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2018年4月20日金曜日

取捨選択

ここ1週間ほどの出来事だろうか。

色んなことがあった。

色々考えさせられるようなこともあった。

そして私にしては大きな決断も1つした。

これまで私は良い物なら基本的には積極的に人にも紹介していた。

これいいよ、あれいいよという具合に。

だけど今回私はそれをしなかった。

何なら嘘までついて紹介することを避けた。

 

私はオルゴナイト作家さんに先週末会ってきた。

会う目的はただ1つ。

私を経由して旅立って行った34個のオルゴナイトがその後どんなストーリーを紡いだのかそれを伝えるために会ってきた。

実は会う前にある1人の子からオルゴナイト作家さんに個人でオーダーを頼めないか頼んで欲しいとお願いされた。

正直気が進まなかった。

気が進まなかった理由がきちんとある。

その子はオルゴナイトの良さがわからないとその少し前に私に言っていた。

私は自分や他の人たちの具体的な効果を伝えてみたものの、それでも「わからない」と言われた。

なのに個人でオーダーしたいとはどういうことだろうと思った。

もちろんその子にはその子なりの欲しい理由がある。

だけど、今回その作家さんは無期休止で制作を完全に止めている。

私もお願いするにしても、それ相応の理由がないとお願いできないと思って、理由も聞いた。

一応言ってはみると言ったものの、言った後からどんどん後悔した。

迎えた当日、私は自分が思ったままをそれとなく作家さんには言った。

話を聞けば聞くほど安易にお願いできないことは十分わかった。

お願いはできないけれど、実は他の選択肢があることを作家さんからは直接教えてもらえた。

結果だけを言えば、その新たな選択については彼女にも伝えることができた。

でも私は「伝えない」という選択肢を選んだ。

作家さんに直接会ったことで、本当に気持ちのある人にしか新しい情報については紹介したくないという気持ちが私の中ではっきりと出てきた。

だから私がきちんと納得できていなかったその子に対しては、新たな情報は一切伝えずオーダーは頼めなかったとだけ伝えた。

 

他に用事があってその子とは昨日会ってきた。

オルゴナイトの話はするつもりはなく、もっと重大な話があって会ってきた。

重大な話というのは、その子が紹介したサービスを受けた共通の友達Aさんが、そのサービスを受けている最中とんでもないことを言われていて(人の生き死にに関わる内容)、それに対して色々思うところがあったからそれを伝えるのが目的で会った。

それはどう考えてもAさんが言うとは思えなかったから、だからAさんには内緒でこっそりとその子にそれを伝えた。

Aさんは実際に被害をこうむったから、そのサービス提供者がそういう危ない人だと言っておかないとまた第二のAさんが誕生すると思って、それで言った。

その子もさすがにそれを知ったら紹介しないだろうと思って、それはやっぱり言って正解だった。

その子も何も知らなくて、今回私が言わなければやっぱり今後も誰かを紹介してたから知って良かったと言っていた。

そこまではいい。

だけどその話をしている時も、私は話の論点がずれていることがとても気になった。

別に世間話だったら論点がずれてようが何だろうがどうでもいい。

だけど、これはプロとしてあるまじき話の内容で、それに対して論点がずれてるのが本当に気になって気になって仕方なかった。

都度都度修正というか、「いや、そこじゃなくて大事なのは…」と伝えたけれど、全然伝わらないのか話がまた元に戻ったり、似たような意見を違う言葉で言ってきたり。

私にはにわかに信じがたい状況で、もうどう言ってもだめだとあきらめた。

想像して欲しい。

例えば家族の誰かの命がもう短いとする。

それを医師が家族の同意も得ないまま本人に余命宣告をする。

なんてことがあるのか知らないけれど、そういう状況だったとしよう。

私がその子に言ったのは、その同意を得ずに勝手にすごくきわどい内容を勝手に伝えたことを問題視して指摘した。

本来その道のプロなら人の生き死にに関しては絶対に言ってはいけないことだから、それをさらりと言ったことに対して私は絶対にいけないことだし、そして何よりもそんな準備もできていなかった初対面のAさんにそれを言うこと自体どうなのかと思うと言った。

(私はAさん本人からひょんな形でその話を直接聞くことになったから、たまたま知ったに過ぎなかった)

はっきり言って倫理観が欠如しているし、入ってはいけない領域にまでずかずかと土足で踏み込んで話してるから、私からして有り得ないことばかりだった。

その部分は同意が得られたけれど、少ししてからすごくとんちんかんな質問を受けた。

「Aさんはその人からいつ家族が死ぬって言われたんだろう?」と。

私は呆気にとられた。

そんなのいつとか関係ない。

そもそもそういう発言自体が問題であって、内容なんてどうでもいい。

内容なんてどうでもいいというのは、その子や私が知る内容ではないという意味で。

知ったところでその発言が訂正されるわけでもないから、むしろそのアフターフォローをしてくれるならいくらでも言うけれどそういうことでもない。

その発言を聞いて、私は「オルゴナイトの作家さんは紹介しなくて正解」と心底思った。

私は作家さんの話についても、伝えられる範疇で話は伝えた。

できるだけ詳細に、作り方のプロセスや、それぞれの持ち主を想ってきちんと祈りが込められているそのことを伝えた。

だけどそれも同じように伝わってないんだろうなぁということが話の端々でわかった。

そんななのに紹介なんてしたら、どんなとんちんかんなことを言い出して相手を困らせたかもわからない。

それを思ったら、私の「紹介しない」と決めた決断がとてつもなく正しいことのように思えた。

 

久しぶりに本当に色々考えさせられたことが続いた。

オルゴナイトに関して言えば、本当にその作家さんが作ったオルゴナイトのファンの人たちは、きちんと1つ1つ祈りが込められていることを伝えたらみんな喜んでいた。

そういう人たちには追加の情報をきちんと伝えた。

情報を正しく丁寧に扱ってくれるのがわかってるから、私も安心して伝えられた。

いくらただの情報とは言え、その扱いを間違えたらとんでもないことになる。

ましてや私がその情報をどう取り扱うかにかかっている。

私が言ってしまったら、その後のことは嫌な予感しか思い浮かばなかった。

起こらないかもしれないけれど、絶対に起こらないとは言い切れない。

実際に本人に会って別の話をした時にいくつかおかしな発言をしていたから、私がその子に情報を伝えることで他の誰か(今回ならオルゴナイト作家さん)に迷惑がかかるのだけは絶対に阻止しなきゃいけないと思った。

 

その後も悶々としたけれど、これで良かったと思ってる。

その子に対しては多少かわいそうなことしてるのかなとは思った。

だけどその子に伝えない代わりに、私はオルゴナイト作家さんを守ってるんだと思ったらそれが正解のように思えた。

2018年4月3日火曜日

魔法の言葉「幸せになるんだよ❣️」

「幸せになるんだよ❣️」は魔法の言葉だった。


2011年辺りから本格的に色んなことが水面下で動き出した。

さっき過去の日記帳を引っ張り出してきて、それが2011年7月24日の夜のことだと判明した。

多分初めての経験だったと思う。

何かがうまく行ってるわけでもなく、むしろ思い通りではないことの方がたくさんで、でもその中で徐々に色んなことを感じられるようにはなり始めてた。

最寄りの駅を降りて、どうして私はいつもと違う方の道を歩いたのかはさっぱり覚えてないけれど、意味もわからず幸福感に溢れていた。

私しあわせだなと感じた。

日記を読んだら色々しあわせに感じる要素があったことがわかったけれど、なんだろう、「生きてるって素晴らしい」と書き出しにあるようにただただ生きてることに感動してそこにしあわせを感じた瞬間だった。

その時のしあわせに感じた感覚や、すべて満ち足りた感覚は今でも覚えている。

夜の大きな国道脇の静まり返ったおにぎり屋さんや郵便局の前の風景さえ覚えてる。

その辺りから「何かがなくてもしあわせになれる」というのを徐々に知って、最近では前よりもっと何もなくてもしあわせを感じる瞬間は増えた。

人からもらった美味しいお菓子を外で敷物敷いて食べてるだけでもしあわせだったり。

そよ風が吹いてる中、冒頭の言葉をくれたSさんにこれまでのお礼を言いたくて手紙を書いてるだけでしあわせだったり。

あの泣くほどの痛みだった頭痛が消えて健康であることがしあわせだったり。

私のしあわせ度数は随分と下がって、だから少しのことでもしあわせに感じられる体質にはなりつつある。

それは本当に時間がなかったりお金がなかったりした時間を過ごしたことで気付けるようになったことでもあった。

特にお金がないなんて極限すぎて(本気で何十円しか自分が持ってる全てのお金を合わせても手持ちがないとかあった)、恐怖も絶望も半端なかったけれど、それでもしあわせを感じる機能が自分に残されてると知った時号泣した。

だから、ある意味何もなくても何も社会的にしてなくてもむしろ色んな人たちに迷惑かけまくっていても、それでもしあわせを感じることができるというのは、自分がそれを幾つも体験してきたからわかる。

でも「幸せになるんだよ❣️」はそれとは全く違う。

自らしあわせを掴みに行く、そんな感じ。

しかも自分の望んだしあわせを自分で決めて、自分自身でその方向に向かって歩いて行く、そんなイメージだった。

私は29歳の時に否が応でも迫ってくる人生の決断の前に絶望していた。

多分私1人で生きていかなきゃいけない。

本気で大切だと想った人とは人生を共にできなさそうというのがいよいよ決定的になって、そこから私はさらなる人生の崩壊が始まるとも知らずに1人の人生に向けて舵を切り出した。

今ようやくこの人生も受け入れられるようになったけれど、私は普通に好きな人と一緒になって専業主婦でもパートでもフルタイムでもなんでもいいから毎日一緒にいられて、子どもを産んで育てて…みたいな人生を夢見てた。

大真面目に専業主婦に憧れてた(周りからは冗談でしょ?と本気で突っ込まれていたけれど、私としては100%本気だった)。

だけどそうではないらしい人生を目の前に、私は人生の仕切り直しをしないといけなかった。

そして日本で通用する資格など1つもない私は、ここで真面目に正社員の仕事にありつかないとヤバイと思って、30歳で日本に帰国した時、人生で初めての就職活動をして、それでとある企業に採用された。

その企業での働き方はブラックの中でもスーパーブラック過ぎてついていけなかった。

何度も退職願を出した。

毎回受理されず、ますます日々何で生きてるのか訳がわからなくなった。

そんな時に出会ったのがコーチングで、私は自分の内面を見つめることを覚えた。

色んな経過を経て仕事は辞められたけれど、2012年の夏から2016年の初夏の間に私の人生は完全に崩壊していった。
(崩壊へのカウントダウンは、2009年から始まってた)

本当に怖ろしい光景だった。

その崩壊の最中に「しあわせを感じる」方法みたいなのは体で心で覚えていった。

『ホームレス中学生』という芸人の人が書いた本がある。

私はあの中で一番覚えてることは「お湯が出てしあわせを感じる、自分のしあわせ度数はそのくらい低く設定してある」みたいな部分だった。

お金に関しては本当に底を何度もついたから、普通に家があってガス水道電気が払える奇跡に大真面目に感動した。

相当な底辺事態もいくつか超えてきたから、そのお湯が出るしあわせはわかる(自分の名誉のために言うと、ガス水道電気は一度も止められたことがない。家賃も滞納を一度もすることなく払えてた。色々あっても毎回お金がきちんとやってきた奇跡も何十回と見てきている)。

話がだいぶそれたけど、とにかくそんな風だったからしあわせを感じる機会はとても多かった。

大変なことが多いほど、苦しいことも泣くことも多いけど、その代わりにしあわせを感じられるレベルもうんと低くなるからしあわせも増える 笑。


だけど、「幸せになるんだよ❣️」はそういう幸せとは抜本から違っていた。

「幸せになるんだよ❣️」と言われた時、私は初めて『私、しあわせになっていいんだ』って思った。

これまではどんな状況下でも良いことを見つけてしあわせになる感じだった。

自らしあわせになるんじゃなくて、ない中で何かを見つけてしあわせを感じる、そういう風だった。

でも幸せになるんだよというのは、自らしあわせを選ぶ。

自分で自分にしあわせになることを許可する。

私は小さなことではしあわせを感じられる体質になったけれど、こと仕事とパートナーシップに関しては「幸せになっていい」とずっとずっと思えなかった。

むしろ「幸せになってはいけない」ぐらいに無意識では思ってた節がある。

例えば仕事なら、親にアメリカの大学まで出してもらったのにそれを全くと言っていいほど活かしてない自分に対して、ものすごく罪の意識があった。

片田舎の町工場のような会社に勤めてる両親の年収からは考えられない教育費を捻出してもらって、それで出してもらった大学だった。

なのに私はそれを「見える部分」では一ミリも活かしていない。

ちなみに見えない部分ではあの4年間で体験したこと見てきたことは思わぬ形で活かされてる。

見る人たちにみんな褒められるぐらいだから、多分相当高度なことをやってるんだと思う(自分の中では普通にできてるからすごいとは思ってない)。

そんな私が仕事を通じてしあわせを獲得するというのはずっとイメージとして思えないことだった。

いつか詳しくここでも書きたいけれど、私の場合セルフイメージがとても低くて、自己肯定感が低いのはもちろん、自己否定が強烈に強すぎた(今はだいぶ良い感じで自己肯定感が高まり自己否定が緩まった)。

そもそも私はオール1の子どもだったから、その私がアメリカの大学に行くとか、今普通に社会人できてるとかいうのが奇跡的で、今の私を知る人たちは「賢い」とか「頭がいい」などと言ってくれるけど、元はそうじゃないから努力して今のところにまでたどり着いてる。

だから色々できるようになっても、私の場合は元が良くてできたわけではないから、自分の中の「できない自分」というのはいつもどこかにいる。

そして何かがかなり高いレベルでできるようになっても(例えばTOEIC925点叩き出したこととか)、上には上がいるのを知ってるから、そこと比べては自分はまだまだという、今考えるとしなくてもいい背比べをして自分を下に見てしまう癖は長いこと抜けなかった。

そしてもう1つ。

努力の末手に入れた評価はあっても、ダラダラしてる自分や社会から離脱してる自分を評価されることはなかった。

13ヶ月の引きこもりやそこに至るまで、その後も、色々できない自分に対してたくさん批難を浴びたし、正論だけどそれは私には人格の全否定並みの言葉の凶器となってやってきたものもあった。

だから頑張り続けないと社会の中では生きていけないと勘違いし(今はそこがだいぶ変わってきた)、そういう意味でも自己否定が私は強かった。

何もない何もしてない自分には価値がないとものすごく長いこと信じてた(今は違う風に思ってる)。

それにプラスして過去の色んな出来事により、私は二重にも三重にも自分がダメな人間なんだと思わざるを得ないようなことを体験してるから、余計と自己否定が強かった。

そういう色々なこと、そして何をしても長続きしない自分を見て、仕事の上で成功するイメージというのがほとんどと言っていいほど持てなかった。

成功するには頑張りというものがセットみたいに見えていて、そこまでして何かを成し遂げたいとは一ミリも思えなかった。

これにもぜーんぶ色んなカラクリがあって、本当の自分の道に行くための伏線だったと気付き出したのは最近で、だからとにかくそんな自分がしあわせになっていいとは思えなかった。

パートナーシップはもっとダメージが強かったから、もう見て見ぬ振りをずっとずっとしてきた。

この度本気で心から惹かれる人と出逢えてもまた事態は自分の望む方に行かず、私はそれに対しても止まない気持ちとは裏腹に実はそっと目をつぶることをしてた。

惹かれて仕方ないものの、現実的には何1つ望んだ関係にはならず、もう直視するとあまりにも辛くなってくるから、だから目をつぶることをしてた。

気持ちは相手に向いてても、現実のことは違うから、その折り合いをつけるべく痛みから自分を遠ざけることで何とか誤魔化してた。

だから私は魂的な繋がりなんかよりも普通にやり取りできる関係に憧れた。

私よりも何百倍も真っ当な社会人をしてる相手に「私たち魂的な繋がりがあるんだって!」なんて言ったら(言わないけど)、ますます頭のおかしな人として見られるし、それこそそんなの絶対に意味がわからないと思う。

まぁそんなこと伝える機会もなくここまできてるからいいけれど、仮に機会があっても私はそのことは相手が何かを感じて口にしない限り自分から言おうなんて思わない。

そのおかげか何なのか、現実離れしたハリーポッターみたいな摩訶不思議な世界の体験は雨あられのようにやってきたけれど、私が欲しいのはそんな体験じゃなく、好きな人と共に穏やかに小さな生活を営むことだった。

それさえも叶わない自分の小さな願いって何なのかと真面目に思った。

その状態があまりにも悲しくて、みんな周りが普通に結婚してるのに私は何でそのみんなができることができないのか、そしてダメならダメで次に進めないのか、もうあまり手をつけたくない分野だった。

その人云々じゃなくて、過去からずっと続いてる傷が大爆発しそうな雰囲気をプンプン醸し出してるから、私はさすがにそれは触りたくなくて「逃げる」ことにした。

関係ないけれど、心理の療法を学ぶ中で私は「逃げる」ことも大切な1つの手段だということを覚えた。

逃げちゃダメなんて思うと余計にキツくなるから、逃げ道があるなら逃げていい、それが今の私のモットーになってる。

とにかくそんな風で、パートナーシップを結んでしあわせになるとか、もうそれこそ考えたら一番具合が悪くなるから、考えることからわざと遠ざかっていた。

そうやって自分の身を守っていた。

でも「幸せになるんだよ❣️」の一言で私は気付いた。

私、しあわせになってもいいんだなって。

これまではそれを自分に許してなかっただけだって。

エープリルフールの日、人生で初めて泣くぐらいに頭が痛かったのは、そうした自分の中に蓄積された負の思い込み(=自分にとって有害な毒)が抜けるために起こってたんじゃないかと思った。

あまりにも無意識下でそうなってたから、そんなことを普段から思ってる自分にさえ気付かなかったけれど、多分もうそんな考え方要らないよね!ってなって、体から抜けてくれたんだと思う。

仕事を通じてしあわせになってもいい。

パートナーシップを結んでしあわせになってもいい。

今すぐどうこうなるとかではなくても、少なくとも「しあわせになれない」とか「しあわせになっちゃいけない」ではなくて『しあわせになってもいい』って思えたことは私にとってとてつもなく大きかった。

だから「幸せになるんだよ❣️」は私の頑な心を溶かす魔法の言葉だった。

2017年11月20日月曜日

涙の種類

「女に生まれて良かった」と普段そんなことを思うことはないけれど、自分が泣く時は「女で良かった」と思う。

最近は、泣ける時に泣いている。

数年前から私はある種の泣き力を手に入れた。

それは、過去に流せなかった涙を今の時に流すという力。

泣けなかった当時は、色んな理由で泣かない。

我慢して泣かないこともあれば、感情が凍結して泣かないこともある。

もちろん他の理由で泣かないこともある。

そうした涙たちを、今になってきちんと流せるようになることがある。

最近は特にそういうことが増えてきたから、だから当時の記憶がよみがえってきた時はかなり積極的に泣いている。

そうすると気持ちもすっきりするし、過去も癒されるし、また次に進める、そんな風に感じる。

 

最近色んな涙を流してみて、「涙にも色んな種類があるんだな」と泣きながらぼんやり思う時があった。

人を想って勝手に流れてくる涙もあれば、過去の辛かったことを思い出してその時の気持ちを再現して流れてくる涙もある。

行き場のない気持ちを涙が代弁してくれることもある。

涙を流せば流すほど、無限大に種類のある涙を前に、色んな涙を流せるようになったことにただただ感動する。

 

そんな折、ふと「男の人ってどうしてるんだろう?」って思った。

これは私の個人的な持論だけれど、基本的に男の人の方が涙もろいと思う。

私が子どもと関わる仕事をしていた時のこと。

ある年齢までは圧倒的に男の子の方がよく泣くしすぐ泣く。

それは子どもを産む力を持つ女特有の強さなのか単なる女の遺伝子の強さなのかはわからないけれど、女の子たちは男の子ほどには泣かない。

むしろ女の子たちは小さな頃から泣いてごまかす術をなぜか本能的に持っていることが多くて、私は女の子たちによく「泣いてもだめ、だめなものはだめ。泣いても許されないんだからね」とよく言っていた。

私がそういう駆け引きが通じない相手とわかると、女の子たちは泣かなくなる。

その点男の子たちは、とにかく少しでも痛みや苦しみや不都合が生じるとすぐ泣いていた。

別にごまかそうとしているんじゃなくて、「あ~ん、どうしよう?わかんない!どうしていいかわかんない!」という感じの泣き方だった。

男の子の方が、とても純粋に自分の痛みや苦しみ悲しみに純粋に反応しているように私には見えた。

だけど、これもある程度の年齢までで、何年と同じ子どもを見ているとある時から男の子たちは泣く回数が減るのがはっきりとわかる。

そして年齢がある程度に達すると泣かなくなる。

それは精神的にタフになったんじゃないと思う。

「泣くことは恥ずかしいこと」「男は泣いちゃだめ」みたいなそういう社会的風潮を学んでいく、その過程で泣く回数が激減するんだと思う。

だからまだギリギリ泣ける男の子たちとは、私はよく一緒に泣いた。

気持ちを少しでも共有することが大切な気がしていたから。

そして私は一度として男の子たちに「泣くことは恥ずかしいこと」とか「男は泣いちゃだめ」なんていうことを言ったことも思ったこともなかった。

同じ人間なんだから、泣ける時は泣かないと…と思っていた。

 

話は戻して、成人男性。

本当にどうやって泣きたいような気持ちを自分の中で解消しているんだろうと思う。

泣かなくても日常生活には支障がないと思う。

私が過去の涙を流さずに何年も何十年も生き長らえるところを見ても、別に泣かなくても生活はできる。

でも、「泣かなかった=解決できた」ということではないことをよく知ってる。

単に感情を押し殺しただけのことも多々ある。

そういうものって、一体どうやって自分の中で折り合いをつけていくんだろうと思う。

 

そんなことを思って運転していたら、突然過去に学んだことがヒントとして出てきた。

世の中に存在する音の種類は全部で13種類ある、とのこと。

ドレミファソラシの7個と、黒鍵にあたる5個(シャープやフラットの部分)、足すと12個。

じゃあ13種類目の音は何でしょう?と講師の方は楽しそうになぞなぞを出した。

まさかと思い「無音ですか?」と聞いたら「ご名答!その通り!」と言われた。

「音がない状態」それが13種類目の音だと言う。

 

これ、涙にも言えるんじゃないかと思った。

固体として流される涙と、そして流さない涙、その両方を涙とすること。

流さない涙も涙としてきちんと存在していること。

それは目には見えない涙だけれど、きちんとひとりひとりの中に持っている「涙」だと思う。