今のアパートに引っ越した後。
よくあるお宅紹介的な、インテリア雑誌を買った。
ある一人の方は、極力少ないもので暮らすことを軸にして、部屋をコーディネートされていた。
今でもその部屋を写した写真は好きで、時折その雑誌を開いて見ている。
唯一今のアパートでの暮らしにおいて、お手本にした人だ。
先日図書館で、その方が書いたエッセーをたまたま見つけて2冊借りてきた。
2冊とも丁寧な暮らしぶりがうかがえる。
そして、その読書を通して知ったことがある。
その方のお宅やそこに流れる空気感みたいなのにはとても憧れる。
ものに対する思いにも共感するところは多い。
でも、その方が思い入れするほど、わたしはものにも器にも思い入れがない。
例えば、「○○焼」というような、陶磁器を見に出掛けるほどの旅行にも行かないし、
器や布の素材にも興味がない。
器も布も見るのは好きだけど、わたしの中にあるバロメーターは、
使いやすいか、自分の好みのデザインか、というその程度のこだわりだとよくわかった。
それ以上のこだわりがないために、エッセーの内容も今一つ面白みに欠けていた。
これが、わたしの興味のつぼにはまる内容であれば、
ものすごく面白かっただろうと思った。
そんなことを感じながら読んでいた時。
ふと、この自分の中に生じた「温度差」に目が向いた。
「これは何が何でも好き!」と言えるほど興味のあるものは、今自分で掴めてないけれど、
「これには興味がない」というのは、はっきりとわかる。
下手すると、読書中他のことを考えて文章だけ目で追っていて、
気付くと何が本に書いてあったのかわからないほどだった。
そうなってしまう位に、わたしには興味のない内容だった。
逆に、わたしにとっては、その温度差を知る自分の中のアンテナの方が面白くて興味深かった。
これはすごいヒントとなって、
しばらくは「興味がありそうな分野の読書」に精を出してみようと思ってる。
読むとわかる。
ぐいぐい惹きつけられる内容と、そうでないものとが。
最終的に「ぐいぐい惹きつけられる内容」が何か、的を絞ることができればしめしめだと思う。
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