2020年7月27日月曜日

㉕【おいせさん手帳】打上げ花火




2019 フェニックス



おいせさん手帳第25回目
担当:私

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7月27日

夏を彩る夜空の下で、祈りを捧げる。
花火大会の時期

夏の風物詩、大輪の花火は、祈りや希望、弔いなど、人々の色んな気持ちが込められて夜空高く舞い上がります。花火はあの大きな音と共に、空を、空気を、大地を浄化していることでしょう。花火玉の中に全てを込めるように、あなたの気持ちも一緒に打ち上げましょう。そして、ささやかな願いを自分や大切な人のために花火に託して祈りましょう。

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これを書いていた1年前の夏、まさか1年後に全国各地の花火大会はじめ色んな催し物が中止になるなんて、想像さえしていなかった。

去年の花火大会の思い出が思い返される。

それは地元の大きな花火大会の日だった。

友達と花火を見に行こうと約束していてもう少しで支度しようかという頃、ノムから電話がかかってきた。

ノムこと野村浩平さんと個人的にやりとりするようになってから2ヶ月目のことだった。

ノムは占星術講座のクラスメイトで、頻繁に通った2018年はクラスメイトの1人という域からお互いに出ることなく、初級講座7回分が終わった後にこのブログに掲載したメッセージを機に個人的なやりとりが始まった。

ビルの最上階にある空が見えるお洒落なカフェでお茶を初めてしたのが5月。

来月もお茶しよう!となったら、その日はノムの都合が悪く、そこでノムが八王子のノムとミッチー(ノムの恋人)、そしてれいさん(ノムとミッチーの大家さん)がいる場所に泊まりにおいでよー!と誘ってくれたのが6月。

そこで一気に距離が縮まったノムと私は、7月からは実に頻繁にメールだのLINEだの電話だのを始めた。

私が引きこもりなことも伝えたし、他にも色々とカミングアウトしていた頃だった。

ただ、ノムも私も電話する時はあらかじめ「今空いてる?」とか一報連絡を入れてから電話をしていた。

その日というより、多分記憶が間違っていなければ、その日以外でノムが何の前置きもなく電話してきたことは一度もないと思う。

とにかく突然ノムから電話がかかってきた。

珍しいから「どうしたんだろう?」と思ったけれど、相手はノムゆえに緊張することもなく、普通に電話に出た。

ノムが言った具体的な言葉は思い出せないけれど、ほぼ日みたいな手帳でそこに1日一言メッセージを書く仕事が来て、それを一緒にやらない?というものだった。

それはもう少し後になってから知ったことだったけれど、ノムがそんな風にして誰かと書く仕事を一緒にやろうと誘ったのは、その時が初めてだったとのこと。

そうやって、ノムと私の共同作業が始まった。

大きな花火が打ち上がる日、まるで2人のこれからのことをお祝いするみたいに、大輪の花が夜空に咲いた。




その花火大会の日、ノムとミッチーは東京の自宅で私が見ている花火と同じ花火を生中継でテレビで見てくれた。

私は打上げ場所から1キロと離れていないようなところで、ノムとミッチーは東京は東京でも西側の八王子だから400キロぐらい離れているんだろうか、そこで同じものを見ていた。

離れているのに同じものを見ていることが、私にはとってもしあわせに感じた。

同じところにいられなくても、同じものを見て同じように感動できて、そのことの凄さ(すごさ)がものすごく身に染みた。

ノムにその後、花火の写真も動画も送るとこんな風に返事がきた。

「ありがとう!! すてき! 音がまたよいね。空を、空気を、土地を浄化していrみたい。予祝しているみたい✨✨✨」

そう、ノムのこの言葉を使って私はその1ヶ月後ぐらいに、今日の担当分のメッセージを書いた。

この花火大会の思い出を残したくて、それで書いたというのが大きな部分を占めていた。




ちなみにノムではない部分は、去年から数えたら去年の2年前の夏の同じ花火の思い出だった。

同じように大きな花火が上がっているところで、ある人と私とその後メッセンジャーのような役割をしてくれる友達とが同じ空の下にいた。

一緒には見てないし、近くにいたと知れたのは職場の人たちの話で知った。

近くで同じもの見ていたんだな…ってそれだけで嬉しくなっていた。

磁場が繋がるように何かが繋がったと思わせるほど、その後色んなことがあった。

ちなみにその時は、友達には何も言わなかった。

切り出すにも何と切り出していいかもわからなければ、まだまだ全力で自分の中に湧いて出るものを否定していたから、そんなことは言わなくていいこと…、そんな風に思ったり、言おうかな…と思ったり、花火の横で私の心の中は忙しなかった。

花火大会を思い出すと、ノムとのやりとりとは別にその2つ前の夏の花火の時のことも思い出す。

今年は花火大会中止だけれど、1年前とそしてその前の前の夏の花火とがくっきりはっきりと思い出せる。

思い出の中に生きる花火と人とが自分の中にあるって、本当に生きることの醍醐味のひとつだなと思う。

そしてそれがしあわせの1つだと知ったのは、今年が初めてかもしれない。

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