この間、過去の家計簿的なノート(家計簿とは違って、何が自分の手元にやって来たのかをひたすらメモするノート)を見て、ペンジュラムを買った時のレシートを発見。
2016年5月17日。
値段は税込1,000円也!
元どころかそれの何十倍もの働き方をしてくれて、ペンジュラムには頭が上がらない。
こんなに酷使されるとはペンジュラムは知ってたんだろうか。
(今聞いたら、知ってたらしい驚!)
私を持ち主として選んでくれてありがとう、という気持ちでいっぱい。
本気の引きこもり的な生活に入って2週間?3週間?。
驚いた。
妹たちがいなくなってからまだ1週間だ!
だからこの今のパターンになって1週間。
そんな中、ペンジュラムが2、3日前からまた1つバージョンアップした。
最初手元にペンジュラムがやって来た時は、YES(時計回り)とNO(縦揺れ)しかなかった。
この2つで十分だったし、お店にあった説明にも「YESとNOを聞く」という指示しかなかったから、それが普通だと思ってた。
去年の12月に入ったか入らないかの頃、朝の通勤中にペンジュラムは新しい動きを見せた。
時計の反対回りに回った。
それは何十回、もしかしたら100回以上聞いた質問だったから、すぐに意味の見当がついた。
多分単なるNOじゃなくてスーパーNOだと。
ペンジュラムに聞いたらそうだと出た。
それはある日突然のことでとても驚いたけれど、その後からスーパーNOの動きは定着した。
あれから約半年、普通のNOよりスーパーNOの方が増えたと思う。
普通のNOは、単純にわかりきってることや、まぁNOでも私が困らないことみたいな感じ。
例えば、「私は◯◯(←妹の名前)ですか?」みたいなことを聞くと、普通にNO。
今さらだけど、同じ質問をずっと続けてするのは大切だと気付いた。
私の場合は、NOの動きは妹の名前で確認するのがこの2年の鉄板の習慣だった。
おかげでいつも同じ動き方=「単なるNOは縦揺れ」ということが確認できたから、スーパーNOの動きがNOとは違うとわかる。
ペンジュラムの動きを確認するためには、同じ質問で絶対に答えが変わらないものを常に聞くのは大事なステップだったんだと今さら気付く。
反対にスーパーNOは、真実と絶対に違うという意味だったり、今動いてはいけないから私をストップさせるためだったり、まぁ色んなパターンがある。
だからスーパーNOの動きが出ると「これ絶対的なNOなんだ」とか「今違うんだ」とか「これダメなんだ」というのがわかる。
その理由はその時はわからなくても、後々にわかる。
冬の大寒波あたりからかな?覚えてないけれど、わざとペンジュラムはYESを出して、実は真逆だったことが時々ある。
ペンジュラムがYESと出たから実際にお店に行ったりしてみると、ものがなかったり、全然見当違いのところに着くこともあった。
最初こそ戸惑ったけれど、それが時間稼ぎでタイミングを合わせるために起こってることや、止むにやまれない事情でそこに行く必要があったことがわかったから、今では納得できなくてももうそのように解釈している。
ペンジュラムが指し示すところに行って初めて予定もしてなかった情報を手にするなんてこともかなり増えた。
その時はわからなくても、ペンジュラムは人間の私とは違う視点で私にとっての最善を示してくれる。
そう思っていつもペンジュラムの答えを眺めている(いや、渦中は、「えー!なんで⁉︎なんでそれなの⁉︎」と悪態ついてる…汗)。
そんな風にして、ペンジュラムと二人三脚、息を合わせて私のベストとなることを探り探り共に歩んできた。
そこに加えて2、3日前から、また新たな動きが出てきた。
今回は質問がものすごく私情を挟んだもので、それこそ毎日聞いてる質問ではあったけれど、私情がくっついているからその新しい動きを見てものすごく不安になった。
新しい動きはこんな風だ。
まずは左右に横揺れ、言葉通り最初左側に動いてから右側へ、また左に戻って右へと、とにかく左右にしばらく横揺れする。
平均して数回横揺れをした後、今度はペンジュラムは通常のYESの時計回りに動きを変える。
最初見た時、「何これ?」と思った。
「ガクブル」というブログ用語みたいなのがあるけれど←ずっと使ってみたかった、本当にガクブルガクブルの世界だった。
(ガクガク、ブルブルを足してガクブルだと思う。)
最初はたまたまかもしれない…と考えて、もう一度と言わず何度もその同じ質問で聞いてみた。
やっぱり数回の横揺れの後時計回りのYESに変わる。
とりあえずペンジュラムに聞いた方が早いと思って、まずはその動きが「YES」で合ってるかを聞いた。
これはYESで合ってた。
安心した。
だけど、どういう意味なのかはわからない。
最初あれこれ聞いたけれど、どれもNOが出て、混乱した。
例えば「YESはYESでも、迷いに迷ってのYES?」とか。
「YESだけど、やっと心に決めたYES?」とか。
「もしくはYESでもNOでもないってこと⁉︎」とか。
何せその動きを見せた時の質問が悪いというか、ものすごい私情を挟んでたから、信憑性のほどがわからなかった。
これが私の私情を挟まないものなら判断もつきやすかったけれど、自分の情が絡んでいて、しかも情の中でも一番情に偏ったものだから、判断が難しかった。
要は、NOが出てきて欲しくないという気持ちが強いから、YESはYESでもスッキリしない内容だった。
で、今のところわかったのは「スーパーYES」だということ。
たまに横揺れが異常に長いものがあるけれど、それはペンジュラムいわく、「スーパーYESの中でも超スーパーYES」という意味らしい。
みんなに聞かれることの1つに、私がペンジュラムの動きを操作してるのか?ということがある。
私は一切操作できない。
ペンジュラムが勝手にひとりで動く。
私の意思も全く関係ないし、反対に無理矢理ペンジュラムを動かしたとしても、そうすると途中でペンジュラムの動きが止まる。
最初に見た日、スーパーYESかどうかを聞かなかったのには訳がある。
基本的にスーパーYES的な動きは1つあって、それでこれまで長いこと判断をしていた。
それまでのYESとスーパーYESの違いは、YESの時の回り具合で判断してた。
普通のYESなら普通に回る。
弱めのYESなら弱めに。
反対にスーパーYESの時はものすごい勢いでグルグル回る。
回り方に強弱があるから、それは私から見るとわかるから、そうやって判断してた。
その辺りの回り具合は今も変わらない。
だけど、この度出てきたスーパーYESは、本物のスーパーYESらしい、ペンジュラムいわく。
あの後から質問を変えて聞いてみた。
今のところわかったのは、相当な強い意志を伴ったものでないとスーパーYESにならない。
「私は武士俣史子です」とか「この内容でブログアップします」とか、そんな程度では単なるYESでスーパーYESは出ない。
さすがに全部は聞かないけれど、内容が微妙だったり際どいことは、ペンジュラムにアップして大丈夫かどうかは聞く。
本当は今回のスーパーYESの動きを見せた質問をこのブログに書こうかと思ったけれど(そっちの方が私が話しやすかったから)、それはスーパーNOが出たから止めた。
なんとなく、質問は出せないなと思ったら案の定だった。
その質問を話してもいい人は1人しかいないし、その人以外には一切伝える必要がないことも分かりきってるから、だからペンジュラムはブログにアップすることに対してスーパーNOを出してきたと思う。
とにかくまだスーパーYESは検証中だから、これからまたさらに理解を深めていく。
1つだけ今わかっていることがある。
スーパーNOが出た時の最初の質問と、今回のスーパーYESが出た時の最初の質問には共通することが1つある。
その共通点に関する質問で、どちらも新しい動きが始まったから、その共通するポイントが大切なヒントなんだと思う。
確かにその共通点のものは、単に名前を聞いてYESNOを確認するとか、特定の場所に行くとか行かないとか、そんな軽い内容じゃない。
言うなれば、そのことにより私の人生の出来事が大きく変わったから、それだけの影響力のものだということが根底にあるから、だからスーパーNOもスーパーYESも出現したんだと思う。
私にはさっぱりわからないけれど、なんとなく私側の準備が整うと、ペンジュラムもそろそろいいだろうと判断して新技を見せてくれる気がする。
ペンジュラムから見てどんな判断基準なのかはわからないけれど、私の方で受け入れられる、さらにはきちんと自分の中で分析したり落とし込んだりすることができる、とわかると次行くよ!と言わんばかりに新しい動きが生まれる感じがする。
もし最初にスーパーNOもスーパーYESも出てしまったら、私はただただ混乱したばかりだし、「ペンジュラムってよくわかんないな〜」と私のことだから思いかねない。
2年、本当に感慨深い。
最初の頃、店頭で聞いた質問を2つ覚えてる。
私、地元に戻って大丈夫?って。
アパートも解約の手続きして、荷物も徐々に手放し初めて、もう住めなくなる状況がわかってたにも関わらず、往生際悪くいつまでも「本当に帰るの?」と思ってた。
表面的な手続きとかは進んでも、心は定まり切らなかった。
そんな時に、ペンジュラムが「大丈夫!」と言わんばかりにYESにきれいに回ったのを見て、初めて、とにかく新潟に戻ると決めてから初めて少しだけ安心できた。
何回聞いてもペンジュラムはYESに回った。
もう1つの質問は、どのペンジュラムが私と家に一緒に帰るかだった。
見た目に大差はなくて、私にはこれがピンとくるというのも正直なかった。
その中のどれかが来てくれるなら、どれでも良かった。
だけど、今手元にあるペンジュラム以外はみんなNOだった。
まるで最初から私が持ち主だよと言わんばかりに、1つのペンジュラムしか帰るに対してYESと言わなかった。
まさか2年もすると、こんなにも色んな景色を見せてくれるだなんて、当時は想像さえできなかった。
もっと軽い気持ちで考えてたし、遊び心もたくさんあったから、今いる世界に自分が身を置くなんて、正直思っていなかった。
ペンジュラムはこの2年間、本当に私のお守りで守護神じゃないけれど私を全力で護ってくれるものだった。
本気で色々心細かった時に、いつもそばにいてくれた。
迷子になれば家までの道を教える。
自分の決断に自信がなければ背中を押してくれる。
大切なものに繋がっていけるよう、その場所をそっと教えてくれる。
物事のタイミングもピンポイントでこの時だよと伝えてくれる。
ペンジュラムが伝えてくれた色んなことは、私1人では到底到達できないものばかりだった。
昨日の夜、この時を何と表現しようかと考えた。
「誕生日」では少しおかしい。
だってペンジュラムの誕生日は絶対に今日じゃないから。
出逢い記念日とか?
なんかダサい。
色々言葉を並べて決めたのが
Second Anniversary
だった。
セカンド・アニバーサリー、うん、響きが良い!
ということで、今日はそのお祝いでケーキを食べてくる。
来年はそうなると
Third Anniversary
になる。
サード・アニバーサリーは響きが好きじゃないから、名前は変えようと思う。
2018年5月17日木曜日
2018年5月16日水曜日
本屋での人間観察
ホロスコープの本を書店で見るようになってから、時々そこで他のお客さんを見るようになった。
これは少し面白い現象で、私個人の観察による発見を1つ紹介。
県民性の違いなのか、都市と田舎の違いなのか、名古屋と新潟では全く違うところがある。
名古屋にいた頃、ジュンク堂書店が1番のお気に入りでよく行ってた。
1番好きなジュンク堂はちょっと変わった造りで、地下1階が雑誌・漫画・小説・新書・実用書・絵本なんかのコーナーで、そして同じビルの7階には各種専門書だけを集めたコーナーになっていた。
間の階はロフトだの他の専門店だのが入った、ちょっとしたショッピングビルのような感じだった。
そこの精神世界のコーナーが1番充実してたのと、行くと毎回何かしらの閃きが湧きやすいのとで、私の中でそこはちょっとしたパワースポットだった。
ついでに言うと、ビジネス書もすごい充実してて、私はスピリチュアルとビジネスとそれぞれ別ジャンルの本なのに同じことを言ってることを見つけるのも好きで、それを見比べるのに絶好の配置の書店だったから、それも気に入ってた。
当時はホロスコープには全く興味がなかったけれど、スピリチュアル系の書籍の種類によってはなぜか占いコーナーに属するものがあって、それで占いコーナーには時折足を運んでた。
マニアックな内容なのに、精神世界ではなく占いコーナーに陳列されてるのが不思議だった。
ちなみに占い系は地下の方になる。
反対に精神世界系はもうガッツリ数メートルに渡る大きな棚1列分が7階の一部にあった。
コンビニの端から端ぐらいの長さはあったと思う。
で、新潟の片田舎と名古屋の大きな違い。
名古屋では精神世界コーナーは大きいのもあって、まず誰かしら必ずそのコーナーにいる。
これはそのお気に入りのジュンク堂に限らず、そこそこの規模の書店は皆共通してそうだった。
たまに20〜30代のイケメン風な人もいて、こんな人も読むんだと驚いたりもした。
今度は反対に地下の占いコーナーに行く。
そこで誰かとかち合うことはほぼほぼなかったと思う。
すぐ近くに体のマッサージだとか体に良い療法や食べ物なんかの本のコーナがあったから、それを見てる人たちはいても占いコーナーはほぼ毎回誰もいなかった。
新潟では、現象が反対になる。
精神世界コーナーはまずほとんど誰もいない。
私がそうだったからわかるけれど、怪しいコーナーゆえに大抵の人は避けるどころか、そのコーナーの存在すら知らないと思う。
逆に占いのコーナーに行くと、けっこうな確率で誰かしらいる。
みんな女性ばかりだけれどいる。
昨日なんかはすっごいキレイな30前後の女の子が超一生懸命に今年の運勢を立ち読みしてたから、思わず見とれてしまった。
もちろん声なんてかけないけれど、心の中では思ってしまう。
そんなに一生懸命読むなら、ホロスコープの解読の方が面白いよ、って。
私は細木数子が出してるような今年の運勢みたいなのは、疑ってるわけじゃないけれど、ちょっと首を傾げてしまうところがある。
(個人的に細木数子は好き。今はわからないけれど、テレビによく出てた頃は、あの人が放つ言葉の奥深さや優しさがすごく好きだった。)
この2、3年の話だと思うけれど。
いつかの年、私は数冊違う種類の来年の運勢を見た。
基本的にどれも自分の生年月日から割り出した数なり型なりを当てて、それで読んだ。
色んな流派があっていいと思うし、それぞれ専門があるからそれもそれで一定の敬意は持ってるつもりでいる。
けれど、何が信用できなかったかと言えば、流派によって全く違う運勢を言われるところだった。
私という1人の人間に対して、しかも生年月日はどの流派で読んでも私の生年月日だから同じなのに、言うことがてんで違う。
それを見ていて、良いことが書かれていても半信半疑だったし、悪いことが書かれていても「これは違う」と判断してた。
しかも手法の名前は全く覚えてないけれど、ある1つの方法は私と同じ年に生まれた人はみんな同じ型になっていた。
その365日みんなが一緒という考え方には、「無理がありすぎでしょ!」と思った。
だから、私はその見比べをしてから運勢を見なくなった。
それまでも雑誌で見る程度だったけれど、あの手の本は確実に何かが違うと私は思ってた。
そう思うと、ホロスコープに行き着いたのは、ある意味必然だったのかもしれない。
要は大勢の人たちに向けた運勢や性格じゃなくて、自分だけに特化した情報がずっと欲しかったから、そういう意味でホロスコープは完璧なツールになってる。
少し話は変わるけど、私が占いのおばちゃんにお金を払ってまで見てもらってたのは、私個人のことから読み取ってくれるから。
おばちゃんが使うのは私の生年月日と名前だけ。
名前はもしかしたら、調べる時に使ってないかもしれない。
しかもおばちゃんはものすごい勢いで過去も未来も当てた。
ちなみにおばちゃんもホロスコープのようなものを触ってると今は思う。
なぜなら、おばちゃんもホロスコープ鑑定の人と同じことを言ってたから。
私は前回12月に訪ねた時、またもやピンポイントで「今年の6月」と言って、その時の運勢がどうだったのかを見てもらった(実際は去年の6月)。
「あなたそこで仲間に会ってるわね、縁のある人と会ってるわね」
おばちゃんはそう言った。
私はその人は友達じゃなくて、出会った場所は職場だと言ったら、「それを、仲間って言うの。同じ仕事の人は仲間でしょ」と言われた。
度肝を抜かれた。
毎回あのDSみたいな機械は何をおばちゃん(正しくは80越えのおばあちゃん)に伝えるのか知らないけれど、本当にピンポイントで出来事を言い当ててくる。
でもそれについてはもう何をどう触れていいかもわからなくて、それ以上の質問はしなかった。
まぁとりあえず予定通りのことが起こったことだけはわかった。
「予定通り」という言い方をする理由がある。
おばちゃんは、過去にも恐ろしいほどにピンポイントで、何年何月に何があったということをその機械で特定して私にあれこれと言ってきた。
「あなた何年何月ぐらいに、これこれこういうことがなかった?」という具合に聞いてくる。
あまりの的中率に、しかも過去だけじゃなく未来も(未来は具体的な時期は言わないけど、起こってくる事象は予言のごとく言う)だから、私の中では「計画通り」と言わざるを得ない。
ちなみにその仲間と言われた人とのことをそれ以上聞かなかったのは、「それ以上何もないわよ」とおばちゃんの口から言われるのが怖かったから。
あのおばちゃんなら当ててくる。
過去に大当たりしたことは、私が絶対に起こらないと信じていて、おばちゃんがどんなに有能な占い師さんでもそれだけはないと本気で私は思った。
だけど、その2、3年後、おばちゃんが言ったことは現実に起こった。
嘘のような本当の話だった。
そして私はそのことが起こるその時まで、おばちゃんの予言めいた話を一度も信じたことがなかったし、そんなのあるわけないと決めつけてた。
そんなことが過去にあったから、だからおばちゃんが言う未来の予測は100%みたいな感じに見えるから、それで怖くて聞かなかった。
もう何もないならないで、自分の時間の経過の中で知るのがその時は良いと思ったから。
話が飛躍したけれど、純粋に個人の生年月日とかだけを見てそれを深く分析していく、その方法しか私は信じてないのかもしれない。
唯一星座占いだけは昔から信じていて、運勢云々よりも性格は本当に当たっていたから、それで信じてた。
さっき運勢は見ないと言ったけれど、石井ゆかりさんの著書だけは別で、『3年の星占い 2018ー2020 魚座』は買ったし読んだ。
これはホロスコープ鑑定を受ける2ヶ月ぐらい前に買った。
前回の3年分が1冊になった本も買った。
大まかな流れと個人の流れが妙に合致していて、それで読んだ。
しかも魚座だって1ヶ月ぐらいの流れがあるし、さらには年齢を含めたら膨大な数の人がいる。
だけど当たってるからすごい。
ちなみに2人の魚座友達も当たってると言って、同じ本を買ったよと教えてくれた(当たってるから、ぶっしーも見てみて!みたいな感じで連絡が来た)。
今考えたら、石井ゆかりさんもホロスコープを基準にして見てる方だ。
ホロスコープはその星座とその他の色んな要素を織り交ぜて読み込むから、私に本当に合ってるツールだと思う。
占いコーナーで人を見かける度に、しかも本気でガチで運勢的なものを読んでる人を見る度に、ホロスコープ良いですよと教えたくなる。
ああいうのを必死で読む心情は、想像するに、それ相応の重大な決心をしないといけないか、人生の転機的な位置にいると思う。
もしくは意味不明なことが続いたりして、これは何だろう?なんて思うんだと思う。
私は「意味不明」という言葉がけっこう好きで、このブログでもよく使うけど、その理由は2つあって。
本当に意味がわからなくて「意味不明」と言う時(←最近はこの方が多い)。
もう1つは、自分にとって大変だったりきついことを「意味不明」とわざと言うことで輪郭をぼやけさせる時とがある。
だから先に書いた意味不明の意味不明は、多分当人にとったら相当キツいものがやってきてると思う。
そういう時は何かにすがりたくなる。
だからみんな必死で読んでるんだろうなぁと思う。
これを読んでくれた方に最後少しだけ豆知識を!
今日5月16日に、天王星が牡羊座から牡牛座に移動した。
7年ぶりに。
これから2025年ぐらいまでが天王星牡牛座時代になるということで、時代に対応した自分作りのヒント。
自分にとっての正しいとか好きとか心地よいとか大切とかいう基準を大切にすること。
その際に、自分のペースを大事にすること。
あとは、自分の五感、触覚・視覚・聴覚・味覚・嗅覚が反応するもの、その自分の五感にとって気持ち良いものを選ぶこと。
その辺りが大切と色んなホロスコープの専門家たちが言ってた。
大切と言うより、その方法がこれからの時代を「生き抜く」ヒント、ぐらいな感じで紹介されてた。
詳しく知りたい方は「天王星牡牛座」で検索したら、多分あれこれ出てくると思います。
「多分」というのは、私はホロスコープの調べ物の途中で見つけてるから、実際にその言葉で検索してないからわからない…。
これは少し面白い現象で、私個人の観察による発見を1つ紹介。
県民性の違いなのか、都市と田舎の違いなのか、名古屋と新潟では全く違うところがある。
名古屋にいた頃、ジュンク堂書店が1番のお気に入りでよく行ってた。
1番好きなジュンク堂はちょっと変わった造りで、地下1階が雑誌・漫画・小説・新書・実用書・絵本なんかのコーナーで、そして同じビルの7階には各種専門書だけを集めたコーナーになっていた。
間の階はロフトだの他の専門店だのが入った、ちょっとしたショッピングビルのような感じだった。
そこの精神世界のコーナーが1番充実してたのと、行くと毎回何かしらの閃きが湧きやすいのとで、私の中でそこはちょっとしたパワースポットだった。
ついでに言うと、ビジネス書もすごい充実してて、私はスピリチュアルとビジネスとそれぞれ別ジャンルの本なのに同じことを言ってることを見つけるのも好きで、それを見比べるのに絶好の配置の書店だったから、それも気に入ってた。
当時はホロスコープには全く興味がなかったけれど、スピリチュアル系の書籍の種類によってはなぜか占いコーナーに属するものがあって、それで占いコーナーには時折足を運んでた。
マニアックな内容なのに、精神世界ではなく占いコーナーに陳列されてるのが不思議だった。
ちなみに占い系は地下の方になる。
反対に精神世界系はもうガッツリ数メートルに渡る大きな棚1列分が7階の一部にあった。
コンビニの端から端ぐらいの長さはあったと思う。
で、新潟の片田舎と名古屋の大きな違い。
名古屋では精神世界コーナーは大きいのもあって、まず誰かしら必ずそのコーナーにいる。
これはそのお気に入りのジュンク堂に限らず、そこそこの規模の書店は皆共通してそうだった。
たまに20〜30代のイケメン風な人もいて、こんな人も読むんだと驚いたりもした。
今度は反対に地下の占いコーナーに行く。
そこで誰かとかち合うことはほぼほぼなかったと思う。
すぐ近くに体のマッサージだとか体に良い療法や食べ物なんかの本のコーナがあったから、それを見てる人たちはいても占いコーナーはほぼ毎回誰もいなかった。
新潟では、現象が反対になる。
精神世界コーナーはまずほとんど誰もいない。
私がそうだったからわかるけれど、怪しいコーナーゆえに大抵の人は避けるどころか、そのコーナーの存在すら知らないと思う。
逆に占いのコーナーに行くと、けっこうな確率で誰かしらいる。
みんな女性ばかりだけれどいる。
昨日なんかはすっごいキレイな30前後の女の子が超一生懸命に今年の運勢を立ち読みしてたから、思わず見とれてしまった。
もちろん声なんてかけないけれど、心の中では思ってしまう。
そんなに一生懸命読むなら、ホロスコープの解読の方が面白いよ、って。
私は細木数子が出してるような今年の運勢みたいなのは、疑ってるわけじゃないけれど、ちょっと首を傾げてしまうところがある。
(個人的に細木数子は好き。今はわからないけれど、テレビによく出てた頃は、あの人が放つ言葉の奥深さや優しさがすごく好きだった。)
この2、3年の話だと思うけれど。
いつかの年、私は数冊違う種類の来年の運勢を見た。
基本的にどれも自分の生年月日から割り出した数なり型なりを当てて、それで読んだ。
色んな流派があっていいと思うし、それぞれ専門があるからそれもそれで一定の敬意は持ってるつもりでいる。
けれど、何が信用できなかったかと言えば、流派によって全く違う運勢を言われるところだった。
私という1人の人間に対して、しかも生年月日はどの流派で読んでも私の生年月日だから同じなのに、言うことがてんで違う。
それを見ていて、良いことが書かれていても半信半疑だったし、悪いことが書かれていても「これは違う」と判断してた。
しかも手法の名前は全く覚えてないけれど、ある1つの方法は私と同じ年に生まれた人はみんな同じ型になっていた。
その365日みんなが一緒という考え方には、「無理がありすぎでしょ!」と思った。
だから、私はその見比べをしてから運勢を見なくなった。
それまでも雑誌で見る程度だったけれど、あの手の本は確実に何かが違うと私は思ってた。
そう思うと、ホロスコープに行き着いたのは、ある意味必然だったのかもしれない。
要は大勢の人たちに向けた運勢や性格じゃなくて、自分だけに特化した情報がずっと欲しかったから、そういう意味でホロスコープは完璧なツールになってる。
少し話は変わるけど、私が占いのおばちゃんにお金を払ってまで見てもらってたのは、私個人のことから読み取ってくれるから。
おばちゃんが使うのは私の生年月日と名前だけ。
名前はもしかしたら、調べる時に使ってないかもしれない。
しかもおばちゃんはものすごい勢いで過去も未来も当てた。
ちなみにおばちゃんもホロスコープのようなものを触ってると今は思う。
なぜなら、おばちゃんもホロスコープ鑑定の人と同じことを言ってたから。
私は前回12月に訪ねた時、またもやピンポイントで「今年の6月」と言って、その時の運勢がどうだったのかを見てもらった(実際は去年の6月)。
「あなたそこで仲間に会ってるわね、縁のある人と会ってるわね」
おばちゃんはそう言った。
私はその人は友達じゃなくて、出会った場所は職場だと言ったら、「それを、仲間って言うの。同じ仕事の人は仲間でしょ」と言われた。
度肝を抜かれた。
毎回あのDSみたいな機械は何をおばちゃん(正しくは80越えのおばあちゃん)に伝えるのか知らないけれど、本当にピンポイントで出来事を言い当ててくる。
でもそれについてはもう何をどう触れていいかもわからなくて、それ以上の質問はしなかった。
まぁとりあえず予定通りのことが起こったことだけはわかった。
「予定通り」という言い方をする理由がある。
おばちゃんは、過去にも恐ろしいほどにピンポイントで、何年何月に何があったということをその機械で特定して私にあれこれと言ってきた。
「あなた何年何月ぐらいに、これこれこういうことがなかった?」という具合に聞いてくる。
あまりの的中率に、しかも過去だけじゃなく未来も(未来は具体的な時期は言わないけど、起こってくる事象は予言のごとく言う)だから、私の中では「計画通り」と言わざるを得ない。
ちなみにその仲間と言われた人とのことをそれ以上聞かなかったのは、「それ以上何もないわよ」とおばちゃんの口から言われるのが怖かったから。
あのおばちゃんなら当ててくる。
過去に大当たりしたことは、私が絶対に起こらないと信じていて、おばちゃんがどんなに有能な占い師さんでもそれだけはないと本気で私は思った。
だけど、その2、3年後、おばちゃんが言ったことは現実に起こった。
嘘のような本当の話だった。
そして私はそのことが起こるその時まで、おばちゃんの予言めいた話を一度も信じたことがなかったし、そんなのあるわけないと決めつけてた。
そんなことが過去にあったから、だからおばちゃんが言う未来の予測は100%みたいな感じに見えるから、それで怖くて聞かなかった。
もう何もないならないで、自分の時間の経過の中で知るのがその時は良いと思ったから。
話が飛躍したけれど、純粋に個人の生年月日とかだけを見てそれを深く分析していく、その方法しか私は信じてないのかもしれない。
唯一星座占いだけは昔から信じていて、運勢云々よりも性格は本当に当たっていたから、それで信じてた。
さっき運勢は見ないと言ったけれど、石井ゆかりさんの著書だけは別で、『3年の星占い 2018ー2020 魚座』は買ったし読んだ。
これはホロスコープ鑑定を受ける2ヶ月ぐらい前に買った。
前回の3年分が1冊になった本も買った。
大まかな流れと個人の流れが妙に合致していて、それで読んだ。
しかも魚座だって1ヶ月ぐらいの流れがあるし、さらには年齢を含めたら膨大な数の人がいる。
だけど当たってるからすごい。
ちなみに2人の魚座友達も当たってると言って、同じ本を買ったよと教えてくれた(当たってるから、ぶっしーも見てみて!みたいな感じで連絡が来た)。
今考えたら、石井ゆかりさんもホロスコープを基準にして見てる方だ。
ホロスコープはその星座とその他の色んな要素を織り交ぜて読み込むから、私に本当に合ってるツールだと思う。
占いコーナーで人を見かける度に、しかも本気でガチで運勢的なものを読んでる人を見る度に、ホロスコープ良いですよと教えたくなる。
ああいうのを必死で読む心情は、想像するに、それ相応の重大な決心をしないといけないか、人生の転機的な位置にいると思う。
もしくは意味不明なことが続いたりして、これは何だろう?なんて思うんだと思う。
私は「意味不明」という言葉がけっこう好きで、このブログでもよく使うけど、その理由は2つあって。
本当に意味がわからなくて「意味不明」と言う時(←最近はこの方が多い)。
もう1つは、自分にとって大変だったりきついことを「意味不明」とわざと言うことで輪郭をぼやけさせる時とがある。
だから先に書いた意味不明の意味不明は、多分当人にとったら相当キツいものがやってきてると思う。
そういう時は何かにすがりたくなる。
だからみんな必死で読んでるんだろうなぁと思う。
これを読んでくれた方に最後少しだけ豆知識を!
今日5月16日に、天王星が牡羊座から牡牛座に移動した。
7年ぶりに。
これから2025年ぐらいまでが天王星牡牛座時代になるということで、時代に対応した自分作りのヒント。
自分にとっての正しいとか好きとか心地よいとか大切とかいう基準を大切にすること。
その際に、自分のペースを大事にすること。
あとは、自分の五感、触覚・視覚・聴覚・味覚・嗅覚が反応するもの、その自分の五感にとって気持ち良いものを選ぶこと。
その辺りが大切と色んなホロスコープの専門家たちが言ってた。
大切と言うより、その方法がこれからの時代を「生き抜く」ヒント、ぐらいな感じで紹介されてた。
詳しく知りたい方は「天王星牡牛座」で検索したら、多分あれこれ出てくると思います。
「多分」というのは、私はホロスコープの調べ物の途中で見つけてるから、実際にその言葉で検索してないからわからない…。
2018年5月15日火曜日
お気に入りの道具たち【ホロスコープ専用】
ホロスコープの勉強の続きの話。
3月31日の私に感謝したい。
あの日私は「ホロスコープの勉強用のノートは高級な方がいい気がする」と思った(☆)。
人からいただいた大切なお金でもあったから、きちんと形に残るものを買いたかった。
ホロスコープのファーストブックと共に、1000円以上もする「紳士なノート」を買った。
これは買って大正解で、この1ヶ月半、このノートを開くたびに楽しい気分にさせてもらえ、超優秀な頭脳の持ち主みたいな気分にさせてもらえ、さらには使い心地も最高で一度もノートに対して不平不満を持ったことがない。
2冊目の購入がいつになるかわからないけれど、ホロスコープの学びに関しては2冊目もこの「紳士なノート」を買う予定でいる。
4月の中旬頃だった気がする。
ホロスコープのノートに何かを書く度に、もう少しカラーのペンが欲しいと思った。
当時は、基本の黒とピンク、あとは濃い青しかなかった。
3色だけでは若干書く時にわかりづらくて、でももっと他のペンがいるかと言えば本当に必要?と思うこともあった。
大型の文房具店に行った際、ペンも見てみた。
私がもう何年も使っている水性インクのペンがある。
それと同じシリーズで揃えようかと思った。
しかもそれなら、1本で3色出せるし、替え芯もどこにでも売っているし、そして何より書きやすい。
ディズニーやサンリオ、USJなんかと提携しているらしく、大体そのどれかのシリーズのペンフォルダーが毎回発売されている。
今回はお姫様シリーズしかなくて、正直あまり気が進まなかった。
すごい欲しいのかと言われるとそうではない、だけど他の色のペンも必要。
できたら替え芯のインクが別売されてるタイプで…となれば、その姫シリーズから選ぶ他ない。
普段なら延期したと思う。
だけどその時はちょっと見方を変えてみた。
変に聞こえるかもしれないけれど、私の中で今積極的に何とかしたいと思っていることの1つに「女力(おんなりょく)を上げる」というのがある。
自分でもどう定義していいのかわからないけれど、とにかくどんな角度からでもいいから「女性らしさ」というものを自分の中で育むみたいな感じ。
今さらもてたいとか男の人に射止めて欲しいとかそういう理由じゃない。
自分の中の「癒し」というテーマとこの女力の底上げが関係しているから、それでようやくそこに着手してもいいかなと思ってしている。
で、その普段なら絶対に買わない姫シリーズを買って、普段使いするものだけでもそういう女性らしさを演出してみてはどうかと思った。
もしかしたら使っているうちに好きになるかもしれないし、何か自分の中で心動かされるものが生まれるかもしれない。
という、若干本末転倒な感じの理由で買ってきた。
私の読みは、想像以上に良かった。
実際にこの姫のペン(ちなみにネットで調べたら『美女と野獣』のキャラクターらしい)、使い続けるうちにどんどん愛着が湧いてきている。
そしてこのペンを使っている自分もいいなぁと思うようになってきた。
いちいち言い訳しないとやっていけないけれど、私はこういうものを使う自分は「気持ち悪い」とずっと思ってきていた。
自分はそういう女の子女の子しているものを持ってはいけないとか、似合わないとか、もし誰かに見られたら気持ち悪いと思われるんじゃないかとか、まぁ色々思うことはたくさんあった。
(気持ち悪い云々は、私の思い込みではなくて実際に「気持ち悪い」含め色々言われたがゆえに自分の中に持つことになったもの。)
この辺りはもうどこまでさかのぼって癒したらいいのか自分でもさっぱりわからないけれど、私はこういうものを遠ざけることで自分が「女として」という部分が傷つかなくていいようにしてきた。
だから、あえてこのペンを自分のために買ってそして日々使うことで、そういうのが好きだという自分の感覚にも感動しているし、そういう気持ちになれることも嬉しい。
ずっと自分で意図的に抑え込んでいたことを抑え込まなくてよくなって、それでほっとしている自分が生まれている。
続いて買ったのは、方眼のノート。
これは先日たまたま見つけた大型の文房具屋さんで見つけた。
私はこのノートを見るまでは、キャンパスとかもしくは小学生が学校で使うような方眼のノートを買おうと考えていた。
今は色んなデザインのものがあるから、そういう意味ではよりどりみどりの中から選べるだろうと思っていた。
だけどその文房具屋さんに行ったら、この手の花シリーズの表紙の方眼ノートがいくつかあって、一目で気に入ってしまった。
これならずっと長くそして年を取ってからも気持ち良く使えそうと思った。
元々文房具を見ることは好きで、東急ハンズもロフトも大好きだし、伊東屋とかも好きだし、最近の書店併設の文房具屋も好きだったりする。
安売りの大型の文房具屋も最近市内で見つけて、そこはたくさん使うペンの替え芯やその他必要な文具を買う専用に通っている。
そこは雑多な感じだけど、見ていて飽きないからそこも好き。
だけど、このノートを買った文房具店は、これまで人生で行った文房具屋さんで一番雰囲気が好きだった。
何が他と違うのかわからないけれど、とっても居心地が良かった。
平日の昼間ということもあって人はほとんどおらず(文房具は定価で売っているから、多分庶民受けしない)、静かなところでじっくりと商品を見ることができた。
このバラのノートも普段なら選ばない。
だけどせっかく長く使うものなら(しかも用途がかなり限られているから、数年単位で使い続けると思う)、そのものを愛でる気持ちで使いたいと思った。
今の私がこのバラ柄が似合うかと言ったら、はっきり言って似合わない。
だけど使い続けるうちに、そして何かが少しずつ変化するなら、こういうものも似合うようになるかもしれない。
もしくは自分に合ってくるかもしれない。
そういう変化を楽しむのもありだなと思った。
他にもちょっと値を張るものを買った。
基本的に私は、日記帳とそれ専用のペン以外の文房具に関しては「実用性」が大事だから、且つものすごい勢いで使ったりもするから、デザインとかよりも丈夫かどうかとか、続けて買う時に値段的にお得かどうかとか、そういうことを基準にして選ぶことが多い。
デザインが良くても丈夫でないものは困る。
替え芯とかもそうだけど、単価が高いとそれはリピート率が高いものであるほど、自分が気持ち良くお金を払えるかというと少しの抵抗みたいなのがある。
替え芯は100円もしないけれど、私は早いものだと2週間で1本使いきる。
だからあまりに値が張られると、もっと他のものでもいいんじゃないかと思ってしまう。
そういう意味で、性能と値段が私の中で合格ラインのものを選ぶ。
だけど、今回のホロスコープだけは少し違っていて、長く勉強するものなら何となく良質なものを選びたいと思うようになった。
それの1つがこちら、丈夫なインデックス。
値段300円+税。
100均ではなく、あえて文房具屋で高いものを買った。
100均で事が足りるものとそうでないものがあって、特殊な付箋はやっぱりきちんとしたものを買わないとダメだということがわかった。
100均のやつで、糊の粘着が強すぎて、付箋をはがすとノートまで剥げるものが出てきた。
それを見て、やっぱりそこそこ良いものが必要なんだと思うようになった。
紳士のノートの約半分近くを使うようになって、けっこう頻繁に見るページというのがいくつかある。
要は調べ物をする時に絶対的に必要な情報が書かれているページで、そこは幾度となく開く。
多分2日に一度は最低でも開く。
で、その時に毎回探さないとどのページがわからなかったから、それでインデックスが必要になった。
毎日開くノートだから丈夫なものがいいと思い、それで思いきって300円のインデックスを購入した。
こちらも使い勝手が良くてとても気に入っている。
他にもこちらは100均だけど、付箋を時々使うから、ホロスコープの勉強を始めてからわざわざ買いに行った。
物から入ったのではなく、やっていくうちに付箋があった方がいいとわかって買いに行った。
こんな風にして必要だから物を揃えること自体、もしかしたら人生で初めてかもしれない。
(これまでは物から入っていくパターンが断トツで多かった。)
最後にこんなの見ても何の面白味もないと思うけれど、私の「やったぜ!勉強!」と言わんばかりのノートの一部を公開。
自分でもなかなかきれいにまとめてるじゃん!と思う(笑)。
先日このブログで言っていた「水金地火木土天海冥」はこの時に必要だった(☆)。
全部が全部しょっちゅう見る内容ではないけれど、色んなところでそれぞれの情報が繋がったり、繋ぎ合わせることで見えてくることもある。
50枚近いノートを作ったけれど、これはもう一生モノの参考書だなと思う。
だって世の中にこんなに支離滅裂風でも私の興味に沿ったホロスコープの本なんてどこにも売っていない。
これだけの情報を集めるのはなかなかの手間暇がかかるし、普段忙しかったらここまでできない。
一度書いておけばノートを見返せばいいから助かる。
携帯のブックマークの機能もいいけれど、あれだと必要ではない前後の部分も読まないといけないし、何で自分がそれをブックマークしたのか実際に読んでみないとわからない。
だけどノートは一目で何でその情報を私が記録したのかすぐにわかる。
これまでも色んなノートを作ってきたから、ノートまとめだけはやたらと上手くなった。
自分が必要な情報も網羅するようにしている。
ちなみに私が絶対に外さない情報は、
1:情報のタイトル
2:その出典元(ブログタイトル、著者名、アップされた日付とか)
3:そもそものその情報をノートにまとめている日付
この3つ。
探したい時にすぐ探せるという意味で1と2は重要。
3は、これはその時はさして重要ではないけれど、時間が経つとものすごく意味のあることに繋がったりするから、だから残しておく。
最後に超絶やらせ的な写真を1枚パチリ。
実際に勉強している時は、何冊もの本がだぁーっと広げられて、そこかしこにペンやコンパスや定規なんかが転がっている。
一言で言えば「ぐちゃぐちゃ」ということ。
白黒の水玉のノートとその下の写真の表紙のノートも使っている。
一応使い分けていて。
紳士なノート:ホロスコープの学びのまとめ
水玉ノート:ホロスコープ以外のことでの大切な教え
写真ノート:過去のある特定の時に、天体の動きがどうであったかと自分の過去を振り返るための覚書
バラのノート:ハーモニクス占星術専用の学習ノート
本は増えるかもしれないけれど、道具はもう一通り揃ったから、しばらくは今あるもので全部事足りる。
あちこち興味が移ったけれど、今からは基本に戻って勉強をしたいと思っている。
ハーモニクスの本を少しだけ読んでみたら、これは基本がわかってないとかなり厳しいとわかったから、それで今度は基本に立ち返って勉強する。
ちなみにこんな風に計画を立てて勉強を進めるなんて、人生で初めてのこと!
ホロスコープの教科書【続き】
ホロスコープに興味を持つ人がいるかもしれないから、そういう意味でのお薦めの本をまずは2冊紹介。
この本に出逢った時のことはこちら(☆)。
食いしん坊もあなどれない。
東京に行った時にどうしてもスープカレーが食べたくて、そこで入ったお店で見つけた本だった。
見ていたら女の店主さんが「もし気に入ったのであれば、近くのコンビニでコピーしてきたらどうですか?」と言ってくれて数枚コピーしてきた本。
というちょっと変わった経緯で知り得た本。
この本だけは、特にホロスコープの詳しい知識は必要ない。
本の裏側に、1949年~1987年生まれの人の各誕生日ごとの数字が一覧表になっていて、見たらすぐにわかるようになっている。
そして単純な足し算で各年齢ごとの1年のテーマを知れるようになっている。
この本のすごいところは、その1年ごとのテーマがずばり的中するところ。
テーマは全部で360通りある。
360通りもあるのに、ピンポイントでその年の自分のことが表されている。
私が初めてその本を見た時に、わざわざコピーまでしたのは、その本に本当に自分の過去がそのまま書かれていたから。
例えば37歳で名古屋から新潟に戻った時のこと。
「今までのやり方や考え方の基盤が、なだれのようにガラガラと崩れるような出来事が起こるかもしれません。あなた自身も混乱してしまい、今やっていることにどんな意味があるのかわからなくなってしまいそう。」
まさに!という以外の言葉が見つからなかった。
「そんな状況の中、あなたにとって一番大切なものは何か、ということを見直すのが今年のテーマ。」と続く。
本当にその通りの1年だった。
そして色々な説明の最後に
「ひとつの扉が閉じても、想像力をフルに働かせることで、新しい別の扉を見つけられるのです。そうすればこの後何度崩れても、そのたびに立て直せるでしょう。」とある。
これはその時にはわからなくても、今みたいに2年位経つとものすごーく納得できる内容になっていたりする。
もう1つ紹介。
26歳うつと診断された年。
「肩の力をぬいてゆとりのある生活を」とタイトル。
説明文には
「今年は、少しペースダウンして、のんびりやっていきたくなりそう。いままで、どんなことにも積極的にとり組んでいた人は、『無理にがんばらなくていいかな……』と仕事の量をセーブしたり、また実際に長期間休職したり現在のポストを退く可能性も。」
休職はしなかったけれど、本当にやばかったら休職するなり仕事量や勤務日数を減らしてもらえないか相談しようかとまで考えていた。
わかりやすい年を例にしたけれど、例にしていない年だって自分が読めばすぐにわかるようになっている。
こんな風にしてその時その時の自分の年齢のことが言い表されているから、そういう意味でとってもお薦めな1冊です☆
(数人の人にすでに紹介したけれど、みんな度肝抜かれていた!中には早速ポチった人も!)
もう1冊のお薦めの本。
私のホロスコープのファーストブック『星を使って、思い通りのわたしを生きる!』
これは私並みに、12星座を全部言えない人が1からホロスコープを学びたい!と思った時にものすごく丁寧にわかりやすい言葉で説明してくれている本。
アマゾンのレビューとかだとかなりぼろくそにも書かれているけれど、私はそうは思っていない。
それは上の記事でかなり書いたから詳細は省くけれど、私みたいに本当に知識のない人がくじけず最後まで楽しくそして時々涙しながら読めた本。
もし別の本がファーストブックなら私は絶対に今みたいにホロスコープは読み解かなかったと思うぐらいに、人生を変えるぐらいのヒントをたくさん与えてくれた。
続いては、完全に私の独りよがりの本。
これから紹介する2冊の本に共通しているのは、「必要なものはもたらされる」ということ。
1冊目は定価2800円+税のところ、なんと税込250円で購入。
2冊目は著者のサイン入りでなんと1円!
送料含めても200円いかなかった気がする(ポイントも使えた!)。
他の本たちも、何だかんだとポイントとか何かのクーポンが使えて、数十円から数百円の値引きがされて、今のように収入かつかつという時にものすごくありがたい。
特にこの2冊については、探して手にした本ではなく、たまたまの偶然のようなことたちが重なって手にした本だった。
1冊目はこちら。
実は私はこの本を長いこと知っていた。
それも何年も前から。
名古屋の大型書店で精神世界のコーナーに行くと、必ずと言っていいほど見かける本だった。
だけど私はこの本を「ソウルメイト」の本だと勘違いして、一切見向きもしなかった。
今英語のタイトル見たらそうではないとわかるのに、日本語のタイトルに騙された(笑)。
英語を直訳すれば「新月の占星学」になる。
ちなみに内容はソウルメイトとは一切関係ない。
それぞれの誕生日から割り出された各自の魂の課題について、主に説明されている。
ソウルメイトの「そ」の字もない。
この本は当初買う予定には全くなかった。
しかもここ新潟は、名古屋のような都市と違って本の品揃えがいまいちで、この本は新潟に戻ってきてからは一度も目にしなかった。
それがひょんなことで目にすることになった。
4月14日のこと。
オルゴナイト作家さんに会いにある町まで遠出をした。
その行く道中で「閉店セール 全品50%OFF」の張り紙を国道沿いの書店で見かけた。
ぱっと見、コンビニ程度の大きさの書店で何も期待していなかった。
だけどもし何か良い本があったら半額で買えるなんてラッキーだな♪と思って、帰りに寄ることにした。
帰りにその書店に立ち寄った。
漫画が中心で、ホロスコープ関連の本は期待できそうにもなかった。
まぁせっかくだからということで、隅から隅まで丁寧に見て回った。
そうしたらこの本に行き着いた。
実は、同じ著者でこの本ではない別の本を私は探してた。
当時調べていたテーマについて詳しく解説してくれている、とホロスコープマニアの人たちが絶賛していた本があって、私はそちらは探してた。
目の前の本は全く期待していなかったけれど、まぁ同じ著者だから何か知りたいことが書いてあるかもしれない、と薄い期待さえないような状態で開いて見た。
中を開いて驚いた。
私のはちゃめちゃな順番でホロスコープを学んでいた、まさにその時のテーマで知りたいことが事細かに説明されていた。
本当にピンポイントで書かれていた。
もう1冊の探していた本じゃなくても、その目の前の本に知りたいことが書いてあった。
そしてたかが数行の内容で私は涙がこぼれた。
その数行の中に過去の私がいた。
自分の人生で完全に行き詰っていた時の私がいた。
そして時が解決するだろうと静かに待っていた、その自分がいたけれど、本当はそうやって解決しようとしても解決しないんだよ、今世では自ら主体的に問題に取り組むことが大切なんだよ的なことが書かれてあって、それで泣けた。
言い当てられたから涙が出たんじゃない。
自分の深いところで何かが動いた、そんな風だった。
魂からのメッセージのようなものだった。
他にももう2冊本があった。
1冊は『誕生日大事典』。
もう1冊は『Happy名語録』。
1冊目は目を通してすぐに使い方が目に浮かんだ。
それはこれから先の私だけじゃなく他の人たちのヒントにもなることがすぐにわかった。
そしてもう1冊の名語録の方。
これは2月にマッサージを受けた時に見かけた本だった。
こういう時って本の方から「ここだよ!」と教えてくれてるとしか思えない。
今そのページを探してもなかなか見つけられなかったのに、あの時は一瞬で見つけたわけだから。
そこに私の好きな言葉でずっと誰の言葉か知らなかった、その言葉が書かれていた。
「現在、地球には64億人もの人がいるのです。さらに数万年の人類史の中で、同じ時代に居合わせるだけでも、これはものすごい確率。」(p.76)
本にはないけれど、この続きはこうなる。
「同じ時代の、ある特定の場所で
その日、そのとき、あなたの隣にいるって
すごい確率ですよね
一説によると
宇宙から隕石が落ちてきて自分の家のトイレのなかにスポッと入るくらいの確率だそうです」
マッサージ屋さんでその本を見かけた時、いつかは買おうと思っていた。
それがまさかこの閉店セールの店で出逢うとは!
そしてこのすべて必要な本3冊で500円で購入。
ワンコイン。
有り得なかった。
奇跡のような形でもたらされた本たちだった。
最後にこちら。
海部舞さんの春分の日を起点としたスケジュール帳のような本になっている。
この本も探して見つけたものではなかった。
面倒くさがりの私にものすっごく感謝をした1冊だった。
さかのぼること、下手したら1年前。
不要になった本を4冊ほど別にしておいた。
ブックオフで売る予定でいた。
だけど私はその本をずっと売らずにいた。
単に忘れていただけで、思い出してからも今度は部屋の中で放置。
さらに思い出した時は、ついでの時に寄れるよう車の中に置いておいた。
だから1年近くずっと延ばし延ばしにしていたと思う。
4月に入ったある日、ブックオフの目の前にいてようやく本の存在を思い出した。
たかが4冊でもその場ですぐに査定はしてもらえない。
番号札を渡されて、その間ふらふらと本コーナーへ行った。
ホロスコープの本があればいいなぁと思って見ると、この『星使いの時刻表 2017-2018』の去年のバージョンの方があった。
私は中身を見るまで、勝手にもうこれは1年前のつい最近までのことが書かれて終わった本だから見る価値はないと思っていた。
まぁだけど数分で立ち読みする程度ならどうってことないと思って、本当に実に無礼な態度で本を開いた。
無礼というのは本に対して。
本を開いてすぐに私は前言撤回した。
何が驚いたって、過去1年間の私の個人的な出来事や変化がそこに書かれていたから。
基本的に新月と満月の時の天体の流れが説明されている。
月に1回ずつ新月と満月があると数えると、最低でも24回分の話が盛られている。
そのいくつでもないところをピックアップして読んだら、まさにその流れになっている。
しかもその時々は何がどうなっているのか自分でも説明できなかったけれど、その本を読むと当時の流れがきちんと言葉で説明されている。
それは自分を振り返るためにもものすごく役に立った。
最初は立ち読みするだけのつもりが、次第に本が欲しくなった。
でももう終わった年の内容のことに800円近くも出して中古で買うのは納得いかなかった。
これが今年のものならわかるけれど、1年前のもの…。
しばらく本の前で1人で葛藤していた、買うか買わないかで。
それでふと、アマゾンで中古で出てないかなと思った。
その場で調べたら1円からの出品があって、さらには「著者サイン付き」とある。
そんなのを1円で出していいの?しかも状態は「非常に良い」になっているから、多分中に何も書かれていない。
私はそちらを注文した。
到着してさらに驚いたのは、名古屋からのお店で、そしてそのお店の所在地が私が名古屋で最初に住んだ社宅のあった区と同じ区だった。
そういうシンクロも嬉しかった。
こんな風にして私はホロスコープの教科書たちを手にした。
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