ついこの間の週末、想像以上に素敵な東京メモリーズを作れた。
多分東京で一番泣いた日かもしれない。
そして、東京でのある女性との出逢いにより、自分の中に湧き上がってきた気持ちや発想を大事にしよう、それをとにかく一度は受け止めよう、と決めた。
早速今朝、東京から新潟に戻って2日目の朝、名古屋に住むことになったことから帰る日のことまでをシリーズとして書いてみようと決めた。
東京でのことも書きたいこと盛りだくさんだけど、先に何となく名古屋のことが出てきて、これからしばらく不定期にアップしていこうかと思う。
色んな想いから書きたくなった。
私の名古屋での日々は、不思議に満ちていて、そして必要な人たちにとことん出逢わせてくれた。
そしてその延長上に今の日々がある。
私はそこでの出逢いがなければ今はもっともっと生き辛くて、下手したら途中うっかり自殺という選択に行ったのかもしれない。
少なくとも名古屋1年目の人生で最大に落ちていた時は、私はもういつ死んでもいいと思ってた。
生きてる意味もわからなければ、毎日毎日生きたいと思わない日々が続いていた。
死にたいとも思わない代わり、生きたいとも思わなかった自分。
そんな中で本当に私を救い上げる人生の師匠のような人たちや、色んな生き方を見せてくれる人たちに出逢えた。
私は今とある会社で派遣の事務の仕事をしている。
今回の東京での出来事は、私の意識を覚まさせるのに十分な力があった。
ずっとずっと逃げまくってきたけれど、いい加減自分を隠して生きていくことが嫌になってきた。
なんとなく仕事に行ったり、自分のしたいことでは全くない仕事に力を使ったり…それらも必要な体験だと思う。
人生で無駄なことなんかひとつもない、それだけは本当にそう思っている。
だけど、それをそろそろ終わりにして次に向かってもいいのかなと思ってる。
思うというより感じてる、そして本当にそうしたいと思ってる自分の思いにようやく正面から向き合えるだけの準備が整ったんだと思う。
その手始めに、私は名古屋シリーズを書いて残したいと思った。
名古屋は当初から青天の霹靂で、なぜ行くのか何で名古屋なのか、不思議で仕方なかった。
そして最初の2、3年は名古屋を離れようと何度も試みても、現実では絶対に離れられないように不可抗力的な力みたいなのが働いてた。
おかげでその必要な人たちに出逢わせてもらえるようになっていたけれど、それは終わってみてからの後のお祭り。
ちなみにそれはその前のドミニカ共和国でも全く同じような現象が起こっていたけれど、ドミニカと名古屋では圧倒的に名古屋での出来事の方が本当の意味で自分の人生に向き合わなければいけないことがゴロゴロと出てきた。
とにかくそんなこんなの色んなことを書き残したい、それが火曜日の朝自分の中から出てきたことだった←途中からは水曜日の朝に書いてる…笑。
そして、それを時間の経過と共に忘れ去ってそのままやらないという流れに行き着くのを避けるために、先にブログの中で宣言してしまおう‼︎と思って書いたのがこの文章。
iPhoneからアップするといつも変にでかいフォントになるのは何故だろう…。
でもパソコンからアップするのを待たずにこのまま上げてしまおう。
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