面倒くさい自分のことを書いてみる。
本当は今日春分の日は占星術的に正月に当たるから、幸先の良い内容を書きたかったけれど、小さなことがつっかえてしまって、ドンヨリしているところもある。
無理に明るく振る舞ったり、はたまた元気の出る手紙やものを眺めたりするのではなく、暗くなった部屋の中でゴロゴロしながらこれを書くことが、何よりも今一番自分の状態にマッチしていると思う。
私は自分の英語力について凄いとは本当に思ってはいない。
だけど、英語に関しては本当の本当に時間も体力も知力も使って小さなことをたくさん積み重ねてきたから、そのことだけは私の中に今も残っているし、それがあるからこそこれまでも英語の何だとかいうのをやってこれたところがある。
私が英語にここまで触れたのは、実質大学卒業以来今が初めてで、だから計算すると18年ぶりのガチの英語に触れている。
それも今回は精密機械とかいう自分には全く馴染みのない、本当に知識のカケラもない分野の日本語を英語に直すという、とんでもなく難しい英語をやっている。
自分でやってみて感じるのは、知識も足らないし機械の動きなんかもわからないけれども、なんとか英訳できるのは、徹底的に分解してまで理解した英語の文の成り立ちを体で覚えてきたことと、あとは英文にする時の最低限のきまり(最低限と言っても、通常の学校教育のレベルより遥か上の情報量だと思う)を知っていてそれを元に文章にする力があること、それだけでやっていると言ってもいい。
そして、知識もない私がなんとか英訳するには、日本語そのものの文章を英語にするための日本語の理解も欠かせない。
例えば「隠す(隠れる)」の意味の英単語と「抵抗する」の意味の英単語があてがわれている英訳があった。
どちらも単語の意味が全く違うのに同じ場面で使われていて、英訳を読んでも私には何のことを指すのかさっぱりわからなかった。
それを技術の人に直で確認した時に本当に驚いた。
それというのは、運転中に本来あるべき位置から工具がはみ出したら、工具を元の位置に戻すことを意味した内容だとのこと。
だから、隠すでも抵抗するでもなく、正しくは「元の位置に戻す」もしくははみ出した分だけ後ろに下げることを指すと知った。
そう、全然意味が違っていて、そして今ならわかるけれども、過去の英訳たちは本社の技術と英語の両方を兼ね備えたトップの人が見たものなら大丈夫だけど、そうではない私が今いるポジションの人たちが英訳しただけのものだと内容が超怪しいことがわかった。
私は自分で想像するより(というよりも、あまりに未知の世界過ぎて想像さえできない)、直接技術の人たちに口頭で説明してもらえる方が意味がわかるし理解できるから、さっさと聞きに行っている。
そしてそれでも間違えた時は、もう仕方ないと割り切っている。
とにかく、自分の英語力と日本語の理解力とを組み合わせて、なんとか英訳している。
多分こんなことできるの、日本でもそうそういないでしょ?ぐらいに私は思っている。
できないこと、知識のないことを、自分なりに工夫して英訳している。
細かく聞かれて嫌かもしれないけれど、それでもでたらめの説明を英語で書かれるより、内容に極力沿ったものを英訳される方がいいよね?と思って私は聞く。
それを評価して欲しいとか、きちんと見てくれとまでは言わない。
だけど、そうした裏側の細かな作業を全く無視して、心ない言葉を向けてくる人たちもいる。
そして表面に見えているものだけを見て、それで私の評価を下す。
私は本当に気持ちとして、怒りも沸けばいたたまれないものもあった。
本社を経由して戻ってくるものは、ほぼほぼ赤字でたくさん添削されて返ってくる。
でも、それというのは、私の文法がおかしい云々と言うよりも、技術的なニュアンスや説明が違うよということで添削されて直されている。
そんなのは私が一発で訳せるわけもなく、逆にそれを正してもらえるのはありがたいし、その正す係の方はこの道45年以上の本当のプロで、個人的な感情ではなく、それを正すことで会社の技術をきちんと伝えるとか、お客さんにそれを使うことのメリットを伝えるとか、その部分がはっきりしているから、私はそれをしてもらえることがとにかくありがたくて仕方ない。
ダンディーで紳士なMr.ダンディーはそういう領域にいるから、私も口ではなんだかんだ言いながらも超一目置いているし、そして本当にいざという時は頼りにしている。
中身も見ないで何で添削されているのか、さらには添削するMr.ダンディーがどういう意図で添削してくれているのか、そういうことは全く見ないで、単に「赤でたくさん直されてる=私が英語ができない」みたいな短絡的な考え方や捉え方に本当に腹が立った。
しかももっと言えば、私は文法で間違うことだけは避けたいから、辞書も見れば、辞書でないものは英語圏のネイティブたちが発信しているネット上の例文集なんかも見ながら、各単語の使い方は気をつけている。
そういうものをMr.ダンディーから直されることもある。
その時はもうここでいちいち何か言うよりも私も黙って見過ごすけれども、少なくとも私は自分側は確認している。
そういう陰ながらのことも全く無視した状態での言葉なわけで、もちろん相手は知らないのはわかるけれども、本当に心ないなぁと感じてしまう。
逆に私の英語の先生、トムさん(アメリカ駐在帰りの技術者)は私はそんなこと一言も説明したことはないけれども、肌で感じるのかなんなのか、いつも添削してくれた後「武士俣さんの方が文法はわかるので、その辺りはあと上手にやってください」と言ってくれる。
トムさんは私の経歴は何も知らない。
私も何も言わない。
でも知ってくれてるのと、きちんと私の陰ながらの何かは感じてくれてる。
そして、トムさんは少なくとも私の書いた文章を何回か読んでいるから、それを見てわかるんだと思う。
最後に一緒にやってもらった会社の危機を救うための技術文書の時、トムさんは添削後私のところに持ってきた時、第一声に「文法はOKだし、よく書けてました」と教えてくれてから、技術的な内容でこれの方がいいよというのをいくつか説明してくれた。
上から目線みたいに見えるけれど、そんなことは全くなくて、本当に敬意を払って言ってもらえるのがヒシヒシと伝わる。
もちろんそんなことを関わる相手みんなに求めても仕方ないし、それは求めすぎだというのは頭ではわかる。
だけどそのことにモヤモヤしている自分もいるわけで、その自分はどうしたものかと思う。
無視したところでモヤモヤが消えてくれることは絶対にないから、モヤモヤに付き合える範囲で付き合うしかないんだな…とぼんやり思いながら、色んなことを逡巡していた。
ふと思いついて、高校の時の英語のノートを出してきた。
1年か1年半前くらいに見つけたもので、懐かしさもあったけれども、それ以上に自分の軌跡がそこにはあって、それを今もこうして見ることのできる貴重なひと品となっている。
大人になってから出会った人たちは、どの人もみんな今の私くらいの英語力になってからしか会えてないから、そこに至るまでのプロセスは当然知らない。
私の場合、英語は全く歯の立たないものだったし、苦手意識もめちゃくちゃ強かった。
isとdoesの区別が全くつかないくらいに私の英語力は壊滅的だった。
ノートには難しい文法の名前が書いてあるけれど、今見てもわからないぐらい文法の名前は全く覚えられなかった。
友達から誉められて言われたこと。
私はS(主語)とV(動詞)はわかるけれど、よく言われるSVOとかSVOOとかSVOCとかそういうのは全くわからない。
友達に英語を見てほしいと頼まれた時に、友達が「この文はさ、SVOのOが…」とか言い出して、それで私は最初から「ごめん、その説明がわからないし、私は完全に自分の感覚で英語を覚えたから、自分の感覚では説明できてもSVOとか使って説明が一切できないけれど、大丈夫?」と聞いた。
友達は感覚での説明でもちろんOKだと言ってくれたし、さらには私の感覚で捉えた英語の説明を絶賛してくれた。
何を説明したかなんて覚えてないけれども、何せ私の説明はisとdoesの区別がつかないところからスタートした人が英語を身につける中で培ったものだから、超初心者でもわかるような説明なんだと思う。
そうそう。
会社の技術の人たちと話していて知ったことだけれど、彼らは海外転勤もOKですと言って入社した人たちで英語も一般的なレベルよりできる人たちだから(長文を読んですぐに意味を掴むくらいの人たちまでいる)、だからこそ基本英語はできる能力高い人たちが多い。
それは本当に凄いことだし、私はそのことに対してできる人というのは本当に何でもできるんだな、なんて敬うように思っているけれど、相手はそうじゃない人たちも中にはいる。
ちなみにこれは過去にも何人かいたからわかるけれど、絶対に知ったかぶりとかやめた方がいい。
男の人たちで自分に自信がないのか、はたまた単純に私が黙っているから私を見下してるのかそれは知らないけれど、自分英語できるよアピールをしてくる人たちがいる。
英語に限らないけれども、そういう能力自慢は絶対にやめた方が良い。
なぜなら聞き手側の方がそれを上回ってる場合もあるし、上回ってる側はそうとわかっても言えないから、なんとなく合わせるしかなくなってしまう。
英語だけは唯一、相手が少しでも自分の知識を喋ると、私側は何せ超できないところから今のできるところまでのすべてのプロセスを通過しているから、相手のレベルがある程度わかってしまう。
モヤっとした相手が言ってきたことの中に、私の文章は長いというのがあった。
私はそれに対して、ものすごく違和感があった。
Mr.ダンディーはもちろんそれを直して短くしたんだけれど、それはMr.ダンディーみたいに技術を知ってる者は、ofとかinにあたる前置詞をどこで省略しても意味的に伝わるのか知ってるからこそそれはできるのであって、私みたいに知らない人はそんなのカットできないから、だから理解した通りにしか書けない。
それは私が間違っているのではなく、知らない人であれば基本的に私のような英訳になるだろうと思う。
10文字くらい中国語のように漢字が並ばれた日には、もう何と何がどういう関係なのかわからない。
先日も「主軸Aモーター(仮称)」というのがあった。
主軸とAモーターとで区切るのはわかったけれども、じゃあAモーターが主軸とどう関係するのかはわからない。
だから質問に行った時は、「主軸の上にモーターがあるんですか?それとも主軸の中にモーターがあるんですか?」と聞いたら、まさかの「主軸のためのモーターかな、あえて言うなら」と返ってきた。
それくらい私にはわからない。
だから質問するし、聞いたら聞いたでそれをそのまま英訳するし。
だから英訳は「Aモーターfor主軸」とした。
この文章はMr.ダンディーも添削してくれた中にあったもので、それは何も直されずに返ってきた。
それはそうと、とにかく普通の英語力の人からすれば、長くてもそのように訳すのは無理もない。
そしてそれは、知らない人は勝手にはカットできないから、忠実に日本語を英訳するしかない。
そういうことも知らずに言われるわけだから、なんだかなぁと思ってしまう。
井戸の中の蛙じゃないけれど、私からすると無知を露呈しているようなものでカッコ悪い。
技術のことは私は絶対にわからないけれども、私が全く自分のことを鼻にもかけないし普通に「教えてください」と言ってやるわけだからそれに対して下に見るのか、はたまた派遣だからと思ってそれを馬鹿にしているのか、もっと言えばババアが言うから頭悪く見えるのか、とにかく何なのかは知らないけれども、本当に恥ずかしいなぁと思ってしまう。
相手の持ってるものが何かは相手が喋らなければわからない。
そして少なくとも、能ある人たちこそ爪を隠すじゃないけれど、全然気取ったり大きく見せたりとかしてこないから、余計とわからない。
だけど、そういう人たちは普段の会話から知性が滲み出ている。
考え方や捉え方が多視点だったり奥行きがあったり、はたまた奇想天外なことを普通にポロリと披露したりと半端ない。
あとは、これは性格もあると思うけれども、本当にできる人たちは「時間がない」というのは絶対に言わない。
今現在480ページもある取説の見直しをしているけれども、英訳はスーパーカオスだらけでもう大変なことになっている。
読んだ瞬間、「これ絶対に確認せずに訳したな」とわかるレベルで、わからないところはどうするかと言うと「訳さない」。
はっ!?ヽ( ̄д ̄;)ノって思うけれども、とにかくわからないと訳されてない。
もしくは、文法はちゃめちゃ、何を言いたいのか日本語を読んでから読んでもそれでも全く意味が伝わらないものもあって、本気でぶっ倒れそうになっている。
しかも12時間労働した連休前の木曜日、最後に確認した1枚が1枚まるっとど素人が訳したとしか思えない、もう中身はぐちゃぐちゃ、まともな文章が1つもなくてそれ見てドッと疲れたから、和訳して日本語とどう違うのか見比べることをやめた。
とかいうことを今やっていて、それの確認のために選ばれた技術者たちは、ただでさえ忙しいのにさらには私の質問担当者にまで勝手に選ばれて、超絶可哀想なことになっている。
1人は隣りの隣りにいる硬派さん、もう1人は最初任命された超信頼できる担当者から別のもっと詳しい担当者に引き継がれて、その2人に色々助けてもらっている。
2人とも、特に新しい担当者の人、精鋭さんとしよう、なんかは突然降ってきた仕事で、しかも超面倒なことに巻き込まれている。
あらかじめ、480ページもあるから、その中の不具合全てを聞くことになるからめちゃくちゃ時間をもらうことになることも言っておいた。
全然嫌がらないどころか超協力的で、なんなら最中に故障対応の電話まで来ていて超忙しそうなのに、私が出直そうかと尋ねると「大丈夫です」と言って相手してくれて、この人もまた超良いイケメンくんだなと思っている。
本当にイケメンに当たる率がすこぶる高い!(ここで男運使い果たしてるとしか思えない( ̄∀ ̄;))
しかも、私が最初から「この取説カオスです、それも超カオスです」と言ったら、精鋭さんも中身見て「やべえですね、これ。闇ですね闇、この会社の!」と軽快なタッチで返してくれる、だけど中身はきちんと見て即答してくれる、本当に超できる人だった。
しかも、これはここだけで片付けて良いものじゃないから自分も上に言うし、武士俣さんも部長とかに相談して言った方が良いと思いますと、闇に葬らずきちんと対応することをサラリと提案してくれるナイスガイだった。
少数精鋭から文字って「精鋭さん」。
とにかく硬派さんにしても精鋭さんにしても、絶対に「時間ない」って言わない。
硬派さんも木曜は3時間半残業していたし、精鋭さんも電話越しに「今日4時間(残業)申請したんで」と言っていた。
ってことは激務中の激務なはずなのに、絶対に私の前でただの一度も「時間ない」と言わない。
こんなこと言うのもおかしいけれど、私とやりとりするのは美人でもスタイル良しでもなければ(視覚的メリットなし)、癒しの要素も皆無。
ひたすら変な説明をされてやばい文章の訂正に付き合わされて、はっきり言って疲労しか与えられないようなそういう内容でしかない。
小さなお菓子たちを持参しているけれども、とてもじゃないけれども、そんなことで帳消しにならないものが持ち込まれている。
しかも彼らは自らが依頼したことではなく、私から勝手に持ち込まれた、いわば余計な(そして面倒な)仕事なわけで、メリット0、デメリット100みたいなことになっている。
拷問とか罰ゲームに近いものを感じる。
にも関わらず、本当に丁寧に説明してくれて、最後まで嫌な顔1つもしない。
片や私の英語力をぐちぐちと言ってきた人は、たった1つの質問なのに「時間ない」と言って、適当にしようとした。
私の英語力怪しいんでしょ?だったらきちんと説明しなよ!と思う。(説明してはもらったけれど、私が質問する前に牽制するかのように「時間ない」と言われる。)
書いてたらバカバカしくなってきた。
できる人たちは余計なことは言わないし、私のしていることが大事なのもわかってくれてる。
だから硬派さんも絶対に邪険にしないし、精鋭さんに至っては対応してくれるだけじゃなくここだけのことにせずきちんと報告相談を自分もするから武士俣さんも上とするようにサラリと言ってくれた。
ちなみに笑い話のように喋ってはいるけれども、現実問題笑えない。
「最低限すべきこと」がたった1つ文字が抜けていて「やらなくていいこと」と英訳されてた時には顔面蒼白になった。
とりあえず、主要な他言語たちの取説を調べて、そんなアホな訳になってないかを確認した。
各国の翻訳者たちは超優秀で、とりあえず「最低限やるべきこと」に訳されていた。
作業前に確実に扉関係全部を閉めなきゃいけないのに、andとorを間違えたせいで「いずれかを閉める」になっていたり。
もっと酷いのは、日本語の「間」と「側」を間違えたのか見落としたのかで英訳を全部間違えていたもの。
それこそ中国語ですか?並みの10数文字漢字が並んでる真ん中あたりに、「間」の時と「側」の時とがある文章だった。
2つの間になるか、2つのうちの1つだけ(側)になるかで全く意味が違う。
機械の指令についての説明で、実際は1つ(片側)にだけ指令を出すが正解なのに、「間」として訳してしまっているから、2つ共に指令が出ることになっていた、英訳側…。
こんなのが山盛りあって、本気で発狂レベルの酷い状態。
木曜の最後に、部長2人に現状を伝えた。
私は機械のことは知らないからあったままの不適切な英訳について言ったら、2人ともどんどん難しい顔になっていって、私はその重大さがわからないからただペラペラと喋っていたけれども、モノによっては2人とも絶句していた。
結果的に、今回はできる範囲で修正するけれども、間に合わないものもそのままではなく出荷のために一旦は切り上げた後に直すように言われた(そりゃそうだ)。
私の直の上司からは、直しに関して「今回の取説限り」と私に釘を刺すように言われたけれども、私はあまりにもヤバいから、いくらそのことが爆発的な修正が生じてみんなの首を絞めるかのごとく大変になるかは私だって想像しているけれども、そういう問題ではないと思う。
日本語はきちんと説明しているにも関わらず、英語は訳さないとか言葉取り違えて間違えてるとか、それってどんな話ですか?って思う。
(直属の上司だけではそういうおかしな対応に変わってしまうから、さらに上の部長たちに伝えた方がいいと他の人から助言をもらった。)
話が途中から愚痴のようになってきたけれども、私が言いたかったことは、自分のこれまで積み重ねてきたことに誇りを持っているということ。
あまりにも英語全般チンプンカンプンだった10代の私は、まずは3つくらいの単語の塊に分けて、その3つくらいずつを訳せるようにした。
それを何百何千とやり続けて、そしてその先の色んな英語力に繋がっていく。
そして、大学時代、何千ページと英文を読んで(何千どころか何万単位だと思う)、レポートも100本以上書いて、ネイティブの文法専門の人たちからみんな見てもらって、そうまでして身に付けた、自分にとっては唯一無二の武器だと思っている。
だから、表面的なことだけを見て、私にあれこれ言ってくる人たちというのは、私の何を見ているんだろう?と思う。
あまりに気になって、私は私に英語を見て欲しいと言ってきた友達に連絡をして、どうして私が英語ができるとわかったか、その理由を聞いた。
友達は色んな理由を挙げてくれたけれど、一番の決定打は、他の人が私のスペイン語を少しだけ聞いてそれでかなりのレベルだと言ったことだと教えてもらった。
まだスペイン語を覚えたばかりの、喋れるともまだ全然言えないような時の私を見て、そう言ってたこと、それで友達も英語ができると他の言語にも凡用性が高いと感じたと言っていた。
そして友達は「ぶっしーの和訳ほど的確で分かりやすいのはない。」とも言ってくれた。
友達の周りには頭の良い方たちがたくさんいるけれども、それでもそんな風に感じるほどなんだと教えてもらえて、とても心強かった。
わからない人にはわからない。
そう思えるように、割り切れるようになりたいと思った。
友達からもこんな風に返ってきた。
「浅はかだなぁ…
若気の至りと思ってほくそ笑んでおけばいい…
これが出来るのに、英語力だけじゃなく国語力も問われるのに…
そう言うの分からん教養のない人なんだなぁ…残念😭
そうそう❣️うちの研究室にも居るけど…若いからしょうがない💦と思うけど、30歳過ぎて、それやってたらもう、人間として伸びないし、企業の中で求められる人材じゃなくなるね。」
わかる人は絶対にわかってくれる。
硬派さんはスーパー勘違いして、私に「武士俣さん、本当に勉強熱心ですね」と言ってくれた。
熱心なんじゃなく、聞かなきゃ訳せないから聞いてるだけだと言った。
いつか、それは私の場合、やらないことでそれの負のエネルギーが自分にはね返ってきて具合悪くなるのが嫌だから、と言おう!そうしよう(笑)。
冗談抜きで、会社の未来云々ではなく、私にとって大事なのは自分の体!!!
だから、もうそんな下らないことを言う人ではなく、私のことを大事にしてくれる人たち、私のしていることに理解を示してくれる人たちとの関係を大切にしたいと思っている。
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