住宅街の中に、大きな林のような庭を持っている平屋の家を見つけた。
家よりも遥かに大きいその庭は、大きな木が何本もあって、一部は竹林になっていて、そして畑や花がある風だった。
手入れとかはさておいて、そのきれいな庭持ちの平屋建ての家がすごく良く見えた。
ぼーっと歩いている時、開店準備をしている男性の美容師さんがいた。
間違っていなければ、その美容院が開店した当初一度だけ行ったことがある。
ものすごく前(10数年以上前)でそこに行ったことさえ忘れていたけれど、窓の外から見て「行った気がする」と思い出した。
30代の人だったと記憶しているけれど、思い切って自分で店を構えた、と言っていた。
内装も色々こだわっていた。
だけど、私はそこは一度しか通わなかった。
何かが合わなくて、ピンときていなかった。
技術もだけど、何となくまた行きたいとはならなかった。
若干店は年数的な古さがプラスになっていたけれど、多分中はきれいなままだった。
店名を読むと「あじさい」。
当て字で書かれたあじさいはどうやら潰れたらしかった。
20代の頃、夜勤明けで一緒になった方とお昼を食べに行った記憶がある。
いつの間にかそこは看板を残したまま、潰れたらしかった。
ヤクルトレディのおばさん(私よりうんと年上だと思う)が、陽気な音楽をわりかし大きな音で聴いていたのが聞こえた。
おばさんは届け物で車中不在の中、音楽プレーヤーから流れるその音だけが近くを通ったら耳に入ってきた。
色んな人の日常を眺めながらの作業は想像以上に楽しかった。
私は次なる目的地へと向かった。
一度も行ったことのない町で、全く土地勘も行き方も知らなかった。
途中、私が新潟県内の大手メーカーのせんべいの中では一番美味しいと思っているせんべいのアウトレット店に寄った。
銀座に店構えするだけあって(その店には別の高級な名前が付いてる)、本当に美味しい。
割れたり形がいびつだと検品ではねられる。
そのはねられたおせんべいをアウトレット価格で販売している。
そこを通らないと行けないことは前の日に調べて知っていたから、絶対に寄ろうと決めてた。
店の前に地産地消の野菜もあって、男しゃくとキタアカリという名のじゃがいもとなすの袋を持って店内に入った。
アウトレットと言ってもコンビニの半分以下しかない大きさで、しかもものすごくへんぴな所にある。
知る人ぞ知る、というような場所だけれど、店の中は混雑していた。
主に団塊世代あたりの夫婦が数組、中には大量購入して宅急便利用する人までいた。
私も3つほど美味しいせんべいを選んで、レジに並んだ。
並んでいる時、某飲料メーカーの制服を着た男性が客として入ってきた。
外に出るとあの自動販売機を補充するトラックが停まっていた。
仕事の合間に寄るぐらいに好きなんだなと知った。
私は本来の目的地へと向かった。
その町は山もあるけれど、ちょっとした平野のようになっていて、稲刈りが終わった田んぼとこれから稲刈りをする田んぼとで混ざり合っていた。
道の両側にどこまでも広がる田んぼの風景に何だか和んだ。
風も気持ち良くて、暑くもなく、適度に涼しい風が吹いていた。
空き家になっていた市営住宅とは思えない、どちらかと言えばマンション的な造りのところがあって、1階の空き家をのぞいた。
家の前には木があって、中もきれいで、こんなところなら日々景色に癒されるなぁと思いつつも、こういうところに1人で住み始めたら確実にもっと誰とも合わなくなって引きこもりをさらに加速させそう…と思った。
来る時に「ここで休憩するのいいかも!」と目をつけていた、誰もいない公園?広場?みたいなところがあった。
でもペンジュラムに聞くとそこじゃないと言う。
次の目的地へと向かう中にあると出たから、とりあえず次なる町へと向かった。
土地勘はなくて、曲がる場所はペンジュラム頼りだった。
一回だけ曲がった道は、最終的にもみじ園へと繋がっていた。
そのすぐ近くに全国的に有名な新潟の地酒の製造会社がある。
そこはまず水にこだわっていて、野生の蛍も出るし、市か県から水がきれいですよ、という体の野生保護地区みたいな許可も取っているとそこに勤め始めた友達が言っていた。
そのすぐ近くにもみじ園があるのは知っていたけれど、一度も行ったことはなかった。
ペンジュラムもそこだと言うから、そこでお昼休憩にした。
本やノート、おにぎり、飲み物を持って、もみじ園へと続く細い道を登ろうとした。
なんとその入口付近に栗が落ちてた。
まさかの栗で、子どもの時以来の栗拾いをした。
汚くなってもいいスニーカーできたから、栗のいがを広げるのもへっちゃらだった。
実際に登ると、もっとたくさんの栗が落ちていて、私は見つける度に栗拾いにいそしんだ。
ものすごい楽しかった。
まだシーズンではないもみじ園には、誰もいなかった。
適当な木陰と丸太でできたベンチを見つけて、そこで栗ごはんのおにぎりを食べた。
目の前には遠くに田園と山々が連なっているのが見えて、そして近くに目を移すとまだ青いもみじが見えた。
蚊にかなり刺されたけれども、すごくきれいな風景で、贅沢なランチタイムだなと思った。
あまりにも蚊に刺されるから車に戻った。
細い道は、よくよく見るとトトロに出てくる木のトンネルみたいで、そこを歩いているだけで心がどんどん軽くなっていった。
はとバスの旅に一度だけ参加したことがあるけれど、それに似た日帰り旅行みたいだなと感じていた。
私は何をしていたかと言うと「働いていた」。
5日間だけのチラシ配布の仕事で、チラシと言ってもたくさんの人に配るものではなく、決められたお宅にだけ配るもので、それをゼンリンの地図を見ながらマークされた所にだけ配っていく。
最初気が進まなかったけれど、いざやってみたら全く働いている感覚はなくて、本当に旅してる気分だった。
道中は好きな音楽をかけて時々歌いながら行ける。
景色を楽しみながら行けた。
せんべいのアウトレットは、トイレ休憩で寄った。
今回している仕事の依頼主からの指示でGPSを装着している。
装着していても、別に「トイレ」に寄るのが本当の目的だから、やましいことはない。
コンビニさえないような山の中の町だから、行ける時に行かないと!と思った。
休憩も自由で、自分のタイミングで1時間どこかで休んでくださいと言われていた。
だから、どこか適当な場所で…と考えていたら、もみじ園がヒットした。
ペンジュラムは相変わらず素敵な場所を案内してくれる。
午後に回った場所は、山の中にある大学の近くだった。
その辺りは土地持ちの農家の方がたくさんいるようで、学生向けのアパートとお屋敷のような家主の家とが同じ敷地内にあるパターンだった。
一箇所だけ、地図を見ただけでは建物の判別がつかないところがあった。
現実には3つのアパートがあったけれど、地図には4つあって、どれがどれを指すのか定かではなかった。
私とそんなに年の変わらないお母さんが小さな子どもと外に出ていた。
その方に聞けばわかるかなと思って尋ねてみた。
丁寧に教えてもらい、お礼を言って私はまた元来たアパートの横の道に戻った。
戻りながら、その人の人生と私の人生との差を思った。
その方はその家の娘なのか嫁なのかは知らないけれど、説明してくれた時に「前の3つはうちが経営してますが、向こうのオレンジ色の建物はうちじゃないです」と言われた。
差を思ったのはこうだった。
その女性は、その土地に住んでその土地を守っていくことが役目なんだろうなぁと。
私には不動産のような財産は確かにないけれども(←欲しいとも思ってない)、代わりに自由に動ける選択肢が与えられてるんだなと。
どっちが良い悪いとかではなくて、それぞれの生き方の差、定められたものがあるとするなら、私はどこか1つの土地に住んでそこで代々伝わる土地や血を守ることではないんだなと思った。
それをしなくていいということは、別の何かをする身軽さが与えられているんだと気付いた。
当たり前のことみたいだけれど、そんなこと普段忘れてる。
そこのアパートも配り終わって、私は「トイレ休憩」のために近くの雑貨屋に車を走らせた。
あくまで用事はトイレに行くこと。
GPSは車の中に置いたまま、雑貨屋に行って、残りの中途半端な時間はウインドーショッピングに費やした。
初日はそんな風にして仕事を終えた。
1日を通して、ただの一度も働いてると感じることなく時間が過ぎたことにものすごく感動した。
【9月14日 バイト初日】
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