2018年10月11日木曜日

駅での一コマ

この間おばを電車の駅まで送って行った時のこと。

ちなみにそのスーパーローカルなM駅、中途半端なデジタル化・人員削減化・機械化をしていて、ものすごく使い勝手が悪かった。

出口は1つしかなくて、その出口には3つ位の自動改札。

改札のすぐ上に2つの黒い電光掲示板。

電光掲示板はもちろんどの駅にもよくある、電車の行き先や出発時間、出発番線が表示されるもの。

私がその駅を最後に使った時は、車掌さんが立っていて、カチカチ音を立てながら切符を切っていた時だから相当前になる。

さすがにそれと比べようとは思わない。

だけど、私はこんなにも使い勝手の悪い駅に当たったのは久しぶりだった。

おばはSuicaとか使うことがないから持ってなくて、切符を買った。

たまたま私が見た広域の運賃表には載っていたから良かったものの、本当にそれで合ってるよね?と確認したくて他の運賃表を見たら、なんと載っていない!

広域の運賃表は地図みたいになっていて、同じ料金区域だと縦の色線が該当駅の駅名すべての横に引かれて、その横にまとめて金額が書いてあるものだった。

各駅ごとの表示ではなく、私の見間違いの可能性もあるから、それで各駅ごとの別の料金表がないかと探した。

おばの最寄駅は、新潟駅から2つないし3つ目の駅でへんぴな場所とかではないし、さらに言えば行き先的には使う人もそこそこいると思われる。

おばの最寄駅ではなく、その先の終着駅は絶対に使う人が普通にいる。

なのにその2つ目の運賃表になくて驚いた。

反対に、「そんな駅に行く人いるの?」という駅名はその運賃表の中にあって、JRの選択基準が何なのか全くわからず驚いた。

私が見た広域の運賃表の方は、天井に近い上の方に大きく出ている方で、もちろんそこには点字なんてない。

反対に私がその後確認して見つけられなかった方の運賃表は小さなパネルサイズで、そこには点字での表記もあったと記憶している。

ローカルな駅だし使う人も大体限られているのもわかる。

だけど、本当に点字が必要な人たちで例えばおばと同じ駅に行く人がいたとするなら、いきなりその運賃表は使えないことになる。

そういう人は最初から直で駅員の窓口に行けということだろうか。

切符を買い終えて、そして時間と発車する乗り場を確認しようと電光掲示板を見た。

その時はすでに出発10分前ぐらいにも関わらず、電光掲示板は真っ暗だった。

故障してるのかと思ったほどだった。

2つのプラットホームがあるから、改札すぐの方ならいいけれど、奥のホームなら階段で行き来しないといけない。

私は駅員さんが待機している窓口に行って、次の新潟行きの電車がどちらから出るのかを尋ねた。

久しぶりにイラッとした。

わからないから聞いた、ただそれだけで、聞き方も普段何かを聞く時と変わらなかったと思う。

若い駅員さんは、やる気なさそうに淡々と言い、その答えだけでは確信できずに私は「奥の方のホームですね?」と念押しで聞いた。

何であんたの方が偉そうなの?と思いつつ、まぁ情報が何より大切だからお礼を言った。

最後に、改札脇にも書いてありますぐらいなことを言われて、多分そこで私の怒りスイッチがオンになったと思う。

駅員さんには怒らなかったし、最初「?」となって、言われるままにその改札脇の畳半畳ほどの大きさの時刻表みたいなのを見た。

ものすっごくわかりにくい時刻表と出発のホームらしき番号がこれかな?という感じで書いてはあった。

時間に余裕があったから見れたけれど、到着ギリギリの人ならそんなの悠長に見ている暇は絶対にない。

というか、おかしい。

本来、電光掲示板を表示しておけばいいだけの話。

それが真っ暗で何の情報も表示してなかったから、その駅員さんに聞いた。

さらに駅員さんは、電光掲示板ではなく改札脇の紙ベースの案内板を私に案内した。

電光掲示板は5分前ぐらいに表示が出てきた。

改札とは別室になっている小さな待合室でおばと待っていたけれど、私の座った席からはちょうど柱とかが邪魔して見えなかった。

見るにしても、待合室からの距離からして字が小さくて見えなかった。

待合室にいた頃からおばと2人で時計を探した。

2人で相当キョロキョロしたけれど、改札近辺にも待合室にも駅員さんがいる窓口の近くにも時計がなかった。

携帯で時間を見たからいいけれども、とにかく必要なものはないし、一見さんの客には全く優しくない駅の案内で、さらには時間ギリギリにならないと表示されない電光掲示板…。

久しぶりに使い勝手の悪い駅を見た。

おばを改札で見送って帰ろうとしたその時に、他のお客さんに呼び止められた。

私とそんなに変わらない年齢と思しき女の人だった。

これどうしますか?的な感じの言葉と一緒に、切符を見せられた。

すぐに言葉の感じで外国人だと気付いた。

切符を入れる場所を指をさしながら言葉と共に説明して、出てきた切符を取ることを口頭とジェスチャーで説明して、その人は笑顔と一緒に「ありがとうございます」と言ってホームに行った。

もし私がいなければ、その人は次に誰かお客さんが来るまで待ったのかな…とか考えてしまった。

改札は完全に無人になっていて、さっきの若い駅員さんは同じ場所に座ったままになっている。

久しぶりに人に何かを聞かれたなぁと思った。

名古屋にいた頃は本当に色んな人に道だの場所だのをよく聞かれた。

老若男女問わず聞かれた。

どんなに周りに人がたくさんいても、なぜか聞かれるのは私だった。

そんなに良い人オーラ出してる?と思ったけれど、多分良い人オーラじゃなくて「無害」とか「大丈夫」オーラだと思う。

私は聞かれたらわかることは返す。

わからないことは「すみません、わかりません」と言う。

道を聞かれることに慣れているのもあるけれど、私は過去に自分が色々してもらってものすごく助かったから、それを自分が頼まれる時は今度は自分の番だと思ってしているのもある。

メキシコに1人で行った時のこと。

その時は前日の夜ないし当日現地に着いてからその日に行くところを決めていたから、常々下調べなしでの旅だった。

ある地方都市(風景は覚えているけれど名前は忘れた)に着いた時、その町の特定のスポットに行こうとした。

地図を持ってはいたけれど、いかんせん地図見て迷子になるから、さっさと人に聞いた方が早い。

近くを通った50〜60代のおじさんに道を聞いた。

午前中で適度に人通りのある場所だった。

おじさんは私が旅行者だとわかると(見るからにバックパッカーみたいな大きなリュックを背負ってた)、その近くまで案内してあげるよ、と気前よく言って本当に近くまで案内してくれた。

10分程度だったのかな、そんな風にとても親切にしてもらえた。

下心とかも全くなくて、多分私でなくても誰にでも親切にするおじさんだと思う。

メキシコにいた3週間ほどの時間、友達に2日ほど会った以外はずっと1人だったけれど、人と話さない日がなかった。

そんな風に話す時もあれば、お店の人と話したり、同じように旅している人とか。

その時何を話したかは忘れたけれど、穏やかな時間だったことは覚えている。

旅先での未知の町で親切にしてもらえるのは、ものすごく助かったし嬉しかった。

そこまで丁寧な案内はできなくても、道や場所を聞かれるぐらいなら何てことない。

だから聞かれたら答える。

余談だけれど、JRの人でそんなにも「!」となるような対応をする人には初めて当たったかもしれない。

近くの新幹線の駅の方がよく使うけれど、そこは誰に当たっても丁寧だし、窓口に至ってはもっと丁寧な印象がある。

東京でもわからないと駅員さんに聞くけれど、こちらが欲しい情報はきちんと教えてくれる。

だからあのローカルな駅の駅員さんがある意味特別だったと思う。

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