど、ポトフは肉じゃなくてベーコンやウインナーで十分だとわかった。
そこからおいしいだしが出る。
肉だと柔らかくなるまで時間もかかるけれど、加工肉はその心配がない。
3年ぶりぐらいに食べたポトフは感動的なお味だった。
塩以外何も入れていないのに、こんなにもおいしいとは毎回感動する。
心配していた父も普通に食べていた。
久しぶりに2食連チャンで市販の弁当を食べた。
用意してもらったものだから有難くいただいたけれど、やっぱり好きじゃない。
私は美食家でもないし食にうるさい方でもないと思うけれど、どうしても市販の弁当を連チャンで食べるのが苦手だったりする。
今は本当にクオリティが高いからまずいことがほとんどないけれど、それでも体は全然喜ばないのがわかる。
まずくもないけれど、おいしくもない。
スーパーの惣菜とか普通に食べれるくせして、弁当だけがダメ。
ちなみに毎日の外食も無理。
私の手料理が絶品すぎるとかじゃない。
どこかで見た言葉で名言だなぁと思ったのが、おいしいおうちごはんって何かと言えば「毎日飽きずに食べられる味」というもの。
特別おいしくある必要はないけれど、毎日飽きずに食べられるところが大事とあった。
料理上手とは言えないけれど、私は自分の作ったものなら365日毎日食べられる。
本当に面倒な時は、ごはんに梅干しだけとか、永谷園のお茶漬けとか、トーストにバターだけとか、インスタントラーメン具なしとか、その辺りの極め方は半端ない(←自慢になっていない)。
でも、私はそうしたものは2連チャンでいけても、市販の弁当はダメなんだから不思議だなぁと思う。
ちなみに最近やって「これ好きだった!」と思い出したのは酢飯。
自分でも何がそんなにも好きなのかわからないけれど、酢飯がすごく好きで、本当に酢飯を海苔で巻いて食べるだけということを前はよくやっていた。
時々味変でマヨネーズを少し酢飯と海苔の間に挟むこともあるけれど、基本は酢飯と海苔だけ。
具は要らない。
しょうゆも要らない。
本当に単なる具なしののり巻きみたいな感じ。
酢飯も配合は適当で、一度もまともに計ったことがない。
うちわで扇ぐこともせず、普通に混ぜて終わり。
そんなに簡単な料理なのにめちゃくちゃおいしい。
唯一の欠点は、あまりに好きすぎて食べ過ぎてしまうことぐらい。
だからこれは基本的に、ごはんの残りの量が決まっている時にしかしない。
自分だけのご飯を作るというのが多分トータルで10年ぐらいあって、その間にそうしたスーパー手抜き料理をたくさん覚えた。
ちなみに昨日のポトフの付け合わせは、スパゲティサラダ。
そこに父が食べたくて買ってきたまぐろの刺身と海老カツ。
統一感のない献立でも私は基本気にならない。
スパゲティサラダは、多分新潟に帰ってきてから一番よく作っていると思う。
なぜなら、面倒ではないのと父が確実に野菜を食べるサラダだから。
そして、失敗することがまずない。
サラダもレパートリーがそんなにないから、スパゲティサラダ、切干大根とツナのサラダ、春雨サラダ、あとは切って並べるだけのサラダあたりをグルグルしている。
得意なのは、ブロッコリーとかほうれん草を茹でるだけのもの(←得意とは言わない。正しいのは「手抜き」)。
サーモンがあればサーモンのマリネとか、ほうれん草とツナと海苔の和風サラダとか、もやしの中華風サラダとか、超やる気がある時はポテトサラダとか、ポテサラの代わりにかぼちゃやさつまいもサラダもごくたまにする。
ポテサラは大好きだけれど、あの手順や手間が面倒だからあまりしない。
サラダとは違うけれど、ピーマンを炒めてそこにかつお節をふりかけてしょうゆで味付けしたものも時々出す。
ちなみに一人暮らしの時はもっと好き勝手にサラダは作れたから、色々試してた。
私が365日毎日でも自分の作ったものが食べれた一番の理由は、単に色んな味や食べ物への興味関心が尽きなかったからだと思う。
人からでも雑誌からでもネットからでも気になるレシピを教えてもらえば、わりかしすぐに試していた。
実験みたいで面白くて、そして自分の中のレパートリーが広がるチャンスかもしれないから、その辺りは律儀に試すところがあった。
あと、料理が苦痛でなかったのは、その場ですぐ決められるから。
きちんと献立を事前に考えて料理できる人たちがいるけれど、私は基本的にそれができない。
でも代わりに、毎回パッと冷蔵庫やあるものを見てその場で何を作るかを決めるのは多分得意。
得意かはわからないけれど、そのスタイルでずっと来ているから、それに慣れている。
そして、そのやり方だと色々縛られなくて楽チン。
その日の気分や材料を見て決められるスタイルは、「計画」が極端に苦手な私にはとても合っている。
2018年12月5日水曜日
2018年12月4日火曜日
夢の中の登場人物
勘違いも甚だしい夢だけど、よくよく考えてみるとこの1年ほどこのパターン多くない?と思っての分析。
これはつい今日見た夢の中の話。
夢の中で私は温泉旅館のような宿泊施設にいた。
そこがとても複雑な作りで、廊下や部屋が似たようなものがいくつも連なっていて、そしてやたらとかくかく90度に曲がっていたせいもあって、夢の中でも私は方向音痴になって迷子になっていた(汗)。
それはそうと、その中で私はある男性(全くの知らない人)と何か関係が始まるみたいな感じになっていた。
(個人的な願望が妄想の域を超えておかしな夢になったとしか思えない( ̄^ ̄))
その男性を探そうと、その建物の中で私はウロウロとして迷子になっていた。
そんな折に、真っ先に思い浮かんだこと。
「〇〇さんのことはどうするんだろう?」
〇〇さんは彼氏どころか全く相手にもされておらず、現実的には何の関係もない人だけれど、夢の中でその人のことが私の頭を何度もよぎって仕方なかった。
結局探していた男性には会えずに目は覚めたけれど、私の中では夢の内容よりも、〇〇さんのことはどうするんだろう?と疑問に思った自分のことの方が気になった。
気付けばこの1年、毎回ずっとそんな感じになっている。
夢でそうした付き合う付き合わないみたいなシチュエーションが出てくる。
夢だから、毎回不思議な設定ではあるけれど、その辺はスルーしている私。
だけど、「〇〇さんのことはどうするんだろう?」の部分だけは、毎回超リアルで、そこだけはスルーせずに真剣に悩む私がいる。
それも毎回きちんと悩む。
夢で何してんの?って話だけど、夢の中の私は夢とも気付かず、そこだけはやたらとリアルな感じで自分自身で自問自答している。
いつ見た夢か忘れたけれど、夢の中に人生で一番好きになった人が出てきた。
2人でやり直すような話をしていた。
その夢はそれまでも色んなバージョンで見ていたから、年に2、3回は上映される。
だから確実に過去20数回は見た夢。
毎回設定も場所も違うけれど、どういう流れでも全力でその夢に集中している。
そんな中、この1年の間のいつか見た時だけは違っていた。
夢の細かい流れはもう忘れたけれど、1つだけ覚えていることがある。
「〇〇さんのことはどうするんだろう?」
初めてその夢の中に第三者が参入してきて、そして主人公となる彼よりも第三者の存在の方が大きい、ということを体験した。
その展開にはもちろん驚いたけれど、私は嬉しかった。
初めて誰か違う人、それも本当に私の人生に現れてくれた人で自分の気持ちが動かされた人がその夢に登場してくれたこと、そしてずっと時が止まったままみたいになっていた関係が、夢の中ではあったけれど初めて私は「次に進めたんだ」とわかる出逢いに巡り合えたこと、それが嬉しかった。
やり直そうという相手よりも、新しく出逢った人の方がいつの間にか私にとって大事な存在になっていた。
現実的には何もなくすべて私の一方通行なものでしかなかったけれど、それでも私が次に進めた!と自分でわかったのは本当に大きかった。
ちなみに〇〇さんは別バージョンでも夢に出てきている。
本人は出てきたか忘れたけれど、本人の近況を共通の知人から聞くという内容だった。
夢の中で、〇〇さんの結婚が決まった話を聞いた。
相手の人は介護関係のお仕事をしていてそこそこ長く付き合っていてようやくゴールインしたという話を聞いた。
私はあまりのショックに呆然としつつその場は何とか話を繋いで、そして自分の中で「だからなんだね」と思い返していた。
だから最後あんな風に無視されて素っ気なくされたんだ、と思った。
彼女というか婚約者がいたら仕方ないよね…と。
私は目覚めてからもショックのままで、思わず自分が今どこにいるのかを確認してしまった。
「夢だったんだ…」とわかっても、これ本当に夢なんだろうか?と疑ったぐらい。
夢の中の話なのに、私はその〇〇さんが登場すると途端に色んなことがリアルになって、夢と現実の区別がつかないぐらいに気持ちが動く。
そして、過去の人でも未来の人でも色々な男の人が出てくるのに、毎回そこにはいない〇〇さんが心の中に登場してくるという不思議さ。
夢分析なんかしたことないからわからないけれど、夢の中の私の意識にまで出てくるのは多分その人が初めてだと思う。
夢の中でもすごい存在感を発揮している。
夢はいいから、現実世界で存在感を発揮して!と思う。
これはつい今日見た夢の中の話。
夢の中で私は温泉旅館のような宿泊施設にいた。
そこがとても複雑な作りで、廊下や部屋が似たようなものがいくつも連なっていて、そしてやたらとかくかく90度に曲がっていたせいもあって、夢の中でも私は方向音痴になって迷子になっていた(汗)。
それはそうと、その中で私はある男性(全くの知らない人)と何か関係が始まるみたいな感じになっていた。
(個人的な願望が妄想の域を超えておかしな夢になったとしか思えない( ̄^ ̄))
その男性を探そうと、その建物の中で私はウロウロとして迷子になっていた。
そんな折に、真っ先に思い浮かんだこと。
「〇〇さんのことはどうするんだろう?」
〇〇さんは彼氏どころか全く相手にもされておらず、現実的には何の関係もない人だけれど、夢の中でその人のことが私の頭を何度もよぎって仕方なかった。
結局探していた男性には会えずに目は覚めたけれど、私の中では夢の内容よりも、〇〇さんのことはどうするんだろう?と疑問に思った自分のことの方が気になった。
気付けばこの1年、毎回ずっとそんな感じになっている。
夢でそうした付き合う付き合わないみたいなシチュエーションが出てくる。
夢だから、毎回不思議な設定ではあるけれど、その辺はスルーしている私。
だけど、「〇〇さんのことはどうするんだろう?」の部分だけは、毎回超リアルで、そこだけはスルーせずに真剣に悩む私がいる。
それも毎回きちんと悩む。
夢で何してんの?って話だけど、夢の中の私は夢とも気付かず、そこだけはやたらとリアルな感じで自分自身で自問自答している。
いつ見た夢か忘れたけれど、夢の中に人生で一番好きになった人が出てきた。
2人でやり直すような話をしていた。
その夢はそれまでも色んなバージョンで見ていたから、年に2、3回は上映される。
だから確実に過去20数回は見た夢。
毎回設定も場所も違うけれど、どういう流れでも全力でその夢に集中している。
そんな中、この1年の間のいつか見た時だけは違っていた。
夢の細かい流れはもう忘れたけれど、1つだけ覚えていることがある。
「〇〇さんのことはどうするんだろう?」
初めてその夢の中に第三者が参入してきて、そして主人公となる彼よりも第三者の存在の方が大きい、ということを体験した。
その展開にはもちろん驚いたけれど、私は嬉しかった。
初めて誰か違う人、それも本当に私の人生に現れてくれた人で自分の気持ちが動かされた人がその夢に登場してくれたこと、そしてずっと時が止まったままみたいになっていた関係が、夢の中ではあったけれど初めて私は「次に進めたんだ」とわかる出逢いに巡り合えたこと、それが嬉しかった。
やり直そうという相手よりも、新しく出逢った人の方がいつの間にか私にとって大事な存在になっていた。
現実的には何もなくすべて私の一方通行なものでしかなかったけれど、それでも私が次に進めた!と自分でわかったのは本当に大きかった。
ちなみに〇〇さんは別バージョンでも夢に出てきている。
本人は出てきたか忘れたけれど、本人の近況を共通の知人から聞くという内容だった。
夢の中で、〇〇さんの結婚が決まった話を聞いた。
相手の人は介護関係のお仕事をしていてそこそこ長く付き合っていてようやくゴールインしたという話を聞いた。
私はあまりのショックに呆然としつつその場は何とか話を繋いで、そして自分の中で「だからなんだね」と思い返していた。
だから最後あんな風に無視されて素っ気なくされたんだ、と思った。
彼女というか婚約者がいたら仕方ないよね…と。
私は目覚めてからもショックのままで、思わず自分が今どこにいるのかを確認してしまった。
「夢だったんだ…」とわかっても、これ本当に夢なんだろうか?と疑ったぐらい。
夢の中の話なのに、私はその〇〇さんが登場すると途端に色んなことがリアルになって、夢と現実の区別がつかないぐらいに気持ちが動く。
そして、過去の人でも未来の人でも色々な男の人が出てくるのに、毎回そこにはいない〇〇さんが心の中に登場してくるという不思議さ。
夢分析なんかしたことないからわからないけれど、夢の中の私の意識にまで出てくるのは多分その人が初めてだと思う。
夢の中でもすごい存在感を発揮している。
夢はいいから、現実世界で存在感を発揮して!と思う。
やりたいこと?
「それ、やりたいことなんでしょ?」と言われて違和感を感じた自分。
注文したうどんを待っていた。
ホロスコープの講座の後、クラスメート数人とご飯に行った。(11/28)
その時に近況報告をしたら、そんな風に言葉が返ってきた。
私からしたら、心外な言葉だった。
たしかに、生まれてくる前に自分の人生でやろうと決めてきたことなのかもしれない。
でも私は自分の中であれこれと葛藤した。
ちょっとの葛藤じゃなく、相当な葛藤だった。
・ペンジュラム
・他の人たちの潜在意識からメッセージをキャッチすること
・心理やスピリチュアルなことで自分が知っていること
・これまでの人生経験+これまで学んだ色んなこと
こうしたものたちを組み合わせて何かをしていくことがやりたいことかと当初は思っていた。
だけど色々深く知っていくうちに、自分で何とかできる範疇ではないことにたくさん出くわして、怖さも出てくれば、それは私がすることなんだろうか?と疑いも出てくれば、はっきり言って「逃げたい」の気持ちが強まって仕方なかった。
ペンジュラムを使って山で行方不明になった人を探すのを手伝って欲しいと言われて、「はい」と即答できる人もいるかもだけど、私はその時もものすごく迷った。
でも、その話が正式に来た時に「やりなさい」ということなんだろうと思った。
やりたいやりたくないではなく、自分にできることがあるならそれは出し惜しみしてる場合ではない、できることはする、そういうことなんだろうと思った。
そんなことに首を突っ込むのがいいかどうかの判断はできなかったけれど、話が来ている以上知らんぷりもできなかった。
結果的にそこに向き合って本当に良かったわけだけれど、やっぱり葛藤は相当あった。
だから、「それ、やりたいことなんでしょ?」と言われて、私は自分の中ではそうではないと返事した。
それでももう一度言われて、ここで押し問答しても仕方ないから止めようと思って、そういう気持ちに自分が少しずつでもなっていったらいいと思うとか、おおよそそんな風に丸く収めた気がする。
相手の背景は本人が口にしない限りわからないから、私も自分の発言には気をつけようと思った。
これは20代の頃、何かの本で読んだ時に書かれていた言葉だった。
自分以外の誰かがその人の悩みを口にする時、絶対に自分の価値基準で相手の話を判断してはいけないというようなことが書かれていた。
その人の背景に何があるのかなんてわからないから、それをこちらが勝手に決めつけたり勘違いして違うことを言ったりするのはやめよう、その本の人は自分自身にそう言っていた。
その時のホロスコープの講座で、魂的なご縁、カルマ的なご縁を意味する見方を教えてもらった。
そして、つい2日前、父と母のホロスコープを出してみて(出生時間はわからないから大体のもの)、それと自分のものとを重ねて見た。
卒倒するかと思ったぐらいに強烈だった。
大体で出しているから、天体周期の遅いものしかはっきりとしたものは出ない。
その天体周期の遅いものたちと私の個人天体とが360度あるうちの1度でピッタリと重なっている。
それも2つもそうなっている。
しかもその1つは、私の月(天体周期:28日)に父と母の冥王星(天体周期:249年)がピッタリ重なっていた。
単純計算で、月は1日に360度中12度動く。
(天体周期を30日として計算)
1時間あたり0.5度動く。
そんなにも速く動くものが、何をどうやったらピッタリと自分の親の冥王星(1年で1度動くか動かないかの天体)と寄り添うようになるのか。
おかしな話だと思う。
母に関しては本当に0.01度差でピッタリと重なっていて、それはホロスコープを知ってる人ならみんなゾッと悪寒が走るようなものだったりする。
妹たちや妹と姪っ子親娘のものも確認して見たけれど、そんなことはなかった。
私はそれを見て、逆にあきらめがついた。
自分のがんばり次第でどうこうできるレベルではなく、もう生まれてから死ぬその時まで個人の力なんかが働かないところのレベルで色んなことが起こりやすい、そういう配置であることがわかった。
別の言い方をすると、それが私の人生の特徴だということ。
「思い通りにならない自分の人生と、願ってもいないことが入り込んでくる自分の人生」
そう自分の人生を私は説明したけれど、まさにそういう人生設計になっている。
だから、そういうことに抗おうとしても無駄骨な上に自分の心の消耗具合が激しくなるだけだから、自分の人生と戦うのは止めようと思った。
代わりに、なるべく自分の中のギャップを埋められるように、ここはもう自分の気持ちをとにかく聞く努力とあれこれ不具合な自分と仲良くしていく努力、それに尽きると思っている。
他の調べ物もついでにしたら、もうどれもこれも勝手にタイミング良く合っていて、それにも泡を吹きそうだった。
そんなこんなを分析していると、私のホロスコープの当たり具合は宝くじで1億円を当てるよりも遥かに難しい確率なんじゃないかと思うぐらいに、大当たりしている。
だから良く言えば、天体的な力が人よりも働きやすいわけだから、それを利用させてもらいます!ぐらいになれると本当にいいと思う。
色々異常すぎるから、もうそこにはいちいち説明を求めても仕方ないから、求めても実際に何が得られるわけでもないから、だから私はそうした自分の人生の特徴を知った上でどうやったら自分が少しでも心地良くいられるかを考えて、そしてそれを生活に取り入れていく、そっちに切り替えようと思っている。
話は変わって、1つだけ良かったなぁと思っていることがある。
先月、高校受験を控えた子どもと一緒に地元の本屋に行って、高校の物理と化学の参考書を何冊かチェックしてきた。
そしてつい先日、東京駅近くの大きな書店で、心理関係の本ですごく良い本を1冊見つけた。
物理や化学なんていうのは、私がこれから丸1日勉強に費やしても全くもって理解できないもの。
その一方で、心理の本はその場でもすぐに実践できるものが瞬時にわかった。
ちなみにその時に覚えてきたこと。
「いつもギリギリな自分への対処法」。
それは計画するとか、余裕を持って行動するとかじゃない。
やるのは「そういう自分だと受け入れること」(笑)。
ギリギリ族30数年のキャリア持ちにはわかる。
計画とか余裕を持つとか、そういうことで解決しないこと。
なぜなら、私は支度するのにいつもより1時間時間が多くあっても常にギリギリになるという、何とも不思議な習性を持っている。
私はその対処法がすごく気に入ったし、多分その方が確実に効果がある。
こんな風に、私は少なくとも自分が興味のある分野に携われることだけは本当に救いだと思っている。
これが物理と化学なんて言われた日には、残りの人生お先真っ暗過ぎるけれど、少なくとも自分の興味の方向で何かを極めていくならそれは学生時代の頃のような努力は要らないから、そこは本当に良かった。
今の私の気持ちとして、まだまだ折り合いのつかないことが色々とある。
今来ているものたちはやりたいこと?
そこからすでにはてなマークが付いている。
少しずつ受け入れ始めたところ、という感じ。
ネットで読んだ誰かの言葉の中に「わかる、わかる!」というものがあった。
心が折れたり衝撃を受けたりするきっかけはとても大きな出来事だったりするけれど、その後心を立ち直らせるプロセスは小さな小さなことの積み重ねでしかない…
そんな風な内容だった。
まさに!と思った。
今の私がどんな立ち位置にいるのか定かではないけれど、ここはもう腹をくくって小さな小さなステップを積むしかないんだろうなぁとは思っている。
ちなみにそう思えるようになっただけでも大進歩で、少し前までの私なら「逃げれるものなら逃げたい」だった。
自分の人生に組み込まれているだろうことに関しては、私流の無理のない方法で受け入れていけるようになりたい。
毒も吐きまくるし、納得のいかないことにはとことん追求するだろうし、どうしても嫌な時は逃げると思う。
でもそれでもいいから、自分の気持ちに正直でありたい。
最終的な目標として、「それ、やりたいことなんでしょ?」と聞かれた時に、「やりたくないってずっと避けて逃げていたけれど、今はやりたかったことなんだろうなぁと感じるようになった!」というような答えを腹の底から言えるようになりたい。
注文したうどんを待っていた。
ホロスコープの講座の後、クラスメート数人とご飯に行った。(11/28)
その時に近況報告をしたら、そんな風に言葉が返ってきた。
私からしたら、心外な言葉だった。
たしかに、生まれてくる前に自分の人生でやろうと決めてきたことなのかもしれない。
でも私は自分の中であれこれと葛藤した。
ちょっとの葛藤じゃなく、相当な葛藤だった。
・ペンジュラム
・他の人たちの潜在意識からメッセージをキャッチすること
・心理やスピリチュアルなことで自分が知っていること
・これまでの人生経験+これまで学んだ色んなこと
こうしたものたちを組み合わせて何かをしていくことがやりたいことかと当初は思っていた。
だけど色々深く知っていくうちに、自分で何とかできる範疇ではないことにたくさん出くわして、怖さも出てくれば、それは私がすることなんだろうか?と疑いも出てくれば、はっきり言って「逃げたい」の気持ちが強まって仕方なかった。
ペンジュラムを使って山で行方不明になった人を探すのを手伝って欲しいと言われて、「はい」と即答できる人もいるかもだけど、私はその時もものすごく迷った。
でも、その話が正式に来た時に「やりなさい」ということなんだろうと思った。
やりたいやりたくないではなく、自分にできることがあるならそれは出し惜しみしてる場合ではない、できることはする、そういうことなんだろうと思った。
そんなことに首を突っ込むのがいいかどうかの判断はできなかったけれど、話が来ている以上知らんぷりもできなかった。
結果的にそこに向き合って本当に良かったわけだけれど、やっぱり葛藤は相当あった。
だから、「それ、やりたいことなんでしょ?」と言われて、私は自分の中ではそうではないと返事した。
それでももう一度言われて、ここで押し問答しても仕方ないから止めようと思って、そういう気持ちに自分が少しずつでもなっていったらいいと思うとか、おおよそそんな風に丸く収めた気がする。
相手の背景は本人が口にしない限りわからないから、私も自分の発言には気をつけようと思った。
これは20代の頃、何かの本で読んだ時に書かれていた言葉だった。
自分以外の誰かがその人の悩みを口にする時、絶対に自分の価値基準で相手の話を判断してはいけないというようなことが書かれていた。
その人の背景に何があるのかなんてわからないから、それをこちらが勝手に決めつけたり勘違いして違うことを言ったりするのはやめよう、その本の人は自分自身にそう言っていた。
その時のホロスコープの講座で、魂的なご縁、カルマ的なご縁を意味する見方を教えてもらった。
そして、つい2日前、父と母のホロスコープを出してみて(出生時間はわからないから大体のもの)、それと自分のものとを重ねて見た。
卒倒するかと思ったぐらいに強烈だった。
大体で出しているから、天体周期の遅いものしかはっきりとしたものは出ない。
その天体周期の遅いものたちと私の個人天体とが360度あるうちの1度でピッタリと重なっている。
それも2つもそうなっている。
しかもその1つは、私の月(天体周期:28日)に父と母の冥王星(天体周期:249年)がピッタリ重なっていた。
単純計算で、月は1日に360度中12度動く。
(天体周期を30日として計算)
1時間あたり0.5度動く。
そんなにも速く動くものが、何をどうやったらピッタリと自分の親の冥王星(1年で1度動くか動かないかの天体)と寄り添うようになるのか。
おかしな話だと思う。
母に関しては本当に0.01度差でピッタリと重なっていて、それはホロスコープを知ってる人ならみんなゾッと悪寒が走るようなものだったりする。
妹たちや妹と姪っ子親娘のものも確認して見たけれど、そんなことはなかった。
私はそれを見て、逆にあきらめがついた。
自分のがんばり次第でどうこうできるレベルではなく、もう生まれてから死ぬその時まで個人の力なんかが働かないところのレベルで色んなことが起こりやすい、そういう配置であることがわかった。
別の言い方をすると、それが私の人生の特徴だということ。
「思い通りにならない自分の人生と、願ってもいないことが入り込んでくる自分の人生」
そう自分の人生を私は説明したけれど、まさにそういう人生設計になっている。
だから、そういうことに抗おうとしても無駄骨な上に自分の心の消耗具合が激しくなるだけだから、自分の人生と戦うのは止めようと思った。
代わりに、なるべく自分の中のギャップを埋められるように、ここはもう自分の気持ちをとにかく聞く努力とあれこれ不具合な自分と仲良くしていく努力、それに尽きると思っている。
他の調べ物もついでにしたら、もうどれもこれも勝手にタイミング良く合っていて、それにも泡を吹きそうだった。
そんなこんなを分析していると、私のホロスコープの当たり具合は宝くじで1億円を当てるよりも遥かに難しい確率なんじゃないかと思うぐらいに、大当たりしている。
だから良く言えば、天体的な力が人よりも働きやすいわけだから、それを利用させてもらいます!ぐらいになれると本当にいいと思う。
色々異常すぎるから、もうそこにはいちいち説明を求めても仕方ないから、求めても実際に何が得られるわけでもないから、だから私はそうした自分の人生の特徴を知った上でどうやったら自分が少しでも心地良くいられるかを考えて、そしてそれを生活に取り入れていく、そっちに切り替えようと思っている。
話は変わって、1つだけ良かったなぁと思っていることがある。
先月、高校受験を控えた子どもと一緒に地元の本屋に行って、高校の物理と化学の参考書を何冊かチェックしてきた。
そしてつい先日、東京駅近くの大きな書店で、心理関係の本ですごく良い本を1冊見つけた。
物理や化学なんていうのは、私がこれから丸1日勉強に費やしても全くもって理解できないもの。
その一方で、心理の本はその場でもすぐに実践できるものが瞬時にわかった。
ちなみにその時に覚えてきたこと。
「いつもギリギリな自分への対処法」。
それは計画するとか、余裕を持って行動するとかじゃない。
やるのは「そういう自分だと受け入れること」(笑)。
ギリギリ族30数年のキャリア持ちにはわかる。
計画とか余裕を持つとか、そういうことで解決しないこと。
なぜなら、私は支度するのにいつもより1時間時間が多くあっても常にギリギリになるという、何とも不思議な習性を持っている。
私はその対処法がすごく気に入ったし、多分その方が確実に効果がある。
こんな風に、私は少なくとも自分が興味のある分野に携われることだけは本当に救いだと思っている。
これが物理と化学なんて言われた日には、残りの人生お先真っ暗過ぎるけれど、少なくとも自分の興味の方向で何かを極めていくならそれは学生時代の頃のような努力は要らないから、そこは本当に良かった。
今の私の気持ちとして、まだまだ折り合いのつかないことが色々とある。
今来ているものたちはやりたいこと?
そこからすでにはてなマークが付いている。
少しずつ受け入れ始めたところ、という感じ。
ネットで読んだ誰かの言葉の中に「わかる、わかる!」というものがあった。
心が折れたり衝撃を受けたりするきっかけはとても大きな出来事だったりするけれど、その後心を立ち直らせるプロセスは小さな小さなことの積み重ねでしかない…
そんな風な内容だった。
まさに!と思った。
今の私がどんな立ち位置にいるのか定かではないけれど、ここはもう腹をくくって小さな小さなステップを積むしかないんだろうなぁとは思っている。
ちなみにそう思えるようになっただけでも大進歩で、少し前までの私なら「逃げれるものなら逃げたい」だった。
自分の人生に組み込まれているだろうことに関しては、私流の無理のない方法で受け入れていけるようになりたい。
毒も吐きまくるし、納得のいかないことにはとことん追求するだろうし、どうしても嫌な時は逃げると思う。
でもそれでもいいから、自分の気持ちに正直でありたい。
最終的な目標として、「それ、やりたいことなんでしょ?」と聞かれた時に、「やりたくないってずっと避けて逃げていたけれど、今はやりたかったことなんだろうなぁと感じるようになった!」というような答えを腹の底から言えるようになりたい。
2018年12月3日月曜日
クリスマスの思い出
これは強がりではなく、本音の話。
「クリぼっち」クリスマスに1人ぼっちのことを指すらしい。
この2、3年で気付いたけれど、私クリスマス近くになればなるほどテンションが上がる。
よく考えたら、クリスマスデート的なものは学生時代に一度経験した?きりだと思う。
(それさえも記憶がかなり怪しい)
だからクリスマスに誰か恋人と過ごすとか、クリスマスデートをしたとか、そういう思い出がない。
いわゆる「クリぼっち」を毎年律儀に敢行している。
なのにこの20数年、クリスマスに嫌な思い出はない。
孤独を感じたクリスマスはある。
アメリカもドミニカ共和国も、クリスマスは家族との時間だから、招待してもらったのはありがたかったけれど、家族がいない寂しさや心許なさを体験した。
だけど、その時以外で、クリスマス1人だから寂しい(涙)とは気付けばなったことがない。
ちなみにアメリカにいた時に、うちは両親と私と妹2人の家族だとアメリカ人の友達に言ったら、「Your family is crazy. 」と冗談で笑いながら言ってきた人がいた。
彼はその後付け足して説明してくれた。
アメリカでは離婚は当たり前で、ずっと夫婦一緒なんてクレージーなんだよ!って。
でも私はその話よりもその後に彼が自嘲的に自分の家族の話をした時の寂しそうな顔の方が印象に残っている。
彼の両親はそれぞれ再婚して、さらに新しい子どもに新しいそれぞれのパートナーがいる。
それぞれが新しい家族でやり直していて、でももう成人したばかりの彼には、帰る場所がなかった。
帰れないわけじゃないけれど、居場所がない、そんな風なことを言っていた。
だから、日本でいうところの正月的な立ち位置になるクリスマスは、彼にとって拷問の他ならない年中行事だった。
クリスマスの孤独感を思う時、いつもその時の話が頭をかすめる。
だから、日本で独り身の人たちが1人で過ごすクリスマスとか言っても、私にはそのヘビー感がわからないから、話は適当に合わせられるけれど、心の中では「だから?」と若干毒付いている自分がいる(←怖っ)。
話は戻ってクリスマスに向けてテンションが上がる理由。
私はイルミネーションがすごく好きなんだと知ったのは35を過ぎてからだと思う。
イルミネーションなら何でも良くて、空気が冷たくてスッとしているところに、青とか白とかの色が灯っているあの様子がすごく好きで、いつ見てもほっこりする。
それは小さな商店街のものでも、ビジネス街でサラリーマンやOLの人が忙しなく行き交うようなところのものでも、何でも好き。
デパートなんかの豪華なクリスマスツリーの飾りを見るのも好きだし、讃美歌のようなクリスマスソングをしっとりと聴くのも好き。
ケーキやチキンも好きだし、なんだろう、クリスマス関連のものは基本的に好きなもので溢れ返っている。
何せ1人でもクリスマスパーティー的に家でクリスマスバージョンのごはんを食べるぐらいの人だから、なんなら超緊張しながらスパークリングワインの蓋を開けて1人で乾杯するぐらいだから、私には1人かどうかなんて全く関係ない。
イルミネーションは、カップルうじゃうじゃみたなところに行くとさすがにひとりぼっちだなぁとは多少感じるけれど、そういうところは避けるから、わりかし1人でも楽しんで見ている。
アメリカにいた頃は、クリスマス近くになると近所のクリスマスイルミネーションを見に行く小さなツアーを友達としていたぐらい。
一般家庭もその時ばかりはかなり気合いの入ったデコレーションを家の庭や屋根に施すから、見ていて飽きることがなかった。
去年は、無理矢理時間を作って、吉祥寺の駅前のイルミネーションを1人で眺めて何枚も写真に撮った。
施設で働いていた時は、何回かクリスマスイブに夜勤が当たって、当たるたびに真夜中にぶっしーサンタに扮して(衣装なし)プレゼントを子どもたちの枕元に置いて、そして朝になったら子どもたちの部屋を回って一緒に置いたチョコのゴミを回収しに行っていた。
名古屋にいた時、いつかのクリスマスイブに女の子の友達とパジャマパーティー(単なるお泊まり)をした。
その時はデパ地下のケーキをわざわざ予約してもらって、豪華なクリスマスディナーを家でした。
2人でカタログを見ながらケーキを選ぶその時間も楽しかった。
去年のクリスマスイブは、年がら年中旦那さんが休みの日は家にいない友達と一緒にファミレスで喋り倒した。
(旦那さんは浮気とかじゃなくきちんとした用事)
それも楽しかった。
そんな思い出ばかりだから、クリスマスが1人でも私は基本気にならない。
20代の頃、クリスマスでも何でもない普段の日常のある日に、当時付き合っていた人と大きなショッピングモールに出かけた。
日本国内で行ったショッピングモールの中で、そこは一番大きかった気がする。
オープンしたばかりで人もたくさんいた。
面積が元々広いところだったから、人が多くても人混みという感じではなく、わりかしゆったりと歩ける風だった。
私はそこにいた時、ひたすらカップルや自分たちぐらいの年齢の夫婦ばかりを見ていた。
私の目にはどの人たちも仲良さそうに映り、ケンカしているカップルでさえもケンカできるぐらいに仲が良いんだと思って見ていた。
当時はその人と付き合った中でも一番修羅場みたいな時期で、本当に心は荒(すさ)みまくっていた。
コミュニケーション全般が上手くいかず、何もかもがちぐはぐで、何で一緒にいるのかもわからないぐらいだった。
私はその時の方が本気の孤独を感じていた。
隣りには誰かいる。
はたから見て1人じゃないことになっている。
でも隣りに誰かいるのに、私は孤独だった。
1人の孤独より2人でいて尚も孤独という方が心に響いた。
寂しさは半端なかった。
1人の時よりも、2人でいて孤独を感じる方が本当に寂しいんだと知った。
今クリスマスイルミネーションを1人で見ていても平気なのは、その時のおかげだと思う。
初めから1人でそこに見に行くのは、1人ってはなからわかっているからいい。
でも誰かといて本当なら2人で楽しめるはずなのに、まるで1人でいるみたいな感覚、それはものすごくきつい。
感じ方は人それぞれだけど、私には後者の方が断然きつい。
だからクリぼっちとかそんなのははっきり言ってどうでもいい。
1つだけ願うとしたら、一生のうちに誰かと一緒にイルミネーションを見に行けたら最高だし、さらに言うと「今年も一緒に見れたね」と同じものを毎年繰り返して見ることができたらどんなにいいだろうと思う。
「クリぼっち」クリスマスに1人ぼっちのことを指すらしい。
この2、3年で気付いたけれど、私クリスマス近くになればなるほどテンションが上がる。
よく考えたら、クリスマスデート的なものは学生時代に一度経験した?きりだと思う。
(それさえも記憶がかなり怪しい)
だからクリスマスに誰か恋人と過ごすとか、クリスマスデートをしたとか、そういう思い出がない。
いわゆる「クリぼっち」を毎年律儀に敢行している。
なのにこの20数年、クリスマスに嫌な思い出はない。
孤独を感じたクリスマスはある。
アメリカもドミニカ共和国も、クリスマスは家族との時間だから、招待してもらったのはありがたかったけれど、家族がいない寂しさや心許なさを体験した。
だけど、その時以外で、クリスマス1人だから寂しい(涙)とは気付けばなったことがない。
ちなみにアメリカにいた時に、うちは両親と私と妹2人の家族だとアメリカ人の友達に言ったら、「Your family is crazy. 」と冗談で笑いながら言ってきた人がいた。
彼はその後付け足して説明してくれた。
アメリカでは離婚は当たり前で、ずっと夫婦一緒なんてクレージーなんだよ!って。
でも私はその話よりもその後に彼が自嘲的に自分の家族の話をした時の寂しそうな顔の方が印象に残っている。
彼の両親はそれぞれ再婚して、さらに新しい子どもに新しいそれぞれのパートナーがいる。
それぞれが新しい家族でやり直していて、でももう成人したばかりの彼には、帰る場所がなかった。
帰れないわけじゃないけれど、居場所がない、そんな風なことを言っていた。
だから、日本でいうところの正月的な立ち位置になるクリスマスは、彼にとって拷問の他ならない年中行事だった。
クリスマスの孤独感を思う時、いつもその時の話が頭をかすめる。
だから、日本で独り身の人たちが1人で過ごすクリスマスとか言っても、私にはそのヘビー感がわからないから、話は適当に合わせられるけれど、心の中では「だから?」と若干毒付いている自分がいる(←怖っ)。
話は戻ってクリスマスに向けてテンションが上がる理由。
私はイルミネーションがすごく好きなんだと知ったのは35を過ぎてからだと思う。
イルミネーションなら何でも良くて、空気が冷たくてスッとしているところに、青とか白とかの色が灯っているあの様子がすごく好きで、いつ見てもほっこりする。
それは小さな商店街のものでも、ビジネス街でサラリーマンやOLの人が忙しなく行き交うようなところのものでも、何でも好き。
デパートなんかの豪華なクリスマスツリーの飾りを見るのも好きだし、讃美歌のようなクリスマスソングをしっとりと聴くのも好き。
ケーキやチキンも好きだし、なんだろう、クリスマス関連のものは基本的に好きなもので溢れ返っている。
何せ1人でもクリスマスパーティー的に家でクリスマスバージョンのごはんを食べるぐらいの人だから、なんなら超緊張しながらスパークリングワインの蓋を開けて1人で乾杯するぐらいだから、私には1人かどうかなんて全く関係ない。
イルミネーションは、カップルうじゃうじゃみたなところに行くとさすがにひとりぼっちだなぁとは多少感じるけれど、そういうところは避けるから、わりかし1人でも楽しんで見ている。
アメリカにいた頃は、クリスマス近くになると近所のクリスマスイルミネーションを見に行く小さなツアーを友達としていたぐらい。
一般家庭もその時ばかりはかなり気合いの入ったデコレーションを家の庭や屋根に施すから、見ていて飽きることがなかった。
去年は、無理矢理時間を作って、吉祥寺の駅前のイルミネーションを1人で眺めて何枚も写真に撮った。
施設で働いていた時は、何回かクリスマスイブに夜勤が当たって、当たるたびに真夜中にぶっしーサンタに扮して(衣装なし)プレゼントを子どもたちの枕元に置いて、そして朝になったら子どもたちの部屋を回って一緒に置いたチョコのゴミを回収しに行っていた。
名古屋にいた時、いつかのクリスマスイブに女の子の友達とパジャマパーティー(単なるお泊まり)をした。
その時はデパ地下のケーキをわざわざ予約してもらって、豪華なクリスマスディナーを家でした。
2人でカタログを見ながらケーキを選ぶその時間も楽しかった。
去年のクリスマスイブは、年がら年中旦那さんが休みの日は家にいない友達と一緒にファミレスで喋り倒した。
(旦那さんは浮気とかじゃなくきちんとした用事)
それも楽しかった。
そんな思い出ばかりだから、クリスマスが1人でも私は基本気にならない。
20代の頃、クリスマスでも何でもない普段の日常のある日に、当時付き合っていた人と大きなショッピングモールに出かけた。
日本国内で行ったショッピングモールの中で、そこは一番大きかった気がする。
オープンしたばかりで人もたくさんいた。
面積が元々広いところだったから、人が多くても人混みという感じではなく、わりかしゆったりと歩ける風だった。
私はそこにいた時、ひたすらカップルや自分たちぐらいの年齢の夫婦ばかりを見ていた。
私の目にはどの人たちも仲良さそうに映り、ケンカしているカップルでさえもケンカできるぐらいに仲が良いんだと思って見ていた。
当時はその人と付き合った中でも一番修羅場みたいな時期で、本当に心は荒(すさ)みまくっていた。
コミュニケーション全般が上手くいかず、何もかもがちぐはぐで、何で一緒にいるのかもわからないぐらいだった。
私はその時の方が本気の孤独を感じていた。
隣りには誰かいる。
はたから見て1人じゃないことになっている。
でも隣りに誰かいるのに、私は孤独だった。
1人の孤独より2人でいて尚も孤独という方が心に響いた。
寂しさは半端なかった。
1人の時よりも、2人でいて孤独を感じる方が本当に寂しいんだと知った。
今クリスマスイルミネーションを1人で見ていても平気なのは、その時のおかげだと思う。
初めから1人でそこに見に行くのは、1人ってはなからわかっているからいい。
でも誰かといて本当なら2人で楽しめるはずなのに、まるで1人でいるみたいな感覚、それはものすごくきつい。
感じ方は人それぞれだけど、私には後者の方が断然きつい。
だからクリぼっちとかそんなのははっきり言ってどうでもいい。
1つだけ願うとしたら、一生のうちに誰かと一緒にイルミネーションを見に行けたら最高だし、さらに言うと「今年も一緒に見れたね」と同じものを毎年繰り返して見ることができたらどんなにいいだろうと思う。
癒しのノート
癒しとか元気が欲しくて、1冊のノートを取り出した。
読みは大当たりで、読んでいると心の中に温かいものがジワジワっと染み込んでくるのがわかった。
文字の向こう側には思い出が広がる。
私が見た風景、交わされた時間、後から知り得たこと、色んなものが織り込まれている。
その中には絵も1つある。
どうやって椅子に座っていたのか、それをスケッチした絵。
(^o^)
/( )\
上の絵文字よりももっと簡素なものだけれど、その絵や絵の感じから、当時の情景が克明に思い出される。
そうしたクセ1つ知ることがものすごく楽しかった。
その人にしかないクセは何がどういいということもなかったと思うけれど、強いて言うなら、その人がその人だったから良かったんだと思う。
何もないところで時々コケそうになっていたらしいけれども、そういうのもものすごく見てみたかった。
そのノートからもそうだし、ノートなしで思い出す時もそうだけど、思い出す時に必ずと言っていいほど思い出すものがある。
思い出すというよりも脳裏にそのまま焼き付いている。
その人の周りだけやたらとキラキラしていたこと。
✨←これは色が付いているけれど、これの無色透明バージョンというか。
形はないけれど、陽が差し込むとその部分だけキラキラして空中に舞っているホコリが見える時のあの光の部分のキラキラ感が一番近いかも。
そこだけ明るくて、形としてはっきりと見えるわけじゃなくてもキラキラしているのはわかる、ああいう感じ。
それがその人が身にまとっていたキラキラ感だった。
私はオーラとか視える人じゃないけれど、その人だけはなぜか別格で見えて、そのまとっている空気感を今でもよく覚えている。
その感じがどういうわけか私の中には色濃く残っていて、だから毎回その人の姿を思い出す時にいつもセットでその空気感も出てくる。
それはどの場面でもそうで、空気感って記憶できるんだとビックリした。
そこまで鮮明に残るぐらいのものだったから、反対にその空気感を遮断した最後の時の感じもよく覚えているんだと思う。
対照的だったから。
あの空気感が一瞬で掻き消されてしまうほど私嫌がられているんだ…とあの時は思った。
それはそうと、そんなこんなを思い出すノート。
文字にして残しておいて良かった。
癒しが欲しい時に読む。
読む前に比べて元気になる。
その人をもっと具体的に思い出したり、その人にまつわる何かを思い出して、ホッコリする。
ささくれ立った心や疲れた心に響く。
たったさっきももれなく癒された。
小さな思い出たちとそこに流れている空気とを思い出して、心がほんわかした。
読みは大当たりで、読んでいると心の中に温かいものがジワジワっと染み込んでくるのがわかった。
文字の向こう側には思い出が広がる。
私が見た風景、交わされた時間、後から知り得たこと、色んなものが織り込まれている。
その中には絵も1つある。
どうやって椅子に座っていたのか、それをスケッチした絵。
(^o^)
/( )\
上の絵文字よりももっと簡素なものだけれど、その絵や絵の感じから、当時の情景が克明に思い出される。
そうしたクセ1つ知ることがものすごく楽しかった。
その人にしかないクセは何がどういいということもなかったと思うけれど、強いて言うなら、その人がその人だったから良かったんだと思う。
何もないところで時々コケそうになっていたらしいけれども、そういうのもものすごく見てみたかった。
そのノートからもそうだし、ノートなしで思い出す時もそうだけど、思い出す時に必ずと言っていいほど思い出すものがある。
思い出すというよりも脳裏にそのまま焼き付いている。
その人の周りだけやたらとキラキラしていたこと。
✨←これは色が付いているけれど、これの無色透明バージョンというか。
形はないけれど、陽が差し込むとその部分だけキラキラして空中に舞っているホコリが見える時のあの光の部分のキラキラ感が一番近いかも。
そこだけ明るくて、形としてはっきりと見えるわけじゃなくてもキラキラしているのはわかる、ああいう感じ。
それがその人が身にまとっていたキラキラ感だった。
私はオーラとか視える人じゃないけれど、その人だけはなぜか別格で見えて、そのまとっている空気感を今でもよく覚えている。
その感じがどういうわけか私の中には色濃く残っていて、だから毎回その人の姿を思い出す時にいつもセットでその空気感も出てくる。
それはどの場面でもそうで、空気感って記憶できるんだとビックリした。
そこまで鮮明に残るぐらいのものだったから、反対にその空気感を遮断した最後の時の感じもよく覚えているんだと思う。
対照的だったから。
あの空気感が一瞬で掻き消されてしまうほど私嫌がられているんだ…とあの時は思った。
それはそうと、そんなこんなを思い出すノート。
文字にして残しておいて良かった。
癒しが欲しい時に読む。
読む前に比べて元気になる。
その人をもっと具体的に思い出したり、その人にまつわる何かを思い出して、ホッコリする。
ささくれ立った心や疲れた心に響く。
たったさっきももれなく癒された。
小さな思い出たちとそこに流れている空気とを思い出して、心がほんわかした。
2018年12月2日日曜日
ホロスコープ講座前のぼやき
ホロスコープの宿題が終わりそうにもなく、なのに全くやる気も出ず。
これまでの宿題と違って、数時間取り組めば終わる内容じゃない。
昨日1日取り組むための時間はあった。
でも私はやらなかった。
○時になったらやろう!という決め事を繰り返すことのエンドレス、夕方になって「やりたくないならやらない」に切り替わった。
そう、究極のところ、私はやりたくない。
最近わかったことだけど、私の場合、とにかくこの「やりたくない」をとことん自分の中でいいよ!ってことにしないと次に動けなくなる。
やりたくないよりも上回る何かがあれば別だけど、例えばごはん作りたくないけどお腹空いたから何か作る、みたいな。
でもそうしたものがないと、やれない。
昨日書いた『物理と化学』の話は、私の中でかなりヒットした出来事だった。
今月のはじめ、私はもう全部が嫌になった。
思い通りにならない自分の人生と、願ってもいないことが入り込んでくる自分の人生と、そのあまりの極端さにプッツンと何かが切れた。
願うことは叶わず、願ってないことは叶う、そのサイクルがものすごく嫌になった。
そこで色んな感情が外に出てきて、そして最後私が出した結論は、「願いたいことを願う、嫌なものは嫌」を自分の中でOKにすることだった。
叶う叶わないは置いといて、自分が何かを欲しいと思ったり、これは嫌と感じたり、そうした自分の気持ちを大事にすること。
いつの間にか私は自分のそうした気持ちたちにも蓋をしていた。
ないフリはしていなかったと思うけれど、そのままの気持ちでいることが色々難しかった。
単純に苦しいのもあった。
苦しくなるぐらいなら蓋をしようかな、そんな風になっていた。
だけど、色々感じていくうちに、その純粋な気持ちをそのまま感じていくことの方が意外にも難しくなく、色々叶わないけれど、そして願ってもいないむしろ来てもらっては困ることもたくさんあるけれど、そういうことに対しても少しずつ向き合えばいいし、嫌なら逃げてもいいし。
そう思えたら少し楽になってきて、そして今に至った。
ホロスコープのマニアックな手帳が紹介されていた。
その手帳が気になって調べた。
手帳を探したのではなく、全然別のサイトを見ていて、そこからまた別のサイトが紹介されていて見つけた。
手帳には興味があったけれど、どうしても言葉が入ってこない。
製作者の方の言葉が全然響かなくて、どうしてだろう?と思った。
モノはおそらく良いものだと思う。
(品質ではなく、中身が良いという意味)
内容は色々自分を見つめるのに、占星術とも絡めていて、そこは惹かれたポイントだった。
だけど何かが違っていて心に響かない。
色々突き詰めていくうちに気付いた。
良いことがたくさん書いてあるし、天体の動きを自分のために使うヒントもふんだんに書かれている模様。
響かない理由は、気持ちが落ちる時、悶々とするような時、そうした時のことが書かれていないことだった。
最近別のサイトで読んだホロスコープの解説に、ものすごく響いた言葉があった。
例えば「流れに乗る」というのは、まるですべてが上手く行っているみたいな印象になりやすいけれど、本当の「流れに乗る」というのは、停滞することもあるし、ちょっと今動けないなぁというのもある、それもこれも全部含めて「流れに乗る」ということ、そんな感じの説明だった。
要は、人生悲喜こもごも、それが本質なんだと私は読みながら感じた。
「マネージする」「コントロールする」ここに違和感があったんだと気付く。
自分の気持ちや思考をコントロールする、又は人生をマネージする、そうした言葉は一見聞いた感じが良い。
でも自分の気持ちも思考も基本的に何もせずに放置していると、ものすごく醜かったり、酷かったり、むごかったり、下世話だったり…と色々ドロドロしたものも出てくる。
でも私はそこを何とかしようとしても基本的にダメだと思っていて、むしろそうした気持ちや思考の居場所を自分の中にきちんと作ってあげることの方が大事だと感じる。
11月23日(祝)朝の9時
この時の自分に言ってやりたい。
あなたホロスコープ講座に行くから!と。
宿題も信じられない方法で終わらせるから!と。
そして、ホロスコープも大事だけど、それ以上のことを体験してくるから!と。
いつ書くかはわからないけれど…。
その日ホロスコープ講座に行った私は新たなホロスコープの知恵を得て、そこからまたさらに自分の人生の特徴を知ることになった。
幼少期から今に至るまでの色んなことに説明がつく内容を知った。
最初の方に書いた「思い通りにならない自分の人生と、願ってもいないことが入り込んでくる自分の人生」、その究極の理由みたいなものをホロスコープから見出した。
これは生まれた時から死ぬまでの標準設定だから、もう仕方ない。
色んな車の形があるように、ホロスコープの形も千差万別とある。
軽の車仕様の人がクレーン車仕様を望んでも仕方ない、そういう感じなんだとわかった。
それを客観的に知っただけでも大きい。
そしてもう1つ。
その日の講座の後、クラスメートの人たちとごはんとお茶に行ったけれど、その時何気なく話したことがまたさらに意味のある出来事に繋がっていたなんて、誰が予想できただろう。
珍しく私は、その中の1人の人に「連絡しなきゃ」と思って、他の人を頼りながらなんとか連絡を取ることに成功した。
自ら連絡を率先して取ることは面倒くさいから、基本的に私はしない。
それを今回はなぜかやって、しかも他の人を頼ってまでなんて普段なら100%絶対にしないのにやった。
連絡を取ってわかった。
そういうタイミングでそういうご縁の人なんだと。
だから、そのクラスメートの方と繋がるためにも、何が何でもあの日はホロスコープ講座に参加しないといけなかったし、行かなければ何もわからなかったし始まらなかった。
冒頭の宿題をやりたくなかった私も私だし、行って良かったと思っている私も私。
色々面倒な性格だけど、それが自分だから、少しでも自分が楽だと感じる方法で自分と付き合えたらいいなぁ。
この間、シュールな四コマ漫画を見た。
男女の別れのシーンで、男の人が女の人をふるシーンだった。
別れを告げられた女の人のセリフが凄かった。
相手に向かって「あなたは私が嫌になって私と別れられていいわね!私は私が嫌でも一生付き合っていかなきゃいけないのよ!」というものだった。
ものすごい共感した。
自分とは一生付き合っていかなきゃいけないから、少しでもお手柔らかにいきたい。
12月2日(日)朝の9時前
これまでの宿題と違って、数時間取り組めば終わる内容じゃない。
昨日1日取り組むための時間はあった。
でも私はやらなかった。
○時になったらやろう!という決め事を繰り返すことのエンドレス、夕方になって「やりたくないならやらない」に切り替わった。
そう、究極のところ、私はやりたくない。
最近わかったことだけど、私の場合、とにかくこの「やりたくない」をとことん自分の中でいいよ!ってことにしないと次に動けなくなる。
やりたくないよりも上回る何かがあれば別だけど、例えばごはん作りたくないけどお腹空いたから何か作る、みたいな。
でもそうしたものがないと、やれない。
昨日書いた『物理と化学』の話は、私の中でかなりヒットした出来事だった。
今月のはじめ、私はもう全部が嫌になった。
思い通りにならない自分の人生と、願ってもいないことが入り込んでくる自分の人生と、そのあまりの極端さにプッツンと何かが切れた。
願うことは叶わず、願ってないことは叶う、そのサイクルがものすごく嫌になった。
そこで色んな感情が外に出てきて、そして最後私が出した結論は、「願いたいことを願う、嫌なものは嫌」を自分の中でOKにすることだった。
叶う叶わないは置いといて、自分が何かを欲しいと思ったり、これは嫌と感じたり、そうした自分の気持ちを大事にすること。
いつの間にか私は自分のそうした気持ちたちにも蓋をしていた。
ないフリはしていなかったと思うけれど、そのままの気持ちでいることが色々難しかった。
単純に苦しいのもあった。
苦しくなるぐらいなら蓋をしようかな、そんな風になっていた。
だけど、色々感じていくうちに、その純粋な気持ちをそのまま感じていくことの方が意外にも難しくなく、色々叶わないけれど、そして願ってもいないむしろ来てもらっては困ることもたくさんあるけれど、そういうことに対しても少しずつ向き合えばいいし、嫌なら逃げてもいいし。
そう思えたら少し楽になってきて、そして今に至った。
ホロスコープのマニアックな手帳が紹介されていた。
その手帳が気になって調べた。
手帳を探したのではなく、全然別のサイトを見ていて、そこからまた別のサイトが紹介されていて見つけた。
手帳には興味があったけれど、どうしても言葉が入ってこない。
製作者の方の言葉が全然響かなくて、どうしてだろう?と思った。
モノはおそらく良いものだと思う。
(品質ではなく、中身が良いという意味)
内容は色々自分を見つめるのに、占星術とも絡めていて、そこは惹かれたポイントだった。
だけど何かが違っていて心に響かない。
色々突き詰めていくうちに気付いた。
良いことがたくさん書いてあるし、天体の動きを自分のために使うヒントもふんだんに書かれている模様。
響かない理由は、気持ちが落ちる時、悶々とするような時、そうした時のことが書かれていないことだった。
最近別のサイトで読んだホロスコープの解説に、ものすごく響いた言葉があった。
例えば「流れに乗る」というのは、まるですべてが上手く行っているみたいな印象になりやすいけれど、本当の「流れに乗る」というのは、停滞することもあるし、ちょっと今動けないなぁというのもある、それもこれも全部含めて「流れに乗る」ということ、そんな感じの説明だった。
要は、人生悲喜こもごも、それが本質なんだと私は読みながら感じた。
「マネージする」「コントロールする」ここに違和感があったんだと気付く。
自分の気持ちや思考をコントロールする、又は人生をマネージする、そうした言葉は一見聞いた感じが良い。
でも自分の気持ちも思考も基本的に何もせずに放置していると、ものすごく醜かったり、酷かったり、むごかったり、下世話だったり…と色々ドロドロしたものも出てくる。
でも私はそこを何とかしようとしても基本的にダメだと思っていて、むしろそうした気持ちや思考の居場所を自分の中にきちんと作ってあげることの方が大事だと感じる。
11月23日(祝)朝の9時
この時の自分に言ってやりたい。
あなたホロスコープ講座に行くから!と。
宿題も信じられない方法で終わらせるから!と。
そして、ホロスコープも大事だけど、それ以上のことを体験してくるから!と。
いつ書くかはわからないけれど…。
その日ホロスコープ講座に行った私は新たなホロスコープの知恵を得て、そこからまたさらに自分の人生の特徴を知ることになった。
幼少期から今に至るまでの色んなことに説明がつく内容を知った。
最初の方に書いた「思い通りにならない自分の人生と、願ってもいないことが入り込んでくる自分の人生」、その究極の理由みたいなものをホロスコープから見出した。
これは生まれた時から死ぬまでの標準設定だから、もう仕方ない。
色んな車の形があるように、ホロスコープの形も千差万別とある。
軽の車仕様の人がクレーン車仕様を望んでも仕方ない、そういう感じなんだとわかった。
それを客観的に知っただけでも大きい。
そしてもう1つ。
その日の講座の後、クラスメートの人たちとごはんとお茶に行ったけれど、その時何気なく話したことがまたさらに意味のある出来事に繋がっていたなんて、誰が予想できただろう。
珍しく私は、その中の1人の人に「連絡しなきゃ」と思って、他の人を頼りながらなんとか連絡を取ることに成功した。
自ら連絡を率先して取ることは面倒くさいから、基本的に私はしない。
それを今回はなぜかやって、しかも他の人を頼ってまでなんて普段なら100%絶対にしないのにやった。
連絡を取ってわかった。
そういうタイミングでそういうご縁の人なんだと。
だから、そのクラスメートの方と繋がるためにも、何が何でもあの日はホロスコープ講座に参加しないといけなかったし、行かなければ何もわからなかったし始まらなかった。
冒頭の宿題をやりたくなかった私も私だし、行って良かったと思っている私も私。
色々面倒な性格だけど、それが自分だから、少しでも自分が楽だと感じる方法で自分と付き合えたらいいなぁ。
この間、シュールな四コマ漫画を見た。
男女の別れのシーンで、男の人が女の人をふるシーンだった。
別れを告げられた女の人のセリフが凄かった。
相手に向かって「あなたは私が嫌になって私と別れられていいわね!私は私が嫌でも一生付き合っていかなきゃいけないのよ!」というものだった。
ものすごい共感した。
自分とは一生付き合っていかなきゃいけないから、少しでもお手柔らかにいきたい。
12月2日(日)朝の9時前
2018年12月1日土曜日
熱量の違い
熱量の違い。
この間、物理と化学の差が何か知らないと言ったけれど、熱量の違いはわかる。
化学的な熱量、又は物理的な熱量は知らないけれど、「熱量」単体は感覚的にわかる。
婚活ブログを時々読むようになって、わかるなぁと思ったことの1つに、女の人側はときめきや誰かを好きになる気持ちを求めている。
色んな人たち共通でほぼそれだと感じる。
対して男の人は、超現実的なものを求めている。
上手く言えないけれど、それぞれ読むとなんとなくわかる。
どちらでもいいと思うけれど、そこからまた得意の自分の身に起きたことを振り返ってみた。
私には超一大事、そんなこともう一生に一度と感じたぐらいにインパクトのあったことでも、相手には何てことないことだったのかもしれない。
熱量を私側を100として、相手側は0だったのかもしれない。
そう思うと、しっくりこないこともいくつかあっても、今現在の状況に納得できるところがある。
いくら私側は計測器の針が最高値を振り切ってしまうぐらいに反応したとしても、相手側は反応もなく針はそもそも微動だにしなかった、それの方が自然な感じもする。
2年目に突入した今の時期、時々すべてが幻とか、夢の中の出来事のように感じる時がある。
交わりそうにもない人生を前に、小さな希望を持つことさえしんどく感じる時がある。
色んなことが自分の勘違いだとは思わないけれど、自分の中でどう消化していいのかがわからない。
だから熱量の違いを感じると、もう少し消化しやすいように感じてる。
消し去りたいのとは違う。
けれど、このまま何もないのに気持ちだけずっとずっと残っていくのが、心的にしんどい。
しかも熱量の違いのあるものに、私だけがズルズルしていても仕方ない。
自分の気持ちに任せようという思いと、もうこのままだとしんどいからちょっとずつ消化しようという思いと、その2つの間で行ったり来たりしている。
書きまくって良かった。
今の自分では書けない。
熱量が違うと感じ始めた自分が出てきた以上、あの時みたいに純粋にはもう振り返られない。
11/25 6:49
色んなことが起こった1年だった。
色んなことが凄まじかった。
昨日、1年前に私を命の授業に招待してくれた人から連絡が来た。
今仕事で新潟に来たからぶっしーもどう?というようなもので、場所がうちから2時間〜2時間半も車でかかる所だったから今回はお礼だけ言って断った。
去年のあのタイミングでなければ、命の授業はなかった。
夏の暑い日に、電光石火のごとく色んなことが起こった。
全てのはじまりはそこにあった、と思う。
11/27 10:52
書く気満々でいたけれど、眠くなったから起きてからまたきちんと書こうと思う。
上の『熱量の違い』を書いといて良かった。
不思議な感じだけど、熱量の違いが今はどうでも良くなった。
朝起きたらまた自分の気持ちがどうなっているかわからないけれど、それでも熱量の違いが何だと言うんだろう?と本当にそう思うところに来た。
熱量はあくまで対比させた時の話。
でも、そんなの関係なく、私はその出逢いからものすごく沢山のものを手にしたわけで、そしてそこをすべて通過した私には、それが人生の中の贈り物の他の何物でもないと気付いた。
その人と出逢わせてもらえたこと、その人が私の人生に現れてくれたこと、それは本当に贈り物だった。
だから、熱量の違いとか何とか言わなくていいんだ、という思いに達した(ようやく)。
熱量が違おうが、全く相手にされなかっただろうが、それは相手の人生の物語だから私がどうこうはできないけれど、少なくとも私側はそれでものすごく大切なものを手にしたんだから、それがすべてだしそれでいいんだと本当に心の底から思えた。
そして、その域に行くと、今度は熱量の違いを数日前と同じ気持ちでは書けない。
覚えているから書けるけれど、ちょっと感覚が違う。
だから書き残しておいて良かった。
本当に良かった。
起きたら続きを書こう。
熱量の違いも書けるから、そこも含めて書く。
でも、今は思う。
熱量の違いに注目してしまうほどに本気で気になって仕方のない人だということ。
私は基本的に心の中は自分に忙しいから、他人のことに目を向けてる余裕がそんなにない。
だけど、その人は私の心の中の忙しさをストップさせて、代わりにその人がそこに入ってきた。
そして私に熱量の違いとかを考えさせるほどの影響力があった。
12/1 3:04
最初に書いた部分もずいぶんと中途半端で、大切なことが抜けている。
さらりと書いているけれど、11月に入ったあたりから熱量の違いが日に日に大きなものに感じられて、そのうち自分で自分のことをバカみたいだとか、実はすべて虚像の話だったんじゃないかとか、もしくは大幅に勘違いしているとか、そんな風に思うことが増えた。
色々と自分の中で信じられなくなって、疑いや否定が増えた。
当時の記憶も遠くに行ってしまう感じも相まって、余計とそうした気持ちが増えた。
だから、私は色んなことをひっくるめて「熱量の違い」として捉え、そして心の中では少しずつそこから離れようと試みる自分が出てきた。
すべては私が思っていることと違う、ひと夏の思い出でしかない、そうやってどんどんそのことに触れることを避けようとする自分がいた。
自分の気持ちや願いとは真逆のことばかりが展開していて、気持ちがどんどん沈んで、そしてないことにしたくなった。
だから、最初の部分で本当に書きたかったことはそういうことだった。
さらりと書いた程度になっているけれど、心の中は永遠に晴れそうにもない真っ黒な雲に覆われていた。
そして、いつかは忘れるんだろうなぁ…、そう思うようになった。
12/1 8:23
「シンクロニシティ」の概念がひっくり返ることが昨日(11/30)の夜あった。
昨日?おととい?ドコモから、残りの1GBを今月中に使い切って下さい的なメールが来た。
じゃあ!と思って、本当はホロスコープ講座の音声を聞く予定が、ぼーっとしながら観れるものがいい!となって、最近知ったカードリーディングをする人の動画を見た。
その動画は楽しみながら観れるだけじゃなく、メッセージももらえれば、さらにはカードの読み解き方まで超勉強になる優れもの。
1時間コースだから、これまで観たのは2本だけ。
たくさんある中で、ペンジュラムお薦めの1本を観ることにした。
それを観ていた時のこと。
その動画の中のカードリーディングをされる方(カード占い師みたいな感じ)の言葉を聞いて、ハッとなった。
これまで私はシンクロの意味を「偶然の一致」ぐらいに思っていた。
グーグル先生によると、「共時性、意味のある偶然の一致」とあった。
ちなみにもう少し言うと、これは有名な心理学者のユングという人が、「集合無意識」という概念と組み合わせて提唱したもので。
個人個人の意識はそれぞれ別でも、無意識の中で色々繋がっているものを「集合無意識」と呼んでいて、シンクロというのはその集合無意識の本来はどこでどう繋がっているのかわからない別々のものが一瞬で繋がる、虫の知らせみたいな感じでやって来たりするもの、というような感じで説明される。
シンクロの例として、やたらと同じ名前ばかりを目にしたり耳にしたりするとか、ある人のことを考えていたらその人からちょうど連絡が来たとか、本屋で探していた本が友達の家に置いてあったとか。
そんな風に関係のないことたちがやたらと重なり合うことを指す。
そんな風にしか解釈していなかったわけだけど、そのカードリーディングの女性はシンクロをこう言った。
「偶然じゃなく必然」
もう一度。
『偶然じゃなく必然』
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(私の反応↑)
一見偶然のようだけど、必然的に起こっている、これはもう必然なんだよという意味でシンクロが起こる、というような感じで説明していた。
その「必然」という言葉で全てがすっと筋が通った。
元々シンクロに興味があったこともあるけれど、私の引き具合は相当強いと思う。
今回関わることになったペンジュラムを使っての山で行方不明になった人を探す手伝いに至るまでもものすごいシンクロだらけだったし、他にも何回目かのおつかいでオルゴナイトを買いに行ったら本来休みの日ではなかった友達と有休を取った私とで店でバッタリ遭遇するとかもそこに至るまで半端ない偶然だらけだった。
その友達とは25年の付き合いで、初めて偶然バッタリと約束もしていない場所で出くわした。
他にもたくさんそういうエピソードは雨あられのように人生の中でたくさんあるけれど。
なんなら、私20代の頃、山手線の電車の車両の中で高校時代の仲良かった友達とバッタリ出くわすなんてこともあったけれど。
でもはっきりとわかる。
私の人生の中で断トツでシンクロが起こりまくったのは、その人だった。
他の人や他の出来事の比じゃない。
つい最近も書いたけれど、まさか自分が7、8年前に東京移住計画で探していた物件の地域とその人の出身地とが重なっていたなんて、全く知る由もなかった。
1年前の当時は色んなことにいっぱいいっぱいでここまで冷静に分析できなかったけれど、1年ぐらい時間をかけてあれこれ見てみると、その人とのことに関しては出逢う前から色んな形でお知らせ的なものが来ていたし、出逢うまでのプロセスは異常だったし、出逢って近くにいられた時も毎度毎度イレギュラーなこと満載だったし、いなくなったらいなくなったで今度はさらに情報が勝手にどんどん来てその中で色々シンクロしてたことも知ったし、さらに今はまた不思議な形で色んなサインが毎度やってくる。
断トツ過ぎて「これは何?」って感じ続けているけれど、要は「偶然じゃなく必然」なんだと思う。
これもまた余談だけれど、つい最近のホロスコープ講座の時に、どういうシチュエーションで異性に出逢っていくかみたいなことを見るポイントを習った。
出会いの場が、友達や趣味仲間とか学びの仲間とか色々あるけれど、私の場合は「仕事」の場になる。
ホロスコープで見る「仕事」にはいくつかのカテゴリーがあって、労働的な仕事もあれば天職なんかを意味する仕事もある。
仕事の種類もいくつかある中で、私の「出会いの場」を指す職場は「労働的な仕事」の部分。
そう言えば、去年の今頃、東京の80過ぎのおばちゃん占い師にも同じこと言われたなぁと思い出した。
同士、仕事仲間ってことよ、そういうところであなた出逢ったでしょ、みたいな言い方をされた。
おばちゃんに、強いて言うならその人は上司になるけれど、仲間とは違うみたいなことを言ったら、「同じ職場で同じ方向を向いて一緒に仕事してるんでしょ?一緒に仕事するしないは別にしても、会社として果たそうとする目的は一緒でしょ?それを同士とか仲間って言うのよ」と説明された。
私の15年以上の社会人人生の中で唯一職場でそうした出逢いがあったのは、去年の夏だけだった。
もしかしたらそういう意味ではなく、これから先の未来で出逢う誰かなのかもしれないけれど、とりあえず今のところ唯一該当しているのはその人だけだった。
ちなみに、あまりにも立場が違い過ぎて「同士」だの「仕事仲間」だの相手に失礼過ぎてそんな風には言えないし思えない。
私からしたら、「出逢いの場所」が職場だっただけで、相手は私の何十倍何百倍と時間も知識も技術も懸けてそこに携わっているから、私から見て仲間や同士だなんて相手に悪すぎてそんな風には言えない。
私のようにちゃらんぽらんな感じで仕事に行ったのとは違うから、そう採ることはできない。
厳密に言うと上司でもなく、正式には仕事上「無関係」で、もう少し規模が大きかったりもっと明確な縦割りな組織なら関わり合いになることも絶対になかったと思う。
たまたま同じ職場という空間の中に居合わせただけ、というのがある意味一番的確な表現だと思う。
そもそも私は派遣で行っていたわけだから、立場はもちろんのこと、本当に外部の人間だから、そもそも関わることすらないのが普通だと思う。
本当に関われることすら奇跡的な状況で、その中で起こった色んなことだった。
色んなところに派遣で行ったけれど、その時のことは、社内での関わり方とか接触の機会とか、とてつもなくイレギュラーだった。
いつかこのブログでも書いたけれど、関わり方のイレギュラー具合も、それはあくまでその人がいた時だけの話で、その人が異動して次の人に替わったら、そのイレギュラー具合な関わり方も見事になくなった。
だから、まるでその人が他とは違うということをスーパー鈍すぎる私でも気付けるように起こっていた、としか思えないぐらいに起こっていた。
相手からはどう映っていたのかは知らないけれど、私は無駄にたくさん派遣に行ったおかげで、その人との接触が他の派遣と比べてもあり得なかったことがよくわかる。
そう、起こったことのすべては必然だった。
たまたまじゃない。
色々引き起こされて、そしてそれが特別だということ、その人が特別な存在なんだということを私に知らせてくれるために起こっていたと思っている。
シンクロニシティの動画と同じ動画を見ていた時に、「手紙」というカードが出てきた。
そのリーディングされる方はまた違う解釈を他の出てきたカードたちと合わせてしていたけれど、私の中で「手紙」というカードを見て真っ先に出てきたのはその人のことだった。
ちなみに、手紙と一緒に出てきたカードは「reach out」というカードで、「通信することを試みる、差し出す、伸ばす」というような意味がある。
まさに、手紙を差し出して、私は相手との通信を試みようとした。(そして玉砕(ToT))
本当に色んなものが砕けたけれども(爆)。
シンクロの話を聞いた後、色々あり得なかった出逢いだけではなく、実際の職場の中における立場や状況に目が向いた時、よくぞあの手紙を受け取ってもらえたなぁと思った。
相手にしたら、勝手に押し付けられたから突き返す隙すら与えられずみたいな感じではあったけれども、それでも突き返されはしなかった。
相手はきちんとした会社にお勤めの常識ある社会人で、なんなら肩書もあり責任もある立場で、そんな人を相手に私はいきなり手紙を押し付けるというすごい行動に出た。
(注:今は冷静に書いて説明できるけれど、当時は超アップアップしていて、そんなこと全く考えられなかった)
私に書く・書かない、渡す・渡さないの選択肢があったように、その人にも受け取る・受け取らないの選択肢があった。
そんな中、もちろん公の場ということも手伝って、とにかく突き返されなかったことが良かった。
なんとなくだけど、その人はきちんと持ち帰って読んでくれたと思う。
あのスーパーわからない、何が言いたいんだね?と目を吊り上げて言いたくなる、そして長くて「で、要点は何?」というようなものを、最後まで読んでくれたと思う。
今だから余計とわかる。
そんな風にできたことが本当に奇跡だったんだということ。
今仮にその手紙を書くことはできたとしても、もう渡すことはできない。
あの時あの場所でなければ、ポスト代わりの机の上にポンと置くことなんかできなかった。
私が立った場所からその人の座っていた席が遠くて良かった。
手渡しするにはものすごく近寄って手を伸ばさないとその人の手まで届かなかった。
だから、その人もかなり手を伸ばさなければ受け取れない感じだったから、本人の目の前でお願いしますとだけ言って2人の間のちょうど中間地点ぐらいのところに置くことができた、まるで仕事の資料を渡すかのように。
反対に、直接手渡しだったら「受け取れません」などと言われかねなかった。
(想像しただけで恐ろしい…)
1分にも満たないその瞬間は、もう二度と再現できない。
あそこでもしかしたら私側の物語は完了していたのかもしれない。
とりあえず伝えることは伝えたよ、と。
手紙はバトンのようなもので、あれだけが唯一形として私が残せたものだった。
押し付けられた側からしたら欲しくもないものだったかもしれないけれど、それでもあなたも私も同じ時同じ空間にいましたよ、と証明するようなものだった。
色々冷静に考えたら、その人が(多分)持ち帰ってくれただろうことは、本当にありがたいことだった。
今本人の手元に残っていなくても、それはそれでいいと割り切っている。
むしろ、邪魔になるものなら私の見えないところで捨ててもらうのは最初から構わなかった。
手紙の行方はいいとして、そうした有形のものが私のところからその人の元へ届いた、そのことが今となってはすごく貴重なことで、あの時しのごの考えず本能的に動いてみて良かったと今は思っている。
少なくとも、その人の社会人人生で社内で仕事中に個人的な手紙をもらうなんて多分最初で最後だと思う。
それはその人がモテないということではなく、そんな社会人としてどうなの?みたいなことをする女の人も早々いないと思うから。
しかも、今時、メールもスマホもあるこの時代に古風な手紙、周りの女友達から重いと大不評だった手書きの手紙、それを仕事中に進呈するとは私も今さらながらすごいことしたなぁと思う。
そんなレア体験、相手も望んでいなかったと思うけれど、私とてそんなぶっ飛んだことやりたかったわけではないけれど、そうなってしまった。
動物的に動いていたけれど、それが可能な状況にあったのはあの時だけだった。
今の私は、恥ずかしさややらかした感よりも、「やって良かった」と思っている。
もう二度とは訪れないその時を、そのチャンスを、私はとにかく捨て身の覚悟で勝負に出た。
いつかも書いた通り、その人の記憶には残ったと思うからそれで良い。
良い意味であきらめがついた。
その人との出逢いは、私の中で正真正銘、絶対的なもので魂やら人生の目的やらそうした大局的な意味も絡まって起こったことだと思う。
偶然ではなく必然だったからこそ、シンクロの起こり具合は異常過ぎたし、その人との出逢いを皮切りに色んなことも怒涛のように人生に流れ込んできた。
365日毎日顔を合わせたって何の印象にも残らずに忘れる人もたくさんいる中で、たかが4ヶ月弱、ほとんど言葉も交わさず何も知らずという人でも一生忘れられない人もいる。
その人と出逢った本当の意味はもしかしたら生きているうちはわからないままかもしれない。
この先、交わることなくそれぞれ知らないところで生きて知らないところで死んでいく可能性の方がはるかに高い。
それでも、そういう人に生きているうちに出逢えたことはとても大きい。
そういう存在の人だから、忘れることはないし、ずっと生涯を通じて大切でそして心にい続ける人なんだろうなぁと思っている。
何の関わりがなくてもサインが来るのは仕方ないだろうし、そこにいちいち意味を求めても仕方ないというか、むしろそれで大丈夫のサインだと自分の都合のいいように解釈したらいいと最近は特にそう思っている。
求めて何かが返ってくるとかいうようなものを欲しても仕方ないから、自分の中で自分の気持ちがちょうど良い塩梅になるところを見つけたいなぁと思う。
>>>以下、引用
愛は減らない。
愛は傷つけない。
引用元:『あなたがここにいることの意味』
本郷綜海(著)
昨日、上の本を立ち読みならぬ座り読みしてきた。
その中に出てきた言葉で、ハッとなった。
色々あっても、その人がどう受け取るとかどう感じるとかは関係なくして、私の中では減ることもないし、私自身を傷つけることもない。
それが1年以上経ってみての私の感想だった。
毎日バラ色みたいな日々の時はまだしも、私がごはんに誘い出してからは色々さんざんだった。
あまりの気まずさと冷たい感じと冷たい目と、あの漫画なんかでよく主人公の上半身目がけて矢が飛んできて刺さるみたいな、そういう気持ちをたっぷりと味わった。
最後の瞬間は今思い出しても切ないものがあるし、あれが今生最後なら何だかやらかした感満載だなぁと思う。
でも、その人に対して感じるものは、減らずにずっとある。
それが愛なのかと言われたらわからないけれど、ものすごく純粋な気持ちなのは本当。
40年近く生きていれば打算的にもなるし、ひねくれたところもあるし、否定したり卑下したり、まぁあまりきれいじゃない感情もたくさんあるけれども、それでもその人に対して持っている気持ちはすごく純粋だなぁと思う。
仮に他の人と出逢ってパートナーとなっても、なんとなくその人のことはどこか片隅にあるような気がする。
そんなことは未来の相手には黙っているけれども、どこかで気にかけてしまう人、無意識に自分の中にいる人、そんな感じなのかもしれない。
そんなのはその時に考えたらいいことだから、今はあまり気にもなっていないけれど。
そして、色々あったけれども、それでも私は傷つくことはなかった。
相手の態度にグサグサとくるものはあったけれど、それでも傷とは違っていた。
人生で二度とは巡り合えない、本当に大切なものを知る、そういう時間でそういう存在の人だった。
最初に書いた「熱量の違い」は気にならなくなった。
世間的には痛い人でも、もうそういうこともどうでも良くなった。
相手がどう思っていてどう感じていたかも、知りたいけれど、そこは禁断の園すぎて知らないし、そして相手がこれを「超絶気持ち悪ぃーー、オェー( ̄ཀ ̄;;)」ってなっていたとしても、そこも知らぬが仏でどうでも良くなってきた。
私の中で、本当に大切な人に出逢わせてもらえたことが、そんな人が私の人生に現れてくれたことが本当にすごいことだったと、そしてこんな風に自分以外の誰かを大切に思える自分にも出逢わせてもらえたから、もうそれでいいか!という感じが出てきた。
去年の夏の一コマは、本当に一瞬の出来事だった。
まさかそれが後に色んなことのきっかけとなっていくなんて、当時は思いもよらなかった。
その人だって、私に振り向いて欲しくてそうしたわけじゃ全くないと思う。
もしくは、俺いるよ!アピールをしたわけじゃないと思う。
でも、あの時にその人がしてくれたことが今の私に繋がっている。
想われることのない、一方通行な出逢いだったかもしれない。
一方通行ならまだしも、迷惑や負担になったものだったかもしれない。
それでも私の人生に現れてくれたその人は、私の人生を大きく変える1番のきっかけをもたらした人だったし、幸福感とか生きる喜びとかそうしたものをたくさん私に見せてくれた人だった。
本人は無意識でそんな気なくても、私にはそうだった。
そして、愛とか人を大切に想う気持ちとか、そうしたことを全部あきらめて、もう二度とそういうものに触れたくない、そうしたことから逃げたかった私に、そうしたものともう一度真剣に向き合わせてくれた人だった。
熱量の違いはどうにもならない。
まさか勝手にその人の気持ちを私に向けさせるわけにいかないし、その人の人生を私の希望に沿って動かすなんてのもできない。
もう何もかも私にはどうにもできないことばかりだから、私は私のテリトリーにだけ目を向けたらいいんだ、とふっと肩の力が抜けた。
相手が私のことを何とも思っていなくても、私が体験したことや私の気持ちは変わらない。
そして、それでいいんだとわかった。
その人が私の人生に現れてくれたのは、そしてその人と出逢わせてもらえたのは、人生の贈り物そのものだった。
【裏追記】
上に書いたことに嘘はない。
だけど、1つだけどうしても解せないことがある。
私に起こったことの影響力を見ると、やっぱりそれが私にだけ一方的に雨あられのようにやってきたとは考えにくい。
相手側のストーリーを何も知らないのが残念過ぎるけれど、個人的にとても気になって仕方ない。
これだけの影響力が私側にだけひたすら注がれていたとは、私にはどうしても素直にそう思えない。
それはそうと、本当に私が予想した通りなら…。
その人もその人で相当気持ち的に苦しかったりしんどかったり揺さぶられたりしたのかな…と思ってしまう。
私が心配しても仕方ないけれど、気にはなっている。
私はこの通り元気であること、大丈夫であることを伝えるのと、あとは〇〇さんが元気でありますようにと祈るぐらいしかできないから、ブログを発信することと祈ることは続けたいと思っている。
少なくとも、私は〇〇さんと出逢えたことに心底感謝している。
ありがとう。
この間、物理と化学の差が何か知らないと言ったけれど、熱量の違いはわかる。
化学的な熱量、又は物理的な熱量は知らないけれど、「熱量」単体は感覚的にわかる。
婚活ブログを時々読むようになって、わかるなぁと思ったことの1つに、女の人側はときめきや誰かを好きになる気持ちを求めている。
色んな人たち共通でほぼそれだと感じる。
対して男の人は、超現実的なものを求めている。
上手く言えないけれど、それぞれ読むとなんとなくわかる。
どちらでもいいと思うけれど、そこからまた得意の自分の身に起きたことを振り返ってみた。
私には超一大事、そんなこともう一生に一度と感じたぐらいにインパクトのあったことでも、相手には何てことないことだったのかもしれない。
熱量を私側を100として、相手側は0だったのかもしれない。
そう思うと、しっくりこないこともいくつかあっても、今現在の状況に納得できるところがある。
いくら私側は計測器の針が最高値を振り切ってしまうぐらいに反応したとしても、相手側は反応もなく針はそもそも微動だにしなかった、それの方が自然な感じもする。
2年目に突入した今の時期、時々すべてが幻とか、夢の中の出来事のように感じる時がある。
交わりそうにもない人生を前に、小さな希望を持つことさえしんどく感じる時がある。
色んなことが自分の勘違いだとは思わないけれど、自分の中でどう消化していいのかがわからない。
だから熱量の違いを感じると、もう少し消化しやすいように感じてる。
消し去りたいのとは違う。
けれど、このまま何もないのに気持ちだけずっとずっと残っていくのが、心的にしんどい。
しかも熱量の違いのあるものに、私だけがズルズルしていても仕方ない。
自分の気持ちに任せようという思いと、もうこのままだとしんどいからちょっとずつ消化しようという思いと、その2つの間で行ったり来たりしている。
書きまくって良かった。
今の自分では書けない。
熱量が違うと感じ始めた自分が出てきた以上、あの時みたいに純粋にはもう振り返られない。
11/25 6:49
色んなことが起こった1年だった。
色んなことが凄まじかった。
昨日、1年前に私を命の授業に招待してくれた人から連絡が来た。
今仕事で新潟に来たからぶっしーもどう?というようなもので、場所がうちから2時間〜2時間半も車でかかる所だったから今回はお礼だけ言って断った。
去年のあのタイミングでなければ、命の授業はなかった。
夏の暑い日に、電光石火のごとく色んなことが起こった。
全てのはじまりはそこにあった、と思う。
11/27 10:52
書く気満々でいたけれど、眠くなったから起きてからまたきちんと書こうと思う。
上の『熱量の違い』を書いといて良かった。
不思議な感じだけど、熱量の違いが今はどうでも良くなった。
朝起きたらまた自分の気持ちがどうなっているかわからないけれど、それでも熱量の違いが何だと言うんだろう?と本当にそう思うところに来た。
熱量はあくまで対比させた時の話。
でも、そんなの関係なく、私はその出逢いからものすごく沢山のものを手にしたわけで、そしてそこをすべて通過した私には、それが人生の中の贈り物の他の何物でもないと気付いた。
その人と出逢わせてもらえたこと、その人が私の人生に現れてくれたこと、それは本当に贈り物だった。
だから、熱量の違いとか何とか言わなくていいんだ、という思いに達した(ようやく)。
熱量が違おうが、全く相手にされなかっただろうが、それは相手の人生の物語だから私がどうこうはできないけれど、少なくとも私側はそれでものすごく大切なものを手にしたんだから、それがすべてだしそれでいいんだと本当に心の底から思えた。
そして、その域に行くと、今度は熱量の違いを数日前と同じ気持ちでは書けない。
覚えているから書けるけれど、ちょっと感覚が違う。
だから書き残しておいて良かった。
本当に良かった。
起きたら続きを書こう。
熱量の違いも書けるから、そこも含めて書く。
でも、今は思う。
熱量の違いに注目してしまうほどに本気で気になって仕方のない人だということ。
私は基本的に心の中は自分に忙しいから、他人のことに目を向けてる余裕がそんなにない。
だけど、その人は私の心の中の忙しさをストップさせて、代わりにその人がそこに入ってきた。
そして私に熱量の違いとかを考えさせるほどの影響力があった。
12/1 3:04
最初に書いた部分もずいぶんと中途半端で、大切なことが抜けている。
さらりと書いているけれど、11月に入ったあたりから熱量の違いが日に日に大きなものに感じられて、そのうち自分で自分のことをバカみたいだとか、実はすべて虚像の話だったんじゃないかとか、もしくは大幅に勘違いしているとか、そんな風に思うことが増えた。
色々と自分の中で信じられなくなって、疑いや否定が増えた。
当時の記憶も遠くに行ってしまう感じも相まって、余計とそうした気持ちが増えた。
だから、私は色んなことをひっくるめて「熱量の違い」として捉え、そして心の中では少しずつそこから離れようと試みる自分が出てきた。
すべては私が思っていることと違う、ひと夏の思い出でしかない、そうやってどんどんそのことに触れることを避けようとする自分がいた。
自分の気持ちや願いとは真逆のことばかりが展開していて、気持ちがどんどん沈んで、そしてないことにしたくなった。
だから、最初の部分で本当に書きたかったことはそういうことだった。
さらりと書いた程度になっているけれど、心の中は永遠に晴れそうにもない真っ黒な雲に覆われていた。
そして、いつかは忘れるんだろうなぁ…、そう思うようになった。
12/1 8:23
「シンクロニシティ」の概念がひっくり返ることが昨日(11/30)の夜あった。
昨日?おととい?ドコモから、残りの1GBを今月中に使い切って下さい的なメールが来た。
じゃあ!と思って、本当はホロスコープ講座の音声を聞く予定が、ぼーっとしながら観れるものがいい!となって、最近知ったカードリーディングをする人の動画を見た。
その動画は楽しみながら観れるだけじゃなく、メッセージももらえれば、さらにはカードの読み解き方まで超勉強になる優れもの。
1時間コースだから、これまで観たのは2本だけ。
たくさんある中で、ペンジュラムお薦めの1本を観ることにした。
それを観ていた時のこと。
その動画の中のカードリーディングをされる方(カード占い師みたいな感じ)の言葉を聞いて、ハッとなった。
これまで私はシンクロの意味を「偶然の一致」ぐらいに思っていた。
グーグル先生によると、「共時性、意味のある偶然の一致」とあった。
ちなみにもう少し言うと、これは有名な心理学者のユングという人が、「集合無意識」という概念と組み合わせて提唱したもので。
個人個人の意識はそれぞれ別でも、無意識の中で色々繋がっているものを「集合無意識」と呼んでいて、シンクロというのはその集合無意識の本来はどこでどう繋がっているのかわからない別々のものが一瞬で繋がる、虫の知らせみたいな感じでやって来たりするもの、というような感じで説明される。
シンクロの例として、やたらと同じ名前ばかりを目にしたり耳にしたりするとか、ある人のことを考えていたらその人からちょうど連絡が来たとか、本屋で探していた本が友達の家に置いてあったとか。
そんな風に関係のないことたちがやたらと重なり合うことを指す。
そんな風にしか解釈していなかったわけだけど、そのカードリーディングの女性はシンクロをこう言った。
「偶然じゃなく必然」
もう一度。
『偶然じゃなく必然』
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(私の反応↑)
一見偶然のようだけど、必然的に起こっている、これはもう必然なんだよという意味でシンクロが起こる、というような感じで説明していた。
その「必然」という言葉で全てがすっと筋が通った。
元々シンクロに興味があったこともあるけれど、私の引き具合は相当強いと思う。
今回関わることになったペンジュラムを使っての山で行方不明になった人を探す手伝いに至るまでもものすごいシンクロだらけだったし、他にも何回目かのおつかいでオルゴナイトを買いに行ったら本来休みの日ではなかった友達と有休を取った私とで店でバッタリ遭遇するとかもそこに至るまで半端ない偶然だらけだった。
その友達とは25年の付き合いで、初めて偶然バッタリと約束もしていない場所で出くわした。
他にもたくさんそういうエピソードは雨あられのように人生の中でたくさんあるけれど。
なんなら、私20代の頃、山手線の電車の車両の中で高校時代の仲良かった友達とバッタリ出くわすなんてこともあったけれど。
でもはっきりとわかる。
私の人生の中で断トツでシンクロが起こりまくったのは、その人だった。
他の人や他の出来事の比じゃない。
つい最近も書いたけれど、まさか自分が7、8年前に東京移住計画で探していた物件の地域とその人の出身地とが重なっていたなんて、全く知る由もなかった。
1年前の当時は色んなことにいっぱいいっぱいでここまで冷静に分析できなかったけれど、1年ぐらい時間をかけてあれこれ見てみると、その人とのことに関しては出逢う前から色んな形でお知らせ的なものが来ていたし、出逢うまでのプロセスは異常だったし、出逢って近くにいられた時も毎度毎度イレギュラーなこと満載だったし、いなくなったらいなくなったで今度はさらに情報が勝手にどんどん来てその中で色々シンクロしてたことも知ったし、さらに今はまた不思議な形で色んなサインが毎度やってくる。
断トツ過ぎて「これは何?」って感じ続けているけれど、要は「偶然じゃなく必然」なんだと思う。
これもまた余談だけれど、つい最近のホロスコープ講座の時に、どういうシチュエーションで異性に出逢っていくかみたいなことを見るポイントを習った。
出会いの場が、友達や趣味仲間とか学びの仲間とか色々あるけれど、私の場合は「仕事」の場になる。
ホロスコープで見る「仕事」にはいくつかのカテゴリーがあって、労働的な仕事もあれば天職なんかを意味する仕事もある。
仕事の種類もいくつかある中で、私の「出会いの場」を指す職場は「労働的な仕事」の部分。
そう言えば、去年の今頃、東京の80過ぎのおばちゃん占い師にも同じこと言われたなぁと思い出した。
同士、仕事仲間ってことよ、そういうところであなた出逢ったでしょ、みたいな言い方をされた。
おばちゃんに、強いて言うならその人は上司になるけれど、仲間とは違うみたいなことを言ったら、「同じ職場で同じ方向を向いて一緒に仕事してるんでしょ?一緒に仕事するしないは別にしても、会社として果たそうとする目的は一緒でしょ?それを同士とか仲間って言うのよ」と説明された。
私の15年以上の社会人人生の中で唯一職場でそうした出逢いがあったのは、去年の夏だけだった。
もしかしたらそういう意味ではなく、これから先の未来で出逢う誰かなのかもしれないけれど、とりあえず今のところ唯一該当しているのはその人だけだった。
ちなみに、あまりにも立場が違い過ぎて「同士」だの「仕事仲間」だの相手に失礼過ぎてそんな風には言えないし思えない。
私からしたら、「出逢いの場所」が職場だっただけで、相手は私の何十倍何百倍と時間も知識も技術も懸けてそこに携わっているから、私から見て仲間や同士だなんて相手に悪すぎてそんな風には言えない。
私のようにちゃらんぽらんな感じで仕事に行ったのとは違うから、そう採ることはできない。
厳密に言うと上司でもなく、正式には仕事上「無関係」で、もう少し規模が大きかったりもっと明確な縦割りな組織なら関わり合いになることも絶対になかったと思う。
たまたま同じ職場という空間の中に居合わせただけ、というのがある意味一番的確な表現だと思う。
そもそも私は派遣で行っていたわけだから、立場はもちろんのこと、本当に外部の人間だから、そもそも関わることすらないのが普通だと思う。
本当に関われることすら奇跡的な状況で、その中で起こった色んなことだった。
色んなところに派遣で行ったけれど、その時のことは、社内での関わり方とか接触の機会とか、とてつもなくイレギュラーだった。
いつかこのブログでも書いたけれど、関わり方のイレギュラー具合も、それはあくまでその人がいた時だけの話で、その人が異動して次の人に替わったら、そのイレギュラー具合な関わり方も見事になくなった。
だから、まるでその人が他とは違うということをスーパー鈍すぎる私でも気付けるように起こっていた、としか思えないぐらいに起こっていた。
相手からはどう映っていたのかは知らないけれど、私は無駄にたくさん派遣に行ったおかげで、その人との接触が他の派遣と比べてもあり得なかったことがよくわかる。
そう、起こったことのすべては必然だった。
たまたまじゃない。
色々引き起こされて、そしてそれが特別だということ、その人が特別な存在なんだということを私に知らせてくれるために起こっていたと思っている。
シンクロニシティの動画と同じ動画を見ていた時に、「手紙」というカードが出てきた。
そのリーディングされる方はまた違う解釈を他の出てきたカードたちと合わせてしていたけれど、私の中で「手紙」というカードを見て真っ先に出てきたのはその人のことだった。
ちなみに、手紙と一緒に出てきたカードは「reach out」というカードで、「通信することを試みる、差し出す、伸ばす」というような意味がある。
まさに、手紙を差し出して、私は相手との通信を試みようとした。(そして玉砕(ToT))
本当に色んなものが砕けたけれども(爆)。
シンクロの話を聞いた後、色々あり得なかった出逢いだけではなく、実際の職場の中における立場や状況に目が向いた時、よくぞあの手紙を受け取ってもらえたなぁと思った。
相手にしたら、勝手に押し付けられたから突き返す隙すら与えられずみたいな感じではあったけれども、それでも突き返されはしなかった。
相手はきちんとした会社にお勤めの常識ある社会人で、なんなら肩書もあり責任もある立場で、そんな人を相手に私はいきなり手紙を押し付けるというすごい行動に出た。
(注:今は冷静に書いて説明できるけれど、当時は超アップアップしていて、そんなこと全く考えられなかった)
私に書く・書かない、渡す・渡さないの選択肢があったように、その人にも受け取る・受け取らないの選択肢があった。
そんな中、もちろん公の場ということも手伝って、とにかく突き返されなかったことが良かった。
なんとなくだけど、その人はきちんと持ち帰って読んでくれたと思う。
あのスーパーわからない、何が言いたいんだね?と目を吊り上げて言いたくなる、そして長くて「で、要点は何?」というようなものを、最後まで読んでくれたと思う。
今だから余計とわかる。
そんな風にできたことが本当に奇跡だったんだということ。
今仮にその手紙を書くことはできたとしても、もう渡すことはできない。
あの時あの場所でなければ、ポスト代わりの机の上にポンと置くことなんかできなかった。
私が立った場所からその人の座っていた席が遠くて良かった。
手渡しするにはものすごく近寄って手を伸ばさないとその人の手まで届かなかった。
だから、その人もかなり手を伸ばさなければ受け取れない感じだったから、本人の目の前でお願いしますとだけ言って2人の間のちょうど中間地点ぐらいのところに置くことができた、まるで仕事の資料を渡すかのように。
反対に、直接手渡しだったら「受け取れません」などと言われかねなかった。
(想像しただけで恐ろしい…)
1分にも満たないその瞬間は、もう二度と再現できない。
あそこでもしかしたら私側の物語は完了していたのかもしれない。
とりあえず伝えることは伝えたよ、と。
手紙はバトンのようなもので、あれだけが唯一形として私が残せたものだった。
押し付けられた側からしたら欲しくもないものだったかもしれないけれど、それでもあなたも私も同じ時同じ空間にいましたよ、と証明するようなものだった。
色々冷静に考えたら、その人が(多分)持ち帰ってくれただろうことは、本当にありがたいことだった。
今本人の手元に残っていなくても、それはそれでいいと割り切っている。
むしろ、邪魔になるものなら私の見えないところで捨ててもらうのは最初から構わなかった。
手紙の行方はいいとして、そうした有形のものが私のところからその人の元へ届いた、そのことが今となってはすごく貴重なことで、あの時しのごの考えず本能的に動いてみて良かったと今は思っている。
少なくとも、その人の社会人人生で社内で仕事中に個人的な手紙をもらうなんて多分最初で最後だと思う。
それはその人がモテないということではなく、そんな社会人としてどうなの?みたいなことをする女の人も早々いないと思うから。
しかも、今時、メールもスマホもあるこの時代に古風な手紙、周りの女友達から重いと大不評だった手書きの手紙、それを仕事中に進呈するとは私も今さらながらすごいことしたなぁと思う。
そんなレア体験、相手も望んでいなかったと思うけれど、私とてそんなぶっ飛んだことやりたかったわけではないけれど、そうなってしまった。
動物的に動いていたけれど、それが可能な状況にあったのはあの時だけだった。
今の私は、恥ずかしさややらかした感よりも、「やって良かった」と思っている。
もう二度とは訪れないその時を、そのチャンスを、私はとにかく捨て身の覚悟で勝負に出た。
いつかも書いた通り、その人の記憶には残ったと思うからそれで良い。
良い意味であきらめがついた。
その人との出逢いは、私の中で正真正銘、絶対的なもので魂やら人生の目的やらそうした大局的な意味も絡まって起こったことだと思う。
偶然ではなく必然だったからこそ、シンクロの起こり具合は異常過ぎたし、その人との出逢いを皮切りに色んなことも怒涛のように人生に流れ込んできた。
365日毎日顔を合わせたって何の印象にも残らずに忘れる人もたくさんいる中で、たかが4ヶ月弱、ほとんど言葉も交わさず何も知らずという人でも一生忘れられない人もいる。
その人と出逢った本当の意味はもしかしたら生きているうちはわからないままかもしれない。
この先、交わることなくそれぞれ知らないところで生きて知らないところで死んでいく可能性の方がはるかに高い。
それでも、そういう人に生きているうちに出逢えたことはとても大きい。
そういう存在の人だから、忘れることはないし、ずっと生涯を通じて大切でそして心にい続ける人なんだろうなぁと思っている。
何の関わりがなくてもサインが来るのは仕方ないだろうし、そこにいちいち意味を求めても仕方ないというか、むしろそれで大丈夫のサインだと自分の都合のいいように解釈したらいいと最近は特にそう思っている。
求めて何かが返ってくるとかいうようなものを欲しても仕方ないから、自分の中で自分の気持ちがちょうど良い塩梅になるところを見つけたいなぁと思う。
>>>以下、引用
愛は減らない。
愛は傷つけない。
引用元:『あなたがここにいることの意味』
本郷綜海(著)
昨日、上の本を立ち読みならぬ座り読みしてきた。
その中に出てきた言葉で、ハッとなった。
色々あっても、その人がどう受け取るとかどう感じるとかは関係なくして、私の中では減ることもないし、私自身を傷つけることもない。
それが1年以上経ってみての私の感想だった。
毎日バラ色みたいな日々の時はまだしも、私がごはんに誘い出してからは色々さんざんだった。
あまりの気まずさと冷たい感じと冷たい目と、あの漫画なんかでよく主人公の上半身目がけて矢が飛んできて刺さるみたいな、そういう気持ちをたっぷりと味わった。
最後の瞬間は今思い出しても切ないものがあるし、あれが今生最後なら何だかやらかした感満載だなぁと思う。
でも、その人に対して感じるものは、減らずにずっとある。
それが愛なのかと言われたらわからないけれど、ものすごく純粋な気持ちなのは本当。
40年近く生きていれば打算的にもなるし、ひねくれたところもあるし、否定したり卑下したり、まぁあまりきれいじゃない感情もたくさんあるけれども、それでもその人に対して持っている気持ちはすごく純粋だなぁと思う。
仮に他の人と出逢ってパートナーとなっても、なんとなくその人のことはどこか片隅にあるような気がする。
そんなことは未来の相手には黙っているけれども、どこかで気にかけてしまう人、無意識に自分の中にいる人、そんな感じなのかもしれない。
そんなのはその時に考えたらいいことだから、今はあまり気にもなっていないけれど。
そして、色々あったけれども、それでも私は傷つくことはなかった。
相手の態度にグサグサとくるものはあったけれど、それでも傷とは違っていた。
人生で二度とは巡り合えない、本当に大切なものを知る、そういう時間でそういう存在の人だった。
最初に書いた「熱量の違い」は気にならなくなった。
世間的には痛い人でも、もうそういうこともどうでも良くなった。
相手がどう思っていてどう感じていたかも、知りたいけれど、そこは禁断の園すぎて知らないし、そして相手がこれを「超絶気持ち悪ぃーー、オェー( ̄ཀ ̄;;)」ってなっていたとしても、そこも知らぬが仏でどうでも良くなってきた。
私の中で、本当に大切な人に出逢わせてもらえたことが、そんな人が私の人生に現れてくれたことが本当にすごいことだったと、そしてこんな風に自分以外の誰かを大切に思える自分にも出逢わせてもらえたから、もうそれでいいか!という感じが出てきた。
去年の夏の一コマは、本当に一瞬の出来事だった。
まさかそれが後に色んなことのきっかけとなっていくなんて、当時は思いもよらなかった。
その人だって、私に振り向いて欲しくてそうしたわけじゃ全くないと思う。
もしくは、俺いるよ!アピールをしたわけじゃないと思う。
でも、あの時にその人がしてくれたことが今の私に繋がっている。
想われることのない、一方通行な出逢いだったかもしれない。
一方通行ならまだしも、迷惑や負担になったものだったかもしれない。
それでも私の人生に現れてくれたその人は、私の人生を大きく変える1番のきっかけをもたらした人だったし、幸福感とか生きる喜びとかそうしたものをたくさん私に見せてくれた人だった。
本人は無意識でそんな気なくても、私にはそうだった。
そして、愛とか人を大切に想う気持ちとか、そうしたことを全部あきらめて、もう二度とそういうものに触れたくない、そうしたことから逃げたかった私に、そうしたものともう一度真剣に向き合わせてくれた人だった。
熱量の違いはどうにもならない。
まさか勝手にその人の気持ちを私に向けさせるわけにいかないし、その人の人生を私の希望に沿って動かすなんてのもできない。
もう何もかも私にはどうにもできないことばかりだから、私は私のテリトリーにだけ目を向けたらいいんだ、とふっと肩の力が抜けた。
相手が私のことを何とも思っていなくても、私が体験したことや私の気持ちは変わらない。
そして、それでいいんだとわかった。
その人が私の人生に現れてくれたのは、そしてその人と出逢わせてもらえたのは、人生の贈り物そのものだった。
【裏追記】
上に書いたことに嘘はない。
だけど、1つだけどうしても解せないことがある。
私に起こったことの影響力を見ると、やっぱりそれが私にだけ一方的に雨あられのようにやってきたとは考えにくい。
相手側のストーリーを何も知らないのが残念過ぎるけれど、個人的にとても気になって仕方ない。
これだけの影響力が私側にだけひたすら注がれていたとは、私にはどうしても素直にそう思えない。
それはそうと、本当に私が予想した通りなら…。
その人もその人で相当気持ち的に苦しかったりしんどかったり揺さぶられたりしたのかな…と思ってしまう。
私が心配しても仕方ないけれど、気にはなっている。
私はこの通り元気であること、大丈夫であることを伝えるのと、あとは〇〇さんが元気でありますようにと祈るぐらいしかできないから、ブログを発信することと祈ることは続けたいと思っている。
少なくとも、私は〇〇さんと出逢えたことに心底感謝している。
ありがとう。
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