ペンジュラムは色んな使い方ができるけれど、特に実用性が一番高いのがこのカーナビ機能だと思う。
誰もペンジュラムがカーナビだなんて唱えていないし、そんな使い方してる人日本全国探しても私ぐらいなものかもしれないけれど、とにかくものすごい頼れるカーナビだ。
私の車にはカーナビがない。
紙ベースの地図も置いていない。
iPhoneがあるけれど、これが少し曲者で、私はそのiPhoneのマップを見て普通に道を間違える。
複雑な道順になるとすごい確率で間違えて普通にたどり着かないことの方が多い。
そんな私がペンジュラムをカーナビとして今後は使っていこうと思ったのは昨日のことだった。
昨日3月3日の話をしよう。
今日3月4日は友達の誕生日の前日で、これから彼女と自分の誕生日会を兼ねて出かけてくる。
その彼女の誕生日プレゼントと化したオルゴナイトを贈るにあたり、説明書や手紙を書こうと思った。
その場所として、一度行ってみたいと思っていたカフェへと繰り出した。
午後遅い時間に出たから手紙はゆっくりとは書けなかった。
でも雲ひとつない晴天だったから、今から出たら夕日が見れる気がすると思った。
まちがいなくきれいなはず。
そこで手紙は途中だったけれど、その場所から30km離れている海へと繰り出すことにした。
私は前に一度すごいカーナビ体験をペンジュラムで経験したから、今回はもうiPhoneのマップは最初から頼らず、ペンジュラム一本で行くことにした。
ペンジュラムに聞くのは、行きたい場所を思い浮かべてあとはまっすぐか右か左かを適当な交差点や国道近くに来たら聞くだけというもの。
標識が出てくるうんと前にペンジュラムには聞くけれど、毎回びっくりするぐらいにその通りの道を案内してくれる。
しかも多分ネット上のマップの経路では表示されない道、もしくは道路標識からは分からない道、例えば混んでいない道だとか景色がきれいな道だとかをとことん案内してくれる。
そんな情報当然私が持ってるわけもなく、ペンジュラムは毎回どうしてそんな不思議なすごい情報を持っていて私に教えてくれるんだろうと思う。
だからペンジュラムが指す方をひたすら進めば間違いがない。
昨日も日没の時間が迫っていて途中途中とてもきれいな夕焼け空で車を止めて写真を撮りたい衝動に何度も駆られたけれど、ペンジュラムは止まらずにひたすら進むようにと言っていた。
そういう時はもう衝動は抑えて進む。
多分今止まると夕日が沈む瞬間に間に合わないんだろうと思った。
ペンジュラムに合わせて進むと、予定していた海外沿いの国道に出て、そして夕日が沈む15分ほど前に到着できた。
ペンジュラムが指した道は、iPhoneのマップの経路では絶対に出なかった道だった。
ましてや道路標識も途中からは出てこない農道みたいなところだった。
それでも確実に目的地へと案内してくれるんだからすごい。
おかげでこんなきれいな夕日を見ることができた。
すっかり満足し、そして帰りに友達のプレゼントを入れる袋を調達するために100均に寄りたいなと思った。
海岸沿いも少しドライブしたかったから、数ヶ月前に一度来たことのある道を通って帰ろうと思った。
道路標識に沿って進んだ。
そして目的の町の名前が出てきたその時、一瞬嫌な予感がした。
そこというのが、すごくわかりにくい道で、一応交差点と言えば交差点になっているけれど、変な角度がついた方の道からやってきた私には、どれが直進でどれが左折なのかがわからなかった。
普通に道なりに走るなら左折の道が直進に見える。
でも実際は、その道に出て30mぐらい進むと踏切があってそれを超えると直進の道が現れるという、言葉ではうまく説明できないけれど、本当にそういうおかしな道になっている。
これは今冷静になって考えてみると…の話で、運転中にそんな冷静な判断などできず、私は左折の道を直進の道と勘違いして、そしてそのまま走り出した。
いくら暗いと言えども、前回線路沿いに車を走らせた記憶がない。
道を間違えたかもしれないと思ってペンジュラムに聞いたら「間違えてるよ」と教えてもらった。
数百メートルは走った上にUターンできるスペースもなかった。
ペンジュラムに戻った方がいいかと聞くとNOで、このまま進んで大丈夫にYESが出た。
もう道もわからない上、すごい田舎の場所をひた走っていたから標識もない。
国道でもないから車の通りもなく、民家さえ見当たらない有り様だった。
だけどこういう時はペンジュラムが言う通りに動くと絶対に大丈夫という自信があった(過去に一度そういう体験をしているから)。
だからペンジュラムが言う通りに走った。
途中大きな国道に出たけれど、この国道に出た瞬間、これは帰り道から大幅にずれている上、途中本来行きたい国道の方とは繋がらないことだけはなんとなくわかった。
そして標識も悲しいかな、「新潟」とだけ出ていた。
私は新潟市に向かいたいわけじゃない。
だけどその国道は間違いなく新潟にしか行かない。
仕方ないからしばらく走っていると、ペンジュラムが次は右折だよと教える交差点があった。
記憶があいまいだけど、標識はなかったと思う。
なぜにそこ?とは思ったけれど、でもまっすぐ行けば新潟方面に出るのはわかっていたからだから今どこかで違う道に入らないといけないんだろうなぁというのはわかった。
そこからはひたすら山あいの中に広がる田んぼと思しき雪壁の間の農道を走ることになった。
真っ暗だし、民家は数百メートルに1軒遠くに明かりが見えるというような感じで、一体全体どこを走ってるのかさっぱりわからなかった。
間違いなく人生で初めて運転している道だと思う。
時々ペンジュラムは右とか左とか教えてくれながら私はその全く土地勘のない道を走った。
標識もなかった。
ようやく見知った土地の名前が標識に出てきたけれど、これも平成の市町村合併の悲しき問題にぶち当たる。
要は現市町村名だとはじからはじまで数十キロ分の距離があるから、地名だけ出ていてもそれが旧市町村名だとどこにあたるのかがさっぱりわからなかった。
だけどさっきの「新潟」に比べたら少しは近付いた証拠で、また車も通らないような道をひたすら走ることになった。
途中でトンネルに出くわした。
いよいよもってどこにいるのかさっぱりわからなくなった。
あまりにもわからないから、私はライトをハイビームにして何て言う名前のトンネルかだけを調べて通過した。
トンネルというのはそもそも山を切り開いて造られたものだから、本当に近くには何にもなかった。
トンネルの名前も、私にはどこの地名なのか皆目見当もつかず、また走り続けるしかなかった。
どのくらいの時間が経ったんだろう。
初めてよく知っている橋の名前が標識に出てきた。
多分そこからさらに10kmぐらいは走ったと思うけれど、少なくとも知ってる名前が標識に出てきたのは迷いだしてから初めてで、本当に感動した。
そしてその橋は、市内にかかっている3本の大きな橋の中で唯一渡ってしばらくすると100均がある橋でもあった。
あぁうまくできてるなぁと思った。
そして無事に100均にも寄り、さらにはそこから家に帰る道は2パターンあったけれど、ペンジュラムはそこから近い方じゃなくて少しだけ遠回りになる道の方を指した。
何でかな?と思ってしばらくすると、満月の翌日だった昨日、それはそれは大きな月がおぼろ月のようにして出ていた。
そしてペンジュラムが指した方の道で大正解で、そちらの方がうんと山に上って高台に繋がる道だから、月がとてもきれいに見えるようになっていた。
もう1つの道も多少は坂を上るけれど、高台というほどの高さにはならないし、景色もそこまで開けていない。
こうして私は迷子になりつつもペンジュラムに案内されて無事到着することができた。
家に着いてから例のトンネルがどこにあるのかiPhoneのマップで検索した。
そこに至るまで細い道が2つ3つあったけれど、多分その中の1つを私は通ったんだろうなと思った。
それを見て、私はマップを使っていたら絶対に選ばなかった道だと確信した。
だって異常に細い上にくねくねしてる=山の道ということは見てすぐにわかったから。
そんな道、運転に自信がない私は絶対に選ばない。
ましてや暗いから余計とそんなところは選ばない。
だけど実際はそんなことなく、最後まで道はすごく運転しやすいところだった。
街灯も極端に少なかったけれど、全くのゼロではなくて安心した。
私がペンジュラムをこんなにも信頼しているのは、年末に一度すごい案内をペンジュラムにしてもらったから。
本当はそれも書こうと思ったけど、それはまた別の記事で。
とにかく昨日の迷子事件によって、ますますペンジュラムへの信頼度がアップした。
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